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湧川大主の憂鬱
ハルたちが『屋嘉比のお婆』と別れて、奥間に着いた頃、『運天泊』に『鬼界島(喜界島)』から帰って来た湧川大主(攀安知の弟)の武装船と三隻の船が着いた。 台風で座礁した四隻の船のうち、一隻は修理して何とか使い物になった。武装船と三隻の船に二百五十人の兵が乗っていた。かなりの戦死者が出たが全員が乗る事はできず、『根謝銘大主』と国頭の兵二十数人が『奄美大島』に残されていた。 座礁した三隻の船は山北王の船が二隻と国頭按司の船で、名護按司と羽地按司の船は無事だった。山北王の荷物を下ろしてから本拠地に帰すという事で、名護のサムレー大将の『伊差川之子』と羽地のサムレー大将の『我部祖河之子』は、兵たちを率いて本拠地に帰った。湧川大主も率いて行った配下の兵たちを家に帰した。 『諸喜田大主』、『具志堅大主』、『謝花大主』が率いている兵たちと一緒に、『湧川大主』は今帰仁に向かった。百人余りの兵たちの最後尾で、馬に揺られて行く今帰仁までの道のりは遠かった。本来なら『親泊(今泊)』に着いて、人々に祝福されて『凱旋』するはずだった。 沿道に集まって来た人たちは、こそこそと話をしながら兵たちを見送った。荷車に乗せられた数十人の負傷兵たちを見て、『負け戦』だったに違いないと誰もが悟っていた。 今帰仁の城下に着くと、湧川大主は諸喜田大主、具志堅大主、謝花大主を兵たちと一緒に帰して、一人でグスクの中に入って行った。すでに噂は届いているのだろう。すれ違う者たちは一応、挨拶はするが、湧川大主から目をそらしていた。こんな惨めな気持ちでグスク内を歩くのは初めてだった。 一の曲輪の御殿に行くと『山北王(攀安知)』は待っていた。湧川大主の顔を見るなり、「一体、どういう事なんだ?」と聞いた。 「どうして、『親泊』に帰らず、『運天泊』に行ったんだ?」 「兄貴、すまん」と湧川大主は頭を深く下げた。 「負けたのか」と山北王は静かな声で聞いた。 湧川大主は顔を上げるとうなづいた。 「『御所殿(阿多源八)』は手強い相手だった。甘く見過ぎた。あちこちに罠を仕掛けて待ち構えていたんだ。ヤマトゥ(日本)から『軍師』を連れて来たのかもしれない」 「言い訳など聞きたくない」と山北王は強い口調で言った。 「戦死者は何人だ?」 「百二十七人」 「百二十七人だと? 百二十七人も戦死させて、のこのこと帰って来たのか。立派な大将だな。この責任はどう取るつもりだ?」 「来年、俺がまた行く。だが、戦をしに行くんじゃない。話を付けに行く。『御所殿』と話を付けて、山北王の配下に入ってもらう。『御所殿』を『鬼界按司』に任命する事を許してくれ」 「都合のいい事を言うな。『備瀬大主』の敵討ちはどうなるんだ? 犠牲になった大勢の兵たちの恨みはどうするんだ? 『御所殿』を許す事など絶対にできない」 「戦をすれば、さらに戦死者が増えるだけだ。『御所殿』は味方に付けた方がいい」 「うるさい。黙れ! お前の顔など見たくもない。さっさと消えうせろ!」 山北王は真っ赤な顔をして、右手に持った茶碗を強く握りしめていた。前回、高価な茶碗を『テーラー(瀬底大主)』に投げつけて割ってしまい、あとになって後悔した。今回は投げつけるのをじっと我慢していた。 湧川大主は頭を下げると部屋から出て行った。わけのわからない事を叫んでいる山北王の声が響いた。 湧川大主は城下の屋敷に帰った。今帰仁の屋敷には側室の『マチ』と娘の『チルー』がいた。妻のミキが亡くなったあと、マチは娘のチルーを連れて名護からやって来た。その時はミキが産んだ次女の『ユリ』がいたが、今年の初めに志慶真大主の次男の『ジルー』に嫁いでいた。『ジルー』は湧川大主の配下で、運天泊で暮らしていて、湧川大主と一緒に『鬼界島攻め』にも行っていた。ジルーの留守中、『ユリ』は運天泊にいる側室の『ハビー』と一緒にいて、色々と教わっていたようだった。 長女の『ラン』も『勢理客若ヌル』になって運天泊にいた。名護に帰ってもいいのだが、本妻になったつもりか、マチは今帰仁に腰を落ち着けていた。『マジニ(前浦添ヌル)』が来るまで屋敷を守っていてくれればいいと湧川大主は思っていた。 湧川大主が突然、帰って来たので、縫い物をしていたマチは驚いた。 「どうしたのです? 『凱旋行列』はしないのですか」 「負け戦だ」と湧川大主は溜め息をついた。 「今、兄貴にこっぴどく怒られてきた所だ」 「負け戦だったのですか。戦死した人も多いのですか」 「戦死した者たちの家族に頭を下げて回らなければならん。忙しくなるが頼むぞ」 「あなたが負けるなんて信じられないわ」 「あんな無様な負け戦は初めてだ。しばらくは酒浸りだったよ」 「そうでしたか‥‥‥」 「チルーはどこに行ったんだ?」 「『お芝居小屋』に通っているんですよ」とマチは笑いながら言った。 「お芝居小屋?」 「外曲輪内にお芝居のお稽古をする小屋ができたのです」 「チルーが『お芝居』をやっているのか」と湧川大主は驚いた。 「来年の三月のお祭りには出たいって言っているけど、お稽古に通っている娘は結構、多いんですよ。チルーは無理じゃないかしら」 「兄貴がそんな小屋を造ったのか」 「そうですよ。去年のお祭りの時、ウク様とミサ様が笛や踊りの指導をしていたでしょ。ウク様の娘さんの『ママキ様』がお芝居に出たいって言ったんですよ。『ママキ様』のために建てたようなものです」 「兄貴は『ママキ』にお芝居をやらせるつもりなのか」 「去年のお芝居で『瓜太郎』を演じた『サラさん』は一躍、有名人になりましたからね、縁談が殺到しているようですよ。本人はお嫁に行く気なんてなくて、来年も主役をやるって張り切っているわ」 「チルーもママキと一緒にお芝居の稽古をしているのか」 「そうなのよ。お芝居のお稽古に通ってから、お行儀がよくなったわ。お嫁に行く前に芸事を覚えておくのもいいと思うのよ」 まったく気楽なもんだと、湧川大主は溜め息をつくと自分の部屋に入った。 それから三日間、湧川大主は『敗戦処理』に専念した。戦死者の家族に会うのは辛い仕事だった。湧川大主は山北王の弟なので、面と向かって罵声を浴びせる者はいないが、湧川大主を恨んでいる気持ちは充分に察せられた。 山北王から呼び出しが掛かると思っていたが、そんな事はなく、山北王は『沖の郡島(古宇利島)』に行ったようだった。他人の事は言えないが、兄貴も『クーイの若ヌル』に夢中のようだ。『クーイの若ヌル』が兄貴の怒りを抑えてくれる事を願って、湧川大主は『運天泊』に帰った。しばらくは運天泊にいて様子を見ようと思っていた。 運天泊の屋敷には側室の『ハビー』とその娘の『トゥミ』がいた。『ハビー』は中山王(思紹)から山北王に贈られた側室だが、湧川大主が一目惚れをして、山北王から譲り受けて側室に迎えた女だった。中山王に情報を流しているに違いないが、そういう女は身近に置いておいた方が安心だと湧川大主は思っていた。『山北王の若按司』を『山南王(他魯毎)の世子(跡継ぎ)』にするなんていう常識では考えられない事を思いつく湧川大主らしい考え方だった。 敵の間者だが、『ハビー』はよく働いてくれる。いちいち指図をしなくても、湧川大主が思っている通りに事を運んでくれるし、賢い女で、明国(中国)の言葉も覚えてしまい、海賊の接待は『ハビー』に任せておけば安心だった。 屋敷に帰る前に隣りの『勢理客ヌル』の屋敷を覗いたら、娘の『ラン(勢理客若ヌル)』と山北王の娘の『カリン(今帰仁若ヌル)』が『武当拳』の稽古をしていた。ランは湧川大主と一緒に『ヂャンサンフォン(張三豊)』の指導を受けたので、カリンに『武当拳』を教えて一緒に稽古に励んでいた。二人とも大分上達したなと見ていたら、湧川大主が知らない技の稽古を始めたので驚いた。 「お前たち、何をしているんだ?」と声を掛けると、二人は手を止めて湧川大主を見て、駆け寄って来た。 「あら、お父様、今帰仁から帰って来たの?」と驚いた顔をしてランが言った。 「運天泊に帰って来たのに、顔も見せないで今帰仁に行ってしまうなんてひどいわ」 「散々な負け戦だった。お前たちに会う前に山北王に会わなければならなかったんだよ」と湧川大主は苦笑した。 「えっ、お父様が負けたの? 信じられない」 「今回はまいった。お前たちはどうして、俺の知らない『武当拳』の技を知っているんだ?」 「『安須森参詣』の時に、南部の『サスカサ(島添大里ヌル)さん』から教わったのよ。サスカサさん、とても強いのよ」 『サスカサ』といえば島添大里按司(サハチ)の娘だった。留守中にランたちが島添大里按司の娘と仲良くなるなんて思ってもいない事だった。 「南部のヌルたちはみんな、強いのよ。あたしたちも負けられないわ」 確かに、『安須森ヌル(先代佐敷ヌル)』は剣術の名人だと聞いているが、ヌルに武芸が必要なのだろうかと湧川大主は首を傾げた。 「まあ、頑張れよ。あとで俺にも教えてくれ」と言って、我が家に帰った。 ハビーに迎えられて、言いたい事を吐き出して、すっきりすると、湧川大主は配下の『割目之子』から留守中の出来事を聞いた。 七月の末に『冊封使』が来て、『山南王』を冊封して、十月に帰った事。冊封使の船に永楽帝の娘、『リーポー姫(漢麗宝公主)』が乗っていて、『南蛮(東南アジア)の王女たち』と一緒に、九月に今帰仁に来た事を知らされた。 「『永楽帝の娘』が今帰仁に来たのか」と湧川大主は驚いた。 「中山王の船に乗って名護に来て、羽地に寄って今帰仁に行って、国頭にも行きました。一緒に来たのは旧港(パレンバン)の王女とジャワ(インドネシア)の王女とトンド(マニラ)の王女です」 「トンド?」 「南蛮にある国のようです。南の島に旅立った『安須森ヌル』が連れて来ました」 「ほう、『安須森ヌル』たちは南の島を見つけて帰って来たのか」 「『ミャーク(宮古島)』という島の人たちを連れて来ました。五月に来て、九月に帰って行きました」 「ミャークか‥‥‥昔、ミャークの人たちが琉球(沖縄本島)に来ていたと聞いた事がある。それで、山北王は『南蛮の王女たち』と会ったのか」 「一行は『天使館』に泊まって、山北王とも会いました。王女たちから南蛮の珍しい物を贈られて、山北王は大層喜んでいたそうです。それと、噂ですが、『リーポー姫』は島添大里按司を頼って来たようです。島添大里按司は明国に行った時に、『永楽帝』と会っているそうです」 「島添大里按司が『永楽帝』と会っているだと?」 「噂なので確かな事はわかりませんが、『リーポー姫』は島添大里にいるお祭り奉行のユリたちとずっと行動を共にしていました。与那原と平田と馬天浜のお祭りで、『リーポー姫』はお芝居にも出ています」 またお芝居かと湧川大主は思った。 正月に使者として中山王の『進貢船』に乗って明国に行った『リュウイン(劉瑛)』は新しい『進貢船』を下賜されたが、明国に残る事になったと割目之子が言うと、 「何だと?」と湧川大主は声を荒らげて言った。 「『リュウイン殿』が明国から帰って来ないというのか」 「永楽帝に引き留められて、すぐに『進貢船』を用意する代わりに残れと言われたようです。『リュウイン殿』は永楽帝の弟に仕えていて、皇帝になる前の永楽帝と会っていたようです。生きていたのかと永楽帝は喜んで、『リュウイン殿』を重臣として迎えたようです。『冊封使』の船に乗って、リュウイン殿の家族も明国に行きました」 「何という事だ」と湧川大主は溜め息をついた。 「兄貴が怒っただろう」 「凄い剣幕で怒ったようです。『進貢船』は返すから『リュウイン殿』を取り戻して来いと『瀬底大主殿(テーラー)』に言ったようです。『瀬底大主殿』はリュウイン殿の家族を連れて南部に行ったまま、その後、今帰仁には現れません」 軍師として、『リュウイン』は絶対に必要な男だった。兄貴は片腕を失ったような気持ちだったに違いない。 「新しい海賊が来ました」と割目之子が言うと、 「なに? そいつは本当なのか」と湧川大主は顔を上げて聞いた。 「『ヂャオナン(趙楠)』という海賊で、『リンジョンシェン(林正賢)』と一緒に来た事があります。その頃はリンジョンシェンの配下のそのまた下の配下だったのですが、リンジョンシェンが戦死して、生き残ったリンジョンシェンの配下を集めて、のし上がって来たようです。『冊封使』が来る事を知っていて、四月の半ばに来て‥‥‥」 「四月の半ば? 俺が『鬼界島攻め』に行って、すぐに来たのか」 「そうです。確か四日後です。山北王は『沖の郡島』にいて、慌てて帰って来たのです。『ハビー様』がうまく迎え入れていましたよ。海賊たちは二隻の船で来て、『冊封使』たちが来る前に帰って行きました」 「『鉄炮(大砲)の玉』と『火薬』も持って来たのか」 「たっぷりと持って来ました」 「そいつは助かる。『鬼界島』に持っていった鉄炮の玉はみんな使ってしまった。新しい海賊が来たのなら、『リュウイン殿』が明国に行く必要もなかったんだな。『進貢船』はどこにあるんだ?」 「割目の奥です。この前の台風の時に避難して、そのままです」 兄貴は『進貢』を続けるつもりなのだろうかと湧川大主は思った。『リュウイン』を取り戻すために出すかもしれないが、永楽帝とその交渉ができる使者はいなかった。 「『材木屋』のナコータルーが島添大里按司に会いに行きました」と割目之子は言った。 「グスク内にある『物見櫓』を建て直すようで、長い丸太が必要なようです」 「ナコータルーといえば、弟の『真喜屋之子』の行方は未だにわからないのか」 「兼グスク按司(ンマムイ)の所にいたのは六年も前の事ですから、ヤマトゥに行ってしまったのだと思います」 「そうか‥‥‥」 「これはどうでもいい事ですが、『奥間ヌルの娘の若ヌル』が『島添大里按司の娘』だという噂が流れました」 「何だと? その若ヌルというのはいくつなんだ?」 「まだ若ヌルになったばかりで十二、三歳だと思います。今、『運玉森ヌル(ササ)』と一緒にヤマトゥに行っています」 「『運玉森ヌル』というのは『安須森ヌル』と一緒に南の島に行っていたヌルだな、そのヌルが今度はヤマトゥに行ったのか」 「何でも『古い神様』の事を調べるために行ったようです」 十二、三年前と言えば、密貿易船が盛んに来ていた頃で、『リュウイン』も密貿易船に乗ってやって来た。中山王の武寧が健在で、『首里グスク』を築き始めた頃だろう。島添大里按司が『島添大里グスク』を奪い取ったのも、その頃のはずだった。そんな時期に島添大里按司がどうして『奥間』に行ったのか理解できなかった。玻名グスク按司になった奥間大親の関係で『奥間』まで行ったのだろうか。 「その噂は兄貴も知っているのか」と湧川大主は聞いた。 「南部の噂ですから今帰仁までは来ません。知らないと思いますが」 「知ったら大変な事になりそうだ」 「えっ?」と割目之子は驚いた顔して湧川大主を見た。 『奥間ヌルの娘』の事は重要な事ではないので、ついでに知らせただけだった。 「怒りの腹いせに『奥間』を攻めろと言い出すかもしれん」 「まさか? 『奥間』からは側室が二人も贈られていますよ。山北王が可愛がっている娘の『ママキ様』の母親の『ウク様』は奥間出身です。『奥間』は代々、側室を贈っていますので、母親が奥間出身の者は多いはずです。『奥間』を攻めたら大変な事になります」 「だから、大変な事になると言っただろう。兄貴は頭に来ると見境がなくなってしまうんだ。前回の『伊平屋島攻め』の時もそうだった。兄貴の耳に入らない事を祈ろう」 湧川大主は運天泊でも『敗戦処理』に専念した。今帰仁で頭を下げて回った家族は、山北王の兵たちなので、湧川大主には謝る事しかできないが、ここにいる兵たちは直属の兵なので、それなりの褒美を与えなければならなかった。 ようやく、三日目に辛い仕事も終わり、戦死した者たちを偲んで酒でも飲もうかと思っていたら、割目之子が現れた。いい所に来たと湧川大主は割目之子を相手に酒を飲んだ。 「どうだ、各地の様子は?」 「皆、山北王を恨んでいます。『鬼界島』なんかで戦死するなんて可哀想だと言っています。『羽地』にいる息子さんは危険ですよ」 「羽地の連中が『メイ』を襲うと言うのか」 「『饒平名大主』は山北王を恨んでいますからね。酔っ払って城下の者たちを扇動して襲うかもしれませんよ」 羽地は亡くなった妻の実家だった。妻は亡くなったとしても、『羽地按司』は義弟だった。羽地按司が弟の『饒平名大主』の無謀を許すはずはないと思った。 「名護はどうだ?」 「名護も羽地と同じです。遠い『鬼界島』で戦死するなんて可哀想だと言っています。出陣する時に羽地按司から兵糧を借りたようで、その兵糧は山北王が払ってもらわなければ困ると言っています」 「兵糧か‥‥‥」 しばらくしたら、怒鳴られるのを覚悟で、山北王に頼みに行くしかないなと湧川大主は思った。 「国頭はどうだ?」 「『根謝銘大主』と兵が帰って来ない事を怒っています。もしかしたら、みんな、戦死してしまったんじゃないのかと疑っています」 『根謝銘大主』は自ら進んで残ったのだった。湧川大主は山北王の兵を奄美按司に預けるという形で残すつもりだった。しかし、半数以上の戦死者を出してしまった『根謝銘大主』は面目なくて帰れないと言って、兵と共に残ったのだった。『国頭按司』は湧川大主の叔父だった。話せばきっとわかってくれるに違いないと思った。 次の日、『羽地グスク』に行った湧川大主は、義弟の『羽地按司』に頭を下げて、多くの戦死者を出してしまった事を詫びた。 「戦に戦死は付き物です。皆、死ぬ覚悟をして『鬼界島』に行ったのです。仕方ありません」と羽地按司は言ってくれた。 「それで、来年もまた『鬼界島』を攻めるのですか」と羽地按司は聞いた。 湧川大主は首を振った。 「戦はしない。俺が話を付けに行く」 「わざわざ、捕まりに行くのですか」 「捕まるかもしれんが、これ以上、『鬼界島』と戦を続けるわけにはいかん」 羽地按司は湧川大主を見つめて、「うまくいく事を祈っています」と言った。 羽地按司と別れた湧川大主は城下にある側室の『メイ』の家に向かった。メイは娘の『カミー』と息子の『ミンジ』を産んでいた。四人の側室を持っていても、生まれたのは娘ばかりで、男の子は七歳の『ミンジ』だけだった。 いやな事はすべて忘れて、湧川大主は息子と一緒に小舟に乗って、羽地内海に漕ぎ出して釣りを楽しんだ。 「危険を感じたら、子供たちを連れて運天泊に行けよ」とメイに注意をして、湧川大主は次の日、国頭に向かった。 『国頭グスク』で叔父の按司と会って、丁寧に説明するとわかってくれた。奄美大島に寄るヤマトゥの船があるので、それに乗って帰って来るはずだからもう少し待ってくれと言った。 「弟の『根謝銘大主』は『鬼界按司』になれるのかね?」と国頭按司は聞いた。 湧川大主は即答できなかった。 「弟の『一名代大主』は『鬼界按司』になったが、五十人の兵と共に戦死した。今回も二十数人が戦死している。戦死した者たちの遺骨もない。『鬼界島』を奪い取って、『根謝銘大主』が『鬼界按司』にならなければ、戦死した者たちは浮かばれんぞ」 「わかっています。来年、俺が話を付けに行きます。『鬼界島』の領主である『御所殿』を『鬼界按司』に任命して今帰仁に連れて来ます」 「何じゃと、『御所殿』を『鬼界按司』にするじゃと?」 「山北王は『御所殿』を許さないでしょう。殺されるはずです。そしたら、『根謝銘大主』が『鬼界按司』として『鬼界島』に行けばいい。『御所殿』を失った『鬼界島』は苦労なく攻め落とせるでしょう」 「うーむ。しかし、そんなうまく行くかね」 「もしかしたら、俺は『鬼界島』で殺されるかもしれません。殺されたら、俺の命に免じて、『鬼界按司』は諦めて下さい」 国頭按司は湧川大主をじっと見つめて、「わかった。そなたを信じよう」と言った。 城下にある側室の『クルキ』の家に行くと、庭で娘の『ユイ』が弟のサンルータの娘、『サキ』と遊んでいた。 サンルータが『真喜屋之子』に殺されて、妻の『クミ』が国頭に帰った時、湧川大主は『クルキ』に『クミ』の事を頼んでいた。ユイとサキは一つ違いで、すぐに仲よくなった。あの時以来、二人は姉妹のように、いつも一緒に遊んでいた。『クミ』もグスクに戻る事なく、『クルキ』の家の隣りに家を建てて、娘と二人で暮らしていた。 「『南蛮の王女様たち』が来たそうだな」と湧川大主が言うと、 「もう大変でしたよ」とクルキは言った。 「『クン様』が連れて来たのですよ。みんなして『国頭御殿』をお掃除して、『王女様たち』を迎えたのです。城下の人たち総出で、お料理を作ったり、お酒の用意をしたりと大忙しでした。でも、『まるずや』さんができたので、何でもそこで手に入るので助かりました。『まるずや』さんがなかったらお酒の用意はできませんでしたよ。『王女様たち』は皆、若くて綺麗な娘さんでした。そして、みんなが武芸の名人なのには驚きました。『リーポー姫様』なんて、まだ十五歳なのに、とても強いんですよ」 「王女様たちは武芸を披露したのか」 「お世話になったお礼だと言って、南蛮の踊りや歌を披露してくれたのです。『リーポー姫様』が一緒に連れて来たお師匠さんと『武当拳』を披露してくれて、そしたら、他の王女様たちも武芸を披露してくれたのです」 「『リーポー姫』は『武当拳』の名人だったのか」 「そうです。前にジルータ様(湧川大主)が言っていたでしょ。『リーポー姫様』のお師匠は『ヂャンサンフォン様』のお弟子さんだったのですよ。それに『旧港の王女様』のお師匠も『ヂャンサンフォン様』のお弟子だったのです」 「なんと、『ヂャンサンフォン殿』のお弟子が二人もここに来たのか。そいつは凄い。会ってみたかったな」 「王女様たちは『比地の大滝』を見に行ったんだけど帰って来なくて、二日後に帰って来たわ。『奥間』に滞在していたみたい」 「王女様たちは『奥間』にも行ったのか」 「『比地の大滝』を案内したのが『奥間』のヤマンチュ(杣人)だったから『奥間』に連れて行ったみたい。国頭に帰って来て、その日の午後、城下の広場で、宴をやったのよ。城下の人たちもみんな集まったわ。その時、武芸を披露してくれたのよ。王女様たちが来たのは九月だったけど、未だに、城下の人たちは王女様たちの事を懐かしがって話しているわ」 「異国の王女様が四人も一緒に来るなんて二度とあるまい」 「そうね」とクルキはうなづいて、「八日前には名護の『松堂様』が『油屋』のユラさんを連れてやって来たわ」と言った。 「松堂殿と油屋のユラ?」 「島添大里の娘たちも一緒にいたわ」 「何だって?」 名護の長老と首里にいる油屋のユラと島添大里の娘たちが一緒に来るなんて、湧川大主にはわけがわからなかった。 「油屋のユラさんが『お芝居の台本』を書いていて、『志慶真のウトゥタル様』の事を『喜如嘉の長老様』に聞きに来たのよ。一緒に来た島添大里の娘たちも『お芝居の台本』を書いているらしいわ。『国頭御殿』を見て、『屋嘉比のお婆』と会って、帰って行ったわ」 「油屋のユラは島添大里に出入りしているのか」 「お芝居を始めたのが島添大里にいる『安須森ヌル様』らしいわ。『安須森ヌル様』に色々と教わっているみたい」 「ユラと島添大里の娘の関係はわかったが、どうして、そこに名護の長老が加わっているんだ」 「松堂様は『王女様たち』が帰る時、一緒に『油屋』のお船に乗って行って、奥さんと一緒に『首里』を見物して来たらしいわ。『マナビー様』がいらっしゃる島添大里のグスクに滞在していたみたい」 「名護の長老が首里見物か」と湧川大主は笑った。 数年前には考えられない事だった。南部の娘が国頭まで来たり、名護の長老が南部まで行ったり、平和な世の中になっていいのだが、何となく、いやな予感がしていた。 「喜如嘉の長老様は孫娘の『サラさん』が『志慶真のウトゥタル様』を演じるかもしれないって喜んでいるわ。国頭でも、お祭りの時に『お芝居』をしようって娘たちが言っているのよ。『クミさん』がとても乗り気なの。『首里の旅芸人』が国頭に来て、お芝居を観た時はみんな、凄いって感心していただけだったけど、今帰仁の娘たちが『お芝居』をやったって聞いて、あたしたちにもできるわよって思い始めたのよ。でも、中心になる人がいなかったので、その話も立ち消えになったわ。『クミさん』が娘たちを集めて、まずは来年の『今帰仁のお祭り』をみんなで見に行きましょうって誘っているわ」 「クミが何でまた突然、『お芝居』なんかやろうって言い出したんだ?」 「お姉さんの『クン様』から今帰仁グスク内にお芝居のお稽古所ができたって聞いたみたい。そのお稽古所を見に行きましょうって、あたしも誘われているのよ。娘たちもようやく手の掛からない年頃になったし、『クミさん』も何かに熱中したくなったんじゃないかしら。お嫁に行く前は弓矢を持って、山の中を走り回っていたものね。ずっと、おとなしくしていたから動き回りたくなったのよ」 「お前も『お芝居』をやるのか」 「あたしは裏方よ。お芝居に使う衣装を縫ったりするのよ。楽しそうだわ」 「マチの娘の『チルー』もそのお稽古所に通っているよ。まったく、どこの娘も『お芝居』にかぶれているようだ」 「ユイも『瓜太郎』をやりたいって言っているわ。サキは『かぐや姫』よ」 「みんな、楽しそうで結構な事だな」と湧川大主は庭で棒を振り回して遊んでいるユイとサキを見た。 『まるずや』ができて、便利になった事は確かだが、『まるずや』の主人は『三星大親(ウニタキ)』という中山王の重臣だった。各地にある『まるずや』を拠点にして、各地の地理を調べて絵地図を書いているらしいが、情報を集めている事も確かだった。俺が今、ここにいる事も把握しているに違いないと湧川大主は苦笑した。 |
運天泊
今帰仁グスク
羽地グスク
国頭グスク