大禅寺
二月一日、ジクー寺の落慶供養が行なわれ、ジクー(慈空)禅師によって、『大禅寺』と名付けられた。 龍の彫刻がいくつもある立派な山門に、ジクー禅師が書いた『大禅寺』という扁額が掲げられ、本堂には新助が彫った釈迦如来像が本尊として祀られた。境内には法堂、庫裏、僧坊があり、『漢陽院』という朝鮮交易の拠点もあった。 鐘撞き堂もあって、子供たちが楽しそうに鐘を撞いていた。去年の正月に琉球に来た鋳物師の三吉が造った梵鐘で、あまり大きくはないが、いい音が響き渡っていた。 首里の城下の入り口に立派なお寺ができたので、城下の人たちも喜んで、鐘の音に誘われて大勢集まって来た。 お寺なんかいらないと言っていたジクー禅師も、ヤマトゥ(日本)と朝鮮の交易の拠点として、浮島の久米村に負けないように頑張ろうと張り切っていた。覚林坊と福寿坊は今、旅に出ているが、とりあえずは、ここの僧坊を山伏の拠点にしてもらおうとサハチは思っていた。 次に造るのは熊野権現を祀った山伏のお寺だが、まだ場所は決めていなかった。去年の暮れから正月に掛けて、一徹平郎たちはビンダキ(弁ヶ岳)の山頂に『弁才天堂』を造っていて、それも完成した。覚林坊たちが帰って来たら落慶供養をするつもりだった。弁才天堂には思紹(中山王)が彫った弁才天像と役行者像も祀るので、ビンダキの裾野に山伏のお寺を建てようかとも考えていた。
その頃、ササ(運玉森ヌル)たちは若ヌルたちを引き連れて、首里グスク内のキーヌウチ(後の京の内)で、馬天ヌルが造った『真玉添姫』のウタキ(御嶽)の前でお祈りを捧げていた。 「母(アマン姫)に呼ばれてセーファウタキ(斎場御嶽)に行って、『瀬織津姫様』と会って来たわ」と真玉添姫の声が聞こえた。 「姉の玉グスク姫から、『アマツヅウタキ』に埋まっていた『瀬織津姫様のガーラダマ(勾玉)』をあなたが譲り受けたって聞いたわよ。あなた、瀬織津姫様の跡継ぎになったのね」 「瀬織津姫様の跡継ぎとはどういう意味なのですか」とササは真玉添姫に聞いた。 「わたしにもわからないわ。でも、あなたの名前が琉球中の神様に知れ渡った事は確かだわね」 「シネリキヨの神様にもですか」 「シネリキヨの神様?」 「はい。最近、シネリキヨの一族の事を知りました。琉球を統一するにはシネリキヨの神様も味方にしなければなりません」 「確かにシネリキヨの神様を祀っているシネリキヨのヌルもいるわね。シネリキヨの神様たちは瀬織津姫様に会いに来なかったわ。古い神様から聞いたんだけど、アマミキヨ様が琉球に来た頃は、シネリキヨだけじゃなくて、色々な人たちが各地に住んでいたらしいわ。でも、皆、同じ言葉をしゃべっていたみたい。アマミキヨの人たちも交易のために、その言葉を覚えたのよ」 「その言葉というのは、今の琉球の言葉と同じなのですか」 「多少は違うと思うけど、元になっている言葉だと思うわ。詳しい事はよくわからないけど、アマミキヨ様が琉球に来る五百年くらい前に、北から『矢の根石(黒曜石)』を持った人たちがやって来て、矢の根石を手に入れるために、北から来た人たちの言葉をみんなが使うようになったらしいわ。まだ、ヤマトゥという国はなかったけど、ヤマトゥの方から来た人たちでしょう。のちに『倭人』と呼ばれるようになるんだけど、倭人の言葉を話す人たちは琉球から奄美の島々、ヤマトゥ一帯、朝鮮の南部、大陸の海岸地域まで及んでいたの。アマミキヨの子孫たちも倭人の言葉を覚えて、倭人たちの世界に入って行ったのよ」 「同じ言葉をしゃべっていたから、瀬織津姫様は交易のためにヤマトゥに行ったのですね」 「そういう事よ。瀬織津姫様がヤマトゥに行ってから、ヤマトゥとの交易が盛んになって、『翡翠のガーラダマ』や『矢の根石』を持っているアマミキヨの女たちは、あちこちの村から首長になってくれって誘いが掛かるのよ。やがて、その首長がヌルになるんだけど、ほとんどの村がアマミキヨのヌルだったわ。わたしが真玉添の都を造ったのは、ヤマトゥとの交易で手に入れた翡翠のガーラダマをヌルたちに配るためだったの。瀬織津姫様が始めた交易は、なぜだかわからないんだけど、百年くらいで終わってしまったらしいわ。四百年近く経って、お祖父様(スサノオ)がやって来て、交易が再開するのよ。ヌルたちも古いガーラダマを大切に使っていたから、みんなが新しいガーラダマを欲しがっていたのよ」 「真玉添でガーラダマをヌルたちに配っていたのですか」 「そうなのよ。お陰で、どこに何というヌルがいるという事がわかって、真玉添はヌルたちを管理する事ができたのよ。管理するといっても、真玉添のヌルが偉いという意味じゃないのよ。ヌルたちは皆、平等というのが真玉添の決まりだったのよ」 「シネリキヨのヌルたちにも配ったのですか」 「勿論、配ったわよ。南部にはシネリキヨのヌルはそんなにいなかったけど、中部や北部には多かったわ。シネリキヨのヌルたちは皆、シネリキヨの子孫だという事に誇りを持っていたわ」 「美浜ヌルと沢岻ヌルもいたのですね?」 「いたわ。中部では他に、勝連ヌル、越来ヌル、北谷ヌル、屋良ヌルもそうだったわ。北部ではスムチナムイヌル、志慶真森ヌル、羽地ヌル、国頭ヌルがいたわ。北部のヌルたちはヤマトゥから来た今帰仁按司の一族と一緒になっているから、今はもうシネリキヨではなくなっているでしょう。玉グスクヌルと名前を変えたスムチナムイヌルが残っているだけじゃないかしら」 「『スムチナムイ』は古いウタキなのですね」 「『安須森』よりもずっと古いって、スムチナムイヌルは自慢していたわ。アマミキヨのヌルたちが安須森に参詣したように、シネリキヨのヌルたちはスムチナムイに参詣していたらしいわ。今はどうだか知らないけど、昔はアマミキヨのヌルはスムチナムイには入れなかったわ」 「今もそのようです。母はウタキ巡りの旅で、ヤンバル(琉球北部)の玉グスクに行きましたが、玉グスクヌルはスムチナムイの事は何一つ教えてくれなかったそうです」 「あら、未だに、そんな事をしているの」 「アマミキヨの人たちは女首長に率いられて琉球に来たので、女首長がアマミキヨ様として崇められています。シネリキヨの人たちはバラバラにこの島に来て、何人も首長がいたようですけど、共通の神様はいるのですか」 「『スムチナ』という女神らしいわ。昔は『コモキナ』って言っていたのよ。大陸にいた頃の神様らしいわ」 「『コモキナ』って神様の名前だったのですか」 大陸の神様ならサラスワティ様が知っているかもしれないとササは思った。 何か聞きたい事はある?といった顔で、ササはシンシン(杏杏)とナナを見た。 「スムチナムイにも按司がいたのですか」とナナが聞いた。 「初代の今帰仁按司の息子が羽地にグスクを築いて羽地按司になった頃、スムチナムイヌルの息子も按司を名乗って、グスクを築こうとしたんだけど、羽地按司の姉の『勢理客ヌル』に止められたらしいわ。勢理客ヌルは弓矢の名人で剣術も強かったのよ。自分の事を棚に上げて、スムチナムイヌルに、ヌルはヌルらしくしていなさいって言ったらしいわ。勢理客ヌルは太刀を佩いたヌルだって有名だったのよ。そのヌルが、ヌルはヌルらしくしなさいって言ったものだから、セーファウタキ(斎場御嶽)にも伝わって、みんなが大笑いしていたわ。真玉添が滅ぼされたあと、セーファウタキにヌルたちは集まっていたのよ。でも、もう按司の時代になっていたから、真玉添のようにヌルたちの都になる事はなかったわ。お祖母様(豊玉姫)を祀る聖地として定期的に集まっていたの。その後、英祖の次男が沢岻の若ヌルを連れて、スムチナムイヌルを訪ねたの。スムチナムイヌルの案内で、アフリ川(大井川)を遡って行って、グスクを築く場所を決めたのよ。豊富な水が出ている湧泉があって、『湧川グスク(シイナグスク)』と名付けて、『湧川按司』を名乗ったの。スムチナムイヌルの娘の若ヌルが湧川按司の側室になって、息子を産んだのよ。湧川按司は大喜びして、息子のために立派なグスクをスムチナ村に築いたの。でも、息子は十歳で亡くなってしまったわ。グスクは玉グスクと名付けられて、スムチナムイヌルの弟が玉グスク按司になろうとしたけど、今帰仁按司になった湧川按司から、だめだって言われて、玉グスクが地名として残ったけど、結局、按司は生まれなかったのよ」 「志慶真森はシネリキヨのウタキだったけど、近くにあるクボーヌムイ(クボー御嶽)もそうだったのですか」とシンシンが聞いた。 「クボーヌムイはアマミキヨよ。瀬織津姫様の妹の知念姫様の孫娘が『安須森姫』になって、安須森姫様の娘が『クボーヌムイ姫』になってクボーヌムイに来たのよ。ササが瀬織津姫様を探してくれたお陰で、古い事が色々とわかったのよ。安須森とクボーヌムイはつながりがあるのだろうとは思っていたけど、詳しい事はわからなかったの。ササにはみんなが感謝しているわ。ありがとう」 「瀬織津姫様と出会えたのは、神様たちが守っていてくれたお陰です。わたしはやるべき事をやっただけです。話を戻しますが、クボーヌムイに安須森姫様の娘さんが来て、争いは起きなかったのですか」 「争いなんて起きないわ。わたしの頃もそうだったけど、アマミキヨとシネリキヨが争った事はないわ。仲良くやっていたのよ。シネリキヨは稲を作っていたから一カ所に落ち着いていたけど、アマミキヨはお舟に乗って移動する人たちだから、あちこちに行って子孫を増やしたの。あちこちでアマミキヨとシネリキヨの混血が続いて、誰がアマミキヨで、誰がシネリキヨなのかわからなくなっていたのよ。山奥で暮らしていたシネリキヨだけが未だに残っているんじゃないかしら」 ササたちは真玉添姫にお礼を言って、お祈りを終えた。 「本部大主の娘の『アビー様』を止めさせるには、アビー様よりも古い神様に会わなければならないわ」とササは言った。 「スムチナムイに行くつもりなの?」とシンシンがササに聞いた。 「行ってもわたしたちには神様の声は聞こえないわ。タマ(東松田若ヌル)とマサキ(兼グスク若ヌル)を連れて行ったとしても、アビー様の声が聞こえるだけだわ。きっと、アビー様が古い神様に会わせないようにしているのよ」 「アビー様は今帰仁ヌルだったんでしょ。アビー様の前の今帰仁ヌルは誰だったの?」とナナが誰にともなく聞いた。 「本部大主は幼い千代松を追い出して今帰仁按司になったんだから、その時の今帰仁ヌルよ」とササが言った。 「すると、千代松のお姉さんね」とナナが言うと、 「ちょっと待って」とシンシンが思い出そうとしていた。 「確か、湧川按司が連れて行った沢岻の若ヌルが産んだ娘が、今帰仁ヌルになったはずよ」とササが言った。 「そうよ」とシンシンがうなづいた。 「でも、その今帰仁ヌルは本部大主に追い出されたんじゃないの」とナナが言った。 「その辺の所はわからないわね。誰に聞いたらいいのかしら?」とササが言うと、 「沢岻ヌル様かしら」とシンシンが言って、 「志慶真のウトゥタル様も知っているんじゃないの」とナナが言った。 「今帰仁ヌルの事ならアキシノ様も知っているはずだわ」とシンシンが言った。 「一番近いのは沢岻ね」とササは笑った。 首里グスクを出て、城下の大通りを西に進んだ。初めて首里に来たキラとクトゥは何を見ても目を丸くして驚いていた。『まるずや』の先を右に曲がると浦添に続く道だった。 沢岻は首里と浦添の中程にあって、半時(一時間)ほどで着いた。キラは沢岻と首里があまりにも近いのに驚いていた。 ササたちがキラを連れてやって来たので村の人たちは驚いた。キラが何か粗相でもしたのかと心配して、沢岻大主も慌ててやって来た。 「神様に聞きたい事があったので、また来たのです」と言ったら、皆が安心してササたちを迎えた。 ウタキに行ってお祈りをすると前回と同じ沢岻ヌルの声が聞こえた。ササが湧川按司と一緒にヤンバルに行った沢岻ヌルの事を聞くと、 「『イナ』はこの村を再興したヌルとして祀られているわよ。東に五間(約十メートル)ほど行った所にウタキがあるわ」と教えてくれた。 沢岻ヌルにお礼を言って、そのウタキに行こうとしたが道がなかった。ササたちは島添大里の『まるずや』で手に入れた山刀を刀の代わりに腰に差していたので、 「さっそく出番がやって来たわね」と山刀で草を刈りながら進んだ。 「これだわ!」と見つけたのはマサキだった。 「神様の声が聞こえたの?」とササが聞くと、マサキはうなづいた。 「あなたの御先祖様だから、あなたにしか聞こえないかもしれないわね。もし、そうだったら、頼むわよ」 マサキは真剣な顔をして、ササにうなづいた。 ウタキの周りを綺麗にして、お祈りを捧げると、 「あなたたちの事は御先祖様から聞いたわ」という神様の声が聞こえた。 ササたちにも聞こえたので、ササはマサキに大丈夫というようにうなづいた。 「マサキの御先祖様のイナ様でしょうか」とササは聞いた。 「わたしはイナよ。沢岻ヌルの娘として生まれたけど、湧川ヌルになって、今帰仁ヌルになって、沢岻に戻って来たのよ」 「本部大主の娘で今帰仁ヌルになったアビー様という人を御存じですか」 「本部大主が千代松を追い出して、今帰仁按司になった時、わたしは沢岻に帰っていたので知らないわ。でも、今帰仁ヌルを継いだ娘の『カユ』から話は聞いているわよ。アビーがどうかしたの?」 「近いうちに中山王と山北王の戦が始まります。神様たちには見守っていてもらうつもりなのですが、アビー様が戦に介入しようとしているのです。それを何としてでも止めたいのです」 「また戦が始まるのね。どうして、人間は同じ事を繰り返すの?」 「今回の戦を最後の戦にしたいのです。琉球が統一されれば、戦はなくなります」 「そうなれば、素晴らしい事だけど、本当に琉球の統一なんてできるの?」 「やらなければならないのです」 「わかったわ」と言って、イナはアビーの事を話してくれた。 本部大主が千代松を追い出して今帰仁按司になった時、今帰仁ヌルだったカユは追い出される事はなかった。本部大主の妻は湧川按司の長女で、カユは腹違いの妹だった。カユは十三歳だったアビーを預かって、ヌルになるための指導をした。アビーが二十歳になった時、今帰仁ヌルをアビーに譲って、娘を連れて湧川に戻った。 湧川はカユの生まれ故郷だったが、すでに村はなかった。八歳まで暮らしていたグスクも草茫々で、屋敷は朽ち果てていた。湧川按司が家臣たちを引き連れて今帰仁に移ったために村はなくなり、当初、配下のサムレーに守らせていたグスクも、必要ないと言って引き上げさせた。カユは娘と一緒に掘っ立て小屋を建てて村で暮らし始め、湧川ヌルを名乗った。 「カユのマレビト神は浦添から来た大工だったのよ。今帰仁グスクの屋敷を建て直すために湧川按司が浦添から呼んだの。その大工は五年くらい今帰仁にいて、カユは二人の娘を授かったのよ。カユは男みたいに弓矢をやったり、剣術をやったりしていたから、大工仕事も見様見真似で覚えてしまったようね」 「カユ様がアビー様を指導したのなら、アビー様はカユ様の言う事を聞くでしょうか」とササは聞いた。 「どうかしらね。ただ、カユは怒らせたら怖いわよ。湧川で暮らし始めたカユは、『悪者退治』をしていたのよ。人々を困らせている悪者がいると聞くと飛んで行って、やっつけていたのよ。困った事があったら、湧川ヌルに相談すればいいって噂になって、あちこちから人々が相談に来ていたみたいだわ。その噂を聞いた勢理客ヌルは跡継ぎがいなかったので、カユに跡を継いでくれって頼んで、亡くなったらしいわ。カユは『勢理客ヌル』を継いで、勢理客村に移ったけど、亡くなるまで悪者退治を続けていたのよ。跡を継いだ娘がカユを湧川グスクに葬って、今はウタキになっているわ」 「湧川グスクに行けば、カユ様に会えるのですね」 「会えるわよ。今はもう村はないし、グスクも草木に埋もれているけど、カユの次女の息子が勢理客大主の婿になってね、今はその孫の代になっていて、勢理客大主はカユのお墓参りは欠かさないわ」 「今の勢理客ヌルはお墓参りはしないのですか」 「しないと思うわ。今の勢理客ヌルも先代も、今帰仁から来たヌルだからね。カユの孫の代でヌルは絶えてしまったのよ。勢理客大主の婿になった息子の妹がとっても美人でね、千代松の側室になったのよ」 「勢理客大主を訪ねれば、カユ様に会えるのですね」 「あなたたちが会いに行けば、カユも喜ぶでしょう。みんな、武芸が得意そうだしね。きっと、話が合うわよ」 「カユ様はどうして武芸を習ったのですか」とシンシンが聞いた。 「湧川按司は男の子に恵まれなかったのよ。湧川按司は男の子が生まれる事を願って、子供用の弓や刀を用意していたの。七歳の時、カユはその弓を持って矢を射ったの。湧川按司が怒るかと思ったんだけど喜んでね。カユも父親が喜ぶので、熱心に弓矢の稽古に励んだのよ。十二歳になって、ヌルになるための修行を始めたけど、同時に剣術の修行も始めたのよ。父親譲りの素質があったのか、剣術も見る見る上達していったわ。父親からもらったヤマトゥの刀を腰に差して、颯爽と今帰仁の城下を歩いていたのよ」 「シジ(霊力)も高かったのですか」とナナが聞いた。 「高かったわよ。本部大主の反乱を察知して、千代松を逃がしたのはカユだったのよ。本部大主に疑われて、殺されそうになったようだけど、ヌルを殺したら、本部大主の一族は皆、滅びるって脅したようだわ。そして、本部大主の娘のアビーをヌルにするための指導を命じられたのよ。アビーもカユの噂は知っていて、カユに憧れていたようだわ。アビーはカユから武芸も仕込まれたのよ。アビーは厳しい修行にも耐えたようだわ」 「アビー様も武芸の達人だったのですか」 「成長した千代松が攻めて来た時、弓矢を射って、刀を振り回して活躍したらしいわ。追っ手を振り払って、玉グスクに逃げて行ったのよ」 「初代の今帰仁ヌルの『アキシノ様』を御存じですか」とササが聞いた。 「今帰仁ヌルになる時に、先代の今帰仁ヌルから聞いたわ。ヤマトゥンチュ(日本人)のヌルで弓矢の名人だったらしいわね。わたしも弓矢のお稽古をやらされたわ」 「えっ、アキシノ様は弓矢の名人だったのですか」 ササもシンシンもナナも驚いた。 「先代の話だと、アキシノ様は古い神社の巫女の娘で、弓矢の腕前を認められて、厳島神社の弓取りの儀式をやる巫女に選ばれたって言っていたわ」 「そうだったのですか。アキシノ様の次女が初代の勢理客ヌルになったのですが、勢理客ヌルも武芸の名人だったそうです」 「えっ、そうなの? だから、カユが勢理客ヌルを継いだのね」とイナは納得したように笑った。 ササたちはお礼を言って、イナと別れた。 「カユ様ならきっと、アビー様を止めてくれるわ」とナナが言った。 「そうね」とササはうなづいて、 「悪者退治をしていたんだから、悪者になったアビー様を退治してくれるわね」と笑った。 「今から勢理客村に行くの?」とシンシンが聞いた。 「シジマを連れて志慶真村に行く時に行きましょう」 「それがいいわ」とシンシンとナナはうなづいた。 「それにしても、アキシノ様が弓矢の名人だったなんて驚いたわね」とナナが言った。 「ほんとよ。アキシノ様はそんな事は何も言わないし、お姿を現した時も優しそうな人で、武芸なんかに縁がないと思っていたわ」とササが言うと、 「旅芸人の『小松の中将様』に出て来るアキシノ様が実物に近かったのよ」とシンシンが言った。 「あのお芝居を見たらアキシノ様は驚くだろうって思っていたけど、実際に弓矢を持って戦に出ていたのかもしれないわ」 「奥方様(マチルギ)の御先祖様に相応しいお方だったのよ」とササが笑うと、 「それは逆よ。アキシノ様の子孫だから、奥方様は女子サムレーを作ったのよ」とナナが言って、 「そうね」とみんなで笑った。 ササは急に真顔になると、「今、改めて思うけど、奥方様の存在は大きいわ」と言った。 「奥方様が佐敷に来なかったら、今のあたしはいなかったかもしれない。子供の頃、奥方様を見て、あたしは奥方様に憧れたわ。あたしも奥方様みたいに強くなりたいって」 「あたし、ササと出会う前、奥方様から剣術の指導を受けたのよ。琉球にこんなにも強い女の人がいるなんて驚いたわ。あたしも奥方様に憧れたのよ」とナナが言った。 「あたし、琉球に来た時、ヂャン三姉妹と一緒に来たんだけど、皆、一癖もある人たちで、その三人を簡単に手懐けてしまった奥方様には驚いたわ。当時、言葉はわからなかったけど、凄い人だと思ったわ」とシンシンは言った。 「ヤマトゥから琉球に来て、今帰仁按司の基礎を作ったアキシノ様の子孫だから、奥方様は凄い人なのよ」と三人は納得した。 村に戻ると村人たちが昼食を用意して待っていた。お腹が減っていたので喜んで御馳走になった。 その頃、浦添では李芸たちが朝鮮人を探していて、旅に出たファイテ(懐機の長男)とジルーク(浦添按司の三男)たちは名護から恩納へと向かっていた。 |
首里グスク
沢岻