他魯毎の冊封
慈恩寺が変わっていた。 前回、サハチ(中山王世子、島添大里按司)が慈恩寺に来たのは六月の初めで、クマラパたちを連れて来た時だった。二か月足らずのうちに、慈恩寺の隣りに、『南島庵』というお寺ができていて、南の島から来たヌルたちと首里の女子サムレーたちが武芸の稽古に励んでいた。 そこは慈恩寺を建てる時の資材置き場で、慈恩寺ができてからは空き地になっていた。伸び放題だった草を刈り取って、竹でできた小屋が四つ建っていた。 サハチが驚いた顔をして眺めていると、タマミガが来て、「わたしたちのお寺です」と言って笑った。 女子サムレーの隊長のマナミーも来て、「わたしたちも非番の時は、ここでお稽古する事にしました」と嬉しそうな顔をして言った。 「以前はお稽古する場所はいくらでもあったのですけど、おうちが建て込んできて、お稽古する場所もなくなってしまいました。特に弓矢のお稽古は町中ではできません。ここなら思う存分、お稽古ができます」 サムレーたちの武術道場はあるが、女子サムレーたちの武術道場はなかった。女子サムレーたちは北曲輪か御内原で稽古をしていた。御内原には的場もあるが、非番の時は使いづらいのだろう。ここを女子サムレーたちの武術道場にするのもいいかもしれないとサハチは思った。 「マチルギは知っているのか」とサハチはマナミーに聞いた。 「知っています。奥方様もあの小屋を造るのを手伝ってくれました」 「そうか」とサハチはうなづいて、弓矢の稽古をしている女子サムレーたちを見た。指導しているのはミッチェ(名蔵若ヌル)のようだった。 「ミッチェさんは凄い腕を持っています」とマナミーが言った。 「頑張れよ」と言って、サハチはチウヨンフォン(丘永鋒)を連れて慈恩寺に入った。 境内は閑散としていた。本堂に行くと慈恩禅師、クマラパ、シュミンジュン(徐鳴軍)がいた。 シュミンジュンを見て、チウヨンフォンが、「師兄!」と呼んだ。 シュミンジュンは驚いた顔をして近づいて来ると、「チウヨンフォンか」と聞いた。 二人は再会を喜んで、明国の言葉で話し始めた。 「修行者たちはどこに行ったのですか」とサハチは慈恩禅師に聞いた。 「馬天浜じゃ。カマンタ(エイ)捕りに行っているんじゃよ」 「カマンタ捕り?」 「あれはいい修行になるんじゃよ。サミガー大主殿も喜んでくれるしな」 サハチは今まで、修行だと思ってカマンタ捕りをした事はないが、確かに、海に潜ってカマンタを捕るのは武芸の修行になった。道場で木剣を振るだけが修行ではない。あらゆる事が修行になるんだなとサハチは感心した。 ワカサも師範を務めていて、ワカサとヤンジン(楊進)と三春羽之助(真喜屋之子)とガンジュー(願成坊)が修行者たちを連れて行ったという。 「ガンジューも師範なんですか」とサハチは驚いた。 ササ(運玉森ヌル)から聞いた話だと、ガンジューはミッチェよりも弱いと言っていた。 「武芸の腕は大した事ないが、山伏だから足腰は頑丈じゃ。修行者たちを引き連れて走らせているんじゃよ。この間は勝連グスクまで走って来たんじゃよ」 「えっ、勝連グスクまで走ったのですか」とサハチは驚いた。 昼食を御馳走になって、サハチはチウヨンフォンを連れて与那原グスクに向かった。毎年の事なので、城下にはお祭りの準備のための屋敷が用意してあって、リーポー姫(永楽帝の娘)たちもユリたちと一緒にそこにいた。 「新作はできたのか」とサハチがハルとシビーに聞くと、 「面白いお話ができました」とシビーが言って、 「按司様の三番目の奥さんのお話ですよ」とハルが言った。 「なに、メイユー(美玉)の話か」とサハチは驚いた。 前回の『サスカサ』の続きに違いないと思っていた。 「メイユーさんが南の国で大活躍するんです」 ササからメイユーの活躍を聞いて驚いたサハチは、改めて凄い女だと感心していた。そんな事があったなんて、メイユーは一言も語ってはいない。来年は娘を連れて来るというので、会って話を聞くのが楽しみだった。 サハチは与那原大親のマウーと会って、リーポー姫が永楽帝の娘だと告げて、お祭りが終わるまで面倒をみてくれと頼んだ。 「ええっ!」とマウーは口をポカンと開けた。 「永楽帝の娘がここに来ているのですか」 信じられないといった顔をしてマウーはサハチを見た。 「まだ十五の娘だ。永楽帝の娘だという事は内緒にしておけ。城下の人たちに知られたら騒ぎになって、逃げ出してしまうかもしれんからな」 「今、思い出しましたが、応天府(南京)でリーポー姫様を見た事があります。前回に行った時で、島尻大親(タキ)と一緒に行ったのですが、応天府でタブチ殿と出会って、一緒に都見物をしていた時です。リーポー姫様が通って、気さくに街の人たちに挨拶をしていました。まだ十二、三歳なのに賢い娘だと思って、誰だと聞いたら永楽帝の娘だと聞いて驚きました。永楽帝の娘だったら綺麗なお輿に乗って、大勢の侍女たちに囲まれているはずなのに、数人の供を連れただけでした。あの娘がここに来たなんて信じられない事です」 「俺も驚いたよ。突然、島添大里グスクに数人の供を連れてやって来たからな。一応、ウニタキにも守るように頼んである」 「わかりました。それとなく見守ります」 サハチは島添大里グスクに帰った。 八月一日、豊見グスクで『諭祭の儀式』が行なわれた。その日の日暮れ頃、ウニタキがやって来て、サハチは儀式の様子を知った。 豊見グスクの南御門の近くの丘の上に汪応祖(シタルー)のお寺(廟所)を建てて、そこで儀式をしたという。 「サングルミー(与座大親)から聞いた話だと、前回の察度(先々代中山王)の諭祭の儀式は浮島(那覇)の護国寺でやって、汪英紫(先々代山南王)の諭祭の儀式は島尻大里グスクの隣りに造ったお寺でやったそうだ」 「島尻大里グスクの隣りにお寺なんかあったのか」とサハチは聞いた。 「お寺といっても、それほど立派な物ではなかったのだろう。汪英紫の墓は八重瀬にある。当時、シタルー(先代山南王)とタブチ(先々代八重瀬按司)は争っていたので、島尻大里にお寺を造って、そこで儀式をやったようだ。そのお寺はタブチが島尻大里グスクを攻めた時に、タブチの兵によって焼かれたようだ。その後、再建されてはいない。シタルーの墓は豊見グスクの裏にあるガマ(洞窟)だ。ガマの中で儀式をやるわけにはいかないので、近くの丘の上にお寺を建てたようだ。朝早くから山南王の重臣たちが天使館に来て、諭祭使を案内して豊見グスクに行ったんだ。船に乗って国場川を遡って、豊見グスクの船着き場から上陸して、お寺に向かった。儀式には他魯毎(山南王)と重臣たち全員が参加した。暑い中、明国の官服を着て汗にまみれていたよ。見物人たちも大勢やって来た。サムレーたちが縄を張って、見物人たちを抑えていた。儀式は半時(一時間)くらいで終わった。その後は諭祭使たちは他魯毎と一緒にグスクに入って、『諭祭の宴』が行なわれたようだ。重臣たちもいなくなるとお寺は開放されて、見物人たちが並んで神様になったシタルーを拝んでいたよ。俺も並んで拝んでやったんだ。お寺の中にはシタルーの名前を書いた漆塗りの板が立っていて、香炉に線香が立っていた」 「線香?」 「武当山に登った時、崖の上に飛び出した所にあった香炉に差しただろう。あれだよ」 「ああ、あれか」とサハチは思い出した。 「道教のお寺で、神様の前にも立っていたな」 「そうだ。琉球には必要ないだろうって買っては来なかった。でも、これからは必要になるかもしれないぞ」 「そうだな。首里のお寺の仏像の前にも香炉を置いて、線香を立てた方がいいかもしれんな」 「亡くなった人の名前を書いてある板は『神位』というそうだ。ここに来る途中、大聖寺に寄って和尚に聞いたら、ヤマトゥ(日本)では『位牌』というそうだ。将軍様や公家の偉い人たちは位牌を作って、御先祖様を拝んでいるらしい」 「ヤマトゥでも線香を立てているのか」 「大きなお寺では使っているようだ。ヤマトゥでもかなり高価な品で、公家の偉い人たちが贈り物として使っていると言っていた」 「そうか。線香を持って行けば、ヤマトゥでも喜ばれるという事だな」 「そういう事だ。次に送る進貢船の使者たちに大量に仕入れさせればいい。ところで、宦官だが久米村を調べ始めたぞ。久米村を守っているファイチ(懐機)の配下から聞いたんだが、どうも、探しているのはヂャン師匠(張三豊)ではなさそうだ」 「なに、そいつは本当か」 「ヂャン師匠の事は聞いてはいない。人相書きを見せて、見た事はないかと聞いて回っているようだ」 「誰を探しているんだ?」 「ファイチにもわからないようだ。永楽帝を倒そうとしている応天府の重臣がどこかに逃げて、そいつを探しているのかもしれないと言っていた」 「そんな奴が逃げて来るとなると密貿易船だろう。そうなると今帰仁じゃないのか」 「そうかもしれんな。最近、海賊が来たからな」 「ヂャン師匠じゃなくてよかったな」 ウニタキはうなづいて、「一応、見張りは続ける」と言ってから、「リーポー姫はお芝居の稽古に夢中になっているようだ」と言った。 「リーポー姫もお芝居に出るのか」 「鬼にさらわれる娘の役だそうだ。でも、その娘は強過ぎて鬼たちを倒しちゃうんだ」 「娘が鬼を倒したら、瓜太郎の出番がないじゃないか」 「そうなんだ。そこで大鬼が出て来る事になって、娘もその大鬼にはかなわなくて、瓜太郎が退治するという話だ」 「リーポー姫のために話も変えてしまうのか」 「お芝居は生き物だよ。お客が喜べば、どんどん話は変わって行くんだ」 「そうか。まあ熱中していれば、それでいいか。フラフラと旅に出られたらかなわんからな」 八月八日、与那原グスクでお祭りが行なわれ、ハルとシビーの新作のお芝居『女海賊』が上演された。シーハイイェン(パレンバンの王女)たちのお芝居『瓜太郎』と旅芸人たちのお芝居『ウナヂャラ』も上演されて、観客たちは大喜びだったという。 その頃、サハチは安須森ヌル(先代佐敷ヌル)と一緒に島尻大里グスクに滞在していて、『冊封の宴』の準備をしていた。冊封の宴でお芝居を演じる事に決まって稽古を続けてきたが、女子サムレーの隊長のマアサがトゥイ様(先代山南王妃)の護衛でヤマトゥに行ってしまい、心配になって島尻大里ヌルが島添大里グスクにやって来た。サハチは安須森ヌルを送ると言って、首里にいた安須森ヌルと一緒に島尻大里グスクに行った。 サハチは様子を見て引き上げるつもりでいたが、前回の戦で有能な役人たちを失ってしまったため、重臣たちの思うように事が運ばず、サハチも手伝うはめになってしまった。 サハチと安須森ヌルは西曲輪の客殿に滞在した。客殿にはヌルたちも滞在していて、毎晩、安須森ヌルから南の島の話を聞くために集まっていた。その中に子供を連れた伊敷ヌルもいて、マチルーには悪いが、他魯毎が伊敷ヌルに惹かれたわけがわかるような気もした。 サハチの部屋には交代で重臣たちが酒を持ってやって来た。最初にやって来たのは『照屋大親』だった。お祭りの時には挨拶をしただけで話はしなかった。山南王の重鎮がわざわざやって来るなんて、サハチは驚いた。 挨拶を交わしたあと、「恐れ入りました」と照屋大親は頭を下げた。 サハチには何の事だかわからなかった。 「冊封使殿から伺いました。永楽帝の娘さんがお忍びで琉球に来ていて、島添大里按司殿に預けたと言っておりました。按司様が永楽帝とお知り合いだったなんて驚きましたよ」 「お知り合いだなんて。一度、お会いしただけです」 照屋大親は目を見開いてサハチを見ていた。 「やはり、お会いしていたのですか」と信じられないといった顔をして首を振っていた。 「わしは若い頃、従者として明国に行った事があります。正使は玻名グスク大親(シラー)殿でした。玻名グスク大親の話によると、遠くにいる洪武帝に挨拶をしただけで、まさに、洪武帝は雲の上の人だったと言っておりました。そんな明国の皇帝と会うなんて、とても信じられません。そして、可愛い娘さんを預かるなんて、それ程、永楽帝から信頼されているなんて、按司様は一体、どんなお人なのでしょう。わしにはまったく理解ができません」 「一緒に行ったファイチが、皇帝になる前の永楽帝を知っていただけですよ。永楽帝はファイチに会いにやって来たのです。わたしはたまたまその場にいただけです」 「いいえ」と照屋大親は首を振った。 「ファイチ殿と出会って、一緒に明国に行ったという事が凄い事なのです。ファイチ殿は按司様と出会う前に、豊見グスクに滞在していたと先代(シタルー)から聞いた事がございます。先代はファイチ殿を引き留めませんでした。按司様はファイチ殿を客将として迎えました。按司様に人を見る目があったという事です」 照屋大親はサハチが明国に行った時の話を聞きながら酒を飲んで、機嫌良く帰って行った。 『中程大親』もやって来て、娘のアミーとユーナを助けてくれた御礼を言った。戦で怪我をして杖を突きながら歩いていたが、その顔には見覚えがあった。シタルーが大グスク按司だった頃、シタルーの護衛として、いつも一緒にいた『カジ』と呼ばれていた男だった。 「お久し振りです」と中程大親は笑った。 「去年の正月、先代の王妃様が豊見グスクにユーナを連れて来た時、わしは夢でも見ているのかと思いました。ユーナから話を聞いて、アミーも生きている事を知って、自分の命を狙った者を助けるなんて信じられませんでした。本当にありがとうございました」 「ユーナこそ、わたしの命の恩人なのです。助けるのは当然の事です」 サハチは中程大親と昔話をして、若い頃を懐かしんだ。 『小禄按司』もやって来て、祖父(泰期)とサハチが知り合いだった事を聞いて驚いたと言った。今まで、シタルーとサハチが対立していたために話をする機会はなかったが、ようやく、一緒に酒が飲めると喜んでいた。 若い頃、小禄按司は宇座の牧場に行って、乗馬の稽古に励んでいた。祖父から馬天浜の若夫婦の話は聞いていたが、それがサハチだと知ったのは、父親の葬儀の時に来たクグルー(泰期の三男)の話を聞いた時だったという。 小禄按司は懐かしそうに祖父の話をしてから、十六になる娘がいるんだが、サハチの息子か甥に嫁がせたいと言った。宇座の御隠居様の曽孫を嫁に迎えるのは、サハチにとっても歓迎すべき事だった。サハチは喜んで申し出を受け、改めて知らせると答えた。 『瀬長按司』がやって来たのにはサハチも驚いた。いつも、サハチを睨んでいた瀬長按司がニコニコしながら酒をぶら下げてやって来た。 「姉(トゥイ)から話を聞いて驚いたぞ」と瀬長按司は言った。 「島尻大里グスクのお祭りが終わったあと、姉は中山王の船に乗ってヤマトゥに行って来ると言ったんじゃ。わしは腰を抜かさんばかりに驚いた。ナーサと一緒にヤンバル(琉球北部)に行って来たと聞いた時も驚いたが、まさか、姉がヤマトゥに行くなんて思ってもいなかった。そして、そなたの事を聞いて驚いたんじゃ。そなたは宇座の御隠居様とナーサとも親しかったそうじゃないか。宇座の御隠居様はわしの叔父であり、義父でもあるんじゃ。わしは宇座の牧場で従妹のユイを見初めて妻に迎えたんじゃよ。わしは妻と一緒に牧場に行くのが楽しみじゃった。実の親父(察度)とは一緒に酒を飲んで語り合う事もなかったが、御隠居様とはよく一緒に酒を飲んだ。わしにとって、実の親父よりも義父の方が親父のような存在だったんじゃ。そんな義父がそなたと会っていたなんて知らなかった。それに、ナーサもだ。ナーサはわしが八歳の時に御内原に来た。わしの母は側室で、わしが七歳の時に亡くなってしまった。ナーサが母親のような者だったんじゃよ。姉からそなたを恨むのはやめろと言われた。子供の頃から姉には頭が上がらんのじゃ。姉の言う通り、もうやめる事にしたよ」 「敵討ちは諦めるというのですか」 瀬長按司は苦笑した。 「兄貴の敵討ちというよりは、首里グスクを奪われた義兄のために、そなたを恨んでいたんじゃよ。義兄は亡くなってしまったし、姉がやめろというのに、わしが恨んでいてもしょうがないからのう」 瀬長按司は子供の頃のトゥイ様の話をしてから、十五の娘がいるんだが、サハチの息子に嫁がせたいと言った。 六男のウリーは十五歳だが、玉グスク按司の娘と婚約していた。甥でもいいかと聞いたら、それでもいいと言ったので、サハチは喜んで承諾した。 ほんの手伝いのつもりで顔を出した島尻大里グスクで、小禄按司と瀬長按司との縁談が来るなんて思ってもいない幸運だった。 八月九日の夜、『冊封の儀式』が無事に済むように、ヌルたちが東曲輪にあるウタキ(御嶽)でお祈りを始めた。お祈りは深夜まで続いたらしい。 浮島で待機していた重臣たちが翌朝早く、天使館に迎えに行って、『冊封使』を船に乗せて糸満の港に連れて来た。川船に乗り換えて婿入り川(報得川)を遡り、大村渠の船着き場で降りて、島尻大里グスクに向かった。沿道には見物人たちが小旗を振って冊封使一行を歓迎した。 お輿に乗ったまま大御門(正門)から入った冊封使たちは二の曲輪でお輿から降りて、一の曲輪の御庭に入って『冊封の儀式』を執り行なった。重臣たちは皆、官服を着て儀式に参加した。 サハチと安須森ヌルは西曲輪の客殿で儀式が無事に終わるのを待った。半時余りで儀式は終わって、冊封使たちが南の御殿の会所で休憩をしている間に、サハチと安須森ヌルも冊封の宴の準備に加わった。南の御殿の大広間では宴のための料理と酒を並べ、御庭には舞台を設置した。 準備が完了して冊封使たちは大広間に移った。無事に任務を終えた安堵感から冊封使たちの表情も和らいでいた。 正式に山南王になった他魯毎のお礼の挨拶で、『冊封の宴』は始まった。李仲按司が冊封使たちに通訳をした。祝杯を挙げたあと、着飾った娘たちが入って来て、冊封使たちの前に座ってお酌をした。娘たちが明国の言葉をしゃべったので冊封使たちは驚いた。久米村の遊女屋『慶春楼』の遊女たちだった。 安須森ヌルが吹く軽やかな笛の調べが流れて、舞台に李仲ヌルが上がって明国の言葉で挨拶をした。 城下の娘たちによる歌と踊りが披露され、女子サムレーたちによるお芝居『瓜太郎』が上演された。お芝居は琉球の言葉で演じられるので、冊封使たちにはわからないが、前もってお芝居を観ている遊女たちが説明していた。冊封使を前にして緊張していた女子サムレーたちも、冊封使たちの笑い声が聞こえると安心して、見事な演技を披露した。冊封使たちは喜び、お芝居は成功に終わった。 拍手が鳴り響いている中、サハチが舞台に上がって一節切を吹いた。冊封使がいる事は意識しなかったが、自然と明国を旅していた頃の事が思い出されて、感じるままに吹いていた。 延々と続く果てしない大地、悠々と流れる長江(揚子江)、険しい山々、高い城壁に囲まれた都、華やかな富楽院、メイユーとの出会いも思い出された。 曲が終わってサハチが一節切を口から離すとシーンと静まり返っていた。拍手もないので、明国の人には通じないかと思って、頭を下げて舞台から降りようとしたら、喝采が沸き起こった。音曲は明国の人たちにも通じる事がわかり、サハチは満足して、もう一度、頭を下げた。 役目を終えたサハチと安須森ヌルが西曲輪に戻ると、西曲輪が開放されていて、城下の人たちが集まっていた。屋台がいくつも出ていて、酒や餅が配られ、みんなが他魯毎の冊封を祝っていた。 屋台の側に王妃のマチルーの姿を見つけたサハチと安須森ヌルは驚いて、マチルーの所に行った。 「お前、こんな所で何をしているんだ?」とサハチは女子サムレーの姿をしたマチルーに言った。 「あら、お兄さんとお姉さん。この度はありがとうございます。冊封の儀式も無事に済みました。ヤマトゥに行っているお義母様もきっと喜んでくれるでしょう」 「トゥイ様はどうして、冊封使が来るのを知っていてヤマトゥに行ったんだ?」 「わたしも止めたんですけど、行ってしまいました。わたしがお義母様に頼り切っていたので、わたしが一人前の王妃になれるように、あえて大事な儀式の時に留守にしたのだと思います。お義母様だったらどうするのだろうと考えて、西曲輪を開放する事にしたのです」 「そうか。お前も王妃らしくなってきたな」 マチルーは嬉しそうに笑ってから、ちょっと驚いた顔をして、「あれを見て」と言った。 サハチと安須森ヌルがマチルーの示した方を見るとシーハイイェンたちがいた。 「あっ!」とサハチは驚いた。 スヒター(ジャワの王女)たち、アンアン(トンドの王女)たち、そして、リーポー姫もいた。 「なんてこった」と言ってサハチはリーポー姫の所に飛んで行った。 娘のマチルーとウニタルも一緒にいた。 「お前たちまで、どうしてここにいるんだ?」 「親父にリーポー姫様を守れと言われたんです」とウニタルが言った。 「ウニタキはお前たちに護衛を頼んだのか」とサハチは言ってから、「どうしてここに来たんだ?」とマチルーに聞いた。 「あたしたち、昨日、与那原から島添大里に移ったんだけど、今日、十五夜の宴の準備をしていた時、お父さんと安須森ヌルの叔母さんが島尻大里の冊封の宴のお手伝いに行っている事をリーポー姫様が知ってしまったの。リーポー姫様が山南王に会いに行こうって言い出して、そしたら、シーハイイェン様たちも山南王に会ってみたいと言って、それで、みんなでやって来たというわけよ」 「参ったなあ。こんな大勢でやって来て」とサハチは舌を鳴らした。 「しかし、来てしまったものはしょうがない。あとで山南王を紹介するよ」 シーハイイェンが通訳をしてみんなに言うとみんなは喜んだ。 冊封使たちを送り出したあと、他魯毎は西曲輪に顔を出して、集まっていた城下の人たちに挨拶をして、みんなから祝福された。 その夜、客殿でお祝いの宴とリーポー姫たちの歓迎の宴が開かれて、リーポー姫たちは山南王の他魯毎と会った。山南王がサハチの義弟だと知って、みんなが驚いていた。重臣たちも挨拶に来て、自分の名前を覚えてもらおうと覚えやすい童名をリーポー姫たちに教えていた。 翌日、リーポー姫が中山王に会いたいと言ったので、サハチたちは首里に向かった。馬に揺られながらリーポー姫たちは楽しそうに明国の歌を歌っていた。先頭をウニタルとマチルーが行き、アンアンたち、シーハイイェンたち、リーポー姫たち、スヒターたちと続いて、最後尾にサハチと安須森ヌルがいた。 南風原の新川森に近づいた時、目の前で騒ぎが起こった。何者かが斬り合いを始めていた。ウニタキの配下たちかと思ったが、どうも違うようだ。どちらも唐人のようだった。 サハチたちは警戒して立ち止まり、様子を見守った。やがて、けりが付いたらしく、勝った方が近づいて来た。八人いた。敵なのか味方なのかわからないので、サハチたちは身構えた。 「チャイシャン(柴山)の手下たちです」と通事のツイイー(崔毅)が言った。 「リーポー姫を守るために琉球に来たのです」 「リーポー姫は誰かに狙われているのか」とサハチはツイイーに聞いた。 「永楽帝はリーポー姫をとても可愛がっています。そのリーポー姫が琉球で亡くなったらどうなると思います?」 「そんな事になったら大変だ。永楽帝が琉球に攻めて来るかもしれない」 「それを狙っている者がいるのです。永楽帝が怒って琉球を攻めている隙に、皇帝をすげ替えようと企んでいる者がいるのです」 サハチは驚いてツイイーを見つめていた。 チャイシャンの配下の者たちがチャイシャンに報告していた。チャイシャンがツイイーに何事かを言って、ツイイーが訳した。 「敵は全滅したそうです」 サハチはうなづいた。 チャイシャンの配下の者たちは森の中に消えて行った。 「わたしたちの出番はなかったわね」とシーハイイェンが言って笑った。 サハチたちは警戒しながら首里に向かった。 首里グスクの龍天閣で思紹に会ったリーポー姫たちは驚いていた。中山王である思紹は木屑にまみれて仏像を彫っていた。リーポー姫を紹介すると思紹は驚いた。 「なに、永楽帝の娘じゃと?」 思紹は木屑を払って、改めてリーポー姫に挨拶をした。リーポー姫は楽しそうに笑って、思紹に挨拶をすると回廊に出て景色を眺めた。 「あんな若い娘を異国の旅に出すなんて永楽帝も大した男じゃな」 「永楽帝にもリーポー姫のわがままは止められないようです」 思紹が用意してくれた昼食を三階で食べて、サハチたちは島添大里グスクに帰った。安須森ヌルは『中秋の宴』の準備のために首里に残った。 その日の夜、ウニタキが現れて、新川森の騒ぎの時、現場にいたが出る幕はなかったと言って笑った。 「何だ、お前もあそこにいたのか」 「リーポー姫を狙った奴らは久米村の『慶春楼』に出入りしていたんだ。今帰仁に住んでいる唐人たちで冊封使の見物に来たと言っていたらしい。怪しいと睨んで見張っていたんだが、宦官たちも奴らを見張っていたんだよ。奴らが動き出すと宦官たちがあとを追った。そのあとを俺たちが追って行ったというわけだ」 「そうだったのか。その宦官たちはチャイシャンの配下だ。皆、リーポー姫を守るために来たようだ。今、宦官たちはどこにいるんだ?」 「久米村にいる。奴らが滞在していた宿屋を調べて、まだ仲間がいるかどうか探っている」 「仲間が今帰仁にいるかもしれんな」 「今帰仁には知らせた。今頃、唐人町を調べているだろう」 サハチはうなづいて、「山南王と中山王に会ったリーポー姫は、今度は山北王(攀安知)に会いに行くと言い出すかもしれん。その時は頼むぞ」と言った。 「リーポー姫だけならいいが、シーハイイェンたちも一緒に行くとなると大変だな」 「多分、一緒に行くだろう。なるべく危険は避けなければならない。行きはヒューガ(日向大親)殿に頼もう」 「わかった。宦官がヂャン師匠を探しに来たんじゃなくてよかったが、永楽帝の娘に振り回されるとは思ってもいなかった。しかし、やらなければならんな」 翌日、他魯毎が冊封の御礼のために天使館に出向いた。王冠をかぶって、お輿に乗っている山南王を一目見ようと見物人たちが大勢、沿道に集まったと島添大里まで噂が流れてきた。 李仲按司が涼傘(大きな日傘)を明国から買ってきたとみえて、国場川を渡る船に乗った時、他魯毎は赤い涼傘を差していた。浮島に渡ってから、あらかじめ用意してあったお輿に乗って天使館に向かった。天使館ではお祝いの宴が催されて、明国の雑劇が演じられたという。 |
慈恩寺
与那原グスク
豊見グスク
島尻大里グスク