沖縄の酔雲庵

尚巴志伝

井野酔雲







神々の饗宴




 『ナルンガーラのウタキ(御嶽)』からマッサビの屋敷に戻ったササ(運玉森ヌル)と安須森(あしむい)ヌル(先代佐敷ヌル)は、ツカサたちと一緒にお酒と料理を持って『ウムトゥダギ(於茂登岳)』の山頂に向かった。

 クマラパと愛洲(あいす)ジルーたちはマッサビの夫のグラー、長男のマタルーと一緒に屋敷で酒盛りをしてもらう事にした。女子(いなぐ)サムレーのミーカナとアヤーも残って、この村に住んでいるガンジューという山伏とフーキチという鍛冶屋(かんじゃー)も加わった。

 ガンジューはターカウ(台湾の高雄)から来た熊野の山伏で、マタルーに武芸を教えていた。フーキチは奥間(うくま)の鍛冶屋で、マッサビが琉球に行った時に連れて来たという。奥間の鍛冶屋がイシャナギ島(石垣島)にいた事に驚き、ササたちは話を聞きたかったが、今は時間がないので、明日、また会いましょうと言って山に登った。

 日が暮れる前に山頂に着いた。山頂は山竹(やまだき)(リュウキュウチク)に被われていて、あちこちに大きな岩があった。『熊野権現(くまぬごんげん)』の石の(ほこら)の周りは綺麗に草刈りがしてあって、眺めもよかった。ただ思っていたよりも風が強く、夜になったら冷えそうだと心配になった。

「この熊野権現様はいつからここにあるのですか」と安須森ヌルがマッサビに聞いた。

「二百年くらい前だと思うわ。ミャーク(宮古島)の保良(ぶら)にやって来た熊野の山伏が、この山に登って熊野権現様を勧請(かんじょう)したようね」

「この島に、熊野権現様は他にもありますか」

 マッサビは首を振った。

「この山はこの島で一番高い山なので、この山に登った山伏はクン島(西表島)に行ったようです」

 そう言ってマッサビは、西に見える大きな島を指差した。

「クン島のクンダギ(古見岳)は西(いり)のウムトゥダギとも呼ばれていて、その山頂にも熊野権現様があるはずよ」

 ササは『クンダギ』にも登らなければならないと思いながらクン島を眺めていた。イシャナギ島とクン島の間に、島がいくつも見え、夕日に照らされて海は輝いていた。

「綺麗な眺めね」と言って若ヌルたちは喜んでいた。

 持って来た荷物を置いて、全員で熊野権現様にお祈りを捧げた。スサノオの神様の「遅いぞ」という声が聞こえて来ると思ったのに、何も聞こえて来なかった。

「おかしいわね。どこにいらっしゃったのかしら?」とマッサビが空を見上げた。

 ササはユンヌ姫を呼んでみたが、やはり返事はなかった。

「お料理を広げて、お酒を飲み始めれば、きっといらっしゃるわ」とササは言った。

 マッサビはうなづいてお祈りを終えると、ツカサたちに(うたげ)の用意をさせた。

 熊野権現様の前に(むしろ)を何枚も広げて、料理を並べて、みんなが車座になって、それぞれの酒杯(さかづき)に酒を満たしたが、スサノオの神様は現れなかった。

「何かあったのかしら?」と心配そうな顔をしてマッサビが空を見上げた。

「あっ!」とササが叫んだ。

「どうしたのよ」とシンシン(杏杏)が聞いた。

「笛を吹くのを忘れていたわ」

 安須森ヌルも気づいて、「肝心な事を忘れていたわね」と笑って笛を取り出した。

「『ヤキー(マラリア)』で亡くなった人たちを慰めましょう」

 安須森ヌルが吹き始めて、それにササが合わせて吹いた。

 神々しい『鎮魂(ちんこん)の曲』が夕暮れの山の中に響き渡った。

 高熱と闘って、苦しみながら亡くなっていった大勢の人たちの痛みを和らげる、心に染み渡る優しい曲だった。二人が吹く鎮魂の曲はすでに神様の領域に入っていて、人間(わざ)とは思えないほど素晴らしいものだった。

 マッサビを始め、ツカサたちは皆、感動して涙を流していた。何度も聞いているシンシン、ナナ、タマミガも涙を抑える事はできなかった。

「素晴らしいわ」と言ったのはウムトゥ姫だった。

 ササと安須森ヌルは心の中でウムトゥ姫にお礼を言って吹き続けた。

 曲が終わって笛を口から離しても、スサノオの声は聞こえなかった。

 突然、まぶしい光に包まれたと思ったら、『ウムトゥ姫』と『ノーラ姫』、ノーラ姫の六人の子供たちが現れた。長女の『二代目ウムトゥ姫』、次女の『二代目ノーラ姫』、三女の『ヤラブ姫』、長男の『テルヒコ』、四女の『クバントゥ姫』、五女の『メートゥリ姫』だった。

 思っていた通り、ウムトゥ姫は威厳があって、美しい神様だった。長い髪に青々とした葉で作った鉢巻きをして、古代の着物を着て、大きなガーラダマ(勾玉)を首から下げ、ヒレと呼ばれる長い布を肩から垂らしていた。池間島(いきゃま)のウパルズと面影がよく似ていた。

 ノーラ姫は優しそうな顔をした神様で、娘たちも皆、美人揃いだった。テルヒコは髭だらけの顔をしていて、武将という貫禄があった。

 ササがウムトゥ姫にスサノオの神様が現れない事を言うと、

八重山(やいま)には島がいくつもあるから、きっと島巡りを楽しんでいるのよ。もしかしたら、異国の神様と気が合って、一緒に遊んでいるのかもしれないわね」と笑った。

 ササは気軽にウムトゥ姫と話をしていたが、神様の姿を目の当たりにしたマッサビを始めとしたツカサたちは、恐れ多くて頭を上げる事ができずにひれ伏していた。若ヌルたちは眠りに就いていた。前回、眠っていたタマミガは神様の姿を見て感激し、ツカサたちを見倣ってひれ伏していた。玻名(はな)グスクヌルはツカサたちを見て、ササたちを見て、どっちに倣ったらいいのか迷っていた。

「皆さん、顔を上げてください。スサノオ様は堅苦しい事は嫌いみたいなので、普段通りにしてください」とウムトゥ姫が言って笑った。

 その親しみやすい笑顔にマッサビがお礼を言って、ツカサたちも恐る恐る顔を上げた。

 ウムトゥ姫が始めましょうと言って、皆で乾杯して宴は始まった。不思議な事に神様たちが現れたら冷たい風もやんだ。すでに日も沈んで星空が広がっていたが、ここだけは明るかった。

「異国の神様というのはどんな神様なのですか」と安須森ヌルがウムトゥ姫に聞いた。

「わたしがこの島に来た時、『メートゥリオン(宮鳥御嶽)』には石を積み上げて作ったお寺(うてぃら)があって、異国の神様が祀られていたわ。メートゥリオンの神様は『ミナクシ様』という女神様と、その夫の『スンダレ様』という神様で、南の国(ふぇーぬくに)が滅ぼされてしまって、王様の一族が神様と一緒に、この島に逃げて来たみたい。始めは石城山(いしすくやま)のガマ(洞窟)で暮らしていたんだけど、ある日、神様のお告げがあって、メートゥリオンの所に移って、お寺を建てたらしいわ。『クバントゥオン(小波本御嶽)』には、また別の神様が祀られていたのよ。わたしが直接、その神様から聞いたわけではなくて、村の首長で、ヌルのような人から聞いたんだけど、『ビシュヌ様』という太陽(てぃーだ)の神様とその奥さんの『ラクシュミ様』を祀っているって言っていたわ。クバントゥの人たちはこの島にお米を持って来た人たちだから、ラクシュミ様は豊穣の女神様なのよ」

「赤崎の神様は『サラスワティ様』という水と豊穣の女神様なのよ」とノーラ姫が言った。

「何年か前に名蔵(のーら)のブナシルがトンド(マニラ)に行った時、サラスワティ様を祀るお寺があって、そこにサラスワティ様の神像があったらしいわ。一緒に行った石城按司(いしすかーず)がその神像を絵に描いてきたの。水の神様ならナルンガーラにぴったりの神様なので、今、マッサビのお屋敷に飾ってあるわよ。あとで見るといいわ。不思議な事に手が四本もあって、見た事もない楽器を弾いているわ。もしかしたら、音曲(おんぎょく)の神様かもしれないわね」

「音曲の神様ですか」と安須森ヌルは興味深そうな顔をしてササを見た。

「そんな異国の神様も、この島にいらっしゃるのですか」とササは聞いた。

「いつもはいないわ。時々、遠い国からいらっしゃるみたい」

「この島に来た時、言葉が通じなかったって言っていましたけど、困ったのではありませんか」と安須森ヌルが聞いた。

「勿論、大変だったわよ」とノーラ姫は目を細めて、遠い昔を思い出していた。

「この島に来て、このお山に登ってから、母と一緒に島中を旅したのよ。危険な目にも遭ったけど、何とか乗り越えて来たわ。一番大変だったのは言葉の問題だったわね。とにかく、島の人とお話ができなければどうしようもなかったわ。旅をしてわかったんだけど、メートゥリオンの村が一番栄えていたの。今は登野城(とぅぬすく)って呼ばれていて、女按司(みどぅんあず)がいるわ。今でも登野城の城下が、この島で一番栄えているわね。スサノオ様から聞いたけど、あなたたちは琉球の馬天浜(ばてぃんはま)から来たんでしょう。登野城の女按司は琉球に行った時、馬天浜に行ってサミガー大主(うふぬし)と会って、登野城の若者を馬天浜で修行させて、鮫皮(さみがー)作りを始めて栄えたのよ。登野城の鮫皮はターカウやトンドで取り引きされているわ」

「サミガー大主はわたしたちの祖父です」とササが言った。

 ササも安須森ヌルも驚いていた。イシャナギ島で鮫皮を作っているなんて、まったく知らなかったし、イシャナギ島の人が馬天浜に来ていたなんて初耳だった。

「そうだったの」とノーラ姫は笑って話を続けた。

「わたしたちはメートゥリオンの村で言葉を覚えるために、しばらく暮らしたのよ。最初はよそ者だって嫌われていたけど、わたしたちはくじけなかったわ。やがて、言葉もわかるようになって、村の人たちとも仲よくなれて、わたしは夫と出会ったのよ。夫は女首長の息子で、『スンダレ』という神様と同じ名前を名乗っていて、強くて優しい人だったわ。御先祖様の『マタネマシズ様』は一年以上もお船に揺られて、ようやくこの島に着いたって言っていたわ。遙か遠い国からやって来たのよ」

「旦那様と出会ったノーラ姫様は、旦那様と一緒に名蔵に行って暮らすんですね?」と安須森ヌルが聞くと、

「名蔵で暮らすのはもっとあとの事よ」とノーラ姫は笑った。

「わたしたちは母と一緒に東海岸(あがりかいがん)の『玉取崎(たまとぅりざき)』に行ったのよ」

「玉取崎?」

「わたしたちが行った頃は、そんな名前はなかったんだけど、母が採った貝の中から綺麗な真珠(たま)が出て来て、それ以来、玉取崎と呼ばれるようになったのよ」

「真珠を採るためにそこに行ったのですか」

「何を言っているの。真珠なんて採ろうと思っても採れるものじゃないわ。材木を伐りに行ったのよ。あの辺りの山に舟の材料になる太い木がいっぱいあったの」

「たった三人で丸太を伐りに行ったのですか。当時は鉄の斧なんてなかったのでしょう」

「そうね。今、考えたら無謀だわね。石の斧で太い木を倒していたのよ。でも、あの時は必死だったわ。やらなければならないって、わたしも母も思っていたの。最初は三人でやっていたんだけど、だんだんと人が集まって来たわ。集まって来た人たちを見て、言葉ではうまく言えないけど、母は凄い人だと思ったわ。母が大きな真珠を見つけた事は島中の噂になって、母は生き神様ではないかと人々が母を慕って集まって来たのよ」

「その真珠は今でもあるのですか」

「マッサビがガーラダマと一緒に首から下げているわよ。あとで見せてもらうといいわ。玉取崎に移った翌年の夏、伐った木をみんなで池間島に運んだの。お礼としてガーラダマや、この島では手に入らない堅くて黒い石、織物などを手に入れて帰って来たのよ。皆、喜んでいたわ。丸太を池間島に持って行けば貴重な物が手に入るって噂になって、さらに人々が集まってきて、丸太の交易はうまく行ったのよ。わたしたちは玉取崎に十年くらいいたわ。長女のミナからテルヒコまでの四人の子は玉取崎で生まれたの。それから母は『ナルンガーラ』に行ってお屋敷を建てて、わたしたちは『名蔵』に落ち着いたのよ」

 安須森ヌルはノーラ姫から話の続きを聞いていたが、ササはアマミキヨ様の事を聞こうと思ってヤラブ姫のもとに行った。シンシンとナナも付いて来て、玻名グスクヌルとタマミガはノーラ姫の話を聞いていた。

 ウムトゥ姫は難しい顔をして、マッサビとヤキーの事を話していた。サユイは二代目のウムトゥ姫と話をしていた。ツカサたちは御先祖様の神様の所に行って、色々と聞いていた。

 ヤラブ姫の所にはヤラブダギのツカサ、崎枝(さきだ)のツカサ、川平(かぴぃら)のツカサがいたが、ササたちが来ると遠慮して話をやめた。

「アマミキヨ様の事ね」とヤラブ姫はササを見て笑った。

「祖母(ウムトゥ姫)に連れられて、わたしが『ヤラブダギ(屋良部岳)』に登ったのは十二歳の時だったわ。幼いわたしにとっては凄い山だった。山頂に大岩があって、その上で、『お前がこのお山を守るのよ』って祖母に言われたの。上の姉は祖母の跡を継いでウムトゥダギを守り、下の姉は母の跡を継いで名蔵を守り、わたしはこのお山を守るんだわって思って、嬉しくなったの。山頂でお祈りをして、お山を下りて『御神崎(うがんざき)』に行ったわ。岩場にユリ(ゆい)の花が一面に咲いていて、とても綺麗だった。奇妙な形をした岩がいくつもあって、岩の上でお祈りをしてから『赤崎』に行ったの。当時は『アーカサ』って言っていたわ。アーカサには南の国から来た人たちが暮らしていたの。わたしの父も南の国から来た人なんだけど、アーカサの人は別の国から来た人たちで、父とは違う言葉をしゃべっていて、全然わからなかったのよ。顔付きも違っていたわ。ヌルのような女の人がいて、その人がアーカサの首長だったの。言葉は通じないけど、祖母と心は通じたみたいだったわ。祖母は凄い人なのよ。人の心が読めるのよ。言葉なんて必要ないんだわ。孫のわたしから見たら、祖母は生きている神様に思えたわ。あの時、祖母は六十を過ぎていたのに、とても若くて、母のお姉さんに見えたの。ずっと若くて死ぬ事なんてないんだろうと思っていたのに、七十五歳で亡くなってしまったわ。あの時は本当に悲しかった。この島の人たちみんなが、祖母の死を悲しんでいたわ」

 当時を思い出したのか、ヤラブ姫は黙ってしまった。ヤラブ姫の気持ちなどお構いなしに、

「南の国の言葉で『アーカサ』って、どういう意味なんですか」とササは聞いた。

「えっ?」と我に返ったヤラブ姫はササを見て、

「『天』とか『神』とかいう意味だったと思うけど」と言った。

「アーカサが赤崎になったのですか」

「そうだと思うわ。あそこは少し飛び出ているから崎が付いて赤崎になったんじゃないかしら」

「十二歳の時からアーカサで暮らしていたのですか」

「そうじゃないわ。あのあと祖母のもとで修行を積んでから六年後よ。わたしは弟を連れてヤラブダギに登って、アーカサに行ったの。女首長が歓迎してくれて、わたしたちはアーカサに住んで言葉を覚えたのよ」

「神様の言葉もわかるのですか」

「御先祖様の神様の言葉はある程度わかるんだけど、サラスワティ様の言葉はよくわからないのよ。サラスワティ様は何年かに一度、御神崎に現れて、ヤラブダギの山頂にいらっしゃるの。わたしも何度かお会いしたんだけど、言葉はわからなかったわ。サラスワティ様の言葉は古い言葉で格式のある言葉らしいわ。当時の女首長もよくわからないって言っていたわ。でも、何となく、サラスワティ様のおっしゃりたい事は感じ取る事はできたのよ。サラスワティ様は山頂で、不思議な楽器を(かな)でるのよ。美しい曲で、その曲を聴くと争っていた人たちも争いをやめてしまう不思議な曲だったわ。最近はサラスワティ様もいらっしゃらなくなってしまって、あの曲も聴いていないわ。異国の神様の存在は忘れ去られてしまって、この島の人たちは皆、このお山の神様である祖母を敬うようになったのよ」

「アーカサに住んでいた人たちは、ミャークの赤崎に住んでいた人たちの一族なのですか」

「わたしはミャークの赤崎に行った事があるのよ。ウタキの神様とお話ししたんだけど、半分はわからなかったわ。言葉は似ているんだけど、うまく通じないのよ。神様が姿を現してくれたら、身振り手振りで通じたかもしれないけど、残念だったわ」

「アーカサに住んでいた人たちは、『アマンの国』から来た人たちではなかったのですね?」

「アーカサの人たちとメートゥリオンの人たちの言葉はまるで違うわ。アーカサとミャークの赤崎は似ている言葉なのよ。もしかしたら、同じ国の人たちなんだけど、離れた所に住んでいて、言葉が変化してしまったのかもしれないわね」

 突然、眩しく光ったと思ったら、ようやく、『スサノオ』の神様が現れた。『ユンヌ姫』、『アキシノ』、『アカナ姫』も一緒にいたが、見知らぬ神様も一緒にいた。

綺麗所(きれいどころ)が揃っておるのう」と嬉しそうに言ったスサノオは戦支度(いくさじたく)をしていた。古代の(よろい)を着て、鉢巻きをして、黄金(くがに)色の太刀を佩いていた。

「待ちきれなくて、始めてしまいましたよ」とウムトゥ姫が言うと、

「かまわん、かまわん」とスサノオは機嫌よく笑った。

「戦でもしていたのですか」とササが聞くと、

「前の格好は評判がよくなかったんで着替えたんじゃよ。この方がわしらしいようじゃな」

 スサノオは笑って、注がれた酒をうまそうに飲むと、見知らぬ神様を見て、「誰だか知らんが、羨ましそうな顔をして、ここを覗いていたんで連れて来た」と言った。

 見知らぬ二人の神様は何かをしゃべったが、異国の言葉だった。

「『ミナクシ様』と『スンダレ様』ですね」とノーラ姫が驚いた顔をして神様を見た。

 二人はうなづいて、ノーラ姫に話し掛けた。

 ノーラ姫が神様の言葉を訳して皆に聞かせた。

 生まれ故郷は滅ぼされてしまい、今は別の国で暮らしているけど、美しい笛の音に誘われてやって来たという。

 メートゥリ姫が二人のそばに行って酒を注いでやり、何やら話し掛けていた。

「やはり、知り合いの神様じゃったか」とスサノオはうなづいて、ウムトゥ姫を見ると、「ありがとう」とお礼を言った。

「わしはまったく知らなかったんじゃ。アマン姫の孫のビンダキ姫の娘が南の島にいると聞いた。妹のクミ姫と会って、姉のウムトゥ姫も南の島に行って楽しくやっているんじゃろうと思っていた。ササとマシュー(安須森ヌル)に呼ばれて、ミャークに行って驚いた。そなたの孫たちがあちこちにいて、その子孫たちも大勢いた。そして、この島にもそなたの孫たちがあちこちにいて、子孫たちも多い。八重山の島を巡ってみたが、どの島にも子孫がいた。わしは涙が出るほど嬉しかったぞ。そなたのような玄孫(やしゃご)を持って、わしは幸せ者じゃよ。本当にありがとう」

 ノーラ姫の娘たちが拍手をして、次々に酒を注ぎに来た。スサノオの事はノーラ姫の娘たちに任せて、ササたちは一人で酒を飲んでいるテルヒコの所に行った。

「場違いな所に来てしまったようです」とテルヒコは笑った。

「テルヒコ様には子孫はいらっしゃらないのですか」とササは聞いた。

「わしにもおるよ」とテルヒコは笑った。

石城按司(いしすかーず)はわしの子孫じゃ。しかし、わしの最初の妻は、わしの子を産む前に兄貴に殺されてしまったんじゃよ」

「えっ、兄貴って、実の兄にですか」と驚いた顔をしてナナが聞いた。

「ああ、そうなんだ。わしは若い頃、妹のクバントゥ姫と一緒にクバントゥの村に行ったんじゃ。よそ者扱いされて居心地は悪かったが、ある兄弟と仲よくなったんじゃ。その兄弟は幼い頃に両親を海で亡くして、神様なんか信じないと言って、村の人たちがウタキに集まっても、ウタキに行く事はなかったんじゃ。わしらはその兄弟から言葉を学んで、兄弟たちと一緒に暮らしたんじゃよ。三人兄弟で、兄はハツ、弟はサラ、妹はミズシといって、わしはミズシと仲よくなったんじゃよ。素直で可愛い娘じゃった。クバントゥ村に住んで三年目の夏の終わり頃、祖母が亡くなったんじゃ。わしは妹と一緒にナルンガーラに行って、祖母を弔い、その後、妹はクバントゥに帰ったが、わしは名蔵に残った。祖母が亡くなって、母も忙しくなって、名蔵の留守番を頼まれたんじゃよ。わしが留守番をしながら、ミズシの事を思っていたら、三兄妹が名蔵にやって来たんじゃ。三兄妹は名蔵が気に入って住み着く事になって、わしはミズシを妻に迎えたんじゃよ。あの時は幸せじゃった。ハツは相変わらず、神様なんて信じていなかったが、ミズシはウムトゥダギの神様になった祖母を信じていて、毎朝、ウムトゥダギに向かってお祈りをしていたんじゃ。祖母は凄い人じゃった。池間島との丸太の取り引きを始めて、この島を豊かにした。ツカサたちが代々大切にしているガーラダマはその時に手に入れた物なんじゃよ。クバントゥの女首長も、メートゥリオンの女首長も、アーカサの女首長も祖母の事は尊敬していた。祖母が亡くなった時は、各地の首長が皆、ウムトゥダギに集まって来たんじゃ。そして、皆が祖母をこの島の最高の神様として祀る事になったんじゃよ。ミズシを真似して、サラも祖母にお祈りをするようになって、それを見たハツが怒ったんじゃ。サラは気の弱い男で、兄には逆らえなかった。ハツは祖母の事も否定して、神様なんていないと言ったんじゃ。クバントゥの神様を信じないのは勝手じゃが、祖母の事を否定したハツは許せなかった。わしはハツと喧嘩をして、しばらく口も利かなかったんじゃ。何日かして、ハツが不思議な夢を見たから一緒に来てくれと言ってきた。一緒に山の中に入って行くと、見た事もないような大きな(やましし)が出て来たんじゃよ。わしとハツはその大猪を弓矢と(やり)で倒して、肉をみんなに配って御馳走になった。それから何日かして、ハツと一緒に海に行ったら、見た事もない大きな(いゆ)が波間に姿を現したんじゃ。わしらは海に飛び込んで、大魚と格闘して、ついに仕留めた。それから数日が経って、ハツがウムトゥダギに登ると言い出した。山頂で神様が待っていると言うんじゃ。いよいよ、ハツも神様を信じるようになったかと思って、わしも一緒にウムトゥダギに登った。山頂に行くと祖母が待っていた。神様になった神々しい祖母の姿が見えたんじゃ。神様になった祖母は若返って、美しい姿じゃった。わしは思わず、ひれ伏した。祖母がハツに何かを言ったようだったけど、わしには聞こえなかった。ハツはわけのわからない事をわめきながらお山を下りて行って、うちに帰ると寝込んでしまったんじゃ。心配してミズシも看病に行った。ハツはわけのわからない事をわめきながら苦しんでいた。そして、突然、(つるぎ)を抜いて、ミズシに斬りかかって殺してしまったんじゃよ」

「どうして、妹を殺したのですか」とササが聞いた。

 テルヒコは首を振った。

「ハツは正気ではなかった。虚ろな目をしていて、『こうなったのはミズシのせいだ』と言ったが、どうして、ミズシが殺されなくてはならないのか、わしにはわからなかった。ハツはもがき苦しみながら、殺してくれとわしに言った。妻の(かたき)だと、わしはハツを殺そうとした。剣を振り上げた時、突然、何かが光って、眩しくて、わしは目をつぶった。目を開けてみると、ハツは石になっていたんじゃよ」

「えっ、石になっていた?」

「そうじゃ。白い石の塊になっていたんじゃ。わしはミズシを弔って、二人で暮らした新居をウタキにした。それが『ミズシオン(水瀬御嶽)』じゃ。石になったハツは、朽ち果てた小屋の中に放ってあったが、ミズシがわしの夢に出て来て、『兄も充分に反省していますので、神様として祀ってください』と言ったんじゃ。わしは母と相談して、ハツを祀る事にした。それが『シィサスオン(白石御嶽)』じゃ。そこには今でも石になったハツがいる」

「そんなウタキがあったなんて知らなかったわ」

「マッサビも急いでいたので案内しなかったのじゃろう。『ノーラオン(名蔵御嶽)』の近くにミズシオンはある。シィサスオンは少し離れた所にある。ハツも神様になったら、村のために働いてくれている。元々、いい奴だったんじゃ。ただ、両親を一遍に亡くしてしまい、弟と妹を育てるのに苦労したんじゃろう。神様なんか信じたくないって意地を張っていたんじゃよ」

「生き残ったサラはどうなったのですか」とシンシンが聞いた。

「サラはウムトゥダギの神様を信じると言ってクバントゥに帰って行った。兄から解放されて、やっと自分の生き方を見つけたようじゃ。クバントゥに帰ってから二年後、クバントゥ姫と結ばれたんじゃ」

「そうだったのですか」とササたちはクバントゥ姫を見て、「よかったですね」と言った。

「サラはクバントゥ姫と結ばれてよかったが、わしは悲惨じゃった。突然、妻を失った悲しみから、なかなか立ち直れなかったんじゃ。あの頃のわしは、まるで抜け殻のようじゃった」

「立ち直れたのですか」

「立ち直ったのは五年後じゃ。わしは『バンナー山』に登ったんじゃ。あの山も古くから雨乞いの山じゃった。母が孫娘をあの山に送ろうと言ったので、わしは様子を見に行ったんじゃよ。バンナー山の南方(ふぇーぬかた)に『石城山(いしすくやま)』があった。石城山の事は父から聞いていた。メートゥリオンの御先祖様が石城山に住んでいたと聞いていたが、実際に見るのは初めてじゃった。凄い岩山で神々しい姿をしていた。わしは登ってみようと思った。そしたら、邪魔をする者が現れたんじゃ。弓矢を背負って、剣を持った勇ましい女じゃった。女は父と同じ言葉をしゃべって、この山は神聖な山だから登ってはいけないと言った。わしが父の名を言ったら女は驚いた顔をして、ウムトゥダギの神様の孫かと聞いてきた。女は祖母を知っていて、祖母を尊敬していた。祖母のお陰で、わしは許されて、その女と一緒に山に登った。女の案内で、御先祖様が暮らしていたというガマにも行った。その女はヌルのような女で、石城山を守っていたんじゃ。わしはその女、チャコという名前なんじゃが、チャコと結ばれて子孫を増やしてきたんじゃよ。今は石城山にグスクを築いて、按司を名乗っているマダニという男がいるが、わしの子孫なんじゃよ」

「チャコさんは素敵な人だったのですね?」とナナが聞いたら、テルヒコは照れ臭そうに笑って、

「そなたたちのような女子(いなぐ)のサムレーじゃったが、心の優しい女子じゃった」と言った。

 話を聞いていたツカサたちがはやし立てた。

「もう一度、笛を聞かせてくれんか」とスサノオがササと安須森ヌルに言った。

 二人はうなづいて笛を吹き始めた。華やかな饗宴にふさわしい華麗な曲が流れた。

 途中から琴のような調べが加わった。誰が弾いているのかわからないが素晴らしい演奏だった。ササと安須森ヌルはその演奏に負けないように必死になって笛を吹いた。

「『サラスワティ様』が弾いているのに違いないわ」とウムトゥ姫が言った。

「サラスワティ様というのは誰じゃ?」とスサノオがウムトゥ姫に聞いた。

「南の国からいらっしゃった赤崎の神様です」

「ほう。見事じゃのう」

 ササと安須森ヌルの笛とサラスワティのヴィーナという弦楽器の合奏がウムトゥダギの山々に響き渡って、山内に棲む様々な生き物たちが耳を澄まして聞き入っていた。





ウムトゥダギ(於茂登岳)



メートゥリオン(宮鳥御嶽)



クバントゥオン(小波本御嶽)



アーカサ(赤崎)



玉取崎



石城山




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