シネリキヨ
中山王(思紹)と山南王(他魯毎)の進貢船が船出した日、ササ(運玉森ヌル)たちは沢岻に向かっていた。 母の馬天ヌルは沢岻ヌルを知らなかった。浦添ヌルのカナも知らなかったし、アキシノ様に聞いても、真玉添(首里にあったヌルたちの都)で会って、一緒に与論島に逃げたけど、その後の事は知らないと言った。沢岻ヌルのウタキ(御嶽)を見つけて、マサキ(兼グスク若ヌル)が持っているガーラダマ(勾玉)の持ち主を探さなければならなかった。 須久名森の山頂で笛を吹いた翌日、安須森ヌル(先代佐敷ヌル)とササたちは『須久名森ヌル』になったタミーと別れた。タミーは平田ヌルのサチと一緒に須久名森の古いウタキを復活させなければならなかった。 島添大里グスクに行ったササはシジマと会って話を聞いた。シジマはヌルになる決心を固めて、安須森ヌルのもとでヌルになるための修行をしていた。すでにアキシノ様と会っていて、アキシノ様が屋嘉比のお婆にシジマの事を頼み、屋嘉比のお婆はサミガー大主にシジマを託した事を知っていた。 「志慶真ヌルが病気だって聞きました?」とササが聞くとシジマはうなづいた。 「ガーラダマの事も聞きました」 「志慶真ヌルが亡くなるのを待つのはいやな気分だけど仕方がないわね。亡くなったら、一緒に志慶真村まで行きましょう」 シジマはうなづいて、お礼を言った。一人で志慶真村に帰るのは不安だったが、ササたちが一緒なら怖い物なしだった。 安須森ヌルの屋敷で、フカマヌルが待っていた。ウニチルを見たフカマヌルは娘の成長振りに驚いていた。ヤマトゥ(日本)旅に出る前の半年前とは、まるで別人のようだった。 「お母さん、迎えに来てくれたのね」と言って笑ったウニチルは以前と同じだったので、フカマヌルも笑って娘を迎えた。 「ササ、ありがとう」とフカマヌルはお礼を言った。 「ウニチルはもう一人前よ」とササは笑った。 チチーの母親のマカミーとマサキの母のマハニも待っていて、チチー(八重瀬若ヌル)とマサキと再会した。マサキは父親のンマムイ(兼グスク按司)とは那覇館で会ったが、やはり、母親に会いたかった。二人ともしっかりしていても、まだ母親に甘えたい年頃だった。ウミ(運玉森若ヌル)とミミ(手登根若ヌル)は平田グスクで母親と会っていた。 玻名グスクヌルを待っていた鍛冶屋のサキチもいて、玻名グスクヌルはサキチとの再会を喜んだ。 女子サムレーたちに旅の話をしていたら、首里の『まるずや』で戦評定だと言われて、サハチ(中山王世子、島添大里按司)、安須森ヌル、サスカサ(島添大里ヌル)と一緒にササは首里に向かった。翌日、安須森ヌルとサスカサ、サタルーも一緒に、ササは若ヌルたちが待っている島添大里グスクに帰った。サタルーはナナとの再会を喜んだ。 サハチは首里に残って、ファイチ(懐機)と一緒に庭園を造る場所の下見をしていた。 マユ(安須森若ヌル)とウニチルと別れて、ササたちは与那原グスク内の我が家に帰った。当然のように、サタルーも付いて行った。 越来ヌルのハマは越来に帰ったが、玻名グスクヌルは一緒にいた。ずっと一緒に旅をしてきた玻名グスクヌルは、若ヌルたちの母親代わりになっていた。ササの凄さを何度も目の当たりに見ていて、ヌルとしてのササを尊敬していた。ササと一緒にいれば自分も成長できるので、安須森ヌルの許しを得てササに従っていた。 与那原大親(マウー)は帰国祝いの宴を開いてくれた。山グスクからマウシ(山田之子)とシラー(久良波之子)が来て、シンシン(杏杏)はシラーとの再会を喜んだ。 昨日はのんびりと過ごし、お土産を持って我謝の孤児院に行って、子供たちと遊んだりした。そして、今日、沢岻に向かったのだった。 沢岻の集落は沢岻川沿いにある高台の上に、十数件の家があるだけの小さな村だった。 畑にいたお婆に、沢岻ヌル様はいますかとササが聞いたら、 「昔はおったが、今はおらん」と言った。 「昔というのはいつですか」 「三十年くらい前かのう、根人(一族の本家)の娘が跡を継いだんじゃが、若くして亡くなってしまって、ヌルは絶えてしまったんじゃよ。今、根人には十二歳になった娘がいて、浦添のヌル様に頼んで、ヌルにしてもらおうと思っていたようじゃが、浦添ヌル様はヤマトゥ旅からまだ帰って来ないとの事じゃ」 「もう帰っていますよ」とササは言って、根人の家の場所を聞いた。 「一番奥にある家じゃよ」 ササたちは根人の家に行って、沢岻大主と会った。五十歳前後で小太りの沢岻大主は、ぞろぞろとやって来た娘たちを見て驚いた。 ササが自己紹介をすると沢岻大主はまた驚いて、 「運玉森ヌル様がわざわざお越しいただくなんて恐縮です」と言って改まって座り直した。 沢岻大主はササの噂を知っていた。中山王の妹の馬天ヌルの娘で、シジ(霊力)がとても高いヌルで、何度もヤマトゥに行っていて、ヤマトゥの将軍様とも親しいという。四人の若ヌルを育てているとも聞いていた。沢岻大主は一緒にいる若い娘たちを見た。皆、サムレーのような格好をしているが、目が輝いていて生き生きとしていて、神々しさも感じられた。 「沢岻ヌル様の事をお聞きしたいのですが」とササは沢岻大主に聞いた。 「わたしの妻が沢岻ヌルを継いだのですが、二十二の若さで亡くなってしまって、以後、絶えたままなのです。先代のヌル様は跡継ぎに恵まれませんでした。それで、根人の一人娘を若ヌルとして育てました。わたしは若ヌルの婿なのです。若ヌルが子供を産まずに亡くなってしまったので、実際は根人も絶えてしまったのです。わたしは婿として、根人家とヌル家を立て直さなければならないのです」 「沢岻ヌル様は古くからいらっしゃるヌルのはずですけど、この村はあまりにも小さすぎます。何かが起こったのですか」 「わたしは詳しい事は存じませんが、昔はグスクもあって、沢岻按司もいたようです。戦があって滅ぼされてしまったのです」 「それはいつの事なのですか」 沢岻大主は首を振った。 「先代のヌル様でしたら色々と知っていたでしょうが、当時のわたしは根人を継ぐ事に必死で、昔の事を聞く事もできず、先代のヌル様は亡くなってしまいました。その二年後、ヌルを継いだ妻も亡くなってしまったのです」 「ウタキの場所はわかりますか」 「わたしは知りませんが、娘のキラは知っています。五人目にしてやっと生まれた娘なのです。できれば、沢岻ヌルを継がせたいと思っています」 ササたちはキラの案内でウタキに向かった。キラは可愛い娘で、若ヌルたちとすぐに仲良くなった。 キラは森の中に入って行った。 「どうして、ウタキがわかったの?」とササはキラに聞いた。 「夢の中にヌル様が出て来て、目が覚めてから、ヌル様の言う通りに行ったら古いウタキがありました。わたしには神様の声は聞こえませんが、毎日、拝みに行っています」 「あなたがいて助かったわ」とササはキラを見て笑った。 キラが毎日歩いているので細い道ができていた。樹木が生い茂っているのでよくわからないが、ウタキは高台の頂上付近にあった。大きなクバの木の下に大きな岩があって、岩が窪んだ所に石が積んであった。ウタキの前には祭壇らしい平たい大きな石があって、その周辺は綺麗に草が刈ってあった。 「あなたが綺麗にしたのね」とササが聞くとキラはうなづいた。 ササたちは祭壇の前に跪いて、お祈りを捧げた。愛洲ジルーたちはいつものように、ウタキから離れて見守った。 「待っていたわよ」という神様の声が聞こえた。 「『沢岻ヌル様』ですか」とササは聞いた。 「そうよ。マサキが持っているガーラダマを『役行者様』からいただいたのは、わたしだったのよ」 「すると、アキシノ様と一緒に真玉添から与論島に逃げた沢岻ヌル様ですね?」 「そうじゃないわ。アキシノと一緒に逃げた沢岻ヌルは、わたしより五百年もあとの子孫よ。真玉添が滅ぼされた時の沢岻ヌルよ」 ササは勘違いしていた事に気づいた。役行者は奈良に都があった頃の人で、平家の時代よりもずっと昔の人だった。そうなると、真玉添の都は五百年以上も続いていた事になる。 「真玉添で役行者様と会ったのですか」 「そうなのよ。役行者様は凄い神人だったわ。父親とも言ってもいい年齢だったけど、わたしは役行者様に惹かれて、娘を授かったのよ」 「えっ!」とササたちは驚いた。 「役行者様の子孫が琉球にいるのですか」 「わたしの娘の子孫は役行者様の子孫という事になるわね」 「役行者様はビンダキ(弁ヶ岳)に弁才天様を祀ったのですね?」 「あなた、何でも知っているのね」 「いいえ。沢岻ヌル様の事は何も知りません。真玉添のヌルだったのですか」 「毎年お正月にヌルたちが真玉添に集まっていたの。そこに役行者様が現れたのよ。大騒ぎになったけど、役行者様が神人だという事がわかって歓迎されたわ。わたしはこの村の首長だったヌルなのよ。わたしの御先祖様はアマミキヨが琉球に来る、ずっと前から琉球で暮らしていたのよ」 「アマミキヨ様よりも古いのですか」とササが驚くと、 「あなたなら理解できそうね」と言って沢岻ヌルは説明してくれた。 大昔、大陸からやって来た『シネリキヨ』と呼ばれる人たちが琉球の各地に住み着いて暮らしていた。やがて、南から『アマミキヨ』と呼ばれる人たちがやって来た。アマミキヨの女首長はシネリキヨの男と結ばれて子孫を増やして、『垣花の都』を造った。 アマミキヨの一族は舟を操るのが得意で、北へと進出して行き、奄美の島々やヤマトゥへも行って、子孫たちは各地に増えていった。シネリキヨの一族はアマミキヨの一族に吸収されてしまうが、沢岻は代々続いていたシネリキヨの子孫たちだった。ヌルの座もアマミキヨに奪われる事なく、沢岻村を守ってきた。 按司が出現して各地にグスクができると沢岻にもグスクができて、沢岻ヌルの弟が沢岻按司になった。その頃、浦添には『舜天』がいた。島添大里按司とつながっている舜天の勢力は強く、沢岻按司は舜天の傘下に入って、浦添按司の重臣となった。三代目の沢岻按司の時、浦添按司も三代目の『義本』だった。義本は政は重臣たちに任せて、日夜、美女たちに囲まれて遊んでいた。重臣の一人に『伊祖按司(英祖)』がいた。 伊祖按司は舜天の曽孫で、この有様を見たら曽祖父が悲しむだろうと義本を倒す決心を固めた。義本の姉の浦添ヌルを味方に付けて、浦添グスクを乗っ取って、義本を追い出した。義本は女たちを連れて沢岻按司を頼った。伊祖按司は沢岻按司に義本を引き渡せと言ったが、沢岻按司は断った。沢岻で大戦が起こって、城下は焼かれ、グスクも焼け落ちた。沢岻按司は戦死したが、義本は逃げたとみえて見つからなかった。その後、義本の行方はわからない。 沢岻ヌルは殺される事なく、浦添に行って浦添ヌルに仕えた。その時、沢岻ヌルには若ヌルがいた。若ヌルは浦添按司になった伊祖按司の次男と仲良くなって、一緒にヤンバル(琉球北部)に行った。次男は『湧川按司』を名乗り、今帰仁按司を倒して、今帰仁按司になった。 若ヌルは湧川按司との間に二人の娘を産んで、長女を今帰仁ヌルに育てると次女を連れて沢岻に帰って来た。焼け野原となってから四十年近くが経っていた。城下の跡地には、一族の三家族がひっそりと暮らしていて、沢岻ヌルが帰って来た事を喜んでくれた。 沢岻ヌルは村の再建を始め、次女が一族の若者と結ばれて四人の子供が生まれた。長女はヌルを継いで、長男は根人となり、次男は浦添のサムレーになり、次女は一族の若者と結ばれて子孫を増やした。次男はサムレー大将になって、村の若者たちもサムレーに憧れて浦添に行った。ところが、『察度』によって浦添按司(西威)は滅ぼされ、サムレーになった若者たちは皆、戦死した。浦添城下で暮らしていた若者たちの家族も亡くなって、沢岻村は寂しくなった。 その後も若者たちはサムレーに憧れて村を出て行き、浦添グスクが焼け落ちた時に戦死した者もいるし、南風原で捕虜になったあと、首里のサムレーになった者もいる。若い者たちは都に憧れて村を出て行き、年寄りだけの村になってしまった。 「初代の沢岻按司はアキシノと一緒に逃げた沢岻ヌルの弟なのよ」と沢岻ヌルは言った。 という事は、今帰仁按司が出現したのと同じ頃、ここにも按司が生まれて、三代で滅んだという事になる。沢岻按司の事よりも、『シネリキヨ』の事がササには気になった。 「シネリキヨというのは個人の名前ではなかったのですね?」とササは聞いた。 「シネリの人という意味よ。アマミキヨもアマミの人でしょ。今ではアマミキヨはアマミキヨの一族の首長だった女で、シネリキヨはその夫になった男と伝えられているけど、どちらも一族の名前なのよ」 「南から来たアマミキヨの首長はシネリキヨと結ばれてミントングスクで暮らしたと聞いていますが、アマミキヨの首長と一緒になったのは、シネリキヨの首長だったのですか」 「違うと思うわ。当時の首長は女だったはずよ。たまたま、ミントングスクの近くで暮らしていたシネリキヨの男と結ばれたんじゃないかしら」 「たまたまですか‥‥‥」 「たまたまと言っても、人と人の出会いにはそれなりの理由があるはずだから、アマミキヨの首長だった女とシネリキヨの男は結ばれるべくして結ばれたのよ。そして、琉球の始祖として祀られるようになったのよ。以後、アマミキヨは栄えて、シネリキヨは忘れ去られてしまったのよ」 ササはターカウ(台湾の高雄)のマカタオ族のパランから聞いた話を思い出していた。遙か昔、大陸からターカウにやって来た人たちが、航海術を覚えて各地に散って行ったと言っていた。シネリキヨの一族はターカウから来た人たちかもしれなかった。 「今帰仁に行った沢岻ヌルの子孫がマサキなのですか」とササは聞いた。 「今帰仁ヌルになった若ヌルの娘の孫娘が、『千代松』の側室になっているの。その側室が娘を産んで、その娘は名護按司に嫁いだわ。名護按司の娘が山北王のaに嫁いで、マハニが生まれて、マハニが兼グスク按司に嫁いで生まれたのがマサキよ」 「すると、マサキはシネリキヨ一族の子孫なのですね」 「そういう事ね」 「ほかにもシネリキヨ一族の子孫はいるのですか」 「それはいっぱいいるわよ。でも、ヌルを継いだ娘以外の娘の事はわからないわ。普通の娘はわたしの声が聞こえないから調べる事もできないのよ。ヌルを継いでいる娘なら二人いるわ」 「誰なのですか」 「美浜島(浜比嘉島)の『美浜ヌル』と『東松田の若ヌル』よ」 「東松田って読谷山の東松田ですか」 「そうよ。でも、東松田ヌルは違うわよ。若ヌルはサーダカンマリ(生まれつき霊力が高い)で、東松田ヌルの跡継ぎになったみたい。若ヌルがここに来て、わたしに声を掛けてきたのよ。わたしが『屋良ヌル』に贈ったガーラダマを身に付けていたので驚いたわ。若ヌルは屋良ヌルの子孫で、古い神様から沢岻に同族がいると聞いて、わたしに会いに来たって言っていたわ。屋良ヌルも昔はシネリキヨだったんだけど、途中からアマミキヨに代わってしまったのよ」 ササは会った事はないが、東松田の若ヌルは母と一緒に旅をしていた。母が言うには、ササによく似ているという。会いに行こうかとササは思った。 「美浜島というのはどこですか」 「勝連半島の東方にある島よ。美浜ヌルは大昔からずっと続いているのよ」 「その島はシネリキヨ一族の子孫の島なのですか」 「昔はそうだったけど、その島にもアマミキヨはやって来たのよ。アマミキヨの女がヤマトゥに行く途中、その島に寄って、シネリキヨの男と結ばれて、島に住み着いたの。アマミキヨの娘の子孫は『比嘉ヌル』と呼ばれていて、今も続いているわ」 「その島にはシネリキヨのヌルとアマミキヨのヌルがいるのですか」 「そうなのよ。お互いに助け合いながら暮らしてきたのよ」 「シネリキヨの首長だった人のウタキもその島にあるのですか」 「シネリキヨはアマミキヨと違って、一人の首長に率いられて来たわけではないの。各地に首長だった女はいたと思うわ。ウタキも各地にあるけど、美浜島に来たシネリキヨの一族が一番大きかったかもしれないわね。美浜島から周辺の島々に広がって、勝連半島から中部一帯に広まって行ったのよ。あなたなら神様の声は聞こえると思うけど、シネリキヨの言葉だから意味はわからないわよ。アマミキヨが来る前、シネリキヨが住んでいたというガマ(洞窟)があって、そこに首長だった女が住んでいたんだと思うわ」 勝連の近くの島なら勝連ヌルが何かを知っているかもしれない。美浜島には行かなければならないような気がした。 「マサキは沢岻ヌルを継ぐべきですか」とササは聞いた。 「マサキは兼グスクヌルになるんでしょ。キラに継がせればいいわ。キラはまだわたしの声は聞こえないけど、わたしの子孫だと思うわ。あなたが仕込めば沢岻ヌルになれるわよ」 「えっ、わたしの弟子にするのですか」 「もう一人増えたからって大丈夫でしょ」 「わかりました」とササは承諾してから、 「義本はヤンバル(琉球北部)に逃げて、アフリヌルと一緒に静かに暮らしていたようです」と教えた。 「本当に何でも知っているのね」と沢岻ヌルは笑った。 ウタキから帰ると沢岻大主が宴の用意をして待っていた。村の人たちも集まっていた。沢岻ヌルが言っていたように年寄りばかりだった。 昼間っからお酒なんてと遠慮しながらも、ササたちは喜んでいただいた。沢岻大主に頭を下げられて、ササはキラを沢岻ヌルに育てる事を約束した。 ほろ酔い気分のササたちはキラを連れて、中グスクに向かった。ミミとマサキは妹弟子ができたと喜んで、キラに色々な事を教えていた。 ササはカミー(アフリ若ヌル)に東松田の若ヌルの事を聞いた。カミーも馬天ヌルと一緒に旅をしていた。 「タマ姉さんは先に起こる事が見えるのです。お師匠のように凄いヌルになると思います」 「タマ姉さんは今、いくつなの?」 「わたしより四つ年上でしたから、今年、十九です」 「タマ姉さんもカミーと一緒にヂャン師匠(張三豊)の一か月の修行を受けたのね?」 「はい。あの時は麦屋ヌル(先代与論ヌル)様と奥間ヌル様と浦添ヌル様も一緒でした」 「カナも一緒だったんだ」 「ヂャン師匠の修行を受けたあと、みんな、身が軽くなって、シジ(霊力)も高くなりました」 「そうね。タマ姉さんに会いたい?」 カミーはうなづいた。 「近くに宇座の牧場があるんでしょう。仔馬に会いたいわ」 「よし。美浜島に行ったあと、読谷山に行きましょう」 カミーも若ヌルたちも喜んだ。 中グスクに着いて、中グスクヌルに歓迎されて一休みした。シネリキヨの話をしたら興味を持って、中グスクヌルも付いて来た。 越来グスクに行くと、ハマが驚いた顔をしてササたちを迎えた。一昨日、別れたばかりで、ササたちがやって来るなんて思ってもいなかった。 ササたちは越来按司に歓迎されて、その夜は越来グスクに泊まった。越来グスクにも女子サムレーがいて、皆、ハマの弟子だと聞いて、ササは驚いた。佐敷グスクでハマと一緒に剣術の修行をしていた頃の事を思い出して、美里之子の娘のハマなら、それも当然の事だなとササは思った。 ササたちと一緒に旅をしてお酒好きになったハマと一緒にお酒を飲み、按司たちに旅の話をして楽しい時を過ごした。 翌日、ハマも一緒に来て、勝連グスクに向かった。いい天気だったが、海を見るとちょっと波が高かった。今日は美浜島に渡るのは難しいかもしれなかった。 勝連ヌルは大勢でやって来たので驚いたが、よく来てくれたとササたちを歓迎してくれた。ウニタキ(三星大親)から勝連ヌルの母親が奥間出身だと聞いていたので、奥間の人たちは全員無事だと知らせて安心させた。 「山北王もひどい事をするわよ。わたしも配下の者を奥間に送って、向こうの様子を調べたわ」 「配下の者?」 「わたしも弟(ウニタキ)を見倣って、各地の情報を集めているのよ。あなたが来るのは知っていたけど、こんな大勢で来るなんて知らなかったわ」と勝連ヌルは笑った。 四の曲輪内にある勝連ヌルの屋敷に行って、ササたちは一休みした。 「ササ姉、お久し振りです」と若ヌルから言われたが、ササには誰だかわからなかった。 「ユミの妹のマカトゥダルです」と言ったので、ササは改めて若ヌルを見た。 島添大里にいた頃のマカトゥダルはまだ幼かった。目の前にいるのは十七、八の娘だったが、当時の面影が残っていて、 「マカちゃんが若ヌルになったなんて‥‥‥」とササは驚いた。 長姉のユミも次姉のマカミーもお嫁に行ったので、自分もお嫁に行くものと思っていた。ところが、若按司が病死して、父が勝連按司を継ぐ事に決まり、当時、十二歳だったマカトゥダルがヌルになる事になって、修行を始めたのだった。 「頑張るのよ」とササはマカトゥダルに言ってから、勝連ヌルに美浜島の事を聞いた。 「美浜島には古いウタキがいっぱいあるわ。あの島には美浜ヌルと比嘉ヌルという古くから続いているヌルがいて、島内のウタキを管理しているの。美浜ヌルは『シルミチュ様』を祀っていて、比嘉ヌルは『アマミチュ様』を祀っているわ」 「シルミチュ様とアマミチュ様?」 「アマミキヨ様とシネリキヨ様の事だと思うわ。若ヌルだった頃、先代に連れられて、いくつかのウタキを回ったけど、シルミチュ様のウタキでは神様の声は聞こえないって先代は言っていたわ」 「アマミチュ様のウタキでは聞こえたのですか」 「古い神様は聞こえないけど、数代前の比嘉ヌルの声は聞こえるわ」 「沢岻ヌルを調べていたら、シネリキヨの事を知ったのです。シネリキヨは個人の名前ではなくて、一族らしいわ。マサキとキラはシネリキヨの子孫なのです。それで、美浜島に行こうと思ったんだけど、勝連ヌル様は美浜ヌルと比嘉ヌルを知っているのですね」 「知っているわよ。二人は従姉妹で同い年なの。昔はあの島にも按司がいたんだけど、わたしの兄が勝連按司だった時に滅ぼされてしまったのよ」 「えっ、美浜島に按司がいたのですか」 勝連ヌルはうなづいた。 「わたしの大叔父が美浜ヌルと結ばれて、美浜島にグスクを築いて、『美浜按司』になったの。大叔父は何度もヤマトゥに行ったのよ。あの島の若者たちを船乗りとして連れて行ったわ。中山王の察度が明国と進貢を始めた頃で、明国の商品を積んで行って、ヤマトゥの商品を積んで帰って来たの。美浜按司のお陰で、美浜島は豊かになったのよ。美浜按司には二人の男の子と一人の女の子がいて、長男は美浜按司を継いで、次男は比嘉ヌルと結ばれて、島の東方にグスクを築いて『比嘉按司』になったわ。娘は美浜ヌルを継いだわ。美浜ヌルも比嘉ヌルもすでに亡くなって、今のヌルはそれぞれの娘たちなのよ。大叔父の二人の息子たちもヤマトゥに行ったわ。ヤマトゥとの交易は二人が任されていたようなものだったの。それが気に入らないって、勝連按司に滅ぼされてしまったのよ。当時のわたしは望月党の事は知らなかったけど、きっと、望月党に殺されたんだと思うわ。大叔父が美浜按司になってから五十年で、美浜島の按司はいなくなってしまったのよ」 「それはいつ頃の事なのですか」 「もう十五年くらい前かな。確か、密貿易船がやたらとやって来た年だったわ。比嘉按司が密貿易船から手に入れた商品を持って、久し振りにヤマトゥに行ったのよ。その留守に美浜按司が殺されて、翌年、比嘉按司も殺されたのよ。比嘉按司は自分が殺される事を悟って、グスクを強化して、なるべくグスクから出ようとしなかったようだけど、殺されてしまったわ」 「そんな事があったなんて知らなかったわ」 「兄は気に入らない人たちは皆、殺してきたのよ。きっと、バチが当たったのでしょう。自分も望月党に殺されているわ」 勝連ヌルの配下の炭売りが戻って来て、美浜島に渡る舟が出せると知らせてくれた。 ササたちは勝連ヌルと一緒に北原の浜辺に行き、ウミンチュ(漁師)の小舟に乗って美浜島に渡った。若ヌルのマカトゥダルも一緒に来た。 不思議と海は穏やかで、半時(一時間)足らずで、美浜島の白い砂浜に着いた。砂浜から見える山の上にグスクがあったという。屋敷は焼け落ちたのか、樹木が生い茂っている、ただの山にしか見えなかった。 按司は滅ぼされても古くからの村らしく、家々が建ち並んでいた。按司が滅ぼされた時、この村も焼かれたのか、古い家はなかった。広場では子供たちが遊んでいて、ササたちを珍しそうに眺めていた。一番奥にあるヌルの屋敷に行くと、庭で二人の若者と二人の娘が剣術の稽古に励んでいた。 見知らぬ人がぞろぞろと来たので、四人は稽古をやめてササたちを見た。 勝連ヌルが挨拶をして、母親を呼んでもらった。四人は美浜ヌルと比嘉ヌルの子供たちで、比嘉ヌルは比嘉村に住んでいたが、今は美浜ヌルの屋敷で一緒に暮らしているという。 若ヌルたちに子供たちの剣術の指導を頼んで、ササたちは屋敷に上がって、美浜ヌルと比嘉ヌルに会った。二人とも三十の半ばで、二人の夫は船乗りとして毎年、朝鮮まで行っているという。 ササがシネリキヨの事を話して、マサキとキラがシネリキヨの子孫だというと美浜ヌルは驚いた。 「シルミチュ様の子孫のヌルが、この島以外にもいたなんて知らなかったわ」 「シルミチュの一族はアマミチュの一族に吸収されてしまったと聞きましたが、どうしてなんでしょう?」 「シルミチュの一族は稲を持って来た人たちなのです。稲が作れそうな土地を探して、琉球の各地に住んでいました。それぞれの村には首長としてヌルがいて、祭祀をつかさどっていました。そこに南の島からアマミチュの一族が来たのです。航海術が巧みなアマミチュはヤマトゥまで行って交易をします。貴重な黒石(黒曜石)や翡翠のガーラダマを持って来てくれるアマミチュは神様としてあがめられて、ヌルの座はアマミチュに奪われてしまうのです。シルミチュのヌルがいたなんて信じられない事です」 「シルミチュの人たちは琉球から出ていないのですか」 美浜ヌルは首を振った。 「アマミチュのお舟に乗って、北へと行った人たちも大勢いるようです。この島の人たちも新天地を求めてヤマトゥまで行っています」 「この島にアマミチュが来たのは、いつの頃なのですか」 「垣花にアマミチュの都ができて、ヤマトゥとの交易が盛んになった頃のようです」と比嘉ヌルが答えた。 「アマミチュは島の東方に貝殻の工房を作って、そこに新しい村を造りました。貝殻の交易が終わったあと、比嘉村は寂れてしまいましたが、ヌルはずっと続いています。六十年ほど前に、勝連按司の息子がこの島にやって来て、わたしたちの祖母と結ばれて、グスクを築いて美浜按司になります。美浜按司の次男がわたしの母と結ばれて、グスクを築いて比嘉按司になりました。比嘉按司のお陰で、比嘉村も活気を取り戻したのですが、二十五年後に滅ぼされてしまって、また寂れてしまいました」 愛洲ジルーたちには残ってもらい、ササたちは美浜ヌルの案内でウタキに行った。砂浜まで戻って、砂浜の奥の方の丘の上にウタキはあった。お祈りをしたが、ササたちには神様の声は聞こえなかった。マサキにも聞こえなかった。同じシネリキヨでも、沢岻のシネリキヨとこの島のシネリキヨはつながりがないのかもしれなかった。 美浜ヌルの話だと、ガマ(洞窟)で暮らしていたシルミチュがガマから出て最初に暮らしたのが、この浜辺で、その時の首長だったヌルが祀られているという。一番古い神様は言葉が通じないが、この島にアマミチュが来た頃のヌルは言葉が通じるので、そのヌルから島の歴史を聞いたという。 一旦、ヌルの屋敷に戻って、ジルーたちを連れて美浜グスク跡に登った。二つの曲輪があって石垣も残っていたが、建物は何も残っていなかった。 「按司だった叔父を初めとして多くの人がここで殺されました」と美浜ヌルは言った。 「叔父は勝連のために何度もヤマトゥに行っていたのです。勝連按司を恨みましたよ。でも、その勝連按司も殺されて、勝連も一新されました。勝連ヌル様は何度もこの島に来て、わたしたちに謝りました。わたしたちもなかなか許す事はできませんでしたが、島の若者たちが朝鮮旅の船乗りになれたのは勝連ヌル様のお陰です。村の再建にも援助してくれて、今ではとても感謝しています」 ササは勝連ヌルを見た。ササたちの知らない所で、勝連ヌルも苦労して来たんだなと思った。 美浜グスクを下りて、比嘉村に向かった。美浜村よりも小さな村で、裏山の上に比嘉グスクがあったという。浜辺に小さな島があって、そこがアマミチュのウタキだと比嘉ヌルが言った。 丁度、干潮だったので島まで行く事ができた。岩だらけの島で、ウタキは岩山の中腹あたりにあった。小さなガマの中に石が積んであり、貝殻も置いてあった。ウタキの手前は狭かったので、若ヌルたちは少し離れた所でお祈りを捧げた。 「祖母がとても喜んでいたわ。ありがとう」と神様の声が聞こえた。 神様の声は聞こえないだろうと思っていたササたちは驚いた。 「祖母とは誰の事ですか」とササは聞いた。 「瀬織津姫様の妹の知念姫よ」 「えっ、すると神様は知念姫様のお孫さんですか」 「そうよ、『美浜姫』よ。ヤマトゥに行く途中、この島でマレビト神と出会って、一緒にヤマトゥに行って、帰って来てから、この島に住み始めたの。わたしは知念ヌルを継ぐはずだったんだけど、知念ヌルは妹に譲って、この島のヌルになったのよ」 「初代の比嘉ヌル様なのですね」 「そうよ。わたしは瀬織津姫様に会った事はなかったんだけど、初めてお会いしたわ。いつも怖い顔をしていた祖母が、姉の瀬織津姫様と再会して涙を流して喜んでいたのよ。あんな祖母を見たのは初めてだわ。ササのお陰だって祖母はとても感謝していたわ」 「スクニヤ姫様は美浜姫様の叔母様ですか」 「そうなのよ。ここに貝殻の工房を作る時、叔母様から色々と教わったのよ。あの頃はこの村も賑やかだったんだけど、すっかり寂れてしまったわね」 「比嘉按司がいた時は活気を取り戻したのでしょう」 「ほんの少しの間だけだったわ。比嘉ヌルの息子が比嘉按司になってくれればいいと期待しているのよ」 ササは島の人たちを守って下さいと言ってお祈りを終えた。比嘉ヌルも勝連ヌルも美浜姫の声を初めて聞いたと驚いていた。 比嘉ヌルの案内で、比嘉グスクの跡地に登った。ここにも建物は残っていなかったが、眺めはよかった。 比嘉グスクから下りて、南に向かい、シルミチュが暮らしていたというガマの中にあるウタキでお祈りをしたが、神様の声は聞こえなかった。 |
与那原グスク
沢岻
勝連グスク
美浜島(浜比嘉島)