エータルーの決断
サハチはウニタキと一緒に 喜屋武グスクは海に飛び出た岬の上にあって、思っていたよりも小さなグスクだった。石垣に囲まれた二つの タブチは欲を捨て去った禅僧のようなさっぱりとした顔付きで、サハチとウニタキを迎えた。 「迷惑を掛けてすまなかったのう」とタブチは頭を下げてから、サハチとウニタキを見て微かに笑った。 「ここに来て、海を眺めながら、今までの事を思い出していたんじゃ。色々な事を思い出したよ。そなたたちを恨んだ時もあった。だが、そなたたちに会えてよかったとしみじみと思った。そなたたちに会わなかったら、わしは弟のシタルーと争いを続けて戦死していたかもしれんのう。何もかも捨て去って、 「奥さんは送り届けますよ」とサハチは約束した。 「すまんのう。そうしてもらえると助かる」 「側室たちはいいのですか」とウニタキが聞いた。 「隠居した坊主に側室はいるまい」とタブチは笑ったが、「できれば、ミカの母親のトゥムも送ってほしい。チヌムイの母親同然じゃからのう」と頼んだ。 「側室たちに聞いて、久米島に行きたいと言った者たちは皆、送りますよ」とウニタキは言った。 「すまんのう」とタブチは笑って、頭を下げた。 タブチ、チヌムイ、ミカ、 喜屋武グスクには 島尻大里ヌルに、どうして一緒に行かないのかと聞くと、今回の戦で亡くなった者たちの冥福を祈らなければならないと言った。 「ここまで敵は攻めて来ないだろうが、タブチとチヌムイを殺すために 翌日、サハチは 王妃が話に乗って来れば、八重瀬グスクを包囲している兵は撤収するはずだった。 書状には、タブチが山南王の座を降りて、喜屋武グスクに引き上げた事。喜屋武グスクにはチヌムイと若ヌルも一緒にいる事。タブチが山南王の座を降りたので、長嶺グスクを攻めている東方の按司たちは撤収する事。世間を騒がせた八重瀬按司、 サハチからの書状を読んだ王妃は、タルムイと 「タブチとチヌムイは喜屋武グスクにいるのか」とタルムイが驚いた。 「それが本当なのかどうか確かめなくてはなりません」と李仲按司が言った。 「そうね」と言って、王妃は石屋のテハを呼んだ。 「もし、本当だったら、八重瀬グスクを攻めるのは無駄な事です」とタルムイが言った。 「引き上げさせて、島尻大里グスクを包囲した方がいい。照屋グスクと 「長期戦になりますぞ」と照屋大親が言った。 「島尻大里グスクにはたっぷりの 「半年は長すぎますね」と李仲按司は言った。 「テハの配下の者がまだ残っているはずだわ」と王妃は言った。 「しかし、テハはもうあそこに入れんのじゃろう。連絡が取れなければ使えんな」と照屋大親が言った。 テハが現れた。王妃はテハにタブチの行方を聞いた。 「八重瀬ヌルと島尻大里ヌルを連れて島尻大里グスクを出て行きましたが、どこに行ったのかはわかりません。馬に乗って、南の方に行きました。配下の者があとを追って行ったのですが戻って来ないのです。タブチの配下の者にやられたようです」 「タブチもあなたたちのような者を使っているの?」 「八重瀬の城下にある『 「タブチは喜屋武グスクにいるらしいわ。チヌムイも一緒にね。あそこまで兵を率いて出陣する事はできないわ。あなた、密かに二人を始末してくれないかしら」 「忍び込めと言うのですか」 「無理かしら?」 「タブチも守りを固めているでしょうから、忍び込むのは難しいと思いますが、何とかやってみましょう」 「 テハはうなづいて、「タブチはどうして喜屋武グスクに行ったのですか」と聞いた。 「山南王になるのは諦めたようだわ」 「すると、戦は終わるのですね?」 王妃は首を振って、「わたしの兄の 「何と‥‥‥」とテハは驚いた顔で王妃たちを見た。 「テハ、島尻大里グスク内に配下の者はいるのか」と李仲按司が聞いた。 「五人はいるはずなのですが、連絡が取れないのでわかりません。もしかしたら、皆、殺されてしまったかもしれません」 「そうか」 テハが頭を下げて出て行くと、 「刺客を使うのですか」とタルムイが苦々しい顔をして王妃を見た。 「いつまでも敵討ちに関わってはいられないわ。偽者の山南王を倒さなくちゃね。タブチとチヌムイの事はテハに任せて、八重瀬の兵は撤収させましょう」 王妃が李仲按司と照屋大親を見ると、二人はうなづいた。 李仲按司は絵地図を広げて、 「大グスクを封鎖して、島尻大里グスクを包囲しても、真壁、伊敷、米須の兵が邪魔をするだろうな」と言った。 「真壁、伊敷、米須、玻名グスクの兵も島尻大里グスクに閉じ込められればいいんじゃがのう」と照屋大親が言った。 「それじゃ」と李仲按司が手を打った。 「何かいい方法があるのですか」と王妃が聞いた。 「山南王の就任の儀式をやらせるんじゃ。就任の儀式となれば、配下の按司たちは皆、集まるじゃろう。兵を引き連れて来るかどうかはわからんが、按司だけでも閉じ込めてしまえば、指揮官がいなくなるからのう。大分、有利となろう」 「でも、どうやって、その儀式をさせるのです?」 「儀式と言えばヌルじゃ。今の島尻大里ヌルはタブチと一緒に出て行った。先代のヌルはおらんのか」 「先々代のヌルは 「初代の山南王の娘だから、二代目の山南王の就任の儀式をやっているはずだわ。摩文仁大主の奥さんの姪だから、摩文仁大主も疑わないでしょう。それに、亡くなった山南王の 「その二人のヌルに任せよう。摩文仁大主がその話に乗ってきたら儲けもんじゃ」と照屋大親がニヤッと笑った。 「必ず、乗って来るはずだわ」と王妃は自信たっぷりに言った。 その時、長嶺グスクから使者が来て、なぜか、東方の按司たちが皆、引き上げて行ったと知らせた。 王妃はうなづいて、タルムイにサハチ宛ての書状を書かせた。差出人は『山南王、
長嶺グスクを包囲していた東方の按司たちが撤収する時、指揮を執っていたのはサハチだった。按司たちを納得させて撤収させるには、やはり、サハチが出て行かなければならなかった。タブチとチヌムイが久米島に逃げた事は東方の按司たちには話さず、二人は今、喜屋武グスクにいると伝えた。 新グスクに東方の兵がやって来た時、新グスク按司は驚いた。敵の大軍が攻めて来たと勘違いして、慌てて守りを固めさせた。先頭に来る兵が持った『三つ巴紋』の旗を見て、さらに驚き、中山王が出陣して来たのかと思った。 サハチは新グスクの近くまで来ると兵たちの進軍を止めて、玉グスク按司、 一の曲輪にある屋敷の サハチはこれまでの経緯を説明して、騒ぎを起こしている東方の按司たちを退治すると言った。エーグルーは納得して、逃げて行った親父のためにも、これからも東方の按司として活躍すると約束した。 サハチがエーグルーと話している最中、八重瀬グスクを包囲していた敵兵が撤収したと知らせが入った。 サハチはエーグルーと一緒に八重瀬グスクに向かった。 一か月に及ぶ籠城戦の残骸がグスクの周りに散らかっていた。高い 大御門が開いて、八重瀬按司のエータルーが出て来た。 「一体、何が起こって、敵は去ったのですか」とエータルーはサハチに聞いた。 「親父が山南王の座から降りたんだよ」とエーグルーは兄に言った。 「何だと?」 「詳しい話はあとだ」とサハチは言った。 「皆、疲れているだろう。もう敵は攻めて来ない。城下の人たちを解放して、兵たちも休ませろ」 エータルーはうなづいて、 城下の人たちが出て行ったあとのグスク内もゴミが散らかっていて、一か月の籠城の長さを物語っていた。武装を解いた兵たちは思い思いの所で休み、ホッとした顔で仲間と笑い合っていた。 サハチは一の曲輪内の屋敷の一室に案内された。タブチが使っていた部屋だという。明国から持って来たのか、明国や 高価な品々を眺めながら、何もかも捨てて、一からやり直しだと言ったタブチの言葉が改めて思い出された。 エーグルーの説明が終わると、サハチは今後の作戦をエータルーに告げた。 東方の兵は 「戦の振りは何日間ですか」とエータルーは聞いた。 「三日くらいでいいだろう。東方の按司たちは皆、そなたと親戚じゃ。皆に説得されて開城したと言えば、世間も納得するだろう」 エータルーはうなづいて、「城下の人たちをまたグスクに入れるのですか」と聞いた。 「せっかく出られたのにまた入れるのも可哀想だ。新グスクに避難してもらおう。同じ避難でも、敵兵に囲まれていなければ安心だろう」 「わかりました」 「東方の按司たちは今、新グスクにいるが、奴らも一か月近く、長嶺グスクを包囲していて疲れている。三日間、休ませるつもりだ。四日後の正午、ここに攻め寄せるので、よろしく頼む」 サハチはエータルーと別れて、新グスクに戻ると、按司たちを本拠地に帰した。 サグルーと一緒に兵たちを引き連れて島添大里グスクに帰ると、ウミトゥクがタルムイの書状を持ってサハチを待っていた。 山南王、 「お前の兄貴も山南王になったな」と笑った。 書状には、サハチの条件を呑んで、島尻大里グスクに居座っている偽者の山南王を倒すと書いてあった。サハチはウミトゥクにお礼を言って、豊見グスクの様子を聞いた。 「わたしは姉の豊見グスクヌルと一緒にいましたが、弟の 「やはり、マアサはチヌムイが好きだったのだな。ンマムイが二人はいい感じだったと言っていた。こんな事になるなんてな。チヌムイも悩んでいたに違いない」 「でも、きっと、マアサなら乗り越えられるでしょう。強い子ですから」 そう言って微かに笑ったあと、「母(王妃)のお部屋には李仲按司と照屋大親が呼ばれたようでした」とウミトゥクは言った。 「李仲按司か‥‥‥シタルーの軍師だったそうだな。李仲按司が摩文仁大主を倒してくれるといいが」 「李仲按司は具合が悪そうでした。明国で病を患って、 「そうか。大事に至らなければいいがな。度々、使いを頼んで悪かった。クルーがいたら怒られそうだな」 「そんな事はありません。わたしでお役に立てるのであれば、何度でも行きますよ。姉や弟たちにも会えますし」 ウミトゥクが帰るとサハチは
四日後の正午、東方の按司たちの八重瀬グスク攻めが始まった。うまく行くだろうと思ってサグルーに任せて、サハチは行かなかった。 グスクを開城する約束の三日後、サハチは佐敷ヌルとサスカサを連れて八重瀬グスクに向かった。 すでに開城は始まっていて、侍女や 「何だ?」とサハチは富盛大親に聞いた。 「 「けじめ? 何のけじめだ?」 「山南王を殺したけじめです」 「エータルーは何を言っているんだ?」 「按司様の覚悟が書いてあります」 書状は二通あった。一つは略式で、もう一つは正式なものだった。略式の方から読んでみた。 山南王を殺して琉球から逃げました、では世間が許しません。親父とチヌムイは八重瀬に戻って来て、ここで見事に戦死したという事にしてください。二人が死んだ事にしない限り、タルムイは二人を探し続けるでしょう。久米島にも追っ手が行くに違いありません。今、グスクに残っている者たちは、親父のために死を覚悟した者たちです。華々しい最期を飾らせてくださいと書いてあった。 正式の書状には、降伏して開城するつもりだったが、親父が山南王の座から降りて、チヌムイを連れて帰って来たので降伏はできない。島添大里按司でも、親父とチヌムイの命を助けるのは難しいだろう。最期まで戦って二人を守ると書いてあった。 「あいつは何を言っているんだ?」とサハチは富盛大親に聞いた。 富盛大親は苦しそうな顔をして首を振った。 「何を言っても無駄でした。誰かがけじめをちゃんとつけなければならない。親父とチヌムイを助けるためだったら、喜んで自分は犠牲になると言っておりました」 「何という事だ」 サハチは刀で弓矢をはじいて、「戦闘態勢に付け!」と叫んだ。 グスク内から次々に弓矢が飛んで来て、何人かが倒れた。法螺貝が鳴り響いて、東方の按司たちも戦闘態勢に入った。 サハチは按司たちを集めて、事情を説明した。 「八重瀬殿が戻って来たのか」と糸数按司が聞いた。 「先日の豊見グスク攻めで、多くの兵を戦死させた事に責任を感じたようだ」とサハチは言って、エータルーの正式の書状を皆に見せた。 「八重瀬殿は死ぬつもりなのか?」と玉グスク按司が言った。 「倅が山南王を殺した責任を取るつもりなんだろう」と知念若按司は言った。 「死に花を咲かせてやるしかないな」と糸数按司が言った。 「東方の按司としては、八重瀬グスクを落とさないと先には進めない。戦うしかないんだ」とサハチは言った。 東方の按司たちはサハチにうなづいて散って行った。 しばらく弓矢の応酬が続いて、火矢も放たれた。楯を持った糸数の兵と垣花の兵が石垣に向かったが、弓矢と石つぶての反撃が凄まじく、石垣に取り付く事はできなかった。 サハチはタルムイの兵たちが造った櫓に登ってみた。櫓の上からグスク内がよく見えた。グスク内に人影はなく、石垣の上から攻撃している兵しかいなかった。死を覚悟した家臣だけが残っているとエータルーは言っていた。敵は思っているほど多くないに違いない。 櫓から下りるとサハチは按司たちを集めて、 「敵は五十人足らずだ。一人づつ倒して行け。楯を持った兵を石垣に向かわせ、それを狙っている兵を確実に倒せ」と命じた。 島添大里按司、玉グスク按司、知念若按司、垣花按司、糸数按司、大グスク按司の兵が六カ所から同時に攻めて、それを攻撃する兵を弓矢で狙った。石垣の上にいる兵が次々に倒れていった。 「大御門が開いているぞ」と誰かが叫んだ。 見ると大御門が開いていた。信じられないが、かんぬきを掛けるのを忘れたらしい。いや、わざと掛けなかったのかもしれなかった。 「突撃だ!」と誰かが叫んで、東方の兵たちがグスク内に攻め込んだ。グスク内に入ったものの、敵を探すのが大変だった。グスク内は味方の兵で溢れた。 二の曲輪から一の曲輪に行く途中、数人の敵が現れて、味方の兵に斬られた。 突然、一の曲輪の屋敷から火の手が上がった。油を撒いたのか、火は勢いよく燃えて、屋敷に近づく事はできなかった。 サハチが佐敷ヌルとサスカサを連れて、グスク内に入ると、味方の兵たちは呆然として、燃える屋敷を見つめていた。 「タブチの最期にふさわしいわね」と佐敷ヌルが言った。 「そうだな」と燃えている屋敷を眺めながらサハチはうなづいて、「エータルーは見事にけじめをつけたな」と厳しい顔付きで言った。 |
長嶺グスク
八重瀬グスク