上比屋のムマニャーズ
途中、 ササたちに気づいて、みんなが集まって来たので、 「うまく行っているわ。取り引きもできそうよ。もう少し待っていて」と言って、空になった 『 崩れた石垣があって、 「 「与那覇バラ?」と 「与那覇の奴らという意味じゃ。残酷な事をする 「 クマラパはうなづいた。 「与那覇は二つあるんじゃよ。 「このグスクにウタキはありますか」とササは ウプンマは首を傾げた。 「ウタキはないじゃろう」とクマラパが言った。 「 「霊石ですか」とササが首を傾げた。 「先代の上比屋の女按司が造って、山頂まで運んで、大嶽按司の守護神として そう言って、クマラパは顔を歪めて首を振った。 グスク跡から出て、ササたちは山頂に向かった。眺めのいい山頂のすぐ下に、その霊石はあった。高さ五尺(約一五〇センチ)足らずで、直径四尺(約一二〇センチ)くらいの円柱の石だった。 「大嶽按司の守護神はどんな神様なんですか」とササはクマラパに聞いた。 「 「八幡様ならスサノオの神様だわ」とササは言った。 「 ササはうなづいて、「 みんなで草をかき分けて探し回った。 「これかしら?」とシンシン(杏杏)が見つけた。 小さな石の 「間違いないわ」とナナが嬉しそうに言った。 祠の周りの草を刈って綺麗にして、ササたちはお祈りを捧げた。神様の声は聞こえなかった。 霊石の前でお祈りをしていた漲水のウプンマも何も聞こえないと言った。 ササは空を見上げてから、腰に差していた横笛を袋から出して、安須森ヌルを見た。安須森ヌルはうなづいた。 ササは横笛を吹き始めた。 さわやかな調べが流れた。ミャークに来た喜びが軽やかな調べに現れていた。去年の暮れ、 皆、シーンとしてササの笛の音に聞き入っていた。 ササは吹き終わると空を見上げた。 「イシャナギ島(石垣島)まで聞こえたわよ」と声が聞こえた。 ユンヌ姫の声だった。 「帰って来たの?」とササは聞いた。 「何かあったのですか」とアキシノの声もした。 「熊野権現様を見つけたので、スサノオの神様を呼んでみたんだけど駄目だったみたい」 「イシャナギ島のウムトゥダギ(於茂登岳)の山頂にも熊野権現があったわ。あそこは高い山だから、あそこで笛を吹いたらお 「ウムトゥダギにもあったのね」とササは喜んだ。 「マシュー ササの曲とはまったく違った低音でゆっくりとした曲だった。安須森ヌルはミャークに来た喜びよりも、三十年前の 『 心に響き渡る 曲が終わると、「素晴らしいわ」とアキシノが涙声で言った。 「これを聞いたらお祖父様は必ずやって来るわ」とユンヌ姫は力強く言ったが、スサノオの声は聞こえなかった。 「すごいのう」とクマラパが言った。 「笛の音を聴いて泣けてきたのは初めてじゃ」 漲水のウプンマもタマミガも涙を拭きながら、尊敬の眼差しでササと安須森ヌルを見ていた。 「ありがとう」と神様の声が聞こえた。ヤマトゥ言葉だった。 「すまなかった」とクマラパが両手をついて謝った。 「なぜ、そなたが謝るんじゃ」 「佐田大人からこのグスクを守れなかった」 「そなたは狩俣にいたんじゃろう。たとえ、そなたが援軍を送ったとしても無駄死にしただけじゃ。奴らがミャークに来た時、わしは倅たちに充分に守りを固めさせた。もし、わしが生きていたとしても敗れてしまったじゃろう」 「大嶽按司様は博多の商人だったのですか」とササは聞いた。 神様は微かに笑った。 「博多で有名な商人の倅だったんじゃよ。しかし、三男だったからのう、船頭(船長)になって元の国まで行っていたんじゃ。 突然、大雨が降ってきた。空を見上げたら真っ黒な雲に被われていた。 ササたちは神様と別れて、クマラパのあとに従って、近くにあったガマ(洞窟)の中に逃げ込んだ。 ガマの中は白骨だらけだった。 「野ざらしになっていた亡くなった者たちを、このガマに葬ったんじゃよ」とクマラパは言った。 ササたちは亡くなった人たちにお祈りを捧げた。名もなき神様たちのお礼の言葉があちこちから聞こえた。 お祈りを済ませたあと、土砂降りの雨を眺めながら、 「神様が怒ったのかしら」とササが言った。 「神様も感激して泣いているんじゃろう」とクマラパが言った。 「最近、雨が降らなかったから 「お二人の笛には本当に感動いたしました」と漲水のウプンマが言った。 「わたしにも笛を教えてください」とタマミガがササに頼んだ。 ササはタマミガに笛を渡して、吹き方を教えた。 「大嶽按司様はミャークに来てからは、商売はしなかったのですか」と安須森ヌルがクマラパに聞いた。 「保良按司は 雨は 大嶽から下りて馬に乗って、佐田大人の船が座礁した与那覇湾に行き、港の近くにある『赤名ウタキ』に寄った。 赤名ウタキにはアカサキ姫の娘の『アカナ姫』の神様がいた。アカナ姫はササたちを歓迎してくれた。すでにユンヌ姫と会っていて、一緒にイシャナギ島まで行っていたらしい。 佐田大人が来た時の様子を話していた時、急にアカナ姫はウタキの外で待っていたクマラパを呼んだ。 「お お祈りを終えてウタキから出たあと、何の事ですかとササがクマラパに聞いたら、「何でもない」と言って教えてくれなかった。 「クマラパは佐田大人の船が与那覇湾で座礁したあとに台風が来た時、アカナ姫の力を借りて、船を破壊したのよ」とユンヌ姫が教えてくれた。 ササたちは驚いて、クマラパを見た。 「誰の声じゃ?」とクマラパが聞いた。 「ユンヌ姫様です。ウパルズ様のお母様の大叔母様にあたる神様です」 「琉球から神様まで連れて来たのかね。恐れ入ったよ。あの時、佐田大人に大嶽按司を倒してほしかったんじゃ。佐田大人が来た時、大嶽按司は具合が悪くて寝込んでいたんじゃ。余命幾ばくもない事はわかっていた。大嶽按司が亡くなったら倅どもが目黒盛を攻めて来る事もわかっていたんじゃよ」 「ウパルズ様にばれたら、また怒られますね」と漲水のウプンマが言った。 「アカナ姫様も追放されてしまうじゃろう。内緒にしておいてくれ」とクマラパは皆に頼んだ。 「ウパルズ様はきっと、その事もお見通しだと思うわ」と安須森ヌルが言った。 「きっと、そうね」とササも言った。 「本当?」とアカナ姫の心配そうな声が聞こえた。 佐田大人たちの本拠地だった与那覇村には生き残った家族たちが暮らしていた。皆殺しにしてしまえという声が多かったが、目黒盛は女子供に罪はないと言って許したという。 『赤崎のウタキ』は海に突き出た岩場の近くの森の中にあった。見るからに古いウタキで、霊気がみなぎっていた。 近くの集落に『赤崎のウプンマ』が住んでいて、一緒にウタキに入った。漲水のウプンマと赤崎のウプンマは同じ位の年齢で、同じ位の娘もいて、仲がいいようだった。 ササたちがお祈りを捧げると、 「琉球からアマミキヨ様の事を調べるために、ミャークまでやって来たなんて感心だわね」とウパルズの娘の『アカサキ姫』の神様は言った。 「アマミキヨ様はここからミャークに上陸したのですね?」とササは聞いた。 「残念ながらアマミキヨ様がミャークに来たかどうかはわからないわ。でも、アマミキヨ様の一族の人たちがここで暮らしていたのは確かだと思うわ。一千年前の大津波の前は、もっとウタキがあったはずなんだけど、今はここしかわからないの。琉球のように、浜川ウタキ、ミントゥングスク、 「アカサキ姫様は琉球に行った事があるのですか」 「母と一緒に行ってきたわ。ここに来る前にね」 「そうだったのですか。セーファウタキ(斎場御嶽)にも行ったのですね?」 「勿論よ。 「そうでしたか」 「でも、琉球に行ったのは一度だけ。また、行ってみたいわ。さっきの話の続きだけど、漲水ウタキのコイツヌ様とコイタマ様は、ここから移動して行ったアマミキヨ様の一族の人たちじゃないかしらと思うんだけど、はっきりとそうだとは言い切れないのよ。漲水のウタキも大津波でやられてしまったの。赤崎と漲水の間に古いウタキが残っていればいいんだけど、残念ながら見つけられなかったわ」 ササたちはアカサキ姫にお礼を言って別れた。赤崎の岩場から南の海を眺めながら、ササはさらに南の方に行ってみたいと思った。でも、ここより南の島ではきっと言葉も通じないのに違いない。琉球の言葉を知っている人はいないだろう。 「ササ、アマンの国を探しに行くつもりなの?」とシンシンが心配そうな顔をして聞いた。 ササは笑って首を振った。 「これより先は何があるかわからないわ。それより、 「あたしも行ってみたいと思っていたのよ」とナナが楽しそうに言った。 「旧港とジャワなら、 赤崎のウプンマの屋敷で昼食を御馳走になって、 赤崎から上比屋までは思っていたよりも遠かった。『上比屋グスク』に着いたのは グスクは 「ミャークで一番初めにグスクができたのがここじゃよ」とクマラパが言った。 「平家の落ち武者がミャークまで逃げて来て、ここにグスクを築いたのですね」と安須森ヌルが聞いた。 「そうじゃ。ここも クマラパの顔を見ると グスク内は思っていたよりも広く、石垣でいくつかに仕切られてあった。御門番に馬を預けて、広い庭の正面に見える 「あら、お久し振りですわね、お父様」と女按司はクマラパに言った。 通訳してくれたタマミガの言葉を聞いてササたちは驚き、クマラパと女按司を見比べた。親子と言われれば、そう見えない事もなかった。 「お久し振りです。お姉様」とタマミガが挨拶をした。 「お母さんは元気かね」とクマラパは女按司に聞いた。 「相変わらず、元気ですよ。 クマラパはササたちに説明して、行ってみるかねと聞いた。 ササたちはうなづいた。 女按司と別れて、ウタキに向かった。 「先代のお婆はあの娘がわしの子だという事を、ずっと内緒にしていたんじゃよ」とクマラパが言った。 「佐田大人を倒したあと、やっと、わしの娘だと打ち明けたんじゃ」 「どうして、内緒にしていたのですか」とササは聞いた。 「さあな」と言ってクマラパは首を振った。 森の中にあるウタキで、お婆がお祈りをしていた。いつもならウタキに入って来ないクマラパも、今回は何も言わずに付いて来た。 「琉球からいらしたお客様を連れて来たのね」と白髪頭のお婆は背中を向けたまま言った。琉球の言葉だった。 「ここの古い神様と話がしたいそうじゃ」とクマラパは言って、「平家の事も色々と詳しいぞ」と付け足した。 「わかりました。ミャークにいらした初代の按司様をお呼びいたします」 ササたちはお婆にお礼を言って、一緒にお祈りを始めた。 「ヤマトゥからミャークにやって来た『ハツネ』と申します」と神様の声が聞こえた。勿論、ヤマトゥ言葉だった。 安須森ヌルが自己紹介をしてから、「平家はミャークと交易をしていたのですか」とハツネと名乗った神様に聞いた。 「いいえ、していません。ミャークの事は熊野別当の 「もしかして、安徳天皇様をお連れしたのですか」 「いいえ、違います。わたしは 「 「えっ、あなたは誰なの?」 「あなたと一緒に厳島神社の内侍を務めていたアキシノよ」 「えっ、アキシノ‥‥‥あなたがどうしてミャークにいるの?」 「わたしは今、琉球にいるのよ。ササたちと一緒にミャークに来たのよ」 「アキシノが琉球に? あなたは小松の 「熊野から中将様と一緒に琉球に行って、中将様は 「中将様が生きていたなんて‥‥‥そうだったの。まさか、あなたに会えるなんて夢のようだわ」 「あなたは 「なったわ。でも、理有法師が福原殿(平清盛)を呪い殺すのを見て、恐ろしくなって逃げ出したのよ」 「よく理有法師に殺されなかったわね」 「弱みを握っていたし、理有法師の術を封じる術も身に付けたから大丈夫だったのよ」 「理有法師は壇ノ浦の合戦のあと、琉球に来て、ひどい事をしたのよ。理有法師を追って来た 「理有法師と朝盛法師が琉球で戦ったなんて‥‥‥見ものだったでしょうね」 「あなたが琉球に行っていたら理有法師と会っていたに違いないわ」 「そうね。神様のお陰で、会わずに済んだのね」 ハツネとアキシノは懐かしそうに昔の事を語り合っていた。 「神様のお邪魔はしない方がいいわね」とお婆は言って、お祈りを終えた。 振り返ってササたちを見たお婆の顔を見て、ササたちは驚いた。髪は真っ白なのに顔付きは若々しくて、とてもお婆とは呼べなかった。今でも美人だが、若い頃はすごく綺麗だったに違いない。クマラパが惚れるのもうなづけた。 『ムマニャーズ』と名乗った先代の按司に従って、森の中の細い道を通って海岸に出た。海岸に突き出た丘の上に屋敷があった。そこからの眺めは最高だった。 岩場と砂浜に囲まれた池のような入り江に船が何艘も浮かんでいた。小舟が多いが、明国風の船もあった。反対側を見ると透明度の高いイノー(礁池)の先に、島など一つもない大きな海が広がっていた。 ムマニャーズが御馳走とお酒を用意してくれたので、ササたちは素晴らしい景色を眺めながら酒盛りを楽しんだ。ターカウ(台湾の高雄)で手に入れた明国のお酒だという。ササたちがいつも飲んでいるヤマトゥのお酒よりも強いが、香りのいいお酒だった。 「クマラパ様に娘さんの事をどうして内緒にしていたのですか」と安須森ヌルはヤマトゥ言葉でムマニャーズに聞いた。 「跡継ぎは欲しかったけど、クマラパがそばにいると、うっとうしいと思ったからよ」とムマニャーズは琉球言葉で言って笑った。 「わしがうっとうしいじゃと」とクマラパがムマニャーズを睨んだ。 ムマニャーズは笑って、「あなたをここに縛り付けては置けないと思ったのよ」と言った。 「よくわからないけど、あなたは何かをやるためにこの島に来たから、それを邪魔してはいけないと神様に言われたのよ」 「神様って、初代の按司様の事ですか」 「そうよ。あとになってわかったけど、クマラパの役目はバラバラだった按司たちを結び付ける事だったのよ。佐田大人を倒したあと、目黒盛を中心にミャークは一つにまとまったわ。二度とあんな悲惨な目に遭う事はないでしょう」 「昔はヤマトゥと交易をしていたのですか」とササがムマニャーズに聞いた。 「ヤマトゥにも行ったし、琉球にも行っていたらしいわ。でも、わたしが生まれた頃はヤマトゥへも琉球にも行かなくなっていたわ。ヤマトゥも琉球も 「どうして一緒に行かなかったのですか」とササはクマラパに聞いた。 「わしはその時、 「その後も琉球に行ったのですか」と安須森ヌルがムマニャーズに聞いた。 「その時だけよ。一度行けば、与那覇勢頭は星の位置をちゃんと覚えたわ。ねえ、平家の事を教えてくれないかしら。神様から平家の事はよく聞くんだけど、わからない事が多いのよ」 「いいですよ。わたしが知っている事でしたら喜んでお話しします」 安須森ヌルはムマニャーズに平家の事を話した。ムマニャーズもクマラパも真剣な顔をして聞いていた。 |
大嶽グスク
赤名ウタキ
赤崎ウタキ
上比屋グスク