玻名グスク
摩文仁は 総攻撃に参加しなかった 摩文仁グスクがまだ完成していないので、本拠地のない摩文仁按司は李仲グスクに入って、そこを本拠地とした。 島尻大里の城下は閑散としていた。前回、攻撃を受けた時、摩文仁は 八重瀬按司になったマタルーは家族と家臣たちを引き連れて、 妻のマカミーは焼け落ちた屋敷を見て呆然と立ち尽くした。生まれ育ったグスクに戻って来られたのは嬉しいが、思い出がたっぷりと残っていた屋敷はもうない。長兄のエータルーは戦死して、父と若ヌルとチヌムイは サグルーは妻と子とヤールーを連れて与那原グスクに移り、首里からジルムイとマウシが家族を連れて、シラーがウハを連れてやって来た。ウハは一緒に連れて行ってくれと頼み、シラーの副隊長を務める事に決まっていた。 ヤマトゥから帰って来て、 サグルーを助ける重臣として、島添大里の重臣だった サグルー、ジルムイ、マウシ、シラーがお互いの顔を見て喜んだのは勿論だが、サグルーの妻のマカトゥダル、ジルムイの妻のユミ、マウシの妻のマカマドゥもササたちと一緒になれたと喜んでいた。
マタルーとサグルーが引っ越しをしていた頃、サハチは 玻名グスクは 城下の人たちはすでにグスク内に避難したとみえて、誰もいなかった。 高い石垣が少しくぼんだ所に サハチは城下にある重臣の屋敷を本陣にして、按司たちを集めて サハチはウニタキが描いたグスク内の見取り図を広げた。まだ、守りが厳重でない時に忍び込んで調べたのだった。詳細な見取り図を見て、按司たちは驚いた。内部の様子がこれだけわかれば、グスクを落とすのも可能だろうと思えた。 大御門の先には広い三の 三つの 按司たちが出て行くと入れ替わるように 「うまく行ったか」とサハチは奥間大親に聞いた。 「上出来です。グスク内に十七人が入っています」 「なに、十七人も入っているのか」 「玻名グスクは以前はかなり栄えていました。 「なに、ここの倅が正使として明国に行ったのか」 「はい。シラーという名で、四回、正使を務めました。それ以前にも、 「ほう、そんな男がいたのか」 「シラーのお陰で玻名グスクは栄えて、奥間の 「中座大主が隠居したあとに贈られたんだな。すると、米須にも贈ったのか」 「はい。米須グスクにも入っています」 「助け出さなくてはならんな」と言ってから、 「十七人もいれば大丈夫だろう」とサハチは満足そうにうなづいた。 「ウニタキ殿の配下の者も島尻大里から避難して来たと言って城下にいたのですが、よそ者は入れてもらえませんでした。それと、 「なに、辰阿弥もいたのか」 「辰阿弥は戦で亡くなった者たちを供養していたようです。島尻大里から玻名グスクにやって来て、念仏踊りをやって、城下の人たちに喜ばれていたようです」 「そうか。辰阿弥が戦死した者たちを供養していたのか」 「弟子も二人できたようです」 「そうか。それで、敵の兵力は何人だ?」 「二百人前後です。玻名グスク按司が中にいます。弟の 「二百人もいるのか。 「二百人の兵と五十人前後の サハチはうなづいてサタルーを見ると、「サンルーはどこに行った?」と聞いた。 「ウニタキさんと一緒に先に行っています。今頃は山グスク辺りだと思います。 「山グスクか‥‥‥そこまで行くのはいつの事になるやら、今の状況ではわからんな」 「島尻大里グスクに抜け穴があったなんて驚きましたな」と奥間大親がサハチに言った。 「予定では按司たちが皆、島尻大里グスクに閉じ込められて、留守兵五十人ばかりのグスクを攻めると思っていたんだがな、やはり、思った通りにはいかんようだ。玻名グスクを助けるために大軍が攻めて来るかもしれん。なるべく、犠牲者は出さないようにしないとな」 「キンタが按司たちの動きを探っています。こちらに向かって来るようなら、すぐに知らせが来るはずです」 「そうか」とサハチはうなづいて、「頼むぞ」と奥間大親に言った。 奥間大親が出て行ったあと、サタルーはサハチを見てニヤニヤ笑って、「ちょっと、佐敷に行ってもいいですか」と聞いた。 サハチはサタルーを睨んだが、「気になって仕事も手に付かんのだろう。ナナは今、与那原にいる。会って来い」と笑った。 「ありがとうございます」と頭を下げるとサタルーは嬉しそうに走って行った。 サハチはクルー(手登根大親)と新グスク按司を連れて、グスクの周辺を調べた。クルーと新グスク按司は同い年で、兵を率いている大将の中で最も若かった。 「まず、 玻名グスクは小高い丘の上にあって、南側は急斜面になっていて、その下は海だった。 「あそこから上陸できそうですよ」とクルーが海辺を見下ろしながら言った。 砂浜が続いているのが見えた。 「上陸したとして、ここまで登れるかだな」とサハチは言った。 サハチたちは砂浜に下りる道を探した。道はなかったが何とか砂浜まで下りる事ができた。 「俺ならここから上陸して、包囲陣を背後から攻めますよ」とクルーがグスクを見上げながら言った。 サハチはうなづいて、「ここに クルーも周りを眺めて、「俺に任せてください」と言った。 「よし、手登根の兵に任せよう」 サハチたちは急斜面を登って上に戻ると、さらに周辺を歩いて、敵が攻めて来そうな場所を調べた。 夕方には サハチが櫓に登ると三の曲輪内の隅に建つ物見櫓から弓矢が何本も飛んで来たが、皆、楯によって防がれた。 グスク内は島添大里グスクと同じくらいの広さがあって、三の曲輪には城下の避難民たちが、二の曲輪には家臣たちの家族がいるようだった。一の曲輪は少し高い所にあって、屋敷がいくつも建っているが、二階建てはないようだ。 二の曲輪にも大きな屋敷が建っていた。山南王の正使を務めたシラーの屋敷だったのかもしれない。奧の方は狭くなっていて岩場があり、ウタキのようだった。 サハチは島添大里グスク攻めの時のように兵たちと一緒にいようと思っていたのに、サムレー大将の その夜、敵の奇襲があった。玻名グスク按司の弟の中座按司が五十人の兵を率いて背後から襲撃したが、まんまと そして、早朝、中座按司はまた攻めて来た。今度は海岸からだった。待ち構えていたクルーの兵に、二十人近くがやられて海へと逃げて行った。 東方の按司たちは陣地造りに精を出すだけで、グスクを攻める事はなく、グスクからも攻撃はなかった。寒さも厳しくなり、雨も多くなるので、小屋をいくつも建てていた。島添大里グスク攻めの時とは違って、必要な資材は各地から八重瀬グスクに集められ、陣地まで運ばれて来た。丈夫な 二日目の夜は夜襲もなく、翌朝の攻撃もなかった。三日目に奥間大親の倅のキンタが来て、玻名グスクを救援するための準備をしている按司はいないと言って、各グスクの兵力を教えてくれた。 米須グスクと 「摩文仁は玻名グスクはしばらく放っておいて、何か別の事をたくらんでいるようです」とキンタは言った。 「何をたくらんでいるんだ?」 「 「保栄茂按司も兼グスク按司も王妃の息子だ。母親を裏切る事はあるまい」 「そうかもしれませんが、山南王の座というのは人を狂わせますから何とも言えません。保栄茂按司もテーラーにおだてられたら山南王になろうと考えるかもしれません。それと、兼グスク按司ですが、妻は滅ぼされた中グスク按司の娘です。中山王を 「皆、若いからな。おだてられて踊るかもしれんな。摩文仁も一筋縄ではいかん 「 「長嶺按司は 「それもありますが、新垣按司が動いたのが不思議だったので調べてみたのです。島尻大里の城下に住んでいる鍛冶屋が理由を知っていました。長嶺按司は兄が高麗に逃げたあとも、母親と一緒に城下に住んでいました。その時、新垣按司も近所に住んでいて、長嶺按司は新垣按司の娘といい仲になったようです。誰もが二人は一緒になるものと思っていたのですが、山南王の命令で、娘婿になってしまい、その娘はその後、お嫁には行かずにヌルになったようです」 「ほう、好きだった 「そのようです。長嶺按司はまだその娘には未練があるようで、側室にしようとしたけど断られたようです」 「新垣按司はシタルーの娘なんか捨てて、自分の娘と一緒になれと言っているのか」 「そうかもしれません。そして、山南王になれとおだてているのかもしれません。自分の娘が王妃になれば、新垣按司の地位も上がりますから必死に口説いているのかもしれません」 「山南王の座か‥‥‥摩文仁と新垣按司が何をしようとしているのか、よく見張っていてくれ」とサハチはキンタに頼んだ。 キンタが帰ったあと、陣地を見回っているとマウシとシラーが与那原の兵を率いてやって来た。 「キラマから来た兵か」とサハチが兵たちを見ながら聞くと、マウシはうなづいて、 「皆、張り切っています」と大将らしい顔付きをして言った。 大将も若く、兵たちも若いが、マウシとシラーなら立派なサムレー大将になってくれるだろうとサハチは思った。 「ジルムイは留守番か」と聞くと、 「あいつはいつも 最後尾に見慣れないサムレーがいると思ったらササたちだった。ササとシンシンとナナが 「あたしたちが来たからには、この戦は必ず勝つわ」とササは自信たっぷりに言った。 「あたしもいるわ」と誰かが言った。 サハチは空を見上げて、 「ユンヌ姫様も連れて来たのか」とササに聞いた。 ササは笑って、「ユンヌ姫様の方が先に来ていたのよ。戦見物が好きみたい」と言った。 「ユンヌ姫様はいてもいいが、お前たちは引き上げろ。三人の 「そんな、せっかく来たのに」 「戦が終わったらグスクのお清めを頼むよ」 帰れと言っても素直に帰りそうもないので、陣地の事は佐敷大親に任せて、サハチはササたちを具志頭グスクに連れて行った。具志頭グスクに古いウタキがあると言ったら興味を持ったようだった。サタルーも付いて来たが、具志頭グスクを見ておくのも今後のためになるだろうと思って何も言わなかった。 具志頭グスクは島添大里のサムレー大将、 一の曲輪の屋敷でイハチを見たササは、 「お前が具志頭按司になったとは驚いた」と言って笑った。 「ササ 「戦に来たんだけどね、美人は駄目だって言われたのよ」 「誰なの?」とナカーがイハチに聞いた。 「馬天ヌルの娘のササです」とイハチはササを紹介した。 「えっ、ササちゃんなの?」とナカーは驚いた顔をしてササを見ていた。 ササちゃんと呼ばれても、ササには誰だかわからなかった。 「あなたが赤ん坊だった時、わたしは具志頭に嫁いで来たのよ。嫁いだと言ってもここじゃないわ。城下に住んでいたサムレーのもとに嫁いだのよ」 「佐敷の人なんですか」 ナカーはうなづいて、「佐敷グスクで、あなたのお母さんと一緒に 「そうだったのですか」 「チミーからあなたの噂は聞いていて、立派なヌルだって事は知っていたけど、まさか、鎧姿で現れるなんて思わなかったわ。あなたのお母さんも型破りなヌルだったけど、あなたも相当なものね」 ナカーはササを見ながら楽しそうに笑った。 ササはシンシンとナナを紹介した。 女たちが楽しそうに話しているのを聞いて、長老の 「お爺があなたに贈ったヤマトゥの刀を覚えていますか」とササは長老に聞いた。 「お爺とは誰じゃ?」と長老は聞いた。 「サミガー大主様のお孫さんのササさんです」とナカーが言った。 「サミガー大主の孫?」 「馬天ヌル様の娘さんです」 「ほう、そうじゃったのか。勇ましい姿じゃのう」と長老はササを見て笑ってから、「サミガー大主からもらった刀はわしの守り刀として大事にしておるよ」と言った。 「しかし、あれはかなり前の事じゃ。そなたがどうしてそんな事を知っているんじゃ?」 ササは笑って、「長老様の顔を見た途端、お爺が長老様に刀を贈った場面が見えたのです」と言った。 「ほう」と言って、長老はササを見つめた。 「大事にしていただき、お爺に代わってお礼を申します」 ササはそう言って、ヤマトゥ旅の話の続きを話し始めた。 ササたちは具志頭ヌルの案内で、グスク内のウタキを拝むと帰って行った。 寄立大主はササがどうして、刀の話をしたのか気になって、刀掛けに飾ってある刀を改めてよく見た。時々、手入れはしているが、実戦に使っていないので、研ぎには出していなかった。 もしや、 寄立大主は懐かしいサミガー大主の字を見ながら目が潤んでいた。 この刀をもらったのは、サミガー大主の息子が佐敷按司になったお祝いに行った時だった。大した物を贈ったわけでもないのに、立派な刀をお返しにくれた。喜んで受け取ったが、この刀にはこういう意味があったのかと、今、ようやくわかった。倅でも孫でもなく、 寄立大主は紙を元に戻して目釘を打つと、刀を刀掛けに置いて、両手を合わせた。 |
玻名グスク
具志頭グスク