山南志
ウニタキ(三星大親)が 「今の所、 「湧川大主が来るのか」とサハチ(中山王世子、島添大里按司)は聞いた。 「それはまだわからん。『油屋』からの情報で、 「そうか。それで、湧川大主は鬼界島を攻め落としたのか」 「城下の様子ではそのようだな。勝利を祝って城下は 「やはり、 「ヒューガ(日向大親)殿とササの出番だな」 「ササか。ササが行くと言うかな」 「ササは宝島の神様だろう。 「イシムイが賀数按司か。 「進展はない。 「念仏踊りか。 「辰阿弥の弟子というのはお前の配下だったのか。玻名グスクには入れてもらえなかったので、 「そう言えば、 「知っている。よほど『まるずや』が気に入ったと見えて、帰って来たら 「そうか。面白い 「ああ、ササと気が合って、今、一緒にウタキ(御嶽)巡りをしているよ」 「ササの仲間がまた一人増えたな」 サハチはうなづいた。 「 「そうだったのか。小渡ヌルの親父は望月党に殺されたんだったな」 「お前が 「小渡ヌルも敵討ちをしようとしていたのか」 「そのようだが、望月党の事は知らなかった」 「おう、帰って来たか。御苦労じゃった」と思紹はウニタキに言って、二人の前に腰を下ろした。 「 「今は戦勝気分に浮かれていますので、年が明けてからになると思います」 「鬼界島攻めは成功したのか」 「そのようです」 「参ったのう。トカラの島々まで奪われたら、ヤマトゥ(日本)に行くのも難しくなってしまう」 「少し早いけど、トカラの島で山北王と戦わなくてはならなくなりそうです」とサハチは言った。 「海戦か‥‥‥わしらも鉄炮を乗せた船が欲しいのう」 「ソンウェイ(松尾)が持って来るとは思いますが、いつになるやらわかりません。奴もムラカ(マラッカ)まで行っているので忙しいですからね」 「その事はまた考えるとして、山北王の兵が 「米須グスクを守っているのは若按司です。米須按司は 「摩文仁が降伏するかのう」 「他魯毎の兵と山北王の兵で攻めれば何とかなると思いますが」 「抜け穴があるからのう。奴らを閉じ込める事はできん。山北王の兵が加わったとしても状況は変わらんじゃろう」 「抜け穴の事は 「抜け穴の出口がどこにあるにせよ、ぞろぞろと兵たちが出て来れば、必ず、誰かに見られているはずです。見た者を探していますが、今の所、見つかっていません」 「それを見つける事ができれば、一番の手柄じゃな」 「米須と真壁の城下には鍛冶屋と 「難しい」とウニタキは首を振った。 「玻名グスクが攻められる前は大した守りもしていなかったので、忍び込む事ができて、グスク内の様子は調べたが、今は厳重に警固されていて侵入するのは不可能だろう」
年が明けて、 マタルーは姉の佐敷ヌルに新年の儀式を頼んだ。島添大里にはサスカサ(島添大里ヌル)がいるので大丈夫よと引き受けてくれ、年の暮れに娘のマユを連れてやって来た。 佐敷ヌルは一の曲輪の屋敷が焼け落ちた跡地を、若ヌルのマユと一緒にお清めをした。戦死したエータルーとサムレーたちの 古い神様の話によると八重瀬グスクを築いたのは 英慈が亡くなった時に家督争いが起こった。古くから南部で勢力を持っていた玉グスク按司の後押しで、四男の玉グスク若按司が兄たちを倒して勝利を納め、浦添按司になった。二代目の八重瀬按司は戦死して、まだ九歳だった若按司が三代目を継いだ。三代目は 佐敷ヌルと若ヌルは鎮魂の祈りを捧げて、神様たちの怒りを鎮めた。 新年の儀式は佐敷ヌルと若ヌルによって厳粛に執り行なわれ、八重瀬按司となったマタルーの新しい年は始まった。
玻名グスクを包囲している戦陣でも、ササたちによって新年の儀式が行なわれ、儀式のあとには酒と料理も配られた。与那原の新年の儀式は運玉森ヌルに任せて、酒と料理を積んだ荷車と一緒にササたちは ササは 祝い酒を飲みながら念仏踊りを見ていた 「明日もこの様に騒いでいたら、敵がグスクから出て来るかもしれんな」と言ったら、 「それは使えるかもしれませんよ」と 「明日は酒は飲まず水だけで、みんなに酔った振りをしてもらって、敵を誘い出すのです。兵たちが酔っ払っていると思えば、敵は 「面白そうだな」と平田大親はうなづいて、総大将の佐敷大親と相談し、按司たちを集めて、綿密な作戦を練った。 翌日、兵たちは水を飲みながら酔っ払った振りをして、前日以上の馬鹿騒ぎを演じたが、敵兵が攻めて来る事はなく、グスク内でも負けずに馬鹿騒ぎをしていた。 「敵は乗って来なかったな」と平田大親は苦笑した。 「キンタから聞いたんだが、 「そんな武将がいたのか」 「今帰仁合戦の時に活躍したようだ。 「玻名グスクのサムレー大将が山南王の進貢船に乗って行ったのか」 「玻名グスクには山南王の正使を務めたシラーという男がいたんだ。座嘉武大親はシラーの息子なんだよ。それで進貢船に乗れたのだろう」 「ほう。明国に行ったサムレー大将がいたとは驚いた。 佐敷大親はうなづいて、「油断は禁物だ」と気を引き締めた。
島尻大里グスクでも盛大に新年を祝っていた。元旦は按司たちもそれぞれのグスクで新年を祝ったが、二日には按司たち全員が島尻大里グスクに集まって、王様の格好をした摩文仁の新年の挨拶を聞いた。 「 その後は 保栄茂按司が保栄茂グスクに戻って、テーラーが保栄茂グスクの北に新しいグスクを築いている事を知った摩文仁は、保栄茂按司が寝返るのも近いと見ていた。山北王の兵もまもなくやって来るだろう。次男の摩文仁按司の配下の者が今、今帰仁にいる。山北王が戦の準備を始めたら知らせが来るはずだった。山北王の兵が糸満に着く前に、保栄茂按司を寝返らせなくてはならなかった。 保栄茂按司の側近の二人のサムレー、 保栄茂按司がこちらに付けば、様子を窺っている 中山王が他魯毎の味方をしたとしても、長嶺川(長堂川)で食い止めればいい。豊見グスクは大軍に包囲されて、糸満の港は山北王の船に海から攻撃されて全滅するだろう。 摩文仁は目の前の勝利を予感して、ニヤニヤしながら祝い酒を飲んでいた。
豊見グスクの城下では例年通りの新年を迎えて、グスク内では豊見グスクヌルと 祝宴が終わったあと、他魯毎は王妃の部屋に呼ばれて、「今後、わたしは身を引いて、あなたにすべてを任せます」と言われた。 他魯毎は驚いた。母のやる事を 「俺はまだ完全に山南王になっていません。敵を倒して、正式に山南王になるまでは、今まで通りに後見をお願いします」 「何を言っているのです」と王妃のトゥイは笑った。 「あなたはすでに正式な山南王です。ここには王様の着物も王冠もありませんが、そんなのはどうでもいい事です。明国の皇帝から賜わった『王印』を持っている者が王様なのです」 そう言ってトゥイは、 「やがてはお前がこれを継ぐ事になろう」と父は言ったが、その時の他魯毎にはまったく実感がわかなかった。今、久し振りに『王印』を見て、父の跡を継がなければならないと他魯毎は肝に銘じていた。 「摩文仁がそれを狙っているわ。グスク内に敵の 「わかりました。以前と同じ所に隠しておいて下さい」 トゥイはうなづいて、『王印』を箱にしまうと、豊見グスクヌルを呼んで『王印』を渡した。 「姉上が持っていたのですか」と他魯毎が言うと、 「神様に預かってもらっているから安心しなさい」と豊見グスクヌルは笑った。 次の日、他魯毎は山南王として、按司たちの挨拶を受けた。挨拶のあとは祝宴が開かれた。祝宴も終わって按司たちも帰った夕方、トゥイを訪ねて来た男がいた。他魯毎は妻のマチルーと一緒にトゥイの部屋で、王妃としての心構えを聞いていた。 「今日からあなたが王妃よ」と今朝、トゥイから言われたマチルーは驚いた。 他魯毎が山南王になれば、マチルーが王妃なのは当然なのだが、頼りがいのある義母がいるので、自分が王妃だという自覚はなかった。突然、王妃だと言われても、王妃として何をしたらいいのか、まったくわからない。他魯毎に相談したら、母に聞くしかないと言われて、一緒にトゥイの部屋に来ていたのだった。 訪ねて来た男の名を聞いて、トゥイは驚いた。 「誰なのです?」と他魯毎は母に聞いた。 「島尻大里グスクの書庫番の人よ。人付き合いは苦手なんだけど、記憶力が物凄くいいの。書庫の中にある書物をすべて覚えていて、何がどこにあるのかみんな知っているのよ。難しい書物も一度、読んだらすべてを覚えてしまうわ。そんな 「そんな凄い人がいたなんて知らなかった」と他魯毎は言った。 トゥイは笑って、「あの人の才能を知っているのは、お父様とわたしと 「法林禅師様といえば、島尻大里の城下で子供たちに読み書きを教えているヤマトゥンチュ(日本人)でしょう」 「そうよ。お父様の師匠でもあるわ。法林禅師様があの人の才能に気づいて読み書きを教えて、お父様の所に連れて来たのよ。まともに挨拶もできない人だけど、書庫番なら務まるだろうと思って使っていたの」 部屋に案内されて来た宅間之子は怯えていて、トゥイの言った通り、挨拶もろくにできず、部屋の隅にうずくまっていた。間の抜けた顔をしていて、他魯毎は知恵遅れじゃないのかと思った。 「わざわざ来てくれたのね。ありがとう」とトゥイが言うと、宅間之子は嬉しそうな顔をして、トゥイに一冊の書物を渡した。 表紙には癖のある字で『 「完成したのね」とトゥイが言うと、宅間之子はまた嬉しそうに笑った。 まるで、子供のようだとマチルーは思った。これだけ義母を慕っているという事は、義母が何かと面倒を見ていたのだろう。普通なら、誰も見向きもしないようなこんな人までも面倒を見ていたなんて、やはり、義母は凄い人だと思った。見習わなければならないけど、自分にできるかどうか、マチルーには自信がなかった。 トゥイが『山南志』を見ると、 ざっと見ただけだが、シタルーが山南王の シタルーが留学中に義父(汪英紫)は山南王になった。その時、父の察度は先見の明があったと確信したのだった。義父が八重瀬按司になった時、父はあの男は凄い事をやるだろうと言って、シタルーの姉を 明国から 「ありがとう。先代の山南王に代わってお礼を言うわ。よくこれだけまとめられたわね。さすがだわ」とトゥイは宅間之子を褒めた。 宅間之子は幸せそうな顔をして、トゥイに折りたたんだ紙を渡した。 「なに?」と聞いても、宅間之子は笑っているだけで答えなかった。 トゥイが紙を開いてみると、絵が描いてあった。始めは何の絵だかわからなかったが、『島尻大里』とか『与座岳』とか書いてあるので絵地図だとわかった。その絵地図を見つめていたトゥイは、「あっ!」と驚いて宅間之子を見た。 「抜け穴なのね?」とトゥイが聞くと、宅間之子は嬉しそうに笑った。 「ゆっくりでいいから、教えてね」とトゥイは言って、「これは書庫にあったの?」と聞いた。 宅間之子は笑ったまま首を振って、 「抜け穴を通ってここに来た」と言った。 「あなた、抜け穴を通って来たの?」 「出口は三つ」と言って、宅間之子は絵地図を見て、その場所を示した。 トゥイの質問にたどたどしく答える宅間之子の言葉を要約すると、抜け穴の事をトゥイに知らせたかったが、抜け穴の入り口にはいつも見張りがいて近づけなかった。今朝早く、見張りの者たちも祝い酒で酔って眠っていたので入る事ができた。シタルーからもらった トゥイは宅間之子にお礼を言って、李仲按司を呼ぶと今後の作戦を練った。 |
八重瀬グスク
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島尻大里グスク
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