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大義名分
『シタルー(先代山南王)の命日』に豊見グスクのシタルーのお寺で、護国寺の僧たちと山南王(他魯毎)のヌルたちによって『法要』が行なわれた。トゥイ様(先代山南王妃)とマアサ(シタルーの五女)はいないが、子供たちや孫たちは皆集まって、シタルーの冥福を祈った。身内だけの『法要』にして、按司たちや冊封使たちは呼んでいなかった。 大きなお腹をした『島尻大里ヌル(前豊見グスクヌル)』がヌルたちを率いてやってきたので、豊見グスクの城下の人たちは目を丸くして驚いていた。 「ようやく、わたしにも『マレビト神様』が現れたのよ」と島尻大里ヌルが嬉しそうに言ったので、城下の人たちは、それはおめでたいと心から祝福してくれた。 大きなお腹で人前に出るのは恥ずかしかったけど、馬天ヌルを見倣わなければならないと勇気を出してやって来た。長年お世話になってきた豊見グスク城下の人たちに祝福されて、やっぱり来てよかったと島尻大里ヌルは感激していた。 その二日後の夕方、島添大里グスクの東曲輪で娘たちによる『武当拳』の勝ち抜き試合が行なわれた。 リーポー姫(永楽帝の娘、漢麗宝)、リーポー姫の護衛のリーシュン(李迅)とヂュディ(朱笛)、サスカサ(島添大里ヌル)、マナビー(チューマチの妻)、マチルー(ウニタルの妻)、マウミ(マグルーの妻)、ハルとシビー、ミヨン(ファイテの妻)とファイリン(シングルーの妻)、非番の女子サムレーのアミー、シジマ、チャウサ、イユ、クトゥが参加した。いつも剣術の稽古をしている娘たちのほかにも、噂を聞いて集まって来た人たちの見守る中、試合は行なわれた。サハチ(中山王世子、島添大里按司)もナツと子供たちを連れて見ていた。 くじ引きで対戦相手が決まり、勝ち抜き表に名前が書かれて張り出された。組み合わせにもよるが、最後まで残るのは『リーポー姫』と女子サムレーの『アミー』だろうとサハチは思った。リーポー姫は一番若いが、幼い頃からチウヨンフォン(丘永鋒)の指導を受けている。アミーは島添大里の女子サムレーの中で一番強かった。いや、剣術はアミーが一番だが、『武当拳』はシジマも強いと聞いている。もしかしたら、『シジマ』かもしれないとも思った。 「ハルも出ているけど大丈夫かしら?」とナツが心配した。 「ハルも一応、キラマ(慶良間)の島にいるアミーに鍛えられているからな。それに、シビーと一緒に『武当拳』の稽古にも励んでいるよ」 「あの娘、今でもあなたの側室なのですか」 「さあ?」とサハチは首を傾げた。 「でも、あの娘が来てくれてよかったですね。お祭りの事はユリとハルとシビーの三人に任せれば安心です」 「安須森ヌル(先代佐敷ヌル)もいるだろう」 「安須森ヌル様は特別ですよ」 第一試合が始まった。リーポー姫はチャウサに勝ち、アミーはヂュディに勝ち、ミヨンはマウミに勝った。サスカサはイユに勝ち、ハルはリーシュンに負け、シビーはシジマに負けた。マチルーはクトゥに負け、ファイリンとマナビーはいい試合をして、ファイリンが勝った。『サスカサ』が女子サムレーのイユに勝ったのは意外だった。ナツは『ミヨン』がマウミに勝ったのが意外だと言った。 「ミヨンは幼い頃からウニタキが仕込んだのだろう。母親のチルーも強かったしな」とサハチはナツに言った。 残った八人が第二試合を行なって、リーポー姫はシジマに勝ち、アミーはリーシュンに勝ち、サスカサはファイリンに勝ち、ミヨンはクトゥに勝った。『シジマ』はかなり強かったが、リーポー姫にはかなわなかった。『ミヨン』が女子サムレーのクトゥに勝ったのにはサハチも驚いた。夫のファイテ(懐徳)が明国(中国)に留学したあと、義妹のファイリン(懐玲)と一緒に娘たちの稽古に参加していたが、これほど強いとは思ってもいなかった。 準決勝はリーポー姫対アミー、サスカサ対ミヨンだった。どちらの試合も凄かった。皆、固唾を飲んで見守った。ほんのわずかの差で、『リーポー姫』がアミーに勝ち、『サスカサ』がミヨンに勝った。 「サスカサ、強いわね」とナツが感心した。 サハチも驚いていた。『サスカサ』が新グスクでヂャンサンフォン(張三豊)の一か月の修行に参加したのは五年前だった。あれから『武当拳』の修行を怠りなく続けてきたのだろう。ササを目標に頑張ってきたに違いない。 決勝は『リーポー姫』と『サスカサ』で、身の軽い二人は飛び跳ねながら戦っていて、まるで、曲芸を見ているようだった。勝負はなかなかつかず、これ以上やると危険なので、見証役(審判)のチウヨンフォンが止めに入って、引き分けとなった。 リーポー姫とサスカサは手を握り合って、お互いを認め合った。見ていた者たちが二人に喝采を送った。リーポー姫が手を振って、琉球(沖縄)の言葉で、みんなにお礼を言った。 試合を見ていたクチャとスミは感激して、『武当拳』を身に付けるまでは名護に帰らないと誓い合っていた。 娘たちの剣術の稽古が終わったあと、安須森ヌルの屋敷で、『リーポー姫の送別の宴』が開かれた。わずか三か月足らずの滞在なのに、リーポー姫の琉球言葉は驚くほど上達していた。時々、ファイリンに通訳してもらいながら、みんなに囲まれて楽しそうに笑っていた。 サハチはウニタキ(三星大親)とンマムイ(兼グスク按司)と一緒に、ツイイー(崔毅)の通訳でチウヨンフォン、チャイシャン(柴山)と酒を飲んでいた。チウヨンフォンもチャイシャンも琉球に来てよかった。是非、もう一度、来たいと言った。 「リーポー姫様は南蛮(東南アジア)の王女様たちと仲良くなった。今度は南蛮に行くと言い出すだろう。旧港(パレンバン)もジャワ(インドネシア)もトンド(マニラ)も『進貢船』を明国に送っている。永楽帝が命じれば、それらの船に乗る事ができるだろう。ムラカ(マラッカ)からも『進貢船』は来ている。『ヂャン師匠(張三豊)』に会うためにムラカに行くかもしれない」とチウヨンフォンは言った。 「俺たちも行きたいですね」とンマムイが言って、サハチとウニタキを見た。 「そうだな。親父が健在なうちに行ってみたいな」とサハチは言った。 「もう少し待った方がいいかもしれません」とチャイシャンが言った。 「今、『スンシェン(孫弦)』という宦官が永楽帝に命じられて『海賊退治』をしています。それが終わってからの方が安全でしょう。海南島の付近には『スンシェン』にやられた残党どもが集まって悪さをしているようです」 「海南島ってどこですか」とサハチは聞いた。 「広州の南にある島です。南蛮に行くにはその島の近くを通らなくてはなりません」 「シーハイイェン(施海燕)たちは大丈夫だろうか」とサハチは心配した。 「旧港とジャワの船、二隻が一緒に行けば大丈夫でしょう。二隻を襲うほどの力はありません。ただ、一隻だけだと襲われるかもしれません。『海賊退治』が終わってから行った方がいいですよ」 翌日、『リーポー姫』たちは浮島から『冊封使の船』に乗って帰って行った。『リーポー姫』を見送った『ウリー』は明国の言葉を学んで、必ず明国に行くと言った。来年の正月に出す『進貢船』に乗って明国に行って来いとサハチはウリーに言った。 「来年の正月ですか」とウリーは驚いた。 「お前は来年、十六だろう。十六になったらヤマトゥ(日本)旅に出るのが慣わしだが、唐旅が先になってもかまわんよ。明国に行って、いっぱい驚いてこい」 ウリーは父親を見ながら強くうなづいた。嬉しくて涙が知らずにこぼれ落ちた。 リュウイン(劉瑛)の妻のチルーと子供たちも『冊封使の船』に乗っていた。ウニタキによって、チルーは弟の『真喜屋之子』と会っていた。チルーは突然現れた弟に驚いたが、弟がヤマトゥで無事に生きていると信じていたという。二人は語り合って、真喜屋之子は親父にはまだ内緒にしてくれと言った。俺が琉球にいる事がわかると親父が危険な目に遭うと言うと姉も納得して、いつの日か親子の対面ができる日が来る事を祈っていると言った。 『冊封使の船』と一緒に、サングルミー(与座大親)を正使とした中山王の『進貢船』も船出して行った。従者として重臣たちの息子たちが唐旅に出た。その中から使者を志す者が出てくれればいいとサハチは願った。 『冊封使の船』を見送りながら、「やっと、終わりました」とファイチ(懐機)がほっとしたように言った。 「サングルミーさんの話だと、今回の『冊封使』たちはおとなしかったそうです。一行の中にはわがままを押し通して困らせる者が何人かいるのですが、今回はそんな奴もいなかったと言っていました。『リーポー姫様』のお陰かもしれません。『リーポー姫様』がサハチさんを頼っていたので、皆、サハチさんを恐れて、おとなしくしていたようです」 「俺を恐れていただと?」 ファイチは笑った。 「永楽帝が明国で恐れられている証ですよ。『リーポー姫様』の口は誰にも封じられませんからね。『リーポー姫様』が『冊封使』たちの悪口を永楽帝に言えば、『冊封使』たちの首が飛ぶ事もあり得るのです。なるべく、騒ぎを起こさないように自重していたのでしょう」 「わがまま娘に助けられたという事だな」 ファイチはうなづいた。 「『リーポー姫様』は琉球の『進貢船』に乗って、また遊びに来ると言っていましたよ」 「『リーポー姫様』ならそれも可能だな」とサハチは笑った。 「しかし、『刺客』まで一緒に連れて来られたらかなわんな」 『冊封使』たちが帰って、慌ただしい日々も終わった。『冊封使』たちとは関係なく、普請を続けていた『ジクー寺』が首里の城下の入り口に完成した。 落慶供養は『ジクー(慈空)禅師』がヤマトゥから帰って来てからという事になったが、身内だけによる『完成祝いの宴』が、本堂で密やかに行なわれていた。集まったのは、東行法師に扮した思紹(中山王)、サムレーの総大将の苗代大親、水軍大将のヒューガ(日向大親)、軍師のファイチ、馬天ヌル、安須森ヌル、サスカサ、サハチ、マチルギ、ウニタキ、奥間大親(キンタ)の十一人だった。 いつもなら首里グスクの『龍天閣』でやるのだが、これだけの顔触れが集まると何事かと噂になってしまう。戦の最中ならともかく、何事もないのに集まるとあらぬ噂が流れるので、できたばかりのジクー寺で完成祝いの宴として集まる事にしたのだった。 新助が彫った御本尊の『お釈迦様』は、何となく思紹に似た顔付きだった。お釈迦様の見守る中、イーカチ(辺土名大親)が描いた琉球の絵図を囲んで、十一人は顔を見合わせた。 「速いものね。あれからもう十年が経つのね」と馬天ヌルが言った。 思紹が皆の顔を見回して、「みんな、あれから十年の年を取ったという事じゃな」と言って笑った。 「あの時、十年後に『今帰仁を攻める』と決めたが、来年、それが実行できると思うか」 思紹の質問に即答できる者はいなかった。 「あの時とは状況が大分変わりました」とマチルギが言った。 「チューマチ(ミーグスク大親)の妻の『マナビー』は山北王(攀安知)の娘だし、マグルーの妻の『マウミ』は山北王の妹の『マハニさん』の娘なんですよ。『今帰仁』を攻めたらマナビーもマハニさんもマウミも悲しみます」 「祖父の敵討ちはもういいのか」とサハチはマチルギに聞いた。 「祖父の敵は『先々代の山北王(帕尼芝)』よ。山田の叔父さん(先代山田按司)が敵を討ってくれたわ。それでいいのよ」 「『今帰仁攻め』はマチルギの敵討ちでもあるが、『琉球の統一』という若き日のサハチの『宿願』でもある。戦のない世の中にするには、『琉球の統一』は必要な事なんじゃよ」 「『山南王』は思紹殿の娘婿がなったので問題はないのう」とヒューガが言った。 思紹がうなづいた。 「山北王を攻めるのに『シタルー(先代山南王)』は邪魔だった。今帰仁を攻めている時、シタルーは必ず、首里を攻めたじゃろう。タブチ(先々代八重瀬按司)の倅が敵討ちとしてシタルーを倒したのは、わしらに取っては幸運じゃった。だが、『山北王』も何もしていなかったわけではない。常識では考えられん手を使って、若按司を『山南王の世子(跡継ぎ)』にしている。そして、南部に兵も送っている。まごまごしていると、『山北王』に南部を乗っ取られる事になるかもしれん。『山北王』はまだ、わしらと戦をする気はないじゃろう。時期としては来年に攻めるのが丁度いいと、わしは思っているんじゃ」 「今の状況で『今帰仁』を攻めるのは難しいですよ」とサハチは言った。 「『三王同盟』を結んでいるので、誰もが当分は戦がないと安心しています。急に戦をすると言ったら、民衆たちの反感を買いますよ」 「戦をするには『大義名分』が必要です」とファイチが言った。 「大義名分?」と思紹がファイチを見た。 意味がわからず、皆がファイチを見ていた。 「『儒教の教え』の中にある言葉です。戦をするには、正当な理由が必要だという意味です。誰もが納得する理由がない限り、戦をしても兵たちの心が一つにまとまらずに士気が低下して、敗れる事になります」 「正当な理由か‥‥‥うむ。もっともな事じゃな」 「今までの戦にどんな『大義名分』があったのか、考えてみるのがいいのではありませんか」と苗代大親が言った。 「そうじゃな。過去の戦を参考にしてみよう。シタルーの死から始まった南部の戦の『大義名分』は何だったんじゃ?」 「他魯毎(シタルーの長男)の大義名分は、親の敵を討って、『山南王の座』を取り戻す事じゃろう」と苗代大親が言った。 「それなら、タブチ(シタルーの兄)の『大義名分』は何じゃ?」とヒューガが聞いた。 「そうか。敵にも『大義名分』があるのか」とサハチはヒューガを見てから、 「タブチの大義名分は、汪英紫(先々代山南王)の長男の自分が『山南王』になるのが当然だという事じゃないですか」と言った。 「しかし、タブチは途中で抜けて、摩文仁(先々代米須按司)が『山南王』になった。摩文仁が他魯毎と戦った時の大義名分は何じゃ?」とヒューガがサハチに聞いた。 「摩文仁はトゥイ様の兄で、『シタルーの義兄』だった。山南王の義兄が跡を継ぐと主張したのでしょう」 「しかし、摩文仁は敗れた。中山王も山北王も『他魯毎』を支持したのは、『他魯毎』の大義名分が正当だと判断したからじゃろう」 「『敵討ち』というのは立派な大義名分じゃな。わしが山北王に殺されれば、お前は『敵討ち』という大義名分で山北王を攻められる」と思紹がサハチに言って笑った。 「何を言っているんですか」 「山北王が『刺客』を送ってわしを殺そうとたくらんではおらんか」と思紹はウニタキに聞いた。 「それはありません。シタルーと違って山北王は『刺客』を育ててはいません。もし『刺客』がいるとしたら、湧川大主(攀安知の弟)が抱えているかもしれません」 「湧川大主は『裏の組織』を持っているのか」 「『裏の組織』というほどではありませんが、配下の者が『油屋』にいて各地の情報を集めています」 「『油屋』が情報集めをしていたのではなくて、湧川大主だったのか」 「『油屋』が先々代の山北王に頼まれて始めたのですが、首里の城下ができて、『油屋』の主人のウクヌドー(奥堂)が首里に移った時、情報集めをしていた者たちを湧川大主が配下に組み入れたのです。配下の者たちは『油屋』の仕事に従事しながら、情報は湧川大主のもとに届けているのです」 「『油屋』は『奥間ヌルの娘』が俺の娘だと知っているな」とサハチは言った。 「首里のサムレーたちも噂していたぞ」と苗代大親が笑った。 「今、湧川大主がいないので、山北王はまだ知らないのかもしれませんが、その事を知ったら『奥間』を攻めるかもしれません。察度(先々代中山王)が今帰仁を攻めたのは、山北王(帕尼芝)が『奥間』を攻めようとしていたからだそうです」 安須森ヌルが驚いた顔をして、 「どうして、山北王は『奥間』を攻めようとしたの?」とサハチに聞いた。 「当時、『奥間』は察度と強いつながりがあったんだ。山北王はそれが気に入らなかったのだろう。『奥間』の人たちを追い出して、『奥間』の山を奪おうと考えたのに違いない」 「山北王が亡くなって、『奥間攻め』は中止になったのね」 「戦のあと、『城下の再建』で忙しかったからな。きっと、再建には『奥間』の力も借りたのだろう。だが、先代の奥間大親(ヤキチ)が『玻名グスク按司』になって、中山王と『奥間』のつながりは山北王に知られた。さらに、『奥間ヌルの娘』が俺の娘だと知れば、山北王は『奥間』を攻めるかもしれない」 サハチはそう言ってから思紹を見て、「もし、山北王が『奥間』を攻めたら、『奥間』を助けるために『今帰仁』を攻めるというのは大義名分になりませんか」と聞いた。 「察度の『今帰仁攻め』には、『鳥島(硫黄鳥島)』を取り戻すという大義名分があった。その頃の中山王は山北王の使者を中山王の『進貢船』に乗せてやっていた。それなのに山北王は裏切って『鳥島』を奪い取った。裏切り者を倒せ。『鳥島』を取り戻せ。立派な大義名分じゃ。『奥間』の事は二の次じゃろう。もし、山北王が『奥間』を攻めたとしても、中山王が『今帰仁』を攻める大義名分にはならんな。『玻名グスク按司』が仲間の敵討ちだと『今帰仁』を攻めるのなら大義名分になるが、それを助けるために中山王が動くというのは無理がある」 「『奥間』を攻められても、『奥間』を助けられないと言う事ですか」 「中山王としては動けんという事じゃ。実際にそんな事が起こったら助けなければならんが、ほかの大義名分を探さなければならん」 「うーむ」とサハチは唸った。 「話を戻して、中山王が『南部の戦』に参加した大義名分は何じゃろう?」とヒューガが聞いた。 「あの時の戦は『東方』の問題として、反乱を起こしたタブチ、摩文仁大主(先々代米須按司)、中座大主(先々代玻名グスク按司)、山グスク大主(先々代真壁按司)、ナーグスク大主(先々代伊敷按司)の五人を退治するというのが名目でした。中山王が介入したのは、親父が『トゥイ様』と直接に会って決めた事でしょう」 「そうじゃ。『トゥイ様』から正式に『援軍依頼』があったんじゃよ」 「『援軍依頼』があった場合、それは大義名分になるのか」とサハチはファイチに聞いた。 「それは場合によりますよ。先ほどの話で、玻名グスク按司から『援軍依頼』があって、今帰仁を攻めたとして、それは大義名分にはならないでしょう。南部の戦の時、中山王が『トゥイ様』の依頼で援軍を出したのは、『山北王』が攻めて来るという知らせが来て、これ以上、南部を混乱させないために介入する事に決めたのです。その事に皆が納得したのなら大義名分になると思います」 「皆が納得すればいいのだな?」 「重臣たちだけでなく、兵たちは勿論、戦に参加しない民衆もです」 「民衆もか」 「家族が納得しないで、そんな戦に行くなと言ったら、兵たちはやる気をなくします。家族たちがしっかり働いてこいと送り出すような戦をしなければなりません」 「それは難しいな」とウニタキは言ったが、ファイチは話を続けた。。 「『今帰仁攻め』は大きな戦です。琉球中を巻き込む事になります。多数の戦死者も出るでしょう。戦死した者の家族が悲しむのは当然の事ですが、よくやったと言いながら悲しむのと、何であんな戦で死ななければならないんだと悲しむのでは大きな差があります。あんな戦と思われては、たとえ戦に勝ったとしても、民衆は付いて来ないでしょう。『琉球を統一』するには、戦が終わったあと、みんなが喜ぶような戦にしなければなりません」 「そうじゃな」と思紹がうなづいた。 「ファイチの言う通りじゃ。戦をするのが目的ではない。山北王を倒して、琉球を一つにまとめて、『戦のない平和な世の中』にするのが目的じゃ。戦はその手段に過ぎん。『山北王』は退治されて当然だと思わせなければならん」 「『山北王』がよほど悪い事をしない限り、それは難しいのではありませんか」とウニタキが言った。 「今のままでは、だめなのですか」とマチルギが思紹に聞いた。 「今の状況がずっと続くのならいいが、そうは行くまい。島尻大里グスクにいる山北王の若按司の『ミン』は来年、十五になる。速ければ来年、遅くとも再来年には『婚礼』を挙げるじゃろう。『婚礼』に参加すると言って『山北王』は兵を送り、島尻大里グスクを制圧して、『他魯毎』を無理やり隠居させ、『ミン』を山南王にするかもしれん。『ミン』が『山南王』になれば、『山北王』は堂々と南部に兵を送って、わしらは挟み撃ちにされるんじゃよ。まだ、『山北王』はその準備はしていない。準備を始めてからでは遅いんじゃ。『山北王』が準備を始める前に倒さなくてはならないんじゃよ」 「そのための準備とは言えませんが、『伊敷グスク』にいるミンの護衛兵の大将の『古我知大主』が『長嶺按司』に近づいています」とウニタキが言った。 絵図を見ながら、「伊敷グスクから長嶺グスクまで出向いたのか」と思紹がウニタキに聞いた。 「古我知大主はしばらくテーラーグスク(平良グスク)に滞在して、『保栄茂グスク』に出入りしていたのです。そこで『長嶺按司』と出会って意気投合したようです。奴は『長嶺グスク』にも行っています」 「そうか。首里を攻めるのに『長嶺グスク』が邪魔なので、味方に引き入れようとたくらんでいるのだな」 「そのようです」 「『伊敷グスク』にいる山北王の兵は居座ってしまったのか」 「若按司の『ミン』の重臣として南部に来た『伊差川大主』は、山北王の使者として明国に行っているのです。『伊敷グスク』を管理しているのは『李仲按司』で、李仲按司が今帰仁にいた頃、一緒に明国に行ったようです。二人は再会を喜んで、『伊敷グスク』を山北王の兵に使わせたのです。夏になったら帰る予定だったのですが、何の知らせのないまま、山北王の船は『今帰仁』に帰ってしまったようです。その船は兵を乗せて『鬼界島(喜界島)』に行っています」 「残された兵たちは何をしているんだ?」とサハチは聞いた。 「毎日、武芸の稽古に励んでいるよ。農繁期には農作業の手伝いもしているようだ。『テーラーグスク』の兵たちは家族を呼んだからいいが、『伊敷グスク』の兵たちは早く帰りたいと愚痴をこぼしている」 「『山北王の兵』は南部に何人いるんじゃ?」と思紹がウニタキに聞いた。 「伊敷グスクに百、テーラーグスクに百、保栄茂グスクに五十、それに島添大里のミーグスクに五十です」 「三百か。『他魯毎の兵』は今、何人じゃ?」 「島尻大里の兵は四百ですが、来年、『進貢船』を出すと百人は明国に行きます」 「すると三百か」 「他魯毎の兵は三百ですが、八人の重臣たちがそれぞれのグスクに五十の兵を持っています。半数が駆けつけたとして二百は増えます。それに、従っている按司たちの兵が加われば七百は増えるでしょう」 「会わせて千二百か。『東方の戦力』は?」 「それぞれのグスクを守る兵を除いて、動員できる兵力は千三百です」 「東方の兵たちを残して置けば、南部の事は何とかなりそうじゃな。それで、『今帰仁の兵力』は?」 「今帰仁の兵力は四百です。そのうち百五十が『鬼界島』に出陣しています。水軍も二百いますが、ほとんどの船は兵を乗せて『鬼界島』に行っています」 「鬼界島には四百の兵を送ったと聞いているが、残りの二百五十は按司たちから徴収したのか」 「湧川大主の兵が百人と、国頭、羽地、名護が五十人づつです。湧川大主は『運天泊』を守るために百五十の兵を持っています。志慶真大主は『今帰仁グスクの搦め手(裏門)』を守るために百の兵を持っています」 「志慶真大主が『搦め手』を守っているのか」 「二代目の今帰仁按司の息子が『搦め手』を守るために、『志慶真村』を造って、『志慶真大主』を名乗ったのが始まりのようです。按司が変わっても、ずっと搦め手の『志慶真御門』を守ってきたようです。戦の度に村は焼かれたようですが、すぐに再建して今に至っています。村の者たちは皆、『志慶真御門』を守る事に誇りを持っています。ほかにも五人の重臣がそれぞれの本拠地に五十人の兵を持っていて、それらが半数加わったとして、総数は七百から八百といった所でしょう。ただ、冬だと与論島、永良部島、徳之島、奄美大島からも援軍が来ます」 「そうか。北風が吹いているうちはまずいな。すると『今帰仁攻め』は四月以降という事じゃな」 「四月だとまだヤマトゥンチュ(日本人)がいますよ」とサハチが言った。 「察度の『今帰仁攻め』も四月じゃったな。あの時、ヤマトゥンチュたちはどこにいたんじゃ?」 「『伊江島』に避難していたようです」 「伊江島か‥‥‥四月半ばには梅雨に入る。梅雨が明ければ暑くなる。四月の初め頃が無難かのう」 「四月となると、あと半年ですね」 「先の事はわからんが、四月を目安として準備だけはしておこう」 思紹がそう言うと、皆がうなづいたが、 「名護、羽地、国頭、恩納、金武の兵力が抜けている」と苗代大親が言った。 「名護、羽地、国頭は二百の兵力を持っています。恩納と金武は百です。それぞれが半数を今帰仁に送ったとして、総数は四百といった所です」とウニタキが答えて、思紹を見ると、 「もし、『国頭按司』が山北王を倒してくれと言ってきたら、大義名分になりませんか」と聞いた。 思紹は驚いた顔をしてウニタキを見た。 「湧川大主が今回も『鬼界島攻め』に失敗したら、その可能性はあります。国頭按司は『鬼界島攻め』で多くの戦死者を出していますから、山北王を憎んでいます」 思紹はファイチを見た。 「難しいと思いますよ」とファイチは言った。 「『国頭按司』のために、どうしてヤンバル(琉球北部)まで戦をしに行かなければならないんだと思う者が多いはずです」 「だめか」とウニタキは言ってキンタを見ると、 「お前、ずっと黙っているけど、何かいい考えはないのか」と聞いた。 「えっ?」とキンタは驚いた。 「いえ、こういう席はまだ慣れていないので‥‥‥」 「堅くなる事はない。気楽に話せばいいんじゃ」と思紹が言った。 「それじゃあ、あたしも気楽に言うけど、『テーラー』をどうする気なの?」とサスカサが言った。 「テーラー?」と思紹がサスカサを見た。 「テーラーは『ヂャン師匠』の弟子でしょ。同門同士で戦ってはいけないんでしょ」 「奴には『テーラーグスク』にいてもらえばいいんじゃないのですか」とウニタキが言った。 「そうじゃな。それがいい」と思紹はうなづいた。 「湧川大主は? 湧川大主も『ヂャン師匠』から指導を受けたんでしょ」 「指導を受けたといっても十日間だけだよ」とサハチはサスカサに言った。 「十日間なら弟子じゃないの?」 「弟子かもしれんが、『湧川大主』と戦わなかったら戦にならんぞ」とサハチは言って、皆の顔を見た。 「同門の者たちが周りの状況によって、敵味方に分かれて戦う事は明国でも起こっています。戦は集団の戦いです。直接、一対一で戦わなければいいのです」とファイチが言った。 ファイチの言う事に皆が納得した。 「さて、今回はここまでにしておくか」と言って、思紹は絵図を片付けた。 「久し振りに、この顔触れで酒を飲もう。酒を飲んだら何かいい考えが浮かぶかもしれん」 女たちが持って来た重箱を広げて、酒の用意をした。『冊封使』たちの無事の帰国と半年後の『戦勝』を願って、皆で祝杯を挙げて酒盛りは始まった。 「わしは今帰仁攻めが終わったら、中山王を『隠居』しようと思っている」と思紹が言った。 皆が驚いた顔をして思紹を見た。 「長かった十年間、わしはじっと我慢してきた。今度はお前の番じゃ。わしは旅に出るぞ」と思紹はサハチを見た。 「何を言っているんですか。『中山王』は死ぬまで辞められないんですよ」 「なに、本当なのか」と思紹はファイチを見た。 「本当です。『首里の按司』は隠居して、サハチさんに譲る事はできますが、『中山王』は辞められません」 「そうなのか。しかし、『琉球が統一』されれば、わしが旅に出てもかまわんじゃろう」 「親父、それはまずい。中山王が長い間、留守にするなんて、それは無理ですよ」 「わしは戦死した事にすればいい。お前が『中山王』になれ」 「中山王が亡くなったら、また『冊封使』を呼ばなければなりませんよ」とファイチが言った。 サハチは首を振って、「『冊封使』は当分の間、来なくてもいい」と言った。 「なに、あれ? 二人とも王様になりたくないみたい」とサスカサがマチルギに言った。 「二人とも欲がないのよ。だから、王様が務まるのよ」とマチルギは笑った。 |
豊見グスク
島添大里グスク