池間島のウパルズ様
神様のお陰か、季節外れの南風を帆に受けて小舟は気持ちよく走った。蛇のように細長く続く 「池間島は二つの島でできているんじゃ」とクマラパが 「 「中央にある入り江は向こう側に抜けられるのですか」と 「 「ウパルズ様のウタキ(御嶽)は東の島にあるのですか」とササが聞いた。 「いや、西の島じゃ。『ナナムイウタキ』といって、遙か昔にネノハ姫様が暮らしていた屋敷跡にできたようじゃ」 「ネノハ姫(ウムトゥ姫)様の娘さんのウパルズ様に会うのが楽しみだわ」とササが言うと、 「歓迎してくれるじゃろう」とクマラパは言った。 二つの島の間にある入り江に入って、西の島の砂浜から上陸した。白い砂浜が長く続いていて、海辺にある小屋の中で、ウミンチュ(漁師)のおかみさんたちが貝の身を抜く作業をしていた。 ササたちに気づくと皆、驚いた顔をしてササたちを見ていた。 一人の女が近づいて来て、クマラパに声を掛けた。タマミガも 「琉球に行った事があるのですか」とササが聞くと、 「琉球の言葉は神様から教わったのよ」と言った。 「 池間のウプンマの案内で、小高い丘の上にあるグスクに行って、ウプンマの父親の池間按司に会った。それほど高くない石垣に囲まれた小さなグスクだった。屋敷は少し高い所に建っていて、屋敷からの眺めは最高だった。北の方を見ると『ヤピシ』が広がっていて、南を見るとミャーク(宮古島)と 池間按司は言葉が通じないが、クマラパの通訳で、遠い所からよく来てくれたと歓迎してくれた。イシャナギ島(石垣島)に行った娘の事を聞くと、困ったような顔をして首を振った。 マッサビは先代の娘で、今の按司の妹だという。十七歳の時に神様のお告げがあって、イシャナギ島に行かなければならないと言い出した。マッサビの姉の先代のウプンマが止めても駄目だった。 その頃、イシャナギ島では『ヤキー(マラリア)』という熱病が流行っていて、多くの人が亡くなっていた。蚊に刺されるとヤキーになるので、マッサビはグラーと一緒に蚊の退治を始めた。あれから三十年が経つが、ヤキーがなくなる事はなく、未だに蚊の退治をしているという。それでも、マッサビはイシャナギ島から舟を造るための丸太を送ってくれるので、島人たちは大いに助かっているという。池間島もミャークと同じように平らな島で、太い木が生えている山はなかった。 「三十年間も 「一時は叔母さん(マッサビ)もヤキーに罹って、死ぬところだったらしいわ」と池間のウプンマが言った。 「でも、イシャナギ島の神様が助けてくれたのよ。イシャナギ島の神様は池間島の神様のお母さんですからね、叔母さんを守ってくれたのよ」 池間按司は グスクから西側の海岸に下りて、池間のウプンマの案内で『ナナムイウタキ』に向かった。クマラパはグスクで待っていると言って付いて来なかった。 岩場の海辺で 細い道をしばらく行くと広場に出た。広場の中央に奇妙な形の岩があって、その周りを石で囲んであった。ササたちは池間のウプンマの後ろに並んでお祈りを捧げた。 「琉球からいらしたお客様を連れて参りました」と池間のウプンマは言った。 「狩俣のタマミガも一緒なのね」と神様は言った。 「タマミガ、お父さんをここに連れて来なさい」 「えっ?」とタマミガは驚いた。 「一緒に来たんでしょ。話があるのよ。早く、連れていらっしゃい」 タマミガは池間のウプンマを見た。 ウプンマはうなづいた。 タマミガはウタキから出て行った。 「ユンヌ姫様からあなたたちの事は聞いたわ。よく来てくれたわね。歓迎するわよ」と神様は言った。 「ユンヌ姫様がここにいらしたのですか」とササは聞いた。 ミャークに着いてからユンヌ姫もアキシノもどこに行ったのか行方知らずになっていた。 「あなたたちが来たら、イシャナギ島に行ったって伝えてくれって頼まれたのよ」 「そうだったのですか」 「あなたたちも母に会いに行くのね?」 「はい。ミャークに来る前に久米島に行って、ウムトゥ姫様の妹のクミ姫様に会ってまいりました」 「叔母の事は母から聞いているわ。母と叔母はユンヌ姫様と一緒に久米島に行って、母はシビグァーが採れる 「最初からイシャナギ島に行くつもりではなかったのですか」 「母は琉球にシビグァーを送るために池間島に来たのよ。この島は古くからシビグァーの交易で栄えていたの。母がこの島に来る一千年も前から、この島で採れたシビグァーは唐の大陸に運ばれて行ったようだわ。やがて、シビグァーに代わって銅で作った 「そうだったのですか。ここのシビグァーが琉球からヤマトゥ(日本)に行って、 「そうよ。ここのシビグァーのお陰で、 「豊姫様という人は玉依姫様の娘さんなのですか」とササは聞いた。 豊姫様というのは初めて聞く名前だった。 「いいえ、違うのよ。玉依姫様は長生きなさったので、二人の娘さんの方が先に亡くなってしまったの。豊姫様は、玉依姫様の弟のミケヒコ様の 「ウパルズ様はヤマトゥに行ったのですか」 「行ったわよ。母も行っているわ。母からヤマトゥのお話を聞いて、わたしも行ってみたくなったのよ」 「そうだったのですか。今と違って、大変な舟旅だったでしょう」 「そうだわね。何度も死ぬ思いをしたわ。でも、神様が守ってくださったのよ。行って来て本当によかったと思っているわ」 タマミガがクマラパを連れて来た。 「クマラパ、久し振りだわね。ずっと、わたしから逃げていたのね?」 ウパルズの口調が急に険しくなったので、ササたちは驚いた。そして、クマラパはヂャンサンフォン(張三豊)と同じように、神様の声を聞く事ができるようだった。 「別に逃げていたわけではない」とクマラパは小声で言った。 「あなたのお陰で何人の人が亡くなったと思っているの?」 「わしも後悔しておるんじゃ。あの時はいっぱしの軍師気取りだったんじゃよ。亡くなった者たちにはすまなかったと思っている」 「何の事ですか」と漲水のウプンマが聞いた。 「三十年前の悲惨な 「えっ?」と漲水のウプンマは驚いて、「あの時の戦はクマラパーズ様の活躍があって、目黒盛豊見親様は勝利したと聞いておりますが」 「戦には勝ったけど、クマラパは助けられた人たちを見殺しにしたのよ」 「どういう事ですか」 「クマラパ、自分でちゃんと説明しなさい」 クマラパは溜め息をつくと、 「まだ十七歳だった目黒盛に会ったのが、そもそもの始まりなんじゃ」と言った。 「今、 「どうやって、糸数大按司を倒したのですか」と安須森ヌルが聞いた。 「わしの弟子に美しい娘がいてな、その娘を糸数大按司の側室として送り込んだんじゃ。その娘が糸数大按司とお楽しみ中に、針を首の急所に刺したんじゃよ。お楽しみ中に亡くなったとは言えず、 「恐ろしい事をするわね」と言ったのはウパルズだった。 「糸数大按司は石原按司を殺した時も、ウキミズゥリを殺した時も、だまし討ちにしたんじゃ。あんな卑怯な事をする奴は按司の資格はない。バチが当たったんじゃよ」 「その事は大目に見るわ。話を続けて」 「佐田大人は 「佐田大人が来た時、ミャークにとって危険な者たちだから早く倒しなさいとわたしは警告したはずよ」 「わしはウパルズ様の警告に従って様子を見に行ったんじゃ。武装したサムレーたちが大勢いた。倒せと言われても奴らの兵力は五百人、しかもミャークの者たちよりも立派な武器を持っている。奴らを倒すには、ミャークの按司たちが協力しなければ無理じゃった。しかし、現実は按司たちはお互いに争っていて、一つにまとまりそうもなかったんじゃ。台風が来て、奴らの船が全滅すると奴らは凶暴になった」 「佐田大人が来てから台風が来るまで一月近くあったわ。あなたの妖術を使えば、追い返す事はできたはずだわ」 「そんなのは無理じゃよ」 「そうかしら? あなたは『ターカウ(台湾の高雄)』まで行っているから知っているはずよ。ヤマトゥンチュ(日本人)が『首狩り族』を恐れている事を。ミャークにも首狩り族がいるように見せかければ、佐田大人たちも恐れて逃げて行ったでしょう」 「そんな事をしたら、ミャークが首狩り族の島だと噂になって誰も来なくなってしまう」 「大勢が殺されるよりもましでしょ。それに、ネズミも使わなかったわ」 「あの時点では、奴らの出方を見るしかなかったんじゃ」 「台風で船がやられて、佐田大人たちはもう島から出て行く事はできなくなったわ。わたしはミャークの人たちを守るように、守りを固めなさいとあなたに言ったわ」 「言われた通りに狩俣の 「でも、南部の按司たちには伝えていないわ」 「 「あなたは目黒盛の味方になりそうな按司だけに伝えたのよ。あなたは目黒盛のために佐田大人を利用しようと考えたのよ」 「確かにそうじゃ。あの頃、最も勢力のあった大嶽按司を佐田大人が倒してくれればいいと思っていたんじゃ」 「 「伝えた。だが、奴はわしの言う事を笑って、従わなかったんじゃ」 「 「大嶽城下の者たちには悪かったが、ミャークを一つにまとめるためには大嶽按司は邪魔だったんじゃ。大嶽按司がいなくなって、あとは目黒盛が佐田大人を退治すれば、ミャークは目黒盛を中心にして一つにまとまるじゃろうと思ったんじゃよ。わしはアコーダティ勢頭に頼んで、ターカウから武器を調達してもらい、 「うまく行ってよかったわね」とウパルズは皮肉っぽく言った。 「あなたの思い通りにするために何人の犠牲が出たと思っているの? 一千人以上の人が亡くなっているのよ。しかも、女や子供までが無残に殺されているわ。按司たちが戦をしても、女や子供たちまでは殺さないでしょう」 「わかっている。戦のあと、わしも反省したんじゃ。ウパルズ様に合わす顔がなかったんじゃよ」 「あれから三十年間、あなたはわたしから逃げていたわ。でも、わたしは知っているのよ。あなたが亡くなった人たちを一人づつ弔ってやっていたのをね。そして、 クマラパは何も言わず、両手を合わせて感謝していた。 「クマラパの件はこれで終わりよ」とウパルズは言った。以前の優しい声に戻っていた。 「さっきの話の続きだけどね、ヤマトゥに行った時、 「ミャークに『 「大嶽山頂と高腰グスクにあるわよ」 「えっ、二つもあるのですか」 「熊野水軍は 「熊野権現様があれば、スサノオの神様を呼ぶ事ができるかもしれません」 「まさか。ヤマトゥからミャークまで、いくら、スサノオの神様が万能でも無理だと思うわ」 「無理かもしれませんが試してみます」 「わたしも会いたいから、スサノオの神様がやって来たら教えてね」 「勿論です。一緒にお酒を飲みましょう」 ウパルズは楽しそうに笑った。 ササたちはウパルズと別れて、池間のウプンマに従って、広場の周りにある六つのウタキにお祈りを捧げた。一番奥の崖下にあるウタキは母親のウムトゥ姫のウタキだった。勿論、ウムトゥ姫は留守だった。あとの四つはウパルズの娘のウタキで、残る一つは、三百年前の大津波のあとに『ナナムイウタキ』を再興したウプンマのウタキだった。四人の娘は、長女のイキャマ姫がウパルズの跡を継いで、次女は赤崎に行ってアカサキ姫になり、三女は ナナムイウタキを出ると、 「ようやく許してもらえたようじゃ」とクマラパは力なく笑った。 「お父様がウパルズ様とお話ができるなんて知らなかったわ」とタマミガが目を丸くして言った。 「あれ以来、怒られてばかりいたからのう、耳を塞いでいたんじゃよ」 「あたし、お父様を見直したわ」とタマミガが言うと、クマラパは嬉しそうな顔をして娘を見ていた。 「さっき、クマラパ様の事をクマラパーズって言ったけど、どういう事?」と安須森ヌルが漲水のウプンマに聞いた。 「クマラパ様は按司じゃないんだけど、三十年前の戦の活躍で、クマラパ 「成程、クマラパ按司か」と安須森ヌルは納得した。 池間のウプンマに見送られて、ササたちは狩俣へと帰った。 |
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