沖縄の酔雲庵

尚巴志伝

井野酔雲







奇跡の復活




 『アキシノ様』を助けるために、ササ(運玉森ヌル)がいる島添大里(しましいうふざとぅ)グスクに向かったタマ(東松田若ヌル)、シンシン(杏杏)、ナナは、サグルー(山グスク大親)たちが『志慶真曲輪(しじまくるわ)』を攻め落とした四月八日の夜、名護(なぐ)木地屋(きじやー)の親方、ユシチのお世話になっていた。

 翌朝早くに出発して、日が暮れる前には島添大里グスクに着いた。東曲輪(あがりくるわ)では娘たちの剣術の稽古が始まっていて、鎧姿(よろいすがた)の三人のヌルが馬に乗って駈け込んで来たので、皆が驚いた。ササも若ヌルたちと一緒に娘たちの指導をしていた。

 馬から下りた三人の顔を見て、ただ事ではないと悟ったササは、三人を連れて安須森(あしむい)ヌルの屋敷に入って話を聞いた。

 山北王(さんほくおう)(攀安知)が今帰仁(なきじん)グスクのウタキ(御嶽)にある『霊石』を斬ってしまうと聞いて、ササは驚いた。刀で石が斬れるのかと信じられなかったが、タマは『霊石』が真っ二つに割れるのを確かに見たという。

「それはいつ起こるの?」とササはタマに聞いた。

「はっきりとはわからないけど、あと二、三日のうちだと思います」

「あたしたちが出て来る時、『外曲輪(ふかくるわ)』と『志慶真曲輪』は攻め取ったのよ。でも、そこからが大変だわ」とナナが言った。

「その『霊石』は『アキシノ様』の御神体なのね?」

「アキシノ様から聞いたんだけど、『厳島(いつくしま)弥山(みせん)』の石らしいわ」

「えっ、あそこから運んだの?」とササは驚いた。

「アキシノ様のお孫さんが運んだみたい」

 ササたちが『厳島の弥山』に行ったのは四年前だった。弥山でシンシンが『アキシノ様』の声を聞いたのが、『アキシノ様』との出会いの始まりだった。南の島を探しに行った時には一緒に付いて来てくれて、色々と助けてもらった。『瀬織津姫(せおりつひめ)様』を探しにヤマトゥ(日本)に行った時も一緒に行ってくれた。今後の琉球のためにも、何としてでも、『アキシノ様』を助けなければならなかった。

「『霊石』を守るには、山北王が『霊石』を斬るのを止めなければならないわ」とササは言った。

「今の状況で、山北王に近づくなんて無理よ」とシンシンが言った。

「山北王が『霊石』を斬るという事は、山北王は負けを認めたという事なのね?」

「そうだと思います」とタマが言った。

「でも、どうして、グスクの守り神である『霊石』を斬るのかしら?」

「戦に負けたのは『神様』のせいだと思ったんじゃないの?」とナナが言った。

「役立たずの『神様』だって、腹を立てたのね。山北王ってそんなに信心深かったの? 以前、母(馬天ヌル)から聞いたけど、山北王は『神様』なんて信じていなくて、ヌルたちもあまり重要視していないようだって言っていたわ」

「『クーイの若ヌル』と仲良くなって、変わったのかしら?」とナナが言って首を傾げた。

「『クーイの若ヌル』はグスクにいるの?」

「お祭り(うまちー)を見に来たあと島に帰らずに、グスクの中にいるわ。戦が始まるまで、『シジマ(志慶真ヌル)』から剣術を習っていたのよ」

「『クーイの若ヌル』が剣術を?」

「『志慶真のウトゥタル』のお芝居を観て、強くなりたいって思ったらしいわ。会った事はないけど、シジマが言うには、素直で可愛い娘らしいわ。若ヌルのお祖母(ばあ)さんが『マジムン(悪霊)』になって取り憑いていたので、『マジムン退治』をしてやったのよ」

「若ヌルのお祖母さんて、『今帰仁の若ヌル』だった人でしょ。クーイの若ヌルに『敵討(かたきう)ち』をさせるために取り憑いたの?」

「多分、そうだと思うわ」

「でも、若ヌルは山北王を殺してはいないわ。殺すつもりなら、いつでも殺せたはずよ」

「そうよね。何をさせようとしていたのかしら?」

「山北王一人だけを殺しても、殺された人たちの恨みは晴れないと思ったんじゃないかしら」とシンシンが言った。

「あたしの父は山賊に殺されて、母はさらわれてしまったわ。あたしは敵を討たなければならないって思って武芸を始めたの。その時のあたしは山賊のお頭一人を倒そうとは思わなかったわ。山賊全員を殺してやるって思っていたのよ。きっと、クーイの若ヌルのお祖母さんも、裏切った者たち全員を殺そうと思ったんじゃないかしら」

「すると、中山王(ちゅうざんおう)(思紹)に攻めて来てもらおうって考えたのかしら?」とナナが言った。

「そうかもしれないわね」とササが言った。

「お祖母さんが若ヌルに『奥間(うくま)』を焼けって山北王に言わせたのかもしれないわ。でも、お祖母さんの『マジムン』はいなくなった。今頃、『クーイの若ヌル』は記憶を失っているかもしれないわね」

「山北王の事も覚えていないのかしら?」と言ってシンシンが笑った。

「戦が終わったら、『クーイの若ヌル』をここに連れてきて。会ってみたいわ」

「また弟子にするの?」とシンシンが聞いた。

 ササは笑った。

「会ってみてからよ。ところで、シンシン、さらわれたお母さんが『瀬織津姫様』の子孫だったのね?」

「えっ?」とシンシンは驚いた。

 瀬織津姫様の曽孫(ひまご)で行方不明になった『吉備津姫(きびつひめ)様』が自分の御先祖様に違いないとは聞いたが、母の事を考えた事はなかった。当時、十歳だったので、母の出自はわからない。でも、没落した名家の娘だと聞いた覚えがあった。母は気品があって美しい人だった。

「『メイユー(美玉)さん』が来たら、帰る時にそのお船に乗って、シンシンの御先祖様の事を調べに行きましょう」とササは楽しそうに言った。

「ササ、子供はどうするの?」とナナがササの大きなお腹を見ながら言った。

「勿論、一緒に連れて行くわ」

「大丈夫かしら?」

「父親は水軍大将の息子よ。お船がおうちのようなものよ」

 ササはタマを見ると、「按司様(あじぬめー)(サハチ)は喜名(きなー)に滞在したようだけど、うまく行ったの?」と聞いた。

 タマは恥ずかしそうな顔をして、「それが、よく覚えていないのです」と俯いた。

 ササは笑って、「うまく行ったのね」とタマの肩をたたいて、「あなたも一緒に明国(みんこく)(中国)に行きましょう」と言った。

「えっ、あたしも一緒に行けるんですか」

「あなたのお陰で『マジムン』になった『アビー様』を退治できたんだから、その御褒美よ」

 タマは嬉しそうな顔をして、シンシンとナナを見た。

 シンシンとナナも笑って、「よかったわね」とうなづいた。

「ところで、『アキシノ様』はどうやって助けるの?」とナナが話を戻した。

「ここであれこれ言っていても始まらないわ」

「ササ、今帰仁に行くつもりなの?」とシンシンが心配した。

「まだ大丈夫よ」とササは笑ったが、

「按司様が絶対にササ(ねえ)を連れて来ちゃ駄目だって言いました」とタマが強い口調で言った。

 娘たちの稽古が終わって、玻名(はな)グスクヌルと若ヌルたち、女子(いなぐ)サムレーたちが戻って来た。女子サムレーたちと一緒にマチルギ(中山王世子妃)がいた。

奥方様(うなぢゃら)、どうしたのですか」とササが驚いてマチルギに聞いた。

「マナビー(チューマチの妻、攀安知の次女)の事が心配になって、ちょっと見に来たのよ」

「マナビーは大丈夫でした?」

「泣きながら弓矢のお稽古をしているわ」

「そう‥‥‥」

「あんたたち、どうして戻って来たの?」とマチルギはシンシンとナナに聞いた。

 ササが『アキシノ様の霊石』の事を説明して、タマをマチルギに紹介した。

「以前、会った事があったわね」とマチルギがタマを見たので、

「はい。首里(すい)グスクでお会いしました」とタマは言って頭を下げた。

 マチルギは何もかも知っているわという顔でタマを見つめていたが、何も言わなかった。

「それで、どうするつもりなの?」とマチルギはササに聞いた。

「ササが今帰仁に行くって言うんです」とシンシンがマチルギに言った。

「駄目よ。そんなお腹で馬に乗るのは危険だわ。あなた一人の体じゃないのよ。あなたのお腹の中にいる子はきっと、わたしたちの次の世代の琉球を背負っていくヌルになると思うわ。流産させるわけにはいかないのよ」

 ササはマチルギを見つめてうなづいた。

「奥方様に任せるわ」と言って、ササは首から『瀬織津姫様のガーラダマ(勾玉)』をはずした。

「この『ガーラダマ』が『アキシノ様』を救ってくれると思うわ」

「わたしに『瀬織津姫様のガーラダマ』を持って行けって言うの?」

「それしか方法はないわ」

「でも、わたしにそれが身に付けられるの?」

 シンシン、ナナ、タマは、志慶真の若ヌルの首に『ガーラダマ』の紐が食い込んで苦しんでいた姿を思い出した。『瀬織津姫様のガーラダマ』はそれ以上の威力があるに違いない。首に掛けた途端に、マチルギが死んでしまうのではないかと恐れた。

「大丈夫よ。奥方様は『アキシノ様』の子孫だもの」

 ササはそう言ったが、ササにもどうなるのかわからなかった。

 マチルギはササから大きな『ガーラダマ』を受け取ると胸の前に捧げて、『瀬織津姫様、ガーラダマをお貸し下さい』と心の中でお願いした。

『アキシノ様、お守り下さい』と祈りながら、マチルギは恐る恐る『ガーラダマ』の紐を頭に通して、首から下げた。

 ササたちは異変が起こったら、すぐに対処しようと構えていたが、何も起こらなかった。

「奥方様、大丈夫?」とササが聞いた。

 マチルギは『ガーラダマ』を見つめながらうなづいた。

「『ガーラダマ』を身に付けたのは、首里グスクで『マジムン退治』をした時以来だわ。あの時はあなたのお母さんに言われたままにやっていて、ヌルでもないわたしがこんな事をしていいのかしらって思っていたのよ。今、この『ガーラダマ』を身に着けたら、以前、久高島(くだかじま)の『フボーヌムイ(フボー御嶽)』で見た夢を思い出したわ。夢の中で、わたしは『ガーラダマ』を身に付けて戦っていたような気がするわ」

「奥方様の御先祖様は『アキシノ様』の娘で、武芸が得意だった『勢理客(じっちゃく)ヌル様』なのよ。きっと、夢の中で、勢理客ヌルを継いで『悪者(わるむん)退治』をしていたんだわ」とササが言った。

「『ガーラダマ』は身に着けられたけど、わたしはヌルの修行をしていないから、儀式の事もしきたりとかも何も知らないわ」

「大丈夫です。儀式の細かい決まりとか、しきたりとかは『神様』の声が聞こえないヌルたちが、それらしく見せるために決められた事なのです。奥方様は『神様』の声が聞こえるのだから、『神様』の言う通りにすれば、それでいいのです」

 そう言われて自信を持ったマチルギだったが、兄の『勝連按司(かちりんあじ)(サム)』が戦死したと聞いて、信じられないと言って悲しんだ。サムの娘の『勝連若ヌル』は、そんなの嘘よと言って大声で泣いた。ササは『勝連按司』と『越来按司(ぐいくあじ)』を弔うためにお酒を用意して、みんなでお酒を飲みながら二人を偲んだ。

 翌朝、マチルギはササのために用意してあった白い鎧を身に着けて、シンシン、ナナ、タマと一緒に今帰仁に向かった。父親を失った勝連若ヌルも勝連グスクに帰るために従った。



 その日の朝、『抜け穴』を利用して『三の曲輪』を攻め落としたサハチ(中山王世子、尚巴志)は、二の曲輪と中曲輪からの敵の弓矢に気を付けながら、戦死した兵たちの遺体と負傷兵たちを回収した。敵兵の遺体は『抜け穴』のガマ(洞窟)の中に埋葬して、負傷兵は敵も味方も奥間大親(うくまうふや)のもとへと送った。味方の戦死者が三十八人、敵の戦死者は百五十人もいた。

 サハチは兵を二つに分けて、三の曲輪と外曲輪を守らせた。『中御門(なかうじょう)』がまだ敵の手の中にあるので、三の曲輪から外曲輪への移動は石垣に立てかけた『梯子(はしご)』を頼るしかなく、負傷者の移動も大変だった。

 負傷者の移動をしている最中、『リュウイン(劉瑛)』の六人の弟子たちが外曲輪に攻めて来て、暴れ回ったあげくに全員が壮絶な討ち死にをした。味方の被害も大きく、羽地(はにじ)のサムレー大将の『饒平名大主(ゆぴなうふぬし)』と名護のサムレー大将の『安和大主(あーうふぬし)』が戦死した。

 三の曲輪内を片付け終わった午後、『総攻撃』を開始した。『本陣』はそのままで、サハチは外曲輪の『物見櫓(ものみやぐら)』から指揮を執った。三の曲輪の右側に『物見櫓』があって、そこは指揮を執るのに最適だったが、中曲輪からの攻撃が激しく、近づく事はできなかった。

 三の曲輪の石垣と、三の曲輪と中曲輪を仕切っている石垣はつながっているので、石垣の上から攻め寄せて、石垣の上にいる敵兵を倒して『中曲輪』に潜入した。『中御門』の上にある櫓は火矢を撃って焼き払い、『中御門』を中から開けて、外曲輪の兵たちが攻め込んだ。中曲輪の敵兵は坂道を登って『二の曲輪』へと逃げて行った。

 『中曲輪』を手に入れた事で、外曲輪と三の曲輪の移動が楽になった。中曲輪にある『客殿』は『鉄炮(てっぽう)(大砲)』で破壊されて惨めな姿になっていた。『客殿』にいた侍女と城女(ぐすくんちゅ)を保護して、負傷兵たちは奥間大親のもとに送った。二の曲輪のすぐ下にある『客殿』には重臣たちの家族が避難しているというが、二の曲輪からの攻撃が激しく、近づく事はできなかった。

 翌日の十一日、『抜け穴』のために運んだ『鉄炮の玉』が余っていたので、鉄炮攻撃から『二の曲輪攻め』が始まった。サハチは『本陣』を三の曲輪の物見櫓の下に移して、『物見櫓』の上から指揮を執った。ここからだとグスク全体が見渡せたが、やはり、高い石垣に邪魔されて、『二の曲輪』の中までは見えなかった。

 敵も必死になって反撃してくるので、『二の曲輪』の石垣に取り付く事もできず、一時(いっとき)(二時間)ほどで攻撃を中断した。



 『御内原(うーちばる)』で指揮を執っていた攀安知(はんあんち)(山北王)は、戦が中断されると、マナビダル(クーイの若ヌル)が心配になって一の曲輪の『御殿(うどぅん)』に行った。『鉄炮』に撃たれて見る影もなくボロボロになった御殿の二階に上がると、天井から太い柱が落ちていて、『マナビダル』はその下敷きになっていた。

 攀安知はマナビダルの名を叫びながら、マナビダルに近づいた。頭から顔まで血だらけになった『マナビダル』に息はなかった。

 攀安知は大声でわけのわからない事を叫んで、子供のように大声で泣いた。

「どうして、お前が死ななくてはならないんだ‥‥‥」

 太い柱を何とかしてどけて、『マナビダル』を抱きしめながら攀安知は泣き続けた。

「お前の(かたき)は必ず討つ」と言って立ち上がると、攀安知はフラフラした足取りで『御内原』に戻った。

 ウタキの前で『勢理客ヌル』がお祈りを捧げていた。マナビダルが勢理客ヌルに怒られていたのを思い出した攀安知は、勢理客ヌルがマナビダルの死を願っていたに違いないと思った。攀安知は刀を抜くと叔母の勢理客ヌルを斬り捨てた。首から背中へと斬られた勢理客ヌルは、悲鳴を上げる事もなく血を噴き出しながら倒れた。

 それを見ていた『テーラー(瀬底大主)』が、「ハーン(攀安知)、気でも違ったか」と走って来た。

「うるさい!」と言って、攀安知はテーラーに斬り掛かった。

 攀安知の目付きは異様だった。正気とは思えなかった。止めようと思っても止められない。仕方なく、テーラーも刀を抜いて相手をした。

 斬り合いを始めた攀安知とテーラーを、兵たちは敵に対する見張りも忘れて、あっけにとられた顔で見ていた。

 攀安知は本気になって斬り掛かってくる。テーラーは攀安知を斬るわけにはいかないと防戦するしかなかった。左腕を斬られたテーラーがつまづいて倒れた。

 攀安知は倒れたテーラーを放っておいて、ウタキに近づいて行った。ウタキの前に倒れている『勢理客ヌル』を蹴飛ばしてどかすと、『霊石』の前に仁王立ちした。

「マナビダルを見殺しにしたお前は『守護神』ではない!」

 そう叫ぶと攀安知は『刀』を振り上げて、気合いと共に『霊石』を目掛けて打ち下ろした。

 地が割れるような大きな音が響き渡って、『霊石』が真っ二つに割れた。

 攀安知は『刀』を振り上げて奇声を上げた。

 『霊石』を斬った攀安知を見ていた兵たちは呆然としていた。

 テーラーも斬られた腕を押さえながら、呆然と立ち尽くしていた。目の前で起こった事を信じる事はできなかった。夢でも見ているに違いないと思いたかった。

 空が急に暗くなって大雨が降って来た。

 稲光と共に大きな雷鳴が鳴り響いた。

 攀安知が振り上げていた『刀』に『雷』が落ちた。『刀』が光って、攀安知の体が弾き飛ばされたように飛んだ。テーラーの足下に攀安知が落ちてきた。攀安知の目は飛び出し、口から泡を吹いていた。

 騒ぎを聞いて駈け込んで来た『兼次大主(かにしうふぬし)』は、刀を持って立ち尽くしているテーラーとその足下に倒れている攀安知を見て、テーラーが攀安知を斬り殺したと勘違いした。

「この裏切り者め!」と兼次大主は刀を抜いてテーラーに斬り掛かった。

 大雨の降る中、テーラーと兼次大主の斬り合いが始まった。

「俺は裏切ってなどいない」とテーラーが言っても、兼次大主は聞かなかった。

「黙れ! 王様(うしゅがなしめー)を殺して、敵を誘導したに違いない」

「違う。ハーンは『雷』に打たれたんだ」

 誰かが、「敵だ!」と叫んだ。

 テーラーがその声に振り向いた所を兼次大主の刀がテーラーの首を斬り裂いた。

 テーラーは首から血を噴き出しながら倒れた。

 『マウシ(山田之子)』が率いる山グスクの兵が次々に石垣から侵入して来た。

 雨が勢いよく降る中、乱戦となって、兼次大主はマウシに斬られた。山グスクの兵によって、中曲輪側の御門(うじょう)も志慶真曲輪側の御門も開けられ、中山王の兵が『二の曲輪』になだれ込んだ。



 マチルギたちが今帰仁に着いたのは、攀安知が亡くなったマナビダルを抱いて泣いている頃だった。『アキシノ様』の無事を確かめるためにサハチに会う事もなく、マチルギたちは『クボーヌムイ(クボー御嶽)』に向かった。

 『クボーヌムイ』のウタキに志慶真ヌル(シジマ)がいて、マチルギが来たので驚いた。

「ササの代わりに来たのよ」と言ってマチルギは笑った。

「『アキシノ様』の事ですね」と志慶真ヌルは納得して、「まだ、何事も起きてはいません」と言った。

 志慶真ヌルはシンシン、ナナ、タマを見て、

「『クーイの若ヌル』が亡くなってしまったようだわ」と言った。

「えっ!」と三人は驚いた。

「どうして亡くなったのですか」とタマが聞いた。

「わからないわ。グスクの中は予想以上に悲惨な状況になっているのかもしれないわね。ついさっき、『クーイの若ヌル』の声が聞こえたの。『お師匠、ありがとう』って言ったわ。『マジムン』を払ってあげたのに、残念な事になってしまったわ」

「ササが会いたいって言っていたのに‥‥‥」とナナが言った。

 マチルギはお祈りをして、『アキシノ様』に挨拶をした。

「マチルギは来ないと思っていたけど、やっぱり来たのね」とアキシノは笑ってから、

「『瀬織津姫様のガーラダマ』を身に着けているの?」と驚いた。

「『アキシノ様』を守るために、ササから借りてきました」

「その『ガーラダマ』は凄い力を持っているわ。それがあれば何が起こっても安心だわね。それにしても、鎧を着て『ガーラダマ』を下げた姿は娘の『勢理客ヌル』にそっくりよ」

「『勢理客ヌル様』のウタキは勢理客村にあるのですか」

「あるわ。今の勢理客ヌルはわたしの娘の声は聞こえないけど、あなたなら聞こえるはずよ。帰りに会っていけばいいわ」

 マチルギが返事をしようとしたら、『アキシノの悲鳴』が聞こえて、地が揺れた。その後、『アキシノ』の声が聞こえなくなった。

「『霊石』が斬られたんだわ」とタマが叫んだ。

 急に大雨が降って来て、大きな『雷』の音が鳴り響いた。

 『クボーヌムイ』から出たマチルギたちは大雨の降る中、志慶真村に走った。

 志慶真ヌルの屋敷に行って、「『アキシノ様』を助けるのよ」とマチルギはヌルたちに叫んだ。

 マチルギがいる事にヌルたちは驚いた。

「まさか、お姉さんが来るなんて思わなかったわ」と安須森ヌル(先代佐敷ヌル)が言った。

「お母さんがどうして来たの?」とサスカサ(島添大里ヌル)が聞いた。

「やっぱり来たのね」と姉の伊波(いーふぁ)ヌル(マチルギの姉)が言った。

「説明はあとよ。『アキシノ様』が大変なの」

「もしかして、今の雷の音?」と安須森ヌルが聞いて、

「そうだと思うわ」とマチルギはうなづいた。

 武芸の心得のあるヌルたちがマチルギに従って『志慶真曲輪』に向かい、他のヌルたちは『アキシノ様』の無事を祈るために『クボーヌムイ』に向かった。シンシン、ナナ、タマ、志慶真ヌルと安須森ヌル、サスカサ、フカマヌル、久高ヌル(前小渡ヌル)、奥間ヌル、浦添(うらしい)ヌル(カナ)、越来(ぐいく)ヌル(ハマ)が刀を持ってマチルギに従った。

 雨が勢いよく降る中、マチルギがヌルたちを従えて来たので、志慶真御門(しじまうじょう)の櫓にいたサグルーとジルムイが母の姿を見て驚いた。

「攻め上るわよ」とマチルギは御門を見上げて二人の息子に言った。

 御門を抜けて『志慶真曲輪』に入ると、マチルギたちは『二の曲輪』へと続く坂道に進んだ。

「母さん、危険だ!」と櫓から下りて来たジルムイが叫んだ。

 マチルギは早く来なさいというように手で合図をして、ヌルたちを従えて『二の曲輪』に向かった。

「戦闘開始だ!」とサグルーが叫んで、兵たちを引き連れて母のあとを追った。

 法螺貝が鳴り響いた。

 マチルギたちは飛んで来る敵の弓矢を刀で弾き飛ばしながら進んで行き、『二の曲輪』の御門まで来た。

 石垣の上をジルムイが兵を率いて進み、敵兵を弓矢で倒していた。

 体当たりして御門を壊そうとしたら、中から御門が開いて、味方の兵が顔を出した。

 マチルギたちは『二の曲輪』に入った。二の曲輪では乱戦が始まっていた。マウシが率いている山グスクの兵たちだった。サグルーとジルムイの兵も『二の曲輪』になだれ込んだ。

 マチルギたちは敵兵を倒しながら、『御内原』のウタキを目指した。『御内原』の屋敷の先にウタキはあった。

 『霊石』は真っ二つに割れていた。ウタキの前に倒れている勢理客ヌルの遺体をシンシンとナナがどけた。

 マチルギが割れた『霊石』の前でお祈りを始めた。誰だかわからないが『神様』の声が聞こえた。

 マチルギは『神様』の言われた通りに『祝詞(ぬるとぅ)』を唱えて、マチルギの後ろにいる志慶真ヌル、シンシン、ナナ、タマの四人がマチルギが言った『祝詞』を復唱した。安須森ヌル、サスカサ、フカマヌル、久高ヌル、奥間ヌル、浦添ヌル、越来ヌルは刀を構えて、マチルギたちを守っていた。

 稲光が光った。

 『雷』が『霊石』に落ちて、『霊石』が光に包まれたように見えた。

 大きな地震が起きて地が揺れた。

 物凄い音がしたかと思うと、割れていた『霊石』がピタリと合わさってくっついた。

 黒い雲が流れて行った。

 雨がやんで、日が差してきた。

 『霊石』に背中を向けていたヌルたちが、振り返って『霊石』を見て驚いた。

「『アキシノ様』は無事なのね?」と安須森ヌルが言った。

「マチルギ、ありがとう」という『アキシノ』の声が聞こえた。

「御無事だったのですね。よかった」とマチルギは言って、目を開けて『霊石』を見た。

 真っ二つに割れていた『霊石』がくっついていた。奇跡が起こったようだった。

 目を閉じてお祈りをしていたのでわからないが、『ガーラダマ』が光っていたような気がしていた。

 マチルギは『瀬織津姫様のガーラダマ』を両掌(りょうてのひら)に載せて、『瀬織津姫様』にお礼を言った。





島添大里グスク



クボーヌムイ



今帰仁グスク




目次に戻る      次の章に進む



inserted by FC2 system