ヤンバルのウタキ巡り
ウタキ巡りの旅に出た 馬天ヌルが東松田ヌルと会うのは十四年振りだった。三年前に、ササたちと一緒に近くまで来たが、 馬天ヌルは東松田ヌルと再会を喜び、ササがガーラダマ(勾玉)を見つけた山の事を聞いた。 「 「いわくがありそうな山なんですけど、あそこには古いウタキはないのですよ」 「やはり、そうだったのね」と馬天ヌルはうなづいた。 「座喜味森がどうかしたのですか?」 「三年前に 「ええ、久し振りの大きな揺れだったので覚えていますけど」 「あの時、わたし、あの山にいて、地震のあと、古いガーラダマを見つけたの」 「あの時、あそこにいたのですか。どうして、寄ってくれなかったのです?」 「ごめんなさい。連れがいたものだから、宇座の牧場に行っちゃったのよ」 「そうだったの。でも、どうして、あの山から古いガーラダマが出てきたのかしら?」 東松田ヌルは不思議そうに座喜味森を見てから、 「今回もお連れさんが多いわね」と笑った。 馬天ヌルは 東松田ヌルは十五歳になる若ヌルを紹介した。 「あら、跡継ぎができたのね」と馬天ヌルは可愛い娘を見た。 「残念ながら、わたしの娘じゃないんです。姪なんですよ。小さい頃から、不思議なシジ(霊力)を持っているのです」 「どんなシジなの?」 「時々、先に起こる事が見えるようなのです。馬天ヌル様がいらっしゃる事も、この子、昨日のうちからわかっておりました」 「えっ、そうだったの?」 「馬天ヌル様の名前までは知りませんでしたが、明日、大切なお客様がいらっしゃると言っていました」 「そうだったの」と馬天ヌルは若ヌルを見た。 ササと同じようなシジを持っているとしたら、ヂャンサンフォンのもとで修行を積めば、そのシジを最大限に伸ばす事ができるに違いないと思った。 馬天ヌルは運玉森ヌルを見た。運玉森ヌルは笑ってうなづいた。馬天ヌルは若ヌルを一緒に連れて行く事にした。 せっかく来たのだからと、馬天ヌルはみんなを引き連れて座喜味森に入ってみた。三年前にガーラダマを見つけた場所はわからなくなっていて、『ティーダシルの鏡』が埋まっている場所も勿論わからなかった。山頂も木が生い茂っていて眺めはよくなかった。 「あなた、何か見える?」と馬天ヌルは東松田の若ヌルに聞いた。 若ヌルは驚いた顔をして、首を振った。 「あなたたちは?」と馬天ヌルはマチとサチに聞いた。 二人とも首を振った。馬天ヌルがカミーを見るとカミーも首を振り、麦屋ヌルも首を振った。 「ヂャンサンフォン殿と運玉森ヌル様は何か感じますか」 「東松田ヌルが言っていたように、ここにはウタキはなさそうね」と運玉森ヌルは言った。 「でも、何か大きな力を感じるわね」 「きっと、 「そうね。でも、どうして、この山に埋めたのかしら?」 馬天ヌルは首を傾げた。 「グスクを築くには、いい場所じゃな」とヂャンサンフォンが笑った。 座喜味森を下りた一行は 次の日は 「按司といっても実情はかなり苦しいようです。グスクが完成したら、あとは自分の才覚でやれと言って、 「『まるずや』が竹を買い取っているのですか」 「買い取っているというか、恩納按司が欲しがっている 「『まるずや』もやるわね。 「金武グスクの城下にも『まるずや』ができて、金武按司と取り引きをしておりますが、農産物が多いようです」 「そう。みんな、『まるずや』のお陰で重宝しているのね。ところで、恩納ヌルは健在なの?」 「恩納ヌル様は去年、お亡くなりになりました。若ヌルが跡を継ぎましたが、その若ヌルは恩納按司と結ばれて、娘を授かりました。その娘は三歳になっています」 「そうだったの。あの子が恩納按司の娘を産んだの‥‥‥それじゃあ、恩納ヌルはグスクの中にいるの?」 「いえ、以前の屋敷におります」 馬天ヌルはタキチにお礼を言って、恩納ヌルに会いに行った。前回、 恩納の 恩納ヌルは屋敷にはいなかった。近所の人に聞くと、ウタキの近くの海辺にいるだろうと言った。馬天ヌルたちは海辺に行ってみた。 恩納ヌルが女の子と貝殻を拾っていた。馬天ヌルに気づくと恩納ヌルは驚いて、娘に一言言ってから近寄って来た。 「馬天ヌル様、お久し振りでございます」と恩納ヌルは挨拶をしたあと、供の者たちを見て、「また旅をなさっているのですか」と聞いた。 「中山王と山北王が同盟を結んだので、また、ヤンバルのウタキを巡ろうと思ってやって来たのです」 「そうだったのですか。ここも随分と変わったでしょう」と恩納ヌルは笑った。 「小さなウミンチュ(漁師)の村だったのに、今帰仁から恩納按司がやって来て、ここは山北王の領内になってしまいました。サムレーたちが大勢、家族を連れて移って来て、賑やかな所になりました。サムレーたちは山を切り開いて畑も作ったんですよ。中山王と同盟してからは、『まるずや』もできて、とても便利になりました。村に『まるずや』ができる前、ウミンチュたちは山田の『まるずや』まで通っていたのです」 「山田まで通っていたの?」と馬天ヌルは驚いた。 『まるずや』は各地の情報を集めるために、ウニタキが作った店だと思っていたが、すっかり地域に根付いて、その地域に必要な店になっていた事に馬天ヌルは気づき、今更ながら、ウニタキは凄いと思っていた。 「あなたにもマレビト神が現れたようね」と一人で遊んでいる娘を見ながら馬天ヌルは笑った。 「跡継ぎができました」と恩納ヌルは嬉しそうな顔をして言った。 「恩納按司様ってどんな人なの?」 「優しい人です。サムレーたちと一緒に畑仕事にも精を出しています」 「 「グスクを建てている時は今帰仁から食糧が送られて来たのですけど、完成したら、それがなくなってしまって、食べていくためには畑を開墾しなくてはならなかったのです。若按司だった親父が戦死しなければ、親父が山北王になって、俺はその息子として、今帰仁にいただろう。こんな田舎に来て、畑仕事をやっているなんて情けないと時々、わたしのおうちに来て愚痴をこぼしております」 馬天ヌルは恩納ヌルと一緒に、いくつかのウタキを巡って、タキチの屋敷に戻った。その夜はタキチの屋敷に泊まって、ヤンバルの様子を聞いた。 中山王との同盟が決まった時、 ところが同盟後、 話を聞いて、さすが、ウニタキねと感心しながら、わたしも負けられないと馬天ヌルは思っていた。 次の日、名護に行くと、名護ヌルも世代が代わって、若ヌルが名護ヌルになっていた。 「伯母は 名護ヌルに連れられて、馬天ヌルたちは屋部に行き、屋部ヌルと会った。途中、綺麗な白い砂浜が続いていて、カミーはマチとサチ、東松田の若ヌルと一緒にキャーキャー言いながら波打ち際で遊んだ。 「先月、ピトゥ(イルカ)がやって来ました」と名護ヌルは言った。 「毎年、ピトゥは群れをなしてやって来ます。神様の贈り物です。ピトゥがやって来るとウミンチュたちが沖に出て、ピトゥを浜の方に追い込みます。浜に打ち上げられたピトゥをみんなで分けるのです。ピトゥのお肉は 「ええ、おいしかったわよ。でも、ここで取れたなんて知らなかったわ」 去年、ウニタキがヤンバルのお 「この砂浜はピトゥの血で真っ赤に染まるんですよ。名護にはピトゥしかありません。ピトゥのお肉を中山王が買ってくれたので、父はとても喜んでおります。ピトゥのお肉が明国の陶器やヤマトゥの刀に代わって名護にやって来ました。新品の刀を手にしてサムレーたちも喜んでおります」 屋部には名護按司の弟の 「前回、会った時、あなたは南部の小さな按司の叔母だったけど、今は中山王の妹なのね。中山王の妹なのに、また、旅をしているの?」 「中山王と山北王が同盟したので、昔、お世話になったあなたたちに会いたくなったのですよ」と馬天ヌルは笑った。 「あたしたちももうすぐ六十になるわ。もう先もあまりないし、歩けるうちに、みんなに会っておこうと思ったのよ」 「そうよね。月日の経つのは速いわ。すでに亡くなってしまったヌルたちも多いわ」 屋部ヌルの屋敷に泊めてもらい、次の日、屋部ヌルと一緒に名護のウタキを巡った。十二年前に来た時、気になっていたウタキがあった。こんもりとした丘の上にある古いウタキで、屋部ヌルもそのウタキのいわれを知らなかった。ウミンチュたちから『クサティの神様』として大切に扱われているウタキだった。 その神様が『 「 「佐敷ヌルがうまくやってくれたようです。神様は安須森のヌルだったのですか」 「いいえ、真玉添のヌルよ。真玉添のヌルは毎年、安須森に通っていたのよ。お祈りをするためとスデ水(聖なる水)を汲むために行っていたの。お船に乗って行ったんだけど一日では行けないわ。それで、ここに中継地を作ったの。当時はここまで海があったのよ。この丘は海に飛び出ていて、『 「そうだったのですか。当時はここも賑わっていたのですね」 「そうよ。真玉添だけでなく、玉グスクや 「もしかしたら、ここにも『ツキシルの石』と『ティーダシルの鏡』があったのですか」 「あったわ。『ツキシルの石』は今でも、ここに埋まっているはずよ。『ティーダシルの鏡』は名護ヌルが持っているはずだわ。安須森が復活すれば、以前のように、ヌルたちが安須森に行く事になるでしょう。そうすれば、ここも賑わって来るわ。ずっと、忘れられた存在だったけれど、ここにもヌルたちがやって来るわね。忙しくなりそうだわ」 神様は嬉しそうに笑った。 馬天ヌルはお祈りを終えると、神様の話を屋部ヌルに話した。真玉添の事も豊玉姫の事も昨夜、話してあったので、このウタキが真玉添と安須森に関係があった事に驚いていた。 屋部ヌルと一緒に名護ヌルを訪ねて、『ティーダシルの鏡』を見せてもらった。古い銅鏡で、直径が五寸(約十五センチ)ほどの大きさだった。 「この鏡は代々、名護ヌルに伝えられた家宝だけど、あのウタキにあったなんて、まったく知らなかったわ」と屋部ヌルが言って、名護ヌルにクサティ神のウタキのいわれを説明した。 お世話になったお礼を言って屋部ヌルたちと別れ、馬天ヌルたちは 「兄から馬天ヌル様のお噂は色々と聞いております」と本部ヌルは言った。 「あなたがテーラーの妹さんだったなんて知らなかったわ。テーラーは中山王と山北王の同盟をまとめてくれたのよ。お陰で、またヤンバルまで来る事ができたわ」 「そういえば、馬天ヌル様が前にいらした時も、山北王は中山王と同盟していましたわね。あの時、馬天ヌル様からマレビト神のお話を聞いて、わたしにも現れるかしらと期待したのですよ」 「現れたの?」と聞くと、本部ヌルは嬉しそうな顔をしてうなづいた。 「娘が生まれて、もう十歳になりました」 「あら、そうだったの。よかったわね。マレビト神はどんな人だったの?」 「旅のお坊様なんです。あれから十年も経つのに今も旅を続けています」 「へえ、変わったお人ね。ヤマトゥのお坊様なの?」 「いいえ。はっきりとは言わないんだけど、中山王とつながりがあるような気がします。 「えっ!」と馬天ヌルは驚いた。 一瞬、祖父のサミガー 「東行法師の名前は聞いた事があるわ」と馬天ヌルは答えた。 「旅をしながら貧しい人たちを助けているって聞いたわ」 「そうなんです。薬草に詳しくて、病気の人にお薬をあげて治したり、川に橋を架けたり、水を引いて田んぼを作ったりもしているんですよ」 「そんな事もしていたの」と馬天ヌルは感心していた。 兄が名乗った『東行法師』が、今も貧しい人たちのために働いていると聞いて嬉しかった。 「ここにも時々、帰って来るの?」 「一年に一回は来ます。娘と一緒にのんびりと過ごして、また旅に出て行きます」 「そう。いいマレビト神と出会ったわね」 「はい。神様のお陰です」 馬天ヌルたちはウタキを巡ったあと、本部ヌルの屋敷でのんびりと過ごしてから、翌日、今帰仁に向かった。 今帰仁に着いたが、直接、今帰仁ヌルの屋敷は訪ねず、『まるずや』に顔を出すと、ウニタキがいた。 「ちょうどよかったわ」と馬天ヌルはウニタキを見て笑った。 「今帰仁ヌルを訪ねても大丈夫かしら?」 「やめた方がいいと思いますよ」とウニタキは言った。 「今帰仁ヌルの屋敷には、 「そうだったの。何となく、いやな予感がしたのよ。わたしが旅をしている事は、山北王は知っているの?」 「知っているようです。 「また、命を狙われるのかしら?」 「それは大丈夫です。前回、中山王が 「そう。助かったわ。でも、今帰仁ヌルに会うのはやめておきましょう」 「わたしの事も知っているの?」と麦屋ヌルがウニタキに聞いた。 ウニタキは首を振った。 「馬天ヌルの連れは首里のヌルだと思っているようだ。お前の顔を知っている者はいないだろうが、麦屋ヌルを名乗るのは危険だ。名前を変えた方がいい」 「マトゥイヌルでいいわ」と馬天ヌルが言った。 「わしの事は知っているのか」とヂャンサンフォンが聞いた。 「まだ知らないようです。知っていたら、湧川大主は必ず、師匠に教えを請うでしょう。奴も 「この城下には明国の者もいる。なるべく早く、ここから出た方がよさそうじゃな」 「そうですね。ここより、 「志慶真には志慶真ヌルがいるわ」と馬天ヌルは思い出した。 「長老は亡くなってしまいましたが、歓迎してくれると思いますよ」 ウニタキが言ったように、志慶真ヌルは馬天ヌル一行を歓迎してくれた。 亡くなった長老は山北王が、羽地按司、名護按司、国頭按司をないがしろにして、自分だけが交易をしている事を 「中山王のお陰で、三人の按司たちも中山王と交易ができて、本当によかったと申しておりました。これで、今帰仁だけでなく、ヤンバル全体が潤って行くだろうと喜んでおりました。わたしからもお礼を申します」 志慶真ヌルは馬天ヌルたちにお礼を言って、馬天ヌルたちは村人たちに歓迎され、 志慶真ヌルの話によると、二代目の今帰仁按司の三男が、グスクの 「平家の血を引く今帰仁按司は、 「その時の 「成程、湧川按司の娘婿になったのね」 「娘婿になったのは志慶真だけではありません。羽地も名護も国頭も皆、娘婿になったのです」 「そうだったの」 「その後、湧川按司が亡くなったあと、湧川按司に滅ぼされた先代の息子、 「その本部大主というのは、本部のテーラーと関係あるの?」 「テーラー様の御先祖様です。グスクを取り戻した本部大主も、湧川按司の息子の 「今帰仁按司も色々な事があったのね」 次の日、馬天ヌルたちは志慶真ヌルの案内で、今帰仁グスクの近くにあるクボーヌムイ(クボー御嶽)に入った。安須森と同じように山全体がウタキになっていて、男は入れなかった。ヂャンサンフォン、奥間大親、ゲンの三人は志慶真村に残って、若い者たちを鍛えていた。 前回に来た時、馬天ヌルは先代の志慶真ヌルに連れられてクボーヌムイに入ったが、神様が言っている事はよく理解できなかった。今回は神様の言う事がはっきりと理解できた。 クボーヌムイにいる神様は、安須森ヌルの娘の若ヌルだった。安須森が平家の落ち武者に滅ぼされた時、若ヌルだけが生き残って、今帰仁に連れて来られた。琉球の言葉を教えるためと、今帰仁ヌルを育てるためだった。母が殺され、一族も殺され、深い悲しみに耐えながら、按司の娘を一人前のヌルに育て上げた。その後、若ヌルはクボーヌムイに籠もって、母たちの冥福を祈りながら亡くなった。 「封印された安須森を救っていただき、ありがとうございます」と若ヌルは馬天ヌルにお礼を言った。 「お礼は佐敷ヌルに言って下さい。今、ヤマトゥに行っておりますが、来年、ここに来ると思います」 「佐敷ヌルが安須森ヌルを継いでくださるのですね」 「はい。神様の思し召しで、佐敷ヌルが継ぐ事になりました。佐敷ヌルを守ってあげて下さい」 「勿論、お守りいたします。佐敷ヌルのお陰で、久し振りに母とお話をする事ができました。本当にありがとうございます。安須森が滅ぼされてから十五年後、わたしは安須森に行った事がございます。 馬天ヌルは神様にお礼を言った。 話を聞いていた運玉森ヌルは、よかったわねと言うように笑った。 |
名護の御崎の御宮
今帰仁のクボーヌムイ