若按司の死
前王妃のトゥイは島尻大里グスクに戻りたくはなかったが、王妃のマチルーに頼まれて、マチルーが王妃の職務に慣れるまで島尻大里グスクにいる事にした。家臣やその家族たちも引っ越しをするので、豊見グスクと島尻大里を結ぶ街道は行き来する人々で溢れていた。 避難していた城下の人たちも戻って来て、長い戦が終わった事を喜び合って、以前のごとく、城下は賑わいを取り戻していた。豊見グスクの城下に避難していた『よろずや』も戻ったが、
山グスクの大岩の上で、サハチから『ミャーク(宮古島)』の事を聞いたササたちは 大将はミャークの 「ミャークの人で、琉球で亡くなった人はいませんか」とササが聞くと、老人は少し考えてから、 「そう言えば、 「お酒を飲んでいて、突然倒れて、そのまま亡くなったそうです。皆、悲しんでおりました。ヌル様がミャークが見える南の地に葬りましょうと言って、南部の ササたちはその話を聞いてうなづき合った。山グスクの南の海辺の崖の上にあったウタキに違いなかった。 ササたちは老人にお礼を言って、 安謝大親が担当になって、ミャークの人たちの世話をしたという。大将は 「ミャークの近くにも島があるのですか」とササは安謝大親に聞いた。 「いくつも島があるようじゃな」と言って、安謝大親は絵図を広げて見せてくれた。 「与那覇勢頭から聞いて、わしが書き加えたんじゃよ」 絵図を見ると、琉球の南西にミャーク(宮古島)があり、その西にイラウ(伊良部島)、タラマ(多良間島)、イシャナギ(石垣島)、クンジマ(西表島)、ドゥナン(与那国島)、小琉球(台湾)とあって、小琉球の隣りに ササは絵図を見ながら、行ってみたいと思っていた。 「アマンの国はないの?」とササは聞いた。 「アマンの国?」と安謝大親は首を傾げた。 「アマミキヨ様の国です。アマミキヨ様は 「この絵図には描いてないが、小琉球の南にもいくつも島があるらしい。その中の島が、昔、アマンと呼ばれていたのかもしれんな」 小琉球の下の方に、ジャワの島と 「ミャークまで、どのくらいで行けるのですか」 「風に恵まれれば、一昼夜で来られるようじゃ。ただ、途中に島は一つもない。方向を間違えば遭難してしまう危険があるという」 「ミャークの人たちはどうやって琉球に来たのですか」 「昼はサシバが行く方角を目指して、夜になったら星を見て方角を確認したと言っておったのう」 「成程、サシバか。サシバは九月に南の島に行って、四月に琉球を通ってヤマトゥの方まで行くのね」 「ミャークに行くつもりなのですか」と安謝大親は聞いたが、ササは答えず、 「どうして、ミャークの人たちは来なくなったのですか」と聞いた。 「先代の 「そうだったの。貝殻ってシビグァー(タカラガイ)の事?」 「そうじゃ」 「 「そうなのですか。シビグァーは明国でも喜んで取り引きしてくれます。何でも、シャム(タイ)という国ではシビグァーが 「えっ、シビグァーが銭なの?」とササたちは驚いた。 「シャムの国ではシビグァーは採れないらしくてのう、市場ではシビグァーを使って物の売り買いをしているようじゃ」 「へえ、そんな国があるんだ。シャムの国にシビグァーを持って行けば稼げるわね。シャムの国ってどこにあるの?」 安謝大親が示した所を見ると、明国の南に飛び出した半島があって、その付け根の辺りにシャムの国があった。旧港の北の方にあるので、シーハイイェンなら詳しい事を知っていそうだった。 ササたちは安謝大親と一緒に 安謝大親が去ったあと、 「ねえ、ササ、ミャークに行くつもりなの?」とナナが聞いた。 「行かなければならないような気がするの」 「アマミキヨ様がミャークから来たの?」とシンシンが聞いた。 「それは行ってみないとわからないわ」 「お船はどうするの。 「シビグァーのために王様がお船を出してはくれないわよ。 「でも、ミャークに行くとしたら九月なんでしょ。ジルーは五月に帰ってしまうんじゃないの?」 「何とか、引き留めなくちゃね」 ナナは笑って、「 「えっ、どうして?」とササが聞くと、 「ササは気づかないの?」とシンシンが笑った。 「ゲンザはミーカナが好きで、マグジはアヤーが好きなのよ。仲よく、お互いの言葉を教え合っているわ」 「そうだったの。それで、ジルーは誰なの?」 ナナとシンシンは顔を見合わせて、「ササに決まっているじゃない」と言った。 「ジルーはササに負けてから、ササの態度が変わってしまったので、ササより強くなろうと 「愛洲の人たちが修行しているのは知っているけど、ジルーはそんな修行をしていたの?」 「ジルーはササのマレビト神だと思うわ」とシンシンが言った。 「そうなのかしら?」とササはナナとシンシンを見た。 二人ともササを見て、力強くうなづいた。
下のグスクを奪い取った山グスクでは、上のグスクを攻め落とす準備が着々と進んでいた。 ウニタキが率いる『 下のグスクと上のグスクをつなぐ通路は崖の左側にあって、石段が続いていた。上のグスクへの入り口は厳重に警戒されて、近づけば弓矢が雨のように降って来た。下のグスクには井戸があるが、上のグスクには井戸はないので、今の状態のまま放っておいても、上のグスクは落城するが、のんびりと干上がるのを待ってもいられなかった。戦のけりを早く付けて、 下のグスクが落城してから三日後の十八日の早朝、総攻撃が行なわれた。 山グスクにいた兵はおよそ百人で、三十人は女子供を護衛して抜け穴から出ている。下のグスクで三十人が戦死しているので、上のグスクにいる兵は四十人だった。四十人の兵を倒すのに、何百もの兵が突入したら、返って味方の兵が邪魔になるので、突入するのは苗代大親の兵五十人と外間親方の兵五十人だけにした。残りの兵はグスクを包囲したまま待機していて、サハチの指示によってグスク内に突入する事になっていた。 サハチは 「ようやく、戦も終わるわね」と馬天ヌルが言った。 「山グスク按司はどうして投降しないのかしら?」と安須森ヌルが兄のサハチに聞いた。 「親父と兄貴は殺された。自分も殺されると思っているんだろう。どうせ死ぬのならサムレーらしく戦って死のうと思ったのに違いない。それに、中座按司も一緒にいる。中座按司も親父と兄貴は死んでいるし、奴には帰る場所もない。中座按司が山グスク按司を道連れにしたのかもしれんな」 東の海が明るくなってきた。マユがひざまづいて、朝日に向かってお祈りを始めた。マユを見ながら安須森ヌルと馬天ヌルは笑って、一緒にお祈りをした。 お祈りはヌルたちに任せて、サハチはグスク内を見つめた。 東曲輪の裏の石垣にいた敵兵二人が倒れた。ウニタキたちが崖を登って侵入したようだった。中程の岩の上にいた敵兵の一人が倒れて、もう一人が弓矢を構えて反撃をした。 サハチは合図の旗を振った。苗代大親の兵と外間親方の兵が楯を構えながら大御門に近づいて行った。石垣の上の敵兵が弓矢を撃ち始めた。味方の兵も石垣の上の兵を狙って弓矢を撃った。敵兵が法螺貝を吹いて総攻撃を知らせた。東曲輪の中程にある岩の上に赤丸党の者が現れて敵を倒し、弓矢を構えて石垣の上の兵を狙った。赤丸党の者が屋敷の陰から現れて、大御門に向かった。一人が弓矢にやられて倒れたが、三人の者が大御門の所まで来た。屋敷の中から敵兵が現れて、赤丸党の者たちと戦闘が始まった。 早く大御門を開けなければ赤丸党の者たちが危ないとサハチは気を揉んだ。ンマムイが率いる兵が現れて、乱戦となった。 ようやく、大御門が開いた。味方の兵がグスク内になだれ込んだ。敵兵は次々に倒されていった。 「ジルー、大丈夫か!」と誰かが叫んでいた。 サハチは不吉な予感がして駆け寄った。大御門のそばで勝連若按司が倒れていて、浦添若按司が、「しっかりしろ!」と叫んでいた。勝連若按司の首の下、 「ジルー!」とサハチは叫んで、若按司の上体を起こしたが、すでにぐったりとしていて、息はなかった。 「どうしてこんな事になったんだ?」とサハチは浦添若按司のクサンルーに聞いた。 「もう戦は終わったと思って、ジルーと一緒にここまで来たら、突然、弓矢が飛んできて、よける間もなかったんです。その敵は俺が倒しました。あの岩の上から狙ったんです」 クサンルーは涙を拭いて、岩の上を指差した。 ジルーはサハチの息子のイハチより一つ年下で、チューマチより一つ年上だった。姉のユミが サハチは馬天ヌルと安須森ヌルにジルーの事を頼んで、警戒しながら岩に近づいて倒れている敵兵を見た。まだ十七、八の若者で、右目に深く弓矢が刺さって死んでいた。他に二人の敵兵も倒れているので、ここの守備兵ではなく、屋敷から出て来た兵のようだった。身に付けている立派な鎧から、もしかしたら山グスクの若按司かもしれなかった。 サハチは屋敷の中に入って、山グスク按司と中座按司の遺体を確認した。二人とも血だらけになって無残な姿で死んでいた。 「二人ともなかなか手ごわい奴じゃった」と苗代大親は顔に付いた返り血を拭きながら言った。 サハチはうなづいて、苗代大親に勝連若按司の死を伝えた。 苗代大親は驚いた顔をして、「何じゃと?」と聞き返した。 サハチは首を振って、「若按司を戦死させてしまって、サムに会わせる顔がない」と苦しそうに言った。 「何と言う事じゃ」 苗代大親は辛そうな顔をして屋敷から出て行った。 「ジルーが戦死したのか」とウニタキが聞いた。 サハチはうなづいて、「御苦労だったな」とウニタキをねぎらった。 「『赤丸党』の者が一人戦死した」とウニタキは言った。 「サタルーは無事か」と聞くと、 「俺は大丈夫ですよ」とサタルーの声がした。 振り返るとサタルーとサンルーがいた。 「お前たちのお陰で、戦は終わった。御苦労だった」 「これで胸を張って 敵は全滅して、味方の兵の八人が戦死して、十一人が負傷した。戦には勝ったが、勝連若按司の戦死は非常に痛かった。
二日後、勝連グスクで若按司の葬儀が行なわれた。突然の若按司の戦死に、城下の者たちも悲しんでいた。 父親のサムは若按司の死にひどい衝撃を受けて呆然として、母親のマチルーは泣き崩れた。妻のマーシは悲しみのあまり寝込んでしまった。姉のユミもジルムイと一緒に来て、弟が戦死するなんて信じられないと泣き続けた。 サハチとマチルギはみんなを慰める言葉を見つける事ができなかった。 馬天ヌルは勝連の呪いはまだ解けていないのかもしれないと思って、翌日、安須森ヌルとササを呼んで、マジムン(悪霊)退治を行なったが、やはり、マジムンはいないようだった。 若按司の息子はまだ二歳だった。サムの次男のサンルータを若按司にしようという意見も出たが、サムと同じ名前の孫には勝連按司の血が流れているので、重臣たちに推されて若按司となった。孫のためにも悲しみを乗り越えて、孫のサムが一人前になるまで頑張らなければならないとサムは言った。 勝連で葬儀が行なわれた日、首里は丸太引きのお祭りで賑わった。長かった戦も終わって人々は陽気にお祭りを楽しんだ。 安須森ヌルとユリを手伝って 佐敷はナナに代わって佐敷ヌル(マチ)が出場した。佐敷ヌルは猛特訓を積んで丸太の上で華麗に飛び跳ねて頑張ったが、優勝したのはササの首里で、五年振りの優勝だった。この時、安須森ヌル、ユリ、小渡ヌルの三人は旧港のシーハイイェンから贈られた立派な馬に乗っていた。琉球の馬よりも大きく、観客たちは驚いて、それを見事に乗りこなしている三人に喝采を送った。 山グスクは苗代大親が、 サハチは山グスクを遊ばせておくのは勿体ないので、今帰仁攻めのために特別な兵を編成して、山グスクで特訓させればいいと 戦死した兵たちの葬儀を 思紹は鉄の杭で作った足場を伝わって大岩に登った。その姿を見ながら、親父は若いなとサハチは笑って、思紹のあとを追った。 「先代の山田按司は今帰仁グスク攻めの時、険しい崖をよじ登ってグスク内に潜入したと聞いている。ここで兵たちに崖をよじ登る訓練をさせよう」 思紹は岩だらけの景色を眺めながら、そう言った。 「キラマの島から身の軽い者たちを集めますか」とサハチが言うと、思紹は首を振って、 「 「えっ、サグルーたちをですか」とサハチは驚いた。 「そうじゃ。サグルーが山グスク大親になり、ジルムイ、マウシ、シラーの三人のサムレー大将が兵たちを鍛えるんじゃよ。ヂャンサンフォン殿にも手伝ってもらおう」 「お師匠もここが気に入ると思いますよ」 「そうじゃな。ここは明国の修行の山に似ているからのう」 「サグルーがここに来たら、与那原はどうします?」 「そうじゃのう。わしの一存では決められんが、 「伊是名親方なら安心して与那原を任せられます」とサハチは思紹の意見に同意した。 |
山グスク
勝連グスク