尚巴志の進貢
土砂降りだった雨もやんで、佐敷グスクではお祭りが始まっていた。 馬天浜からシンゴたちも来ていて、山グスクに行っていたルクルジルー(早田六郎次郎)たちもマウシ(山田之子)と一緒に来ていた。 大きなお腹をしたナツも子供たちを連れて来ていた。サハチが心配して、休んでいろと言っても、まだ大丈夫よと言って聞かなかった。サハチも一緒に行ったら、ウニタキとファイチも来ていて、久し振りに三人で酒盛りを始めた。 「五月に送る進貢船の使者が決まりましたよ」とファイチが言った。 「サハチの最初の進貢だ。サングルミーが行くんだろう」とウニタキは言ったが、ファイチは首を振った。 「まもなく冊封使が来ますからね。サングルミーさんにはいてもらわないと困ります」 「そうか。それもそうだな」とウニタキはうなづいた。 「末吉大親に正使を務めてもらう事に決まりました。去年、南風原大親と一緒に順天府(北京)まで行っているので大丈夫でしょう」 「末吉大親と南風原大親は俺たちが明国に行った時、サングルミーの従者として一緒に行ったな」とサハチが言った。 「あの二人は同い年なんです。言葉に堪能な南風原大親が去年、先に正使になって、末吉大親も負けるものかと頑張って、今年、正使になったのです」 「南風原大親は朝鮮にも二度行っている。朝鮮の言葉も話せるとカンスケが驚いていたよ」 「南風原大親は一月に行っているから、二人は向こうで会うかもしれません」 「俺たちが明国に行ったのは、もう八年も前だ。また行きたくなったな」とウニタキが言った。 「今帰仁攻めが終わったら、また三人で行こう」とサハチが言うと、 「そいつは楽しみだ」とウニタキが嬉しそうに笑った。 「ムラカ(マラッカ)まで行って、ヂャン師匠を驚かせましょう」とファイチも楽しそうに笑った。 お芝居が始まった。ハルとシビーの新作『佐敷按司』だった。 十七歳のサグルーがヤマトゥから帰って来る場面から始まった。武術師範の美里之子の娘、ミチに惚れたサグルーは、美里之子に認めてもらうために武術修行の旅に出る。久高島でシラタル親方と出会い、剣術の極意を授かって佐敷に帰ると、ミチはサハチを産んでいた。美里之子に認められて、ミチと一緒になったサグルーは苗代大親を名乗って、武術道場の師範代になる。 島添大里按司が亡くなって家督争いが始まる。大グスクで様子を見守っていた苗代大親は、島添大里グスクが八重瀬按司に攻め取られた事を知る。苗代大親は大グスク按司に命じられて、佐敷にグスクを築いて佐敷按司になる。 佐敷按司になって五年後、島添大里按司になった八重瀬按司と大グスク按司の戦が起こり、佐敷按司も参戦する。佐敷按司の弟、苗代之子が活躍するが、美里之子は戦死してしまい、大グスク按司も戦死して、大グスクは島添大里按司に奪われてしまう。佐敷按司は島添大里按司に屈服する事なく、佐敷グスクを守り通すが、今帰仁合戦のあと若按司のサハチに按司を譲って隠居して、頭を丸めて旅に出る。 かつて、自分が経験した事だが改めてお芝居にして見ると、昔を思い出して、胸の奥がジーンとなってきた。観客たちも昔を思い出して感動しているようだった。 佐敷按司を演じたのは隊長のミフーで、十七歳から隠居する三十九歳まで、見事に演じていた。ミチを演じたのはナグカマで、苗代之子を演じたのはファイリンだった。 女子サムレーでもないファイリンが出て来たのでファイチは驚いていた。身が軽い事は丸太引きのお祭りで証明済みだが、大薙刀を振り回す内原之子との戦いは武芸の腕も並ではない事を示していた。ファイチはファイリンの太刀さばきを見て、嬉しそうに目を細めていた。 戦の場面では太鼓の音と法螺貝が戦場の雰囲気を醸し出し、全編を通じて、ユリの吹く笛が流れていた。その曲が場面場面とうまくあって、お芝居を盛り上げていた。 僧侶姿の佐敷按司が舞台から消えて、笛の調べも消えると指笛が響き渡って、歓声がどっと沸き起こった。 旅芸人たちも来ていて、『豊玉姫』を演じ、サハチも一節切を吹いた。ファイチもヘグム(奚琴)を弾いて、ウニタキもミヨンと一緒に三弦を弾いて歌った。辰阿弥と福寿坊の念仏踊りを皆で踊って、お祭りは終わった。 雨が降りそうな空模様だったが、お祭りが終わるまで降らずに済み、翌日からまた雨降りの日が続いた。 ユリはハルとシビーを連れて、島尻大里のお祭りの準備を手伝うために島尻大里グスクに行った。 五月三日、ナツが女の子を産んだ。ナツにとっては三人目の子供で、ナツの母親の名前をもらって、ハナと名付けられた。ハナの元気な泣き声に驚いたのか、梅雨も明けたようだった。 ハナの誕生祝いにやって来たウニタキに、 「明日のハーリーだが、俺が行った方がいいかな」とサハチは聞いた。 「クルー(手登根大親)が行くんだろう。お前がわざわざ顔を出す事もない。ハーリーはすでに庶民たちのお祭りになっている。お前が行けば、豊見グスク按司も気を使う事になる。やめた方がいい」 「そうだな。クルー夫婦に任せよう」とサハチはうなづいて、「豊見グスク按司の妻は、未だに中山王を恨んでいるのか」と聞いた。 「恨んでいるかもしれんな。実家がなくなってしまったんだからな。中グスクから嫁いで来た日に、祖父の中グスク按司が殺されている。望月党の仕業なんだが、中山王が殺したと思っているようだ」 「そうか‥‥‥望月党なんて知らないだろうからな。親父は南風原で戦死して、弟は中グスクで戦死している。恨むなと言うのは無理な話だな」 「戦だから仕方がない」とウニタキは言った。 侍女のマーミがお茶を持ってきた。 「ナツ様が羨ましい」とぽつりと言って去って行った。 「マーミも長いな」とサハチはウニタキに言った。 「ナツが『まるずや』を任された時、ナツの代わりとして侍女になったんだ。もう十年近いんじゃないのか。どうやら、サグルーが好きなようだ。サグルーが山グスクに行ったので、面白くないらしい」 「なに、サグルーと何かあったのか」 「何もないだろう。マーミの片思いさ。マーミはササとヤマトゥに行っていたシズと同期なんだよ」 「シズはササと南の島に行かなかったが、何をしているんだ?」 「今は今帰仁にいるよ。ヤマトゥ言葉がしゃべれるからヤマトゥンチュたちを探っているんだ」 「何のために?」 「今帰仁攻めの時、ヤマトゥンチュが戦に加わったら面倒な事になるだろう」 「そうか。いつ攻めるかまだ決まってはいないが、冬に攻めるとなると、ヤマトゥンチュたちが城下にいる事になるんだな。前回、武寧が今帰仁を攻めた時、ヤマトゥンチュたちはどうしていたんだ?」 「戦に加わった者もいたようだが、ほとんどの者たちは伊江島に避難していたようだ」 「伊江島か。伊江島には按司はいるのか」 「いる。古くからいるようだが、先代の山北王(a)の姉が嫁いでいる。今の伊江按司は山北王の従兄だ。今回もヤマトゥンチュたちは伊江島に避難する事になるだろうが、戦に参加する奴も出てくるだろう。奴らの様子を探って、なるべく、戦に参加させないようにしなければならない」 「そうだな。ヤマトゥンチュの恨みは買いたくはない。すまんがよろしく頼むぞ」 「戦をするからには勝たねばならん。敵の兵力はできるだけ削減する」 「うむ」とサハチはうなづいて、「そろそろ本気になって作戦を練らなければならんな」と厳しい顔つきで言った。そして、思い出したかのように、 「ところで、石屋のテハは何をしているんだ?」と聞いた。 「テハは他魯毎(山南王)に仕えて、情報集めをしているよ。島尻大里の城下に屋敷があるんだが、豊見グスクの城下にも屋敷を持って、マクムと娘が暮らしている」 「マクムは豊見グスクにいるのか」 「マクムの娘は他魯毎の妹だからな。まだ八歳だが、やがては島尻大里グスクに引き取って、山南王の妹としてどこかに嫁がせるつもりなんだろう」 「テハは中山王を探っているのか」 「いや、新垣大親と真栄里大親だ。二人とも親父を処刑されたからな。不穏な動きがないか見張っているんだ。それと、真壁按司も見張っている。東方の八重瀬、具志頭、玻名グスク、米須の城下にも配下の者を置いている。テハよりマクムの方が上手だ。テハの動きはマクムを通して、すべて筒抜けだよ。話は変わるが、トゥイ様(前山南王妃)がヤマトゥに行くそうだな」 「そうなんだ。俺も驚いたよ。三月の半ばに、トゥイ様はナーサと一緒に首里グスクに行って親父に頼んだらしい。親父は二つ返事で承諾したそうだ」 「ナーサがヤマトゥ旅に出たら、『宇久真』の女将はどうなるんだ?」 「マユミが女将の代理をするようだが、そろそろ、ナーサも女将を引退するんじゃないかな。若く見えるが、もう六十を過ぎているからな」 「マユミで大丈夫なのか」 「『宇久真』もできてから九年が経っている。遊女たちも入れ替わって、マユミの先輩たちは皆、辞めている。最初からいるのはマユミだけになったんだ。マユミが跡を継ぐしかないだろう。今はまだ頼りない所もあるが、マユミなら女将が務まるさ」 「そうだな。重臣たちの側室に納まった遊女も多い。ヤシマは首里グスクの御内原の侍女になったし、ミフーはヒューガ殿の側室になって、息子を産んでいるしな」 「お前のお気に入りだったユシヌは外間親方の後妻に納まったしな」 「ユシヌは可愛かった。まさか、外間親方に取られるとは思ってもいなかった。マユミが女将になったら、お前、マユミを側室に迎えられなくなるぞ」 「何を言っている? マチルギが許すわけないだろう。マチルギで思い出したが、マチルギはお前が去年の正月にキラマの島に行った事に気づいたぞ」 ニヤニヤしていたウニタキは急に真面目な顔になってサハチを見つめた。 「島添大里のお祭りに来て、ユーナと出会って、ユーナからいつ戻ったのか聞いたそうだ」 「まいったな。その事で、お前に何か言ったのか」 「いや、何も言わない」 「そうか。マチルギに気づかれたか‥‥‥」 「島の者たちはどう思っているんだ?」 「水軍のウーマから聞いたんだが、マチルギはアミーが娘を産んだ六日後にやって来たそうだ。その時、マチルギの機嫌が悪かったので、アミーの相手はお前に違いないと皆が思ったようだ」 「何だ、マチルギの勘違いで、俺だと思われたのか」 「今年の正月、ヒューガ殿が例年通り、島に新年の挨拶に行った。アミーの娘がヒューガ殿になついたので、島の者たちはヒューガ殿が父親かもしれないと思ったようだ。現に、俺がアミーに会いに行った時、ヒューガ殿も一緒だったからな。アミーは神様から授かった娘だから父親の詮索はしないでくれと島の者たちに言ったようだ。ヌルのマレビト神ではないが、アミーは島の者たちに尊敬されているからな。皆も納得して、今は神様の子供だと信じているようだ」 「神様の子供に落ち着いたか。でも、マチルギは知っている。チルーを悲しませるような事をしたら、お前を脅すかもしれんぞ」 「わかっている」とウニタキは苦笑した。
梅雨が明けた青空の下、豊見グスクは子供たちで賑やかだった。去年は山南王と王妃が来ていたが、今年は来ていなかった。王様が来ると警備が厳重になって、庶民たちが萎縮してしまうので、今年は豊見グスク按司に任せたようだった。トゥイ様は島尻大里ヌルと一緒に来ていた。 クルーが妻のウミトゥクと子供たちを連れてやって来て、豊見グスク按司(ジャナムイ)に歓迎された。ウミトゥクはジャナムイの一つ違いの姉で、今でも頭が上がらなかった。妹の長嶺按司の妻も来ていて、ウミトゥクは久し振りの再会を喜んだ。 チューマチ(ミーグスク大親)も妻のマナビーを連れてやって来た。マナビーは姉のマサキ(保栄茂按司の妻)と弟のミン(山南王世子)との再会を喜んだ。 豊見グスク按司の妻、ナチは叔母との再会を涙を流して喜んでいた。叔母の久場ヌルは三歳の娘を連れてやって来た。 久場ヌルから名前を呼ばれた時、ナチには誰だかわからなかった。中グスクヌルだったアヤ叔母さんよと言われて、ナチは久場ヌルをじっと見つめた。知らずに涙が流れてきた。中グスクを奪われた時、叔母も死んだと思っていた。 「叔母さん、生きていたのね‥‥‥」 「もっと早くに会いたかったんだけど、来られなかったわ」 ナチは涙を拭いて笑いかけると、「今までどこにいたのですか」と聞いた。 「中グスクにいたわ」 「えっ、ずっと捕まっていたのですか」 「そうじゃないわ。新しい中グスク按司の娘をヌルにするための指導をしていたのよ」 「えっ、叔母さんは敵に寝返ったのですか」 久場ヌルは苦笑して、「あなたから見たらそう見えるわね」と言った。 「あの時、わたしも死ぬつもりだったわ。でも、母に言われて、生きていく決心をしたのよ」 「敵を討つためにですか」 久場ヌルは首を振った。 「あの時、何が起こったのか、教えて下さい」 久場ヌルはうなづいて、九年前の出来事を思い出しながらナチに話した。目を潤ませて、黙って聞いていたナチは話が終わると、 「もし、弟が降伏していたら、どうなっていたのですか」と聞いた。 「サンルーが降伏したら、中山王の孫娘を嫁に迎えて、中グスク按司になれたかもしれないわ」 「そんなの嘘です」 「嘘じゃないわ。中山王は無益な殺しはしないわ。抵抗した者たちは殺されたけど、女や子供たちは助けて実家に帰したのよ。わたしには帰る所もないし中グスクに残ったの」 「母も実家に帰ったのですか」 「そうよ。北谷にいるわ」 「母が生きていたなんて‥‥‥」 ナチは涙をこぼして、堪えきれずに叔母の胸で泣いた。 翌日、ナチは久場ヌルと一緒に母に会いに北谷に向かった。 大勢の観客が見守る中、中山王の龍舟と山北王の龍舟が競い合って、わずかの差で中山王が優勝した。山北王の龍舟に乗っていたのはテーラーの弟の辺名地之子で、中山王の龍舟に乗っていたのはマガーチ(苗代之子)だった。いつもは弟の慶良間之子(サンダー)が乗っていたが、今年は俺がやると言って、見事に優勝を飾っていた。島尻大里ヌルのお陰かなとサハチは思った。 八日後、島尻大里グスクで、初めてのお祭りが行なわれた。サハチも女子サムレーたちを引き連れて出掛けた。西曲輪が開放されていて、城下の人たちで賑わっていた。ほとんどの人たちがグスクに入るのは初めてで、皆、感激していた。 今まで閉ざされていたグスクが開放されるなんて夢のようだと言っている者がいた。 豊見グスクはハーリーの時に開放された。豊見グスク按司は城下の人たちに慕われていた。そんな豊見グスク按司が山南王になってよかった。島尻大里は以前よりも栄えるに違いないと言っている者もいた。 西曲輪には屋台がいくつも出ていて、華やかに飾られた舞台もあった。舞台ではまだ何もやっていないが、島尻大里ヌルと座波ヌル、ユリとハルとシビーが準備をしていた。サハチたちは舞台に行った。 「按司様、いらっしゃい」とハルが笑った。 「ユリさんたちのお陰で、うまく行きそうです」と島尻大里ヌルがサハチにお礼を言った。 「お兄様」と言う声で振り返ると、王妃のマチルーがいた。驚いた事にマチルーは女子サムレーの格好だった。 「お前、なんて格好だ?」とサハチは呆れた。 「豊見グスクにいた頃は忘れていたけど、マアサが昔を思い出させてくれたの。わたしが物心ついた頃から、女子サムレーはいて、わたしも憧れていたのよ。お嫁に行かなくていいのだったら、女子サムレーになっていたわ」 「マチルー」と呼ばれて、マチルーが振り返ると懐かしい顔が並んでいた。 幼馴染みで共に剣術の修行に励んだマイがいた。先輩のカリーと後輩のアミーもいた。 「みんな、よく来てくれたわ。ありがとう」 「王妃として何かと忙しいだろうが、今日はお祭りだ。昔の仲間と昔話でも語れ」 マチルーは目を潤ませながらうなづいた。 マチルーの案内で、奥の方にある客殿に行くと、按司たちや重臣たちが酒盛りをしていた。 以前、ハーリーに行った時の事をサハチは思い出して、場違いな所に来てしまったように感じたが、手を振っているンマムイの姿が見えた。 「兼グスク按司を招待したのか」とサハチがマチルーに聞くと、 「保栄茂按司の妻のマサキが、兼グスク按司の奥さんのマハニさんに会いたいと言って招待したのです。ハーリーの時に来なかったので、お祭りに呼んだのです」 「そうだったのか」 サハチはンマムイを誘おうかとも思ったが、自分の命を狙ったシタルーへの恨みがあるので来ないだろうと思って誘わなかった。昔の事なんか忘れたような顔をして、重臣たちと酒を飲んでいるンマムイを見て、サハチは笑った。 マチルーは女子サムレーたちを連れて、どこかに行った。 ンマムイがいたお陰で、サハチもその場に馴染む事ができた。去年の戦の時、名前を何度も聞いたが、会った事のなかった重臣たちと酒を酌み交わした。寝返った振りをしていた照屋大親はさすがに貫禄のある男だった。この男がいれば他魯毎も大丈夫だろう。照屋大親と波平大親は、裏切り者と言われながらも先代の王妃に従っていた。マチルーも重臣たちに慕われる王妃になってほしいとサハチは思った。 他魯毎の弟たちにも初めて会った。豊見グスク按司も保栄茂按司も阿波根按司も、按司の息子として、何不自由なく育ったという感じだが、妹婿の長嶺按司は一癖ありそうな気がした。山南王だった兄が朝鮮に逃げてしまって、その後、苦労したのかもしれなかった。 お芝居が始まるというので、サハチはンマムイと一緒に舞台の近くまで行った。すでに、大勢の子供連れの人たちが舞台の前に座り込んでいた。サハチとンマムイは一番後ろに座って、マアサが作った女子サムレーたちが演じる『瓜太郎』を観た。初めてにしてはまあまあの出来栄えで、観客たちは指笛を鳴らして喜んでいた。 休憩を挟んで、旅芸人たちのお芝居『王妃様』が始まった。サハチは途中まで観て引き上げる事にした。今晩、ルクルジルーたちの送別の宴が『宇久真』で行なわれるので、日が暮れる前に首里に行かなければならなかった。 ンマムイも一緒に帰るというので、客殿にいた侍女に、女子サムレーたちを呼んでもらった。 「お前は泊まって行けばいいだろう」とサハチがンマムイに言ったら、 「俺はいいんだけど、マハニが怖いと言うんだ」と言った。 「そうか。ひどい目に遭わされたからな」 女子サムレーたちは客殿の二階にいたようだった。マハニとンマムイが連れて来た女子サムレーも一緒だった。 サハチがマハニに挨拶をしていたら、 「按司様、お久し振りです」とンマムイの女子サムレーの隊長が言った。 サハチには誰だかわからなかった。 「馬天浜のマシューと一緒に佐敷グスクに通って剣術を習っていたフニです」 馬天浜のマシューはシビーの姉だった。二人が仲良く、マチルギから剣術を習っていたのをサハチは思い出した。 「確か、糸満に嫁いだのではなかったのか」 「そうです。嫁いだ翌年、阿波根にグスクができて、夫がサムレーになりたいと言い出したのです。わたしが鍛えて、夫はサムレーになれました」 「そうか、お前が鍛えたのか」とサハチは笑った。 「わたしと同期だったのです」とカリーが言った。 「こんな所で会うなんて、本当に驚きました。あの頃、わたしより強かったので、お嫁に行くなんて勿体ないと思っていたんですけど、兼グスクの女子サムレーの隊長を務めていると聞いて、わたしも喜びました」 「そうか。阿波根グスクで娘たちを鍛えていたのはお前だったのか」 「そうです。そして、女子サムレーを作りました」 「これから首里に行くんだが、お前も来ないか。マチルギが喜ぶだろう」 「お師匠に会いたい」と言ってフニはンマムイを見た。 「よし、俺たちも首里に行こう」とンマムイは笑った。 首里に行ったフニはマチルギとの再会を喜び、同期だった『まるずや』の主人のサチルーとも再会を喜んだ。 サハチはンマムイを連れて、『宇久真』に行った。ヤマトゥに帰るルクルジルーたち、シンゴとマグサ、交易船に乗るクルー(手登根大親)、ジクー禅師、クルシ、福寿坊、北原親方、クレー、朝鮮に行く本部大親、越来大親、チョルとカンスケたちが集まった。北原親方は首里一番組の副隊長だったが、伊是名親方(マウー)が与那原大親になったので、四番組のサムレー大将になっていた。 思紹も途中から顔を出して、 「ヤマトゥは戦をやっているかもしれん。無理をせず、充分に気を付けて行って来てくれ」と言った。 翌日は馬天浜の『対馬館』で送別の宴があり、船乗りたちと一緒に浜辺で酒盛りを楽しんだ。 その翌日、ルクルジルーたちは帰って行った。シンゴの船にはウニタキの次男のマサンルーとマガーチの長男のサジルーがクレーと一緒に乗っていた。 「マシュー(安須森ヌル)もマユもいないので、今年は退屈だった」とシンゴは笑った。 「もうすぐ、無事に帰って来るだろう。南の島の人たちを連れてな。来年まで我慢しろ」 「来年は今帰仁攻めだろう」 「予定はそうなんだが、相手の出方次第だな。南部の状況はいいんだが、ヤンバル(琉球北部)の按司たちを分断しなければならない」 「お前の事だから大丈夫だと思うが、負ける戦はするなよ」 「わかっている。焦らず、時期を見極めるつもりだ。若い二人をよろしく頼む」 シンゴはうなづくと小舟に乗って船に向かった。 浮島では交易船が船出していた。トゥイ様とナーサはマアサが率いる女子サムレー四人と一緒に船に乗り込んだ。越来ヌルのハマはタミーの事を心配して、今年もヤマトゥ旅に出た。 勝連では朝鮮に行く船が船出した。 十日後、サハチが世子尚巴志の名前で送る進貢船が船出した。正使は末吉大親、副使は桃原之子、サムレー大将は外間親方と勝連のサムレー大将、屋慶名親方が五十人のサムレーを率いて乗っていた。毎年、行っているクグルーとシタルーも行き、平田のサングルー、中グスク按司の長男のマジルー、佐敷のシングルーとヤキチの兄弟も唐旅に出掛けた。 シングルーはヤマトゥ旅から帰って、ファイリンと一緒になったため、明国には行っていなかった。ファイリンから明国の言葉を習い、いつか正使になって、ファイリンを明国に連れて行くと張り切っていた。 |
佐敷グスク
豊見グスク
島尻大里グスク