タキドゥン島
スサノオは五日間も目覚める事なく寝込んでいたが、見事に快復して、 ササたちはメートゥリオン(宮鳥御嶽)とクバントゥオン(小波本御嶽)に行きたかったが、マッサビは許さなかった。スサノオがヤキー(マラリア)を退治したといっても、まだ安全とは言えない。ヤキーを琉球に持って行くのは絶対に避けなければならなかった。 ササたちも諦めて、クマラパと一緒にミッチェの父親の ササたちは タキドゥン島は昔、マイヌシマ(前の島)と呼ばれていて、メートゥリ姫の娘がマイヌシマに渡ってマイヌ姫を名乗ったという。マイヌ姫の子孫たちが静かに暮らしていた島に、三十年ほど前、琉球からサムレーがやって来た。島に上陸したサムレーたちは、 三十年前はササは生まれていないし、安須森ヌルは十歳前後だった。どうせ知らない人だろうが、近くまで来たのだから挨拶をしていこうと思っていた。 いい天気で気持ちよかった。若ヌルたちはキャーキャー言いながら舟を漕いでいた。 島の北側にある タキドゥン按司が掘ったというウリカー(降り井戸)を挟んで、東側と西側に集落があった。東側が古いニシバル(北原)の集落で、西側がタキドゥン按司が造った 「通ってもいいけど、多すぎるって言っているわ」とミッチェが言った。 ササはクマラパと相談した。クマラパもこの島に来たのは初めてだったが、タキドゥン按司とは会った事があり、人柄も知っていて、大丈夫じゃろうと言った。 「何かあったら笛を吹け。神様が助けに来るじゃろう」と笑った。 ササ、 屋敷の裏門から外に出ると、また石垣で囲まれた別の屋敷に入り、その屋敷の裏門を抜けるとまた別の屋敷に入った。この集落には道というものがなく、他人の屋敷を抜けて、目的の屋敷まで行かなければならなかった。裏門が二つある屋敷もあって、その家の人に聞かなければ、按司に会う事はできない。まるで、迷路の中を歩いているようだ。いくつもの屋敷を抜けて、ようやく、奥の方にある按司の屋敷にたどり着いた。 按司は二代目だったが、琉球の言葉がしゃべれた。ミャークの 「父が話がしたいと待っています」と按司は言った。 「異国に行けば、同郷の者に会いたくなるもんじゃよと父は笑って言いました。隠居した父の屋敷は隣りです。案内しますよ」 按司の案内で石垣の向こう側にある屋敷に行くと、老人が庭の木の手入れをしていた。按司が老人に話し掛けると、老人は笑って、「ようやく、来てくれたか。歓迎するぞ」と琉球の言葉で言った。 ササたちは屋敷に上がって、奥さんが出してくれたお茶を飲みながら老人の話を聞いた。部屋に水墨画の掛け軸が飾ってあって、その景色が何となく見た事があるような気がすると安須森ヌルは思っていた。 「そなたたちが琉球から来て、名蔵の 「はい。わたしが娘で、ササは姪です」と安須森ヌルが答えた。 「 ササと安須森ヌルは今の琉球の状況を簡単に説明した。 「佐敷按司が 信じられないと言った顔で、老人は二人を見ていた。 「あっ!」と安須森ヌルが叫んで、水墨画を指差した。 「 ササ、シンシン、ナナも驚いた顔をして水墨画を見て、「本当だわ」と言って老人を見た。 「どうして、馬天浜の絵が飾ってあるのですか」と安須森ヌルが聞いた。 「わしの 「えっ!」とササたちはポカンとした顔で老人を見ていた。 安須森ヌルは、もしかしたら会った事があるのかしらと思っていた。 「正確に言えば、馬天浜ではなくて、山の上にあるグスクがわしの故郷じゃった」 「えっ!」とササたちはまた驚いて、老人を見つめた。 「 老人はうなづいた。 「それでは、佐敷按司も御存じなのですね?」 「わしが琉球を離れる時、佐敷按司なんていなかったんじゃよ。馬天浜には 「佐敷按司の娘がわたしで、馬天ヌルの娘がササです」と安須森ヌルが言った。 「なに!」と今度は老人が驚いた顔をして、佐敷ヌルとササを見た。 「そうじゃったのか‥‥‥そなたたちはサミガー大主の孫じゃったのか」 そう言って老人はうなづいて、「そういえば、そなたは若い頃の母親に似ておるのう」と言った。 「母を知っているのですか」とササは聞いた。 「琉球にいた頃も会ったし、この島から琉球に行った時も会った。相変わらず、 あの時に来ていたのかと安須森ヌルは、当時を思い出した。その年の前年、安須森ヌルは佐敷ヌルになって、佐敷グスクの 「あなたは島添大里のサムレーだったのですか」と安須森ヌルは聞いた。 「サムレーかと聞かれれば、サムレーかもしれん。わしは水軍の大将じゃったからのう」 そう言って老人は楽しそうに笑った。 「水軍の大将と言えば勇ましい武将を思い浮かべるじゃろうが、わしは海で 「 老人はうなづいてから、 「だがのう、わしは島添大里按司の長男だったんじゃよ」と言った。 「えっ!」とササと安須森ヌルはまた驚いた。 いつの頃の話なのか、二人にはよくわからなかった。 「わしの父親は察度に攻められて戦死したんじゃ。祖父も 「タキドゥン島の『タキドゥン』はあなたの名前だったのですか」 「そうじゃよ。誰が呼び始めたのかは知らんが、この島は『タキドゥンの島』と呼ばれるようになったんじゃ。わしは『タキドゥン』と呼ばれるようになって、何となく窮屈な思いをしていたんじゃ。ただ一つの楽しみは絵を描く事じゃった。読み書きを教えてくれた禅僧から教わったんじゃよ。十六歳になった時、わしは子供の頃の夢を思い出して、船乗りになりたいと按司に言ったんじゃ。そしたら按司は、昔、馬天浜にミャークという 「ヤンバルの木を勝手に伐ったりして、 タキドゥンは笑った。 「今帰仁とは反対側じゃ。陸路はないし、今帰仁にはわかるまい。それに、わしらがヤンバルの木を伐っていたのは遙か昔からの事なんじゃよ」 「夢をかなえて、南の島に来たのは、何かきっかけがあったのですか」とササが聞いた。 「きっかけは按司の急死じゃよ。わしが船頭になってから三年目の春、義兄が急に亡くなってしまったんじゃ。そして、側室が産んだ長男と姉が産んだ次男が家督争いを始めたんじゃ。家臣たちも二つに分かれて争いを始めたんじゃよ。側室の実家の 「サスカサさんは生き残りました」とササが言った。 「サスカサ‥‥‥おう、姉の長女じゃな。幼い頃からシジ(霊力)の高い娘じゃった。そうか、生き延びたのか」 「今はわたしの兄が島添大里按司で、兄の娘がサスカサさんの指導で、サスカサを継ぎました」と安須森ヌルが言った。 「そうか。今も無事なんじゃな?」 「今は山グスクヌルを務めています」 タキドゥンはよかったというようにうなづいた。 「そして、サシバのあとを追って来たのですね?」とササが聞いた。 「そうじゃ。ミャークではなくて、イシャナギ島(石垣島)に来てしまったが、この島に落ち着いたんじゃよ」 「 「わしらは毎年、半年以上もヤンバルの山の中で暮らしていたんじゃよ。近くに川があればいいが、川がない場合もある。そんな時は地下の水脈を探して井戸を掘るんじゃ。長年の感で、土地の様子を見れば、どこに水脈があるのかわかるようになったんじゃよ。お陰で、島人たちに神様扱いされて参ったがのう。この島の人たちはいい人たちばかりだったんで、この島に落ち着く事に決めたんじゃ」 「この石垣で囲まれたグスクは、どうして造ったのですか」 「ミャークを襲った 「ウリカー(降り井戸)の向こう側の 「こっちが終わったら、向こうもやるつもりじゃった。しかし、ミャークの倭寇も全滅したと聞いて、やるのはやめたんじゃよ。この石垣は敵から守るのにはいいんじゃが、生活するにはまったく不便じゃ」 「確かに」とササたちは笑った。 「もし、敵が攻めて来たら、ニシバルの者たちはこっちに避難してくればいいんじゃよ。それにしても、サミガー大主の孫たちが、この島にやって来るとは驚いた。しかも、サミガー大主の倅と孫が、わしらの 「 「わしが馬天浜まで連れて行ったんじゃよ」 タキドゥンは急に思い出し笑いをして、 「 「はい。父の弟で、サムレーたちの総大将を務めています」 「そうか。ドゥナン島(与那国島)には行くのかね?」 「行くつもりですが」 タキドゥンはまた笑って、 「ドゥナン島で驚く事が待っているじゃろう」と言った。 苗代大親とドゥナン島に何の関係があるのか、さっぱりわからなかった。タキドゥンは笑ってばかりいて教えてくれなかった。 「この村にもツカサはいますか」とササは聞いた。 「わしの娘がツカサになったんじゃよ。ツカサの屋敷は按司の屋敷の向こう側じゃ」 お礼を言って別れようとしたら、 「今晩、泊まっていかんかね。もう少し話を聞きたいんじゃ」とタキドゥンは言った。 ササと安須森ヌルももっと話を聞きたいと思っていた。二人がミッチェを見ると、大丈夫よというようにうなづいた。 「喜んで、お世話になります」とササは言った。 タキドゥンは嬉しそうな顔をして、奥さんを見た。奥さんも嬉しそうな顔をしていた。 ツカサの屋敷に行くと、若ツカサのキリがいて、母はちょっと出掛けていると言った。ササたちはキリの案内で、この島で一番古いウタキ、マイヌオン(清明御嶽)に向かった。 グスクから外に出るのも一苦労だった。他所の家の庭を通って行かなければならず、その度に、若ツカサは声を掛けられて、ササたちの事を説明していた。 ようやく、若ヌルたちが待っている屋敷に着いて、一緒に外に出た。 細い道を島の中央に向かって歩いた。所々に畑があって、野良仕事をしている島人たちが、ササたちがぞろぞろ行くのを何事かと驚いた顔をして見送っていた。 集落もない荒れ地の中に、こんもりとした森があって、その中に古いウタキがあった。黒く光っている石の周りに白い石が囲ってあった。 ササたちはお祈りをした。 「ウムトゥダギに、わたしを呼んでくれなかったのね」と神様は怒った口調だった。 そんな事を言われても、あの時、ササも安須森ヌルもマイヌ姫の事は知らなかった。 「フフフ」と笑って、「冗談よ」と神様は言った。 「スサノオの神様はこの島にも来てくれたのよ。ほんとに驚いたわ。一緒にお酒を飲んで、色々なお話を聞いたのよ。連れて来てくれて、ありがとう」 「いいえ」とササは言って、「マイヌ姫様ですね?」と聞いた。 「そうよ。わたしはメートゥリ姫の娘なの。母に言われて、この島にやって来たのよ。この島にはメートゥリの人たちが住んでいるから琉球の言葉を教えなさいって言われて来たんだけど、実際に来てみたらメートゥリの人たちが北の方に住んでいて、クバントゥの人たちが東の方に住んでいたのよ。わたしはこの黒い岩を見つけて、この岩がこの島の中心だってわかったわ。神様は必ず、この岩に降りて来るに違いないと思ってウタキを造って、その隣りに小屋を建てて暮らし始めたのよ」 「神様は降りていらしたのですか」とササは聞いた。 「なかなか降りて来なかったのよ。百日目になって、ようやく神様はいらっしゃったわ。でも、クバントゥの神様だったの。クバントゥの神様は、東の村で女の子が木の実を喉に詰まらせて死にそうだから助けてあげなさいって言ったのよ。そんな事を言われても、わたしには助ける自信なんて全然なかったわ。神様の言う通りにすれば助かるって言うので、わたしはクバントゥの人たちが住む村に行ったの。言葉が通じなくて参ったわ。それでも、神様の言う通りにしたら、娘は助かったのよ。その娘のお兄さんが素敵な人だったの。運命の出会いね。わたしはその人と結ばれて、クバントゥの言葉を覚えて、琉球の言葉を教えたの。わたしが亡くなる頃には、メートゥリの人たちもクバントゥの人たちも琉球の言葉を話すようになって交流も始まって、このウタキの周りに人々も集まって来て、大きな村ができたのよ」 「今はないという事は津波にやられたのですか」と安須森ヌルが聞いた。 「そうなのよ。およそ三百年前に大きな津波が来て、村は全滅してしまったのよ。見ればわかる通り、この島には高い所なんてないわ。逃げる場所は海しかないのよ」 「海に逃げるのですか」とササは不思議に思って聞いた。 「その時、たまたま 「その津波のあと、このウタキは大丈夫だったのですか」 「その黒い石はこの島の中心なのよ。大きな岩の上の部分が顔を出しているの。何があっても動く事はないのよ」 「それで、再建する事ができたのですね」 「あら、ユンヌ姫様がいらっしゃったわ」とマイヌ姫が言った。 「ただいま」とユンヌ姫の声がした。 「どこにいたの?」とササがユンヌ姫に聞いた。 「お 「琉球まで?」 「そうよ。お祖父様のお陰で、迷う事なく戻って来られたわ」 「スサノオの神様は大丈夫なの?」 「大丈夫よ。久米島に行って、ウムトゥ姫の事をクミ姫に話してやっていたわ」 「そう。よかったわ。ねえ、琉球は異常ないわね?」 「特に変わった事はないわ。ヂャンサンフォンと山グスクヌルが三姉妹の船に乗って、ムラカ(マラッカ)に行くらしいわ」 「えっ、ヂャン師匠がムラカに? どうして、ムラカに行くの?」 「海賊の取り締まりが厳しくなってきたので、三姉妹は本拠地をムラカに移すらしいわ。来年、 ササは安須森ヌル、シンシン、ナナと顔を見合わせて、溜め息をついた。帰った時にヂャンサンフォンがいないなんて、あまりにも寂しすぎた。 「あたしたちが会いに行けばいいのよ」とシンシンは言った。 「そうね」とササは力なく笑った。 マイヌ姫がユンヌ姫から、神様の道の事を聞いていたので、ササたちはお祈りを終えて新里村に帰った。 ウリカーの周りに女たちが集まっていて賑やかだった。ミッチェが何かあるのかと聞くと、ササたちの歓迎の |
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