沖縄の酔雲庵

尚巴志伝

井野酔雲







王妃の思惑




 島添大里(しましいうふざとぅ)グスクに集まった東方(あがりかた)の按司たちは、今度こそ、タブチ(先代八重瀬按司)に山南王(さんなんおう)になってもらおうと声を揃えて言った。その中にンマムイ(兼グスク按司)もいた。

「お前が何で、ここにいるんだ?」とサハチ(中山王世子、島添大里按司)はンマムイに聞いた。

 タブチから援軍依頼が届いて、それを知らせに来たら、東方の按司たちが集まっていたので、一緒に待っていたという。

「お前は東方ではないだろう。首里(すい)南風原(ふぇーばる)にいるんだから、(かに)グスクは中山王(ちゅうざんおう)の領内だ」

「俺もそう思ったんだけど、タブチは東方だと思っているようなんで、それを確認に来たんです。俺はグスクを守っていればいいんですね?」

「今の所はな。今後の展開によっては、今帰仁(なきじん)に行ってもらう事になるかもしれない。その時は頼むぞ」

 ンマムイはうなづいて、「チヌムイが山南王を倒したなんて驚きましたよ。真剣に修行を積んでいたけど、まさか、敵討ちのためだったなんて知らなかった。八重瀬(えーじ)グスクが敵兵に包囲されているようですけど、チヌムイは八重瀬グスクにいるのですか」とサハチに聞いた。

「まだ、どこにいるのかわからんのだ」とサハチは言った。

「タブチは島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクにいるんじゃな?」と知念按司(ちにんあじ)が聞いた。

「タブチは八重瀬ヌルだけを連れて、島尻大里に乗り込んだようです。その後、兵の移動はありませんから、八重瀬グスクは二百人の兵で守られているはずです。そう簡単には落ちないでしょう」

「それでタブチは八重瀬の救援ではなくて、長嶺(ながんみ)グスクを攻めろと言ってきたんじゃな。中山王にとっても、あのグスクは目障りじゃろう。わしらで奪い取ってやろうじゃないか」

 皆が知念按司の言葉に賛同した。

 東方の按司たちにとって、タブチには世話になっているが、タルムイ(豊見グスク按司)とは縁がなかった。シタルー(山南王)は常に敵だったし、その息子が山南王になるより、タブチがなった方がいいと思うのは当然の事だった。

 玉グスク按司の弟、百名大親(ひゃくなうふや)の妻はタブチの四女で、知念按司の三女はタブチの三男の(あら)グスク大親に嫁いでいる。垣花按司(かきぬはなあじ)の妹はタブチの次男の喜屋武大親(きゃんうふや)に嫁ぎ、糸数(いちかじ)の若按司の妻はタブチの五女だった。(うふ)グスク按司の叔母はタブチの側室になってマカミーを産んで、マカミーは与那原大親(ゆなばるうふや)の妻になっている。誰もがタブチと関係を持っているが、シタルーと関係のある者はいなかった。強いて言えば、糸数按司の妻は察度(さとぅ)(先々代中山王)の娘なので、シタルーとは義兄弟の間柄だが、糸数按司が島尻大里や豊見(とぅゆみ)グスクに出入りしていた事実はなかった。

 全員がタブチを応援しているのに、やめろとはサハチには言えなかった。やめさせる正統な理由は見つからなかった。

 全員一致で、タブチに援軍を送る事に決まって、各自、戦仕度(いくさじたく)をするために帰って行った。

 廊下に飾ってある水墨画を眺めながら、「わしも隠居しようかのう」と知念按司がサハチに言った。

「玉グスク按司が亡くなって、垣花按司は隠居したんじゃよ。わしらの時代は終わったと言っておった。わしも今回の戦は倅に任せる事にしよう」

 知念按司は手を振ると帰って行った。知念按司が見ていた水墨画には、山奥の渓流で釣りをしている老人の姿が描いてあった。小舟(さぶに)に乗って、のんびりと釣りを楽しみたいと知念按司は思っているのだろうかと、その後ろ姿を見送った。このグスクを奪い取ったばかりの時、知念按司は血相を変えて怒鳴り込んで来た。あの時の勢いは感じられず、知念按司も年齢(とし)を取ったなとサハチは思った。

 サハチはサグルーと会って状況を説明して、戦の準備をさせた。



 八重瀬グスクを攻めていた兼グスク按司(ジャナムイ)、長嶺按司(ながんみあじ)瀬長按司(しながあじ)はその夜、城下の家々を焼き払おうとした。

 日が暮れる前、家が燃えやすいように、長嶺按司の兵が藁束(わらたば)を担いで家々に配っていたら、隠れていた敵兵にやられた。十数人の兵が負傷して、二人が亡くなった。敵兵は素早く逃げてしまって捕まえる事はできなかった。

 空き家になっている城下に敵が隠れていたなんて、思いもよらない事だった。長嶺按司は改めて城下の家々を確認させ、火を掛けようとした時、突然、雨が勢いよく降ってきた。篝火(かがりび)松明(たいまつ)も消えて、兵たちは空き家に逃げ込んだ。

「燃やさなくてよかったのかもしれんぞ」と瀬長按司が言った。

「どうせ、この城下はわしらのものになる。燃やしたら再建が大変じゃ」

「しかし、前回、城下を燃やしたら、グスク内にいる者たちが騒ぎ出して、グスクは落ちました。今回もその手で行こうと思ったのです」と長嶺按司が言った。

「その手を使うのはまだ早い。籠城(ろうじょう)が続いて、閉じ込められている者たちがイライラし出した頃でないと無理じゃ。籠城したその晩に焼いたら、返って、奴らはわしらを憎んで団結してしまうじゃろう」

 一晩中降っていた雨は翌朝にはやんでいた。

 雨宿りに飛び込んだ空き家の水甕(みじがーみ)の水を飲んだ者たちが、下痢に悩まされていた。城下の人たちはグスクに避難する前に、水甕に下痢をする薬を投げ込んだのだった。タブチが明国(みんこく)から持ってきた漢方薬だった。

 その日、豊見グスクで山南王の葬儀が行なわれた。兼グスク按司と長嶺按司は、八重瀬グスクの包囲陣を瀬長按司に任せて豊見グスクに向かった。島添大里にも知らせが届いて、サハチは行かなかったが、手登根大親(てぃりくんうふや)の妻、ウミトゥクが女子(いなぐ)サムレーを連れて豊見グスクに向かった。勿論、ウニタキ(三星大親)の配下も陰の護衛として従っていた。豊見グスクはタブチの攻撃に備えて守りを固めていたが、タブチの兵が攻めて来る事はなかった。

 葬儀から帰って来たウミトゥクは、久し振りに母親に会えたのは嬉しかったけど、父親が亡くなったなんて、今でも信じられないと言った。それと、もう一つ信じられない話を聞いたと言った。

「わたしたちの読み書きのお師匠なんですけど、久し振りにお会いしてお話を聞きました。去年の十月に、二人の娘さんを亡くしてしまったと嘆いていました。なかなか話してはくれませんでしたが、山南王の秘密のお仕事で、島添大里で亡くなったと言いました。わたしには信じられませんでしたが、本当なのでしょうか」

「去年の十月? 娘の名前はわかるのか」とサハチはウミトゥクに聞いた。

「アミーとユーナです」

「何だと? ウミトゥクは二人を知っているのか」

「幼馴染みです」

「そうだったのか‥‥‥」

 サハチは驚いた顔でウミトゥクを見ていた。アミーの父親はシタルーの護衛役だった。当然、シタルーの娘のウミトゥクは知っているだろう。その娘とも親しかったのかもしれない。今まで、どうして気づかなかったのだろう。

「二人は何をしようとして殺されたのですか」とウミトゥクはサハチに聞いた。

「二人は俺を助けてくれたんだよ」とサハチは言った。

「えっ?」とウミトゥクはわけがわからないと言った顔でサハチを見ていた。

「二人は無事だ。生きている。生きている事がわかると山南王に殺されるので隠れているんだ。山南王は亡くなった。もう出て来ても大丈夫だろう」

「本当に、二人は生きているのですか」

 サハチはうなづいた。

「どうして、父がアミーとユーナを殺すのですか」

 アミーが刺客(しかく)だった事は隠しておくつもりだったが、アミーと会えばわかる事なので、サハチはウミトゥクに真相を話した。

「そんな事があったなんて‥‥‥」

 ウミトゥクは目を丸くしてサハチを見つめて、信じられないというように首を振った。アミーが武寧(ぶねい)(先代中山王)を殺した事も、父がサハチを殺そうとした事もウミトゥクには信じられなかった。

「アミーはその時の借りを返してくれたんだよ」

「父を裏切って、按司様(あじぬめー)を助けたのですね?」

「二人は俺の命の恩人だよ」

「ユーナが島添大里グスクの女子サムレーだったなんて驚きました。あたし、何度か、佐敷ヌル様のお屋敷に行った事がありますけど、ユーナに会った事はありません」

「ユーナは山南王の間者(かんじゃ)だったから、お前に会うとすべてがばれてしまうと思って、会わないようにしていたのだろう」

「もし、会ってもわからなかったかもしれないわね。あたしが知っているユーナはまだ十二歳だったもの。でも、どうして、アミーは刺客になって、ユーナは間者になったのでしょう」

「わからんが、父親が動けなくなってしまって、父親の代わりに頑張ろうと思ったんじゃないのかな」

 ウミトゥクはうなづいて、「二人に会いたいわ」と言った。

「もうすぐ、会えるだろう」

 サハチはウミトゥクからアミーとユーナの事を聞いた。

 ウミトゥクのお師匠は『中程大親(なかふどぅうふや)』という名前で、シタルーと同い年だった。重臣の息子で、幼い頃からシタルーと一緒に育って、共に武芸の修行に励んだ仲だった。ウミトゥクとアミーは、アミーの方が一つ年上で、幼い頃はよく一緒に遊んでいた。豊見グスクに移ったばかりで、まだ、城下には家臣たちの屋敷もなく、グスクの屋敷で、按司の家族も家臣の家族も一緒に暮らして、城下造りに励んだのだった。

 シタルーが明国に留学した時は、中程大親も護衛役として一緒に明国まで行き、シタルーを国子監(こくしかん)に送り届けて、翌年帰って来た。シタルーの留守中はシタルーの子供たちに読み書きを教えたり、タルムイたちに武芸を教えていた。

 中程大親は男の子に恵まれなかった。それでも、アミーは武芸の才能があり、アミーも武芸の稽古をするのが好きだった。ウミトゥクもそんなアミーを見て、自分もやろうと思ったが、あまりにも厳しい修行なので、自分には無理だと諦めた。

 山南王だった祖父が亡くなって、父と伯父のタブチが争いを始め、その時の戦で、中程大親は足に怪我をしてしまった。何とか歩く事はできるが走る事はできない。護衛役を引退して、子供たちに読み書きを教えるお師匠になった。ウミトゥクがお嫁に行く時、アミーとユーナは家族と一緒に島尻大里の城下で暮らしていた。その後の二人の事はまったく知らない。二人ともサムレーの妻になって幸せに暮らしていると思っていた。中程大親は三年前に豊見グスクの城下に移って、若按司の指導をしているという。

「戻って来たら、ユーナを手登根の女子サムレーに迎えます」とウミトゥクは言った。

 サハチは笑って、「島添大里の女子サムレーたちもユーナが戻って来るのを待っているよ」と言った。

「そうなんですか。みんなから好かれていたのですね。それじゃあ、アミーをいただきます」

「アミーはキラマ(慶良間)の島で若い娘たちを鍛えているのが楽しいと言っていたよ」

「アミーらしいわね。あたしも佐敷にお嫁に来る前、アミーから剣術と弓矢を教わったのです。今思えば、アミーと一緒にお稽古を続けていたら、もっと強くなっていましたね」

 ウミトゥクは軽く笑ったあと、真顔になって、

「それで、戦が始まるのですね」と聞いた。

 サハチはうなづいて、「クルーは留守だがグスクを守ってくれ」と言った。

「かしこまりました」とウミトゥクは力強くうなづいた。

 いつの間にか、ウミトゥクも立派な奥方様(うなじゃら)になったなとサハチは思った。

 ウミトゥクは帰って行った。父親の死よりもアミーとユーナの死の方が、ウミトゥクには衝撃だったようだ。そして、クルーの妻として、何をやるべきかをちゃんと心得ていた。



 シタルーの葬儀の次の日、戦は再開した。

 タルムイが糸満川(いちまんがー)(報得川)を越えて、照屋(てぃら)グスク、糸満グスク、大グスクを攻めると、タブチも糸満川を越えて、阿波根(あーぐん)グスクと保栄茂(ぶいむ)グスクを攻めた。東方の按司たちもタブチを支援するため長嶺グスクを攻めた。小競り合いはあちこちで行なわれたが、敵が攻めて来ると皆、グスクに籠もってしまい、グスクを攻める方も無駄な弓矢を射る事もなく、長期戦を覚悟して陣地造りに精を出していた。

 豊見グスクにいる山南王妃(トゥイ)は石屋のテハを使って、島尻大里の城下に噂を流させた。タルムイが攻めて来た時、グスク内に避難した人たちは城下に戻って状況を見守っていた。戦は糸満川の周辺だけだと少し安心して、いつもの生活に戻っていた。

 石屋によって流された噂は、『八重瀬按司(えーじあじ)は山南王を殺して、王妃様(うふぃー)まで殺そうとした。王妃様は逃げて豊見グスクに入った。明国の皇帝(永楽帝)から賜わった山南王の『王印』は王妃様が持っている。王妃様によって、豊見グスク按司のタルムイが山南王に任命された。今後、山南王がいるのは島尻大里グスクではなく、豊見グスクである』というものだった。

 タブチはその噂を聞いて驚き、『王印』がなくなっている事に初めて気づいた。『王印』がなければ山南王として進貢はできなかった。何としてでも取り戻さなくてはならなかった。

 進貢船(しんくんしん)国場川(くくばがー)に泊まっていて、タルムイの兵が抑えている事をタブチは知っていた。何も慌てて、その船を奪い取る必要もなかった。その船を守るためにタルムイの兵が減るのは、返って都合がよかった。もう一隻、明国から帰って来る船は、必ず奪い取らなければならなかった。その事は重臣の照屋大親(てぃらうふや)糸満大親(いちまんうふや)に頼んであった。二人は水軍を持っているので、帰って来た進貢船を糸満沖に誘導してくれるだろう。

 『王印』を取り戻すのは難しかった。警戒厳重な豊見グスクに忍び込む事はできないだろう。

 ふと、タブチはシタルーに贈った側室のカニーを思い出した。八重瀬に帰したのだが、若ヌルがいないと言って、侍女を連れて、また戻って来ていた。敵が攻めて来た時、八重瀬グスクには入らず、隠れながら逃げて来たという。

 若ヌルのミカはチヌムイと一緒にブラゲー大主(うふぬし)に預けてあるが、今、どこにいるのかタブチも知らなかった。居場所を調べるから待っていろと言って、以前に使っていた東曲輪(あがりくるわ)内の御内原(うーちばる)の部屋で待っていた。

 カニーも二人の侍女もミカの弟子だった。ミカが女子サムレーを作ると言って鍛えていた娘たちの中から三人を選んで、シタルーのもとに送ったのだった。刺客を務めるほどの腕はないが、王妃に近づく事はできるはずだった。八重瀬に帰ったが、グスクは敵に囲まれていて入れないので、王妃を頼って来たと言えば豊見グスクに入れてくれるだろう。どうして、島尻大里に帰らないのかと聞かれたら、山南王を殺したタブチを恨んでいると言えば何とかなるだろうと思った。

 タブチは御内原に行って、カニーと会い、重大な指令を与えた。



 首里(すい)グスクの龍天閣(りゅうてぃんかく)で、噂を耳にしたサハチたちも驚いていた。

「山南の王妃もやるのう」と思紹(ししょう)が言った。

「とっさの時に、『王印』を持ち出すなんて、よく思いついたものじゃ」

「山南王妃は察度の娘ですから、『王印』の重要さを心得ていたのでしょう」とファイチ(懐機)が言った。

 来月の進貢船が中止になったので、ファイチも腰を落ち着け、龍天閣に滞在して、戦の成り行きを見守っていた。

「タブチは今頃、大慌てじゃろうな。山南王になっても『王印』がなければ、進貢船が出せんからのう」

「そろそろ四月に送った進貢船が帰って来る頃です。その船をどっちが奪い取るかで、今後の状況は変わります。ヤマトゥ(日本)の商人たちと取り引きができる方が本当の山南王と言えるでしょう」とファイチは言った。

 サハチは絵地図を見ながら考え込んでいた。

「山南王妃が言う事も一理ありますね」とサハチは言った。

「何も、島尻大里グスクにこだわる事はないのです。中山王が浦添(うらしい)から首里に移ったように、山南王も島尻大里から豊見グスクに移ればいいのです。必要のない島尻大里グスクは焼き払ってしまえばいい」

「何じゃと?」と思紹が驚いた顔でサハチを見た。

「山南王妃は島尻大里グスクの事は、すでに棄てに掛かっているようです。山南王妃が今、攻めているのは照屋グスクと糸満グスクです。糸満の港を手に入れようとしているのです。港さえ抑えれば交易ができます。たとえ、領地が狭くても交易さえできれば、のちになって按司たちは付いてきます。交易ができないタブチは皆から見捨てられるでしょう」

「成程のう」と思紹はうなづいたが、「しかし、照屋グスクと糸満グスクを落とすのは簡単ではないぞ」と言った。

「長期戦になったとしても、戦をしているので、糸満の港は使えません。ヤマトゥの商人たちは皆、国場川に集まって来るでしょう。豊見グスクは交易ができます」

「そうか。焦って落とす必要もないわけじゃな」

 思紹は唸って、「凄い事を考えるもんじゃのう。察度の娘だけあって、恐るべき女子(いなぐ)じゃな」と言った。

「王妃がそのまま、山南の女王になればいいんじゃないですか」とファイチが言った。

「山南女王か。そいつは面白い」と思紹は楽しそうに笑った。

 サハチも笑いながら、山南王妃は凄い女だと思っていた。サハチは今まで一度もシタルーの妻に会った事はなかった。シタルーからも妻の事は聞いた事がない。もしかしたら、山南王妃はシタルーの陰の軍師として、シタルーを支えてきたのではないかと思った。

 奥間大親(うくまうふや)が入って来た。

「何か動きがあったのか」と思紹が聞いた。

「特に動きはありませんが、八重瀬グスクを包囲している兵たちが下痢に悩まされているようです」

「悪い物でも食ったのか」と思紹が聞いた。

「それはわかりませんが、戦をしているのか、(かわや)に通っているのかわからない状況で、おまけに厠で殺される者もいるようです」

「何じゃと?」

(あら)グスクの兵が密かに活躍しているようです」

 十二年前、八重瀬グスクが敵兵に囲まれた時、新グスクは出城として数人の兵が守っているだけだったが、今はタブチの三男が新グスク大親を名乗って、五十人前後の兵を持っていた。その兵が後方攪乱(こうほうかくらん)をやっているようだった。

「阿波根グスクと保栄茂グスクはどんな状況じゃ?」

「阿波根グスクは伊敷按司(いしきあじ)玻名(はな)グスク按司の兵が攻めています。保栄茂グスクは米須按司(くみしあじ)真壁按司(まかびあじ)です。どちらも兵力は二百人といった所です。保栄茂グスクを守っているのは山北王(さんほくおう)の兵五十人のようで、保栄茂按司はその他の兵五十人を引き連れて、糸満グスクを攻めています。粟島(あわじま)(粟国島)からも若い兵が続々とやって来ていて、糸満グスク攻め、照屋グスク攻め、大グスク攻めに加わっています」

「粟島の兵がタルムイ側に付いたのか。やはり、山南王妃は知っていたようじゃのう。タブチにとっては計算外じゃろうな」と絵地図を見ながら思紹が言った。

「照屋グスクは波平大主(はんじゃうふぬし)と粟島の兵、糸満グスクは保栄茂按司と粟島の兵、大グスクは小禄按司(うるくあじ)です。こちらの兵力はどこも百人くらいです」

「長嶺グスクの様子はどうです?」とサハチは聞いた。

「陣地作りに励んでいます。東方の大グスク攻めの時にファイチ殿が考えた高い(やぐら)を作って、グスク内を見張っています。グスク内には百人の兵と城下の者たちが避難しているようです。櫓が立った時、グスク内から弓矢の攻撃がありましたが、楯に防がれて無駄だと思ったのか、以後、攻撃もなく、今の所、負傷兵も出ていません」

「タブチは島尻大里の兵は使ってはいないのですね?」とサハチは奥間大親に聞いた。

「島尻大里グスクには三百の兵がいると思いますが、動いてはいません」

「糸満川を越えて、糸満、照屋、大グスクを攻めているタルムイの兵が危険だな」とサハチは言った。

「夜襲でも掛けるか」と思紹が言った。

「それは阿波根グスクと保栄茂グスクを攻めているタブチの兵も同じです。豊見グスクの兵は動いていません」とファイチは言った。

「豊見グスクにも粟島の兵が加わって三百はいるかもしれません」と奥間大親が言った。

「今夜が見物(みもの)ですね」とファイチが言った。

 ファイチが期待した見物は起きなかった。夕方、糸満グスク、照屋グスク、大グスクを包囲していたタルムイ軍は撤収して、糸満川を渡って賀数(かかじ)グスクに入った。それを知ったタブチの兵は挟み撃ちを恐れて、保栄茂グスク、阿波根グスクから撤収して、糸満川を渡って、大グスクに入った。大グスクで、撤収して行く小禄の兵を追撃したタブチの兵が数人、伏兵(ふくへい)にやられたほかは戦はなく、糸満川を挟んで睨み合いが続いた。





照屋グスク



島尻大里グスクの出城の大グスク



阿波根グスク



保栄茂グスク




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