東松田の若ヌル
美浜島(浜比嘉島)に一泊して勝連に戻ったササたちは、勝連若ヌルを連れて、東松田の若ヌルに会うために読谷山の喜名に向かった。 美浜島でササの弟子の若ヌルたちが神様の声を聞いたのに驚いた中グスクヌルと勝連若ヌルは、ササの弟子になりたいと言い出した。中グスクヌルのマチルーは二十二歳、勝連若ヌルのマカトゥダルは十八歳、二人は従姉妹で、サハチの姪だった。十二歳のキラの妹弟子になるけど、それでもいいのとササが聞くと、二人は真剣な顔でうなづいた。 一緒に南の島に行ったチチー、ウミ、ミミ、マサキの四人にカミーが加わり、キラも加わって六人になり、今、また二人も増える事になる。 ササが玻名グスクヌルを見ると、 「大丈夫よ」と笑った。 ササは二人を弟子に加えた。 「あたしもササの弟子になろうかしら?」と越来ヌルのハマが言った。 「何を言っているのよ。あなたは教える方よ」とササはハマを見て口を尖らせた。 「どこかに寄る度に弟子が増えるわね」とナナがシンシンと顔を見合わせて笑った。 「勝連生まれではないから、勝連の御先祖様の神様の声は聞こえないでしょうって、勝連ヌル様から言われました」とマカトゥダルが歩きながらササに言った。 「そうよね。マカちゃんは佐敷で生まれて、島添大里に移ってから勝連に行ったのよね。勝連とはまったく縁がないわ」 「わたしもそう思っていたんですけど、縁があったんです。わたしの祖母は島添大里のサムレーの娘だったのですが、祖母の御先祖様のお姉さんが勝連に嫁いでいたのです。その人の娘が勝連ヌルになっていて、わたしにも勝連ヌル様の声が聞こえたのです」 「それはいつの勝連ヌル様なの?」 「二代目の勝連按司の娘だと言っていました。百年以上も前の人で、その人から勝連の歴史を学びました。色々な儀式も覚えましたし、もう一人前のヌルだと思っていたのです。でも、美浜島で衝撃を受けました。一人前だとうぬぼれていた自分が恥ずかしく思えました。マチルー姉さんが、ササ姉の弟子になる決心をしたって聞いて、わたしも弟子になろうって決心したのです」 「大丈夫よ。すぐに追いつけるわ」と言って、ササはマカトゥダルの肩をたたいた。 話を聞いていたマチルーが、 「わたしも追いつけるでしょうか」と心配そうな顔をして聞いた。 「あなたも伊波で生まれて、中グスクに行ったんだったわね。神様の声は聞こえるの?」 「わたしの祖母が中グスク按司の娘だったので、祖母の姉の中グスクヌル様の声が聞こえます。祖母はわたしが五歳の時に越来グスクで亡くなりましたが、わたしの事を心配して、色々と助けてくれました」 「あなたのお祖母さんは中グスクから越来に嫁いだんだ」とササが言ったら、マチルーは首を振った。 「祖母は人質として安里に送られたそうです」 「人質?」 「察度が浦添按司になる前、中グスク按司は察度と同盟を結んだそうです。その時、祖母は安里にいた察度のもとへ送られたのです。察度が浦添按司になったあと、祖母は戦で活躍した武将の妻になって、その武将が越来按司になったのです」 「へえ、そんな事があったんだ」 ササはマチルーを見て笑うと、「あなたも大丈夫よ」とうなづいた。 マチルーは嬉しそうに笑ったが、突然、思い出したらしく、「お祭りの準備を忘れていた」と言った。 「あっ!」とササも気づいて、「三月だったわね。弟子になるのはお祭りが終わってからでいいわ」と笑った。 「今回の旅だけ同行します」 越来グスクに寄って、昼食を御馳走になってから読谷山を目指した。 喜名は思っていたよりも遠かった。一時(二時間)余りも掛かって、やっと着いた。東松田ヌルの屋敷に行くと、若ヌルがササたちが来るのを待っていた。 「わたしたちが来る事がわかっていたのね?」とササが聞くと若ヌルのタマはうなづいた。 綺麗な大きい目をした娘で、シジ(霊力)が高いというのは一目でわかった。それだけでなく、タマは何か重要な役目を負っているような気がした。 「沢岻ヌル様にお会いして来たのですね?」とタマはササに言った。 「沢岻ヌル様のお話を聞いて、美浜島にも行って来たわ」 「わたしも沢岻ヌル様にお会いしたあと、美浜島に渡りました」 「シネリキヨの神様の声は聞こえたの?」 「聞こえましたが、言葉が通じなくて、意味はわかりませんでした」 「そうだったの。美浜ヌルとも会ったのね?」 「はい。美浜ヌル様の御先祖様の神様のお話を聞いて、シネリキヨの一族が今帰仁の周辺に、かなりいた事がわかりました」 ササはうなづくと、玻名グスクヌルに若ヌルたちに武当拳の稽古をさせるように頼んで、シンシンとナナとハマの三人だけを残した。 「あなたがシネリキヨの事を知ったのは、いつだったの?」とササはタマに聞いた。 「四年前に馬天ヌル様と一緒に旅に出る前は何も知りませんでした。馬天ヌル様から色々と教わって、アマミキヨ様の事や豊玉姫様の事を知りました。旅から帰って来て、馬天ヌル様を見倣って、忘れ去られてしまったウタキを探し始めたのです。あちこち探し回りましたが簡単には見つかりません。去年の夏、屋良の大川(比謝川)の周辺を探したら、古いウタキが見つかって、屋良ヌル様の声が聞こえたのです。わたしは屋良ヌル様の子孫だと言われて驚きました。屋良ヌル様に言われた通りに山の中に入って、ガマ(洞窟)の中で、このガーラダマ(勾玉)を見つけたのです。屋良ヌル様が沢岻ヌル様からいただいたガーラダマでした。屋良ヌル様は真玉添から来たヌルにヌルの座を奪われて、大切なガーラダマを山の中に隠して、喜名に行って、ひっそりと暮らしたそうです。その子孫がわたしだったのです。屋良ヌル様はシネリキヨの子孫たちを守ってくれとわたしに言いました」 「シネリキヨの子孫を守れって、どういう意味なの?」 「わたしもわかりませんでした。それで、沢岻ヌル様を訪ねたのです。沢岻ヌル様からシネリキヨの一族の事を聞いて、わたしもその一族だという事を知りました。先ほどの話の続きですが、ヤンバル(琉球北部)にはシネリキヨの子孫たちが大勢いました。アマミキヨの一族はヤマトゥと交易するために海辺に拠点をいくつも造りましたが、内陸には入らず、シネリキヨの子孫たちが暮らしていたのです。仲宗根泊の近くに『スムチナムイ』という古いウタキがあって、そこはシネリキヨの子孫たちの聖地になっていると聞きました」 「まさか、行ったんじゃないでしょうね?」とササが聞くと、 「行って来ました」とタマは平然とした顔で言った。 「馬天ヌル様と一緒にヤンバルのウタキ巡りをした時、そこには行っていないのです。馬天ヌル様はアマミキヨの子孫なので、知らないのかもしれません。シネリキヨの子孫のわたしが探さなければならないと思いました」 ササは笑って、「あなた、気に入ったわ」と言った。 「一人で行ったんじゃないんでしょ?」 「長浜でウミンチュをしている従兄が心配して一緒に行ってくれました。それに、恩納岳の木地屋のゲンさんも一緒に行ってくれました」 「あら、ゲンを知っていたの?」 「馬天ヌル様と一緒に旅をした時、ゲンさんも一緒だったのです」 「そうだったの。ゲンが一緒なら大丈夫ね」 「スムチナムイはゲンさんも知らなかったけど、そのウタキがある玉グスクという村は知っていて、ゲンさんが案内してくれました」 「えっ、ヤンバルにも玉グスクがあるの?」とササたちは驚いた。 「馬天ヌル様は以前に旅をした時、玉グスクにも行っていて、玉グスクヌルとも会ったと言っていました。村にあるウタキに行ったけど、神様の声は聞こえなかったそうです。前回、旅をした時は玉グスクには行っていません。今帰仁からまっすぐ運天泊に行って勢理客ヌル様と会っています。多分、早く勢理客ヌル様に会いたくて、玉グスクには寄らなかったのだと思います。スムチナムイの神様から聞いてわかったのですが、昔はあの辺り一帯を『コモキナ』と呼んでいたようです。『コモキナ』が訛って、『スムチナ』になったのです。運天泊も『コモキナドゥマイ』だったようです」 「コモキナがスムチナになるのはわかるけど、コモキナがどうして運天になるの?」とナナが聞いて、首を傾げた。 「わたしも不思議に思ったので、神様に聞きました。舜天が浦添按司だった頃、ヤマトゥから熊野の山伏が来て、各地を回って絵図を作ったそうです。その絵図に『コモキナドゥマイ』を漢字で『雲慶那泊』と書いたそうです。英祖の次男の湧川按司は、その絵図を持ってヤンバルに来ました。湧川按司はその漢字を「ウンケナドゥマイ」と読みます。ウンケナがウンケンになって、ウンティンになって、湧川按司の息子の千代松が『運天』という漢字を当てたようです。スムチナを玉グスクに変えたのは湧川按司です。スムチナの若ヌルが湧川按司の長男を産むと、湧川按司はとても喜んで息子のためにグスクを築いて、玉グスクと名付けたのです。湧川按司の母親は南部の玉グスクの人で、南部の玉グスクに古いウタキがある事を知っていたのでしょう。スムチナはヤンバルの玉グスクだと言って変えてしまったようです」 「湧川按司は沢岻の若ヌルの他に、スムチナの若ヌルも側室にしたの?」とシンシンが聞いた。 「沢岻の若ヌルもスムチナの若ヌルもシネリキヨの子孫です。湧川按司はシネリキヨの娘が好きだったようです」と言ってタマは笑った。 「今帰仁は昔は何て呼んでいたの?」とナナが聞いた。 「今帰仁は志慶真森というウタキだったようです。ヤマトゥから平家がやって来て、志慶真森にグスクを築くと、『イマキシル』と呼ばれるようになります。『イマキ』は外来者の事で、『シル』は統治するという意味だそうです。『イマキシル』が『イマキジン』になって、『イ』が抜け落ちて、『ナキジン』になったようです。『今帰仁』という漢字を当てたのはやはり千代松です。今の志慶真村は、二代目の今帰仁按司の奥さんが志慶真森の人だったので、志慶真の名を残すために、グスクの裏側に新しく村を造って志慶真村と名付けたそうです」 「それじゃあ、志慶真森にはシネリキヨの子孫たちが住んでいたのね」 「そうなのです。今帰仁按司はシネリキヨの子孫たちと一緒になって発展して来たのです。志慶真森の女首長の娘が、二代目今帰仁按司の妻になって、初代今帰仁按司の息子は羽地にいたシネリキヨの女首長の娘を妻に迎えて、羽地按司になります。二代目の息子は名護のシネリキヨの女首長の娘を妻に迎えて、名護按司になって、三代目の息子は国頭のシネリキヨの女首長の娘を妻に迎えて、国頭按司になったのです。ヤンバルはシネリキヨの王国と言ってもいい状況だったのです。ところが、そこにアマミキヨの一族の湧川按司がやって来て、今帰仁按司になってしまいます。湧川按司が亡くなったあと、今帰仁按司になった本部大主はシネリキヨです。本部大主は湧川按司の息子の千代松に倒されます。千代松はアマミキヨです。千代松の息子を倒して今帰仁按司になった帕尼芝もアマミキヨです」 「えっ、帕尼芝はアマミキヨの子孫なの? ヤマトゥンチュだと思っていたわ」とササが言った。 「初代の今帰仁按司はヤマトゥンチュですが、一緒に連れて来たヤマトゥンチュの女が少ないので、ヤマトゥンチュはそれほど増えないのです。それに、初代以外で、ヤマトゥンチュの女を妻に迎えた按司はいません」 初代按司の平維盛が連れて来た女は二十人だとアキシノ様が言ったのをササは思い出した。二十人の女はシネリキヨの男と結ばれて子孫を増やしただろうが、按司の妻にはなれなかったようだ。 「帕尼芝のあとに按司になった珉は元の人です。そして、今の攀安知はシネリキヨです」 「今の山北王はシネリキヨだったの?」とササは驚いたが、マサキの母のマハニがシネリキヨなら、同じ母親から生まれた山北王も湧川大主もシネリキヨに違いなかった。 「千代松に滅ぼされた本部大主の娘の今帰仁ヌルが玉グスクに逃げてきて、スムチナムイヌルを継いで、その子孫が今の玉グスクヌルです。玉グスクヌルは代々、シネリキヨの子孫が今帰仁按司になる事を祈っていて、それが実現したので喜んでいます。今の状態がずっと続いてくれればいいと願っています」 「山北王の息子にシネリキヨはいるの?」とハマが聞いた。 「次男のフニムイがシネリキヨだそうです。玉グスクヌルはシネリキヨの子孫たちの配下を持っていて、シネリキヨの娘を山北王の側室に送り込んだようです。玉グスクヌルの思惑通りに男の子を産んだので、邪魔な長男を南部に送ったと言っていました」 「えっ、若按司のミンを南部に送ったのは玉グスクヌルだったの?」 「よくわかりませんが、玉グスクヌルは湧川大主と親しいようで、湧川大主をそそのかしたのかもしれません」 「その玉グスクヌルっていくつなの?」 「三十くらいじゃないかしら。何となく冷たい感じの美人です。十歳くらいの娘がいます」 「湧川大主の子供かしら?」とシンシンが言うと、タマは首を傾げた。 「今までの話は、スムチナムイの神様から聞いたのね?」とササはタマに聞いた。 「そうです。玉グスクヌルはわたしが訪ねて来た理由を聞いて、同族だとわかったようです。わたしをスムチナムイに連れて行ってくれたのです。山の上にあるウタキで、かなり古いウタキでした。わたしが聞いた神様の声は、玉グスクヌルの御先祖様の本部大主の娘の今帰仁ヌルでした。玉グスクヌルはアビー様と呼んでいました。もっと古い神様とお会いしたかったのですができませんでした」 「本部大主って、何人も側室を持った今帰仁按司でしょ」とササが言った。 「そうなのです。娘の今帰仁ヌルがシネリキヨの子孫を増やすために、シネリキヨの娘を探し出しては父の側室にしたのです。生まれた娘たちが羽地、名護、国頭の按司に嫁いだため、シネリキヨの子孫たちが増えていったのです」 「三人の按司たちの中にシネリキヨはいるの?」 「いません。先代の名護按司はシネリキヨでしたが、今の按司は違います。シネリキヨは山北王の兄弟たちです」 「アマミキヨの子孫とシネリキヨの子孫は昔から対立していたの?」とハマが聞いた。 タマは首を振った。 「今でも対立はしていないと思います。ヌルたちの世界ではアマミキヨの子孫たちが優勢のようですが、庶民たちは自分がアマミキヨなのか、シネリキヨなのか知りませんし、昔から仲良く暮らしてきたはずです。玉グスクヌルは百年前の御先祖様の本部大主が、アマミキヨの子孫に滅ぼされたのを未だに恨んでいて、シネリキヨが統治する世界を望んでいるようです。スムチナムイから下りる時、わたしにも仲間に入れと誘われました。わたしは仲間に入る振りをして、中部や南部にもシネリキヨのヌルがいるのか聞きました」 「南部にもいるの?」とササが興味深そうに聞いた。 「中部は沢岻ヌルと美浜ヌルの二人です。そして、南部には慶留ヌルがいます」 「慶留ヌル?」 ササたちはセーファウタキで会った慶留ヌルを思い出していた。 「アビー様が、国頭按司の娘を島尻大里の若按司の妻として送ったそうです。その頃の浦添按司は玉グスク出身の玉城で、島尻大里按司は圧迫されていたようです。藁をもつかみたい状況で、遠い今帰仁按司と同盟を結んで、ヤンバルからお嫁さんを迎えたのです。その娘がシネリキヨの子孫で、生まれた子供たちはシネリキヨになります。次の代の島尻大里按司、山南王になった弟の汪英紫、与座ヌルから八重瀬ヌルになって島添大里ヌルになった妹がそうです」 「汪英紫がシネリキヨの子孫だったの」とササたちは驚いた。 「島添大里ヌルの娘が慶留ヌルです。慶留ヌルは汪英紫が山南王になった時に、島尻大里ヌルになったけど、汪英紫が亡くなって豊見グスク按司が山南王になるとグスクから出て、慶留ヌルを継いだのです。玉グスクヌルは、慶留ヌルは古くからシネリキヨの子孫だったけど、アマミキヨにヌルの座を奪われたと言っていました。シネリキヨに戻ったのでよかったと喜んでいました」 「玉グスクヌルはシネリキヨの仲間を増やして、何をたくらんでいるの?」とナナが聞いた。 「近いうちに、中山王と山北王は戦うだろう。それはアマミキヨとシネリキヨの戦いだ。何としてでも山北王に勝ってもらわなければならないと言っていました」 「それで、あなたは仲間に入ったの?」とササが聞いた。 「考えさせて下さいと言って玉グスクヌルと別れました。わたしは最初から仲間に入る気はありません。シネリキヨの王様だといっても、わたしは山北王に会った事はありませんし、山北王の味方をする気もありません」 「中山王には会ったの?」とハマが聞いた。 タマは首を振った。皆の顔を見回してから、「でも、わたしのマレビト神様は中山王側にいます」と言った。 「えっ?」と皆が驚いた。 「誰なの?」とハマが聞いた。 タマは恥ずかしそうに顔を赤らめて、 「向こうはまだ気づいていません。今はまだ内緒です」と首を振った。 「羨ましいわ」とハマが言った。 「わたしにはまだ現れないのよ」 「慶留ヌルにも会いに行って来たんでしょ?」とササはタマに聞いた。 「会って来ました。二人の子供と一緒に楽しそうに暮らしていました。慶留ヌルはシネリキヨの事を知りませんでした。アマミキヨ様の夫になった神様だろうって言いました。あなたはシネリキヨ様の子孫ですと言ったら、そうなのと言っただけで、興味も示しませんでした。当然、スムチナムイの玉グスクヌルも知りませんでした。先代の山南王が亡くなって、今の山南王は島添大里按司様の義弟だから、島添大里にある母親のお墓参りにいつでも行けると喜んでいました」 「玉グスクヌルは慶留ヌルを利用しようとたくらんでいるのかしら?」とナナが言った。 「玉グスクヌルというより本部大主の娘の今帰仁ヌルのアビー様です。中山王と山北王が戦を始めたら、アビー様は中山王の兵たちに襲いかかるかもしれません」 「あなた、知っているの?」とササは聞いた。 「えっ?」とタマはササたちを見た。 「とぼけないで。中山王が山北王を攻めようとしている事を知っているんでしょ?」 タマはうなづいた。 「見てしまったのです。中山王が今帰仁を攻めて、苦戦している姿を‥‥‥中山王が勝つには、アビー様を止めなければなりません」 「人間の戦に神様たちを関わらせてはいけないわ」とササは言った。 「そうです。何としてでも、アビー様の動きを封じなければなりません」 ササはマサキを呼んだ。 「この娘は沢岻ヌル様の子孫よ。きっと、この娘が役に立つと思うわ」 マサキは何の事かわからず、ポカンとしていた。 ササたちは東松田の若ヌルを連れて、宇座の牧場に行った。元気に走り回っている仔馬たちを見て、若ヌルたちはキャーキャー騒いだ。ササたちもかわいい仔馬の姿に心が和んだ。 宇座按司はササたちを大歓迎で迎えてくれた。山南王に仕えていた次男のマタルーが牧場を継いでくれる事になったと言って宇座按司は喜んでいた。 マタルーの妻は山南王の重臣だった新垣大親の娘だった。戦が始まった時、マタルーは妻と子を宇座に避難させた。島尻大里に戻るつもりだったが、戦はサムレーたちに任せておけばいいと父親に言われて、妻も行くなと言ったので、宇座に残った。戦が終わって、新垣大親は処刑され、兄が跡を継いだが、妻はもう島尻大里には戻りたくないと言った。マタルーも使者を諦めて、牧場を継ぐ事に決めたのだった。 大勢の若ヌルを連れているササに、宇座按司は孫娘のクトゥを紹介して、弟子にしてくれと頼んだ。 「宇座按司といっても、グスクを持っている按司ではないので、ヌルは必要ないと思っていたんじゃが、馬たちを守るのにヌルは必要じゃと考え直したんじゃよ。クトゥは十一になった。クトゥを仕込んで、宇座ヌルにしてくれんか」 シンシンとナナとハマと玻名グスクヌルが笑っていて、愛洲ジルーたちも笑っていた。もう、開き直るしかなかった。 ササはクトゥを見て、 「ヌルになりたいの?」と聞いた。 クトゥはタマを見て、 「タマお姉ちゃんみたいになりたい」と言った。 ササはうなづいて、 「お預かりします」と宇座按司に言った。 宇座按司は喜んで、クトゥが若ヌルになるお祝いじゃと御馳走を用意してくれた。明国のお酒も用意してくれて、ササたちは酒盛りを楽しんだ。 タマはお酒に慣れていないとみえて、すぐに酔っ払ってしまった。楽しそうに笑ってばかりいて、マレビト神が誰だか教えてとハマが聞いたら、 「あたしのマレビト神様はね、島添大里按司様なのよ」と嬉しそうに言った。 それを聞いたササたちは唖然となった。 「何ですって? 島添大里按司はあなたのお父さんといってもいい年齢なのよ」とササは言った。 「年齢なんて関係ありません。一目会った時にわかりました。この人があたしのマレビト神様なんだって」 「島添大里按司には怖い奥方様がいるのよ。知っているの?」とシンシンが聞いた。 「知っています。素敵な奥方様です。きっと許してくれますよ」 「タマのマレビト神様がサハチ兄だとは驚いたわ」とササは溜め息をついたが、 「これは神様の思し召しかもしれないわね」と言った。 「えっ、どういう事?」とシンシンが聞いた。 「あたしたちはアキシノ様と豊玉姫様が対立しなくてよかったって安心したけど、それだけではだめだったのよ。琉球を統一するには、シネリキヨの神様も味方につけなければならないっていう事よ。アマミキヨの子孫のサハチ兄とシネリキヨの子孫のタマが結ばれれば、うまくいくのかもしれないわ。タマとマサキの二人が、そのために働いてくれるに違いないわ」 シンシンとナナとハマは、酔い潰れているタマと、若ヌルたちと騒いでいるマサキを見て、二人にそんな事が務まるのだろうかと不安に思っていた。 |
喜名
スムチナムイ
宇座の牧場