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志慶真のウトゥタル
十二月になって、そろそろ湧川大主(攀安知の弟)が『鬼界島(喜界島)』から帰って来るだろうとウニタキ(三星大親)は『今帰仁』に向かった。 『鬼界島』に何人の兵がいるのか知らないが、四百の兵と『鉄炮(大砲)』で攻めれば、今年こそは『鬼界島』を攻め取って来るだろうとサハチ(中山王世子、島添大里按司)は思った。『鬼界島』の次はトカラの島々だろう。一番手前にある『宝島』はすぐに占領されてしまうに違いない。山北王にトカラの島々を奪われたらヤマトゥ(日本)に行けなくなってしまう。来年、『トカラ攻め』の船が出る前に『今帰仁』を攻めなければならなかった。 その日、奥間のサタルーが国頭按司の『材木』を運んで浮島(那覇)に来た。すでに、『ナコータルー』たちは木を伐るために恩納辺りに行っていた。 翌日、島添大里グスクに来たサタルーに、サハチは『松堂夫婦』たちを名護まで送ってくれと頼んだ。 「名護の長老がここに来ているのですか」とサタルーは驚いた。 会った事はないが、『松堂』の母親は『奥間』から贈られた側室だと聞いていた。 「チューマチ(ミーグスク大親)のグスクにいる。ところで、お前、『材木屋』の親方の『ナコータルー』を知っているか」 「知っていますよ。『ナコータルー』がどうかしたのですか」 「チューマチのグスクにいた『仲尾大主』の倅だそうだ。知っていたのか」 「ええ、知っています。弟が何か問題を起こして、サムレーだったのに『材木屋』に回されたと聞いています。国頭に『まるずや』ができる前は、国頭の『材木』は『材木屋』が運んでいたんですよ。『まるずや』が今までよりも高く材木を買ってくれたので、同じ値で取り引きしたら儲けが減ってしまうと、『材木屋』は塩屋湾の奥に拠点を造って、そこで木を伐る事にしたのです。ナコータルーに頼まれて、腕のいいヤマンチュ(杣人)を送りましたよ」 「ナコータルーは今も奥間のヤマンチュを使っているのか」 「いいえ。奥間のヤマンチュに仕込まれた奴が何人かいますからね。今はあまり頼まれません」 「最近は『宜野座』にも拠点があるらしいな」 「『勝連』と取り引きしているようだけど、そのうち、『馬天浜』まで行くつもりでしょう」 「そうだな。そうしてもらえると、こっちも助かる」 「荷下ろしが済んだら、ヤマンチュたちを『玻名グスク』に連れて行きます。三、四日したら、また来ます」 そう言ってサタルーは去って行ったが、すぐには帰らず、安須森ヌルの屋敷に顔を出して、『ユラ』がいるのに驚いた。『ユラ』の方も驚いていた。『今帰仁のお祭り』の時、サタルーは舞台作りを手伝っていて、『ユラ』と会っていた。『ユラ』はサタルーの事を今帰仁の鍛冶屋だと思っていた。 「サタルーさんがどうして、ここにいるの?」 「国頭按司の『材木』を運んで来たんで、按司様に報告しに来たんだよ」 「えっ、国頭按司の材木?」 「サタルーさんはササ姉と一緒にいるナナさんに惚れているのよ」とハルはユラに言ってから、 「あたしたちを『ヤンバル(琉球北部)』に連れて行って」とサタルーに頼んだ。 ユラは首を傾げながら、サタルーとハルを見ていた。二人の話しぶりから、サタルーはよくここに来ているようだ。 怪訝な表情のユラに安須森ヌル(先代佐敷ヌル)が、サタルーは『奥間の長老』の息子だと教えて、奥間大親が玻名グスク按司になってからは、ここにも顔を出すようになったと言った。サタルーがサハチの息子だと知っている者は多いが、それは公然の秘密で、『油屋』の娘のユラに知られてはならなかった。 四日後、サタルーは松堂夫婦とハルとシビーを連れてヤンバルに帰った。護衛として女子サムレーのシジマとユーナ、ウニタル(ウニタキの長男)とマチルー(サハチの次女)の夫婦が従った。ユラも国頭の長老から話が聞きたいと言って一緒に行った。女子サムレーの格好だと怪しまれるので、皆、庶民の格好をして、刀の代わりに杖を突いていた。 クチャとスミはミーグスクに残った。 「『武当拳』を身に付けたら帰るので、兄(名護按司)に心配しないでと伝えてください」とクチャは松堂に言った。 「お祖父様、お父様とお母様に心配しないでって伝えて」とスミは松堂に言った。 スミの父親は松堂の跡を継いだ『兼久大主』で、何度も明国に行き、『正使』を務めた事もあった。山北王(攀安知)が進貢をやめてからは密貿易船の通事(通訳)として働いていた。去年、急遽、『進貢船』を送る事になって『進貢奉行』が再開されると、その責任者になった。新しい『進貢船』が来たので張り切ってはいるが、新しい海賊も来たので、山北王が進貢をやめはしないかと心配していた。 「二人はちゃんと送り届けますよ」とサハチは松堂に約束した。 ハルとシビーが旅立った日から浮島に続々とヤマトゥの船がやって来て、若狭町は賑やかになった。安謝大親の配下がヤマトゥンチュ(日本人)から聞いた話だと、中山王の『交易船』は伊勢で始まった戦のために、八月の半ば過ぎまで博多にいたという。今回も年内には帰って来られないかもしれないなとサハチは思った。 恩納岳の木地屋の親方、タキチのお世話になって、翌日、ハルたちは名護に着いた。松堂夫婦は二人とも足が達者で、険しい道でもすいすいと歩いていた。『轟の滝』の近くにある『松堂の屋敷』に泊めてもらい、翌朝、お礼を言って別れようとしたら、松堂夫婦も久し振りに『奥間』に行ってみたくなったと言って一緒に行く事になった。松堂の母親も妻のシヅの母親も奥間生まれで、二人とも子供の頃、母と一緒に何度か奥間に行っていた。 松堂夫婦が一緒なので、シヅの生まれ故郷の『羽地』で一休みして、塩屋湾でも船乗りとして明国に行ったというウミンチュ(漁師)が『松堂』を知っていて、一行を渡してくれた。険しい山道を歩いて『喜如嘉』に着いた。 入り江の中に船がいくつも泊まっていた。『喜如嘉の港』は国頭按司の水軍の基地で、『喜如嘉の長老』も水軍の大将だった頃はここにいたが、隠居してから按司の相談役になって、国頭グスクの城下に移った。今は息子が『喜如嘉大主』を名乗って、水軍の大将を務めていると松堂は言った。 「先代の喜如嘉大主には随分とお世話になった。喜如嘉大主の船に乗って、ここまで来た事があるんじゃよ。もうかなり前じゃが変わっていないのう」 入り江に沿って奥まで進み、丸太の橋を渡って、しばらく行くと『国頭の城下』に出た。 日暮れ前に着いてよかったとハルたちは喜んで、通りすがりの人に聞くと、『喜如嘉の長老』の屋敷はすぐにわかった。 『喜如嘉の長老』は訪ねて来た『松堂』の顔を見て驚いた。 「お久し振りですなあ」と松堂が言うと、 「久し振りじゃのう」と喜如嘉の長老も言って、懐かしそうにお互いを見ていた。 「九月に南蛮(東南アジア)の王女様たちがやって来て、昔話などしてやったんじゃが、おぬしの事を思い出してのう。会いたいと思っていた所なんじゃよ。おぬしが訪ねて来るなんて思ってもいなかったぞ」 「『仲尾大主』に会いに南部まで行って来たんじゃよ。王女様たちが帰る船に乗ってな」 「なに、南部に行ったのか」 「冥土の土産に首里の都も見て来たんじゃよ。『お芝居の台本』を書くために、喜如嘉殿の昔話を聞きたいという娘たちを連れて来た。話してやって下され」 「なに、お芝居の台本?」と言って、ハルたちを見た喜如嘉の長老は驚いて、「油屋のユラではないか」と言った。 「お久し振りです」とユラは頭を下げた。 「『今帰仁のお祭り』の時には孫娘の『サラ』がお世話になったな」 「こちらこそ。『サラ』のお陰でいいお芝居ができました」 「わしの孫娘の『サラ』が主役の瓜太郎を演じたんじゃよ」と喜如嘉の長老は自慢げに言った。 松堂とユラのお陰でハルたちは歓迎された。 ハルとシビーとユラは喜如嘉の長老から、今帰仁按司だった『千代松』と『志慶真のウトゥタル(乙樽)』の話を聞いた。 話を聞いていた松堂は、「『志慶真の長老』の話と少し違うようじゃ」と言った。 喜如嘉の長老は笑って、「『志慶真の長老』は古い事を色々と知っていたが、『平家』にこだわり過ぎている所があるんじゃよ」と言った。 「『平家の血』を引いている者が『善』で、『英祖の血』を引いている者は『悪』じゃという見方なんじゃ。人は血で決まるわけではない。平家の血を引いていても『悪』はいるんじゃよ。六歳の『千代松殿』を追い出して、今帰仁按司になった『本部大主』がそうじゃった。按司になる器でもないのに按司になったので、日照りが続いても、大雨が続いても、大きな台風にやられて被害が出ても、按司は何もせずに、庶民たちは苦しんでいたようじゃ」 「そうじゃったのか。志慶真の長老は、『本部大主』は父親の敵を討ったと美談にしておったが、『本部大主』がそんな奴だったとは知らなかった」 「わしの話は晩年の『千代松殿』から聞いた話じゃ。本当かどうかはわからん。『千代松殿』が自分の行動を正当化するために、『本部大主』を悪く言ったのかもしれん。だが、『千代松殿』が今帰仁按司になっていた頃、『ヤンバルが平和』だった事は確かじゃ。南部では戦が絶えなかったようじゃがのう」 「いや。『千代松殿』の言った事は正しいじゃろう。現に『千代松殿』の事は伝説となっているが、『本部大主』の事は忘れ去られてしまっている」 「それで、『志慶真のウトゥタル様』はどうなったのですか」とユラが聞いた。 「『千代松殿』が兵を率いて攻めて来た時、『志慶真ヌルだったウトゥタル様』は『千代松殿』の味方をしたんじゃよ。『千代松殿』は『志慶真御門』からグスクを攻めて、『本部大主』を倒したんじゃ。本部大主の配下によって、『志慶真村』は焼かれてしまったが、『千代松殿』はすぐに再建したそうじゃ。『千代松殿』は『ウトゥタル様』を母のように慕って、『ウトゥタル様』もヌルとして、『千代松殿』を助けたんじゃよ。『ウトゥタル様』が亡くなった時、海の見える場所に葬ってくれと言ったので、『千代松殿』は志慶真川の河口近くに葬ったんじゃよ。そこは今では『ウタキ(御嶽)』になっている。おう、そうじゃ。『屋嘉比のお婆』に会うがいい。『先々代の屋嘉比ヌル』で、九十を過ぎたお婆だが達者なもんじゃ。南部から来た『馬天ヌル』と一緒に『安須森』にも登っておるんじゃよ。『屋嘉比のお婆』は『ウトゥタル様』に会っているはずじゃ」 「えっ、そんな人がいるのですか」とユラは目を輝かせた。 ハルとシビーも伝説の人に会った人がいるなんて驚いていた。 「『ウトゥタル様』のお芝居は来年の『今帰仁のお祭り』でやるのかね?」と喜如嘉の長老がユラに聞いた。 「はい、そのつもりです」 「『サラ』が『ウトゥタル様』を演じるかもしれんのじゃな?」 そこまではまだ考えていなかったけど、『サラ』ならやれるかもしれないとユラは思った。 「『サラ』に頼もうと思います」とユラが言ったら、長老は目を細めて嬉しそうに笑った。 翌日、ユラたちは『千代松』が築いた『国頭御殿』を見てから、屋嘉比川(田嘉里川)を渡って、『屋嘉比のお婆』を訪ねた。 九十を過ぎたお婆はぺたっと座っていて、ユラたちを見た。ユラが自己紹介をして、ハルとシビーを紹介した。お婆はお芝居には興味がなさそうだったが、『志慶真のウトゥタル』の事を聞くと、「懐かしいのう」と言って、しわに埋もれた目を細めた。 「わしが若ヌルだった時、母に連れられて志慶真村に行ったんじゃ。『志慶真ヌルのウトゥタル様』と会った。一目見ただけで、凄いヌルだとわかった。そして、美しい人じゃった。若かったわしはあんなヌルになりたいと思って、ずっと修行をしてきたんじゃよ。会ったのはその時、一度だけじゃった。翌年、『ウトゥタル様』は亡くなってしまわれたんじゃ。まだ、五十六歳じゃった。わしは今まで、『ウトゥタル様』を超えるヌルに会った事はない。本当に凄いヌルじゃった」 そう言ってから、お婆は空を見つめて首を振った。 「いや。『ウトゥタル様』を超えるヌルがいた。『安須森ヌル様』じゃ。『安須森ヌル様』は『ウトゥタル様』よりも凄いヌルじゃろう」 ハルとシビーは驚いた顔をして顔を見合わせた。『安須森ヌル』が凄い事は知っているが、ヌルとしての貫禄のあるお婆からそう言われると自分の事のように嬉しかった。 ユラはお芝居の台本の作者として『安須森ヌル』を尊敬しているが、ヌルとしてもそんな凄い人だったのかと見直していた。 お婆は後ろの方でかしこまっている女子サムレーたちの方を見ては首を傾げていた。 「何となく、そこにいる娘と昔に会ったような気がするんじゃが」とお婆は言った。 誰の事を言っているのかわからず、シジマとユーナ、マチルーは顔を見合わせていた。 「みんな、南部の島添大里の娘です」とユラが言った。 「『シジマ』はヤンバル生まれですよ」とハルが言った。 「シジマ?」 「志慶真村生まれなので、『シジマ』って呼ばれているんです」 「『シジマ』とは誰じゃ?」 「わたしです」とシジマが手を上げた。 お婆が手招きしたので、シジマはお婆の近くまで行った。 「やはり、お前じゃったか。幼い頃、わしに会った事はないか」とお婆はシジマに聞いた。 シジマは首を傾げた。『国頭』に来た記憶はなかった。 お婆はシジマをじっと見つめてから、「もう二十年近くも前の事じゃった」と言って、昔の事を思い出そうとしていた。 「あれは夏の終わり頃じゃったかのう。志慶真村から孫娘を連れたお婆がわしを訪ねて来たんじゃ。そのお婆は『志慶真ヌル』の娘で、『志慶真ヌル』が絶えてしまったと言った」 「『志慶真ヌル』が絶えた? 今でも『志慶真ヌル様』はちゃんといますよ」とユラが言った。 「ヌルの血は代々、娘に継がれるんじゃよ。今の世は按司の娘がヌルを継いでいるが、それは本当のヌルではない。御先祖様の『神様の声』は聞こえんのじゃよ。わしを訪ねて来たお婆の姉が『志慶真ヌル』を継いだんじゃが、そのヌルの娘が出産に失敗して亡くなってしまったそうじゃ。お婆にも娘はいたが、嫁いでしまって、ヌルを継ぐ事はできなかった。それで仕方なく、志慶真大主の娘を若ヌルとして指導したようじゃ。ヌルだった姉が亡くなって、『ヌルの血筋』を継いでいるのは自分と孫娘だけになったと言っていた。自分もまもなく死ぬじゃろう。そうなったら、『孫娘』を守る者がいなくなってしまう。どうしたらいいじゃろうと相談に来たんじゃよ」 「『孫娘』を守るとはどういう意味ですか」とハルが聞いた。 「『ヌルの血筋』を継いでいる『孫娘』は『サーダカンマリ(生まれつき霊力が高い)』なんじゃよ。『シジ(霊力)』の弱い『志慶真ヌル』に嫉妬されて、いじめられるのではないかと心配しておった。わしは言ってやったんじゃ。神様の思し召しに従うしかない。神様がその娘を必要としているのなら、どんな状況にいたとしても、神様が守って下さるじゃろうとな。その時の『孫娘』がお前ではないのか」 驚いた顔をして、皆が『シジマ』を見つめていた。 お婆の話を聞きながら、遠い記憶が蘇ってくるのを『シジマ』は感じていた。三歳の時、『今帰仁合戦』で祖父と父親が戦死した。六歳の時、母が亡くなって、十一歳の時、祖母が亡くなった。そして、知らないお坊さんに連れられて、『キラマ(慶良間)の島』に行った。『キラマの島』には同い年の娘がいっぱいいて、毎日が楽しくて、悲しい事は忘れていった。自分でも知らずに、『志慶真村』にいた時の事を心の奥に封じ込めてしまっていた。 屋嘉比のお婆の言う通り、お婆に連れられて『国頭』に来た事を『シジマ』は鮮明に思い出していた。 『シジマ』は屋嘉比のお婆を見つめると、 「わたしです」とうなづいた。 「そうか。やはり、お前じゃったか。無事でよかったのう」 お婆は優しい眼差しで『シジマ』を見つめて、何度もうなづいていた。 「シジマさんは『ウトゥタル様の血』を引いているという事ですか」とユラが聞いた。 「勿論、『ウトゥタル様の血』を引いている。それだけではない。初代の今帰仁ヌルだった『アキシノ様の血』を引いているんじゃよ。『アキシノ様の血』を引いたヌルは今帰仁は勿論の事、名護、羽地、国頭にもいたんじゃが皆絶えてしまったんじゃ。今、残っているのはわしとわしの娘と孫娘、そして、お前だけなんじゃよ」 「アキシノ様?」とシジマは聞いた。 「初代今帰仁ヌルの『アキシノ様』はヤマトゥンチュなんじゃよ。ヤマトゥの巫女だったんじゃ。初代の今帰仁按司と一緒にヤマトゥから来たんじゃが、『シジ』の高いヌルで、『クボーヌムイ(クボー御嶽)』のヌルたちは皆、『アキシノ様』に従ったんじゃ。初代の今帰仁按司の奥方様で立派な人だったようじゃ」 「『アキシノ様』はとても強いのよ。お芝居の『小松の中将様』を見たわ」とユラが言った。 『小松の中将様』は手登根グスクと与那原グスクと佐敷グスクで上演されたが、『シジマ』は見ていなかった。 「わたしが『アキシノ様』の子孫だとして、わたしはこれからどうしたらいいのでしょう」とシジマは聞いた。 「何も気にする事はない。すべて、神様の思し召しじゃ。お前がここに来たのもそうじゃろう。お前がこれからどうなるかはわからんが、『志慶真ヌルの血』が絶えていなかった事は確かじゃ。もしかしたら、わしがこんなにも長生きしたのは、お前に会うためだったのかもしれんのう」 お婆は疲れたと言って、面会は終わりとなった。 『シジマ』は意外な展開に自分を見失っていた。ハルとシビーの護衛としてヤンバルに来ただけだった。生まれたのはヤンバルの『志慶真村』だが、知人もいないので、別に気にする事もなくやって来た。それなのに、自分の『宿命』を知ってしまった。これから、どう生きたらいいのかわからなくなっていた。 一行はサタルーの案内で屋嘉比から山を越えて『奥間』に向かった。 『奥間』ではのんびりと過ごして、ハルとシビーは『千代松』の構想を練り、ユラは『志慶真のウトゥタル』を書き直していた。シジマとユーナはウニタル夫婦と一緒にサタルーの焼き物を手伝っていた。松堂夫婦は奥間の長老に歓迎されて、懐かしそうに昔話に花を咲かせた。 「ねえ、シジマ、あなた、『志慶真ヌル』になるの?」と粘土をこねながらユーナがシジマに聞いた。 「何を言っているの。『志慶真ヌル』はちゃんといるのよ。わたしがなれるわけないじゃない」 「だって、今の『志慶真ヌル』は偽者なんでしょ?」 「そんな事を言ったら、『今帰仁ヌル』だって偽者になってしまうわ」 「『安須森ヌル様』は本物みたいね」 「『屋嘉比のお婆』が認めているんだから、本当に凄いヌルなのね」 「ずっと『安須森ヌル様』の近くにいたから、あなたの『シジ』も目覚めて来たんじゃないの?」 「まだ目覚めていないわよ。『神様の声』を聞いた事ないもの」 「あたし、ずっと不思議に思っていたんだけど、あなたの昔話、あまりにも多すぎるわ。お祖母様が亡くなったのは十一の時だったんでしょ。お祖母様から聞いたお話を覚えているといっても、せいぜい十個くらいじゃないの。でも、あなたは次から次へと色々なお話をしたわ。『神様』から聞いていたんじゃないの?」 ユーナからそう言われて、シジマは夢の中で、お婆から昔話を聞いている事を思い出した。自分の事を心配して、お婆が夢の中に出て来るんだと思っていたけど、もしかしたら、『神様』になったお婆と話をしていたのかもしれなかった。お婆のお墓に行きたいと思った。お婆のお墓は『クボーヌムイ』にあるはずだった。 「ハルとシビーは『志慶真村』に行くかしら?」とシジマはユーナに聞いた。 「ここまで来たんだから寄って行くでしょう。『志慶真村』に帰りたいの?」 シジマは首を振った。 「でも、近くにある『クボーヌムイ』に行ってみたいわ」 「『クボーヌムイ』って『ウタキ』でしょ。『神様の声』が聞こえるか試すつもりなの?」 「『お婆の声』が聞こえるかもしれないわ」 奥間に二泊して、一行は奥間のウミンチュの舟に乗って『親泊(今泊)』に向かった。長い舟旅だったが、天気に恵まれて昼過ぎには親泊に着いた。親泊にはヤマトゥから来た船がいくつも泊まっていた。 志慶真川の河口で舟から降りて、『ウトゥタルのお墓』を探した。崖に小さな『ガマ(洞窟)』があって、その入り口に石が積んであった。 「ここだわ」とユラが言った。 「こっちにもあるわよ」とシビーが言った。 シビーが見つけた『ガマ』の方が大きかった。 二つの『ガマ』は三間(約六メートル)ほど離れていた。 「大きい方でしょうね」とハルが言った。 『シジマ』が突然、悲鳴を上げて耳を押さえていた。 「どうしたの? 大丈夫?」とユーナが心配した。 『シジマ』は大丈夫というように、うなづいた。 「急に耳鳴りがしたの。もう、大丈夫よ」 「ミナ、よく来てくれたのう」という声が『シジマ』に聞こえた。 『シジマのお婆』の声だった。 『シジマ』が小さな『ガマ』の前に行って座り込み、お祈りを始めたので、皆が驚いた。 「『神様の声』が聞こえたんだわ」とユーナが言って、シジマの後ろに座ってお祈りを捧げた。 女たちは皆、『シジマ』に従ってお祈りを始めた。 サタルーとウニタルと松堂はその場から離れて見守った。 しばらくすると『シジマ』は大きい『ガマ』の方に移ってお祈りを始めた。女たちも移動した。 『シジマ』がお礼を言ってお祈りを終えると、 「『神様』は何とおっしゃったの?」とユーナが聞いた。 「小さい方のウタキは、わたしの『お婆のお墓』だったわ」とシジマは言った。 「えっ、どうして、シジマのお祖母さんのお墓がここにあるの?」 「お婆のお墓は『クボーヌムイ』にあったんだけど、神様になったお婆が『屋嘉比のお婆』に頼んで、ここに移してもらったみたい。いつか、必ず、わたしがここに来るってわかっていたみたい」 「そうだったの‥‥‥」 「大きい方は『ウトゥタル様のお墓』よ」 「『ウトゥタル様の声』も聞こえたの?」 シジマはうなづいた。 「何とおっしゃったんですか」とユラが聞いた。 「わたしに『志慶真ヌル』を継ぎなさいって言ったわ。でも、時期が少し早いから、もう少し待っていなさいって言ったの」 「どういう事? 今の『志慶真ヌル』はどうなるの?」とユーナが聞いた。 「わからないわ。でも、『志慶真村』には絶対に行ってはだめって言われたわ」 「どうしてかしら?」 「シジマさん、『ウトゥタル様』が嫁いだ『湧川按司』の事を何か言っていませんでした?」とユラが聞いた。 シジマは首を振った。 「『千代松様』を追い出した『本部大主』の事は?」 シジマはまた首を振った。 「お願い、シジマさん、『ウトゥタル様』からその事を聞いて下さい。『千代松様』の父親の『湧川按司』がどんな人だったのか、『本部大主』がどんな人だったのか、どうしても知りたいのです」 「シジマさん、あたしたちも知りたいわ」とハルとシビーも言った。 教えてくれるかしらと言いながらも、シジマは『ウトゥタルのお墓』の前でお祈りを始めた。 シジマがお願いすると『ウトゥタル』は教えてくれた。お芝居の台本を書いた事はないが、長年、安須森ヌルと一緒にいるので、自分が台本を書くつもりになって色々と聞いた。『ウトゥタル』は嫌がる事もなく、質問に答えてくれた。 シジマはお礼を言った。『ウトゥタル』は『志慶真村』には行かないでねと念を押した。 『ウトゥタル』から聞いた事を話すと、ユラもハルもシビーも真剣な顔をしてシジマの言った事を書き留めていた。 「やっぱり、『本部大主』はろくでもない按司だったのね」とハルが言った。 「十人以上も側室がいたなんて信じられないわ」とシビーは怒っていた。 「『志慶真曲輪』って、『志慶真御門』の先にある曲輪の事?」とユラがシジマに聞いた。 「『千代松様』のお父様が『志慶真村』の人たちが避難できるように作ったって言っていたわ。そこに『本部大主』が側室たちの屋敷を建てたのよ」 「それで、側室たちが直接に『一の曲輪』に行けるようにしたのね」 「『二の曲輪』につながっていた通路を『一の曲輪』に行けるように変えたようだわ。そこを『千代松様』に攻められて、グスクを奪われたのよ」 「馬鹿な男ね」とユラは言って、「それに比べて、『千代松様』のお父様の『湧川按司』は立派な人だったみたいね」と納得したように言った。 サタルーが来て、「次にどこに行くんだ?」と聞いた。 「『志慶真村』に行っても何も収穫はないし、名護に帰りましょうか」とユラは言ったが、ハルとシビーは『志慶真村』に行ってみたいと言った。 「『今帰仁』に行くのは危険だぞ」とサタルーが言った。 「鍛冶屋から聞いたんだが、湧川大主が『鬼界島攻め』から帰って来たそうだ」 「今回はやめた方がよさそうね」とシジマが言って、ハルとシビーも諦めて、一行は名護へと向かった。 |
轟の滝
国頭グスク
奥間
親泊