沖縄の酔雲庵

尚巴志伝

井野酔雲







悪者退治




 昨日は雨降りだったが、今日は朝からいい天気で、島添大里(しましいうふざとぅ)グスクのお祭り(うまちー)に大勢の人たちが集まって来た。

 ミーグスクに滞在しているヤンバル(琉球北部)の長老たちとクチャ(名護按司の妹)とスミ(松堂の孫娘)も、マナビー(攀安知の次女)夫婦と一緒にお祭りを楽しんだ。ナコータルー(材木屋の主人)の娘のマルもマナビーと一緒にいた。

 山南王妃(さんなんおうひ)のマチルーも女子(いなぐ)サムレーの格好で馬に乗って、トゥイ様(先代山南王妃)と一緒にやって来た。佐敷大親(さしきうふや)のマサンルー、平田大親のヤグルー、玉グスク按司の妻のマナミー、知念按司(ちにんあじ)の妻のマカマドゥ、八重瀬按司(えーじあじ)のマタルー、手登根大親(てぃりくんうふや)のクルーもやって来て、サハチ(中山王世子、島添大里按司)の兄弟が久し振りに勢揃いした。一の曲輪(くるわ)の屋敷の二階で酒盛りを始めたが、みんなに『今帰仁(なきじん)攻め』を内緒にしているのがサハチには辛かった。

 お芝居は女子サムレーたちの『女海賊(いなぐかいずく)』と旅芸人たちの『千代松(ちゅーまち)』だった。旅芸人たちは首里(すい)グスクのお祭りが終わったあと、『千代松』の稽古に励んで、島添大里グスクのお祭りに間に合わせていた。

 安須森(あしむい)ヌル(先代佐敷ヌル)の新作『アマミキヨ』は完成できなかった。南の島に行って色々と調べたので書けると思っていたが、実際に書いてみるとわからない事が多すぎた。神様の話なので、推測や想像だけで話を進める事もできず、もっと調べてから改めて書こうと安須森ヌルは諦めた。ササ(運玉森ヌル)のお陰で『瀬織津姫(せおりつひめ)様』の行動はよくわかったので、『瀬織津姫様』を書こうと書き始めていた。

 『千代松』を観たヤンバルの長老たちは、今帰仁の英雄を素晴らしいお芝居にしてくれたと感激していた。

 三月一日、中山王(ちゅうざんおう)(思紹)の書状が内密に、浦添按司(うらしいあじ)北谷按司(ちゃたんあじ)、中グスク按司、越来按司(ぐいくあじ)勝連按司(かちりんあじ)安慶名按司(あぎなーあじ)伊波按司(いーふぁあじ)、山田按司に『まるずや』あるいは『よろずや』を通して届けられた。突然の事なので、按司たちは驚いた。名護(なぐ)羽地(はにじ)国頭(くんじゃん)恩納(うんな)金武(きん)の按司たちが山北王(さんほくおう)(攀安知)から離反したと書いてあったので、さらに驚き、『琉球(沖縄本島)を統一』するために山北王を倒すという言葉に、いよいよ、その時が来たかと覚悟を決めて、密かに(いくさ)の準備を始めた。

 この日、ウニタキ(三星大親)配下の『三星党(みちぶしとう)』の者たちは、各城下にいる『油屋』で働いている湧川大主(わくがーうふぬし)(攀安知の弟)の配下の者たちの見張りを強化した。もし、怪しい素振りを見せた場合は、すぐに処分しろとウニタキは命じた。

 三月三日、恒例の『久高島参詣(くだかじまさんけい)』が行なわれた。去年、行かなかったので安須森ヌルも参加して、ササたちも若ヌルたちを連れて合流した。

 久高島から帰った次の日の午後、与那原(ゆなばる)グスクにいたササたちに、『志慶真(しじま)ヌル』が血を吐いて倒れたと『ユンヌ姫』が知らせてくれた。

「亡くなったの?」とササが聞くと、

「あれだけの血を吐いたら、一日も持たないと思うわ」とユンヌ姫は言った。

「わかったわ。ありがとう」

 ササたちは旅支度をして島添大里グスクに向かった。

 『シジマ』はウタキ(御嶽)に入ってお祈りをしているという。安須森ヌルに『志慶真ヌル』の事を告げると、「とうとう、その日が来たわね」とうなづいた。

「基本的な事はみんな覚えたから何とかなるわよ。あとは『神様』の言う通りにやれば大丈夫よ。明日、行くのね?」

 ササはうなづいて、「マシュー(ねえ)、頼みがあるのよ」と言った。

「今回の旅はちょっと危険だわ。若ヌルたちを預かってほしいの」

「そうね。今帰仁は危険よ。預かるわ。『屋賀(やが)ヌル』は連れて行くのね?」

読谷山(ゆんたんじゃ)に寄って、『タマ(東松田の若ヌル)』も連れて行くわ」

「マサキ(兼グスク若ヌル)はいいの?」

「連れて行くつもりだったんだけど、タマと屋賀ヌルがいれば大丈夫だと思うわ。もしもの事があったら、ンマムイ(兼グスク按司)がわめきそうだし」

 安須森ヌルは笑って、「気を付けて行くのよ」と言った。

愛洲(あいす)ジルーたちが一緒だから大丈夫よ」

 その夜、『シジマの送別の(うたげ)』が開かれた。サハチも子供たちを連れて参加した。チューマチ(サハチの四男)より下の子は皆、『シジマ』の昔話を聞いて育っていた。『シジマ』がいなくなると聞いて、五歳のマカマドゥがいやだと言って泣いた。

 『シジマ』は十年間、島添大里グスクにいた。シジマから剣術を習った城下の娘たちも多かった。そんな娘たちが大勢、シジマに別れを告げに来た。シジマは目に涙を溜めながら、娘たち一人一人に別れを告げていた。非番のサムレーたちもやって来て、シジマと別れの酒杯(さかずき)を交わした。

 翌朝、ササ、シンシン(杏杏)、ナナ、シジマ、屋賀ヌル、愛洲ジルー、ゲンザ(寺田源三郎)、マグジ(河合孫次郎)の八人は庶民の格好になって、読谷山に向かった。ジルーたちはヤマトゥ(日本)の(まげ)を琉球風に直して、琉球の着物を着ていた。マグジはその姿がよく似合っていて、若ヌルたちに笑われていた。若ヌルたちに見送られて、ササたちは(つえ)を突きながら旅立った。

 喜名(きなー)に着いたのは正午(ひる)頃で、『タマ』は昼食の用意をして待っていた。ササたちは昼食を御馳走になって、東松田(あがりまちだ)ヌルに見送られて恩納岳(うんなだき)に向かった。

 恩納岳の木地屋(きじやー)のタキチのお世話になって、翌朝、タマと一緒に『スムチナムイ』に行った『ゲン』が案内に立ってくれた。正午頃、名護に着いて、木地屋のユシチの屋敷で昼食をいただいて、それから一時半(いっときはん)(三時間)後、『玉グスク』に着いた。

 玉グスクヌルの『ユカ』を訪ねると、屋賀ヌルと東松田の若ヌルが来る事を知っていて、待っていたと言った。一緒にいるササたちを見て、「誰なの?」と屋賀ヌルに聞いた。

 屋賀ヌルは、ササを『多幸(たこー)ヌル』、シジマを『伊芸(いげ)ヌル』、シンシンを明国(みんこく)(中国)の『襄陽(シャンヤン)ヌル』、ナナをヤマトゥの『若狭(わかさ)ヌル』と紹介した。多幸ヌルと伊芸ヌルなんて聞いた事もないし、ヤマトゥと明国のヌルがどうして、ここに来たのかユカにはわけがわからなかった。

「多幸ヌルは東松田の若ヌルと同族で、伊芸ヌルはわたしと同族です。襄陽ヌルは浮島(那覇)の久米村(くみむら)のヌルで、若狭ヌルは浮島の若狭町のヌルです。『スムチナムイ』が琉球で一番古くて、霊験あらたかのウタキだと聞いて拝みに来たのです」

 ユカはササたちをじろりと見回した。皆、ヌルとしての『シジ(霊力)』が高い事は感じられた。『アマミキヨ』のヌルではなさそうだし、連れて行っても大丈夫だろう。もし何かがあれば、神様の『バチ』が当たって苦しむ事になるが、それは自業自得だと思った。

 ササは『ユカ』を見て、タマが言った通り、冷たい感じがする美人(ちゅらー)だと思い、『シジ』が高い事はわかるが、何かに取り憑かれているようだと感じた。娘の『ミサキ』は人見知りをしない笑顔の可愛い娘だった。

「いいわ。案内しましょう」とユカは言って、ササたちを『スムチナムイ』に連れて行った。愛洲ジルーたちはミサキと一緒にヌルの屋敷で待っていた。

 『アフリ川(大井川)』で(みそ)ぎをして、ヌルの着物に着替え、急な山道を登って行くと岩場に出て、『古いウタキ』があった。祭壇らしき岩もなく、かなり古いウタキのようで、強い『霊気』が漂っていた。

 ササたちはお祈りを捧げた。

「『沢岻(たくし)ヌル』はわたしの事を隠していたでしょう」という神様の声が聞こえた。

 神様の声は聞こえないだろうと思っていたササたちは驚いた。

「『スムチナムイヌル様』ですか」とササは聞いた。

「そうよ。『役行者(えんのぎょうじゃ)様』から『ガーラダマ(勾玉)』をいただいたのは『沢岻ヌル』だけじゃないのよ。わたしもいただいたのよ。『沢岻ヌル』よりも先にね。『役行者様』に気に入られて、あちこちを案内したのは、わたしだったのよ。『ビンダキ(弁ヶ岳)』に連れて行って、役行者様が『弁才天(びんざいてぃん)像』を彫っている時も一緒にいたわ。『沢岻ヌル』は強引に『役行者様』を奪って行ったのよ。昔の事だから、もう怒ってはいないけど、『沢岻ヌル』は未だにわたしを敬遠しているわ」

 役行者から『ガーラダマ』をもらったヌルが二人もいたなんて驚きだった。

「もしかしたら、『役行者様』の娘さんを授かったのですか」

「授かったわよ。娘はわたしの跡を継いでくれたわ。途中で絶えてしまったけどね」

「『役行者様』はここにもいらしたのですね?」

「来たわ。『コモキナ様』とお話をしていたわ。わたしには『コモキナ様』の言葉はよくわからないけど、『役行者様』にはわかるようだったわ」

「何のお話をしていたのか御存じですか」

「『コモキナ様』の子孫でヤマトゥに行った『瀬織津姫』という神様の事を聞いていたようだわ。『コモキナ様』の子孫がヤマトゥに行って、凄い神様になったって『役行者様』は言っていたけど、わたしにはよくわからなかったのよ」

「『コモキナ様』というのは、『アマミキヨ様』の夫になった『シネリキヨ様』の事ですね?」

「『アマミキヨ』のヌルたちはそう言っているけど、『コモキナ様』の妻は『アマミキヨ様』だけではないのよ。当時は通い婚だったから、『コモキナ様』の妻はあちこちにいたわ。『アマミキヨ様』はその中の一人に過ぎないのよ」

「『コモキナ様』は特別な人だったのですか」

「『役行者様』から聞いたんだけど、大陸にあった『(チュ)』という国の王様の息子だったらしいわ。『楚』という国は『シネリキヨ』の同族が造った国で、政変が起こって逃げて来たみたい。アフリ川を(さかのぼ)って来て、この地に落ち着いて、御殿(うどぅん)を建てて暮らしていたらしいわ。亡くなったあと、娘がここに葬って、それが『ウタキ』になったのよ」

「『コモキナ様』は『アマミキヨ様』と、どこで会ったのですか」

「南の方に異民族が集団でやって来たという噂を聞いて見に行って、『アマミキヨ』の娘と結ばれたのでしょう」

「『ピャンナ』という言葉を御存じですか」

「『コモキナ様』から聞いた事はあるけど、意味はわからないわ」

 『アビー様』の事も聞きたかったが、玉グスクヌルが一緒にいたので、聞くのは控えた。ササはシンシン、ナナ、タマ、シジマ、屋賀ヌルの顔を見回した。誰も聞きたい事はなさそうなので、スムチナムイヌルにお礼を言ってお祈りを終えた。

「あなたたちは一体、何者なの?」とユカが驚いた顔をしてササたちを見た。

 『アビー様』に追い出してもらおうと思って連れて来たのに、今まで聞いた事もない『神様』が現れた。『アビー様』は何をしているのだろう。

「神様が言っておられた『役行者様』の事を調べているのです」とササが言った。

「『役行者様』って誰なの?」

「ヤマトゥの凄い神人(かみんちゅ)です」

「そう‥‥‥」と言ってユカはササたちを見て笑った。

 『シネリキヨ』の神様と話ができるのだから、『シネリキヨ』のヌルに違いない。味方に付けた方がいいだろうとユカは思って、「歓迎するわ」と言った。

 今晩、村人たちを集めて『歓迎の(うたげ)』を開くとユカは言って引き留めたが、急用があるので、帰りにまた寄らせてもらうと言って、ササたちはユカと別れた。

「また来てね」とミサキが手を振った。

 ササたちも手を振って、ミサキの姿が見えなくなると、

「『コモキナ様』が『楚の国』の王様の息子だったなんて驚いたわね」とササが言った。

「『楚の国』って、『吉備津姫(きびつひめ)様』が行ったかもしれないって国でしょ」とシンシンが言った。

「そうよ。『伊予津姫(いよつひめ)様』は確かに『楚の国』って言ったわ」

 ササは立ち止まって考えたが、『(みん)の国』に行ってみなければわからなかった。

「これからどうするの? 『志慶真村』に向かうの?」とナナがササに聞いた。

「『ユンヌ姫様』から知らせがないから急いで行っても仕方がないわ。勢理客(じっちゃく)ヌルの『カユ様』に会いに行きましょう。玉グスクヌルが一緒にいたので、『スムチナムイヌル様』に『アビー様』の事を頼めなかったわ。『カユ様』にお願いしましょう」

 ゲンが『勢理客大主(じっちゃくうふぬし)』の屋敷を知っていたので、四半時(しはんとき)(三十分)で着いた。勢理客大主は見知らぬヌルたちがぞろぞろと訪ねて来たので驚いた。勢理客ヌルの『カユ様』のお墓参りがしたいと言ったら、さらに驚いた。

「『カユ様』はわしの曽祖母の母親でした。どうして、『カユ様』を御存じなのですか」と勢理客大主は不思議そうな顔をして聞いた。

「『カユ様』のお母様は『沢岻ヌル』でした。お母様のウタキが沢岻にあって、『カユ様』の事はお母様からお聞きしました。『カユ様』のお父様は『湧川按司(わくが−あじ)』で、『今帰仁按司』になられました。娘の『カユ様』は『今帰仁ヌル』になりましたが、『本部大主(むとぅぶうふぬし)』が今帰仁按司になると、本部大主の娘にヌルの座を譲って、湧川に戻って『湧川ヌル』になりました」

「カユ様が『今帰仁ヌル』に?」と勢理客大主は驚いた顔でササを見た。

「カユ様は『湧川按司』の娘で、『悪者退治(わるむんたいじ)』をしていた強いヌルで、『勢理客ヌル』を継いだという事しか知りません。カユ様は『湧川グスク』があったという丘の上に祀られていますが、『湧川按司』の事も詳しい事はわかりませんでした。何とぞ、詳しい事をお教え下さい」

「わかりました。今晩、お話します。日が暮れる前に『カユ様』のウタキに行きたいのですが、案内していただけますか」

 勢理客大主はうなづいて、孫娘の『マナ』に案内させた。マナは十三歳で、『勢理客ヌル』になりたいと言った。

「勢理客大主の娘ならなれるんじゃないの?」とササが言うと、マナは首を振った。

「『勢理客ヌル』は『今帰仁ヌル様』が継ぐ事に決まっているのです」

「いつから、そんな風になったの?」

「もう三代続いているそうです。お爺が五歳の時に『勢理客ヌル』は絶えてしまって、『今帰仁ヌル様』が来て跡を継いだんです。勢理客ヌル様が亡くなると今帰仁ヌル様が跡を継ぐ事に決まったようです。でも、今の勢理客ヌル様は湧川大主様の娘さんを若ヌルとして育てていますから、その娘さんが跡を継ぐみたいです」

「勢理客ヌル様は『運天泊(うんてぃんどぅまい)』にいるけど、昔からこの(しま)にはいなかったの?」

「村にも勢理客ヌル様のお屋敷はあります。今の勢理客ヌル様が運天泊に移ったみたいです。それまでは村にいたってお爺は言っていました」

「今の勢理客ヌル様は『カユ様』のウタキには行かないの?」

「行きません。だから、あたしがヌルになって、ちゃんと『カユ様』をお守りしたいと思ったのです。それに、『カユ様』は『悪者退治』をした強い人だって聞いています。あたしも『カユ様』みたいな強いヌルになりたいのです」

 『湧川村』があったという荒れ地に四半時余りで着いた。勢理客大主が通っている細い道があるだけて、草木が生い茂っていて、ここに村があったという形跡は何もなかった。

 細い山道を登って行くと所々に石垣が残っていて、一の曲輪(くるわ)と思われる眺めのいい所に『ウタキ』はあった。クバの木に囲まれていて、快い『霊気』に包まれていた。

 ササたちはお祈りをした。

「母から聞いたわよ」と『カユ様』の声が聞こえた。

女子武者(いなぐむしゃ)が訪ねて行くってね。母が言った通り、みんな、凄腕のようね。『アビー』が何かをたくらんでいるって言っていたけど、何の事なの?」

「近いうちに中山王は山北王を倒します。神様たちには見守っていてもらうつもりなのですが、『アビー様』が戦に加わろうとしています」とササはカユに言った。

「どうして、中山王は山北王を倒すの?」

「『琉球を統一』するためです。戦のない琉球にするためです」

「山北王もそれは考えているわよ」

「そうなのですか」

「今、同盟を結んでいるから平和だわ。これを続ける事はできないの?」

「無理だと思います。中山王と山北王はいつかは戦わなくてはなりません」

「戦をすれば多くの犠牲者が出るわよ」

「戦のない世の中にするには、多少の犠牲は仕方がありません」

「『悪者退治』です」とシンシンが言った。

 カユは笑って、「山北王が『悪者』だというの?」と聞いた。

「『鬼界島(ききゃじま)(喜界島)』を攻めて、多くの戦死者を出しました。亡くなった兵たちの家族は泣いています。山北王は『悪者』です」

「確かにね。多くの人が悲しんだわ」

「山北王は交易の利益を独り占めにしていて、ヤンバルの按司たちは明国の商品を手に入れる事ができませんでした。山北王は『悪者』です」とササが言った。

「確かに、明国の海賊と取り引きをしていて、按司たちには参加させなかったわね」

「何も悪い事をしていないのに、山北王は『奥間(うくま)』を焼き払いました。山北王は『悪者』です」とナナが言った。

「あれにはわたしも驚いたわ。按司たちも怒っていたわね。わたしの父にも『奥間』から側室が贈られたわ。わたしの剣術のお師匠は『奥間』から来た側室だったのよ。父は『奥間』の人たちを大切にしていたわ。『奥間』の人たちを裏切ったのは、確かに悪い事だわ」

「金武按司が勝連按司と『材木』の取り引きをしていたのに、山北王は邪魔をしました。山北王は『悪者』です」と屋賀ヌルが言った。

「それはどういう事なの?」

「山北王はグスクを造るまでは手助けしてくれましたが、その後は自分の才覚で金武を守れと言ったのです。金武按司は『材木』を売る事を考えて、勝連按司と取り引きを始めました。勝連按司も喜んでくれて、取り引きはうまく行っていたのですが、山北王の『材木屋』が宜野座(ぎぬざ)に拠点を造って、勝連と取り引きをしたのです。『材木屋』の『材木』の方が良質だと言われて、金武按司の『材木』は取り引きできませんでした。困っていた所、『まるずや』さんがすべて引き取ってくれたのです。金武按司は山北王の従弟(いとこ)です。従弟の取り引きの邪魔をするなんて最低です」

「そんな事があったの。確かに『悪者』だわね」

「『悪者』は退治しなければなりません」とササたちは言った。

「そうね」とカユは言って、「それで、『アビー』は何をしようとしているの?」と聞いた。

「何をしようとしているのかはわかりませんが、中山王を倒そうとしています。それを『カユ様』に止めてほしいのです」

「わかったわ。『アビー』に会ってみるわ。でも、『アビー』はわたしの言う事は聞かないかもしれないわね」

「『カユ様』は『アビー様』のお師匠だったのでしょう」

「そうなんだけど、『千代松』が戻って来た時、わたしも千代松の兵を率いて戦ったのよ。『アビー』とも戦ったわ。『アビー』は玉グスクヌルを頼って逃げて行ったのよ。『アビー』の事はわたしに任せてって千代松に頼んだから、千代松の兵が玉グスクに攻めて行く事はなかったわ。でも、『アビー』はずっとわたしの事を恨んでいて、近くにいながら会った事もなかったのよ」

「亡くなってからも会ってはいないのですか」

「会っていないわね。でも、大丈夫よ。言う事を聞かなかったら、力尽くでも何とかするわ」

 ササたちはお礼を言った。

「ところで、『勢理客ヌル』なんだけど、『マナ』を勢理客ヌルに育ててくれないかしら」

「えっ?」とササは予想外の事を言われて戸惑った。

「山北王がいなくなったら、今の勢理客ヌルは出て行くでしょ。『マナ』が跡を継げばいいわ」

 ヌルまで殺しはしないだろうが、今の勢理客ヌルはヌルの座を剥奪される。新しい勢理客ヌルが必要だった。

「わかりました」とササは承諾した。

「武芸も仕込んでね」

「はい。『カユ様』のような『勢理客ヌル』に育てます」

「ありがとう」とカユは言った。

 ササたちもカユにお礼を言って別れた。

 両手を合わせてお祈りを続けている『マナ』を見て、ササは軽く肩を叩いた。ハッとして、『マナ』は目を開けた。

「今、カユ様から『頑張れ(ちばりよー)』って言われたような気がしました」

 ササはうなづいて、「あなたはわたしの弟子になるのよ」と言った。

「えっ? あたしがヌルになれるのですか」

「カユ様と約束したわ。あなたを立派な『勢理客ヌル』にするってね」

「でも、勢理客ヌル様はいらっしゃいます」

「運天泊にいるんだから、運天ヌルを名乗ればいいわ。『カユ様』が約束したんだから、あなたはきっと『勢理客ヌル』になれるわ。帰って御両親と相談しなくちゃね」

「ササ様の弟子になったら、わたしは首里に行くのですか」

「首里の近くの運玉森(うんたまむい)よ。当分は帰って来られないわよ」

「えっ?」とマナは驚いた顔でササたちを見た。

「心配しなくても大丈夫よ」とナナが言った。

「ササの弟子はあなただけじゃないわ。あなたは十人目の弟子よ」

「えっ、十人もいるのですか」

「皆、あなたと同じくらいの年齢(とし)の娘たちだから、みんな楽しくやっているわ」

 日が暮れる前に勢理客大主に屋敷に着いた。勢理客大主は村の人たちを集めて、『歓迎の宴』を開いてくれた。

 ササたちは『カユ様』の事をみんなに話して聞かせた。その話にみんなは驚いて、実際の『カユ様』は思っていた以上に凄い人だったと感激していた。

 マナが『勢理客ヌル』になる事に驚いた勢理客大主も息子夫婦も、よそ者に勢理客ヌルを継いでもらうよりもマナがなってくれれば、それに超した事はないと賛成してくれた。

 ササたちが酒盛りを楽しんでいた時、『ユンヌ姫』が『志慶真ヌルの死』を知らせた。

「ヌルらしい死だったわ。血を吐いて倒れたあと、無理をして『クボーヌムイ(クボー御嶽)』まで行って、お祈りの最中に倒れて、屋敷に運ばれたけど、そのまま息を引き取ったのよ」

「わかったわ。明日、志慶真村に行くわ。ありがとう」



 この日、南部にいた『本部のテーラー(瀬底大主)』が山北王に呼ばれて今帰仁に来ていた。

 山北王の攀安知(はんあんち)は二の曲輪の屋敷で、酒の用意までして機嫌よくテーラーを迎えた。

「今回、呼んだのはお前の力が必要なんだ」と攀安知は笑って、テーラーの酒杯(さかずき)に酒を注いだ。

 予想外の攀安知の態度に驚いて、テーラーは攀安知の顔を見つめた。怒りは治まったようだと安心したが、何をやらせようとしているのか不気味だった。

「『瀬長按司(しながあじ)』とはどんな奴だ?」と攀安知は聞いた。

「瀬長按司?」

「『ママキ』を瀬長按司の三男に嫁がせようと思っているんだが、どう思う?」

「娘をまた南部に嫁がせるのか」

 長女のマサキを保栄茂按司(ぶいむあじ)(他魯毎の弟)に嫁がせて、次女のマナビーを島添大里のミーグスク大親(うふや)(サハチの四男)に嫁がせ、三女のカリンは若ヌルになったが、四女のママキをまた南部に嫁がせるなんて、テーラーには考えられない事だった。

「『瀬長島』はお前のテーラーグスク(平良グスク)の近くだ。瀬長按司を味方に付ければ、『瀬長島』に兵を隠せる」

 成程、そういう事かとテーラーは納得した。

「瀬長按司は山南王の他魯毎(たるむい)の叔父だ。武寧(ぶねい)(先代中山王)の弟だから、王妃様(うふぃー)の叔父でもあるわけだ」

「なに、マアサの叔父なのか‥‥‥」

 察度(さとぅ)(先々代中山王)の葬儀の時に会ったような気もするが、攀安知はよく覚えていなかった。

「マアサの叔父なら話が早い。お前に頼む。縁談を進めてくれ」

「婚礼の予定日はいつなんだ?」

「九月頃でどうじゃ?」

「半年後か‥‥‥やってみよう」とテーラーはうなづいた。

 瀬長按司は兄の敵討ちにこだわっていたので乗ってくるかもしれないとテーラーは思った。明国に行っていたテーラーは、敵討ちをやめた瀬長按司が、娘をサハチの甥と婚約させた事を知らなかった。

「それと、今度のお祭りの時に『武芸試合』をする事に決めた。『鬼界島攻め』で失った兵の補充をする。庶民の若者たちから強い奴をサムレーに取り立てるんだ。その時、お前にも検分役を頼みたい」

「お祭りは二十四日だったな。一旦、帰って、また戻って来る」

「頼むぞ」

「ジルータ(湧川大主)はまだ許さんのか」

 攀安知は笑って、「もう少ししたらな」と言って、うまそうに酒を飲んだ。





スムチナムイ



勢理客村



湧川グスク(シイナグスク)




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