トンド
十二月七日、ササ(運玉森ヌル)たちはアンアン(安安)の船と一緒にトンド王国(マニラ)に向かっていた。何度もトンドに行っているムカラーも、ターカウ(台湾の高雄)からトンドに行った事はなく、アンアンの船が先導してくれるので助かっていた。 アンアンの船は琉球の進貢船と同じくらい大きい船で、形もよく似ているが、海賊を追い払うために鉄炮(大砲)を積んでいた。ターカウからトンドまでの海域は女海賊『ヂャンジャラン(張嘉蘭)』の縄張りなので、滅多に海賊は現れないが、広州のならず者『チェンジォンジー(陳征志)』が現れるかもしれないという。 チェンジォンジーは旧港(パレンバン)で暴れていて、鄭和に捕まって処刑されたチェンズーイー(陳祖義)の息子だった。パレンバンから広州に逃げたチェンジォンジーはメイユー(美玉)の前夫だったヤンシュ(楊樹)を頼って、ヤンシュのもとで働いていた。メイユーに逃げられたヤンシュはリンジェンフォン(林剣峰)に近づいて、娘のリンチョン(林冲)を妻に迎えて勢力を広げ、広州の海賊たちを一つにまとめた。リンジェンフォンの傘の下での親分気取りも長くは続かなかった。リンジェンフォンが亡くなると、広州の海賊たちはヤンシュから離反して、さらに、妻のリンチョンとチェンジォンジーに裏切られて広州から追い出された。チェンジォンジーはリンチョンを妻に迎えたという。ヤンシュの配下だった者たちはチェンジォンジーを嫌って、メイユーを頼った者も多いらしい。チェンジォンジーのもとにはならず者たちが集まって来て、海賊同士の掟も無視して暴れているという。 ターカウの港を出た愛洲ジルーの船は北風を受けて南下して、その日は島の最南端まで行って船の中で休んだ。二日目の早朝、夜が明ける前の暗いうちにターカウの島を離れて、南へと進んだ。東側に黒潮が流れているので注意しなければならなかった。 目が覚めたササは甲板に出た。丁度、朝日が昇る時刻だった。ササは朝日に両手を合わせて、航海の無事を祈った。タマミガがやって来て、朝日に両手を合わせた。 朝日に照らされて海が輝き、遙か遠くまで海が広がっているのが見えた。琉球を旅立ってから、すでに三か月が過ぎていた。琉球を旅立つ時、ターカウもトンドも知らなかった。随分と遠くまで来てしまったとササは思いながら空を見上げた。多少の不安はあるけど、スサノオの神様も一緒だし、ユンヌ姫様とアキシノ様も一緒なので安心だった。 ササはタマミガを見ると、「ミャーク(宮古島)からトンドに行く時は、どうやって行くの?」と聞いた。 トンドに行った事があるのはクマラパとタマミガだけだった。ミッチェもサユイもナーシルも行った事はなかった。 「ミャークから多良間島に行って、イシャナギ島(石垣島)に行くんだけど、イシャナギ島から南下して、フシマ(黒島)に寄って、パティローマ(波照間島)まで行くのよ。パティローマで風待ちをして南下するの。途中で黒潮を越えるんだけど、それが難しいみたい。下手をするとターカウまで流されちゃうらしいわ。ミャークの人たちはもうトンドに着いているんじゃないかしら」 「そうか。トンドに行けばミャークの人たちと会えるのね」 「トンドにも『宮古館』があるのよ。お父さんがアコーダティ勢頭様と一緒に、初めてトンドに行ったのは、もう四十年近くも前の事なの。当時、宰相だった『ヂャンアーマー(張阿馬)』が歓迎してくれて、ヂャンアーマーが『宮古館』を建ててくれたそうだわ」 「クマラパ様はヂャンアーマーと親しかったの?」 「元の国が滅びる時の混乱時に、戦をしていた者同士だったので意気投合したみたい」 「一緒に戦をしていたの?」 「そうじゃないわ。詳しい事はわからないけど、その頃、王様を名乗っていた人が何人もいたみたい。お父さんが仕えていた王様も洪武帝にやられて、ヂャンアーマーが仕えていた王様も洪武帝にやられたのよ」 「クマラパ様とヂャンアーマーは同じ位の年齢だったの?」 「お父さんの方が二つ年上だったらしいわ」 「そうなんだ‥‥‥」 「お父さんはお嫁に行く前のジャランさんに会っていて、嫁いでからもターカウで会っているのよ。ヂャンアーマーは娘のジャランは海賊には絶対に嫁がせないと言って、本人も太守の奥さんとして、海賊とは縁がない生活をしていたの。それなのに、女海賊になったなんて、とても信じられないって、お父さんは言っていたわ」 「ジャランさんが女海賊になったのは、メイユーさんの影響かしら?」 「お父さんから聞いたんだけど、ジャランさんはメイユーさんと一緒に広州に行ったらしいわ。そこで海賊の事を学んだんじゃないかしら。そして、亡くなった父親の跡を継ごうと決めたんだと思うわ」 海賊の世界の事はよくわからないけど、ターカウのためにもヂャンジャランに頑張ってほしいとササは思っていた。 「トンドってどんな所なの?」 「ターカウの日本人町をもっとずっと大きくしたような所よ。町全体が高い城壁に囲まれているの。その中に高い城壁に囲まれた宮殿があるのよ。マフニさんと一緒に宮殿に行って王様と会ったわ。会ったと言っても挨拶をしただけだけどね。歓迎の宴も開いてくれたけど、王様は来なかったわ。ターカウと違って、一国の王様だから何かと忙しいみたい。その時、アンアンは旧港に行っていて、いなかったのよ」 「王様って山賊だった人なんでしょ?」 「アンアンから話を聞くまで、そんな事は知らなかったわ。あたしたちが行った時は政権が替わってから七年も経っていたから、前の王様を従弟が倒したという事しか知らなかったの。お父さんがお母さんと行った時は、まだ、ヂャンアーマーもいたらしいわ。ヂャンアーマーの一族がいなくなってしまったので、お父さんは不思議がっていたのよ。でも、ヂャンアーマーは王様を飾り物にして好き勝手な事をしていたから、いつか必ず転ぶだろうと思っていたって言ったわ」 「城壁の中の町はどうなっているの?」 「町の中には川も流れていて、宮殿へと続く大通りには大きなお屋敷が建ち並んでいるわ。日本人町もあって、ターカウの人や倭寇たちがいるわ。『宮古館』は日本人町の近くにあるのよ。大きなお寺がいくつもあって、天妃宮もあるわ」 「熊野権現様もあるんでしょ?」 「日本人町の中にあるけど、ターカウの方が大きいわね。タージー(アラビア)という国の人たちのお寺や、インドゥ(インド)という国の人たちのお寺もあるのよ」 「タージーにインドゥ? その国はどこにあるの?」 「遙か西の方にあるみたい。鼻が高くて、目が青い人もいるのよ。髪の毛が黄金色の人もいて驚いたわ。勿論、言葉は全然わからないわ」 「へえ、面白そうな所ね」 「五月頃まで滞在しなければならないけど、決して飽きないと思うわ」 もう一眠りしようとササたちは船室に戻った。 十二月だというのに日差しは強くて暑かった。日が暮れる頃、ようやく島影が見えて来た。崖に囲まれた島だった。 上陸できない事はないが、この島にも首狩り族がいるとクマラパが言った。ミャークからトンドに向かう時もこの島を目指して来るという。 島の近くに船を泊めて夜を明かして、翌日、南下して行くと島がいくつも見えてきた。小さな無人島に上陸して一休みした。そこから島伝いに南下して行き、ターカウを出てから六日目、ようやく『トンド』がある『ルソン島』に着いた。 ルソン島はターカウの島よりも大きく、高い山々が連なっていた。ルソン島の北部にも首狩り族が住んでいるので上陸する事はできなかった。ルソン島の西側を南下して、四日後にようやく、トンドに到着した。途中、悪天候に見舞われて、揺れる船の中で一晩を過ごしたが、若ヌルたちが具合が悪くなる事もなく、何とか無事にトンドに着いた。 島が大きく窪んだ湾内の奥に『トンド』はあった。港には大小様々な船が泊まっていて、琉球の浮島(那覇)よりも栄えているように思えた。大きな川が流れていて、その北側に高い城壁に囲まれた町が見えた。その大きさにササたちは驚いた。ターカウの日本人町の数倍の大きさだった。 「トンドは宋の国の都だった杭州を真似して造った町なんじゃよ」とクマラパが言った。 「杭州って言えば、メイユーたちのおうちがある所だわ」と安須森ヌル(先代佐敷ヌル)が言った。 「綺麗な湖の近くにおうちがあるって言っていたわ。メイファン(美帆)から聞いたんだけど、本拠地をムラカ(マラッカ)に移しても、そのおうちは拠点として残すって言っていたわ。いつか、行ってみたいわね」 「トンドにも大きな湖があるわよ」とタマミガが河口を指差して、「あの川の上流にあるのよ。みんなで行きましょう」と楽しそうに言った。 アンアンのお陰で、煩わしい手続きもなく、ササたちは上陸した。 港は賑やかだった。商人らしい唐人たち、荷物運びをしているのは現地人のようだった。そして、見た事もない肌の色の黒い人たちや髪の色が黄金色をした人たちもいた。ササたちは驚いた。若ヌルたちは驚きのあまり言葉も出ないようだった。いつものようにキャーキャー騒ぐ事もなく、目をキョロキョロさせていた。 アンアンに従って、ササたちは大きな門を抜けて城壁の中にある町に入った。広い広場があって、その先に大通りがあり、大通りの右側に『天妃宮』があった。ターカウの天妃宮よりも大きくて、その建物の華麗さにササたちは驚いた。いたる所に黄金色に輝く飾り物があった。御本尊の天妃様も黄金色に輝いていた。ササたちは無事の航海のお礼を告げた。広い境内の中には様々な神様を祀っているお堂がいくつもあって、その中に『メイユー』を祀っているお堂もあった。 シンシンが通訳してくれたアンアンの話によると、アンアンの父、今の王様がここにメイユーのお堂を建てて祀ったのが初めで、それをターカウの天妃宮にも勧請したという。剣を振り上げているメイユーの像も黄金色に輝いていた。ターカウの像はあまりメイユーに似ていなかったが、ここのはよく似ていた。ササたちはメイユーの神様にお祈りを捧げた。 大通りの両側には商人たちの大きな屋敷が建ち並んでいた。それぞれの屋敷が大きな看板を掲げていて、看板に書かれている字は黄金色に輝いていた。 大通りを歩いている人たちは様々な格好をしていて、しゃべっている言葉も様々だった。ミャークやイシャナギ島、ターカウに行った時でさえ、異国という感じはしなかったが、トンドはまさに異国だった。はるばる異国までやって来たと皆が実感していた。 何を見ても驚いていたササたちは気づかなかったが、日本の侍のような格好をして腰に刀を差しているササたちは好奇の目で見られていて、王女様がまた奇妙な人たちを連れて来たと噂されていた。 しばらく行くと広い十字路に出た。左を見ると高い城壁に囲まれた宮殿の立派な門が見えた。右を見ると大通りの遙か先に城壁の門が見えた。 「昔は向こうに港があって、向こうの門から入ったんじゃよ」とクマラパが右の方を見ながら言った。 「向こうの門から入ると正面に宮殿が見える。南薫門と呼ばれる向こうが正門だったんじゃが、西側に新しい港ができて、皆、順天門から入るようになったんじゃ」 ササたちは左に曲がって宮殿に向かった。門の上には朱雀門と黄金色で書かれた扁額を掲げた大きな建物が建っていた。 アンアンが一緒なので、簡単な手続きをして宮殿内に入れた。順天門にいた門番も、ここの門番も皆、日本の刀を腰に差していた。トンドの兵たちは皆、日本の刀を差しているのかもしれなかった。 正面にまた城壁に囲まれた宮殿があった。宮殿へと続く大通りの両側には役所が並んでいて、明国の官服のような着物を着た役人たちが忙しそうに行き来していた。 「凄いわね」と安須森ヌルがササに言った。 ササは辺りを見回しながらうなづいた。 「この宮殿も宋の国の宮殿を真似して作ったらしい」とクマラパが言った。 「『トンド』というのは『東の都』という意味なんじゃよ。宋の国がここに移ったという意味が込められているんじゃ。しかし、元の国も明の国も、トンドとは認めず、島の名前をとって『ルソン国』と呼んでいるようじゃ」 宣徳門でまた簡単な手続きをして門内に入ると、そこは広場になっていて、正面に首里グスクの百浦添御殿のような宮殿が建っていた。百浦添御殿よりも一回り大きくて、あちこちに黄金色に輝く彫刻が施されていて、凄く豪華に見えた。 アンアンに従って宮殿に入って、一室で待たされたあと、ササと安須森ヌルとクマラパは王様に拝謁した。 黄金色の装飾があちこちに輝く豪華な部屋で、王様は高い所にある黄金色の玉座に座っていた。王様の頭の上にも黄金色に輝く王冠が載っていた。厳めしい顔をした重臣たちが並んでいて、重苦しい雰囲気だった。 近くに寄れと王様が言ったので、ササたちは玉座の近くまで行って、クマラパの通訳で王様の話を聞いた。 王様は琉球からよく来てくれたと歓迎してくれ、メイユーが琉球の王子の側室になった事に驚いていた。夫と別れたあとメイユーはトンドに来なくなってしまった。あとで琉球でのメイユーの事を聞かせてくれと言った。その後、王様はクマラパと話をしていたが、ササと安須森ヌルには何を話しているのかわからなかった。 アンアンから山賊だったと聞いているが、そんな面影はまったくなかった。時々、見せる鋭い目つきが武芸の心得がある事を物語っているが、生まれついての王様という気品が漂っていた。 「引き上げよう」とクマラパに言われて、ササと安須森ヌルは王様に頭を下げて引き上げた。 豪華な部屋を出て、王様と何を話していたのかとササがクマラパに聞いたら、クマラパは笑って、 「わしは王様に誤解されていたようじゃ」と言った。 「わしがヂャンアーマーと親しくしていたので、敵だと思って警戒していたそうじゃ」 「誤解は解けたのですか」と安須森ヌルが聞いたら、 「わかってくれたようじゃ」とうなづいた。 皆が待っている部屋に戻って王様の事を話しているとアンアンが来て、一緒に宮殿を出た。役所の間を抜けて行くと立派な庭園のある御殿に出た。先代の王様が側室のために建てた御殿で、今は客殿として使っているので、ここに滞在してくれという。 宮殿の敷地内に滞在するのは堅苦しいような気がするが、『宮古館』にはミャークの人たちがいるので泊まれない。町の様子がわかったら、どこか宿泊施設を見つけて、そちらに移ろうと思い、それまでは王様の好意に甘える事にした。 客殿は広く、一階には食事をする広い部屋があって、二階には部屋がいくつもあった。各部屋には寝台が四つづつあって、ササたちは分散して部屋に納まった。ササは安須森ヌル、シンシン、ナナと一緒の部屋に入ろうとしたら、 「あなたはジルーと一緒よ」と安須森ヌルに言われた。 ササは苦笑して、ジルーと一緒に部屋に入った。ミッチェとガンジュー(願成坊)も一緒に入り、ゲンザとミーカナ、マグジとアヤーも一緒に入った。若ヌル五人だけを一部屋に入れるのは心配なので、二つの寝台を運び入れて、玻名グスクヌルが一緒に入った。タマミガ、サユイ、ナーシルが一緒に入り、クマラパとムカラーが一緒に入った。 客殿には何人もの侍女たちがいて、ササたちの世話をしてくれたが言葉が通じないので、いちいちシンシンかクマラパを呼ばなければならず面倒だった。 その夜、別の御殿で歓迎の宴が開かれて、豪華な料理を御馳走になった。何人かの重臣たちを紹介されたが王様は現れなかった。舞台では歌やお芝居が演じられて、言葉はわからないが面白かった。安須森ヌルは真剣な目をしてお芝居を観ていた。 そろそろ宴がお開きになる頃、ササはユンヌ姫の声を聞いた。 「お船が狙われているわ」とユンヌ姫は言った。 ササは驚いて、「どういう事なの?」と聞いた。 「チェンジォンジーという海賊が、ジルーのお船を奪い取ろうと企んでいるのよ。今夜、襲撃するわ」 「あたしたちを追って来たの?」 「そうらしいわ。ターカウにはヂャンジャランがいるので襲えなくて、トンドまで追って来たのよ」 今、ジルーの船には二十人の船乗りしかいなかった。半数は船から下りて、王様が用意してくれた港の近くの宿舎で休んでいた。 「敵は何人いるの?」とササは聞いた。 「五十人くらいいるわ。でも、船乗りは襲撃に加わらないから三十人といった所ね」 ササはユンヌ姫にお礼を言った。 ユンヌ姫の声を聞いた安須森ヌル、シンシン、ナナがササを見た。 「お船を守らなくてはならないわ」とササは言った。 皆はうなづいたが、 「宮殿の門はみんな閉まってしまったわ」とシンシンが言った。 「アンアンに頼めば何とかなるわよ」とササは言った。 シンシンはうなづいて、アンアンの所に行って相談した。 宴が終わると玻名グスクヌルと若ヌルたちを客殿に返して、ササたちはアンアンと一緒に宮殿の東門から外に出た。 空には満月が出ていて明るかった。宮殿の横に川が流れていて、荷船が泊まっていた。ササたちはアンアンと一緒に荷船に乗って水門から城壁の外に出た。水門も閉まっていたが王様の許可を得ているので大丈夫だった。順天門から出たらチェンジォンジーの配下の者が見張っている可能性があるが、荷船に隠れて水門から出ればわからなかった。 川岸でムカラーを下ろして、ジルーの配下の船乗りたちがいる宿舎に向かわせた。町中を流れていた川は大きな川に合流して海へと出た。荷船に乗ったまま港に向かって、ジルーの船まで行った。敵の襲撃はまだないようだった。 船に乗ったササたちは見張りの船乗りに襲撃の事を告げて、敵を待ち伏せるための準備をした。 一時(二時間)近くが過ぎて、本当に敵の襲撃はあるのかしらと待ちくたびれた頃、静かに近づいて来る船があった。進貢船を一回り小さくしたような船だった。敵船はジルーの船に横付けすると、船と船の間に梯子を何本も渡した。敵船の甲板の方がジルーの船よりも四尺(約一二〇センチ)ほど高かった。 次々と敵が船に乗り移ってきた。敵の一人が船室を覗こうとした時、法螺貝が鳴り響いた。ガンジューが吹く法螺貝が合図で、ササたちの攻撃が始まった。 ミッチェとサユイが屋形の屋根の上から弓矢を撃ち、ナーシルが槍を投げた。突然の反撃に敵はひるんでいた。ササ、シンシン、ナナ、タマミガ、ミーカナ、アヤーは敵船に乗り込んで暴れ回った。敵船に残っていた者たちはササたちの敵ではなかった。刀を抜くまでもなく、武当拳によって皆、簡単に倒された。 ササたちがジルーの船に戻ると、すでに戦闘は終わっていた。大将らしい男はナーシルの槍で絶命していた。 「こいつはチェンジォンジーではないようじゃ」とクマラパが言った。 「チェンジォンジーは妻のリンチョンと一緒に隠れ家にいるらしい。簡単に奪えると思っていたんじゃろう」 「怪我人は出たの?」とササが聞いた。 「大丈夫よ。みんな、無事よ」と安須森ヌルが言った。 「強そうな五人はナーシルの槍とミッチェとサユイの弓矢にやられたわ。あとはみんな大した腕はなかったわ」 ムカラーの知らせを聞いて、宿舎で休んでいた船乗りたちが小舟に乗ってやって来た。ジルーは倒れている者たちを縛り上げろと命じた。 ササ、安須森ヌル、シンシン、ナナ、ミッチェ、サユイ、ナーシル、クマラパは敵の一人に案内させて、チェンジォンジーの隠れ家に向かった。隠れ家に残っているのはチェンジォンジーとリンチョンと二人の見張りだけだという。 チェンジォンジーの隠れ家は港の北側にある遊女屋町の中にあった。真夜中だというのに酔っ払った男たちがうろうろしていた。小さな遊女屋が建ち並ぶ通りの裏側にある古い家が隠れ家だった。見張りの姿は見当たらなかった。連れて来た男に声を掛けさせたが、隠れ家から返事はなかった。 警戒しながら戸を開けて中に入ると、土間に二人の見張りが倒れていて、部屋の中で男と女が血まみれになって倒れていた。それを見て、連れて来た男が何事か叫んだ。 「チェンジォンジーとリンチョンか」とクマラパが聞くと、連れて来た男はうなづいた。 「一体、どうなっているの?」と安須森ヌルが言って、 「誰の仕業なの?」とナナが言った。 ササは警戒しながら二人の死骸に近づいた。酒を飲んでいたとみえて、酒の入った酒壺が転がっていて、料理が散らかっていた。死骸のそばに何かを書いた紙切れが落ちていた。シンシンがそれを取って読んで、 「ヂャンジャランの仕業よ」と言った。 「『海賊の恥となるチェンジォンジーとリンチョンを退治した。ヂャンジャラン』て書いてあるわ」 「ジャランさんはチェンジォンジーを追って来たのかしら?」とササは言った。 「そのようじゃな」とクマラパは言って、「ジャランも立派な海賊になったもんじゃ」と苦笑した。 翌朝、王様の命令を受けた役人たちがやって来て、チェンジォンジーの配下たちを捕まえて、船を没収した。チェンジォンジーとリンチョンの首は、見せしめとして港に晒された チェンジォンジーを倒したのがヂャンジャランだと知ると、王様は生かしておいてよかったなと笑ったという。 ササたちは宮殿の東側にある『宮古館』に行って、マフニと再会した。上比屋のツキミガと来間島のインミガも来ていて再会を喜んだ。 日本人町に行くとトンドの太守として南遊斎の息子の小三郎がいて歓迎してくれた。ササたちがチェンジォンジーを倒した事は噂になっていて、日本人町の人たちも喜んでいた。チェンジォンジーにやられた倭寇たちも多いという。 言葉が通じる日本人町に来るとホッとした。できれば日本人町に滞在したいと太守に相談したら、これから倭寇たちがやってくるので難しいだろうと言われた。 『弁才天宮』は朝陽門と呼ばれる東門の近くにあった。イシャナギ島の石城按司が描いた『サラスワティ』の像があった。その像は思っていたよりも大きくて神々しかった。ササたちはイシャナギ島で会ったサラスワティを思い出しながらお祈りを捧げた。 |
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