沖縄の酔雲庵

尚巴志伝

井野酔雲







ササたちの帰国




 進貢船(しんくんしん)を送り出した二日後、首里(すい)の武術道場で『武科挙(ぶかきょ)』が行なわれた。

 明国(みんこく)(中国)の制度を真似して、サムレーになりたい若者は誰でも受ける事ができた。大勢の若者たちが集まって来て、武術の試合を行ない、勝ち残った百人がサムレーになるための修行が許された。

 今まで、重臣やサムレーたちの息子は才能がなくても、武術道場で修行をする事ができたが、これからは『武科挙』を受けなければ、たとえ重臣の息子であってもサムレーになる事はできなくなった。『まるずや』の主人、トゥミの息子の『ルク』は見事に勝ち残って、武術道場で修行する事になった。

 サハチ(中山王世子、島添大里按司)も苗代大親(なーしるうふや)(思紹の弟)を手伝って、若者たちの試合に立ち会った。『ルク』は思っていた以上に強かった。父親よりも母親に似たらしい。ヤフス(先代島添大里按司)の息子という事は、『ルク』は他魯毎(たるむい)(山南王)の従弟(いとこ)になるのかとサハチは改めて気づいた。でも、『ルク』はその事は知らない。いつの日か、知る事になるのだろうかと少し心配になった。

 その翌日、サハチは『龍天閣(りゅうてぃんかく)』で思紹(ししょう)(中山王)と『今帰仁(なきじん)攻め』の兵力と行軍行程を検討していた。大勢の兵を率いて『今帰仁』まで行かなければならないので、兵糧(ひょうろう)は勿論の事、馬や荷車など、今のうちに用意できる物は用意しておかなければならなかった。

 一通り検討したあと、サハチは思紹が今、彫っている彫刻を見た。

「観音様ですか」とサハチが聞いたら、

「『弁才天(びんざいてぃん)様』じゃ」と思紹は答えた。

 サハチは『弁才天様』を知らなかった。

馬天(ばてぃん)ヌルから彫ってくれと頼まれたんじゃよ」

「叔母さんが? 琉球(沖縄本島)の神様なんですか」

「どうも違うようじゃ。昔、『ビンダキ(弁ヶ岳)』にヤマトゥ(日本)から来た山伏が登って、山頂に『弁才天様』を(まつ)ったらしい。今はなくなってしまったので、わしに彫ってくれと言ったんじゃよ。報恩寺(ほうおんじ)の和尚(ナンセン禅師)に聞いたら、『弁才天様』は『天竺(てぃんじく)(インド)の神様』で、唐に伝わってヤマトゥに伝わったという。『水の神様』であり、『音曲(おんぎょく)の神様』でもあるようじゃ。馬天ヌルが『ビンダキの神様』から聞いた話をしたら、和尚は驚いて、『ビンダキ』に『弁才天様』を勧請(かんじょう)したのは『役行者(えんのぎょうじゃ)』に違いないと言っておった」

「役行者?」

「山伏の元祖だそうじゃ。ヤマトゥの『大峯(おおみね)』という修験(しゅげん)の山に『弁才天様』を祀ったのも『役行者』だと言っておった。ヤマトゥでは『瀬織津姫(せおりつひめ)様』という神様の化身として『弁才天様』があちこちに祀ってあるらしい」

「『瀬織津姫様』というのは、『豊玉姫(とよたまひめ)様』の娘ですか」

「さあのう。馬天ヌルに聞いても知らなかった。ササ(運玉森ヌル)なら知っているかもしれんな」

 『弁才天様』を見ると『三弦(サンシェン)』のような楽器を持っていた。そして、不思議な事に手が四本もあった。

「どうして、手が四本もあるのですか」とサハチは聞いた。

「報恩寺の書庫に『弁才天様』の絵図があったんじゃ。そこに描いてあった『弁才天様』の手が四本あったんじゃよ。和尚に聞いたら八本もある『弁才天様』もいるらしい。八本も彫るのは大変なんで四本にしたんじゃよ」

 不思議な神様だと思いながら、サハチは『弁才天様』の顔を見た。まだ彫りかけなので輪郭しかわからないが、何となく馬天ヌルに似ているような気がした。

 サハチは思紹と別れて『ビンダキ』に行った。山頂の小屋に猟師(やまんちゅ)の格好をした『ウニタル(ウニタキの長男)』がいた。

「何だ、お前はここにいたのか」

「いつも、ここにいるわけではないんですけど、そろそろ按司様(あじぬめー)が来るだろうから、見張っていろと親父に言われたのです」

「俺に何か用があるのか」

「そうじゃないみたいです。按司様が『独り言』を言ったら、よく聴いておけと言われました」

「俺が『独り言』を言うだと? お前の親父は寝ぼけているのか」

「さあ?」とウニタルは首を傾げた。

「ここに『弁才天様』の(ほこら)があったのを知っているか」とサハチはウニタルに聞いた。

「『弁才天様』って誰ですか」

「神様だよ」

「知りません」とウニタルは首を振った。

 サハチは辺りを眺めたがわからなかった。舜天(しゅんてん)(初代浦添按司)の時代、『熊野水軍』が琉球に来ていたので、その頃、熊野の山伏がこの山に登ったのだろうか。山伏の元祖が『弁才天様』を祀ったというのなら、もっと昔の事かもしれなかった。

 夕暮れの南の海を眺めながら、サハチはササたちの無事の帰国を祈った。

「サハチ」と呼ぶ『ユンヌ姫』の声が聞こえた。

「ユンヌ姫様、帰って来たのか」とサハチは言った。

 ユンヌ姫の声が聞こえないウニタルは、サハチが『独り言』を言ったので驚いた。

「明日の正午(ひる)頃にはササたちが帰って来るわ」

「なに、明日の正午に帰って来るのか。無事でよかった。今まで、ありがとう」

「楽しい旅だったわ。収穫も多いわよ。楽しみにしていて」

南の島(ふぇーぬしま)の人たちも来るのか」

「『ミャーク(宮古島)』の船と『トンド(マニラ)』の船が一緒に来るわ」

「トンド?」

南の国(ふぇーぬくに)よ」

「総勢、何人だ?」

「百五十人位じゃないかしら」

「百五十人か‥‥‥」

 浮島(那覇)の『那覇館(なーふぁかん)』は旧港(ジゥガン)(パレンバン)とジャワの人たちの宿舎として拡張したが、途中で、南の島の人たちも来る事に気づいて、さらに拡張した。百五十人なら何とかなりそうだった。

「『苗代大親の娘』も連れて来たのか」

「連れて来たわ。『サングルミー(与座大親)の娘』もね」

「サングルミーの娘?」

「『パティローマ(波照間島)』にいたのよ。親子の対面があるから、『苗代大親』と『サングルミー』を呼んでね」

「わかった。無事に帰って来て、本当によかった」

 サハチはもう一度、ユンヌ姫にお礼を言ってから、「ユンヌ姫様はここに『弁才天様』が祀ってあったのを知っているのか」と聞いた。

「えっ、ちょっと待って」とユンヌ姫は言ってから、「そうよ。ここよ。ここだったんだわ」と言った。

「琉球にも『弁才天様』が祀ってあった所があったんだけど思い出せなかったのよ。サハチがどうして、そんな事を知っているの?」

「馬天ヌルがここの『神様』から聞いたらしい」

「そうだったの。『真玉添(まだんすい)』の都があった頃、ヤマトゥから『仙人』が飛んで来て、この山に祀ったのよ。『真玉添』が滅んだあと、ここの『弁才天様』も忘れ去られてしまったのね。ササも『弁才天様』の事を調べているのよ」

「ササがか。南の島にも『弁才天様』が祀ってあるのか」

「『弁才天様』はもともと南の国の神様なのよ。トンドには『弁才天宮』があって、黄金(くがに)の『弁才天様』がいらしたわ」

「そうなのか。知らせてくれてありがとう。ササたちを迎える準備をして待っているよ」

 『ユンヌ姫』と別れたサハチが振り返ると、呆然とした顔をしてウニタルがサハチを見ていた。

「按司様は『神様』とお話ししていたのですか」

「いや、ただの『独り言』だよ。ササたちが明日の正午頃に帰って来る。親父に知らせてくれ」

「はい。わかりました」と頭を下げるとウニタルは山を駈け下りて行った。

 サハチは首里グスクに帰って、ササたちの帰国を知らせて、城女(ぐすくんちゅ)たちに『帰国祝い』の準備をさせた。



 『パティローマ』から『フシマ(黒島)』に行ったササたちは、フシマ按司を乗せて、『タキドゥン島(竹富島)』に行き、タキドゥン按司を乗せて、『イシャナギ島(石垣島)の名蔵(のーら)』に行った。名蔵にしばらく滞在して、『ブナシル(名蔵女按司)』や『マッサビ(於茂登岳のフーツカサ)』に旅の話を聞かせてから、仲間の若按司、富崎(ふさぎ)の若按司、新城(あらすく)のツカサ、大城(ふーすく)のツカサ、フーキチ夫婦を乗せて、平久保(ぺーくぶ)で若按司の太郎を乗せて『多良間島(たらま)』に行った。

 多良間島で女按司のボウと娘のイチを乗せて『ミャーク』に行った。『与那覇勢頭(ゆなぱしず)』は琉球に行く準備をして待っていた。ササたちはお世話になった人たちに挨拶をして回り、ミャークを船出したのは五月二十六日の早朝だった。

 『サシバ』はすでに飛んで行ってしまっていたが、ササたちを待っていたのか、数羽のサシバが琉球目指して飛んで行った。ササたちはサシバを追って船出をした。

 与那覇勢頭の船には二十年前に琉球に行った船乗りも乗っていて、勘を取り戻せば琉球に行く事も帰る事もできるだろうと言っていた。夜中も走り通して、翌日の夕方、島影が見えてきた。『キラマ(慶良間)の島々』だった。ササたちは修行者たちがいる夢の島に寄った。修行者たちは驚いた。ササたちは修行者たちに旅の話を聞かせて喜ばれた。



 翌日、サハチは馬天ヌル、麦屋(いんじゃ)ヌル(先代与論ヌル)、カミー(アフリ若ヌル)と一緒に浮島に行った。サハチたちが来る前に、サスカサ(島添大里ヌル)、ユリ、ハル、シビーが来ていた。女子(いなぐ)サムレーたちも一緒にいて、集まって来た人たちに小旗を配っていた。

「『ユンヌ姫様』から聞いたのか」とサハチが聞くと、

「『アキシノ様』から聞いたのよ」とサスカサは言った。

「『メイヤ姫様』という南の島の神様も一緒にいたわ」

「なに、『神様』も連れて来たのか。『神様』の接待はお前たちに任せるよ」とサハチが言ったら、サスカサは笑った。

 噂を聞いた人たちがササたちを迎えようと集まって来た。ヤマトゥの船が帰ってしまって閑散としていた浮島が、お祭りのように賑やかになった。

 サタルーがシラー(久良波之子)と一緒にやって来た。

「お前、どうして、ここにいるんだ?」とサハチは驚いて、サタルーに聞いた。

「去年の暮れに丸太を運んだ船が『奥間(うくま)』に帰って来たんだけど、その船に玻名(はな)グスクの城下に住んでいた家族が乗っていたんです。その家族の親が奥間で亡くなったので、里帰りしたんです。その家族を玻名グスクまで連れて行って、山グスクに顔を出したら、ササたちが帰って来るという知らせを聞いて、シラーと一緒にやって来たんです」

「ナナに会いたくて、わざわざ来たんじゃないのか」と聞くと、サタルーは笑って、

「長い船旅でしたからね。ここに俺がいないとナナが寂しい思いをするだろうと思ったんですよ」と言ってシラーを見た。

「そうですよ」とシラーはうなづいた。

「明国から帰って来た時、シンシン(杏杏)がいなくて寂しい思いをしました。みんなが再会を喜んでいるのに、俺には誰もいなかったんです」

「そうか」とサハチは言って、二人を見て笑った。

 ンマムイ(兼グスク按司)夫婦とマグルー夫婦も来た。ヤグルー(平田大親)とマタルー(八重瀬按司)と手登根大親の妻、ウミトゥクも来た。叔父のサミガー大主(うふぬし)までやって来たのには驚いた。

「懐かしい顔と会えるかもしれんのでな」とサミガー大主は笑った。

 大勢の人が集まり過ぎてきた。うまい具合に浮島の警護を担当している田名親方(だなうやかた)が顔を出した。見物人たちを整理して、港から那覇館までの道の確保をするようにサハチは頼んだ。縄を持ったサムレーたちがやって来て、見物人たちを抑えた。

 四半時(しはんとき)(三十分)後、法螺貝(ほらがい)が鳴り響いた。遠くに船影が見えてきた。三隻の船がだんだんと近づいて来た。迎えの小舟(さぶに)が次々と漕ぎ出して行った。

 一番最初に上陸したのは、ササ、安須森(あしむい)ヌル(先代佐敷ヌル)、シンシン、ナナ、ナーシルだった。

 ササたちはニコニコしながらサハチたちの所に来て、「ただいま」と言った。

「楽しかったわ」と安須森ヌルは言った。

「凄い事がいっぱいわかったのよ」とササが言って、『ナーシル』を紹介した。

 ナーシルは背の高い娘で、槍を持っていた。目元が苗代大親に似ているとサハチは思った。

「遠い所をよく来てくれました。安須森ヌルの兄のサハチです」

「ナーシルです。よろしくお願いいたします」

 シンシンはシラーと、ナナはサタルーとの再会を喜んでいた。

 玻名グスクヌルと若ヌルたちが上陸して来た。旅立つ前、幼かった若ヌルたちは一回りも二回りも大きくなっているように思えた。皆、目をキラキラと輝かせていた。

 チチーは父親のマタルーと、ウミは父親のヤグルーと、ミミは母親のウミトゥクとの再会を喜んで涙ぐんでいた。マサキは父親のンマムイ、母親のマハニ、姉のマウミまでいるので感激して泣いていた。安須森ヌルの娘のマユは女子サムレーたちに囲まれていた。マユは女子サムレーたちに可愛がられて育っていた。皆、母親のようなものだった。

 みんなの再会を喜びながらも玻名グスクヌルは寂しかった。自分の身内は皆、戦死してしまって誰もいなかった。帰って来ても、誰も喜んではくれなかった。

「マフー」と呼ぶ声が聞こえた。空耳かしらと振り返ると懐かしい顔があった。

「サキチ‥‥‥」と玻名グスクヌル(マフー)は男を見つめた。知らずに涙がこぼれ落ちた。

「お帰り」とサキチは言った。

「ただいま」と言って、無理に笑おうとしたが、あふれ出る涙が止まらなかった。

 『サキチ』は玻名グスクの城下に住んでいた鍛冶屋(かんじゃー)だった。マフーが十八歳の時に『奥間』からやって来た。マフーより一つ年上で、「好きです」と告白された。当時、若ヌルだったマフーは、「ヌルはお嫁に行けないの」と『サキチ』の求婚を断った。それでも『サキチ』は諦めなかった。

「俺が一緒になる人はマフーしかいない」と言って、嫁をもらう事もなく独身で通していた。鍛冶屋の腕は確かで、父にも信頼されていた。マフーが二十七歳の時、伯母の玻名グスクヌルが亡くなって、マフーが『玻名グスクヌル』を継いだ。それでも、『サキチ』は諦める事はなかった。父や兄たちが戦死して、玻名グスクが奪われ、どん底にたたき落とされたマフーは『サキチ』の事など忘れた。

 すっかり忘れていた『サキチ』が南の島を旅していた時、突然、思い出された。ササや安須森ヌルの話を聞いて、もしかしたら、『サキチ』は自分の『マレビト神』だったのではないのだろうかと思うようになった。助けが必要な時、『サキチ』が現れて、いつも助けてくれた。その時は当たり前だと思っていたけど、決して、そうではない事に気づいた。『サキチ』はいつも自分を見守ってくれていたのだった。マフーは琉球に帰ったら、『サキチ』を探そうと思っていた。

 夢でも見ているかのように、『サキチ』が目の前に現れたので、マフーの頭の中は真っ白になっていた。

 『愛洲(あいす)ジルー』たちが上陸して来て、サハチはお礼を言った。ミーカナとアヤーは与那原(ゆなばる)の女子サムレーたちに囲まれていた。

 『ミャーク』の船から南の島の人たちが上陸して来て、サハチは挨拶を交わした。

「一番、お世話になった人よ」とササが『クマラパ』を紹介した。

 雰囲気が『ヂャンサンフォン(張三豊)』に似ていて、仙人のような人だとサハチは思った。

「そなたが『サグルー』の息子かね?」とクマラパは言った。

「昔、『津堅島(ちきんじま)』に住んでいて、『お(じい)(先代のサミガー大主)』を知っているのよ」とササが言った。

「妹と一緒に五十年振りの里帰りじゃ」とクマラパは楽しそうに笑った。

 トンドの船から『アンアン(安安)』たちが上陸して来た。『トンド王国の王女様』だと聞いて、サハチは驚いた。

「アンアンは『メイユー(美玉)さん』を知っているのよ」とササが言った。

「えっ、『メイユー』は『トンド』に行ったのか」

「『メイユーさん』は『有名な女海賊』だったのよ。『トンド』でも『ターカウ(台湾の高雄)』でも『神様』になっていたわ」

「ターカウ?」

「あとで詳しく話すわ」

 上陸した人たちは、小旗を振って歓迎する大勢の見物人たちに驚きながら、『那覇館』へと移動した。

 『那覇館』で待っていた苗代大親は娘の『ナーシル』と会った。『ナーシル』に母親の面影を見て、「ユミによく似ておる」と言って笑った。

 初めて見る父親は母から話を聞いて、『ナーシル』が想い描いていた通りの武将だった。

「ずっと、わたしを守ってくれました」と言って、ナーシルは『短刀』を腰からはずして苗代大親に見せた。

「そうか。大事に持っていてくれたか」

「母も会いたがっていたけど、琉球との交易が始まれば、いつでも行けるから、今回はわたしに行って来いって行ったのです」

「そうか。母さんも元気か」

 サングルミーは南の島の人たちを歓迎するために『二胡(アフー)』の演奏をしてくれと頼まれて『那覇館』に来ていた。大広間の舞台の脇で二胡の調弦(ちんだみ)をしていたら、「サングルミー」と誰かが呼んだ。何となく懐かしい声のような気がして、顔を上げると南の島から来た女が二人、サングルミーを見つめていた。

 サングルミーは立ち上がって、二人のそばに行ったが、すぐには思い出せなかった。

「ペプチ」と年長の女が言った。

「ペプチなのか‥‥‥」

 女はうなづいた。

 サングルミーは女を見つめて、隣りにいる娘を見た。

「あなたの娘の『サンクル』よ」

 昔の思い出が蘇って、驚いたサングルミーは持っていた二胡を落とした。素早い身のこなしで『サンクル』が二胡を受け取った。 

 『サンクル』はサングルミーの思い出の中の『ペプチ』によく似ていた。

「会いたかったぞ」とサングルミーは思わず言っていた。

 『歓迎の(うたげ)』が始まって、サハチは安須森ヌルと一緒に挨拶をして回った。女の人が多いので不思議に思って聞くと、南の島ではヌルが村を統治していて、『女の按司』が多いのよと安須森ヌルは言った。昔の姿を残しているんだなとサハチは思った。

 『フーキチ』は奥間の鍛冶屋で、『ヤキチ(玻名グスク按司)』をよく知っていると聞いて驚いた。奥間の鍛冶屋が南の島まで行っていたなんて信じられなかった。

 『タキドゥン按司』は汪英紫(おーえーじ)(先々代山南王)に滅ぼされた『島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)の息子』だったと聞いて驚き、ミャークが昔、『倭寇(わこう)の大軍』に襲撃されて大勢の人が亡くなったと聞いて驚いた。『倭寇』が南の島まで行っていたとは知らなかった。『ターカウ』は『倭寇』の拠点になっていて、明国の海賊たちが集まって来る。その中に『メイユー』もいて、メイユーは『ターカウ』で活躍したという。サハチはメイユーから、『ターカウ』の事なんて聞いた事もなかった。

 トンドの人たちは言葉が通じないので『ファイチ(懐機)』に任せた。

 一通り、挨拶が終わって、ウニタキ(三星大親)の所に行くとンマムイが来ていて、二人で話し込んでいた。

「サハチ師兄(シージォン)、ウニタキ師兄に話していたんだけど、面白い男と出会ったんですよ」とンマムイが興奮した顔で言った。

「南の島から来た人たちの中に知り合いがいたのか」

「そうじゃなくて、『慈恩寺(じおんじ)』で会ったんです」

「慈恩寺?」

「昨日、ちょっとヤタルー師匠(阿蘇弥太郎)に用があって顔を出したら、そこに懐かしい奴がいたんです」

「そいつ、使えそうだぞ」とウニタキがニヤッと笑った。

「何者なんだ?」とサハチは聞いた。

「『仲尾大主(なこーうふぬし)』の倅だ。名前は『ジルー』で、『真喜屋之子(まぎゃーぬしぃ)』と名乗って、テーラー(瀬底大主)と一緒に『進貢船(しんくんしん)』に乗って明国にも何度も行っているそうだ」とウニタキが言った。

「ミーグスクにいた『仲尾大主』か」

「そうだ。姉さんは『リュウイン(劉瑛)』の奥さんだ。弟は今帰仁のサムレーらしい。そして、親父は『山南王(さんなんおう)』の重臣になっている」

「そんな奴がどうして、『慈恩寺』にいるんだ?」

「奴は死んだ事になっているんです」とンマムイが言った。

 ンマムイがジルーに初めて会ったのは、『ハーリー』でヂャンサンフォンと出会う数か月前の事だった。その頃、ンマムイはサハチを襲撃するために武芸者を集めていた。腕が立つ『ジルー』はンマムイの目にかなって、『阿波根(あーぐん)グスク』に滞在する事になった。口数が少ない男で自分の事は何も言わなかったが、ある日、『マハニ』がジルーの事を思い出して、話をしたら、『ジルー』も驚いて、『仲尾大主』の息子だと白状した。事件を起こして『今帰仁』には帰れず、しばらくヤマトゥに行っていて、帰って来たばかりだと言った。

 翌年の一月、ンマムイがヂャンサンフォンを阿波根グスクに連れて行くと、『ジルー』も一緒にヂャンサンフォンの指導を受けた。四月にンマムイはサハチたちと一緒にヤマトゥと朝鮮(チョソン)に行った。帰って来たら『ジルー』はいなかった。マハニに聞いたら旅に出たという。もしかしたら、またヤマトゥに行ったのかもしれないと言った。その後、ンマムイは『ジルー』に会っていない。

 ンマムイが家族を連れて今帰仁に行った時、何気なく、『ジルー』の事を話したら、湧川大主(わくがーうふぬし)(攀安知の弟)は目の色を変えて、奴はどこにいると問い詰めた。そして、『ジルー』が起こした事件の事を話した。

 『ジルー』は武芸の腕を見込まれて、山北王(さんほくおう)(攀安知)の弟、『サンルータ』の護衛役として『進貢船』に乗って明国に行った。サンルータの護衛をしながらも明国の言葉を学んだらしい。そのお陰で、翌年はサムレーとして『進貢船』に乗る事ができた。

 サンルータの護衛を見事に果たした『ジルー』は嫁をもらった。『永良部按司(いらぶあじ)の娘でマナビー』という美人だった。嫁をもらった四か月後、『ジルー』は明国に旅立った。次の年は二度も明国に行っている。『マナビー』の実家は遠く離れた『永良部島(沖永良部島)』だ。寂しかったのだろう。『ジルー』が明国に行っている留守中、『サンルータ』と過ちを犯してしまった。『ジルー』が四度目の唐旅(とうたび)から帰って来て、帰国祝いの宴がグスク内で行なわれた。その日、体調が悪かった『ジルー』は早めに屋敷に引き上げた。そしたら、『マナビー』が『サンルータ』と一緒にいた。カッとなった『ジルー』は『マナビー』と『サンルータ』を斬ってしまう。

 大変な事をしてしまった。もう逃げるしかないと思って、『ジルー』は倭寇の船に乗り込んでヤマトゥに逃げた。二人の死は病死と公表されて、怒った山北王は『ジルー』を探させたが見つからなかった。『ジルー』は明国で病死したという事になっているという。

「湧川大主の下に弟がいたとは知らなかった」とサハチが言った。

「マハニも驚いていましたよ。『サンルータ』は病死したと信じていたようです。昨日、奴から聞いて驚いたんだけど、阿波根グスクから姿を消した『ジルー』はヤマトゥに行ったわけではなくて、ずっと浮島の『若狭町(わかさまち)』にいたそうです。遊女屋(じゅりぬやー)の護衛として遊女(じゅり)たちを守っていたようです」

「遊女の護衛か。面白い奴だな」とサハチは笑った。

「テーラーが南部に来たので隠れていたようです」

「親父も来たしな」とウニタキが笑った。

「奴は少し変わった所があるようです。重臣の息子なのでサムレーになれたのに、それを嫌って、十八の時に旅に出たそうです。『浮島』に行ったら、密貿易船が何隻もいたので驚いたと言っていました。そして、もっと驚いた事に、奴はサハチ師兄の所で武芸を習っていたんですよ」

「何だと?」

「馬天浜の『サミガー大主』の離れに滞在して、『美里之子(んざとぅぬしぃ)の武術道場』に通っていたようです」

「それはいつの事だ?」

「浮島に密貿易船が来ていたんだから、『ファイチ』が琉球に来た頃じゃないのか」とウニタキが言った。

 サハチは当時を思い出した。馬天浜でファイチと出会った頃、サミガー大主の離れに滞在して、カマンタ(エイ)捕りをしながら、『武術道場』に通っている若者がいた。どこかのウミンチュ(漁師)だろうと思っていたが、山北王の重臣の倅だったとは驚いた。

「『ジルー』は佐敷で腕を磨いて、『サンルータの護衛役』になったようです」とンマムイは言った。

「ジルーは『慈恩寺』にいるのか」

「腕を見込まれて、師範代を務めています。ヤマトゥにいた頃、『慈恩禅師(じおんぜんじ)殿の弟子』から指導を受けたと言っていました。その弟子は『賀来内蔵助(かくくらのすけ)』という男で、ヤタルー師匠も知っていました」

「成程、『慈恩禅師殿の孫弟子』だったのか」

「奴は『リュウイン』の義弟だし、『リュウイン』を寝返らせるのに使えるかもしれんぞ」とウニタキが言った。

「そうだな」とサハチはうなづいた。

「新しい海賊が来たので、『リュウイン』が二度目の使者になるかどうかわからなくなった。何としてでも寝返らせなくてはならんな」

「もう少し、奴の事を調べてみよう」とウニタキが言った。

「頼むぞ」とサハチは言って、ササたちの所に行った。





首里グスク



ビンダキ(弁ヶ岳)




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