沖縄の酔雲庵

尚巴志伝

井野酔雲







化身




 『神様たちとの饗宴(きょうえん)』の翌朝、疲れ切って『ウムトゥダギ(於茂登岳)』の山頂から下りて来たササ(運玉森ヌル)たちは、ナルンガーラの屋敷に着くと倒れるように眠りに就いた。

 目を覚ましたササが縁側に出ると、すでに夕方になっていた。ササは縁側に座り込んで、静かに呼吸を整えた。

 昨夜(ゆうべ)、『スサノオの神様』に頼まれて笛を吹いたら、『サラスワティの神様』が演奏に加わってきた。演奏が終わったら、『サラスワティの神様』が現れて、『異国の神様』が次々に現れた。

 『サラスワティの神様』はきらびやかな異国の着物を着ていて、手が四本もあった。二本の手で三弦(サンシェン)を大きくしたような『不思議な楽器』を持っていて、残りの二本の手には数珠(じゅず)とお経のような物を持っていた。『サラスワティの神様』は常に楽器をつま弾いていて、心地よい曲が流れていた。

 踊り好きな肌の色が黒い神様もいた。鳥のような羽根を持って、(わし)のような顔をした神様もいた。笛の名人の神様も来て、ササたちは一緒に笛を吹いた。スサノオの神様は異国の神様とお互いに違う言葉で話し合っていたが、お互いに意味が通じているようで、楽しそうに笑っていた。

 二度目に笛を吹くまでの事ははっきりと覚えているのに、それ以後の事は、まるで夢の中の出来事のようで、ぼんやりとしていた。

 安須森(あしむい)ヌル(先代佐敷ヌル)が起きてきたので、その事を聞いたら安須森ヌルもはっきりと覚えていなかった。

「あたしたち、夜が明けるまで飲んでいたの?」とササは聞いた。

「飲んでいたと思うわ。夜が明ける頃、『スサノオの神様』が『シヴァの神様』と意気投合してどこかに行ったので、(うたげ)はお開きになったのよ」

「シヴァの神様?」

「踊り好きな神様がいたでしょ」

 ササは思い出した。ササたちの笛に合わせて、奇妙な踊りを踊っていた神様だった。

「『シヴァの神様』ってどこの神様なの?」

 安須森ヌルは首を傾げた。

「あたしたちの笛を聴いて、どこかから来たんじゃないの」

「その神様と一緒に踊っていた女神様もいたわ」とササが言った。

「シヴァの神様の奥さんよ。名前は覚えていないわ」

「ねえ、マッサビ様のお屋敷にある『サラスワティ様』の絵を見に行きましょう」

 ササがそう言って、二人は隣りの屋敷に向かった。縁側に愛洲(あいす)ジルーたちがいて、

「ようやく、お目覚めか」と笑った。

「マッサビ様はまだ眠っているようだ。俺たちも山頂まで行って来たんだ。風が強くて、あんな所によく一晩もいられたもんだと感心したよ」

「神様のお陰で、風はやんだのよ」とササは言って、マッサビの夫のグラーに頼んで、『サラスワティ』の絵を見せてもらった。

 掛け軸になって壁に飾ってある絵は思っていたよりも小さくて、縦が一尺(約三〇センチ)ほどだった。細い墨の線に淡い色が施されていた。『サラスワティ』は(はす)の花の上に乗って楽器を弾いていて、足下に白鳥が控えていた。それを見て、『サラスワティの神様』が白鳥に乗ってやって来たのをササは思い出した。それと同時に、クバントゥの神様の『ビシュヌ』と『ラクシュミ』が、『大きな鳥の神様』に乗って来たのも思い出した。

「やはり、手が四本もあるわね」と安須森ヌルが言って、「四本もあったら便利でしょうね」と笑った。

「四つの刀が持てるわ」とササは言ったが、「四つの刀を腰に差したら重すぎるわね」と笑った。

「この神様は『弁才天(べんざいてん)様』の元の姿じゃないかな」と二人の後ろでジルーが言った。

「『弁才天様』は熊野から吉野に行く奥駈道(おくがけみち)にある『弥山(みせん)』という行場(ぎょうば)に祀ってあるんだ。弥山の裾野の『天川(てんかわ)』に『弁才天社』があって、古くから『水の神様』として信仰されている。きっと、南の国の神様が仏教に取り入れられて、『弁才天様』になったんだよ」

 『弁才天様』というのは聞いた事があった。ササたちが奥間(うくま)のサタルーと一緒に京都から尾張(おわり)の瀬戸に行った時、琵琶湖にある竹生島(ちくぶしま)に『弁才天様』が祀ってあると案内してくれた斯波(しば)家のサムレーが言っていた。

「この島の『赤崎』の神様が『サラスワティ様』なら、『アマミキヨ様』の神様も『サラスワティ様』なのかしら?」と安須森ヌルが言った。

「明日、『赤崎』まで行って調べましょ」とササと安須森ヌルがうなづき合うと、

「俺たちはまた留守番か」とジルーがつまらなそうな顔をして聞いた。

 ササは笑って、「みんなでぞろぞろと行きましょう」と言った。

「そいつは楽しみだ」とジルーは喜んで指を鳴らした。

「この絵を描いたのは『テルヒコ様』の子孫の『石城按司(いしすかーず)』でしょ。絵がうまいのね」と安須森ヌルが言った。

「イシャナギ島(石垣島)の『イーカチ(絵画き)』ね」とササが笑った。

「『石城按司』も琉球に行っているから、琉球の絵も描いているかもしれないわ。あとで行って、見せてもらいましょ」

 シンシン(杏杏)とナナがやって来た。

「みんなはまだ眠っているわ」とナナが言った。

「神様たちとつき合ったから、身も心も疲れ切ってしまったのよ。マッサビ様でさえ、まだ眠っているもの」

「若ヌルたちはずっと眠っていたのに、よく眠れるわね」とシンシンが言った。

「眠っていても大勢の神様が近くにいたから疲れたんでしょう」と安須森ヌルが言った。

 ササたちはジルーたちと一緒に鍛冶屋(かんじゃー)の『フーキチ』に会いに行った。

「ミーカナとアヤーはどうしたの?」とササが聞いたら、

「村の娘たちに剣術を教えているんだ」とゲンザ(寺田源三郎)が答えた。

 『フーキチ』の作業場は沢の下流にあった。作業場では若い者たちが大勢、仕事に励んでいた。なぜか、『クマラパ』の姿もあった。フーキチはササたちに気づくと手を上げて、隣りの家で待っていてくれと言った。

 フーキチの奥さんは昨日、マッサビの屋敷で料理を作っていて、ササたちを隣りの屋敷に案内してくれた人だった。先代のフーツカサの(めい)で、先代が亡くなった時、十歳だった。フーツカサの跡を継げという話もあったが、池間島(いきゃまじま)から『マッサビ』が来てくれたので助かった。わたしには『シジ(霊力)』がないし、とても、『フーツカサ』なんて務められないと言って笑った。フーキチと出会ったのは十五歳の時で、出会った時に、この人のお嫁さんになるってわかったらしい。今は四人の子供に恵まれて、フーキチもみんなから尊敬されているので幸せだという。

 縁側で奥さんと話をしていたら、フーキチが帰って来た。

「奥間の鍛冶屋がイシャナギ島にいたなんて驚きましたよ」とササが言うと、

「わしの方こそ驚きました。琉球から女子(いなぐ)がこの島にやって来るとはのう。しかも、『王様(うしゅがなしめー)の娘』だというではありませんか。王様の娘が腰に刀を差してやって来るなんて、まったく腰が抜けるほど驚きましたよ」とフーキチは笑った。

「父が王様になれたのも奥間の人たちのお陰なんですよ」と安須森ヌルが言うと、フーキチは何の事だかわからないという顔をした。

「フーキチさんが琉球を離れた時、中山王(ちゅうさんおう)は誰でした?」とササが聞いた。

察度(さとぅ)殿でした。そなたたちは察度殿の跡継ぎのフニムイ(武寧)殿の娘さんなのでしょう」

 ササは首を振って、「フニムイを倒して、わたしの伯父が中山王になったのです」と言った。

「フニムイを倒した? 一体、誰がフニムイを倒して中山王になったのです? 中山王を倒すほどの兵力を持っていたのは山北王(さんほくおう)しかいないでしょう。まさか、山北王が中山王を倒したのですか」

「違います。フーキチさんは奥間から南部の佐敷に行った『ヤキチ』さんを知っていますか」と安須森ヌルが聞いた。

「ヤキチさんか‥‥‥懐かしいな。勿論、知っていますよ。『ヤキチ』さんはわしの師匠でした。わしの親父はわしが幼い頃に亡くなってしまって、わしと兄貴はヤキチさんから鍛冶屋の技を習ったのです」

「その『ヤキチ』さんは今、『玻名(はな)グスク按司』になりました。『玻名グスク』は奥間の人たちの南部の拠点になったのです」

「ヤキチさんが玻名グスク按司?」

 フーキチはわけがわからないといった顔で安須森ヌルを見て、ササを見た。

「『ヤキチ』さんはずっと『佐敷按司』を守っていました。佐敷按司は隠居していた父親と一緒に中山王のフニムイを倒して、隠居していた父親が『中山王』になったのです」

「ちょっと待ってくれ」とフーキチは昔を思い出していた。

「わしがこの島に来る三年前、奥間に佐敷から若按司が来ました。そして、若按司の息子が生まれると、『神様のお告げ』があったと奥間ヌル様が言って、その息子は長老が育てる事になったのです。そして、『佐敷の若按司』を守るために『ヤキチ』さんは佐敷に行きました。あの『若按司』が中山王を倒したというのですか」

「そうです。その若按司はわたしの兄で、中山王の跡継ぎであり、島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)でもあります」

「信じられん」とフーキチは首を振ってから、

「やはり、『奥間ヌル様』の言った事は正しかったんだな」と納得したようにうなづいた。

「わしはこの島に来る前、『ヤキチ』さんにお別れの挨拶をするために佐敷に行ったのです。佐敷グスクは小さなグスクで、どうして、ヤキチさんが佐敷の若按司を守らなければならないのか、わしにはさっぱりわかりませんでした。ヤキチさんに聞いたら、笑いながら、あいつは面白い奴だ。何か大きな事をやるかもしれないと言ったのです。そうでしたか、あの若按司が中山王を倒したのですか。そして、ヤキチさんが玻名グスク按司か‥‥‥」

 フーキチは楽しそうに笑っていた。

「それで、奥間にいる佐敷の若按司の息子さんはどうしているのですか」

「長老様の娘さんと一緒になって、長老様の跡継ぎになっています」

「今の長老様は『ヤザイム様』ですか」

「そうです」

「ヤザイム様には、わしと同い年の息子で、ヤタルーというのがいましたが、どうなりました?」

「ヤタルーさんは鍛冶屋の親方を務めています」

「奥間のために身を引いたのですね。奴らしいな」とフーキチは笑った。

 この島に来て二十四年の月日が過ぎ、フーキチは百人以上の弟子を育てて、各地に送り出していた。この事を知ったら奥間の長老様は喜ぶでしょうと言ったら、「急に故郷に帰りたくなってしまいました。琉球に帰る時、わしを乗せて行ってください」とフーキチは言った。

「ミャーク(宮古島)の『目黒盛豊見親(みぐらむいとぅゆみゃー)様』が琉球に船を出すって約束してくれました。毎年は無理でも一年おきに琉球に行く船が出るようになるでしょう。すっかり変わった琉球を見に行ってください」

「楽しみができた」とフーキチは笑って、妻を見ると、「お前も一緒に行こう」と言った。

 奥さんは嬉しそうに笑っていた。

 日が暮れてきたので、ササたちはフーキチ夫婦と別れて屋敷に戻った。

 マッサビもツカサたちも起きていた。

「昨夜は疲れたから栄養を付けなくちゃあね」とマッサビが言って、(やましし)の肉を御馳走になった。

 翌朝、ササたちはマッサビと別れて、ツカサたちと一緒に『名蔵(のーら)』に向かった。女子サムレーのミーカナとアヤーは村の娘たちに剣術を教えていたので、『ナルンガーラ』に残り、ゲンザとマグジ(河合孫次郎)も残った。マッサビの娘の『サユイ』は一緒に『赤崎』に行くと言ってついて来た。

 名蔵の女按司(みどぅんあず)、『ブナシル』の屋敷は集落から少し離れた高台の上にあった。それほど高くない石垣に囲まれたグスクで、中は広く、お客様用の大きな屋敷があった。『ウムトゥダギのお祭り』の時、各地のツカサが集まって来るので、そのための宿泊施設だった。

 ブナシルは留守番をしていた娘の『ミッチェ』をササたちに紹介した。母親と同じように女子サムレーの格好をしていて、ナナと同じ位の年齢に見えた。

「わたしのお師匠です」とサユイが言った。

「お師匠は『弓矢の名人』なのです」

 玻名グスクヌルに若ヌルたちの稽古を頼んで、ササ、安須森ヌル、シンシン、ナナはミッチェとサユイの案内で、『シィサスオン(白石御嶽)』と『ミズシオン(水瀬御嶽)』に向かった。

 『シィサスオン』はブナシルの屋敷と集落の中程にあった。こんもりとした森の中に、『白く細長い石』が祀ってあった。

「昔、『ハツガニ』という神様を信じない人がいて、『ウムトゥダギの神様』に『石』にされてしまったようです。『石』になってからは『強いシジ(霊力)を持つ神様』になられて、重い病に罹った時や『マジムン(悪霊)』に取り憑かれた時、ここでお祈りをすると治ると言われています」とミッチェは説明した。

 『ハツ』という名前に、いつしか『カニ(金)』という尊称がついたらしい。七尺(約二メートル)近くもありそうな石で、ハツガニは大男だったようだ。

 ササたちはお祈りをした。

「琉球から来たそうじゃのう」と神様の声が聞こえた。

 クバントゥの言葉ではなく琉球の言葉だった。

「琉球の言葉がわかるのですか」とササは聞いた。

一昨日(おととい)の夜、覚えたんじゃよ」と神様は言った。

 ササたちには神様の言っている事が理解できなかった。

「一昨日の夜、一緒に笛を吹いたじゃろう。わしは『ビシュヌ』じゃ」

 ササたちは思い出して驚いた。色黒の目鼻立ちのくっきりしたいい男で、初めのうちは異国の言葉をしゃべっていて何を言っているのかさっぱりわからなかった。『スサノオ』と話をしているうちに、片言の琉球の言葉をしゃべるようになって、その後、すっかり言葉を覚えたようだが、クバントゥの神様の『ビシュヌ』がどうして、ここにいるのかわからなかった。

「わしの特技は『化身(けしん)』となって、人間界に現れる事なんじゃよ」

「もしかしたら、『ビシュヌ様』が『ハツ』になって、この島に現れたのですか」とササは聞いた。

「そうじゃ。弟の『サラ』は『ガルーダ』の化身で、妹の『ミズシ』は『ラクシュミ』の化身じゃ」

「『ラクシュミ様』はお会いしましたが、『ガルーダ様』は知りません」

「何を言っておる。わしらが乗って来た鳥が『ガルーダ』じゃよ」

 鷲の顔をした鳥の神様だったのかとササは納得した。

「どうしてビシュヌ様が、神様を信じない者に化身したのですか」

「『ウムトゥ姫』は素晴らしい人間じゃった。バラバラだったこの島を見事に一つにまとめた。『この島の神様』として、ずっと、人間たちから敬われなければならないと思ったんじゃ。人間というのは愚かな生き物だから、昔の事など、すぐに忘れてしまう。『ウムトゥ姫』の神様としての力を何か形として残さなくてはならないと思ったんじゃ。そこで、『ウムトゥ姫』の命が残りわずかだと知ったわしは、『ハツ』になって、この島に現れたんじゃよ。そして、ウムトゥ姫の孫の『テルヒコ』と出会って、一緒に『名蔵』に来たというわけじゃ。『ウムトゥダギの神様』を信じないと『石』になってしまうぞと人間たちにわからせるために、『石』になったままの『ハツ』をここに祀っているんじゃよ」

「どうして、妹の『ミズシ』さんを殺したのですか」

「それは、テルヒコが『ミズシ』に惚れちまったからじゃ。『ラクシュミ』はわしの妻じゃ。いつまでも人間界に置いておくわけにはいかんのじゃよ」

「『サラ』さんはクバントゥ姫様と一緒になりましたけど、それでよかったのですか」

「『ガルーダ』に聞いたら、ガルーダもクバントゥ姫に惚れたという。わしらにずっと仕えてきたから、ちょっと息抜きをさせてやったんじゃよ。お陰で、『ガルーダの子孫』がこの島で増える事になった。奴は時々、この島にやって来て、子孫たちの様子を見るようになったんじゃ。今回も、ガルーダが『ウムトゥダギの神様たちの饗宴』に気づいて、わしらを連れて来てくれたんじゃよ。いつもなら、わしはここにはおらんが、お前たちが来ると思って待っていたんじゃ。『ミズシオン』にも行くんじゃろう。『ラクシュミ』が待っているよ」

「『ガルーダ様のウタキ(御嶽)』はあるのですか」と安須森ヌルが聞いた。

「『サラとクバントゥ姫のウタキ』は『クバントゥオン(小波本御嶽)』の近くにあったんじゃが、いつしか忘れ去られてしまったようじゃ。それがあるから、わしはここに石を残したんじゃよ」

 『クバントゥ姫』が生きていたのは一千年も前の事だった。忘れ去られた『ウタキ』が、他にもいくつもあるような気がした。

 『ビシュヌ』と別れて、ウタキを出たあと、

「『シィサスオンの神様』はいつもはいらっしゃらないのですか」とササはミッチェに聞いた。

「いらっしゃいません。時々、いらっしゃいますが、古い言葉を使うので理解できませんでした。神様が琉球の言葉を話すのを初めて聞きました。『シィサスオンの神様』も一昨日の夜、お山に行ったなんて驚きです。わたしも行けばよかったわ。ツカサたちも一緒に行くって聞いたので、わたしは遠慮したのです。ツカサたちはわたしの顔を見ると文句ばかり言うのです。武芸ばかりやっていて、ツカサとしてのお勤めをおろそかにしているってね。決して、おろそかにしているわけではないのですが、ツカサたちにはそう見えるようです」

「琉球ではヌルは武芸を身に付けなければならないと思われています。わたしは若ヌルの頃、武芸とヌルとしてのお勤めを同時に母から教わりました。それが当然の事だと思っていたのです。でも、武芸をやる母が特別なヌルだったのです。母は最高のヌルとして、ヌルたちに慕われています。皆、母を見倣って武芸を身に付けています。当然、わたしの弟子の若ヌルたちは武芸に夢中になっています。ミッチェさんが『新しいツカサの姿』を作ればいいのです。そうすれば、皆、ミッチェさんを見倣って武芸を始めるでしょう」

「ありがとう。自信が湧いてきたわ」とミッチェは嬉しそうに笑った。

 名蔵の集落を抜けて、『ノーラオン(名蔵御嶽)』の森の左側にある森が『ミズシオン』だった。こんなに近くなら、『ノーラオン』にお祈りした時に寄ればよかったと思ったが、きっと、あの時は神様はいらっしゃらなかったに違いなかった。

 『ミズシオン』には黒っぽい石が置いてあった。人がうずくまっているような形の石だった。『ミズシ』さんも石になったのかしらとササが思っていると、

「違うわよ」と『神様』の声が聞こえた。

「この石はわたしとテルヒコが、いつも腰掛けてお話をしていた『思い出の石』なのよ」

「どうして、『テルヒコ様』と一緒に残らなかったのですか」とササは聞いた。

「残ってもよかったんだけど、テルヒコはあのあと、石城山(いしすくやま)の『チャコ』と出会う事になっていたの。わたしが邪魔をしてはいけないと思って、去る事にしたのよ。それでよかったと思っているわ」

 ササは神様の声を聞いて、一昨日の夜の『ラクシュミ』を思い出した。真っ赤な着物を着ていて、物凄い美人だった。テルヒコが驚いて、ポカンと口を開けたまま『ラクシュミ』を見つめていた。二人は再会を喜んで、親しそうに昔話に花を咲かせていた。

「『クバントゥ』の人たちは、どこからこの島に来たのですか」と安須森ヌルが聞いた。

「クバントゥの御先祖は『タルファイ』と『マルファイ』という兄妹で、大陸の南の方(ふぇーぬかた)、今、『チャンパ(ベトナム中部)』という国がある辺りから来たのよ」

 『チャンパ』という国はシーハイイェン(パレンバンの王女)から聞いた事があるが詳しい事はわからなかった。

「もしかしたら、『クメー』という国ではありませんか」とササは聞いた。

 何となく、『久米島(くみじま)』にお米を持って来た『クメー』の国の人と『クバントゥ』の人がつながりがあるような気がした。

「そう、『クメール』という国よ。そんな昔の事をよく知っているわね」

「『クメール』ですか」とササは呟いた。

 『久米島』にお米を持って行った人たちも『クメール』の人に違いないと思った。

「『クメール』は滅ぼされて、人々はあちこちに逃げて行ったの。『タルファイ』と『マルファイ』は一族を引き連れて、『お米』を持って、この島にやって来たのよ。でも、逃げないでじっと我慢をしている人たちもいたのよ。その人たちはやがて、新しい『クメール王国』を築くのよ。今も『クメール王国』はあるわ。わたしたちを祀った立派なお寺(うてぃら)がいくつもあったんだけど、今は仏教のお寺になってしまったわ」

「琉球の近くに『久米島』という島がありますが御存じですか」

「さあ、知らないわ」

「『久米島』は『クメール』の人たちが来て、『クメール島』と名付けたのではないかと思ったのですが知りませんか。久米島で一番高い山にあるガマ(洞窟)に古い神様がいらっしゃって、言葉はわからないのですが、『クメー、クメー』と何度も言っていたのです」

「わたしにはわからないわ」とラクシュミは言ったが、

「『シヴァ』から聞いた事があるぞ」と『ビシュヌ』の声が聞こえた。

「『久米島』に行ったのは『シヴァ』を祀っていた『クメール』の人たちじゃ。久米島には『リンガ』と『ヨーニ』があるはずじゃ」

「『リンガ』と『ヨーニ』って何ですか」

「『リンガ』は男のアレで、『ヨーニ』は女のアレじゃよ」

 確かに久米島には『男子岩(いきがいわ)』と『女子岩(いなぐいわ)』があった。

「同じ国なのに、違う神様を祀っていたのですか」

「どの神様を信じるかは人それぞれじゃからのう」

「『ビシュヌ様』と『ラクシュミ様』は滅ぼされた『クメールの国の神様』だったのですか」

「わたしたちはもっと遠い南の国(ふぇーぬくに)の神なのよ。その国も争いが絶えなくて、いくつもの国が建国されては滅んで行ったわ。今は『ヴィジャヤナガル王国(インド南部)』というのが栄えているわ。『タルファイ』と『マルファイ』の頃は『アーンドラ王国』というのがあって、盛んに交易をしていたのよ。お陰で、わたしたちも各地に広まっていったの。『シヴァ』も『サラスワティ』も『アーンドラ王国』から各地に広まって行ったのよ。『アーンドラ王国』は『クメール』とも交易していて、『タルファイ兄妹』はわたしたちを『守護神』として祀っていたの。この島に来てからもわたしたちを頼りにしてくれていたのよ」

「今はどこに住んでいらっしゃるのですか」

「『マジャパイト王国』にいる事が多いわね。あそこには大きなお寺がいっぱいあるし、わたしたちを頼りにしている人たちも多いのよ」

「『マジャパイト王国』って『ジャワ』の事ですよね。王女の『スヒター』を御存じですか」

「勿論、知っているわ。『スヒター』のお友達の『ラーマ』はわたしとお話ができるのよ。実はね、あなたの事は『ラーマ』から聞いていたの。一度、会ってみたいと思っていたのよ」

「ありがとうございます。『ジャワ』にお帰りになったら、『ラーマ』によろしくお伝えください」

 ラクシュミ、ビシュヌと別れたササたちは、『ノーラ姫』に一昨日の夜のお礼を言うために『ノーラオン』に向かった。

「『ラクシュミ様』と『ビシュヌ様』が『ジャワ』にいらっしゃるなんて驚いたわね」とシンシンが言った。

 ササはうなづき、目を輝かせて、「『ジャワ』に行かなくちゃね」と言った。

「『久米島』にお米を持って来た人たちも『クメールの国』の人だったのね」と安須森ヌルがササに言った。

「『クバントゥ』の人たちと同じ国の人たちだったんだわ」とササはうなづいた。

 『ミッチェ』と『サユイ』は神様の言った事が衝撃だったらしく、この事を『マッサビ』や『ブナシル』に話した方がいいのか悩んでいた。

「あの二人には話した方がいいわ」と安須森ヌルが言った。

「ツカサたちに話すかどうかは、あの二人が決めるでしょう」

 ミッチェもサユイも安須森ヌルを見て、うなづいた。

 『ノーラオン』で『ノーラ姫』にお礼を言うと、「わたしたちの方がお礼を言うべきだわ」と言った。

「あなたたちのお陰で『異国の神様』たちとお話ができたわ。母が亡くなったあと、テルヒコの友達が名蔵にやって来て、神様を信じなかった『ハツ』が『石』になってしまった事が、ずっと謎だったのよ。わたしは母がやったんだと思っていたけど、母は違うって言っていたの。『ビシュヌ様』のお話を聞いて、やっと、長年の謎が解けたのよ。母も『ビシュヌ様』にお礼を言っていたわ。ありがとう。『サラスワティ様』が『ヤラブダギ』で待っているわ。『サラスワティ様』からお話を聞けば、『赤崎』の謎も解けるはずよ」

 ササたちはノーラ姫と別れて、ブナシルの屋敷に戻った。

 熊野の山伏、『ガンジュー』が待っていて、「話があったのに、さっさと帰ってしまうなんてひどいですよ」と言った。

「話って何ですか」とササが聞いたら、

「俺の事、覚えていないのですか」とガンジューは言った。

 ササも安須森ヌルも首を傾げたが、ナナが思い出して、「あの時の山伏ですね」と言った。

「えっ、誰なの?」とササがナナに聞いた。

「熊野の本宮(ほんぐう)の『宿坊(しゅくぼう)』にいた人よ。あたしたちから琉球の話を聞いて、『琉球』に行ってみたいって言っていたわ」

 ガンジューは嬉しそうな顔をしてうなづいていた。

 ササも安須森ヌルもシンシンも思い出して、ガンジューを見て、「あの時の‥‥‥」と言って笑った。

「でも、どうして、この島にいるの?」とササは聞いた。

 ササたちが二度目に熊野に来て、帰って行く時、『福寿坊(ふくじゅぼう)』という山伏を琉球に連れて行くと言った。ガンジューも一緒に行きたかったが、まだ修行中の身で勝手な事はできなかった。それでも、日が経つにつれて、『琉球』に行きたいという気持ちを抑える事はできず、『奧駈行(おくがけぎょう)』をすると嘘をついて熊野を抜け出して博多に向かった。博多に『琉球の船』はまだ泊まっていた。しかし、近づく事はできず、ササたちとも会えなかった。『琉球の船』は帰ってしまったが、ガンジューは諦めず、『琉球』に行く船を見つけて乗り込んだ。ところが、その船は『琉球』ではなく『ターカウ(台湾の高雄)』に着いた。ターカウから『ミャークの船』に乗って、この島に着いたのが今年の夏で、それ以来、この島にいるという。

「『ミャーク』まで行っても『琉球』には行けないと聞いたので、この島にいる事にしたのです。『ウムトゥダギ』に『熊野権現様』もありますし。ところで、熊野の神様の『スサノオ様』がこの島に来たと聞きましたが本当なのですか」

「本当よ。でも、話をすると長くなるから後にしてね。これから『ヤラブダギ』に登らなければならないの」

「『ヤラブダギ』なら登った事があるので、案内しますよ」

「それじゃあ、頼もうかしら」

「ねえ、どうして、『ガンジュー(頑丈)』って呼ばれているの」とナナが聞いた。

「俺の名前は『願成坊(がんじょうぼう)』なんですよ」

「成程」とササたちは笑った。





ノーラオン(名蔵御嶽)



ナルンガーラ




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