タブチとタルムイ
長い一日が終わった翌日、 ウニタキの報告によると、タブチ(前八重瀬按司)はシタルー(山南王)の側室や子供たちを 重臣で出て行ったのは、 シタルーの娘のマアサも自分が育てた十人の シタルーの側室で残ったのは、二年前にハルのお返しとして、サハチがシタルーに贈ったマフニだけだった。シタルーとの間に子供はなく、ウニタキの配下なので、グスク内の様子を探るために残っていた。もう一人、ウニタキの配下のマクムがいたが、娘を連れて豊見グスクに行った。豊見グスク内の様子を探るためだった。マフニと同じ頃にタブチがシタルーに贈ったカニーは 戦が始まったのは八重瀬グスクだった。八重瀬グスクは兼グスク按司(ジャナムイ)と 総大将の兼グスク按司はチヌムイを引き渡せと交渉したが、八重瀬按司になったエータルーは拒絶した。実際、チヌムイは若ヌルと一緒に八重瀬グスク内にはいなかったが、エータルーは 兼グスク按司は総攻撃を命じた。弓矢の撃ち合いで始まったが、守りを固めているグスクに近づく事はできず、 すでに城下の者たちはグスク内に避難していて、兼グスク按司はグスクの近くにある重臣の屋敷を本陣として、長嶺按司、瀬長按司と今後の対策を練った。 タルムイは 糸満川の河口は糸満の港になっていて、糸満グスク、兼グスク、照屋グスクの三つは、交易のための蔵から発展したグスクで、 大グスクは古くからの神聖なウタキだった。シタルーの父、 まだ戦の準備が整っていないのか、大グスクからも照屋グスクからも攻撃はなかった。タルムイの軍勢は警戒しながら島尻大里グスクに向かった。 敵が攻めて来たと城下は大騒ぎになった。昨日のうちに逃げた人も多いが、もう少し様子を見ようと残っている人も多かった。 タルムイは進軍をやめて、城下の様子を見守った。なるべく多くの人たちをグスク内に追い込んだ方がこの先、有利だった。 大御門が少し開いて、馬に乗った島尻大里ヌルが現れた。島尻大里ヌルは静かに二人のヌルに近づくと、しばらく話をしていた。 島尻大里ヌルが二人にうなづいて引き下がった。豊見グスクヌルと座波ヌルもタルムイのもとに戻った。 しばらくして、シタルーの遺体が乗った華麗なお お輿のすだれを上げるとお香の匂いが漂ってきた。白装束のシタルーが首をうなだれて座っていた。その哀れな姿を見て、豊見グスクヌルも座波ヌルも涙が溢れてきた。でも、こんな所で泣いている場合ではなかった。二人は涙を拭いて、頑張りましょうとお互いの手を握って励まし合った。二人は立ち上がると両手を合わせてお輿の中の山南王に頭を下げ、グスクに向かって頭を下げ、振り返るとタルムイに合図を送った。四人の兵がやって来て、お輿を担いだ。 お輿を先頭にして、タルムイの兵は引き上げて行った。
その頃、 タブチの言い分は、敵討ちをしたチヌムイの責任を負って、斬られる覚悟で島尻大里グスクに行ったが、重臣たちに説得されて、山南王になる決心をした。チヌムイを助けるには山南王になるしかなかった。突然の事で戸惑いはあるが、立派な山南王になって、南部地方を栄えさせるつもりだと言い、 山南の王妃の言い分は、山南王を殺した者が、山南王になる事は神様が許さないだろう。山南王の嫡男であるタルムイが山南王を継ぐのが正統なので、応援してほしいが、今回は介入しないでくれと書いてあった。 「どちらも介入するなと言ってくるとは意外じゃな」と思紹は言った。 タブチはともかく、タルムイは援軍の依頼をしてくるだろうとサハチも思っていた。タルムイよりも母親の王妃が主導権を握っているようだった。 「やはり、タブチは死ぬ覚悟で行ったようですね」とサハチは言った。 「しかし、重臣たちはどうして、タブチを捕まえないで、山南王になるように勧めたのでしょう」 「タブチとタルムイを比較して、タブチの方が山南王にふさわしいと考えたのじゃろう。今のタブチなら、充分に山南王を務められる。タルムイではまだ頼りないと思ったのじゃろうな」 「タブチはシタルーの重臣たちと通じていたのでしょうか」 「その辺はわからんが、先代が亡くなった時、重臣たちはタブチを支持して山南王にしようとした。その時の重臣たちはまだいるはずじゃ。それらの重臣たちにタブチは密かに、明国のお土産を贈っていたのかもしれんのう」 「重臣たちは皆、グスクを持っていて、非番の時はグスクにいますから、そんな時に密かに接触していたのかもしれませんね」 「タブチならそのくらいの事はやっていたじゃろう」 「それで、山南の王妃ですが、どうして介入するなと言ってきたのでしょう。タルムイは中山王の娘婿なのに」 「中山王が介入すれば、 「すると、山南の王妃は山北王にも介入するなと言ったのじゃろうか」と苗代大親が言った。 「 「どこにいるのか知りませんが、島尻大里の騒ぎを聞けば 「テーラーが山南の王妃の書状を持って、今頃、 「山北王は動きますかね?」とサハチは誰にともなく聞いた。 「山南の王妃に介入するなと言われても、娘婿の保栄茂按司を山南王にしようと考えるかもしれんな」と思紹が言った 「それはうまくないのう」とヒューガが言った。 思紹はうなづいて、「それだけは絶対に阻止しなくてはならない」と厳しい顔付きで言った。 「山北王の兵がやって来たら海上で防ぎますか」とヒューガが言ったが、 「それもうまくないのう」と思紹は言った。 「山北王と戦をするのはまだ早い。山北王が介入して来たら、わしらもタルムイに援軍を出さなくてはならない。そして、タルムイに山南王になってもらう」 「タブチを倒すのですか」とサハチは思紹に聞いた。 「山北王が出て来たらの話じゃ。今はまだ、様子を見ん事には、わしらがどう動くかは決められん」 「タブチを殺すのは惜しい」とサハチは言った。 「今だけの事を考えるな」と思紹は言った。 「三年後には山北王を攻める。その時、安心して北部に出陣できるような状況にしなければならんのじゃ」 「タブチが山南王になった場合、どうなるのか考えてみましょう」とファイチが言った。 「タブチが勝つという事は、タルムイたち兄弟は敗れるという事じゃな」と苗代大親は言って、絵地図を見た。 「豊見グスク、長嶺グスク、保栄茂グスク、 「うーむ」と思紹は唸った。 「タブチが山南王になるとシタルーの時よりも勢力が広がるという事か」 「タブチが山南王になれば、交易に力を入れて、今以上に栄えるでしょう」とサハチは言った。 「明国の役人たちとも親しくしているようじゃからのう。海船を何隻も賜わって、一年に何回も行くかもしれん。うまくないのう」 「東方の若按司や家臣たちはタブチと一緒に明国に行っています。タブチが山南王なら従ってもいいと思うかもしれません」 「うまくないのう」と思紹は言ってから、「山南王の 「一隻は 「国場川の進貢船はタルムイが抑えているのか」 ファイチは首を傾げて、「調べてみます」と言った。 「タブチが山南王になると今帰仁攻めは難しくなりそうですね」とサハチは言った。 「東方にある 「いや、南部を支配下に治めたタブチは野望を抱いて、首里グスクを狙うじゃろう。シタルーと同じように山北王と手を結んで、挟み撃ちを考えるかもしれん」 「山北王と手を結ぶとなると保栄茂按司の嫁さんは助け出さなくてはならんな」とヒューガが言った。 「タブチの事じゃから、その辺の事は抜かりなくやるじゃろう」と思紹は言った。 「今度はタルムイが勝った場合を考えてみましょう」とファイチが言った。 「タルムイが勝てば、タルムイは島尻大里グスクに入って山南王になる」と苗代大親が言った。 「タブチに味方した 「人材以前に、タルムイの兄弟たちが、それらの按司たち全員を倒せるはずはない」とヒューガが言った。 「島尻大里グスクを包囲して置かないと、それらのグスクを攻める事はできない。島尻大里グスクを包囲するのに一千の兵がいる。そして、それらのグスクを倒すのには、さらに一千の兵が必要じゃろう」 「タルムイが勝つには、やはり、援軍が必要じゃな」と思紹は言って、「山南の王妃は戦を知らんようじゃな」と笑った。 「それはタブチにも言えます」とファイチは言った。 「阿波根グスク、保栄茂グスクを落とさないと、豊見グスクは攻められません。阿波根グスクと保栄茂グスクを落として、豊見グスクを攻める事ができたとしても、長嶺グスクから妨害されます。シタルーの息子たちを倒すのは容易な事ではありません」 「長期戦になるという事じゃな」 「いっその事、三年間、続けてもらいましょう」とファイチが言って、皆を笑わせた。 「その辺の所は置いておいて、タルムイが勝ったとしましょう。そうなると南部の状況はどうなるでしょう」とファイチは真顔に戻って聞いた。 「タブチたちがいなくなったら、という事じゃな」と苗代大親が言って話を続けた。 「タルムイはまだ若いし、豊見グスクにいたので、父親の仕事を実際に見ていない。山南王になったとしても、何をしたらいいのかもわかるまい。そうなれば、当然、義父である兄貴を頼る事になる。東方の者たちも以前のごとく、中山王に従うじゃろう。山南王の勢力範囲は今と変わらんじゃろう」 「いや」とヒューガが言った。 「タルムイに援軍を送って、中山王の兵が八重瀬グスク、具志頭グスク、玻名グスク、米須グスク、伊敷グスク、真壁グスクを落とせば、それらのグスクに中山王の配下を入れて、山南王の領地を狭める事ができる」 「それじゃ」と思紹は手を打った。 「八重瀬グスク、具志頭グスク、玻名グスク、米須グスクは是非とも奪い取りたいものじゃな」 「タブチを攻めるのですか」とサハチは聞いた。 「その時期が問題じゃな。山南の王妃に援軍を頼むと言わせなければならん」と思紹は言った。 ウニタキが現れた。 兼グスク按司、長嶺按司、瀬長按司が八重瀬グスクを攻めた事、タルムイが島尻大里に攻め寄せて、シタルーの遺体を引き取った事を伝えた。 「タルムイは遺体を引き取っただけで引き上げたのか」とサハチが聞いた。 「引き上げた。親父の葬儀をやってから、戦を始めるのだろう。それと、テーラーがタルムイの使者として今帰仁に向かった」 「やはり、山北王にも介入するなと言うようじゃな」と思紹が言った。 「タブチも山北王に使者を送りました」とウニタキは言った。 「タブチが?」と皆が驚いて、「誰を送ったんだ?」とサハチは聞いた。 「米須の隣り 誰もが小渡ヌルなんて知らなかった。 「何者じゃ?」と思紹が聞いた。 ウニタキは説明した。 「そんなヌルが米須にいたなんて知らなかった」とサハチが言った。 「俺も知らなくて、ここに来る前、馬天ヌルに聞いてみたんだ。馬天ヌルは知っていた。驚いた事に小渡ヌルはヂャンサンフォン殿の弟子なんだよ」 「何だって!」 サハチとファイチは顔を見合わせて驚いていた。 「それだけじゃない。佐敷ヌルの弟子でもあるんだ。俺たちが 「どうして、ナーサを知っているんだ?」 「ヂャンサンフォン殿のもとで一緒に修行を積んだ仲だそうだ。馬天ヌルから聞いたんだが、娘と一緒に 「タブチも山北王に介入しないように頼んだようじゃな」と苗代大親が言った。 「山北王の動きを探ってくれ」と思紹はウニタキに言った。 「山北王の動き次第で状況は変わってくる」 ウニタキはうなづいた。 「馬天ヌルは 「なに、島尻大里の避難民が首里に来たのか」とサハチは驚いた。 思紹は廊下で待機している女子サムレーを呼んで、避難民たちの世話をするように重臣たちに伝えろと命じた。 ウニタキが出て行こうとした時、マチルギが現れた。 「島添大里にタブチから出陣要請が来たわよ」とマチルギがサハチに言った。 「何だって?」とサハチは驚いてマチルギを見た。 マチルギから渡された書状には、東方の按司たちを率いて、長嶺グスクを攻めてくれと書いてあった。サハチは思紹に書状を渡して、 「中山王には介入するなと言って、俺には援軍を送れと言うのか」と言って皆の顔を見た。 「タブチは東方は山南王の領地だと思っているようじゃ」と苗代大親が言った。 「タブチは山南王になったようじゃな」と思紹が笑って、「何と読むんじゃ?」とファイチに書状を見せた。 書状の最後に『琉球山南王 達勃期』と書いてあった。 「タブチです。明国での名前です。以前は違う字でしたが、漢詩をやるようになって、そのように変えたようです」 みんなが書状を覗き込んで、「これでタブチと読むのか」と首を傾げた。 「そんな事より、東方の按司たちをどうしますか」とサハチは思紹に聞いた。 「さっきと同じように分析してみよう」と思紹は言った。 「まず、東方の按司たちが長嶺グスクを攻めたらどうなるでしょう?」とファイチが言った。 「タルムイ側が八重瀬グスクを攻め、タブチ側が長嶺グスクを攻める。八重瀬を攻めている長嶺按司は焦るじゃろうな」とヒューガが言った。 「長嶺按司は長嶺グスクに戻るかな」とサハチが言うと、 「戻って来たら道を空けてグスクに入れて閉じ込めてしまえばいい」と苗代大親が言った。 「タブチの狙いはそれですかね」 「そうかもしれんな」と思紹が言った。 「阿波根グスクを攻めれば、兼グスクも引き上げるかもしれん。兼グスク按司も閉じ込めて、保栄茂按司も閉じ込めようとしているのかもしれん。みんなを閉じ込めてから、豊見グスクを攻めるつもりかもしれんのう」 「タブチは長期戦を狙っているのか」とサハチは言った。 「シタルーがたっぷりと 「みんなを閉じ込めてしまえば、島尻大里を包囲する者はいなくなる。タブチは山南王としての仕事を進められる。有利な状況で、中山王、山北王とも交渉ができる」 「もし、長嶺按司や兼グスク按司がグスクに戻らなかったらどうなりますか」とファイチが聞いた。 「やつらは帰る場所を失うわけじゃから、早く戦のけりをつけようと焦るじゃろうな。兄弟が争いを始めるかもしれん。保栄茂按司が、タブチの甘い誘いに乗って、寝返るかもしれんな」 「甘い誘いとは、もしや、保栄茂按司に山南王の座を譲るとでも言うのですか」とサハチはヒューガに聞いた。 「タブチはもはや、昔のタブチではない。明国に行って、色々な事を学んでいるじゃろう。わしは明国の事は知らんが、ヤマトゥの鎌倉幕府は、最初だけは源氏の将軍が力を持っていたが、その後は将軍というのは名ばかりで、力を持っていたのは 「何と言う事を‥‥‥」とサハチは驚いていた。 思紹も驚いた顔でヒューガの話を聞いていた。 「それでは、東方がタブチの言う事を聞かなかった場合はどうなるでしょう」とファイチは言った。 「東方は中山王の領内じゃったと認識するじゃろうな」と苗代大親が言った。 「ついこの間までは、八重瀬も具志頭も玻名グスクも米須も東方じゃった」とヒューガが言った。 「東方の八重瀬グスクが攻められているのに、放って置くのかという理屈が成り立つ。現にタブチは明国の正使を務め、かなりの貢献をしていたからのう。理由はどうあれ、世間の人たちは、中山王はどうして八重瀬按司を助けないんだと思うじゃろう」 「八重瀬按司を助けるか‥‥‥」と思紹は独り言のように言った。 「東方の者たちの意見を聞いてみましょう」とサハチは言った。 「皆、婚姻でつながっているので、タブチを助けようと思う者もいるかもしれません。無理に引き留めたら抜け駆けをする者が現れるかもしれません。そうなったら東方は分裂してしまいます」 思紹はうなづいたが、「お前は動くなよ」と言った。 「お前は島添大里按司でもあるが、中山王の 「わかりました。出陣するような事になったら、サグルーに行かせます」 「サグルーは今、いくつじゃ?」と思紹は聞いた。 「二十四です」 思紹はうなづいて、「よし、サグルーに行かせろ」と言った。 |
八重瀬グスク
島尻大里グスク
首里グスク