悪者退治
昨日は雨降りだったが、今日は朝からいい天気で、島添大里グスクのお祭りに大勢の人たちが集まって来た。 ミーグスクに滞在しているヤンバル(琉球北部)の長老たちとクチャとスミも、マナビー夫婦と一緒にお祭りを楽しんだ。ナコータルーの娘のマルもマナビーと一緒にいた。 山南王妃のマチルーも女子サムレーの格好で馬に乗って、トゥイ様(前山南王妃)と一緒にやって来た。佐敷大親のマサンルー、平田大親のヤグルー、玉グスク按司の妻のマナミー、知念按司の妻のマカマドゥ、八重瀬按司のマタルー、手登根大親のクルーもやって来て、サハチの兄弟が久し振りに勢揃いした。一の曲輪の屋敷の二階で酒盛りを始めたが、みんなに今帰仁攻めを内緒にしているのがサハチには辛かった。 お芝居は女子サムレーたちの『女海賊』と旅芸人たちの『千代松』だった。旅芸人たちは首里のお祭りが終わったあと、『千代松』の稽古に励んで、島添大里のお祭りに間に合わせていた。 安須森ヌルの新作『アマミキヨ』は完成できなかった。南の島に行って色々と調べたので書けると思っていたが、実際に書いてみるとわからない事が多すぎた。神様の話なので、あまり嘘ばかり書く事もできず、もっと調べてから改めて書こうと安須森ヌルは諦めた。ササのお陰で瀬織津姫様の行動はよくわかったので、瀬織津姫様を書こうと書き始めていた。 『千代松』を観たヤンバルの長老たちは、今帰仁の英雄を素晴らしいお芝居にしてくれたと感激していた。 三月一日、中山王の書状が内密に、浦添按司、北谷按司、中グスク按司、越来按司、勝連按司、安慶名按司、伊波按司、山田按司に『まるずや』あるいは『よろずや』を通して届けられた。突然の事なので、按司たちは驚いた。名護、羽地、国頭、恩納、金武の按司たちが山北王から離反したと書いてあったので、さらに驚き、琉球を統一するために山北王を倒すという言葉に、いよいよ、その時が来たかと覚悟を決めて、密かに戦の準備を始めた。 この日、ウニタキ配下の『三星党』の者たちは、各城下にいる『油屋』で働いている湧川大主の配下の者たちの見張りを強化した。もし、怪しい素振りを見せた場合は、すぐに処分しろとウニタキは命じた。 三月三日、恒例の久高島参詣が行なわれた。去年、行かなかったので安須森ヌルも参加して、ササたちも若ヌルたちを連れて合流した。 久高島から帰った次の日の午後、与那原にいたササたちに、志慶真ヌルが血を吐いて倒れたとユンヌ姫が知らせてくれた。 「亡くなったの?」とササが聞くと、 「あれだけの血を吐いたら、一日も持たないと思うわ」とユンヌ姫は言った。 「わかったわ。ありがとう」 ササたちは旅支度をして島添大里グスクに向かった。 シジマはウタキに入ってお祈りをしているという。安須森ヌルに志慶真ヌルの事を告げると、「とうとう、その日が来たわね」とうなづいた。 「基本的な事はみんな覚えたから何とかなるわよ。あとは神様の言う通りにやれば大丈夫よ。明日、行くのね?」 ササはうなづいて、「マシュー姉、頼みがあるのよ」と言った。 「今回の旅はちょっと危険だわ。若ヌルたちを預かってほしいの」 「そうね。今帰仁は危険よ。預かるわ。屋賀ヌルは連れて行くのね?」 「読谷山に寄って、タマ(東松田の若ヌル)も連れて行くわ」 「マサキはいいの?」 「連れて行くつもりだったんだけど、タマと屋賀ヌルがいれば大丈夫だと思うわ。もしもの事があったら、ンマムイ(兼グスク按司)がわめきそうだし」 安須森ヌルは笑って、「気を付けて行くのよ」と言った。 「愛洲ジルーたちが一緒だから大丈夫よ」 その夜、シジマの送別の宴が開かれた。サハチも子供たちを連れて参加した。チューマチより下の子は皆、シジマの昔話を聞いて育っていた。シジマがいなくなると聞いて、五歳のマカマドゥがいやだと言って泣いた。 シジマは十年間、島添大里グスクにいた。シジマから剣術を習った城下の娘たちも多かった。そんな娘たちが大勢、シジマに別れを告げに来た。シジマは目に涙を溜めながら、娘たち一人一人に別れを告げていた。非番のサムレーたちもやって来て、シジマと別れの酒杯を交わした。 翌朝、ササ、シンシン、ナナ、シジマ、屋賀ヌル、愛洲ジルー、ゲンザ、マグジの八人は庶民の格好になって、読谷山に向かった。ジルーたちはヤマトゥの髷を琉球風に直して、琉球の着物を着ていた。マグジはその姿がよく似合っていて、若ヌルたちに笑われていた。若ヌルたちに見送られて、ササたちは杖を突きながら旅立った。 喜名に着いたのは正午頃で、タマは昼食の用意をして待っていた。ササたちは昼食を御馳走になって、東松田ヌルに見送られて恩納岳に向かった。 恩納岳の木地屋のタキチのお世話になって、翌朝、タマと一緒にスムチナムイに行ったゲンが案内に立ってくれた。正午頃、名護に着いて、木地屋のユシチの屋敷で昼食をいただいて、それから一時半(三時間)後、玉グスクに着いた。 玉グスクヌルのユカを訪ねると、屋賀ヌルと東松田の若ヌルが来る事を知っていて待っていたと言った。一緒にいるササたちを見て、「誰なの?」と屋賀ヌルに聞いた。 屋賀ヌルは、ササを多幸ヌル、シジマを伊芸ヌル、シンシンを明国の襄陽ヌル、ナナをヤマトゥの若狭ヌルと紹介した。多幸ヌルと伊芸ヌルなんて聞いた事もないし、ヤマトゥと明国のヌルがどうして、ここに来たのかユカにはわけがわからなかった。 「多幸ヌルは東松田の若ヌルと同族で、伊芸ヌルはわたしと同族です。襄陽ヌルは浮島の久米村のヌルで、若狭ヌルは浮島の若狭町のヌルです。スムチナムイが琉球で一番古くて、霊験あらたかのウタキだと聞いて拝みに来たのです」 ユカはササたちをじろりと見回した。皆、ヌルとしてのシジ(霊力)が高い事は感じられた。アマミキヨのヌルではなさそうだし、連れて行っても大丈夫だろう。もし何かがあれば、神様のバチが当たって苦しむ事になるが、それは自業自得だと思った。 ササはユカを見て、タマが言った通り、冷たい感じがする美人だと思い、シジが高い事はわかるが、何かに取り憑かれているようだと感じた。娘のミサキは人見知りをしない笑顔の可愛い娘だった。 「いいわ。案内しましょう」とユカは言って、ササたちをスムチナムイに連れて行った。愛洲ジルーたちはミサキと一緒にヌルの屋敷で待っていた。 アフリ川(大井川)で禊ぎをして、ヌルの着物に着替え、急な山道を登って行くと岩場に出て、古いウタキがあった。祭壇らしき岩もなく、かなり古いウタキのようで、強い霊気が漂っていた。 ササたちはお祈りを捧げた。 「沢岻ヌルはわたしの事を隠していたでしょう」という神様の声が聞こえた。 神様の声は聞こえないだろうと思っていたササたちは驚いた。 「スムチナムイヌル様ですか」とササは聞いた。 「そうよ。役行者様からガーラダマ(勾玉)をいただいたのは沢岻ヌルだけじゃないのよ。わたしもいただいたのよ。沢岻ヌルよりも先にね。役行者様に気に入られて、あちこちを案内したのは、わたしだったのよ。ビンダキ(弁ヶ岳)に連れて行って、役行者様が弁才天像を彫っている時も一緒にいたわ。沢岻ヌルは強引に役行者様を奪って行ったのよ。昔の事だから、もう怒ってはいないけど、沢岻ヌルは未だにわたしを敬遠しているわ」 役行者からガーラダマをもらったヌルが二人もいたなんて驚きだった。 「もしかしたら、役行者様の娘さんを授かったのですか」 「授かったわよ。娘はわたしの跡を継いでくれたわ。途中で絶えてしまったけどね」 「役行者様はここにもいらしたのですね?」 「来たわ。コモキナ様とお話をしていたわ。わたしにはコモキナ様の言葉はよくわからないけど、役行者様にはわかるようだったわ」 「何のお話をしていたのか御存じですか」 「コモキナ様の子孫でヤマトゥに行った瀬織津姫という神様の事を聞いていたようだわ。コモキナ様の子孫がヤマトゥに行って、凄い神様になったって役行者様は言っていたけど、わたしにはよくわからなかったのよ」 「コモキナ様というのは、アマミキヨ様の夫になったシネリキヨ様の事ですね?」 「アマミキヨのヌルたちはそう言っているけど、コモキナ様の妻はアマミキヨ様だけではないのよ。当時は通い婚だったから、コモキナ様の妻はあちこちにいたわ。アマミキヨ様はその中の一人に過ぎないのよ」 「コモキナ様は特別な人だったのですか」 「役行者様から聞いたんだけど、大陸にあった楚という国の王様の息子だったらしいわ。楚という国はシネリキヨの同族が造った国で、政変が起こって逃げて来たみたい。アフリ川を遡って来て、この地に落ち着いて、御殿を建てて暮らしていたらしいわ。亡くなったあと、娘がここに葬って、それがウタキになったのよ」 「コモキナ様はアマミキヨ様と、どこで会ったのですか」 「南の方に異民族が集団でやって来たという噂を聞いて見に行って、アマミキヨの娘と結ばれたのでしょう」 「『ピャンナ』という言葉を御存じですか」 「コモキナ様から聞いた事はあるけど、意味はわからないわ」 アビー様の事も聞きたかったが、玉グスクヌルが一緒にいたので、聞くのは控えた。ササはシンシン、ナナ、タマ、シジマ、屋賀ヌルの顔を見回した。誰も聞きたい事はなさそうなので、スムチナムイヌルにお礼を言ってお祈りを終えた。 「あなたたちは一体、何者なの?」とユカが驚いた顔をしてササたちを見た。 アビー様に追い出してもらおうと思って連れて来たのに、今まで聞いた事もない神様が現れた。アビー様は何をしているのだろう。 「神様が言っておられた役行者様の事を調べているのです」とササが言った。 「役行者様って誰なの?」 「ヤマトゥの凄い神人です」 「そう‥‥‥」と言ってユカはササたちを見て笑った。 シネリキヨの神様と話ができるのだから、シネリキヨのヌルに違いない。味方に付けた方がいいだろうとユカは思って、「歓迎するわ」と言った。 今晩、村人たちを集めて歓迎の宴を開くとユカは言って引き留めたが、急用があるので、帰りにまた寄らせてもらうと言って、ササたちはユカと別れた。 「また来てね」とミサキが手を振った。 ササたちも手を振って、ミサキの姿が見えなくなると、 「コモキナ様が楚の国の王様の息子だったなんて驚いたわね」とササが言った。 「楚の国って、吉備津姫様が行ったかもしれないって国でしょ」とシンシンが言った。 「そうよ。伊予津姫様は確かに楚の国って言ったわ」 ササは立ち止まって考えたが、明の国に行ってみなければわからなかった。 「これからどうするの? 志慶真村に向かうの?」とナナがササに聞いた。 「ユンヌ姫様から知らせがないから急いで行っても仕方がないわ。勢理客ヌルのカユ様に会いに行きましょう。玉グスクヌルが一緒にいたので、スムチナムイヌル様にアビー様の事を頼めなかったわ。カユ様にお願いしましょう」 ゲンが勢理客大主の屋敷を知っていたので、四半時(三十分)で着いた。勢理客大主は見知らぬヌルたちがぞろぞろと訪ねて来たので驚いた。勢理客ヌルのカユ様のお墓参りがしたいと言ったら、さらに驚いた。 「カユ様はわしの曽祖母の母親でした。どうして、カユ様を御存じなのですか」と勢理客大主は不思議そうな顔をして聞いた。 「カユ様のお母様は沢岻ヌルでした。お母様のウタキが沢岻にあって、カユ様の事はお母様からお聞きしました。カユ様のお父様は湧川按司で、今帰仁按司になられました。娘のカユ様は今帰仁ヌルになりましたが、本部大主が今帰仁按司になると、本部大主の娘にヌルの座を譲って、湧川に戻って湧川ヌルになりました」 「カユ様が今帰仁ヌルに?」と勢理客大主は驚いた顔でササを見た。 「カユ様は湧川按司の娘で、悪者退治をしていた強いヌルで、勢理客ヌルを継いだという事しか知りません。カユ様は湧川グスクがあったという丘の上に祀られていますが、湧川按司の事も詳しい事はわかりませんでした。何とぞ、詳しい事をお教え下さい」 「わかりました。今晩、お話します。日が暮れる前にカユ様のウタキに行きたいのですが、案内していただけますか」 勢理客大主はうなづいて、孫娘のマナに案内させた。マナは十三歳で、勢理客ヌルになりたいと言った。 「勢理客大主の娘ならなれるんじゃないの?」とササが言うと、マナは首を振った。 「勢理客ヌルは今帰仁ヌル様が継ぐ事に決まっているのです」 「いつから、そんな風になったの?」 「もう三代続いているそうです。お爺が五歳の時に勢理客ヌルは絶えてしまって、今帰仁ヌル様が来て跡を継いだんです。勢理客ヌル様が亡くなると今帰仁ヌル様が跡を継ぐ事に決まったようです。でも、今の勢理客ヌル様は湧川大主様の娘を若ヌルとして育てていますから、その娘が跡を継ぐみたいです」 「勢理客ヌル様は運天泊にいるけど、昔からこの村にはいなかったの?」 「村にも勢理客ヌル様のお屋敷はあります。今の勢理客ヌル様が運天泊に移ったみたいです。それまでは村にいたってお爺は言っていました」 「今の勢理客ヌル様はカユ様のウタキには行かないの?」 「行きません。だから、あたしがヌルになって、ちゃんとカユ様をお守りしたいと思ったのです。それに、カユ様は悪者退治をした強い人だって聞いています。あたしもカユ様みたいな強いヌルになりたいのです」 湧川村があったという荒れ地に四半時余りで着いた。勢理客大主が通っている細い道があるだけて、草木が生い茂っていて、ここに村があったという形跡は何もなかった。 細い山道を登って行くと所々に石垣が残っていて、一の曲輪と思われる眺めのいい所にウタキはあった。クバの木に囲まれていて、快い霊気に包まれていた。 ササたちはお祈りをした。 「母から聞いたわよ」と神様の声が聞こえた。 「女子武者が訪ねて行くってね。母が言った通り、みんな、凄腕のようね。アビーが何かをたくらんでいるって言っていたけど、何の事なの?」 「近いうちに中山王は山北王を倒します。神様たちには見守っていてもらうつもりなのですが、アビー様が戦に加わろうとしています」とササはカユに言った。 「どうして、中山王は山北王を倒すの?」 「琉球を統一するためです。戦のない琉球にするためです」 「山北王もそれは考えているわよ」 「そうなのですか」 「今、同盟を結んでいるから平和だわ。これを続ける事はできないの?」 「無理だと思います。中山王と山北王はいつかは戦わなくてはなりません」 「戦をすれば多くの犠牲者が出るわよ」 「戦のない世の中にするには、多少の犠牲は仕方がありません」 「悪者退治です」とシンシンが言った。 カユは笑って、「山北王が悪者だというの?」と聞いた。 「鬼界島(喜界島)を攻めて、多くの戦死者を出しました。亡くなった兵たちの家族は泣いています。山北王は悪者です」 「確かにね。多くの人が悲しんだわ」 「山北王は交易の利益を独り占めにしていて、ヤンバルの按司たちは明国の商品を手に入れる事ができませんでした。山北王は悪者です」とササが言った。 「確かに、明国の海賊と取り引きをしていて、按司たちには参加させなかったわね」 「何も悪い事をしていないのに、山北王は奥間を焼き払いました。山北王は悪者です」とナナが言った。 「あれにはわたしも驚いたわ。按司たちも怒っていたわね。わたしの父にも奥間から側室が贈られたわ。わたしの剣術のお師匠は奥間から来た側室だったのよ。父は奥間の人たちを大切にしていたわ。奥間の人たちを裏切ったのは、確かに悪い事だわ」 「金武按司が勝連按司と材木の取り引きをしていたのに、山北王は邪魔をしました。山北王は悪者です」と屋賀ヌルが言った。 「それはどういう事なの?」 「山北王はグスクを造るまでは手助けしてくれましたが、その後は自分の才覚で金武を守れと言ったのです。金武按司は材木を売る事を考えて、勝連按司と取り引きを始めました。勝連按司も喜んでくれて、取り引きはうまく行っていたのですが、山北王の『材木屋』が宜野座に拠点を造って、勝連と取り引きをしたのです。『材木屋』の材木の方が良質だと言われて、金武按司の材木は取り引きできませんでした。困っていた所、『まるずや』さんがすべて引き取ってくれたのです。金武按司は山北王の従弟です。従弟の取り引きの邪魔をするなんて最低です」 「そんな事があったの。確かに悪者だわね」 「悪者は退治しなければなりません」とササたちは言った。 「そうね」とカユは言って、「それで、アビーは何をしようとしているの?」と聞いた。 「何をしようとしているのかはわかりませんが、中山王を倒そうとしています。それをカユ様に止めてほしいのです」 「わかったわ。アビーに会ってみるわ。でも、アビーはわたしの言う事は聞かないかもしれないわね」 「カユ様はアビー様のお師匠だったのでしょう」 「そうなんだけど、千代松が戻って来た時、わたしも千代松の兵を率いて戦ったのよ。アビーとも戦ったわ。アビーは玉グスクヌルを頼って逃げて行ったのよ。アビーの事はわたしに任せてって千代松に頼んだから、千代松の兵が玉グスクに攻めて来る事はなかったわ。でも、アビーはずっとわたしの事を恨んでいて、近くにいながら会った事もなかったのよ」 「亡くなってからも会ってはいないのですか」 「会っていないわね。でも、大丈夫よ。言う事を聞かなかったら、力尽くでも何とかするわ」 ササたちはお礼を言った。 「ところで、勢理客ヌルなんだけど、マナを勢理客ヌルに育ててくれないかしら」 「えっ?」とササは予想外の事を言われて戸惑った。 「山北王がいなくなったら、今の勢理客ヌルは出て行くでしょ。マナが跡を継げばいいわ」 ヌルまで殺しはしないだろうが、今の勢理客ヌルはヌルの座を剥奪される。新しい勢理客ヌルが必要だった。 「わかりました」とササは承諾した。 「武芸も仕込んでね」 「はい。カユ様のような勢理客ヌルに育てます」 「ありがとう」とカユは言った。 ササたちもカユにお礼を言って別れた。 両手を合わせてお祈りを続けているマナを見て、ササは軽く肩を叩いた。ハッとして、マナは目を開けた。 「今、カユ様から『頑張れ』って言われたような気がしました」 ササはうなづいて、「あなたはわたしの弟子になるのよ」と言った。 「えっ? あたしがヌルになれるのですか」 「カユ様と約束したわ。あなたを立派な勢理客ヌルにするってね」 「でも、勢理客ヌル様はいらっしゃいます」 「運天泊にいるんだから、運天ヌルを名乗ればいいわ。カユ様が約束したんだから、あなたはきっと勢理客ヌルになれるわ。帰って御両親と相談しなくちゃね」 「ササ様の弟子になったら、わたしは首里に行くのですか」 「首里の近くの与那原よ。当分は帰って来られないわよ」 「えっ?」とマナは驚いた顔でササたちを見た。 「心配しなくても大丈夫よ」とナナが言った。 「ササの弟子はあなただけじゃないわ。あなたは十人目の弟子よ」 「えっ、十人もいるのですか」 「皆、あなたと同じくらいの年齢の娘たちだから、みんな楽しくやっているわ」 日が暮れる前に勢理客大主に屋敷に着いた。勢理客大主は村の人たちを集めて、歓迎の宴を開いてくれた。 ササたちはカユ様の話をみんなに聞かせた。その話にみんなは驚いて、実際のカユ様は思っていた以上に凄い人だったと感激していた。 マナが勢理客ヌルになる事に驚いた勢理客大主も息子夫婦も、よそ者に勢理客ヌルを継いでもらうよりもマナがなってくれれば、それに超した事はないと賛成してくれた。 ササたちが酒盛りを楽しんでいた時、ユンヌ姫が志慶真ヌルの死を知らせた。 「ヌルらしい死だったわ。血を吐いて倒れたあと、無理をしてクボーヌムイ(クボー御嶽)まで行って、お祈りの最中に倒れて、屋敷に運ばれたけど、そのまま息を引き取ったのよ」 「わかったわ。明日、志慶真村に行くわ。ありがとう」
この日、南部にいた本部のテーラーが山北王に呼ばれて今帰仁に来ていた。 山北王の攀安知は二の曲輪の屋敷で、酒の用意までして機嫌よくテーラーを迎えた。 「今回、呼んだのはお前の力が必要なんだ」と攀安知は笑って、テーラーの酒杯に酒を注いだ。 予想外の攀安知の態度に驚いて、テーラーは攀安知の顔を見つめた。怒りは治まったようだと安心したが、何をやらせようとしているのか不気味だった。 「瀬長按司とはどんな奴だ?」と攀安知は聞いた。 「瀬長按司?」 「ママキを瀬長按司の三男に嫁がせようと思っているんだが、どう思う?」 「娘をまた南部に嫁がせるのか」 長女のマサキを保栄茂按司に嫁がせて、次女のマナビーをミーグスク大親に嫁がせ、三女のカリンは若ヌルになったが、四女のママキをまた南部に嫁がせるなんて、テーラーには考えられない事だった。 「瀬長島はお前のテーラーグスク(平良グスク)の近くだ。瀬長按司を味方に付ければ、瀬長島に兵を隠せる」 成程、そういう事かとテーラーは納得した。 「瀬長按司は山南王の他魯毎の叔父だ。武寧の弟だから、王様の叔父でもあるわけだ」 「なに、俺の叔父なのか‥‥‥」 察度の葬儀の時に会ったような気もするが、よく覚えていなかった。 「叔父なら話が早い。お前に頼む。縁談を進めてくれ」 「婚礼の予定日はいつなんだ?」 「九月頃でどうじゃ?」 「半年後か‥‥‥やってみよう」とテーラーはうなづいた。 瀬長按司は兄の敵討ちにこだわっていたので乗ってくるかもしれないとテーラーは思った。明国に行っていたテーラーは、敵討ちをやめた瀬長按司が、娘をサハチの甥と婚約させた事を知らなかった。 「それと、今帰仁のお祭りの時に武芸試合をする事に決めた。鬼界島攻めで失った兵の補充をする。庶民の若者たちから強い奴をサムレーに取り立てるんだ。その時、お前にも検分役を頼みたい」 「お祭りは二十四日だったな。一旦、帰って、また戻って来る」 「頼むぞ」 「ジルータ(湧川大主)はまだ許さんのか」 攀安知は笑って、「もう少ししたらな」と言って、うまそうに酒を飲んだ。 |
スムチナムイ
勢理客村
湧川グスク(シイナグスク)