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ユウナ姫
ササ(運玉森ヌル)たちは『ドゥナンバラのツカサ』の案内で『ウラブダギ(宇良部岳)』に登っていた。 『サンアイ村』から坂道を下ってタバル川に出て、丸木橋を渡って密林の中に入った。密林の中にある沼を右に見ながら進んで、沼の先をしばらく行くと『アラタドゥ』と呼ばれる分岐点に出た。右に行くと『ドゥナンバラ村』に行き、左に行くと『ダティグ村』に行く。ササたちは右に曲がって、『ドゥナンバラ村』を目指した。 『ドゥナンバラ村』は『ユウナ姫』が造った一番古い村だった。『ユウナ(オオハマボウ)』の木に囲まれた広場の周りに、サンアイ村と同じような造りの家が建ち並んでいた。 クマラパの娘、『ラッパ』の案内で、『ドゥナンバラのツカサのパン』と会った。クマラパもパンも再会を喜んでいた。もう六十を過ぎているとクマラパは言ったが、とても、そんな年齢には見えなかった。『狩俣のマズマラー』のような力強さはなく、パンは優しそうな人だった。 パンはササたちを歓迎して、『ユウナ姫様』があなたたちを待っていると言って、さっそく、『ウラブダギ』へと案内した。 「ここは昔、『ユウナバル』と呼ばれていたらしいわ」とパンは歩きながらササたちに言った。 「夏になると『ユウナの花』だらけになるのよ。辺り一面が黄色くなって、とても綺麗なのよ」 「どうして、『ユウナ』が『ドゥナン』になったのですか」とササは素朴な疑問を聞いた。 「いつ頃から『ドゥナン』になったのか、わからないんだけど、風のせいじゃないかしら。この島は年中、海から風が吹いているの。風が強くて、よく聞こえない『ゆ』が『どぅ』に変化したんじゃないかしら。よくわからないけどね」 『ゆうな』が『どぅうな』になって、『どぅなん』になったのかと、ササたちは一応、納得した。 『ウラブダギ』はこの島で一番高い山と言っても、大した高さはないので、すぐに山頂に着いた。途中、大きな蝶々が優雅に飛んでいて、ササたちを歓迎してくれた。夜になれば、『アヤミハビル(ヨナグニサン)』という大きな蛾も見られるとラッパは言った。 山頂の近くに大きな岩があって、そこが『ユウナ姫のウタキ(御嶽)』だった。男たちには山頂で待っていてもらって、女たちはツカサに従って、お祈りを捧げた。 『ユウナ姫』はササたちにお礼を言って、母(イリウムトゥ姫)がこの島に『スサノオ様』を連れて来てくれたと言った。 「母から御先祖様の『スサノオ様』の事は聞いていたけど、こんな遠くの島にやって来るなんて思ってもいなかったので、腰を抜かすほどに驚いたわ」と言ってユウナ姫は笑った。 美しい声をしていて、姿を見たら、きっと美人だろうとササは思った。 「『ユウナ姫様』がこの島にいらした時、やはり、この島にも南の国から来た人たちが暮らしていたのですか」とササは聞いた。 「驚いた事に、誰も住んでいなかったのよ」とユウナ姫は言った。 「えっ!」とササたちは驚いた。 「この島に来る前、クン島(西表島)のウミンチュ(漁師)たちから、三十年くらい前に、『ユウナ島』に『火の雨』が降って、住んでいた島人たちは全滅したと聞いていたの。でも、『火の雨』が降るなんて信じられなかったわ。この島に来て、あちこちに黒焦げになった木があって、『火の雨』が降って、みんな焼けてしまったらしいとわかったの。火の雨と関係があるのかわからなかったけど、軽い石もあちこちに落ちていたわ。わたしたちは島中を巡って、生き残った人たちを探したけど、見つからなかったの。それでも、不思議と虫や蝶々、蛇やネズミは生き残ったらしくて、山の中にいたわ。わたしたちはこの島に十人で来たんだけど、子孫を増やすには、もっと連れて来なければ無理だと思ったわ。それで、『クン島』から十組の若者たちを連れて来て、『ユウナバル』の村を造ったのよ。馬や牛、鶏も連れて来て増やしたわ。わたしは従兄の『インヒコ』と結ばれて、五人の子供を産んだの。三女は生まれてすぐに亡くなってしまったけど、長女はわたしの跡を継いで、次女は『クブラのツカサ』になったわ。二人の息子は村造りに貢献してくれたのよ。わたしたちがこの島に来て、五年目の夏だったわ。『タオ』という男が丸木舟に乗って、この島にやって来たの。言葉が通じなくて困ったけど、身振り手振りで話をして、『タオ』が以前、この島に住んでいた事がわかったのよ。『タオ』が八歳の時、『火の雨』が降ったらしいわ。島は『火の海』になって、海に逃げた人たちのほとんどが『黒潮』に流されて、遭難してしまって、西方にある大島にたどり着いたのは『タオ』と父親、あと数人しかいなかったらしいわ」 「西方の大島というのは、『ターカウ(台湾)』の事ですか」とササは聞いた。 「そうよ。よく晴れた日には西の彼方に大きな島が見えるのよ」 「どうして、西に逃げたのですか。東に行けばクン島やイシャナギ島(石垣島)があるのに」と安須森ヌル(先代佐敷ヌル)が聞いた。 「大島は『タオ』たちの故郷だったようだわ。とっさの事で、皆、故郷を目指して逃げたようなの。それに、『タオ』たちが住んでいたのは、この島の西にある『クブラ』だったのよ。その時は『火の雨』というのがどんなものなのか、わたしにはわからなかったけど、一千年の間に、何回か『火の雨』が降っているのよ。海の中にある火山が噴火していたんだわ。この島を全滅したほどの大きな噴火はなかったけど、海の中から火が飛び出して来るのよ。その前後には大きな地震もあるわ。『火の雨』の正体は真っ赤に燃えた軽石だったのよ。噴火のあと、海に浮いていた軽石はあちこちの島の浜辺に流されて来たわ」 話を聞いていたササたちは驚いていた。海の中の火山が噴火するなんて思ってもみない事だった。 「『タオ』はもっと早くに戻って来たかったようだけど、父親が許さなかったらしいわ。お前には『黒潮』は越えられない。死にに行くようなものだと言われたみたい。父親が亡くなって、『タオ』はウミンチュたちから『黒潮』の事を詳しく聞いて、体も鍛えて、この島までやって来たらしいわ。『タオ』は懐かしそうに島を巡って、昔、呼ばれていた地名を教えてくれたわ。『火の雨』で亡くなった人たちのためにも、当時の地名を残した方がいいだろうと思って、今、呼ばれている地名のほとんどは『タオ』たちの御先祖様が付けた地名なのよ。このお山もそうだわ。『タオ』は一旦、大島に戻って、家族たちと仲間を連れてやって来たのよ。家族の中には幼い子供たちもいて、よく『黒潮』を乗り越えてやって来たと感心したわ。『タオ』たちは『クブラ』の村を再興したのよ。あとでわかったんだけど、『タオ』の母親と幼い姉弟はおうちの中にいて、焼け死んでしまったらしいの。『タオ』は母親と姉弟を弔うためにも、この島に戻って来たかったのよ。わたしの次女は『クブラ』に行って、タオの孫息子と結ばれたわ。『クブラ姫』になって『クブラダギ(久部良岳)』に祀られているわ。『クブラ姫』の次女が『ダンヌ姫』で、『ダンヌ』の村を造ったのよ。四代目のダンヌ姫の次女が『サンバル』の村を造ったわ。『サンバル』は六十年ほど前、『ダンア』に移動して、五十年近く前、『ブシキ』と一つになって『サンアイ』の村ができたのよ。『アディク』の村は従妹の『メイヤ姫』が造って、『ユシキ』の村はわたしの孫娘が造ったわ。どちらもなまってしまって、『アディク』は『ダティグ』に、『ユシキ』は『ブシキ』と呼ばれるようになったの。『ナウンニ』は四代目のユシキ姫の次女が造った村だわ。わたしたちの子孫たちと『タオ』の子孫たちで、この島を造ってきたのよ」 「三百年前に、『大津波』は来ませんでしたか」と安須森ヌルが聞いた。 「イシャナギ島は『大津波』にやられたようだけど、この島は大丈夫だったわ。『ナンタ浜』に大波が来たけど、あの湿地帯には誰も住んでいないし、ウミンチュたちは異変に気づいて、高い所に避難したから被害はなかったのよ」 「『ミャーク(宮古島)』を襲った倭寇の『佐田大人』は、この島に来なかったのですか」とナナが聞いた。 「『ミャーク』から『ターカウ(台湾の高雄)』に行くお船はこの島に来るけど、『ターカウ』から『ミャーク』に向かうお船はこの島には来ないのよ。『ターカウ』はこの島より、かなり南の方にあるらしいわ。『ターカウ』から船出したお船は『パティローマ(波照間島)』に寄って、そこから『フシマ(黒島)』に寄って、『多良間島』に寄って、『ミャーク』に帰るはずよ」 「この島から『ミャーク』に行くのは難しいという事ですか」とササは聞いた。 「この島では西風は滅多に吹かないの。九月頃、戌亥(北西)の風が吹くので、その風に乗って『パティローマ』まで行って、南風の吹く夏まで待ってから、北上して『ミャーク』に行く事になるわ」 九月まで帰れないなんて大変な事だった。『ターカウ』に行ったら、ここには戻って来られない。この島にいるうちに、この島の事をもっと知らなければならないとササは思った。 『ユウナ姫』と別れて、『ウラブダギ』を下りたササたちが『ダティグ村』に行こうとしたら、今晩はこの村に泊まって行ってねとパンに言われた。 「あなたたちが来るって聞いて、六人のツカサが集まって相談したのよ。各村々で『歓迎の宴』を開いて一泊してもらって、そのあとはあなたたちが好きな村に滞在してもらおうってね」 ツカサたちが決めたのなら従わなければならなかった。六つの村を見るのに六日も掛かるけど、この島でのんびりするのもいいだろうとササは思った。 広場の近くに、ササたちのために新築した家が四軒建っていた。その事もツカサたちで決めたようだった。ササたちが家の中で休んでいると、若ツカサの『ラッパ』が娘の『フー』と一緒に、お握りを持ってやって来た。フーは十七歳で、父親はアコーダティ勢頭の長男の『マフニ』だという。『マフニ』はアコーダティ勢頭の跡を継いで、今頃は『トンド(マニラ)』に行っているはずだった。 「お父さんはよく来るの?」と聞いたら、フーは首を振って、「三年前に会いました」と言った。 クマラパたちの家にお握りを持って行ったナーシルが、「誰もいないわ」と言って戻って来た。 「父はみんなを連れて、母のおうちにいましたよ」とラッパが言った。 「早々と酒盛りを始めているに違いないわ」とナナが言った。 「お酒は今晩、飲めるわ。それより、この村に『古いウタキ』はありませんか」とササはラッパに聞いた。 「この村は『ユウナ姫様』が造った村なので、それよりも古いウタキはありません。でも、何だかよくわからないけど、『ウタキ』のような所はあります」 お握りで腹拵えをして、ササたちはラッパの案内で、村の南側にある小高い丘に登った。密林を抜けると急に視界が開けて海が見えた。 キャーキャー騒ぎながら若ヌルたちが駈け出した。 「崖だから気を付けて!」とラッパが叫んだ。 フーは若ヌルたちと一緒にいた。若ヌルたちのお姉さんという感じだった。 高い崖から下を見下ろすと奇妙な岩が海の中に立っていた。 「『トゥンガン(立神岩)』と言って、南の国から来た人たちが、神様として崇めていたのかもしれないって祖母が言っていたわ」とラッパが言った。 そう言われてみれば、どことなく神々しさが感じられた。 崖から離れて岩場だらけの所を通って、密林を抜けると、また海岸に出た。そこは奇妙な岩場だった。平たい岩が幾重にも重なっているように見えた。岩場の上に上がると眺めがよくて気持ちよかった。 「ここは『サンニヌ台』といいます」とラッパが言った。 「『ユウナ姫様』がこの島に来て三十年くらい経った頃、『ドゥナンバル』で争い事が起こったようです。ユウナ姫様の従妹の『メイヤ姫様』が何かと威張って、『クルマタ』の女たちが反発したのです。『ドゥナンバラ』の村は『ユウナ姫様』の子供たちと、従妹の『メイヤ姫様』の子供たちと『クルマタ』の女たちが産んだ子供たちで成り立っていました。『メイヤ姫様』はイリウムトゥ姫様のお兄さんの娘です。ユウナ姫様と同じように『二代目のウムトゥ姫様の孫』なのです。誇りがあったのかもしれません。でも、みんなで力を合わせて作った村に、上下関係は必要ありません。村を統治するツカサ以外は皆、平等だというように、ここで決めたそうです。三人の根人が話し合った所なので、『三根の台』と呼ばれるようになったのです。その時は納得した『メイヤ姫様』でしたが、結局は村から出て行って、『ダティグ』の村を造って、自分がツカサになりました。以後、この島は『神人』であるツカサ以外は、皆、平等という事を守っています」 「皆、平等ですか‥‥‥」と安須森ヌルが呟いた。 琉球(沖縄本島)は皆、平等とは言えなかった。力を持った按司がいて、領地を増やすために戦をして、戦をするために領内の人たちから兵糧を集めている。商人たちは銭を稼ぐ事に熱中して、貧しい人たちは益々、貧しくなっていく。兄は『琉球を統一』して、戦のない平和な国にすると言っているが、それは皆が平等な国ではないだろう。皆が平等に暮らしているこの島は、夢のような島だと安須森ヌルは思った。 『サンニヌ台』から下を覗くと、ここにも海の中に奇妙な大きな岩(軍艦岩)があった。 「あれは何?」とササがラッパに聞くと、 「ウプイチ(大きな石)」と言って笑った。 帰りは密林の中に入らずに草原を通った。馬たちがのどかに草を食べていた。 村の広場で、『歓迎の宴』が行なわれた。サンアイ村に負けるものかというように豪華な料理とヤマトゥのお酒が出てきて、村の若者たちの歌や踊りが披露された。クマラパが孫娘のフーと『武当拳』の模範試合をして、村人たちを喜ばせた。 ササたちはクマラパが『武当拳』を身に付けている事に驚いて、その強さにも驚いていた。クマラパは七十歳の半ばなのに身が軽く、その軽快な動きは『ヂャンサンフォン(張三豊)』とよく似ていた。もしかしたら、ヂャンサンフォンのように百歳以上も生きるのかもしれないとササたちは思った。 若ヌルたちが騒いでいるので、何事かと見ると大きな蛾が飛んでいた。『アヤミハビル』だった。その大きさと羽根の美しさにササたちは呆然として、優雅に飛んでいるアヤミハビルを見ていた。 宴が終わったあと、ササと安須森ヌルはパンに呼ばれた。サンアイ村の時と同じで、これもツカサたちが決めた事だろうかと思った。 「ラッパからあなたたちの事を聞いて驚いたわ」とパンは言った。 「あなたたちは『ナーシル』の従姉で、『琉球の王様の娘』だっていうじゃない。わたしが琉球に行った時、『苗代大親様』のお兄さんは、佐敷按司を隠居して旅に出たって聞いたけど、その旅に出た人が王様になったって本当なの?」 「本当です。父は隠居して、近くの島で一千人の兵を育てて、中山王を倒して王様になったのです」と安須森ヌルが言った。 「凄いわね」とパンは目を丸くして驚いていた。 「わたしが琉球に行った時、中山王(察度)は丘の上に建つ『首里天閣』という凄い御殿に住んでいたわ。あんなに高い建物を見た事がないから、わたしたちは驚いて言葉も出なかったわ。わたしたちは中山王に歓迎されて、首里天閣に登ったのよ。いい眺めだったわ。中山王の跡継ぎがいる『浦添グスク』も凄いグスクだったわ。高い石垣に囲まれていて、絶対に攻め落とす事なんてできないだろうと思ったわ。あなたたちのお父様はあのグスクを攻め落としたの?」 「浦添グスクは焼け落ちて、首里天閣のあった所に『首里グスク』ができて、新しい都もできました。是非、琉球にいらしてください。そして、正確に言うと、安須森ヌルは中山王の娘ですけど、わたしは姪です。わたしの母は中山王の妹の馬天ヌルです」 「えっ、馬天ヌル‥‥‥」と言ってパンは昔を思い出していた。 「『馬天浜』で会ったわ。赤ちゃんを連れていたけど、あの時の赤ちゃんがあなたなのね?」 ササはうなづいた。赤ん坊の時に会っていたなんて驚きだった。ササはパンの顔をじっと見つめたが、思い出せなかった。 「わたしはユミに頼まれて、『ナーシル』が生まれた事を『苗代大親様』に伝えたのよ。苗代大親様は喜んで、ナーシルの守り刀にしてくれって言って、『短刀』をくれたのよ。今もナーシルが大切に持っているはずだわ」 「父が隠居して、兄が佐敷按司になりましたが、兄には会わなかったのですか」と安須森ヌルが聞いた。 「残念ながら会っていないわ。佐敷按司様は奥さんと一緒に旅に出ているって馬天ヌル様が言ったわよ」 夫婦揃っての毎年、恒例の旅だわと安須森ヌルは思った。きっと、『首里天閣』を見に行ったのだろう。もし、兄が『ドゥナンバラのツカサ』と会っていたら、『ナーシル』の事もわかったかもしれない。そしたら、もっと早く、南の島に行く船を出したかもしれなかった。でも、あの頃のあたしは『豊玉姫様』の事も、琉球の古い歴史の事も知らなかった。この島に来たとしても、神様の事は何もわからなかったに違いない。やはり、今、この島に来た事が重要なんだと安須森ヌルは思っていた。 パンと別れて家に戻ると、愛洲ジルーたちの家が賑やかだった。昨夜のサンアイ村でもそうだった。村の娘たちが訪ねて来ていて、ジルー、ゲンザ(寺田源三郎)、マグジ(河合孫次郎)、ガンジュー(願成坊)は鼻の下を伸ばして、でれでれとしていた。ササは男たちに文句を言ったが、一番、怒っていたのは『ミッチェ』だった。ミッチェの剣幕に驚いて、ガンジューは俯いたまま何も言えなかった。それなのに、懲りずにまた村の娘たちと楽しそうに酒を飲んでいるようだ。 ササたちが怒鳴り込んでやろうと顔を出したら、一緒にいたのはミッチェ、サユイ、タマミガ、ミーカナ、アヤー、ナーシル、それに玻名グスクヌルもいた。 「見張っているのよ」とミッチェが言って、 「村の娘たちは、この様子を見て帰って行ったわ」とタマミガが笑った。 ササたちも加わって、酒盛りの続きをした。 次の日、ササたちはナーシルの案内で『ダティグ村』に行った。 『ダティグ村』を造ったのはユウナ姫の従妹の『メイヤ姫』で、メイヤ姫の夫はユウナ姫の弟の『トゥイヒコ』だった。トゥイヒコは姉とメイヤ姫が対立するのを見かねて、新しい村を造ろうと言い出した。東崎の近くに新しい村を造って、アディクの木がいっぱいあったので、『アディク村』と名付けた。アディクの木は堅くて、島人の誰もが持っている槍の柄になり、実も食べられた。いつしか、『アディク村』は『ダティグ村』となまってしまった。ただ、木の『アディク』はダティグとは言わず、『アディガ』と呼ぶらしい。 東崎から続く『ダティグチディ』と呼ばれる高台の裾野に『ダティグ村』はあった。村の造りはどこも似ていて、広場を中心に家々が建ち並んでいた。ササたちは『ダティグのツカサ』に歓迎された。 若ツカサの『アック』は『ナンタ浜』にササたちの出迎えに来て、一緒に『サンアイ村』に行ったが、昨日、ササたちが『ドゥナンバラ村』に行く時、分岐点のアラタドゥで別れて、『ダティグ村』に帰っていた。アックには『ユナパ』という十七歳の娘がいた。名前を聞いて、すぐに『与那覇勢頭』の娘だとわかった。ドゥナンバラ村のフーと同い年なので、琉球との交易をやめた与那覇勢頭が『ターカウ』に行く時、マフニも一緒に乗って来たようだ。 アックはアコーダティ勢頭の娘で、ユナパが与那覇勢頭の娘だとすると、アコーダティ勢頭は与那覇勢頭の義父という事になる。アコーダティ勢頭の長男、マフニと結ばれたラッパは、アコーダティ勢頭の義理の娘で、ラッパの父親はクマラパなので、マフニはクマラパの義理の息子でもあるわけだ。何だか複雑な家族関係だった。 ササたちはユナパの案内で『ダティグチディ』に登った。眺めのいい所で、東側の海が見渡せた。ササたちが船の上から見たのは、ここに立っていた見張りのサムレーだった。眺めはいいが、風が強かった。人の声もよく聞き取れず、言葉がなまってしまうのも当然のように思えた。 ダティグチディに『メイヤ姫のウタキ』があったのでお祈りを捧げた。 「いらっしゃい」と『メイヤ姫』の陽気な声が聞こえた。 「『ユンヌ姫様』と一緒に『スサノオ様』を送って『琉球』まで行って来たのよ。初めて琉球に行って来たわ。『スサノオ様』と『ユンヌ姫様』を連れて来てくれて、本当にありがとう」 威張っていたと聞いていたので、意地悪な神様かもしれないと思っていたが、『ユンヌ姫』と仲よくなったとすれば、いたずら好きだが、決して威張ったりはしないだろう。 「『サンニヌ台』の話を聞きました。『メイヤ姫様』が威張っていたので、三人の根人が相談して、皆、平等だと決めたと聞きましたが」 「あらいやだ」と言ってメイヤ姫は笑った。 「それはわたしの事ではないわ。わたしの夫の『トゥイヒコ』の事を相談したのよ。『トゥイヒコ』は『ユウナ姫』の弟だから、それをいい事に、見境もなく娘たちに言い寄っていたのよ。村を造り始めた頃は子孫を増やさなくてはならなかったので、『トゥイヒコ』の女好きは咎められなかったけど、五十歳近くになるというのに、女好きは治まらず、若い娘たちに言い寄っていたの。その中には自分の娘もいたのよ。このまま放っておいたら大変な事になるので、根人たちが集まって、『トゥイヒコ』の処置を相談したのよ。ユウナ姫は『イシャナギ島』に連れて行ってしまえばいいと言ったけど、それでは可哀想なので、わたしが新しい村を造って、『トゥイヒコ』も連れて行く事で解決したのよ。そして、一緒に連れて行く女たちは『トゥイヒコ』の血を引いていない女たちにしたの。『トゥイヒコ』は年を取っても女たちに持てたわ。わたしが女たちに『トゥイヒコ』には近づくなって言っていたから、威張っていたという事になってしまったのね」 「そんな事があったのですか」 他人の話を鵜呑みにしてしまうと『真実』を見失ってしまう。気を付けなければならないとササは肝に銘じていた。 歓迎の宴のあと、『ダティグのツカサのアサ』から琉球に行った時の話を聞いた。 アサが琉球に行った時、南部で戦があったあとで、残党狩りをしているので南部には行くなと言われたという。その時の南部の戦というのは、島添大里按司だった汪英紫が島尻大里グスクを攻め落として、山南王になった時の戦だった。佐敷按司(サハチ)は戦には関わらなかったが、山賊になったヒューガ(日向大親)と『三星党』のウニタキ(三星大親)が裏で活躍したと安須森ヌルは兄のサハチから聞いていた。 「佐敷には行かなかったのですか」と安須森ヌルが聞いたら、 「帰る少し前に行ったわ」とアサは言った。 「登野城の女按司とタキドゥン島(竹富島)の若按司は馬天浜の『サミガー大主様』の所で、『鮫皮』を作るために島の若者たちを修行させていたの。その若者たちを連れて帰らなければならなかったので、許可を得て行って来たのよ。王様が警護のサムレーを付けてくれたので、自由に動けなくて、うまく苗代大親様に会えるかどうか心配だったけど、サミガー大主様のお屋敷に『馬天ヌル様』がいたのよ。可愛い娘さんを連れてね。あの娘さんがあなただったのね」 ササはうなづいて、アサの顔を見つめたが、やはり思い出せなかった。 「馬天ヌル様のお陰で、『苗代大親様』に会えて、ユミとナーシルが元気だと教えてあげたのよ。一緒にドゥナン島(与那国島)まで行きたいって言ったけど、今は無理だって苗代大親様は首を振ったわ」 アサは『アコーダティ勢頭』との出会いも話してくれた。 丸木舟で『ミャーク』からやって来た『アコーダティ勢頭』は英雄として迎えられて、『ドゥナンバラ村』にやって来た。当時は『ナック』と呼ばれていた。 「何かを始める時、一番古い『ドゥナンバラ』が最初で、次が『ダティグ』、『サンアイ』、『ナウンニ』、『ダンヌ』、そして、最後が二番目に古い『クブラ』なの。今回は例外で、ナーシルが琉球に関係あるので、『サンアイ』が最初になったのよ」とアサは言った。 「ナックが来た時、ドゥナンバラの若ツカサの『パン』にはクマラパ様の息子がいたわ。それにナックよりも六つも年上だったの。次の日、ナックは『ダティグ』に来たわ。わたしはナックの心をつかもうと着飾ってお持てなしをしたんだけど、何も起こらず、ナックは『サンアイ』に行ってしまったの。サンアイの『ユミ』とナウンニの『マヤ』は、まだ幼いので大丈夫だけど、ダンヌの『レン』は十六で、クブラの『メイ』は十七で、その二人は強敵だったわ。ナックはレンかメイに取られてしまったかもしれないと悲しんでいたら、『ナック』がこの村に戻って来て、わたしはナックと結ばれたのよ。ナックが帰るまで、わたしたちは幸せに暮らしたわ。翌年も、その翌年もナックは来たけど、その後は来なくなってしまったの。クマラパ様に聞いたら、ナックは『トンドの国』に行っていて忙しいって言ったわ。琉球に行く時に『ミャーク』に行って再会したけど、昔の面影は消えてしまって、すっかり逞しい船頭(船長)になっていたわ」 次の日、ササたちは『サンアイ村』に戻って、隣り村の『ナウンニ村』に行ったら、『ムカラー』がいた。ムカラーは子供たちと遊んでいて、その中の二人はムカラーの子供だった。 母親は若ツカサの『リーシャ』で、ムカラーはリーシャと子供たちに会いたくて、ササたちの案内役を志願したのだった。船頭になった『マフニ』に信頼されて、『トンドの国』に行っているので、なかなかドゥナン島には来られなかった。ムカラーはミャークに妻はいなくて、『リーシャ』が妻だと言っていた。できれば、リーシャと子供たちをミャークに連れて行きたいけど、リーシャはドゥナン島がいいと言う。ムカラーはリーシャの気持ちを尊重して、自分が通うと言ったが、思うようにはいかなかった。今は無理だが、あと何年かしたら、必ず、この島にやって来て、この島に住むと言っていた。 『ナウンニのツカサのマヤ』はダティグのツカサの次に琉球に行くはずだったが、子供が幼かったので最後でいいと遠慮した。 「琉球には行けなかったけど、『ターカウ』に行って、珍しい物をいっぱい見て驚いてきたわ」とマヤは楽しそうに笑った。 『リーシャ』の父親はユミの弟の『ロン』だった。幼い頃から父親に『武当拳』を仕込まれた『ロン』は、『武当拳の名人』だった。謙虚な人で、その強さをひけらかす事はなく、『ナーシル』と試合をしても負けているらしい。本当に強くなれば、試合をしなくても相手の強さがわかるはずだ。ナーシルもいつか、本当の強さを手にするだろうとマヤに言ったという。 『ロン』はサンアイ村に住んでいるが、マヤと三人の子供がいるので、『ナウンニ村』によくやって来て、若者たちに『武当拳』の指導をしているという。マヤは他所からやって来る船頭と結ばれて、贅沢な物を手に入れるよりも、村を守るために『武当拳の名人』を選んだのだった。 ナウンニ村の歓迎の宴で見た『武当拳』の演武は、他の村よりも気合いが入っているように感じられた。 翌日、ササたちは、昔、『ダンア村』があったという『トグル浜』に行った。この浜に『ムラカミ』という倭寇がやって来た。船を修理するためにしばらく滞在した『ムラカミ』は、『ダンアの若ツカサ』だったユミの母親と結ばれて『ユミ』が生まれた。その『ムラカミ』が『あや』の祖父だとしたら、この島に『あや』の親戚がいる事になる。『あや』に知らせたら、お船を出して会いに来るかもしれないとササは思って、一人で笑った。 昔、『サンバル村』があった場所は牧場になっていて、馬と牛が放牧されていた。その牧場の先に『ダンヌ村』があった。 『ダンヌのツカサのレン』は『ウプラタス按司』の娘だった。『野崎按司』と結ばれて、娘の『ユッカ』が生まれ、『ユッカ』は与那覇勢頭の息子の『トゥク』と結ばれて、娘の『ジーナ』を生んでいる。ジーナは十七歳で、ドゥナンバラ村のフーとダティグ村のユナパと同い年だった。 レンは琉球に行った時の事を話してくれた。 「その年の琉球旅が最後だったのよ。最後だってわかっていたわけじゃないけど、その年はヌルたちが多く乗っていたわ。ウムトゥダギ(於茂登岳)のフーツカサの『マッサビ様』もいたのよ。わたしよりも十歳も年下なのにヌルとしての貫禄があって、凄い神人だと思ったわ。『マッサビ様』はミャークの上比屋の『リーミガ』といつも一緒にいたわ。二人は同い年で、とても仲良しだったの。イシャナギ島では『登野城の女按司』、『新城の女按司』、『名蔵の女按司(ブナシル)』がいて、クン島から『クンダギのツカサ』、ミャークからは『百名のウプンマ』がいたわ。パティローマ(波照間島)の若いツカサもいたわね。わたしは同年配の登野城の女按司と百名のウプンマと一緒にいる事が多かったの。琉球に行って驚いたんだけど、中山王(察度)が亡くなって、息子(武寧)が跡を継いでいたのよ。わたしは初めて琉球に行ったので、何を見ても驚いてばかりいたけど、何度も行っていた『登野城の女按司』は、何となく様子がおかしいって言っていたわ。わたしは登野城の女按司に連れられて、『馬天浜』に行ったのよ。『ユミ』からの言づてもあったので、『馬天ヌル様』を探したんだけど、旅に出ていて留守だったの。馬天ヌル様には会えなかったけど、『苗代大親様』には会えて、ユミとナーシルの事を伝えたわ。苗代大親様はナーシルに会いたいと言ったわ。今は無理だけど、いつの日か必ず会いに行くと約束してくれたのよ」 ササは南の島に船出する前、叔父の『苗代大親』と会った時、叔父が何かを言いたそうな顔をしていたのを思い出した。あの時、『ナーシル』の事を告白しようと思ったのかもしれない。でも、叔父は、気をつけて行ってこいと言って笑っただけだった。本心は、叔父も一緒に行きたかったのかもしれないと思った。 「あの時、『馬天浜』で一人で遊んでいる女の子がいたわ。『マッサビ様』が女の子に声を掛けたら、『遠い国から来たのですね』と女の子が言ったので、あたしたちは驚いたわ。女の子は海の方をじっと見つめて、『高いお山が見えるわ。綺麗な滝もあるわ』と言ったのよ。『マッサビ様』は笑って、この娘、今に『凄いヌル』になるわねって言ったわ。もしかしたら、その女の子はあなたではなかったの?」 そう言ってレンはササを見た。 ササの脳裏に『当時の情景』がはっきりと思い出された。当時、六歳だったササは旅に出てしまった母を思いながら浜辺で貝殻を拾っていた。寂しくて泣きたくなった時、見た事もない女の人たちが近づいて来て声を掛けて来た。 『マッサビ』がいた。『ブナシル』もいた。上比屋の『リーミガ』もいた。『クンダギのツカサ』もいた。そして、目の前にいる『レン』もいた。ササは十八年前に、それらの人たちに会っていたのだった。 『マッサビ』から南の島の話を聞いた。幼いササは行ってみたいと思った。すっかり忘れていたが、心の奥に残っていた記憶が、ササを『南の島』へと誘ったのかもしれなかった。 |
ドゥナンバラ村
ダティグ村
ナウンニ村
ダンヌ村