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大三島の伊予津姫
奄美大島を直撃して北上した台風は、九州に上陸して九州を縦断すると、周防の国(山口県)、出雲の国(島根県)を通って日本海に出て勢力を弱めた。ササ(運玉森ヌル)たちがいる京都にも大雨は降ったが、被害が出るほどではなかった。 奈良から京都に戻って、ようやく京都に到着した『交易船』に乗って来た使者たちと一緒に、京都の町を行列したササたちは、御台所様(日野栄子)に呼ばれて、『将軍様の御所』に滞在していた。御所に移ったのはササ、シンシン(杏杏)、ナナ、ハマ(越来ヌル)、タミー(慶良間の島ヌル)の五人で、玻名グスクヌルと若ヌルたち、ミーカナとアヤー、ヤタルー師匠(阿蘇弥太郎)と喜屋武ヌル(先代島尻大里ヌル)、飯篠修理亮とカナ(浦添ヌル)、辰阿弥、覚林坊、天久之子は『高橋殿の屋敷』に滞在していた。 『一文字屋の屋敷』にはトゥイ(先代山南王妃)、ナーサ(宇久真の女将)、マアサと四人の女子サムレーたち、シビーの兄のクレー、マガーチ(苗代之子)の長男のサジルー、ウニタキ(三星大親)の次男のマサンルーが滞在していた。 トゥイたちは七月の末に一文字屋の船に乗って京都に着き、都見物を堪能していた。トゥイたちを案内したのはクレーだった。三度目のヤマトゥ(日本)旅のクレーは京都の隅から隅まで知っていた。一度目の時も二度目の時も福寿坊が一緒だったので、名所旧蹟は勿論の事、遊び場にも詳しかった。それに去年は、一文字屋の近くにある団子屋の娘と仲良くなって、ヤマトゥ言葉も真剣に習っていた。今回も福寿坊は一緒に来たのだが、「トゥイ様たちを頼むぞ」と言って『熊野』に行ってしまい、戻って来たのは九月の半ばだった。 トゥイとナーサはヤマトゥの着物を着て、飽きもせずに、毎日、都見物を楽しんだ。京都にはトゥイを知っている者は誰もいない。生まれた時から按司の娘として育ち、按司の妻になって山南王妃になったトゥイは、琉球(沖縄)では自由に出歩く事はできなかった。ここでは周りの視線を気にする事なく、どこにでも行けた。トゥイは毎日が楽しく、充実した日々を送っていた。 マアサと女子サムレーたちは刀を差していると目立つので、ヤマトゥの娘の格好をしてトゥイに従っていた。サジルーとマサンルーはマアサの子分になったように荷物持ちをやっていた。実際、二人はマアサにはかなわず、女に負けられるかと、朝晩は剣術の稽古に励んだ。九月になって、ササたちが京都にやって来ると、高橋殿の屋敷に通って、ヤタルー師匠と修理亮の指導を受けていた。 半月余り、御台所様と一緒に過ごしたササたちは十月一日に京都を去り、兵庫から『一文字屋の船』に乗って博多に向かった。トゥイたちも一緒なので人数が多く、二隻の船に乗って行った。 十日めに『因島』に着いて、『村上あや』と再会して、次の日、あやの案内で『大三島』に着いた。因島から大三島まで、周辺は島だらけで潮の流れも複雑だった。あやがいなかったら簡単には『大三島』に着けなかっただろう。『因島』であやに出会えた事をササは神様に感謝した。 『大三島』の西側にある宮浦の港に船を泊めて、あやが小舟に乗って上陸した。しばらくして、いくつもの小舟がやって来て、ササたちはそれに乗って川を溯って行った。広い河口の先に船着き場があって、そこから上陸した。目の前に大きな鳥居があって、鳥居の向こうに神様のいる山が見えた。 あやが刀を背負った娘を連れて来て、 「あたしの弟子の『サヨ』よ」と娘を紹介した。 「大祝の娘のサヨです。ササさんの噂はあやさんからよく聞いています。まさか、この島に来てくれるなんて思ってもいませんでした。歓迎いたします」 『大山積神社』では宮司の事を『大祝』と呼ぶという。サヨはあやより二つくらい年下で、敏捷そうな日に焼けた娘だった。 ササたちはサヨの案内で参道を進んだ。参道の両側には、お寺がいくつもあって、山伏の姿もあった。覚林坊が言うには、『役行者』もこの島に来ているという。 二つ目の鳥居をくぐると御手洗川が流れていて、口をすすいで手足を清めた。橋を渡って、まだ新しい門をくぐって境内に入った。 サヨの話だと、この島も南北朝の戦の被害に遭って、焼け落ちた僧坊や民家も多く、ここには『総門』と呼ばれる大きな門があったが、焼け落ちてしまい、やがて再建される予定だが、今は間に合わせとして、この門が造られたという。 広い境内の中央に大きな木があった。『樹齢二千年の楠』だと聞いて、ササたちは驚いた。二千年前と言えば、まだ神社もない頃だった。この辺りは鬱蒼とした森で、この楠は神様の依代だったのだろう。 二千年もここに立って、この島の歴史を見てきた『楠』は力強く、その生命力の強さに圧倒された。ササは『楠』に両手を合わせた。ササが両手を合わせたので、皆が見倣って両手を合わせた。トゥイとナーサも両手を合わせていた。 石段を登って、また門をくぐると拝殿があった。伊予の国(愛媛県)の『一の宮』と呼ばれるだけあって立派な拝殿だった。ササたちはサヨに従ってお参りをした。神様の声は聞こえなかった。 『大山積神社』の祭神は『大山積の神様』で、『コノハナサクヤ姫』の父親だという。 『コノハナサクヤ姫』は『玉依姫様』の事だから、『大山積の神様』って『スサノオ様』の事かしらとササは思った。 「本来は『お山の神様』なんだけど、『海の神様』でもあって、瀬戸内海の『水軍』は勿論、海で暮らす人たちから信仰されています。『戦の神様』でもあって、武将たちは刀や鎧を奉納して勝利を祈りました。鎌倉の将軍様の頼朝や源義経が奉納した刀と鎧もあります」とサヨが説明した。 「この神社は『源氏方』だったのね?」とササが聞くと、サヨはうなづいて、 「水軍を率いて『壇ノ浦の合戦』でも活躍したのです」と誇らしそうに言った。 「この神社は『水軍』を持っているの?」 「島を守るために『水軍』は必要です。南北朝の戦の時も『大三島の水軍』は活躍したのですよ」 「サヨは『水軍の大将』を目指しているのよ」とあやが言った。 「あやと一緒ね」とササは二人を見て笑った。 本殿の裏には『上津姫』を祀る『上津社』と『下津姫』を祀る『下津社』があって、さらに奥には『神宮寺』があるというが、日も暮れてきたので、サヨの案内で『東円坊』の宿坊に向かった。その宿坊は『村上水軍』も利用しているという。 帰る途中、ササは楠が生い茂った森の中に見えた小さな神社に何かを感じた。サヨに聞くと『弁才天堂』だという。 ササは行ってみた。池があって、その中に島があり、島の中に『弁才天堂』があった。 「『雨乞いの神様』です」とサヨが言った。 「この神社の『御神体』である『安神山』の山頂に祀られている『龍神様』を『弁才天様』として祀っているそうです」 「安神山?」とササが言うと、サヨは振り返って指を差した。 「ここからだと見えないけど、向こうにあるお山です。『安神山』と『鷲ヶ頭山』、神宮寺のある『小見山』の三つのお山が、この神社の『御神体』のお山なのです」 「『女神山』は?」とササが聞くと、サヨは首を傾げた。 「『女神山』なんて聞いた事がありません」 おかしいとササは思ったが、明日、『伊予津姫様』に聞こうと思い、橋を渡って『弁才天』堂の前に行ってお祈りを捧げた。神様の声は聞こえなかった。 『東円坊』は参道の北側にあって、その宿坊は思っていたよりも立派だった。宿坊に案内してくれた老僧は、自慢そうにこの宿坊に泊まった人たちの事を教えてくれたが、ササの知らない人たちだった。『将軍様』は来られたのですかと聞くと来ていないと言った。今度、『御台所様』を連れて来ましょうとササが言ったら老僧は驚いていた。 サヨの父親の『大祝(宮司)』と大祝の弟の『鳥生備中守』、サヨの姉の『ウキ』が挨拶に来た。鳥生備中守は水軍の大将で、ウキは巫女だった。三人は琉球のお姫様がこの島に来てくれたのはありがたいと言って歓迎してくれた。 料理が次々に運ばれてきて、ササたちはお酒を飲みながら、巫女のウキから『島の神様』の事を聞いた。 「昔、『大山積神社』は島の東側の『瀬戸の浜』にあったようです。わたしたちの御先祖の『オチノマスミ様』が『大山積の神様』を祀ったのです。『大山積の神様』は『お山の神様』ですが、『渡しの神様』とも呼ばれていて『航海の神様』でもあるのです。それで、流れの速い『鼻刳瀬戸』に航海の無事を祈って祀ったのです。それから百年余りが経って、今の地に移って、『立派な本殿と拝殿』が造られました。今から七百年ほど前の事です。何もなかったこの島に、あまりにも立派な神社ができたので、急に人々が集まって来ました。京都の偉いお公家さんや武将たちが供を引き連れてやって来たのです。この島は瀬戸内海の島々の中心となって、『大山積の神様』はあちこちの島に祀られています。『壇ノ浦の合戦』で、この島の『水軍』が活躍してからは『水軍の神様』にもなっています」 「すると、『大山積神社』の神様は『伊予津姫様』ではないのですか」とササは聞いた。 「えっ?」とウキは驚いた顔をして、「『伊予津姫様』を御存じなのですか」と聞いた。 「阿波の国(徳島県)の大粟神社の『阿波津姫様』から聞いてきたのです。お酒好きの神様で、『酔ひ姫様』って呼ばれていたと聞きました」 ウキはまた驚いた顔をして、「あなたは『神様の声』が聞こえるのですか」と聞いた。 「わたしは琉球の巫女です。琉球ではヌルと呼ばれています」 「そうだったのですか」とウキは周りを見回した。 大祝の姿はなく、鳥生備中守はヤタルー師匠と笑いながら話をしていた。ウキは安心したような顔をしてササを見ると、 「でも、琉球から来たあなたが、わたしたちの御先祖様の『神様の声』が聞こえるなんて理解できません」と言った。 「わたしの祖母は『大粟神社』の宮司の娘だったのです」 「あなたのお祖母様は『阿波津姫様』の子孫だったのですか」 「そうです。『大粟神社』は古くから巫女が宮司を務めていました。『母親の血筋』がずっと続いていたのです」 「ここもそうです」とウキは言った。 「えっ?」と今度はササが驚いた顔をして、ウキを見た。 「『大山積神社』には大勢の巫女がいますが、その上に立つ三人の『大巫女』がいます。その三人の大巫女は『伊予津姫様』の子孫です。『母親の血筋』がずっと続いています。『大山積神社』がこの地に移って、『越智安元様』が初代の大祝になりますが、古くからこの島の神様に仕えていた女性が、安元様と結ばれて、『大山積神社の巫女』になったのです。それからずっと母親の血筋を継いだ娘が巫女を継いで、時には大祝と結ばれました。わたしの母がそうです。大祝は父親の血筋をつなぎ、巫女は『母親の血筋』をつないできたのです」 「三人の『大巫女』は妹さんたちなのですか」 「母は三人の娘を産んだので、三人が巫女になればいいんだけど、そううまくはいかないわ。二人は従妹なの。従妹といっても、叔父の娘は資格がないわ。叔母たちの娘なのです」 ササはあやと話をしているサヨを見た。サヨは『大巫女』の資格があるのに、巫女にはならなかった。もう一人の娘も普通の生き方を選んだようだ。 「もしかして、あなたはもう跡継ぎがいるのですか」とナナが聞いた。 ウキは笑ってうなづいた。 「神様のお陰で、三人の娘に恵まれました」 「そうでしたか。おめでとうございます。安心ですね」とササはウキに言ってから、話を戻して『伊予津姫』の事を聞いた。 「『伊予津姫』がこの島に来て、『安神山』に祀られたのは、『大山積神社』が今の場所にできる一千年も前の事です。『安神山』は当時は『女神山』と呼ばれていました。『鷲ヶ頭山』は『神野山』です」 「『女神山』がどうして、安神山になったのですか」 「わたしたちは『女神山』の事は隠していたのですが、『大山積神社』が完成した時、都から役人が来たのです。その役人に知られてしまって、『大山積の神様』を見下ろしている山が『女神山』とはけしからんと言ったのです。その時、役人が、『女は家の中でおとなしくしていればいい』と言って、『女』に『ウ冠』を付けて『安』にしてしまったのです。『神野山』の神様が『瀬織津姫様』だという事も知られてしまって、『鷲ヶ頭山』に変えられてしまいます。そして、今後は『瀬織津姫様』と『伊予津姫様』ではなく、『大山積の神様』に奉仕しなさいと言われます。それだけでなく、都から来た役人たちは『女神山』と『神野山』にある『古い岩座』を破壊しようとまでしたのです。わたしたちの御先祖様は勿論の事、周辺の島々の人たちも大勢集まって来て、役人たちの粗暴を阻止します。島々の人たちは完成した神社をすべて破壊すると役人たちを脅したようです。初代の大祝になった安元様の父親、『越智玉澄様』が島民たちと役人たちの間に入って、話をうまくまとめました。『神野山』の山頂に『大山積神社の奥宮』を造って、『大山積の神様』を敬う代償として、『女神山』の山頂に『龍神様』を祀って、境内に池を造って、『弁才天様』を祀るという条件をつけたのです。役人の一存では決められず、『遷宮の儀式』は延期となりました。『伊予津姫様』から聞いた事ですが、当時、伊勢に『神宮』を造っていて、『アマテラスの神様』を祀って、『アマテラス』を天皇の皇祖にしようとしていたようです。そのために『日本書紀』という歴史書まで作っていたそうです。その中には、『瀬織津姫様』は出てきません。当時、『水の神様』、『航海の神様』、『戦の神様』でもある万能の神様の『瀬織津姫様』は誰もが知っている神様でした。『日本書紀』を正当化するには、『瀬織津姫様』を抹殺しなければならなかったのです。それで、各地に祀られている『瀬織津姫様』は、神社が建てられるのと同時に、名前を変えられてしまったようです。武庫山(六甲山)の『広田神社』も熊野の『那智の滝』も、そして、『瀬織津姫様』の娘や孫を祀っている『大粟神社』やここも皆、変えられてしまったのです。一年近く経って、ようやく、都から返事が来ました。『女神山』に『龍神様』を祀る許可が下りて、山頂に石の祠を祀って、境内に池を作って『弁才天様』を祀り、ようやく、『遷宮の儀式』が盛大に行なわれました。立派な神社を見るために大勢の人たちが集まってきました。皆、神様にお祈りしましたが、心の中では『伊予津姫様』を思っていたのです。『大山積神社』とは呼ばず、『大三島明神様』と呼んでいるのは『伊予津姫様』の事なのです」 「今でも島の人たちは『伊予津姫様』の事を忘れてはいないのですね?」とササは聞いた。 ウキは悲しそうな顔をして首を振った。 「時の流れには逆らえません。『大山積神社』ができてから七百年も経っています。この島の本当の神様が『伊予津姫様』だという事を知っている人も減ってきています。今から三百年ほど前に、『天変地異』が起こりました。干魃が続いたかと思うと、今度は大雨が何日も続いて、疫病が流行って大勢の人が亡くなりました。それを救ったのが『大三島明神様』でした。都から『勅使』が来て、神社が再建される事になりました。すべてが新しくなりましたが、その時、『神宮寺』もできたのです。『役行者様』がこの島に来てから、山伏たちが大勢やって来て、『女神山』や『神野山』に行場を作って修行していたのです。『伊予津姫様』と『瀬織津姫様』が復活する危険を感じたのでしょう。『女神山』と『神野山』は神様の領域であるとして入山を禁止してしまいました。未だに、祭祀の時だけ限られた人しか山には入れません。『神宮寺』ができてからは仏教の色が濃くなって、それぞれの神様に『本地仏』という仏様が加わって、何が何だかわからなくなって、『伊予津姫様』の事もだんだんと忘れられてしまったのです」 「『役行者様』はこの島に来たのですね?」 「『大山積神社』ができる前に来たようです。『女神山』で『伊予津姫様』と会っています。そして、『薬師山』に登って、『スサノオ様』が祀ってある事を知って、『薬師如来』を祀ったのです。それで、今、『薬師山』って呼ばれているのですよ」 「『薬師山』に『スサノオ様』を祀ったのは熊野の山伏ですか」 「もっと、ずっと古いわよ。阿波に行ったのなら知っていると思うけど、『八倉姫様』の娘さんがこの島に来たのですよ」 「『アイラ姫様』の娘さんが‥‥‥」 『アイラ姫様』は『ユンヌ姫様』と一緒に、祖母を連れて琉球に行ったけど、もう帰って来ているはずだった。『アイラ姫様』の娘は『鉄の鏃の付いた矢』をこの島に持って来たのだろうか。 「『ミシマ姫様』って呼ばれて、『鏡山』に祀られています。『伊予津姫様』の子孫と『ミシマ姫様』の子孫が一緒になって、この島を守ってきたのです」 次の日、ササたちはウキの案内で、『入り日の滝』に向かった。滝は『安神山』の裏側にあって、川に沿った山道を進んで行った。半時(一時間)余りで『滝本坊』というお寺に着いて、その先に『滝』があった。 ササたちは川で手足を清めて、鳥居をくぐって『滝』に近づいた。『古いウタキ(御嶽)』のように『霊気』がみなぎっていた。岩と樹木に囲まれている中、およそ五丈(約十五メートル)の高さから『滝』は落ちていた。この光景はイシャナギ島(石垣島)の『ナルンガーラの滝』に似ていると思った。きっと、夕日が当たると『虹』が出るのだろう。 滝壺の近くに祭壇のような岩があったので、ササたちはそこに行って、お祈りをした。ササに従ったのはヌルたちで、トゥイたち、ヤタルー師匠と修理亮、覚林坊たち、あやとサヨは様子を見守っていた。 「母(阿波津姫)から聞いたわよ。お酒が好きなんですってね」と『神様の声』が聞こえた。 「一緒にお酒を飲みたいと思ってやって参りました」とササが言った。 ウキは信じられないと言った顔をしてササを見ていた。ササの話は聞いたが、実際に『伊予津姫様』と話ができるなんて思ってもいなかった。 「大歓迎よ。今晩、お月様を眺めながら一緒に飲みましょう。楽しみだわ。それにしても随分と大勢連れて来たわね」 「ここにいる人は皆、『富士山』の裾野の湖畔で『瀬織津姫様』と一緒にお酒を飲んでいます。あの時は丁度、満月でした」 「それも母から聞いたわ。『富士山』に籠もっていたお祖母様(瀬織津姫)を出してくれてありがとう。お祖母様ったら、あたしの所に来ないで、どこかに行っちゃったのよ。薄情だわ。でも、本当によかったわ。お祖母様が籠もってから五百年以上も経つのよ。その間に色々とあったわ。お祖母様を頼りにしている人たちがいっぱいいたのに、お祖母様は動かない。お祖母様の娘たちや孫たちが頑張って、何とかやって来たのよ。お祖母様に会ったら、愚痴をたっぷりと言ってやるわ」 「『伊予津姫様』はこの島に来て、『大山積神社』がある所で暮らしていたのですか」とササは聞いた。 「わたしがこの島に来た時、あそこは湿地帯で、とても暮らせる場所じゃなかったのよ。わたしたちが最初に暮らしたのはここなの。ここから『女神山』に登って、『女神山』から『神野山』に登って、『神野山』の山頂に『お祖母様』を祀ったのよ。でもね、仲間が増えて来て、ここでは狭くなって、南に移動したわ。『薬師山』の北の辺りね」 「何もなかった所に、『大山積神社』はできたのですね?」 「何もなかったわけじゃないわ。神社が建てられた頃は湿地帯もなくなっていたから、耕して田んぼや畑もあったと思うわ」 「あそこに『大山積神社』ができる事を許したのですか」 「許すも許さないもないわ。嘘はいつかばれるものよ。立派な神社を建てて、偽の神様を祀っても、本当の神様を隠す事はできないのよ。現に、琉球で生まれたあなたが真実を知ったでしょ」 そう言ってから伊予津姫は急に黙ってしまった。 「どうしてなの? どうして、あなたがその『勾玉』を身に付けているの?」と伊予津姫は興奮した声で言った。 ササには何の事だかわからなかった。 「あなたは一体、誰なの?」 「誰の事ですか」とササは聞いた。 「海の色の勾玉よ」 『青い勾玉』を身に付けているのは『シンシン』だった。シンシンは驚いた顔をして、『青い勾玉』を見ていた。 「明国(中国)から来たファンシンシン(范杏杏)です」とササは言った。 「明国の娘がどうして、その『勾玉』を持っているの。信じられないわ」 二百年余り前、『厳島神社』の内侍(巫女)の『アキシノ』が厳島の浜辺で見つけて身に付け、琉球に行って、読谷山の山の中に埋めた。六年前の地震で穴の中から出て来たのをササたちが見つけて、『シンシン』が『青い勾玉』を身に付けた事をササは説明した。 「あの『勾玉』は『伊予津姫様』のものだったのですか」 「わたしが母からいただいて、娘にあげたものなの。『吉備津姫』はわたしに似てお酒好きな娘で、その『勾玉』をなくしてしまったのよ。母が『ヌナカワ姫様』からいただいた貴重な『勾玉』だったのよ。笛が上手で、瀬戸内海の潮の流れをすべて知っている賢い娘だったんだけど、お酒好きが玉に瑕だったわ。あの時、『厳島』も探したんだけど見つからなかったのよ。まさか、再会できるなんて思ってもいなかったわ」 「アキシノと申します」と『アキシノ』の声がした。 ウキが驚いて空を見上げた。ササの話に出て来た『アキシノ』がここにいるのが理解できなかった。 「わたしがその『勾玉』を見つけた時、わたしは神様の声を聞きました。神様から言われた通りに行ったら、その『勾玉』を見つけたのです。その神様は『伊予津姫様』ではなかったのですか」 「わたしではないわ。『勾玉』が『厳島』にある事を知らなかったもの」 「その『勾玉』を見つけたわたしは、『伊予津姫様』の子孫なのでしょうか」 「きっと、そうでしょう。『吉備津姫』の妹に『安芸津姫』がいるわ。『安芸津姫』は『厳島』に祀られているので、『安芸津姫』の子孫かもしれないわね。『アキシノ』が身に付けられたのはわかるけど、明国で生まれた『シンシン』が身に付けられるなんて‥‥‥」 伊予津姫はまた黙り込んだ。しばらくして、 「あの娘、『楚の国』に行ったのかもしれないわ」と言った。 「『楚の国』ってどこですか」とササは聞いた。 「明の国よりずっと昔にあった国よ。その頃、従姉の『阿蘇津姫』が対馬に拠点を作って、『楚の国』と『タカラガイ』の交易をしていたの。その頃の船は小さかったから、一気に大陸まで渡れなかったわ。朝鮮半島に渡って、沿岸を通って『楚の国』まで行ったのよ。『楚の国』では『タカラガイ』を『銭』として使っていたの。『吉備津姫』は『楚の国』には行っていないけど、琉球に行った時に遭難してしまって帰って来なかったの。亡くなってしまったと思っていたけど、もしかしたら、『楚の国』に流れ着いて、そこで生きていたのかもしれないわ。あの娘が行方不明になって十年もしないうちに、『楚の国』は『秦の国』に滅ぼされてしまったの。戦に巻き込まれて亡くなってしまったのかもしれないけど、娘を産んで子孫を残したのかもしれないわ」 「『楚の国』と交易していたのなら、そのお船に乗って帰って来られたのではないですか」 「『楚の国』に行くのは命懸けの長い船旅よ。毎年行っていたわけではないの。それに、『楚の国』が滅ぼされて『秦の国』になってからは『銅銭』ができて、『タカラガイ』は必要とされなくなってしまったのよ。『秦の国』と交易ができなくなって、大陸には行かなくなってしまったわ。もし、あの娘が『楚の国』に行ったとしても、帰っては来られなかったのでしょう」 「わたしは海からずっと離れた『武当山』の近くの村で生まれました。本当に『吉備津姫様』の子孫なのでしょうか」とシンシンが伊予津姫に聞いた。 ウキが驚いた顔でシンシンを見た。 伊予津姫は笑った。 「あなたがその『勾玉』を身に付けている事と、『わたしの声』が聞こえるという事は、あなたはわたしの子孫だわ。そして、『吉備津姫』の子孫に違いないわ。あの娘が行方知れずになったのは千五百年も前の事よ。きっと、明の国にあの娘の子孫が大勢いるのかもしれないわ。そして、あなたは『吉備津姫』の娘から娘へとずっと続いている血筋なのよ。あなたがどういう経路でここに来たのかは知らないけど、それは生まれた時からの『運命』だったのよ」 シンシンは『青い勾玉』を見つめながら、『伊予津姫』が言った事を考えていた。突然の事で頭の中は混乱していたが、琉球に行ったのも、ササと一緒に神様の事を調べたのも、すべて、神様に導かれた運命だったのだと思った。 「ササには驚かされるわね。まさか、娘の消息がわかるなんて思ってもいなかったわ。今晩、ゆっくりと話しましょうね」 ササたちはお祈りを終えて、伊予津姫と別れた。 「シンシン」とササが言って、シンシンの肩をたたいて笑った。 「あなたも『瀬織津姫様』の子孫だったのよ」 「驚いたわね」とナナが言った。 「『青いガーラダマ(勾玉)』なんて滅多にないから貴重なものだって知ってはいたけど、『阿波津姫様』が『ヌナカワ姫様』からいただいた『ガーラダマ』だったなんて凄いわ」 「『瀬織津姫様』は気づかなかったけど知らなかったのかしら?」とカナが言った。 「『瀬織津姫様』は『ヌナカワ姫様』が武庫山で亡くなってから那智に行ったわ。きっと、娘さんの『ヌナカワ姫様』だと思うわ。娘さんが武庫山に来た時、『阿波津姫様』がシンシンのガーラダマをいただいたのよ」 「『阿波津姫様』も気づかなかったわよ」 「『阿波津姫様』は気づいたんだと思うわ。それで、『大三島』に行きなさいって言ったのよ」 「そうね」とカナはササの言った事に納得した。 「あなたたち、みんな、『神様の声』が聞こえるの?」とウキが聞いた。 「若ヌルたちはまだ聞こえない子もいるわ」 ウニチルとミワが恥ずかしそうにうつむいた。 「大丈夫よ。あなたたちももうすぐ聞こえるようになるわ」とササは二人に言った。 『滝』から『滝本坊』に行って、巫女が出してくれたお茶を飲みながら一休みした。 「『伊予津姫様』が一緒にお酒を飲みましょうっておっしゃったけど、どういう意味ですか」とウキがササに聞いた。 「言葉の通りです。申し訳ありませんが、お酒とお料理の準備をお願いします」 「それは構わないけど、『神様』が現れて、お酒を飲むのですか」 ササはうなづいた。 ウキは信じられないといった顔をしていた。 一旦、『東円坊』に帰って、夕方になると、ササたちはお酒と料理を持って『滝本坊』に戻った。ヌルたち全員と護衛のためにヤタルー師匠と修理亮と覚林坊が従い、ウキは大巫女のトクとハツを連れて来た。 『滝本坊』の裏に滝が見えるいい場所があるというので、そこに行って酒盛りの準備をした。思っていたよりも広い場所だったが、木に隠れて滝はよく見えなかった。 ササ、シンシン、ナナ、カナ、ハマ、タミー、喜屋武ヌル、玻名グスクヌル、八人の若ヌルたち、三人の大巫女たちが焚き火を囲んで酒盛りを始めた。ヤタルー師匠と修理亮と覚林坊は『滝本坊』で待っていてもらった。 日が暮れて、東の空から『十二日の月』がササたちを照らした。 「本当に『神様』が現れるの?」とウキがササに聞いた。 「約束したんだから現れると思うけど」と言って、ササは星空を見上げた。 「笛よ」とシンシンが言った。 ササはうなづくと『笛』を出して吹き始めた。 瀬戸内海の船旅を思い出しながらササは笛を吹いていた。博多から兵庫へ向かう途中、いつも、この島の近くを通っていた。あやから『大山積神社』の事は聞いていても興味はなかった。南の島で『瀬織津姫様』を知って、富士山で『瀬織津姫様』と出会い、四国に行って『阿波津姫様』と出会って、ようやく、この島にやって来た。以前、『セーファウタキ(斎場御嶽)』に行きたいと母に行ったら、行くべき時が必ず来るから、それまで待ちなさいと言われた。この島の近くを通っても、この島に来なかったのは、まだ来るべき時ではなかったに違いない。そして、今、来るべき時に来たのだった。『瀬織津姫様』と『伊予津姫様』を隠すためにあれほど立派な『大山積神社』を造ったという事は、この島は『伊勢』と同じように重要な島に違いなかった。 ウキたちはササの吹く笛の調べに感動していた。ササが知っているはずはないのに、『古い神楽』の調べによく似ていた。似ているというより、ササの笛の方が神々しく、まるで、神様が吹いているように聞こえた。この調べを聴いたら、『神様』が現れるというのもうなづけるような気がした。 突然、まぶしい光に包まれた。皆が目を閉じて、目を開けると神様がいた。『ユンヌ姫』、『アカナ姫』、『アキシノ』、『トヨウケ姫』と初めて見る神様が二人いた。 「琉球に行って来たわよ」と笑ったのは『アイラ姫』の声だった。 『アイラ姫』は弓矢の名人で、山の中を走り回っていたと聞いているが、そんな風には見えない美しい神様だった。もう一人はユンヌ姫の娘の『キキャ姫』で、母親に似て、いたずら好きそうな可愛い娘だった。 ササはウキたちに『神様』たちを紹介した。『神様』を見るのが初めてのウキたちは急にかしこまって挨拶をした。 ササが若ヌルたちを見ると眠ってはいなかった。皆、目を丸くして神様たちを見ていた。その中にウニチルとミワもいた。 「あなたたちも許されたのね」とササは若ヌルたちに言った。 「えっ?」とマユが言って、「これは夢ではないのですね」と聞いた。 若ヌルたちは顔を見合わせて喜んだ。そして、ウニチルとミワを見て、 「あなたたちも神様の声が聞こえるようになったの?」とカミーが二人に聞いた。 「えっ?」と言って、二人は神様たちを見た。 「よかったわね」と『ユンヌ姫』が言った。 「聞こえたわ」と言って、ウニチルとミワは手を取り合って喜んだ。 再び、まぶしい光に包まれて、目を開けると、四人の女神様たちがいた。 「飲み仲間を連れて来たわ」と言ったのは『伊予津姫』の声だった。 『伊予津姫』は弓矢を背負って、腰に石斧を差し、毛皮を着込んで猟師のような格好をしていた。生きていた頃はその格好で丸木舟に乗って、瀬戸内海を走り回っていたのだろう。ササの視線に気づくと恥ずかしそうに笑って、「着飾って来ようと思ったんだけど、あなたたちの格好に合わせたのよ」と言った。祖母の『瀬織津姫』に似ている美人だった。 伊予津姫の飲み仲間は娘の『安芸津姫』とアイラ姫の娘の『ミシマ姫』と『ムナカタ姫』だった。ミシマ姫とムナカタ姫は母親がいるのに驚いて、 「どうして、お母様がここにいるの?」と聞いた。 「あなたたちが調子に乗って飲み過ぎないように見に来たのよ。いつも飲み過ぎて『酔ひ姫様』に迷惑を掛けているでしょ」 「始めるわよ」と『伊予津姫』が言って、それぞれが酒杯にお酒をついで、酒盛りが始まった。 ウキは御先祖様の『伊予津姫』の姿を見て感激していた。男のような勇ましい格好は想像もしていなかったが、美しい顔立ちはウキが思っていた通りだった。 「わたしがこの島に来たのは、この島に大きな『楠』がいっぱいあったからなのよ。『楠』を切って、『丸木舟』をいくつも造ったわ。そのお舟に乗って、琉球にも行ったのよ。『貝殻』をいっぱい積んで帰って来たわ」 伊予津姫の昔話を聞いていた時、『ヴィーナ』の調べが聞こえてきた。 「サラスワティ様よ」とナナが言って、星空を見上げた。 「わしらも仲間に入れろ」と言ったのは『スサノオ』の声だった。 まぶしい光のあと、『スサノオ』と『瀬織津姫』、『サラスワティ』が現れた。クメールの国(カンボジア)の衣装なのか、三人とも異国の着物を着ていた。よく似合ってはいるが、ちょっと寒そうに見えた。 「お前がこの島に来たとは驚いたのう」と『スサノオ』がササに言った。 「この島はわしが瀬戸内海を平定する時、拠点にした島なんじゃよ。島の神様に仕えていた『ウテナ姫』という美しい娘がいてのう、わしは『ウテナ姫』といい仲になって、娘の『イクラ姫』が生まれたんじゃよ。この事は未だに、『豊玉姫』にも『稲田姫』にも内緒なんじゃ」 スサノオは伊予津姫を見て、「『ウテナ姫』はそなたの子孫ですか」と聞いた。 瀬織津姫と話をしていた伊予津姫はスサノオを見て、うなづいた。スサノオはウキたちを見ると、「そなたたちが『イクラ姫』の子孫かのう」と聞いた。 「はい。さようでございます」とウキはやっとの思いで答えた。 『伊予津姫』の姿を見ただけでも驚いたのに、『瀬織津姫』と『スサノオ』が現れるなんて、ウキの頭の中はあまりの驚きで真っ白になっていた。そして、『神宮寺』が建てられた時の事を思い出した。 あの時、『鳥羽上皇』の勅命で、『上津社』と『下津社』も建てられた。上津社は『雷神』を祀り、下津社は『高龗』を祀った。鳥羽上皇の内密の命令で、上津社の本当の神様は『スサノオ』だと言われ、下津社には『島の神様』を祀ってもいいと言われたという。鳥羽上皇は何度も『熊野参詣』をしている『スサノオ』の信奉者だった。この島とあまり関係のない『スサノオ』を祀ってもいいものか、その時の大巫女は『伊予津姫』に相談した。『伊予津姫』は笑って、『スサノオ』はあなたたちの御先祖様だから何の問題もないと言って、わたしを祀る事を許されたのだから、その通りにしなさいと言った。その話を聞いた時、『スサノオ』は有名な神様だから、『伊予津姫』と関係があるのかもしれないと思っただけだったが、実際に『スサノオ』の娘が御先祖様にいたなんて初めて知った事だった。 本殿の裏に『上津社』と『下津社』はあるが、上津社は『出雲』の方を向いて北向きに、下津社は『安神山』の方を向いて南向きに、お互いに向き合って建てられていた。 「わたし、『イクラ姫様』に会いましたよ」とミシマ姫が言った。 「そなたは誰じゃ」とスサノオは聞いた。 「『アイラ姫』の娘のミシマ姫です」 「おう、そうか。お前がこの島を守ってくれたのか」 「『イクラ姫様』の孫娘の『イキナ姫』がわたしと同い年で、二人で協力して、この島を守ったのです」 ササが『サラスワティ』を見ると、サラスワティは笑って、「また会ったわね」と言った。 この前、サラスワティと会ったのはトンド(マニラ)にいた正月だった。あれから色々な事があったので、随分と昔だったようにササには感じられた。 月空の下、神様たちとの酒盛りは賑やかに続いていった。 |
大山積神社
入り日の滝