五人の御隠居
「母上、どうしたのです。父上が見つかったのですか」 「あなたが戻るのを待っていたのですよ。島添大里に何をしに行ったのですか」 「島添大里按司の様子を見に行ったのです。父上の行方知れずに関わっているのではないかと思って」 王妃は首を振って、「島添大里按司の仕業じゃないわ。 「伯父上が何かをたくらんだのですか」 「驚かないでね。今朝、早く、八重瀬按司が父上の遺体を運んで来たのよ」 「父上の遺体?」 王妃はうなづいて、「父上は亡くなったのよ。 「父上が殺された‥‥‥そんな馬鹿な‥‥‥」 タルムイは信じられないと言った顔で、悔しそうな顔で泣いている母親の顔を見つめていた。 シタルーの正妻、トゥイは トゥイが嫁いで来た時、シタルーは シタルーが山南王になって、トゥイは王妃として 王妃は涙を拭くと気丈な顔付きで、「父上の無念を必ず晴らすのよ」とタルムイに言った。 タルムイはうなづいて、「父上の 父と最後に会ったのは五日前だった。父は来年、ヤマトゥに行って来いと言った。 「わしはヤマトゥに行ってみたかったが、行く事はできなかった。島添大里按司に頼めば、お前を交易船に乗せてくれるだろう。わしが健在なうちにヤマトゥの国をよく見て来い」 そう言ったのに、急に亡くなってしまうなんて‥‥‥信じたくはなかった。 「 王妃は怒りに満ちた目で首を振った。 「重臣たちがまた裏切ったのよ。まったく、情けない人たちだわ。八重瀬按司を捕まえて、蔵にでも閉じ込めるかと思っていたら、何と、八重瀬按司を山南王にする相談をしているのよ。まったく、呆れて物も言えないわ。わたしは身の危険を感じて逃げ出して来たのよ」 「伯父上を山南王にするだって‥‥‥そんな馬鹿な‥‥‥重臣たちは何を考えているんだ」 浮島に行っていた長嶺按司、保栄茂グスクと長嶺グスクの間を探し回っていたジャナムイとグルムイが帰って来た。豊見グスクヌルとタルムイの妻、マチルーも呼んで、王妃は山南王の死を皆に話した。 「そんな‥‥‥」と言って豊見グスクヌルが泣き崩れた。 「親父が死んだなんて‥‥‥」と皆、信じられないという顔をして、王妃を見ていた。 「絶対に許せん、八重瀬グスクを焼き払ってしまえ」と長嶺按司が言った。 「島尻大里グスクも奪い返さなくてはならない」とジャナムイが言った。 「敵が守りを固める前に攻めた方がいい」とタルムイが言った。 「 「そうよ、それが先決よ」と王妃も言った。 義父の死を悲しみながらも、マチルーは早くこの事を父の中山王に知らせなければならないと思っていた。 タルムイは山南王の死を タルムイが戦の準備をしている時、王妃に呼ばれた。一の 山南王に仕えていた石屋の頭領、テサンには弟が二人いて、上の弟のテスは豊見グスクの城下にいてタルムイに仕え、下の弟のテハは山南王のために情報集めをしていた。 タルムイはテハから島尻大里の城下に流れている噂を聞いた。 「それは事実なのですか」とタルムイは母親に聞いた。 「山南王が八重瀬按司の息子に殺されたと聞いたけど、それが敵討ちだったなんて知らなかったわ。たとえ、敵討ちだったとしても、どうして、あの人が悪者にならなければならないの。兄の八重瀬按司から山南王の座を奪い取った悪者にされてしまっているのよ」 「父上がチヌムイという子の母親を殺したというのは事実なのですか」とタルムイは聞いた。 「あの時、このグスクも敵兵に囲まれたわ。あなたも覚えているでしょう。ここが落ちたら、わたしたちが人質になってしまったのよ。八重瀬按司は人質を楯にして、父上に山南王の座から手を引けと言ったでしょう。八重瀬按司の側室が殺されたのも、八重瀬按司が早く決断をしなかったからなのよ。戦で犠牲になった人たちが、一々敵討ちなんてやっていたら切りがなくなるわ」 「親父がそんな非情な事をしたなんて‥‥‥」 「戦自体が非情なものなのよ。敵討ちの事よりも、父上が悪者になっている事に怒りなさい」 王妃は部屋の隅でかしこまっているテハを見ると、「誰がこんな噂を流したの?」と聞いた。 「 「ウミンチュですって? ウミンチュがどうして、そんな事を知っているの?」 「今、調べております」 「
「どうした? 「どうやら中止になりそうです」とサハチは言って、木屑の中に座り込んだ。 「中止?」 「シタルーが亡くなりました」 「何じゃと?」 思紹は手を止めて、サハチを見つめた。 「シタルーが亡くなった? 熱病にでも罹ったのか」 「殺されたのです。殺したのはタブチの倅のチヌムイです」 サハチは事情を説明した。 「シタルーが死んだのか‥‥‥わしより若いのに先に逝くとはのう」 思紹は若い頃のシタルーを思い出していた。大グスクが落城して、シタルーが大グスク按司になった。シタルーは同盟を結ぼうと言って、守りを固めていた佐敷グスクに乗り込んで来た。佐敷按司だった思紹が断っても、懲りずに何度もやって来た。とうとう思紹は根負けして、同盟ではないが休戦という事で話をまとめたのだった。 明国に留学して様々な事を学んで、豊見グスクと首里グスクを造ったグスク造りの名人でもあった。山南王になってからは、首里グスクを奪い取る事に執着して、持っている才能を無駄にしてしまったような気がした。 「それで、タブチは山南王になるつもりなのか」 「まだはっきりとはわかりません。城下に流れている噂ではそうなります。タブチはまだ島尻大里グスクから出て来ません。捕まってしまったのか、あるいは、山南王になる準備をしているのか」 「タブチは一体、何を考えているんじゃ」と思紹は独り言のように言った。 「兵も引き連れず、ヌルだけを連れて、しかも、頭を丸めて、シタルーの死体を運んだのか」 「まだ夜も明けぬ早朝だったそうです」 「山南王になるつもりなら、前回、親父が亡くなった時のように、島尻大里グスクを占領すればいいじゃろう。前回と同じように、重臣たちはタブチの言い分を理解してくれるじゃろう」 「それもそうですね。タブチは山南王になるつもりはなかったのですかね」 「倅に代わって詫びるつもりで頭を丸めたのか。それとも明国の詩人に憧れて頭を丸めたのか」 「明国の詩人は頭を丸めているのですか」 「明国の禅僧は漢詩に熱中しているとヂャンサンフォン殿が言っておった。明国に行った時、そんな禅僧に出会ってな、詩の事はわしにはわからんが、見事な字を書いておった。流れるような美しい字じゃった。まるで、字が生きているように見えたんじゃよ」 「タブチもそんな禅僧に憧れたのですかね」 思紹は首を傾げた。そんな父親を見ながら、タブチは密かに、思紹に憧れていたのかなとサハチは思った。 「タブチが何を考えていようと、戦になる事は確実じゃな」 思紹は立ち上がると木屑を払いながら、「上で 「あの子がシタルーを‥‥‥」と言って、マチルギは絶句した。 「チヌムイを知っていたのか」とサハチが聞いた。 「ンマムイの兼グスクで会ったのよ。明るい子で、敵討ちを考えていたなんて思ってもみなかったわ。 「抜刀術というのは 「 「豊見グスクヌルが悲しんでいるでしょうね」と馬天ヌルが言ってから、「ウミトゥクに知らせなければならないわね」とサハチを見た。 「クルーが留守なのに、こんな事になるなんて‥‥‥叔母さん、お願いします」 馬天ヌルはうなづいて、溜め息をついた。 「いつまでも、シタルーの死を悲しんでいても仕方がない。今後の事を考えるために集まってもらったんじゃ」 思紹は南部の絵地図を広げた。 「 「東方の按司たちは皆、タブチと婚姻を結んでいたな」 「大グスク以外は」とサハチは言って、うなづいた。 「 「中グスクのマナミーが米須に嫁いだばかりなのに、こんな事になるなんて」と馬天ヌルが首を振った。 「何かがあれば、マナミーは必ず助け出す」と思紹は言った。 「タルムイに付くのは小禄按司と瀬長按司だけですね」とサハチは言った。 「しかし、タルムイの弟には兼グスク按司、保栄茂按司がいて、妹婿の長嶺按司がいる。まだ、皆、若いがのう」と思紹は言った。 「与座按司はどっちじゃ?」と苗代大親が聞いた。 「与座按司の妻はタブチの娘ですからタブチに付くでしょう」とサハチは答えた。 苗代大親はうなづいて、「 「兵力はタブチの方が有利のようじゃな」と思紹は言ったが、ふと思い出したように、「 「確か、ハルが来た二年前、三百人いると言っていました。今は五百人いるかもしれません」 「それがどっちに加わるかじゃな」 「アミーの話だと、粟島の事はシタルーしか知らないようです。重臣たちは知らないでしょう。王妃が知っているかどうかですね」 「誰も知らなかったら奴らはずっと島にいる事になるぞ」 「そうなったら、迎えに行きますか」とサハチが言うと思紹が笑った。 「アミーに行かせて、全員、中山王の兵にすればいい。もし、王妃が知っていたとしても、タブチには話すまい。粟島の兵が動かなければ、タブチの方が有利じゃな。さて、わしらはどう動くかじゃ」 ウニタキと 「何かわかったか」とサハチは二人に聞いた。 「米須按司、いや、隠居したから 「中座大主とは誰だ?」とサハチが聞いた。 「玻名グスク按司だよ。米須按司が隠居したのと同じ頃に隠居したようだ。隣り 「この辺りだ」とウニタキが絵地図を見て、中座グスクの位置を指さした。 思紹がうなづいて、そこに『中座グスク』と記入した。 「摩文仁グスクはこの辺りです」とウニタキが示して、思紹は記入した。 「五人の按司たちが隠居して、皆、グスクを築いているのか」とサハチは賑やかになった南部の絵地図を眺めながら言った。 「隠居した按司たちは皆、タブチと一緒に明国に行っている。しかも、時期的に冬の雪山を越えて サハチは冬山越えの経験はないが、クグルーと馬天浜のシタルーから話は聞いていた。寒さに耐えられずに亡くなった者や、氷に滑って大怪我をした者もいたと言っていた。五十歳を過ぎた男たちにとって過酷な旅だったに違いない。助け合って乗り越えて来たのだろう。 「タブチは山南王になるつもりなんじゃな」と思紹がウニタキに聞いた。 「島尻大里グスクに腰を落ち着けた所を見るとそのようです」 「タルムイの方は何か動きはあるのか」とサハチが聞いた。 「 「なに、王妃様は島尻大里グスクから逃げたのか」 「今、島尻大里の城下は戦が始まると大騒ぎしていますから、それに紛れて逃げたようです」 「その王妃様は察度の娘じゃったな」と思紹が聞いた。 「そうです」とウニタキが答えた。 「武寧の妹です。摩文仁大主の妹でもありますが、摩文仁大主は幼い頃に米須按司の養子になっていますから、お互いに、子供の頃は面識もないはずです」 「評判はどうなんじゃ?」 「島尻大里の城下の人たちにも慕われておりますし、糸満のウミンチュたちにも慕われております。察度の娘として浦添グスクで生まれましたが、シタルーと一緒に苦労をしていますからね。大グスクから豊見グスクに移った時、まだ城下などなくて、シタルーと一緒に城下造りにも精を出したようです。豊見グスクの城下の人たちが 「王妃様は 「職人たちを大切にしていて、グスクでお祝い事があった時には必ず、御馳走を差し入れてくれます」 「わたしたちも見習わなければならないわね」とマチルギが言った。 「何を言っておる」と思紹は笑った。 「お前が職人たちの面倒をちゃんと見ている事は知っておるぞ」 「職人たちは色々いますから、見落とした者がいるかもしれません。たとえば、 「そうか。職人たちの事はお前に任せる。話がそれてしまった。王妃様が豊見グスクにいるんじゃな。中山王の娘に生まれて、山南王の王妃様になった。当然、我が子を山南王にしようと願うじゃろうな。シタルーの幼い子供たちや側室はまだ島尻大里グスクにいるんじゃな」 「います。タブチがその者たちをどう扱うかですね」とウニタキが言った。 思紹はうなづいて、「人質の扱い方で、わしらの出方も決まるというわけじゃな」とニヤッと笑った。
その頃、タブチは 「こんなうまい酒が飲めるなんて幸せじゃのう」と山グスク大主(前真壁按司)が嬉しそうな顔をして酒を一口舐めた。 「シタルーも酒好きだったようじゃ。一緒に飲んだという記憶はあまりないがのう。明国の珍しい酒を集めていたようじゃ」 「それにしても驚いた」と摩文仁大主(前米須按司)が言った。 「山南王がそなたの倅に討たれたとはのう。わしもあの時、そなたの側室が斬られる所を見ていたんじゃ。シタルーには斬れまいと思っていたんじゃが、斬ってしまった。その時、シタルーも先代の倅じゃなと思って、ぞっとしたものじゃ。シタルーもやる時はやるなと感心したが、それが 「わしはどうもシタルーは苦手じゃった」とナーグスク大主(前伊敷按司)が言った。 「特に理由はないんじゃが、肌が合わんというのかのう。向こうも同じ思いでいたようで、李仲按司にグスクを築かせて、わしを見張っていたんじゃ。隠居してナーグスクに行った時はホッとしたものじゃ。ところで、八重瀬殿、来月の 「当たり前じゃろう」と山グスク大主が笑った。 「山南王が、中山王の使者になるわけがなかろう」 「そうか。わしは楽しみに準備をしていたんじゃ」 「今年は無理じゃが、来年の正月には進貢船が出せるじゃろう。わしは行けんが、みんなには使者になってもらおうかのう」とタブチは言った。 「なに、わしらが使者か」と中座大主(前玻名グスク按司)が嬉しそうに笑った。 「みんな、明国に何度も行っているし、わしがやっていた事を見てきたじゃろう。一度、副使を務めたら、次は正使じゃ」 「正使となったら明国の役人たちと一緒に 「それで、シタルーの倅たちに勝てる自信はあるのか」と摩文仁大主がタブチに聞いた。 「わしら五人が揃えば、若造たちに負けるはずはない」とタブチは不敵に笑った。 「シタルーの軍師だった李仲按司は、運のいい事に唐旅に出ている。来月に帰って来ると思うが、グスクの位置からして、タルムイ側に付くのは不可能じゃ。グスクを捨てて、タルムイに付くと言うのなら、それもいいじゃろう」 「王妃様や側室、子供たちはどうするつもりじゃ」 「王妃様はすでに逃げた。重臣の中に裏切り者がいて、シタルーの死を伝えたようじゃ。出て行きたい者は今のうちに出て行けと重臣たちに言った。裏切り者は出て行くじゃろう。側室や子供たちも出て行きたい者は出て行かせる」 「人質として取っておいた方がいいんじゃないのか」と山グスク大主が言った。 「人質はいらん」とタブチははっきりと言った。 「わしはシタルーのように人質を使うような卑怯な真似はせん。出て行きたい者は皆、出て行ってもらう。残りたい者だけが残ればいい」 「うむ、それがいい」と摩文仁大主はうなづいた。 「裏切り者が内部にいれば、内通される恐れがあるからな。残った者たちが団結して戦えば、勝てるじゃろう。問題は中山王と山北王じゃ」 「それなんじゃよ」とタブチは顔を曇らせた。 「突然、こんな事になってしまって、中山王には申し訳ないと思っているんじゃ。すでに、知っていると思うが、使者を送って事情を説明しなくてはならんのう」 「事情を説明して、味方になってもらうのか」と中座大主が聞いた。 タブチは首を振った。 「タルムイは中山王の娘婿じゃ。味方にするのは難しい。せめて、山南の事に介入しないように頼むしかない」 「中山王がタルムイに付いたらどうするつもりじゃ? 勝てるのか」と山グスク大主が聞いた。 「東方の按司たちが中山王に付いたら負けるかもしれん」 「東方の者たちも中山王の船に乗って明国に行っている。中山王を裏切れんじゃろう」 「山北王を味方に付けたらどうじゃ」と摩文仁大主が言った。 「それも難しい。シタルーの三男、グルムイ(保栄茂按司)は山北王の娘婿じゃからな」 「グルムイを味方に引き入れたらどうじゃ」と山グスク大主が言った。 「何を言っている。グルムイはタルムイの弟だぞ」 「シタルーは弟なのに山南王になった。グルムイを山南王にすると言って迎え入れるんじゃ」 「グルムイが山南王になったら、タブチはどうなる?」と中座大主が聞いた。 「タブチは山南王の重臣となって、グルムイを操ればいい。すでに隠居した身じゃ。山南王の座に未練はあるまい」 「確かにそうじゃ。今朝、わしは死を覚悟して、ここに来た。生きているだけでも儲けものじゃ。グルムイを山南王にするというのも面白いな」 「グルムイの母親はまだここにいるのか」とナーグスク大主がタブチに聞いた。 「グルムイの母親は王妃様じゃよ。タルムイもジャナムイ(兼グスク按司)も長嶺按司の嫁も皆、王妃様の子供なんじゃ」 「そうなるとグルムイが寝返るのは難しいな」 「諦めるのはまだ早いぞ」と摩文仁大主が言った。 「グルムイはここで育った。幼馴染みとか、武芸の師匠とかがいるはずじゃ。そいつらを使って寝返らせるんじゃ」 「寝返らせて、山北王を呼び込むんじゃな」と中座大主が言った。 「しかし、そうなると中山王はタルムイ側に付くぞ。この地で、山北王と中山王の戦が始まる。そうなるとうまくないのではないのか。もし、わしらが勝ったとしても、山北王の家臣たちがここに入り込んできて、わしらの自由にはできなくなる」 「そうじゃのう」とタブチは少し考えて、「山北王にも介入してもらうわけにはいかんな。わしらの力だけで倒そう」と言った。 「もし、中山王が介入して来たら、グルムイを説得して、山北王を味方に付けなければならんぞ。山北王まで、向こうに付いたら勝ち目はない」と山グスク大主は言った。 「確かにな」というように四人の御隠居たちはうなづいた。 「敵の動きはちゃんと探っているんじゃろうな」と摩文仁大主がタブチに聞いた。 「勿論じゃ。心配するな。豊見グスクも長嶺グスクも 「わしらは隠居した身じゃ。戦の事は倅たちに任せて、今は祝い酒を楽しもう」と摩文仁大主は笑った。 「話は変わるが、これを機に、わしは |
豊見グスク
首里グスク
島尻大里グスク