銀山
1
やけに風が強かった。 雨雲が物凄い速さで東の方に流れて行く。 昼頃まで、かなり強い雨が降っていたが、今はやんでいた。 四人の山伏が急ぎ足で、播磨と但馬の国境を越えようとしていた。 この辺りを真弓峠と言う。 峠を越えれば、山名氏の領国、但馬だった。 四人の山伏は太郎と三人の弟子たちだった。 四人は峠の手前から街道をそれて山の中に入った。 山伏は手形などなくても、どこの国へも行く事ができた。しかし、赤松氏の領国から敵の山名氏の領国に行くのだから、そう簡単に通してはくれないだろう。こんな所で、無駄な時間を食いたくはなかった。 山の中から街道を見下ろすと、峠を少し下りた辺りに関所が二つあった。赤松氏の関所と山名氏の関所で、どちらも、それ程、警戒が厳重でもなさそうだった。しかし、山名氏の方は峠を見下ろす小高い山の上に、城だか砦だかわからないが何かがあり、国境を守っていた。赤松氏の方も同じように山の上から睨みを効かしているのだろうが、ここからは見えなかった。とりあえず、どれだけの兵がいるのか、一応、調べた方がいいだろうと、四人はその山に登った。 山上には 四人は山を下りると、目的地の生野に向かった。 生野は小さな村だった。山に囲まれた、ちょっとした平地にたんぼが広がり、粗末な家が処々にあるだけだった。その村を見下ろす北側の山の裾野にちょっとした屋敷があった。この辺りを領する地侍の屋敷らしいが、百姓に毛が生えた程度の小さな豪族のようだ。そして、山の上に、やはり、城だか砦だかが建っていた。 「一体、どこに銀の山があるんや」と八郎坊が回りの山を見回しながら言った。 「こいつは、捜すのに骨が折れそうだな」風光坊は杖を肩に担いで山を眺めていた。 「生野だけじゃなあ、どこの山だかわからんな」と探真坊も言った。 探真坊の足もようやく良くなっていた。しかし、長旅はまだ無理だったとみえて、足を少し引きずっていた。勿論、痛いとは一言も言わなかった。 「まず、あそこに登ってみるか」と太郎が砦のある山を指した。 「あそこに銀があるんですか」と八郎坊は山を見上げた。 「いや、銀はないな。ただ、この先、邪魔になる奴らがいる」 「やるんですか」と風光坊は言った。 「いや、ただ、どんな具合か見るだけだ」 四人は山に登った。山の上には濠もあり、土塁もあり、簡単な塀もあった。ここなら敵が攻めて来ても、何日かは持ちこたえる事はできるだろう。ただし、充分な兵力があればの話だが、見た所、十人もいないようだった。 この辺りは山名氏にとって、あまり重要視されていないようだ。ただ、敵国、播磨への入り口というだけで、こんな山の中はどうでもいいのだろう。太郎にとっては都合のいい事だった。 山から下りると太郎たちは河原に出て作戦を練った。 「さて、どこから捜すか」と太郎は弟子たちの顔を見回した。 「銀山ていうのは、やっぱり、光ってるんか」と八郎坊が真面目な顔をして聞いた。 「アホか。そんな山があったら、すぐに見つかっちまうだろ」と風光坊が八郎坊の肩を小突いた。 「そうだよな。今頃、来たって銀なんかあるわけないわな」 「という事は、一体、どんな山なんだろ」と探真坊は首を傾げた。 「誰か、銀がどういう風に山にあるのか知ってるか」と太郎は聞いた。 みんな首を振るだけで、知らないようだった。 「石の中に入ってるんじゃないのか」と探真坊が言った。 「石の中にあるのか」八郎坊が石ころを拾って眺めた。 「石というか、岩というか、その中にほんの少しづつ入っているんだ」 「ほんの少しか‥‥‥」と八郎坊はまだ石を眺めていた。 「少ししか取れないから高いんだろ」と風光坊も手近の石を手に取った。 「そうなると捜すのは大変な事だな」と探真坊は言った。 太郎は回りの山を見回していた。 「銀の事はわからんけど、金なら昔、取りに行った事がありますよ」と風光坊が手の中の石を眺めながら言った。 「なに、金を取りに行った」太郎は風光坊に聞いた。 「ええ、熊野にいた頃、金が出たって言うんで行ってみたんです」 「取れたんか」と八郎坊が聞いた。 「いや、取れん」 「その金が出たっていうのは、どんな所だった」と太郎は聞いた。 「それが、山の中の谷をずっと登って行った所でした」 「谷か‥‥‥」 「ええ、谷川をずっと、さかのぼって行って、岩に囲まれたような所でした」 「金も石の中にあるのか」と八郎坊は聞いた。 「いや、川の中にあるんだ。川の中の砂をすくうと、その中に砂金があるんだ」 「砂金も元は石の中にあるんだろう」と探真坊が言った。「石の中の金が長い間かかって崩れて砂になり、それが川の底に沈むんじゃないのか」 「多分、そうだろう」と太郎は頷いた。「金と銀は違うかも知れんが、とにかく、谷川に沿って登って行ってみるか」 四人は河原を上流の方に向かって歩いた。 しばらく行くと川が二つに分かれていた。もう、この辺りは山の中だった。途中までは川に沿って道があったが、ここまで来ると道もなく、人家もなかった。 「どっちだろう」と太郎が二つに分かれた川を見ながら言った。 左側が主流らしく川幅があった。 「こっちの方が、山の中に入って行くような気がするな」と風光坊が右側の支流を指しながら言った。 「おらも、こっちだと思うわ」と八郎坊も支流の方を見た。 「よし、まず、こっちを調べてから、この先に行こう」と太郎が言って四人は支流の方に入って行った。 支流はかなり深かった。 途中、岩に囲まれたような所に出たが、銀らしい物は見つからなかった。 さらに進むと、また、川が二つに分かれた。二つとも同じくらいの谷川で、どっちが本流なのかわからない。どっちに進むか迷ったが、そろそろ暗くなりそうだし、今日はここまでという事にして休む事にした。川の側に丁度いい平地もあった。 いつの間にか風も止み、青空が顔を出していた。 みんなで 火を囲み、風光坊が捕った鮎を食べながら四人は作戦を練った。 作戦を練ると言っても、今、どの辺りにいるのかもわからず、どの山を捜していいのかもわからず、ただ、運を天に任せるしかなかった。 「今日が十五日だ。十八日には、どうしても帰らなければならない。明日とあさっての二日間しかない。できれば、その二日間のうちに捜し出したい」と太郎は三人に言った。 「見つからなかったら、どうします」と風光坊は聞いた。 「また、出直しだ」 「たった二日じゃ難しいわ」と八郎坊は言った。 「足は大丈夫か」と太郎は探真坊に声をかけた。 「ええ、大丈夫です」と言いながらも探真坊は足をさすっていた。 「もう、痛くはないんか」八郎坊が心配そうに聞いた。 「ああ、特に痛みはないが、ちょっと、だるいんだ。それに、左足を庇っているせいか、右足がやけに凝っている」 「ゆっくり、休め」 「金比羅坊殿はうまく、やってるかな」と風光坊が言った。 「大丈夫だろ。あのお頭なら二百五十人位、すぐに集められる。そうだ、お前らに聞いておきたかったんだが、みんな、馬に乗れるか」 「俺は乗れる。がきの頃から馬と泳ぎだけはやらされた」と風光坊は言った。 「親父にか」 「ええ」 「成程な。探真坊と八郎坊はどうだ」 「子供の頃、乗った事はありますけど」と探真坊は頼りない声で答えた。 「じゃあ、大丈夫だな。八郎坊は?」 「牛なら乗った事あるけど、馬はないです。でも、同じようなもんやろ」 「どうしたんです、急に」と探真坊は聞いた。 「城下に乗り込む時に、お前たちに騎馬武者になって貰わなけりゃならんのでな」 「騎馬武者? ちゃんと鎧や兜をかぶってですか」 「勿論、そうだ」 「そいつは凄え。おらたちが騎馬武者か‥‥‥ええなあ」 「アホ、ただ、騎馬武者の格好をするだけだ」と風光坊は浮かれている八郎坊の肩をたたいた。 「格好だけでもええわ。みんなが、おらたちを見てるんやろ。気分ええわ」 「いや。多分、そのまま騎馬武者になってもらう事になるだろう」と太郎は言った。 「えっ、そのまま騎馬武者に?」 「ああ、俺が赤松家の武将になれば、お前たちは重要な家臣という事になる」 「おらたちが侍になるんですか」 「そうだ」 「山伏はやめるんですか」と探真坊が聞いた。 「やめるわけじゃないが、しばらくは武士になる。しばらくの間は成り行きに任せてみようと思っている。武士の世界は堅苦しくて、あまり好きではないがな、しょうがない」 「おらたちが武士だってよ」と八郎坊が風光坊の肩をつついた。 「それも、ただの侍じゃないぜ。騎馬武者だぜ」 「騎馬武者っていうのは家来がいるんやろ」 「そうだ、少なくても四、五人はいるだろ」 「家来か、おらに家来ができるのか‥‥‥まるで、夢みてえや」 「夢みるのはいいが、お前、みんなが見ている前で馬から落ちるなよ」 「落ちるか」と八郎坊は言ったが、あまり自信はなかった。 太郎の三人の弟子たちは、それぞれ、武士になる夢を見ながら眠りに入った。 太郎は銀山が見つかる事を祈りながら横になった。
2
朝、まだ日が昇る前だった。 早起きの鳥たちは、すでに鳴きながら飛び回っていたが、辺りは薄暗く、川のせせらぎが子守歌のように心地よく流れていた。 太郎は目を覚まし、側にある杖をつかんだ。何かが近づいて来るのを感じていた。 ──こんな朝早くから、一体、何者か。 いや、人間ではないかもしれない。 ──熊か‥‥‥鹿か‥‥‥猪か‥‥‥ 太郎はじっとしたまま耳をこらした。かなり側まで近づいて来るのがわかった。 やがて、その近づいて来た物が何かを小声で話すのが聞こえた。 人間だった。しかし、その話している言葉は聞いた事もない言葉で、まったく何を話しているのかわからなかった。 太郎は声のする方に向くと素早く立ち上がり、杖を構えた。 太郎が立ち上がるのと同時に、風光坊、探真坊、八郎坊が一斉に立ち上がった。なかなか頼もしい弟子たちだった。みんな、異常に気づいていたらしい。 敵は八人いた。 八人は太郎たちを囲んで短い槍を構えていた。見るからに山の連中だった。毛皮や革を身に付け、弓を背に負い、腰には刀の他に 「何者じゃ」と頭らしい背の高い男が言った。 「山伏だ」と太郎は言った。 「見ればわかるわ。どこの山伏じゃと聞いておるんじゃ」と頭らしい男の隣にいる、ずんぐりむっくりとした目付きの悪い男が言った。 「笠形山だ」と太郎は答えた。 「笠形山? 播磨じゃないか。播磨の山伏が何の用でここにいるんだい」と、また別の者が言った。 それは女の声だった。男の格好をしているので、てっきり男だと思っていたが、よく見れば、やはり女だった。 「宝を捜している」と太郎はその女に言った。 「宝? ふざけるな!」と、ずんぐりむっくりが怒鳴った。 「ふざけてはいない。赤松性具入道が隠した宝を捜している」 「赤松性具入道だと。寝ぼけた事を言うな。性具入道など、すでに、この世におらんわ」 「ああ、この世にはおらん。だが、死ぬ前に、この辺りに宝を隠したはずなんだ。おぬしら、知らんか」 「そんな物は知らん。知らんが、ここから先に行かせるわけにはいかん」と頭は言った。 「なぜだ」 「わしらの山だからじゃ」 「おぬしらの山?」 「そうじゃ。ここから先は誰も入れるわけにはいかんのじゃ。さっさと引き上げてもらおうか」と、ずんぐりむっくりが睨んだ。 「おぬしら、いつからこの山にいるんだ」と太郎は聞いた。 「生まれた時からじゃ」 「ほう、この山で何をしておる」 「狩りをしたり、炭を焼いたり、米を作ったり、色んな事をしておるわ」 「そうか‥‥‥俺たちも簡単に引き返すわけにもいかんのだよ。どうしても、ここから先へは行けんのか」 「行けないよ。帰んな」と女が手を振った。 「そいつは弱ったな、争い事は避けたいのだがな」 「わしらもじゃ‥‥‥やれ」と頭は命じた。 頭と、その隣にいる女以外の者、六人が槍を構えたまま、太郎たちを囲むように近づいて来た。 「殺すなよ」と太郎は言った。 「はいな」と八郎坊が、ひょうきんな声を出した。 普通、山伏は錫杖を持っているが、師匠の太郎が錫杖の代わりに五尺の棒を杖にして持ち歩いているため、皆、師匠に倣えと五尺の棒を持っていた。四人は五尺の棒で槍を相手にした。 勝負は簡単についた。 太郎が二人を倒し、それぞれが一人づつ倒すと、残った一人はためらったまま、かかっては来なかった。 「どうする。まだ、やるか」と太郎は頭に言った。 「わしが相手じゃ」と頭は槍を捨てて刀を抜いた。 「待って!」と女が止めた。 女は頭に何かを話した。そして、頭も女に何かを話しているが、何を言っているのか、まったくわからなかった。聞いた事のない言葉だった。前に師匠の風眼坊から、猟師たちは山に入ると普通の者にはわからない山言葉を使うと聞いた事があったが、これが山言葉なのか、と太郎は思った。 話がついたのか、頭は刀を鞘に納めると、「ついて来い」と言った。 「どこに行く」と太郎は聞いた。 「長老様の所じゃ」 どこに連れて行くのかわからなかったが、この山に長く住んでいる奴らなら銀の事もわかるかもしれない、と太郎は黙ってついて行く事にした。 女と、もう一人の男は倒れている仲間たちを起こした。 太郎たちは八人を先に行かせ、その後をついて行った。彼らは二股に分かれている谷川の左側をどんどん登って行った。 狭くて暗い谷川を小さな滝をいくつも乗り越えて登って行くと、やがて視界が開け、広い河原へと出た。河原の両側には、たんぼもあり稲の穂が稔っていた。たんぼの奥の方には小屋がいくつも並び、畑もできている。 すでに日は昇り、稲穂が朝日を浴びて輝いていた。 河原では子供たちが遊び、川で洗濯している女や畑で働いている女たちがいた。こんな山の奥に、こんな村があるとは想像もしていない事だった。 太郎たちは村の中程にある、ちょっと大きめな作りの小屋に案内された。 子供や女たちが珍しがって近寄って来た。子供たちや女たちの言葉は普通の言葉だった。 小屋の中は半分が土間のままで、半分に筵が敷いてあった。隅の方に祭壇のような物があり、その祭壇の前に一人の老人が座り込んで何かをしていた。 お香を焚いているようだった。甘い香りが小屋の中に漂っていた。そして、反対側の 「長老様、お客様ですよ」と男の格好をした女が言った。 「なに、客じゃと」と長老と呼ばれる老人はゆっくりと振り向いた。 白髪に白髭を伸ばした痩せた老人だった。毛皮の袖なしを着て、鋭い目付きで太郎たち四人を眺め、「どうして、連れて来た」と頭に聞いた。 「それが‥‥‥」と頭は口ごもった。 「みんな、やられたのよ」と男の格好をした女が言った。 「ふん、情けない奴らじゃ」 「でも、強い事は確かだわ」 「まあ、いい」と長老は男の格好をした女に言ってから、太郎たちに目を移し、「何の用で、この山に来たのかは知らんが、この山には何もない」と言って首を振った。「まあ、飯でも食って帰ってくれ」 長老は太郎たちに背を向けて祭壇に向かった。 「おちい、この人たちに飯の用意をしてやれ」長老は背を向けたまま言った。 竃の所にいた娘が返事をした。 「長老様、この人たち、赤松性具入道のお宝を捜しているとか言ってたわ」と男の格好をした女が言うと長老の肩が揺れた。 長老は振り返って、太郎を見つめたが、その顔色が変わっていた。 「赤松性具入道の宝?」長老は驚きを隠そうとでもするかのように、努めて落ち着いた声で言った。 「ええ、確か、そう言ってたわ。長老様、前に赤松性具入道の事、何か言ってたでしょ。それで、一応、連れて来たのよ」 「赤松性具入道の宝‥‥‥それは本当か」と長老は太郎に聞いた。 「本当です。それを捜しに来ました」 「誰の差し金じゃ」 「今のお屋形様です」 「赤松のお屋形じゃな」 「そうです」 「お屋形から、どういう風に聞かされた」 「ただ、生野の山のどこかに宝が埋まっているから見つけて来いと」 「その宝とは何じゃ」 「わかりません」と太郎は答えた。今の時点で本当の事を言う訳にはいかなかった。「ところで、あなたは赤松性具入道を御存じなのですか」 「いや、知らん。知るわけないじゃろう」 「そうですか‥‥‥その宝の事ですが、聞いた事はありますか」 「知らん。第一、赤松がどうして敵国に宝を隠すんじゃ」 「さあ、わかりません」 「おぬしら、騙されておるんじゃろう。宝捜しなんかやめて、さっさと播磨に帰った方がいい」 「そうかもしれませんが、もしかしたら、その宝というのは性具入道が隠したのではなくて、初めから、ここにあるのではないですか。それをたまたま、性具入道が見つけ出した。しかし、性具入道にはそれを持ち出す時間がなかった」 「ふん。まあ、いい。せっかく、ここまで来たんじゃ。ゆっくりして行くがいい。この地に客が来るなんて何年振りの事かのう。まあ、下界の話でも聞かせてくれ」 長老は頭と男の格好をした女を下がらせると、太郎たちを筵の上に上げた。 「おぬしら、どこの行者じゃ」 「笠形山です」 「ほう、笠形山のう。見たところ若いようじゃが、京で戦の始まった応仁元年には、どこにおった」 「近江です。近江の飯道山に隠れていました」 「近江か‥‥‥」と長老は少し考えた後に、「戦が始まって赤松勢と一緒に播磨に攻めて来たわけじゃな」と言った。 「はい」と太郎は頷いた。 「今、若いお屋形は置塩城下におるのか」 「いえ、いません。美作に行っています」 「まだ、帰って来んのか」 「実は、お屋形様に頼まれたのではなくて、別所加賀守に頼まれて、宝を捜しに来ました」 「別所加賀守?」 「御存じないですか」 「別所 「多分、そうでしょう。赤松家の事に詳しいようですが、あなたは一体、何者ですか」 太郎が長老に質問をした時、おちい、という娘が 「どうぞ、召し上がれ」と長老は勧めた。 太郎たちが、ためらっていると、「心配せんでもいい。毒など入っておらん」と長老は自ら毒味をした。 長老に勧められるまま、太郎たちは雑炊を食べた。結局、太郎の質問は、はぐらかされてしまった。 食事が済むと急に気が変わったのか、「おぬしたちも、このままでは帰れんじゃろう。今日、一日、この山の中を捜してみるがいい。何も出て来んとは思うがの、うちの若い者に案内させる」と長老は言った。 案内役を命じられたのは、太郎たちにやられた四人の若者で、小太郎、小三郎、助五郎、助六郎という名前だった。小太郎は三十前後の男で、今朝の戦いの時、仲間がやられて戦うのをためらっていた男だった。後の三人は太郎の弟子たちと同じ位の年だった。 彼らの話によると、長老と呼ばれる老人は この河原には大きく分けて三つの家族が住んでいた。 三十数年前、初めて、この山に入って来たのが、長老、鬼山左京大夫と鬼山 内蔵助は長老と同じ名字を名乗っているが、親戚でも何でもなく、すでに十年前に亡くなっていた。 彼ら三人の子供たちは二十一人もいて、孫たちは二十七人もいた。他にもいたが、小さいうちに亡くなったり、二人の子供は応仁元年、戦が始まった時、出て行ったまま行方がわからないと言う。長老たちはもう死んだと思っているが、子供たちはきっと、そのうちに帰って来ると信じていた。 字は違うが、城山城のある亀山と同じ名字を持っているというのが、何となく気に掛かった。四人にそれとなく、播磨に亀山というのがあるが、何か関係あるのか、と聞いてみたが知らないようだった。 太郎たちは四人の案内で、一日中、山の中を歩き回った。 あの河原に住み着いている者たちの正体がわからないため、宝というのが銀だとは言えなかった。もしかしたら、山名氏に関係している者たちかもしれない。そうだとすると、銀の事を喋るのはまずかった。眠っている銀を山名氏に取られてしまう事になる。そんな事になったら、今までの苦労が水の泡となってしまう。 どうして彼らがあそこに住み着いたのか、理由が知りたかったが、あの長老が素直に話してくれるとは思えなかった。 夕方、何の成果も得られず、河原に戻って来た太郎たちは、長老に、今晩、ちょっとした宴を開くから、もう少し、のんびりしていてくれ、と言われた。おかしな事だった。今朝は早く出て行けと言ったくせに、今度は宴を開くから、それに出てくれと言う。長老が何をたくらんでいるのかわからなかったが、太郎はもう少し、長老に付き合ってみようと思った。どうせ、今から山を下りても途中で日が暮れてしまう。今晩はここに世話になり、何とか長老たちの正体をつかもうと思った。 太郎は河原に出て、遊んでいる子供たちを見ていた。弟子の三人は娘や子供たちと一緒になって遊んでいた。 あの長老、何かを隠しているな、と太郎は思っていた。性具入道を知っている事は確かだが、味方なのか敵なのか、わからなかった。 「おぬし、赤松家の山伏だそうじゃのう」と誰かが後ろから声を掛けた。 振り向くと、斧をかついだ男が立っていた。五十年配の男で、長老の息子、小五郎に違いないと思った。 「赤松家の者だという 「そんな物は別にないが‥‥‥」 「それはうまくないのう」 「どうしてです。どうしてうまくないのです」 「どうしてでもじゃ」 「あなたたちは赤松家と関係あるのですか」 「わしたちか。わしたちは別に関係ないのう」 「それじゃあ、山名家と関係あるんですか」 「山名家? 山名家とも関係ないのう。わしらは、ただ、この山の中で、ひっそり暮らしておるだけじゃ。赤松だろうと山名だろうと関係のない事じゃわ」 「そうですか‥‥‥」 「それより、おぬしらこそ、山名の山伏じゃないのか」 「山名の山伏なら、但馬にいて、赤松を名乗りはしないでしょう」 「それもそうじゃのう」 「ところで、どうして、今頃になって赤松性具入道の宝なんぞ捜しておるんじゃ。性具入道が死んでから、もう三十年も経っておる。おぬしはまだ生まれてもおらんじゃろう」 「ええ、生まれていません」 「なぜじゃ」 「今頃になって、宝の事がわかったのです」 「なぜ」 「それは、その秘密というのが刀の中に隠してあったのです。性具入道は城山城落城の時、宝の秘密を四振りの刀に託しました。その四振りの刀を持っていたのは、入道の長男、彦次郎と弟の伊予守、そして、同じく弟の左馬助と甥の彦五郎の四人でした。その四振りの刀が偶然にも今年になって、赤松家に戻って来ました。その刀の柄の中に謎の言葉が隠してあって、その言葉の謎を解いたら、ここ、生野の山と答えが出たわけです」 「成程のう」と言ったのは小五郎ではなかった。 いつの間にか、小五郎の後ろに長老の左京大夫が立っていた。 「今の話は本当じゃな」と長老は聞いた。 「ええ、本当の事です」 太郎は長老と小五郎の反応を見た。よくわからなかった。敵なのか味方なのか、しっぽを出さなかった。 「用意ができた。さあ、中に入って下され」と長老は言うと、小五郎を連れて長老の小屋の隣にある小屋の方に入って行った。 太郎は弟子たちを呼ぶと、長老の小屋に入った。 筵の上に綺麗な 「これは、一体、どういうわけです」と太郎は側にいた女に聞いた。 「わかりません、長老様の命令です」 「客が来ると、いつも、こんな風に歓迎するのですか」と太郎は聞いた。 「いいえ、わたしが知っている限りでは、こんな事をするのは初めてです。もっとも、お客がここに来た事も初めてだけど」 「ここにはお客が来ないという事ですか」 「来ないのではなくて、来られないのです」 「どうしてです」 「わたしたちの山だからです」 太郎は、どうして、と聞こうとしたがやめた。どうせ、まともな答えは返って来そうもなかった。 やがて、長老と小五郎が息子たちを引き連れて入って来た。 太郎たちは息子たちと一緒に座らせられた。
3
長老はゆっくりと皆の顔を見回した。 皆、長老の方を向いて、長老が話し出すのを黙って待っていた。 正面の上座に長老と小五郎の二人が座り、左側に太郎、八郎坊、探真坊、風光坊、そして、小三郎、助七郎が座り、右側には銀太、助太郎、小太郎、小次郎、助四郎、助五郎、助六郎が座った。 太郎の正面に座った銀太というのは、初めて会った時、頭だと思った男だった。子供たちの中では最年長らしい。そして、長老の後ろに、おせんとおさえという老婆が二人と、おちいとおまるとおすぎという若い娘が三人控えていた。この村の男衆は全員集まっているようだった。女衆は子供たちの世話で忙しいのだろう、この場にはいなかった。 「今朝、お山の神様のお告げがあった」と長老は半ば目を閉じてまま言った。「お山の神様は、今日、待ち人来たりとお告げになられた。わしは嘘じゃろうと思った。ここに客など来るはずがなかった。もし、来たとしても、銀太たちに追い払われてしまうじゃろうと思った。しかし、お山の神様のお告げ通り、客人は来た。わしはすぐに帰すつもりじゃった。しかし、お山の神様のお告げが気になって、客人を引き留めた。そして、また、お山の神様にお伺いを立てた。そしたら、望み叶うと出た。わしはお山の神様のお告げを信じる事にした」 長老は静かに目を開けると皆を見回した。 皆は黙って、長老の話を聞いていた。 長老は一通り皆を見回し、視線は太郎の所で止まった。 「お客人、さっき、ちらっと聞いたんじゃが、謎の言葉を解いたら、赤松性具入道殿の宝が、この山にあると出た、と言っておったが、その謎の言葉というのは、一体、どんな物じゃな」 長老は赤松性具入道殿と言った。今朝、会った時は呼び捨てだったが、今は、殿を付けている。ちょっとした事だったが、太郎には気になった。 「百韻の連歌です」と太郎は答えた。 「誰のじゃ」 「性具入道殿と彦次郎殿と彦五郎殿と伊予守殿と左馬助殿の五人です」 長老は頷くと、しばらく目を閉じていた。 回りの者たちは黙って、長老を見つめている。 やがて、長老は目を開けると、「山陰に赤松の葉は枯れにける‥‥‥じゃな」と言った。 それには太郎の方が驚いた。この長老の口から、あの連歌の 「三浦が庵の十三月夜‥‥‥ですね」太郎は発句に続く脇句を言った。 「虫の音に夜も更け行く草枕」長老は第三句を続けて言うと、笑った。 その後を続けたかったが、太郎は覚えていなかった。 「そして、その連歌には、どんな言葉が隠してあったのじゃ」と長老は太郎を見つめた。 長老が、どうして、あの連歌を知っているのかわからなかったが、あの歌を知っている限り、ただ者ではない事は確かだった。偉そうな名前の通り、かつては、性具入道の側近くに仕えていた者かも知れない。太郎は長老を信じる事にした。 「生野に 「確かに、その通りじゃ」と長老は嬉しそうに言った。 「長老殿、その連歌を見た事あるのですか」 長老は頷いた。 「嘉吉元年の七月、坂本城において、お屋形殿とお会いした時、見させて頂いた‥‥‥」 長老は、そこで言葉を止めると皆を見回した。 「皆の者、間違いないぞ。喜んでくれ。今までずっと待ちに待っていたお人が、ようやく現れたんじゃ」と長老は皆に言った。 皆は一斉に歓声を挙げた。 太郎たちには何がなんだかわからなかった。わからなかったが、この人たちが敵ではないと言う事はわかった。 「今日は祝いの日じゃ。みんな、大いに飲んでくれ」 皆、大喜びしていた。 後ろに控えていた、おせんとおさえの二人の老婆は涙を流しながら喜んでいた。 ようやく、場の雰囲気が落ち着いた頃、太郎は長老に聞いた。 「長老殿、あなたは一体、何者なのですか」 「わしか、わしは山師じゃ。性具入道殿に雇われて、金山や銀山を捜していた山師じゃ。ようやく、ここの銀山を捜し当てたが、お屋形殿は亡くなってしまわれた。お屋形殿は最後に言った。わしは今回の戦で死ぬじゃろう。赤松家も滅びるじゃろう。しかし、いつの日か、絶対に赤松家は再興されるはずじゃ。赤松家が再興されてから、どの位の月日が経つかわからんが、いつの日か、きっと、赤松家の者がおぬしを訪ねて行くじゃろう。その日まで銀山を守り抜いてくれ‥‥‥そう、お屋形殿は言ったんじゃ‥‥‥」 「そして、守り通したわけですね」 「そうじゃ」 長老の左京大夫は酒を飲みながら身の上話を語り始めた。 左京大夫は日本人ではなかった。 当時、赤松家は朝鮮と貿易していた。朝鮮に渡った性具入道の家臣が、最新の技術を持った山師を見つけ、彼らと会って話をまとめて日本に連れて来たのだった。 彼ら十人は性具入道の命令によって播磨、備前、美作の山々を巡り、金や銀を捜し回った。城山城の抜け穴を掘ったのも彼らであった。 当時、彼らは日本の山師たちより、かなり進んだ技術を持っていた。性具入道は、その技術が他国に漏れる事を恐れて、彼らの存在を内密にしていた。また、彼らも自分たちの技術を日本人に教えたがらなかった。技術を盗まれてしまえば、自分たちの価値がなくなってしまう。価値がなくなれば、お払い箱にされてしまう。遠い異国の地で、お払い箱にされたらかなわなかった。 山を掘り、鉱石を砕き、炭を燃やし、たたらを使って製錬し、金や銀を作るのは、かなりの重労働だった。山を掘ったり、鉱石を運んだり、樹を切って炭を作るのは日本人の人足を使ったが、製錬する所は彼らの他は立ち入り禁止だった。 日本に来て二年目に左京大夫の親方が亡くなった。三年目にも二人亡くなり、四年、五年と経つうちに、仲間の者が次々に死んで行った。日本に来て二十年が経ち、とうとう二人だけとなっていた。鬼山左京大夫と鬼山内蔵助の二人だった。 鬼山とは、太郎の睨んだ通り、城山城のある亀山の事だった。それと、山の中で、たたらを使って鉄を作っていた者たちを、古くから鬼と呼んでいたため、亀を鬼に置き換えて、性具入道が彼らに付けた名字だった。左京大夫と言うのは、性具が入道になる前の官位名で、性具が入道になる時、長老に与えたものだった。 左京大夫と内蔵助は、性具入道の命令で新しい山を捜しに出掛けた。幸い、左京大夫の息子、小五郎が十八歳になっていたので一緒に連れて行った。 三年の間、播磨、備前、美作の山々を歩き回り、やっとの事で見つけたのが、播磨と但馬の国境近くの生野の山だった。生野の山の中で、かなり大きな銀の鉱脈を見つける事ができた。 左京大夫は二人を山に残したまま、入道に知らせるために京に向かった。ところが、その途中、京で起きた将軍暗殺事件の事を知った。そして、入道が今、坂本城で戦の準備をしていると聞き、真っすぐに坂本城に向かった。 性具入道は左京大夫の報告を聞いて喜んでくれた。よくやってくれた。わしはもうすぐ死ぬが、いつの日か、赤松家の者が、その山に左京大夫を訪ねて行くだろう。その日まで山を守ってくれと砂金を一袋渡した。左京大夫は砂金を抱え、入道の顔と言葉を脳裏に焼き付けながら山に帰った。 やがて、坂本城は落ち、城山城も落ち、性具入道は切腹、赤松氏は滅びた。赤松氏の領国は山名氏のものとなって行った。 三人はずっと山奥に隠れていた。ようやく、赤松の残党狩りも下火となった頃、三人は山を下りて山名氏の本拠地、出石の城下に行き、若い娘を三人買って来た。その娘が三人の妻となり、子供を何人も生み、今のように発展して行ったのだった。 いつの日かはわからないが、赤松家の者が来るまで、この山を守らなければならない。それには子供を作らなければならなかった。嘉吉の変のあった年、左京大夫は四十五歳になっていた。先がそう長いわけではなかった。それに、赤松家が再興されるのも時がかかりそうだった。二十歳の息子はいても、女っ気なしで長い間、山にいられるわけはない。 買って来た三人の娘たちはよく働き、丈夫な子を何人も産んでくれた。 そして、三十三年間、守り通した甲斐があって、ようやく、待ちに待っていた赤松家の者が、今朝、やって来たのだった。 子供たちはこの山に銀が眠っているという事は聞いて知っていたが、まだ、製錬の技術は知らなかった。今、その技術を知っているのは、左京大夫と小五郎の二人だけだった。この時点で、その最新の技術『灰吹き法』を知っていたのは、日本国内で、この二人だけと言ってよかった。 左京大夫は語り終わると、「待っていた甲斐があった」と目に涙を溜めながら何度も頷いていた。左京大夫は七十八歳になっていた。二十二歳の若さで異郷の地に来て、五十六年の歳月が流れていた。
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生野銀山