大里ヌルの十五夜
ウニタキが 一緒に来たのはリュウインの弟子の ファイチはリュウインを知らなかったが、リュウインはファイチを思い出していた。二十歳で 「ヂュヤンジン殿は 「 「そうだったのですか。わたしが逃げて来たのは永楽帝の挙兵の前でした。仕えていた 「ヂュヤンジンは 「そうでしたか。それはよかった。ファイチ殿は戻らないのですか」 ファイチは笑って、「 リュウインの話を聞いて、思紹は材木や米の代価として、明国の商品を先に送る事を承諾した。その夜、 「ヂャンルーチェン(三姉妹の父)が殺されたと聞いた時、あなたも殺されてしまったと思っていました。あのあと、ずっと浮島に来ていたなんて、まったく知りませんでした」とリュウインはジォンダオウェンに言った。 「明国に来られた 「リュウイン殿はヂャンルーチェン殿の知り合いだったのですか」とサハチは聞いた。 「直接に知っていたわけではありません。あの頃、湘王の兄弟たちが次々に捕まって、王という身分を剥奪されて監禁されていました。湘王も身の危険を感じて、兵力を強化するためにヤマトゥの刀を手に入れようと考えて、わたしを 「家族は連れて来なかったのですか」とファイチが聞いた。 「妻は前年に亡くなりました。娘が二人いましたが、二人とも嫁ぎました。姉の方は洪武帝に仕えていた役人に嫁いだために、洪武帝が亡くなったあと殺されました。妹の方は湘王に仕えていた武将に嫁いだので、やはり、殺されてしまったでしょう」 「思い出させてしまってすみませんでした」とファイチは謝った。 「いいえ」とリュウインは笑った。 思紹が父親の事を聞くと、リュウインは父親の活躍の事はほとんど知らないと言った。 リュウインの母親は後妻で、リュウインが生まれた年に父は フーシュから武芸を習うと共に、父から様々な事を教わった。リュウインが十五歳の時、父は洪武帝に呼ばれて 「琉球に来てから、もう十五年が経ちました」とリュウインはしみじみと言った。 「わたしは琉球に来た年に、油屋の船に乗って浮島に来ました。浮島に着いて、すぐに目についたのが首里の高台です。あの頃は 「首里のグスクも都造りにもヤンバルの材木が使われています。山北王が材木を送ってくれたお陰です」と思紹は言った。 「これからも寺院造りが続きます。材木はいくらあっても大歓迎です」とサハチは言った。 「そろそろ、綺麗所を呼びましょうね」と 「お久し振り」とマユミがサハチの前に来て嬉しそうに笑った。 前回、ここに来たのは 「先代の 「なに、ここに来たのか」 「今月の初めに昼間、訪ねて来たの。女将と会って、懐かしそうに昔のお話をして帰って行ったわ」 「そうか。王妃様は女将から色々と教わったと言っていた。王妃様も喜んでいただろう」 「女将が 「王妃様が奥間にか」 「旅をして色々な景色を見たいんですって」 「そうか。それで、いつ行くんだ?」 「まだはっきりと決まっていないけど、来月は十五夜の宴があるし」 「十五夜の宴? 首里グスクで行なう宴にお前たちも出るのか」 「そうじゃないわよ。それとは別に、 「 「お月様を見ながら丸いお餅を食べるんですって。旧港とジャワの人たちがいるうちは何かと忙しいから、送別の宴が終わってからじゃないかしら」 「すると十月か。まだまだ先の話だな」 サハチがリュウインを見るとジォンダオウェンと明国の言葉で何かを話していた。リュウジャジンは明国の言葉がしゃべれる遊女と楽しそうに話していた。ウニタキとファイチは馴染みの遊女と笑っていて、思紹は女将から山南王妃の事を聞いていた。 次の日、サハチとウニタキはリュウインを連れて山グスクに行った。下のグスクで岩登りをしている兵たちを見せるわけにはいかないので、直接、上のグスクに連れて行って、ヂャンサンフォンと会わせた。 ヂャンサンフォンは以前、 「えっ!」と言ってリュウインは立ち上がって、ヂャンサンフォンを見た時の顔は驚きを通り越して呆然としていた。どう見ても、自分と同年配の男にしか見えないと思っているようだった。 「わたしの師匠は 「フーシュ‥‥‥懐かしい名前じゃ」と言って、ヂャンサンフォンは目を細めた。 サハチたちは屋敷に上がって、ヂャンサンフォンの話を聞いた。 「わしが武当山の山麓の 「わたしが師匠に出会ったのは十三歳の時でした、二十歳になった時、わたしは応天府に行きました。師匠も一緒に来てくれと頼んだのでしたが断られました。師匠は武当山に帰ると言っていました。その後、会ってはいません」 「フーシュは武当山に戻って来たよ。わしもその頃、武当山にいたんじゃ。若い者たちを鍛えておったが二年後に亡くなってしまったんじゃ」 「そうだったのですか。師匠からヂャンサンフォン殿の話はよく伺いました。神様のようなお方だと言っていました。亡くなる前にもう一度お会いしたいと言っていました。願いがかなったのですね」 「わしが育てた弟子たちは皆、わしより先に亡くなってしまう。辛い事じゃよ」 ヂャンサンフォンに会って感激したリュウインは浮島に行って、久米村の役人たちと リュウインを見送ったあと、 「ヂャンサンフォン殿に会えたのは嬉しいけど、困った事になったとリュウインは言っていました」とファイチがサハチに言った。 「山北王はいつの日か、中山王を倒すつもりでいるが、中山王がヂャンサンフォン殿の弟子なので、敵対する事ができなくなってしまった。その時は琉球を去らなくてはならないかもしれないと言っていました」 「琉球を去らなくても、中山王に寝返ったらいいんじゃないのか」 「恩のある山北王を裏切る事はできないのでしょう」 「そうか。戦の間はどこかに避難していてもらおうか」とサハチが言うと、 「山北王もまた進貢船を送るようですから、使者として明国に行ってもらいますか」とファイチは言った。 「おう、それがいい。リュウインの留守中に山北王を倒してしまえばいい」とサハチは賛成した。 その後、思紹は中山王の船に明国の商品を積んで今帰仁に送った。その船は冬になったら米を積んで帰って来る事になっていた。 八月八日、 ヂャンサンフォンが ヂャンサンフォンの修行を邪魔するために、妖艶な仙女たちが誘惑したり、 チャンオーと一緒に山を下りるヂャンサンフォン。チャンオーの夫のフーイーが二人を追って来て、ヂャンサンフォンはフーイーの弓矢にやられてしまう。チャンオーは西王母からもらった不老長寿の薬である小さな桃を二つ持っていて、一つをヂャンサンフォンに飲ませて、もう一つは自分で飲む。 桃を飲んだ途端、チャンオーの体は宙に上がって月に吸い込まれてしまう。チャンオーを追いかけて行くフーイー。しばらくして、ヂャンサンフォンは生き返る。チャンオーを探すがどこにもいない。ヂャンサンフォンは武当山に行って厳しい修行を積む。フーイーが武当山にやって来て、決闘をしてヂャンサンフォンはフーイーを倒す。 ヂャンサンフォンが満月を見上げていると、月からチャンオーが降りて来て、二人は再会を喜ぶ。ヂャンサンフォンの弟子たちが現れて、二人を祝福してお芝居は終わった。チャンオーを演じたのはシンシンで、フーイーを演じたのはナナだった。身の軽いシンシンは月に昇って行く場面も、月から下りて来る場面も見事に演じていた。月は高い 一緒にお芝居を観ていたヂャンサンフォンに、「これは本当の話なのですか」とサハチが聞いたら、 「チャンオーとフーイーの話は、古くから伝わる伝説なんじゃよ。そこにわしを入れただけじゃ」と笑った。 「わしの長い人生をお芝居にした所で、面白くもないからのう」 そんな事はないだろうと思ったが、サハチは何も言わずに笑った。 シーハイイェンたちの『瓜太郎』は明国の言葉で演じられたが、充分に楽しく、子供たちが喜んでいた。 与那原のお祭りの六日後、サスカサが 大里ヌルを初めて見たサハチは、日に焼けた顔を見て驚いた。 「太陽が拝めるようになってから、嬉しくて、久高ヌルさんと一緒に 大里ヌルとフカマヌルは安須森ヌルと会って、十五夜の儀式の準備を始めた。 夕方、大里ヌルの歓迎の宴を開くというので、サハチが安須森ヌルの屋敷に顔を出すと、女たちが集まっていて賑やかだった。ササたちもシーハイイェンたちもスヒターたちもリェンリーたちも与那原のお祭りのあと、ここに来ていて十五夜の宴の準備をしていた。平田のお祭りの準備に行っていたユリ、ハル、シビーも戻っていた。 「与那原のお芝居に出ていたチャンオーは月の神様なのよ。 「チャンオーは唐のかぐや姫というわけだな」 「そうなのよ。それで、明日の夜、ハルのかぐや姫とシンシンのチャンオーが共演するのよ。楽しみにしていてね」 「ほう、そいつは面白そうだな」 大里ヌルはサスカサと一緒に楽しそうに酒を飲んでいた。 「大里ヌルは四年に一度、ここに来てウタキを拝んでいたのか」とサハチは大里ヌルを見ながらササに聞いた。 「そうなのよ。でも、このグスクが 「その時、先代のサスカサが久高島のフボーヌムイに籠もったんだったな」 「そうよ。でも、その時はまだ、大里ヌルは生まれていなかったわ。あれから三十四年振りのお参りのなるのよ」 「三十四年振りか。俺が島添大里按司になったあとなら来ても大丈夫だったのにな」 「そうなのよ。でも、あたしは大里ヌルの事を知らなかったし、お母さんは先代の大里ヌルに会った事があるんだけど、ここのウタキ参りの事は聞かなかったのよ。フカマヌルも大里ヌルと一緒に儀式をする事はあっても、親しく話をした事はなかったみたい。太陽が拝めるようになってから大里ヌルはすっかり変わったってフカマヌルが言っていたわ。以前は必要な事以外はしゃべらなくて、暗い性格だったけど、すっかり明るい性格になったって。久高ヌルのお陰よ。大里ヌルとフカマヌルは年齢が離れすぎているので親しくなれなかったけど、久高ヌルは丁度、二人の中間の年齢だから、三人がうまくいっているみたい」 「そうか。今回、久高ヌルは留守番なのか」 「フカマヌルのお母さんが平田から帰って来ているから大丈夫よ」 「そうか。ヌルを引退したのか」 「そうみたい。 「今帰仁攻めが終わったら、根人(マニウシ)も久高島に帰るだろう」 翌日、日が暮れると厳かな儀式が始まった。去年と同じように二の 山グスクにいた 「どうして、右馬助がいるんだ?」とウニタキが不思議そうな顔をしてサハチに聞いた。 「また壁にでもぶつかって、気分転換のつもりで来たんじゃないのか」とサハチは言った。 「奴はいくつの壁をぶち破れば気が済むんだ?」 「知らんよ。ヂャンサンフォン殿や慈恩禅師殿のように自分の剣術を作りたいんだろう」 「『二階堂流』か」と言ってウニタキは笑った。 静かに笛の調べが流れて来た。一の曲輪内のウタキで儀式が始まったようだった。 東の空に満月が顔を出した。サハチたちは月に向かって両手を合わせてお祈りを捧げた。 ウタキでのお祈りは去年よりも長かった。大里ヌルが、ここに来れなかった三十四年分のお祈りをしているのだろう。大里ヌルの母親は若ヌルだった時に一度だけ来ている。今の大里ヌルは初めてここに来たのだった。三十四年間の思いを月の神様に告げているのかもしれなかった。 玻名グスクヌルは安須森参詣から帰って来て変わった。個人的な敵討ちをやめて、琉球のために安須森ヌルを助けようと決めたようだった。 笛の調べが変わって、ヌルたちが華麗に舞い始めた。若ヌルたちも頑張っていた。大里ヌルが立ち上がって舞い始めた。久高島で稽古を積んでいたのか見事な舞だった。 「 サハチは驚いて空を見上げた。 ササ、シンシン、ナナ、サスカサ、フカマヌル、玻名グスクヌルが一瞬、立ち止まって空を見上げた。 「続けてくれ」と声がして、ヌルたちはまた舞い始めた。 スサノオの声だったが、笛の音を聞いてやって来たのだろうか。その後、声は聞こえなかった。 儀式が終わって宴が始まった。笛を吹いていた安須森ヌルとユリ、ヌルたちも宴に加わった。 子供たちの笛の合奏から始まって、リェンリー、ユンロン、スーヨン、ソンウェイの妻のリンシァによる明国の歌と舞、シーハイイェンとツァイシーヤオの旧港の舞、スヒター、シャニー、ラーマのジャワの舞が披露された。女子サムレーたちの笛と舞も披露された。 「おい、あれを見てみろ」とウニタキがサハチに言って、示す方を見ると大里ヌルと右馬助がいた。 でれっとした顔の右馬助が大里ヌルが注いでくれた酒を嬉しそうに飲んでいる。大里ヌルも楽しそうだった。 「奴もやはり、男だったようだ」とウニタキは笑って、 「奴は大里ヌルに会いに来たのか」とサハチに聞いた。 「山グスクにいた奴が大里ヌルの事など知るまい。しかし、不思議な力に引かれて、ここに来たのかもしれんな」 琉球に来てから女に見向きもしなかった右馬助が、大里ヌルに出会った途端にあんな姿になるなんて思ってもいない事だった。ササたちも気づいて、右馬助は大里ヌルのマレビト神だわと言っていた。 ハルのかぐや姫とシンシンのチャンオーの共演が始まった。ヤマトゥの月の神様と唐の月の神様の共演だった。琉球の月の神様はどんな姿なんだろうと、ふとサハチは思った。 安須森ヌルが吹く幻想的な調べに合わせて、かぐや姫とチャンオーは満月の下で優雅に舞っていた。 |
山グスク
与那原グスク
島添大里グスク