沖縄の酔雲庵

尚巴志伝

井野酔雲







小松の中将




 琉球(沖縄)の『交易船』の警護をしなければならないと言って、『あや』は上関(かみのせき)に帰って行った。

 ササ(馬天若ヌル)たちはあやにお礼を言って別れ、京都へと向かった。

 六月三十日、ササたちは京都に着いて、いつものように『高橋殿』の屋敷に入った。男はだめよと言って、サタルーたちは『一文字屋』に預けた。

「ねえ、ササ、今年はどこに行くの?」と高橋殿は聞いた。

御台所様(みだいどころさま)(足利義持の奥方、日野栄子)がまた『熊野』に行きたいって言っているわよ」

「熊野ですか‥‥‥」と言ってササは佐敷ヌルを見た。

「あたしも行ってみたいわ」と佐敷ヌルは言った。

「決まりね」と高橋殿は喜んで、

「もう、『先達(せんだつ)』に頼んであるのよ」と笑った。

「去年はサハチさんの娘さんが来て、驚いたけど、今年も驚かされそうね」と高橋殿は佐敷ヌルを見た。

 佐敷ヌルは高橋殿を一目見て、その美しさに見とれ、兄のサハチと関係があったに違いないと思った。高橋殿は佐敷ヌルを一目見て、その美しさに驚き、ササ以上に凄い人が来たと思っていた。

 その夜、お決まりの酒盛りが始まった。ササたちが『御所』に来るのが待ちきれないと言って、『御台所様』も奈美と一緒にお忍びでやって来た。去年一緒に熊野に行った対御方(たいのおんかた)平方蓉(ひらかたよう)もやって来て、賑やかな(うたげ)となった。

 高橋殿は佐敷ヌルが琉球でお芝居をやっていると聞いて驚いた。佐敷ヌルが熱心に話すお芝居の話を聞きながら、わたしも負けてはいられない。『女猿楽(おんなさるがく)』をやらなければならないと強く心に思った。佐敷ヌルは高橋殿から『猿楽』の事を興味深く聞きながら、高橋殿の『舞』を是非とも観たいと思っていたが、いつしか酔い潰れてしまった。

 次の日、ササたちは『船岡山』に行って、『スサノオの神様』に挨拶をした。御台所様は用があるので帰らなければならないと寂しそうな顔をして帰って行った。奈美が御台所様を送って行き、高橋殿はササたちと一緒に来た。

「今年もやって来たな」とスサノオは言って、「おや、凄い美人を連れて来たのう」と嬉しそうに言った。

 ササは佐敷ヌルを紹介した。

「御先祖様にお会いできて光栄です」と佐敷ヌルが言うと、

「『ユンヌ姫』から聞いたぞ。『小松の中将(ちゅうじょう)』とやらを探しているそうじゃのう」とスサノオは言った。

「御存じなのですか」

「残念ながら、知らんのじゃよ。あの頃で知っていると言えば、『建春門院(けんしゅんもんいん)(後白河上皇の妃)』くらいかのう。あの女子(おなご)は美しい女子じゃった。美しいだけでなく、舞もうまいし、賢い女子でもあった。熊野にも何度も行っておるし、信心深い女子じゃった」

「『建春門院様』というのは、『小松の中将様』と関係がある御方なのですか」

「小松の中将と関係あるかは知らんが、『建春門院』の(せがれ)が『高倉天皇』で、その倅が『安徳天皇』じゃよ」

「『安徳天皇様』はどこにいらっしゃるのですか」

「それも知らんのう。『小松の中将』とやらは、都でも有名な美男子だったから、必ず、誰かが知っているに違いないと言って、『ユンヌ姫』が今、探し回っておる。見つかれば知らせてくれるじゃろう」

「ユンヌ姫様が探しているのですか」とササが聞いた。

「お前にお世話になったお返しだと言っていた。気まぐれな奴じゃが、義理堅い所もある。いい孫娘じゃよ」

「そうだったのですか」

 ササは『ユンヌ姫』を見直し、ユンヌ姫が見つけてくれる事を祈った。でも、小松の中将は『アキシノ』が会わせてくれると言っていた。どうせなら、小松の中将ではなく、『安徳天皇』を探してくれればいいのにとも思っていた。

「スサノオ様、お願いがあるんですけど、『鳥居禅尼(とりいぜんに)様』に会わせていただけませんか。小松の中将様は熊野から琉球に向かいました。鳥居禅尼様なら、小松の中将様の事を知っているかもしれません」

「また、『熊野』に行くのか」

「はい、行きます」

「いいじゃろう。『鳥居禅尼』に会わせてやろう。去年と同じように、新宮(しんぐう)の『神倉山(かみくらやま)』に来るがいい。待っておるぞ」

 ササたちはスサノオにお礼を言って別れると『平野神社』に向かった。平野神社に来たのは一昨年(おととし)の台風の時以来だった。

 境内は閑散としていた。参道を真っ直ぐ本殿の方に向かおうとしたら、『アキシノ』の声が聞こえた。『アキシノ』の声に従って、本殿の脇にある小さな神社の前で、ササたちはお祈りをした。

「『小松の中将様』の居場所がわかりました」とアキシノは言った。

「大原の山の中に『寂光院(じゃっこういん)』という古いお寺があるのですが、そこにおりました。『新三位(しんざんみ)の中将(平資盛(たいらのすけもり))様』も『建礼門院右京大夫(けんれいもんいんうきょうのだいぶ)様』と御一緒におりました」

「『建礼門院右京大夫様』というのはどなたですか」と佐敷ヌルが聞いた。

「有名な歌人です。当時、新三位の中将様との仲が噂されておりました」

「女の方なのですね」

「そうです。美しいお方で、殿方たちの憧れの的だったようです。『建礼門院様(安徳天皇の母、平徳子)』にお仕えしておりました」

「『大原』ってここから近いのですか」とササが高橋殿に聞いた。

「大原? 今から大原に行くつもりなの?」

「できれば行きたいのですが」

「『住心院(じゅうしんいん)』よりも遠いわよ。ここから二時(にとき)(四時間)は掛かるわね」

 ササは佐敷ヌルを見て、「行きましょう」と言った。

「今から『大原』に行きます」と佐敷ヌルがアキシノに言うと、

「御案内します」とアキシノは言った。

 ササたちはアキシノにお礼を言って、『大原』に向かった。

「去年は『源氏』で、今年は『平家』を調べるなんて、あなたたちも大変ね」と言いながらも、高橋殿も一緒に付いて来てくれた。

「平家を知るなら『平家物語』ね」と高橋殿は言った。

琵琶(びわ)法師が語っている長い物語なのよ。最近は書物にもなって、将軍様(足利義持)もお読みになっているはずだわ」

 佐敷ヌルが目の色を変えて、「そんな書物があるのなら是非、読ませてください」と言った。

「『御所』に移ったら、好きなだけ読めるわよ」と高橋殿は笑った。

 (いくさ)の話なんて、女の人はあまり読みたがらないけど、佐敷ヌルはお芝居のためなら何でもやりそうだった。佐敷ヌルの情熱に、高橋殿は昔の自分を思い出していた。芸のためなら何でもやった若い頃を思い出し、そろそろ、将軍様のために働くのを引退して、女だけの『猿楽座』を作ろうかと本気で考え始めていた。

 歩きながらササは、『壇ノ浦』で滅んだ平家の残党が琉球に来て、『今帰仁按司(なきじんあじ)』になった。その今帰仁按司になったのが、『小松の中将様』という人らしいので、これからその人に会いに行くと高橋殿に説明した。

「わたしも『平家物語』は聴いているので、『小松の中将』の事は知っているわよ。『平維盛(たいらのこれもり)』という名前で、『光源氏』と言われたほどの美男子だったんでしょ」

「高橋殿も知っていたのですか」

「平家物語では、『平維盛』は熊野の那智で入水(じゅすい)した事になっているわ」

「それなんですよ。あの頃、熊野水軍は琉球に来ていたのです。『新宮の十郎様』と同じように、熊野水軍のお船に乗って琉球に行ったのだと思います。それを確認するために、もう一度、『熊野』に行かなければなりません」

「確かに、それは考えられるわね。もし、『維盛』が『今帰仁按司』になったとしたら、その子孫は美男子のはずよ」

「あたしは見た事はないけど、噂では、今の今帰仁按司(山北王)も美男子らしいですよ。今帰仁按司の娘が、島添大里(しましいうふざとぅ)に嫁いで来たけど、美人だったわ」

「サハチさんの息子さんに嫁いで来たの?」

「そうなんです。去年、ヤマトゥに来た『チューマチ』ですよ」

「あら、チューマチさんがお嫁さんをもらったの。それはおめでたいわね」

 シンシン(杏杏)の『ガーラダマ(勾玉)』に()いた『アキシノ』の案内で、大原の山の中の『寂光院』に着いたのは、正午(ひる)過ぎだった。

 『寂光院』は荒れ果てていた。本堂の屋根は傾いて、板戸は破れている。庭には池もあったようだが、水は涸れて、夏草が生い茂っている。完全に世間から忘れ去られた存在のようだが、誰かが草刈りをしているとみえて、山門から本堂までの参道だけは綺麗になっていた。

「『小松の中将様』が笛を聴かせてくれと言っております」とアキシノが言った。

「えっ!」と佐敷ヌルとササは驚いた。

「マシュー(ねえ)、頼むわ」とササが佐敷ヌルに言った。

 佐敷ヌルはうなづいて、腰に差していた横笛を袋から取り出した。半ば朽ちかけた本堂を見ながら、佐敷ヌルは笛を構えて吹き始めた。

 何も考えなかった。今、感じている事を素直に音として表現した。

 『幽玄』な調べが山の中に響き渡った。

 辺りが急に暗くなった。

 『(まぼろし)』が現れた。

 『幻』はきらびやかな衣装を身にまとった美しい男で、佐敷ヌルの笛に合わせて、華麗な舞を披露した。

 夢でも見ているのだろうかと思いながらも、佐敷ヌルは笛を吹き続けた。

 ササが佐敷ヌルの笛に合わせて、笛を吹き始めた。佐敷ヌルとササは、まったく別の調べを吹いているのに、うまく調和して、さらに『幽玄』さを増していた。

 『高橋殿』が舞い始めた。高橋殿は幻の貴公子を相手に華麗に舞っていた。

 シンシン、シズ、ナナの三人も『幻』を見ていて、高橋殿との華麗な舞を夢でも見ているかのような気持ちで、呆然と佇んだまま見つめていた。

 佐敷ヌルとササの笛に、もう一つの『笛』が加わった。誰が吹いているのかわからないが、低音で響くその笛は、『幽玄』な調べを『荘厳』な調べに変えていた。

 素晴らしい夢の世界が永遠に続くかと思われたが、佐敷ヌルとササの笛が静かに終わりを告げると『幻』は消え去って、もとの明るさに戻った。

 高橋殿は呆然とした顔付きで、佐敷ヌルとササを見た。

「わたし、どうしたのかしら?」と高橋殿は言った。

「素晴らしい舞でした」と佐敷ヌルが言って、拍手をした。

 ササ、シンシン、シズ、ナナも、「凄い」と言って拍手を送った。

「わたしじゃないわ」と高橋殿が言った。

「佐敷ヌルとササの笛よ。あんな曲、聴いた事もないわ。まるで、『神様』が奏でているような曲だったわ。わたしの体は自然に動いてしまったのよ。そして、一緒に舞っていたのは、もしかして、『平維盛様』だったの?」

「多分、『小松の中将様』に違いないわ」とササが言って、

「凄い美男子だったわ」とナナが言った。

「歓迎するよ」と神様の声が聞こえた。

「『小松の中将様』です」とアキシノが言った。

 ササ、佐敷ヌル、シンシンは、その場にひざまづいて両手を合わせた。高橋殿、ナナ、シズもササたちに従って、神様にお祈りを捧げた。

「話は『アキシノ』から聞いている」と小松の中将は言った。

「『安須森(あしむい)』の事は後悔している。しかし、あの時のわしは、相手の事を考えるほどの余裕はなかったんだ。とにかく、落ち着く場所が欲しかった。謝って済む事ではないが、すまなかった」

「あなたは『初代の今帰仁按司』なのですね」と佐敷ヌルは聞いた。

「そうだ。わしは平家を棄てて、『今帰仁按司』になった。琉球に行って、わしは祖父(平清盛)や親父(平重盛)や叔父たちから解放されて、ようやく、自由になったんだよ」

「『屋島(やしま)』から逃げ出した時、最初から『琉球』に行くつもりだったのですか」

「いや、あの時は『琉球』という島の事は知らなかった。どこでもいいから南の島に逃げたかったんだ」

「屋島から『熊野』に向かったのですか」

「そうだ。紀伊国(きいのぐに)(和歌山県)の『田辺』に行った。田辺には熊野権別当(ごんのべっとう)の『湛増(たんぞう)』がいたんだ。湛増は親父と親しかった。湛増は京都に屋敷を持っていて、『六波羅(ろくはら)の屋敷』にも出入りしていたんだ。わしも熊野の話など湛増から聞いていた。親父は亡くなった年に『熊野参詣』に行ったんだが、その時、わしら息子たちも一緒に行って、『湛増』のお世話になったんだ。湛増は突然のわしの出現に驚いたが、話を聞いてくれた。湛増から『那智に行け』と言われて、わしたちは『熊野』を参詣して『那智』に向かった。男は皆、山伏の格好になって行ったんだ」

「那智に行くのにどうして、『熊野参詣』をしたのですか。船でまっすぐ行った方が安全だったのではありませんか」とササが聞いた。

「確かにそうだ。湛増から『新宮』の者たちは『源氏贔屓(びいき)』だと聞いていた。しかし、あの時のわしは、まだ迷っていたんだ。本当に、親父が言った通り、『生き残る』事が正しいのか、わからなかったんだよ」

「中将様のお父様は、もう亡くなっていたのでしょう?」

「ああ。五年前に亡くなっていた。親父は亡くなる前、わしたちを『熊野』に連れて行って、今後の事を話したんだ。あの時のわしたちには、親父が言った事は理解できなかった。親父は『平家が滅びる事』を予見していたのかもしれない。『何が起こっても、一族と一緒に滅びる事なく、お前たちは必ず、生き延びろ』と言ったんだ」

「お父様がそう言ったので、『琉球』に逃げたのですか」

「そうだよ。それが『親父の遺言』だったんだ。京都に帰ってからは、その事には触れなかったけど、亡くなる前にも、『熊野の事は決して忘れるな』と言った。最初に『親父の遺言』に従ったのは弟の『清経(きよつね)』だった。奴は京都を落ちて九州に行った時、九州の奴らに裏切られて、横笛を吹いたあと、入水(じゅすい)したんだ。わしにはわかっていた。奴は入水したように見せかけて、どこかに逃げたに違いないと。わしも『清経』のあとを追って、南の島に行こうと思って、『屋島』から逃げたんだけど、まだ迷っていたんだよ。本当に逃げてもいいのか。それとも、熊野の水軍を引き連れて、屋島に戻った方がいいのか‥‥‥わしは心を決めるために、もう一度、親父と歩いた『熊野参詣』の道をたどってみたんだ」

「そして、答えが出たのですね」

「ああ、迷いは消えたよ。わしは『中辺路(なかへち)』を歩きながら、どうして親父があんな事を言ったのか、ずっと考えていたんだ。親父が亡くなったあと、祖父と『後白河法皇(ごしらかわほうおう)』は対立して、祖父は法皇を鳥羽に幽閉してしまった。そして、法皇の息子の『以仁王(もちひとおう)』が、『平家打倒の令旨(りょうじ)』を出して、各地の源氏が蜂起した。親父が源氏の蜂起まで、予見していたとは思えないけど、祖父と法皇の対立はわかっていたのだろう。そして、平家の嫡流が叔父の『内府(だいふ)(平宗盛)』に移ってしまう事もわかっていたのだろう。親父が亡くなったあと、『小松家(重盛の子供たち)』の者たちは孤立したような感じになった。わしたちが『親父の()』に服していた時、様々な事が起こったんだ。『祖父が法皇を幽閉』したのも、『安徳天皇が即位』したのも、『祖父が都を京都から福原(神戸市)に移した』のも、喪に服している時で、わしらは『蚊帳(かや)の外』に置かれたんだ。わしらには何の相談もなかった。そして、源氏が蜂起して、わしは総大将として関東に出陣した。あの時、祖父はわしを信頼していると喜んだけど、よく考えてみると、平家の棟梁(とうりょう)になった叔父のために、邪魔者のわしを総大将にして、戦死してくれればいいと思ったのかもしれないと疑った。北陸攻めの時もそうだった。あの時はもう祖父は亡くなっていて、叔父の内府が名誉挽回の機会を与えてくれたとわしは喜んだけど、内府はわしたちが戦死するのを願っていたに違いない。あの時、『小松家の者たち』は出陣して、内府の身内は京都を守っていたんだ。その事に気づいて、わしは改めて、逃げようと決心を固めたんだよ。内府のために戦死するなんて馬鹿げている。それに、『一ノ谷の合戦』で、平家が源氏に敗れて、大勢の武将が戦死したとの噂が熊野に流れて来た。すでに手遅れだと悟ったよ。わしは『熊野』で生まれ変わって、新しい生き方をしようと決めたんだ。わしたち『小松家の兄弟』は、親父の言いつけをちゃんと守って、みんな、生き延びたんだよ」

「『熊野参詣』をして、『那智』まで行って、それから『琉球』に行ったのですか」と佐敷ヌルが聞いた。

「いや、『琉球』に向かったのは、その年の冬になってからだ。北風が吹かないと『琉球』には行けないと言われて、冬まで隠れていたんだよ。那智に行くと熊野水軍の『色川左衛門佐(いろかわさえもんのすけ)』が待っていた。左衛門佐の船に乗って『山成島(やまなりじま)』に渡り、追っ手から逃れるために、入水したように見せかけたんだ。『家宝の太刀』を手放すのは残念だったけど、仕方がなかった。そのあと、左衛門佐の拠点がある山奥に行ったんだ。船に乗って太田川をさかのぼって、途中から険しい山道をどんどん進んで行った。山に囲まれた小さな村で、冬までの一年近くを隠れて暮らしていたんだよ」

「いい思いもしたんでしょ」とアキシノが言った。

「何を今更、言っているんだ」

「すっかり忘れていたのに、当時を思い出したら悔しくなったわ」

「あれは仕方がなかったんだよ。助けてもらったんだ。左衛門佐の願いを聞いてやるしかなかった」

「あたしに内緒で、都の話を聞かせてやるとか言って出掛けて、あちこちに女をこさえていたのよ」

「だから、仕方なかったんだよ。山の中の村だから、新しい血が欲しかったんだ」

「それにしたって、何人も相手にする事もないじゃない」

「夫婦喧嘩はやめてください」と佐敷ヌルが言った。

 二人とも黙った。

「山奥の村で冬まで待って、それから『琉球』に行ったのですね」と佐敷ヌルは小松の中将に聞いた。

「そうだよ。南には思っていた以上に、いくつもの島があった。わしは生まれ変わった気持ちになって南の島々を巡って、『琉球』にたどりついたんだよ」

「『平家の御曹司(おんぞうし)』という地位を捨てても惜しいとは思わなかったのですか」

「平家の御曹司か‥‥‥祖父や親父の時代だったら、面白おかしく暮らせただろうけど、わしの頃は、うるさい叔父や大叔父が何人もいて、何一つ思うようには行かなかったんだよ。十九歳の時に、法皇の御前で舞を舞って評判になったけど、わしに近づいて来る女子(おなご)はいなかった。わしの顔を見るとキャーキャー騒いでいるのに、(ふみ)を送って来るような娘はいなかったんだよ。わしは雲の上の人で、近寄りがたかったようだ。山奥の娘たちは文字も知らんし、歌など作れんが、わしを雲の上の人ではなく、地上にいる男として接してくれたんだ。そんなの初めてだったので、嬉しかったんだよ」

「奥さんはいたのでしょう?」

「十五の時に、親が決めた娘を嫁にもらった。可愛い娘だったよ」

「奥さんは『琉球』に連れて行かなかったのですか」

「都落ちの時に、京都に残したんだ。わしの事は忘れてくれと言ってな」

「そんなのひどいわ」とササが言った。

「ああ、ひどい。でも、一緒に連れて行ったら、妻はもっとひどい目に遭ったかもしれない」

「どうしてですか」

「わしが二十歳の時、妻の父親(藤原成親(ふじわらのなりちか))は『謀叛(むほん)』を企てて捕まり、流刑地(るけいち)で殺されたんだ。妻は『裏切り者の娘』という烙印(らくいん)を押されてしまったんだよ。都落ちしたら、妻はうるさい叔母たちと行動を共にしなければならなくなる。叔母たちにいじめられるのは目に見えている。きっと、妻には耐えられないだろう」

「中将様は大丈夫だったのですか」

「わしもさんざ陰口をたたかれたよ。妻の父親が殺されて、その二年後には、親父が病死してしまった。親父の喪が明けたあと、わしは関東攻めの総大将に任命された。わしは張り切っていた。伊豆の『三郎(源頼朝)』の首を取ってくるつもりでいた。しかし、侍大将の『上総介(かずさのすけ)(伊藤忠清)』のお陰で、すべてが台無しになってしまった。上総介はわしの『乳父(めのと)』だったんだ。いつまで経っても、わしを子供扱いして、わしのやる事に一々文句を言ってきた。福原を発ったあと京都に入ると、上総介は日が悪いだのと言って、十日近くも京都から動かなかったんだ。その隙に、平家を裏切って、源氏に寝返った者たちが数多くいたはずだ。『富士川』に着いてからも、わしは攻めると言ったのに、上総介は戦わずして退却すると決めた。士気は落ちて、皆、逃げる事しか考えていなかった。その夜、敵が夜襲を仕掛けて来たのか、水鳥が一斉に飛び立った。その音に驚いた兵たちは慌てふためいて、我先にと逃げ出したんだ。まったく惨めな(いくさ)だった。戦いもしないのに、わしは『負け戦の大将』になってしまったんだよ。祖父は鬼のような顔をして怒鳴った。宮中の者たちは、わしの顔を見ると、こそこそと陰口を言っていた。いたたまれない気持ちだったよ。その翌年、祖父が平家の行く末を見る事もなく、熱病に罹って亡くなってしまった。『祖父の死』は大きかった。祖父がいれば、源氏なんか倒せると誰もが思っていた。祖父が亡くなって、平家の行く末に『暗雲』が立ち込めたんだ」

 小松の中将は昔を思い出しているのか、黙ってしまった。

 佐敷ヌルは中山王(ちゅうざんおう)だった『察度(さとぅ)』を思い出していた。佐敷ヌルは『察度』に会った事がなかったので、『察度』のお芝居を作る時、ンマムイ(兼グスク按司)から『察度』の話を聞いた事があった。祖父が偉大過ぎたので、父(武寧)も俺も、祖父と比べられて大変だったとンマムイは言っていた。

「今思えば、祖父は物凄い人だったんだなと思うよ」と小松の中将は言った。

「祖父は『福原』に新しい都を造ろうとしていたんだ。源氏の蜂起がなかったら、福原は素晴らしい都になって、『(そう)の国』との交易で栄えた事だろう。『富士川の負け戦』のあと、祖父は『福原』を諦めて、また『京都』に戻ったんだよ。『福原』は半年足らずの都だった」

「中将様が富士川からお帰りになったあと、源氏は京都に攻めて来たのですか」と佐敷ヌルが聞いた。

「いや、まだだよ。祖父が亡くなったあと、わしはまた戦に出たんだ。叔父の『三位中将(さんみちゅうじょう)平重衡(たいらのしげひら))』と一緒だった。叔父と言っても、わしより一つ年上で、『三位中将』とは気が合ったんだ。今もここに一緒にいる。その時の戦は『美濃(みの)(岐阜県)』まで行ったんだけど、勝ち戦だったんだ。祖父が亡くなったあとの『勝ち戦』だったから、京都はお祭り騒ぎになった。源氏なんて大した事はない。田舎者が平家に逆らうなんて、神様がお許しにならないだろうって、みんなの意気は上がったんだ。その時の勝ち戦で、わしは『中将』に昇進して、『小松の中将』と呼ばれるようになったんだよ。でも、喜んでばかりもいられなかった。『大飢饉(だいききん)』が襲って、京都には食糧がなくなって、大勢の『餓死者(がししゃ)』が出たんだ。祖父が亡くなる前の年、『三位中将』が南都(奈良)を焼き払ったんだけど、その『(たた)り』だと京都の人たちは騒いでいた。都中に死臭(ししゅう)が漂っていて、まったく悲惨だったよ。あちこちで源氏の蜂起は続いていたけど、戦をやれる状況ではなかった。一年が過ぎて、ようやく飢饉も下火となって、また戦が始まった。わしはまた総大将に任じられて、『北陸』へと向かったんだ。まず、越前(えちぜん)(福井県)で『火打城(ひうちじょう)』を攻め落として、加賀(石川県)に入った。『木曽の山猿』が越中(富山県)にいると知らせが入ったので、わしらは二手に分かれて、越中との国境に向かったんだ」

「木曽の山猿って何ですか」とササが聞いた。

「木曽の『次郎(源義仲)』だよ。わしらは『倶利伽羅峠(くりからとうげ)』で、奴の夜襲に遭って敗れてしまったんだ。あの戦で多くの兵を失って、『平家は再起不能』になってしまった。あの負け戦のすべての責任がわしにあるわけではないが、いや、総大将だったわしの責任だろう。敵の動きをもっとよく調べればよかったんだ。わしは、あの負け戦から立ち直る事はできなかった」

「『アキシノ』さんとはいつ出会ったのですか」と佐敷ヌルが聞いた。

「『アキシノ』と出会っていなかったら、わしは『倶利伽羅峠』で戦死していたかもしれんな。あの時、大勢の兵が戦死するのを見て、わしは京都に帰るのが恐ろしくなった。富士川の戦の時のように、『負け戦の大将』と陰口をたたかれるのに耐えられないだろうと思ったんだ。あの時とは違って、大勢の者たちが戦死した。宮中の者たちだけでなく、戦死した兵たちの家族からも責められるだろう。生きて京都には帰れないと思ったんだよ。供の者たちに、早く逃げようと言われた時、『アキシノ』の顔が浮かんだんだ。わしは京都ではなく、『アキシノ』がいる『厳島神社(いつくしまじんじゃ)』に帰ろうと思って、必死に逃げて来たんだよ。『アキシノ』と初めて出会ったのは、『富士川の合戦』に行く前だった。戦勝祈願のために大叔父の『薩摩守(さつまのかみ)平忠度(たいらのただのり))』と一緒に『厳島神社』に行った。迎えてくれた内侍(ないし)(巫女)の中に『アキシノ』がいたんだ。一目見て、何か惹かれるものを感じたよ。でも、その時は言葉も交わさなかった。二度目に会ったのは、『富士川の負け戦』のあとだった。福原にいるのに耐えられず、わしは馬に乗って『厳島神社』に向かった。その時は『アキシノ』の顔が浮かんだわけではない。負け戦の事で頭はいっぱいで、神様にすがる気持ちだったんだ。ところが、『厳島神社』に着いて、ばったりと『アキシノ』と出会った。『アキシノ』はわしを覚えていてくれた。アキシノと一緒に『弥山(みせん)』に登って、わしは戦の事を話した。アキシノに話したら、なぜか、気が軽くなったんだ。周りの者が何と言おうと気にするなと『アキシノ』は言った。そのあとは、『戦勝祈願』のためと言っては、何度も『厳島神社』に通って、アキシノと会ったんだ。『倶利伽羅峠の戦』から帰って来て、わしは戦死した者たちの平安を祈るために、『厳島神社』に行った。そして、『都落ち』のあとは、『アキシノ』を連れて一緒に行動して、『屋島』に落ち着いた時、脱出の計画を練って、『熊野』に向かったんだよ」

「弟の『新三位の中将様』が『安徳天皇様』をお連れして、南の島へと逃げましたが、その天皇は『偽者』だったとアキシノ様から聞きました。本物の『安徳天皇様』がどこにいらしたのかご存じないのですか」

「わしも探しているんだが、どこにもおらんのだよ。何者かが『結界(けっかい)』を張ってしまったのかもしれんな」

「『結界』ですか。誰がそんな事をするのですか」

「安徳天皇が壇ノ浦では亡くならず、どこかで生きていたという事が公表されたらまずいと思っている奴らだろう」

「その事が公表されたら、まずい事になるのでしょうか」

「安徳天皇は『本物の三種の神器(じんぎ)』を持っておられたんだよ。『壇ノ浦』で沈んだのは『偽物』だ。『鏡』と『勾玉(まがたま)』は回収されたそうだが、あれは『偽物』だ。今の天皇は『偽物』を大切に持っているというわけだ。その事が公表されたら大変な事になるだろう。それで、『安徳天皇』は『本物の三種の神器』と一緒に隠されてしまったのだろう」

「探す事はできないのですか」

「どこにあるのかわからんが、その『結界』を破ると『天変地異』が起こるかもしれんな」

 突然、笛の調べが聞こえてきた。静かで優しい調べだった。『小松の中将』が吹いているようだ。佐敷ヌルはその笛に合わせて、笛を吹き始めた。

 源平の戦が始まる前の平和な京都の情景が思い浮かぶような曲だった。

 やがて笛の音は消えた。佐敷ヌルは笛から口を離すと、両手を合わせて、お礼を言った。

「『小松の中将様』はお帰りになられたのですか」と佐敷ヌルがアキシノに聞いた。

「『六波羅』の方にお移りになられました。弟たちがあちらで酒盛りを始めたようです」

「弟たちと言いますと、『新三位の中将様』や『小松の少将様』たちですか」

「『新三位の中将様』はここにいらっしゃいました。『左の中将様(平清経)』、『小松の少将様(平有盛(たいらのありもり))』、『丹後侍従(たんごじじゅう)様(平忠房(たいらのただふさ))』、『土佐侍従(とさじじゅう)様(平宗実(たいらのむねざね))』、『備中侍従(びっちゅうじじゅう)様(平師盛(たいらのもろもり))』が六波羅に集まっておられるようです。それと、琵琶の名人の『但馬守(たじまのかみ)様(平経正(たいらのつねまさ))』もいらっしゃるようです」

「賑やかそうですね」と佐敷ヌルは笑ったあと、「アキシノ様、『熊野』まで一緒に行っていただけないでしょうか」と頼んだ。

「まだ、何か、調べるのですか」

「『小松の中将様』の事をお芝居にして、今帰仁の人たちに見せたいと思っております。中将様の足跡を確かめたいのです」

「お芝居ですか。それは楽しそうですね。中将様もまだ帰りそうもないし、『熊野』に行っても構いませんよ」

 佐敷ヌルはアキシノにお礼を言って、『小松の中将の神様』から聞いた話をササ、シンシンと一緒に、高橋殿、ナナ、シズに話して聞かせた。





高橋殿の屋敷(推定)



平野神社



大原寂光院




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