盂蘭盆会
『盂蘭盆会』というのは、七月十五日に御先祖様の 大聖寺ではソウゲン禅師だけでなく、ナンセン禅師、 その二日後、中グスク按司(マチルギの弟、ムタ)の娘、マナミーが サハチとマチルギは中グスクに行って、花嫁を見送った。亡くなったクマヌも喜んでくれるだろうとサハチは思っていたのに、マナミーの母親は、あまりにも遠すぎると言って悲しんでいた。しかも、周りには知っている人は誰もいない。マナミーが可哀想だと言った。サハチは マナミーの母親は 「ねえ、カーミ、あなた、越来の若ヌルだったマチルーを覚えている?」と越来ヌルがマナミーの母親、カーミに聞いた。 「えっ?」と言って、カーミは思い出したらしく、「勿論、覚えているわよ」と言った。 「マチルーは今、米須の隣りの 「えっ、どうして、マチルーがそんな所にいるの? カーミは驚いた顔をして姉を見つめた。 マチルーの父親は中山王だった 「わたしもそう思っていたんだけど違ったのよ」と越来ヌルはカーミに言った。 「今の中山王が越来グスクを攻めた時、反乱を起こした弟の 「そうだったの。マチルーが米須にいるんだ‥‥‥」 マチルーはカーミより四つ年下で、カーミが カーミは カーミの父親は察度の武将で、戦で活躍して越来按司に任命された。十五歳の若按司では心もとないと思われて、察度の息子が送り込まれたのだった。察度は、新しい按司を兄妹だと思って付き合ってくれと言って、カーミたちはグスクから追い出される事はなかった。翌年、マチルーが生まれ、カーミは妹のように可愛がった。その二年後、兄がお嫁さんをもらってグスクから出て、城下の重臣屋敷に移った。その二年後には、姉が越来按司の娘として 今帰仁合戦の翌年、カーミは越来按司の娘として伊波按司の五男、ムタに嫁いだ。その時、マチルーはヌルになるための修行を始めていた。別れる時、伊波に遊びに行くわとマチルーは言ったが、その後、会ってはいない。米須にいるのなら、いつか会いに行こうとカーミは思った。 「 「わたしはすぐに会いに行ったわ。五歳くらいの可愛い娘さんと一緒に海で遊んでいたわ。マチルーは日に焼けて真っ黒な顔をしていてね、たくましく生きていたわ。毎日、海に潜ってお魚を捕っているって言っていた。わたしも 「マチルーが海に潜ってお魚を捕っているなんて‥‥‥」 そう言いながらカーミは涙ぐんでいた。当時のマチルーからは想像もできなかった。 「でも、どうして今帰仁に行かなかったの?」 「マチルーは方向音痴だったみたい。北に向かって歩いているつもりが、南に向かって行っちゃったのよ。気がついた時には カーミは笑いながら、「マチルーらしいわ」と言った。 マチルーは子供の頃から 「もうヌルじゃないのね?」とカーミが聞くと、越来ヌルは首を振った。 「今でもヌルよ。小渡ヌルって呼ばれて、 「そう」と言ってカーミは笑った。 越来ヌルはマチルーの事をマナミーに話して、何かがあったら頼りなさいと言った。 マナミーの花嫁行列はサムレーたちに護衛されて首里へと向かい、首里で一泊して、翌日、 米須グスクでは 次の日、台風が来た。 台風が過ぎて、海のうねりも治まった四日後、三姉妹の船が ファイチからの知らせを聞いて、サハチは浮島のメイファンの屋敷に向かった。 メイユーはいなかった。何か事故でもあったのかとサハチは心配したが、「メイユーは先月に女の子を産んだのよ」とメイファンが言った。 「なに、メイユーが女の子を産んだのか」 サハチは驚いて、聞き直した。 「可愛い女の子よ。名前はロンジェン(龍剣)よ。メイユーはとても喜んでいたわ。もう子供はできないって諦めていたみたい。でも、 「そうか。メイユーが娘を産んだのか‥‥‥名前はロンジェンか‥‥‥それで、メイユーは旧港に行ったのか」 「行ったわ。大きなお腹をして帰って来て、一月後に、無事に産んだのよ」 「そうか。無事でよかった」とサハチは喜んで、メイユーが女の子を抱いて笑っている姿を想像した。 ソンウェイ(松尾)は武装船を奪う事ができなかった。来年こそは持って来ると言って、サハチに謝った。 「無理をしなくてもいい」とサハチは言った。 「ムラカ(マラッカ)まで行って来たのだろう。武装船を奪う暇などあるまい。そのうち、武装船の方からやって来るだろう。そしたら、奪い取ってくれ」 ソンウェイはうなづいて、「ヂャンサンフォン殿はお元気ですか」と聞いた。 「相変わらず、お元気だよ。俺がヂャンサンフォン殿に会ったのはもう七年前になる。ヂャンサンフォン殿は七年前と少しも変わっていない。周りの者が年を取っても、ヂャンサンフォン殿は五十代のままだ。まさしく仙人だよ」 「また、お世話になります」とワカサが言った。 「よく来てくれました。お礼を申します」 「ヤマトゥに毎年行くのは難しいが、琉球なら毎年行けると言って、王様を説得しました。旧港に来たメイユーの船と一緒に来たのです」 「ヤマトゥに行けば、手続きのために、あちこちで待たされますしね。琉球ならそんな事はありません。ただ、今の時期だと息子さんには会えませんね」 「いえ、それは大丈夫です」とワカサは笑った。 「ササたちはヤマトゥに行っているのですか」とシーハイイェンが聞いた。 「すれ違いになってしまったな」とサハチは言った。 「いいわ。ヂャンサンフォン様の所で修行に励むわ」とシーハイイェンはツァイシーヤオとうなづき合った。 メイファンの屋敷で歓迎の 「噂は色々と聞いていましたが、思っていた以上に栄えていました。わしらがムラカに着いた時には、西の方から来ていた商人たちは帰ったあとでしたが、年々、ムラカに来る商人は増えていると地元の者たちは言っていました。わしらは冬に行って夏に帰って来ますが、西から来た者たちは夏に来て冬に帰って行くようです」 「成程。西から来た商人はムラカで、 「そうです。そして、西から来た商人が持って来た珍しい品々を、わしらが手に入れて琉球に持って来るというわけです。ムラカまで行かなければ手に入らない物もありますので、それをヤマトゥに持って行けば大層喜ばれる事でしょう」 現地まで行かなければ手に入らない物があるという言葉が気になった。今はまだ無理でも、十年後には琉球からムラカやジャワに船を出そうとサハチは思った。 「リンジョンシェン(林正賢)は琉球に来ているの?」とメイファンがウニタキに聞いた。 「先月の半ばに来ているよ」とウニタキは答えた。 「湧川大主はリンジョンシェンを迎えてから鬼界島攻めに行ったんだ」 「琉球に逃げて来たようね」とメイファンは言った。 「リンジョンシェン、かなりやばそうだわ。 「お前たちも危険じゃないのか」とウニタキは心配した。 「そうなのよ。リンジョンシェンが捕まるのはいいんだけど、次はあたしたちがやられるかもしれないわ」 「永楽帝を敵に回すのは危険だ。危険を感じたら琉球に逃げて来いよ」とサハチは言った。 「それもいいけど、ムラカに拠点を移そうかと考えているのよ。ムラカに行ったメイユーもそれがいいって言うし、今年はあたしがムラカまで行って様子を見て来ようと思っているの」 「そうか。ムラカか。ムラカに移れば永楽帝も追っては来ないな」 「わしもそれがいいと思います」とソンウェイも言った。 翌日、シーハイイェン、ツァイシーヤオ、シュミンジュンはヂャンサンフォンに会いに ウニタキはメイリンを連れてどこかに行き、ファイチもメイファンとどこかに行った。一人取り残されたサハチは『 今帰仁から嫁いで来たマナビーのために建てた宿泊施設だが、ジャワから来る者たちのために拡張していた。 冬から夏に掛けて、ヤマトゥの者たちが来て賑わう浮島もヤマトゥの者たちが帰ると閑散としてしまう。これからは、夏から冬に掛けて、南蛮の者たちが来るので、浮島は一年中、賑わう事になる。サハチは対岸の 八月八日、与那原のお祭りがあって、その翌日、ジャワの船が来た。 思っていたよりも早く着いたとスヒターたちは喜んでいたが、ササがいない事を知らせるとがっかりしていた。『那覇館』で歓迎の宴を開いて、メイファンとメイリンも呼んで、与那原にいるシーハイイェンたちも呼んだ。 サハチは島添大里にいるリェンリーたちを連れて浮島に向かった。サハチたちより先にヂャンサンフォンと一緒にシーハイイェンたちが来ていて、スヒターたちとシーハイイェンたちが睨み合いになったらしい。ヂャンサンフォンが、「お前たちは皆、わしの弟子じゃ。弟子同士の争いは禁止じゃ」と言ったので、お互いに自己紹介して仲よくなったようだった。 シーハイイェンたちは三度目の琉球だが滞在時間は少なかった。スヒターたちは二度目だが、前回に来た時、二か月近く滞在して、ヂャンサンフォンのもとで一か月の修行を受けていた。 今回、シーハイイェンたちは一か月の修行の最中だった。ジャワから来た者たちの歓迎の宴に呼ばれたが、修行を途中でやめていいものか迷った。ヂャンサンフォンは修行はいつでもできるが、ジャワの者たちの歓迎の宴は今日だけじゃと言った。シーハイイェンたちは修行を中断してやって来たのだった。ソンウェイも一緒だった。 シーハイイェンたちとスヒターたちは、共通の友達であるササの事を話し合って盛り上がっていた。 「 三姉妹たちも旧港の者たちもジャワの者たちも自分たちの食糧は持って来ているが、歓迎の宴と送別の宴の料理はこちらから出さなければならなかった。それらの料理は久米村に任せていた。 「 「南蛮(東南アジア)には仏教や 「今回は大丈夫なのか」とサハチは聞いた。 「ピトゥ(イルカ)の塩漬けで何とか代用ができそうです。それと、ザン(ジュゴン)の塩漬けもあるので、今回は何とかなりそうです」 「ピトゥの塩漬けが、こんな所で役に立つとは思わなかったな。来年はもっと買い取ろう。そして、豚の飼育の件は親父と相談して、担当の役人を決めて飼育させるよ」 「お願いします」とファイチは満足そうに笑った。 ウニタキが来て、「何をお願いしたんだ?」とファイチに聞いた。 「ピトゥの塩漬けが大いに役立ったって言っていたんだよ」とサハチが言った。 「そうか。そいつはよかった。 舞台では旅芸人たちが『 「今帰仁で『 「ああ、思っていた以上に喜んでくれたよ。明日もやってくれって頼まれて、十日間も今帰仁で毎日、演じていたんだ。グスクにも呼ばれてな、 「そうか。大成功だな」 ウニタキは嬉しそうな顔をしてうなづいて、「今、『かぐや姫』の稽古をしているんだ」と言った。 「『浦島之子』『 「そうか。そういえば、女子が主役のお芝居は『かぐや姫』だけだな。佐敷ヌルに言って、娘たちが憧れるような女子を主役にしたお芝居を作らせよう」 「『小松の中将様』に出てくる『 「それも面白そうだな」とサハチはうなづいた。 「マチルギさんを主役にすればいいんです」とファイチが言った。 「そいつはいい」とウニタキは手を打った。 「マチルギがお芝居になったら、マチルギはまたグスクから出られなくなるぞ」とサハチは言って、首を振った。 「マチルギさんの機嫌が悪くなったらうまくないですね」とファイチは笑った。 八月十五日、首里と島添大里で十五夜の宴が催された。去年、島添大里グスクで行なわれた宴を手本にして、首里では馬天ヌルと 音楽を担当したのは 雅楽所の者たちが演奏する幻想的な曲に合わせて、ヌルたちが華麗に舞って、首里で最初の十五夜の儀式は大成功に終わった。 サングルミーが明国に行っていて、 去年の十五夜の宴で、サングルミーの二胡を聴いたファイチは刺激されて、あれから一年、暇さえあればヘグムの稽古に励んでいた。 思紹はファイチのヘグムに感動した。哀愁を帯びたその調べは、若き日に ファイチのヘグムのあと、ヂャンサンフォンがテグム(竹の横笛)を披露して、辰阿弥が念仏踊りを演じた。お祭りの時の賑やかな念仏踊りではなく、ゆっくりと念仏を唱えて、 島添大里ではサスカサと佐敷ヌルが中心になって準備を進めて、去年以上のものを目指した。 マチルギは首里の宴に参加しているので、サハチはナツとハルと一緒に一番いい席に座って、宴を楽しんだ。 今年もいい満月が出ていた。佐敷ヌルとユリが吹く幻想的な調べに合わせて、サスカサ、佐敷の若ヌル、平田の若ヌル、ギリムイヌルがしなやかに舞い、マカトゥダル(サグルーの妻)、チミー(イハチの妻)、マナビー(チューマチの妻)、マチルー(サハチの次女)が天女のような着物を着て華麗な舞を披露した。 ギリムイヌルは越来ヌルの新しい名前だった。越来ヌルを越来按司の娘、ハマに譲ったのに、いつまでも越来ヌルのままではおかしいとサスカサと相談して、城下のはずれのギリムイグスク内にある古いウタキを守る事に決まったのだった。 儀式が終わるとリェンリーの笛に合わせて、ユンロンとスーヨンが明国の舞を披露した。スヒター、シャニー、ラーマの三人娘もジャワの踊りを披露した。聞いた事もない独特な笛の調べに合わせて、独特な踊りを踊っていた。笛を吹いていたのは佐敷ヌルで、スヒターたちから教わったのだろうが、見事なものだった。 シーハイイェンとツァイシーヤオも負けるものかとミヨンの三弦に合わせて歌を歌った。歌詞の意味はわからないが月夜にぴったりな美しい歌だった。 サハチもウニタキも今回は演奏はしないで、みんなの芸を楽しんで観ていた。 十五夜の宴のあと、サハチとファイチは九月に送る 首里に帰って来て『かぐや姫』の稽古をしていた旅芸人たちは、平田のお祭りで『かぐや姫』を演じて、その二日後、キラマ(慶良間)の島に行って、修行者たちにお芝居を観せて喜ばれた。キラマの島にはウニタキ、メイリン、メイファン、シーハイイェンたち、スヒターたちも一緒に行って、楽しく過ごしたようだ。 ウニタキたちがキラマの島に行った翌日、二月に行った進貢船が無事に帰って来た。永楽帝がまた その二日後、今年二度目の進貢船が出帆して行った。その船にはチューマチが乗っていて、チューマチもイハチと同じように驚いて帰って来るだろう。 |
中グスク
米須グスク