他魯毎
真壁グスクは他魯毎のサムレー大将、 伊敷按司は捕まって、妻は 残るは山グスクだけとなった。サハチ(中山王世子、島添大里按司)は 妹の真壁ヌルと伯母の名嘉真ヌルから降伏の条件を聞いて、山グスク按司には信じられなかった。隠居して済む問題ではなかった。 弟の 思い返せば、親兄弟が敵味方に分かれて戦うのは今に始まった事ではなかった。山グスク按司が島尻大里のサムレーになったばかりの頃、初代の山南王(承察度)が亡くなって、跡を継いだ二代目の山南王は大叔父の 三代目の山南王が亡くなった時も、 そして、今回の戦だった。父は戦死して、兄の真壁按司は捕まり、甥の若按司が真壁按司になった。長男の妻は波平大主の娘なので、他魯毎に仕える事も可能だろう。弟がうまくやってくれるに違いない。弟や息子のためにも裏切り者として生きて行くわけにはいかなかった。山南王を夢見て敗れたタブチのように壮絶な死に方をして幕を引きたかった。 中座按司と相談すると、ふざけるなと吐き捨てた。 「玻名グスクを奪われて、親父と兄貴は戦死した。おめおめと隠居などできるか」 「そうだ」と山グスク按司は力強くうなづいた。 「俺が造ったこのグスクで、立派な最期を飾ってやる」 「山グスク殿、お供しますぞ。見事な死に花を咲かせましょう」 山グスク按司と中座按司が死の覚悟を決めた翌日、島尻大里グスクの 「今後の事を考えたら、全員、打ち首にするべきだろう」とテーラーは言った。 犠牲者を出さずに降伏した新垣之子は助けたいと他魯毎は思ったが、敵対してきたサムレー大将を許すわけにはいかなかった。テーラーに異議を唱える者もなく、全員が打ち首と決まった。 諸喜田大主が引き連れて来た山北王の兵は夏になるまで、伊敷グスクに滞在する事に決まり、伊敷の兵はナーグスクに移動する事になった。 翌朝、島尻大里グスクの グスク内で戦死した兵たちの遺体は抜け穴のガマ(洞窟)の中に葬られ、処刑された八人もガマの中に葬って、抜け穴の入り口は塞がれた。豊見グスクヌル、 島尻大里ヌルになっていた米須ヌルと 父と二人の弟を失った米須ヌルは生きる気力も失って、甥のマルクを頼って米須グスクに向かった。マレビト神だった真壁按司を失った慶留ヌルは、悲しみに打ちひしがれながらも、子供たちを迎えに名嘉真ヌルに会いに行った。名嘉真ヌルも子供たちもいなかった。近所の人に聞くと山グスクに行ったまま戻って来ないという。慶留ヌルは子供たちの無事を祈りながら山グスクに向かった。 摩文仁の妻、山グスク大主の妻、中座大主の妻も許された。摩文仁の妻は夫と二人の息子を失って、米須グスクに帰った。中座大主の妻は実家の
山グスクに行った慶留ヌルはンマムイ(兼グスク按司)の兵に捕まった。サハチがいた東の本陣に連れて来られ、サハチと一緒に上のグスクまで行って、名嘉真ヌルと会った。 サハチは慶留ヌルに、島尻大里グスクで主犯者たちが処刑された事を知らせて投降するように頼んだが、慶留ヌルは名嘉真ヌルと一緒に山グスクに入ってしまった。 その夜、 「逃げ出したのですか」とサハチは無精庵に聞いた。 「ようやく、出してもらえました」と無精庵は笑った。 二人の話によると、下のグスクに抜け穴があって、グスク内にいた女子供たちと一緒に抜け穴から外に出たという。 「なに、抜け穴があったのか」と苗代大親は驚いた顔をして、サハチを見た。 サハチもウニタキも驚いていた。 「ここより二丁(約二百メートル)ほど先に出口があります。自然にできたガマ(洞窟)です」とクレーは言った。 「何人、外に出たんじゃ?」と苗代大親が聞いた。 「按司の妻と子供、家臣たちの妻や子供、ヌルたちも出ました。妻や子供を守るために三十人ほどの兵も一緒に出ています。百人余りが外に出ました」 「妻や子供たちはどこに行ったんじゃ?」 「俺たちは米須に行くと行って途中で別れたのですが、逆の方に向かったので、ナーグスクではないかと思われます。山グスクの妻は伊敷按司の娘ですから、伊敷ヌルを頼ったものと思われます」 「ナーグスクか」と苗代大親はつぶやいた。 「女子供をグスクから出して、決戦を挑むつもりですかね」とサハチが苗代大親に聞いた。 「そうかもしれんのう」 「山グスク按司と中座按司は死ぬ覚悟をしているようじゃ」と無精庵が言った。 「山グスク按司は若按司も逃がすつもりでしたが、若按司も裏切り者として他魯毎に仕える事はできないと言って残りました」とクレーが言った。 「敵兵は減ったが、明日の 翌朝、クレーの案内で、サハチとウニタキは抜け穴に入った。抜け穴が使えれば苦労して大岩をよじ登る必要はないが、思っていた通り、入り口は塞がれてあった。 「抜け穴を塞いだという事は、奴らは死ぬ気で掛かってくる」とウニタキは言ってサハチを見た。 サハチはうなづいて、「このガマは修行に使えるな」と言った。 「修行?」とウニタキは怪訝な顔をしてサハチを見た。 「山グスクを落としたあと、山グスクを武術道場にしたらいいんじゃないかと思ったんだよ。 「ここを灯りもなしに歩かせるのか」 「そういう事だ」 「先代の山田按司は今帰仁グスクの崖をよじ登ってグスクに潜入したようだからな。ここで岩登りの訓練をさせるのもいいかもしれんな」 抜け穴から出たサハチたちが本陣に戻ると、キンタが連れて来た 「何しに来た?」とサハチはササに聞いた。 「グスクを落としたあとのお清めに決まっているじゃない」とササは当たり前の事のように言った。 グスクを落としてから安須森ヌル(先代佐敷ヌル)を呼ぶつもりでいたサハチは、ササを見て笑った。 「戦には参加するなよ」と釘を刺したが、ササが何かをしでかしはしないかとサハチは心配した。 「わかっているわ。若ヌルたちが一緒だから危険な事はしないわ」 サハチは四人の若ヌルを見た。皆、目がキラキラしていてササの弟子になった事に誇りを持っているようだった。 「このグスクから 「あら、ほんと?」とササは目を輝かせて、「行ってみるわ」と言った。 サハチはササたちを見送ってから、辰阿弥と福寿坊に作戦を伝えて、戦の準備を始めた。
その頃、島尻大里グスクでは、他魯毎の山南王就任の儀式が行なわれていた。 集まった按司は他魯毎の弟の兼グスク按司(ジャナムイ)、 重臣たちは以前のごとく、照屋大親、 就任の儀式は『 配下の按司が集まったように、領内のヌルたちも勢揃いした。小禄ヌル、与座ヌル、瀬長ヌル、李仲ヌル、照屋ヌル、糸満ヌル、兼グスクヌル、賀数ヌル、国吉ヌル、真栄里ヌル、新垣ヌル、 伊敷ヌルと初めて会った他魯毎の妻のマチルーは嫉妬の念に駆られた。伊敷ヌルは背がすらっとしていて、マチルーが思っていた以上に美人だった。 マチルーが他魯毎から伊敷ヌルの事を聞いたのは二か月前だった。山北王の兵がやって来て島尻大里グスク攻めに加わって、李仲按司がナーグスクを攻めた。そこにいたのが子供を連れた伊敷ヌルだった。ナーグスク大主(先代伊敷按司)とナーグスク按司(伊敷按司の弟)は家族を連れて、どこかの無人島に逃げて行ったという。そして、伊敷ヌルの子供の父親が他魯毎だとわかり、李仲按司が自ら豊見グスクに来てトゥイ(先代山南王妃)に告げた。他魯毎は出陣中だったが、トゥイに呼ばれて伊敷ヌルの事を認めた。もはや、隠せる事ではないと悟ったトゥイはマチルーに告げた。 マチルーは話を聞いて驚いた。他魯毎が浮気をしていたなんて、今まで考えた事もなかった。しかも、子供が二人もいるという。上の娘は三男のトゥユタと同い年で、下の息子は次女のマチと同い年だった。他魯毎に裏切られた怒りと伊敷ヌルに対する怒りで、マチルーは大きな衝撃を受けていた。 他魯毎は謝ったが許す事はできなかった。七年間も内緒にしていて、マチルーの知らない所で二人が会っていたと思うと、はらわたが煮えくり返るような思いがした。マチルーは我知らずに木剣を振り回して、他魯毎を追い掛けていた。 他魯毎が島尻大里の陣地に戻ったあと、マチルーはトゥイにたしなめられた。 「まだ、王妃だという自覚がないようね」とトゥイは言った。 「他魯毎が山南王になれば、あちこちから側室が贈られて来るのよ。贈られた側室を追い返すわけにはいかないの。あなたは他魯毎の正室として毅然として、側室たちの面倒を見なければならないのよ」 先代の山南王にも何人も側室がいた事をマチルーは思い出した。父も中山王になった時に何人もの側室を贈られていた。兄の島添大里按司も三人の側室がいた。 「そうは言っても、簡単に受け入れられないわね」とトゥイは笑った。 「わたしも嫉妬したわ。でも、王妃として自信と誇りを持って、生きて行くしかないのよ。領内の人たちすべての母親になったつもりで、大きな心を持ちなさい。伊敷ヌルが他魯毎の心の一部を奪ったとしても側室にすぎないの。あなたは伊敷ヌルを許して、伊敷ヌルを味方に付けなければならないのよ。先代の山南王が座波ヌルを側室にした時、わたしも嫉妬したのよ。わたしは座波ヌルに会いに行ったわ。会って話をして、許す事ができたわ。戦が終わったら、あなたも伊敷ヌルと会って、ちゃんと話をしなさい」 トゥイからそう言われて、自分でも納得していたが、実際に会ってみるとまた怒りが込み上げて来た。伊敷ヌルは二人の子供を連れていた。上の女の子がルル、下の男の子がタルマサだと紹介した。二人の子供は行儀よくマチルーに挨拶をした。二人とも可愛い子供だった。マチルーは無理に笑顔を作って、子供たちに挨拶を返した。侍女に連れられて子供たちが去ったあと、伊敷ヌルはマチルーに謝った。そして、伊敷ヌルは他魯毎との出会いをマチルーに話した。 マチルーは黙って聞いていた。伊敷ヌルが言った『運命の出会い』という言葉にカチンときたが顔には出さずに、必死に トゥイに言われたように毅然とした気持ちで伊敷ヌルの話を聞いていたが、心の中は悔しさで泣いていた。他魯毎に嫁いだ時から、王妃になる覚悟はしていたつもりだが、実際に王妃になるのは大変な事だと実感した。義母のような立派な王妃にならなくてはならないと思いながら、感情を抑えて、「他魯毎のために尽くしてください」とマチルーは伊敷ヌルに言った。 伊敷ヌルは目に涙を溜めて、マチルーを見つめてうなづいた。 大勢のヌルたちによって、山南王の就任の儀式が華麗に執り行なわれ、他魯毎は山南王に、マチルーは山南王妃に就任した。
山グスクでは 鉦と太鼓の音に合わせて鉄の杭を岩に打ち込み、大岩の北にある二つの岩をウニタキの配下の者が攻略して、敵の見張りを倒した。ウニタキの配下の者は敵兵に成りすまして、念仏踊りを見物していて、大岩の上の見張り兵も気づかなかった。 『赤丸党』の三人が鉄の杭を打ちながら大岩の北側を登って行った。鉦と太鼓の音がやかましくて、杭を打つ音はまったく聞こえない。海岸の崖で稽古を積んだお陰で、三人は見る見るうちに大岩の上にたどり着いた。三人が作った足場に、他の『赤丸党』の者たちが取り付いて三人のあとを追った。お頭のサンルーとサタルーも岩に取り付いていた。足場を作った三人は顔を見合わせて、同時に岩の上に飛び出して、敵兵を倒した。大岩の上には四人の敵兵がいたが簡単に倒された。 大岩の敵兵が倒された事は東側にある岩の上にいた敵兵に見つかって、弓矢を撃って来た。サンルーの配下のクジルーが大岩にあった弓矢を使って、東側の敵兵二人を見事に倒した。その岩の南側の岩の上にも二人の敵兵がいて、弓矢を撃って来た。サタルーが弓矢で、その二人を倒した。 グスク内では大岩が奪われたと大騒ぎしていて、弓矢を撃ってくるが、下から狙った矢は大岩を超えて飛んで行った。サタルーとクジルーと二人の者が弓矢で下にいる敵兵を狙い撃ちにした。敵兵は次々に倒れて逃げ散った。サンルーたちが縄梯子を使って下に降りて行った。サタルーたちはサンルーたちが弓矢で狙われないように援護した。グスク内の中程にある岩の上にも敵兵が二人いて、弓矢でサンルーたちを狙っていた。サタルーとクジルーはその二人も倒した。 サンルーたちが無事に下に降りた。二手に分かれて、敵を倒しながら東と西にある サハチはウニタキと苗代大親と一緒に東の御門からグスク内に入った。味方の兵が御門の前の岩に登って、敵兵の死体を降ろしていた。 グスク内は味方の兵で溢れていた。二の 戦死した敵兵が西の御門の前に集められた。グスクの外の五つの岩の上に二人づつで十人、大岩の上に四人、グスク内に十六人で、締めて三十人の敵兵が戦死した。味方の損害は、『赤丸党』の三人が軽傷を負っただけで済んでいた。 ンマムイの兵たちが念仏踊りを踊りながらグスク内に入って来た。ンマムイも陽気に踊っていて、そのまま戦勝祝いの念仏踊りとなった。 サハチが大岩の上を見上げたら、ササたちの姿があった。大岩の上で念仏踊りを踊っていた。 「まったく‥‥‥」とサハチは呟いて、大岩の方に向かった。 縄梯子を登って、大岩の上に顔を出すと、 「 「ミャーク? ミャーク(宮古島)とは 「あっ、そうか。どこかで聞いた事があると思っていたんだけど、マシュー 「ミャークがどうかしたのか」 「そんなに古くないウタキがあってね。神様の声が聞こえたんだけど、何を言っているのかわからないの。アマンの言葉かなって思ったんだけど、ミャーク、ミャークって何度も言っていて、気になっていたのよ。もしかしたら、ミャークから来た神様だったのかしら」 「あそこは琉球の最南端だから、ミャークから来た人のお墓だったのかもしれんぞ。二十年程前にミャークからやって来た者たちが、 「英祖様の宝刀が サハチはうなづいて、四人の若ヌルたちを見て、 「お前たちもここに登ったのか」と聞いた。 「恐ろしかったわ」とミミが言った。 「下を見たら足が震えたわ」とマサキが言って、 「でも、降りる事もできないし、必死になって登ったのよ」とウミが言った。 その時、弓矢が飛んで来る音が聞こえた。 ナナが刀で弓矢を弾き落とした。 「あそこだわ」とシンシン(杏杏)が指差した。 上のグスクの西側の崖の上に敵兵が見えた。 サハチは弓を手に取ると敵兵を狙って矢を撃った。見事に敵兵に当たって、敵兵は崖から落ちて行った。落ちる前に敵兵が撃った矢が飛んで来たが、かなりそれて大岩の横を飛んで行った。 「凄い!」と言って若ヌルたちが手をたたいた。 「マグルーに負けてはおれんからな」とサハチは笑った。 |
山グスク
島尻大里グスク