沖縄の酔雲庵

尚巴志伝

井野酔雲






第三部



沖の郡島




   

 永楽(えいらく)十四年(一四一六年)の四月十一日、総大将を務める島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)のサハチ(尚巴志)が率いた中山(ちゅうざん)軍は、今帰仁(なきじん)グスクを攻め落として山北王(さんほくおう)を滅ぼした。

 山北王の攀安知(はんあんち)は今帰仁グスクの守護神だった霊石を斬ったバチが当たって雷に打たれて亡くなった。本部(むとぅぶ)のテーラー(瀬底大主)は兼次大主(かにしうふぬし)に裏切り者と勘違いされて殺され、兼次大主はマウシ(後の護佐丸)に斬られた。浦崎大主(うらさきうふぬし)を初めとした今帰仁のサムレー大将は皆、壮絶な戦死を遂げ、五百人余りの敵兵が戦死した。味方の損害も大きく、勝連按司(かちりんあじ)(尚巴志の義兄)と越来按司(ぐいくあじ)(尚巴志の叔父)が戦死して、二百六十人もの兵が亡くなり、負傷兵は四百人近くにも達した。

 今帰仁の城下は(いくさ)が始まる前に全焼して焼け野原となり、グスク内の建物は鉄炮(てっぽう)(大砲)にやられて、ほとんどが崩れ落ちていた。大勢の人たちが暮らし、山北王の都として栄えていた今帰仁の面影は、今やどこにも残っていなかった。




 戦が終わった翌日、志慶真(しじま)ヌル(ミナ)、シンシン(范杏杏)、ナナ、東松田(あがりまちだ)の若ヌル(タマ)、サスカサ(島添大里ヌル)は、山北王の側室だったクーイの若ヌル(マナビダル)の死を伝えるために沖の郡島(うーちぬくーいじま)(古宇利島)に向かった。水軍大将ヒューガ(日向大親)の配下、ウムンの船に乗り、奥間(うくま)のサタルーとシラー(久良波之子)が二十人づつの兵を引き連れて従った。

 サスカサはクーイの若ヌルの事はよく知らないが、沖の郡島は久高島(くだかじま)と同じように『聖なる島』と呼ばれていると聞いていたので行かなくてはならないと思った。それに、父(サハチ)が『マレビト神』だというタマの事が気になっていた。自分よりも五つも年下のタマが、どうして父と関係を持ったのか、成り行きが知りたかった。ササ(運玉森ヌル)から、タマは琉球を統一するために必要な娘だから邪魔をするなと言われた。タマが『アキシノ様』の危険を悟って島添大里(しましいうふざとぅ)に帰り、母(マチルギ)を連れて来たお陰で『アキシノ様』が助かったので、ササが言った事は正しかった。タマは必要だと頭ではわかっていても、心の中では許せなかった。

 タマは船の中でキャーキャーはしゃいでいた。こんな大きな船に乗った事がないという。楽しそうに笑っているタマの顔を見るだけで腹が立ったが、顔には出さず、サスカサはタマに声を掛けた。

「ササ(ねえ)から聞いたわ。あなた、先に起こる事が見えるのね?」

 タマは驚いた顔をしてサスカサを見てから、うなづいた。サスカサから声を掛けられるなんて思ってもいなかった。四年前、馬天(ばてぃん)ヌル(サハチの叔母)と一緒にウタキ(御嶽)巡りの旅をして島添大里グスクに行った時、初めてサスカサと会った。若いのにヌルとしての貫禄があって、何となく近寄りがたかった。今年の三月、ササたちと一緒に島添大里グスクに行って、サスカサと再会したが、四年前よりも神々しくなったような気がして、さらに近寄りがたくなり、挨拶をするだけで気楽に話をする事はできなかった。

「でも、見たい時に見られるわけじゃないんです」とタマは言った。

「突然、ある場面が見えて、それがどこなのか、わからない事もあります」

「最近は何かを見たの?」

 タマは首を振った。

「山北王が霊石(れいせき)を斬る場面を見てからは何も見ていません」

「そう」と言ってからサスカサは、「いつ、父と出会ったの?」と聞いた。

 タマは『父』と聞いて、サスカサがサハチの娘だった事に改めて気づいた。あたしが『父』に近づいた事に怒っているのかもしれないと思った。

「馬天ヌル様と一緒にウタキ巡りの旅をして、首里(すい)グスクに行った時です」

「その時、父が『マレビト神』だってわかったの?」

 タマは首を振った。

按司様(あじぬめー)と出会った時、胸が苦しくなりましたけど、その時はわかりませんでした。ヂャンサンフォン様(張三豊)のもとで一か月の修行をした後です。按司様が『マレビト神様』だってわかったのは」

「どうして、わかったの?」

「修行が終わった後、島添大里グスクに行って、按司様と会ったら胸が熱くなって、それでわかったのです」

「そう」と言ってからサスカサは軽く笑って、「わたしにはまだ経験がないわ」と言った。

「わたしもよ」と声がしたので、サスカサが振り返ると志慶真ヌルがいた。

「わたしは女子(いなぐ)サムレーだったからお嫁に行くなんて考えてもいなかったわ。でも、志慶真ヌルを継ぐ事になって、跡継ぎを産まなければならなくなったの。わたしも早く『マレビト神様』に出会いたいわ」

 サスカサも今まで『マレビト神』の事なんて考えてもいなかった。島添大里ヌルの跡継ぎは、今後、島添大里按司になった兄弟の娘でいいと思っていた。でも、お腹の大きくなったササを見て、自分も跡継ぎを産みたいと気持ちは変化していた。叔母の安須森(あしむい)ヌル(先代佐敷ヌル)もフカマヌル(久高島のヌル)も、娘を産んで跡継ぎにしていた。

「志慶真ヌル様も今まで胸が熱くなった事はないのですか」とタマが聞いた。

 志慶真ヌルは笑うと、「女子サムレーになる前の若い頃に一度あったわ」と言った。

「キラマ(慶良間)の島で?」とサスカサが聞いた。

「もう十年以上も前の事よ」

「その人はサムレーになったんでしょ。その後、会ってないのですか」

「会ってないわ。どこのサムレーになったのかわからないし、島を出てから今まで会えないのは、きっと縁がなかったのよ」

 サタルーと一緒にいるナナを見ながら、「サタルーさんはナナさんの『マレビト神様』なのですか」とタマがサスカサと志慶真ヌルに聞いた。

「多分、そうだと思うわ」と志慶真ヌルが答えた。

 サスカサが腹違いの兄のサタルーに初めて会ったのはヤマトゥ(日本)旅から帰って来た時だった。その時、サタルーはナナに会うために島添大里グスクにやって来て、一緒に久高島にも行った。もう五年も前の事で、その後も二人は会っているようだが、ナナの『マレビト神』がサタルーなのか、サスカサにはよくわからなかった。

「あの二人もそうですか」とタマはシラーと一緒にいるシンシンを見ながら聞いた。

「あの二人もそうよ」と志慶真ヌルはうなづいた。

 昨日まで今帰仁で大戦(うふいくさ)をしていたのが嘘のように、穏やかな海を渡って沖の郡島に着いた。

 沖の郡島は平たい島で、島の南側に集落があって港もそこにあった。船が港に近づくと何艘もの小舟(さぶに)が近づいて来た。

天底(あみすく)のお婆の出迎えよ」と『ユンヌ姫』の声が聞こえた。

「一緒に来てくれたのね。ありがとう」とシンシンがユンヌ姫にお礼を言った。

「この島にはあたしのお義姉(ねえ)さんがいるのよ」

「はい。『アマン姫様』から『クーイ姫様』の事をお聞きしました。会うのが楽しみです」とナナが言った。

「『クーイ姫』がナナが来る事を天底のお婆に知らせたのよ。歓迎されるはずよ」

「あたしにも『ユンヌ姫様』の声が聞こえたわ」とタマが言った。

「えっ!」とシンシンとナナが驚いた顔をしてタマを見た。

 ササと一緒に『ミントゥングスク』に行った時、タマは『ユンヌ姫』の声が聞こえなかった。あれは二月の事だった。どうして急に聞こえるようになったのか不思議だった。

「タマはマチルギと一緒に『アキシノの霊石』を助けたわ。その時、『瀬織津姫(せおりつひめ)様のガーラダマ(勾玉)』の霊力によって、あたしの声が聞こえるようになったんだと思うわ。きっと、瀬織津姫様の声もお祖母様(ばあさま)(豊玉姫)の声も聞こえるはずよ」

 タマは嬉しそうな顔をして、ユンヌ姫にお礼を言った。

「それと、タマがサハチと結ばれたので、『アマミキヨの一族』として認められたのよ、きっと」

 喜んでいるタマを見ながらサスカサは不快な表情をしたが何も言わなかった。

 迎えに来た小舟に乗って島に上陸すると、天底のお婆と天底ヌル、天底若ヌル、クーイヌルと島の長老が出迎えて歓迎してくれた。

 天底のお婆はナナが首から下げている『桜色のガーラダマ』を見つめてからナナの顔を見ると、「そなたがクーイヌルを継ぐお人じゃな」と聞いた。

 ナナはうなづいて、「ナナと申します」と名乗った。

「ナナか。いい名じゃ」とお婆は笑って、娘の天底ヌルと孫娘の若ヌルとクーイヌルを紹介した。

 ナナは志慶真ヌル、島添大里ヌル、東松田の若ヌルを紹介して、シンシンを新しい今帰仁ヌルと紹介した。

 志慶真ヌルがクーイヌルに若ヌルの死を伝えた。

 クーイヌルは志慶真ヌルの話を聞きながら涙を(こら)えていた。

「やはり、今帰仁に行かせるべきではなかったのね」と言いながらクーイヌルは涙を拭いた。

「マナビダル(ねえ)‥‥‥」と言って天底若ヌルが泣いていた。

 若ヌルの肩を優しく叩いてからお婆はナナを見て、

「神様がお待ちになっておられる」と言った。

「あなたの従妹(いとこ)奥方様(うなぢゃら)(マチルギ)が今、今帰仁にいます。連れて来るように頼まれました」と志慶真ヌルがクーイヌルに言った。

「従妹のウナヂャラ?」

「あなたのお母様の事も、後で詳しく教えます」

 お婆に従ってナナたちはウタキに向かった。悲しみを堪えてクーイヌルも天底若ヌルも一緒に来た。

 港の近くにあるこんもりとした森の中にウタキはあった。『中森(なかむい)』と呼ばれる古いウタキで、小さなガマ(洞窟)の入口に石が積んであり、その前には祭壇らしい平たい石もあった。

 ナナを中心にして、シンシン、サスカサ、志慶真ヌル、タマが並んでお祈りを捧げた。

「待っていたのよ。ようやく来てくれたのね」と神様の声が聞こえた。

「『クーイ姫様』ですか」とナナが聞いた。

「そうよ。あなたたちと一緒に旅をしていたユンヌ姫の義姉(あね)のクーイ姫よ。クーイヌルが絶えてしまって、今年で六十年になるわ。あなたがクーイヌルを継いで、島の人たちを守ってね」

「神様も御存じでしょうけど、わたしはヤマトゥンチュ(日本人)です。ヤマトゥンチュのわたしがクーイヌルを継いでもいいのでしょうか」

「あなたが身に付けているガーラダマは、わたしがこの島に来た時に身に付けていた物なのよ。二百年余り前に真玉添(まだんすい)(首里の古名)が滅ぼされた時、真玉添にいたクーイヌルがそのガーラダマを読谷山(ゆんたんじゃ)に埋めてしまったの。もう二度とお目にかかれないと思っていたわ。それを身に付けて、この島に来ただけで、クーイヌルを継ぐ資格があるわ。わたしの子孫でなければ、それを身に付ける事はできないのよ」

 シンシンが驚いて、「ナナは『クーイ姫様』の子孫なのですか」と聞いた。

「『豊玉姫(とよたまひめ)』の二代目を継いだ『アイラ姫様(八倉姫)』を知っているわね。アイラ姫様の娘が三代目豊玉姫になって対馬(つしま)に行ったのよ。三代目豊玉姫は『ツシマ姫』とも呼ばれていて、そのツシマ姫の娘が四代目豊玉姫を継いだんだけど跡継ぎに恵まれなくて、わたしの孫娘が『ツシマ姫』を継ぐ事になって対馬に行ったのよ。ナナはわたしの孫娘の子孫なのよ」

 ナナもシンシンも話を聞いて驚いていた。ナナたちの後ろで話を聞いていたお婆と天底ヌルも驚いていた。

「対馬の『ワタツミ神社』にある『豊玉姫様』のお墓はクーイ姫様の孫娘さんのお墓だったのですか」とナナは聞いた。

「あのお墓は孫娘の先代の四代目豊玉姫のお墓よ。四代目豊玉姫は『豊姫(神功皇后)』を助けて、三韓征伐(さんかんせいばつ)で活躍したの。その時の活躍でワタツミ神社に祀られたのよ。わたしの孫娘はあなたの事をずっと見守っていたのよ。父親の敵討(かたきう)ちに取り憑かれていたけど、ササと出会って琉球に来たわ。この島に来るまで時間が掛かったけど、あなたはササと一緒にヤマトゥに行って『瀬織津姫様』を琉球に連れて来たわ。この島には、わたしよりもずっと古い神様がいるの。でも、その神様の声は聞こえなかったわ。あなたたちが『瀬織津姫様』を琉球に連れて来てくれたお陰で、古い神様の事もわかったのよ。声を聞く事もできるようになったわ。わたしからもお礼を言うわね。ありがとう」

「『瀬織津姫様』に出会えたのはササのお陰なんです。わたしはササと一緒にいて色々と教わりました。わたしが神人(かみんちゅ)になれたのもササのお陰です。神様の事なんて何も知らなかったわたしが琉球に来て、ヌルになるなんて考えてもいませんでした。わたしがクーイ姫様の子孫だったなんて本当に驚きです。わたしがやらなければならないのでしたら、わたしに『クーイヌル』を務めさせて下さい。この島をお守りいたします」

「頼んだわよ。あなたならできるわ」

 ナナたちはクーイ姫にお礼を言って別れた。

「ナナが『クーイ姫様』の子孫だったなんて、ササが聞いたら驚くわ」とシンシンがナナに言った。

「『クーイ姫様』の孫娘が対馬に行ったなんて‥‥‥」とナナは呆然としていた。

「対馬と琉球は昔からつながりがあったのよ」

「あたしも対馬に行ってみたいわ」とタマが言った。

「わたしは対馬に行ったけど、『ワタツミ神社』には行ってないわ」と志慶真ヌルが言った。

 志慶真ヌルは『シジマ』と呼ばれていた女子サムレーだった頃、サスカサがヤマトゥに行った時に一緒に行っていた。サスカサはササたちと一緒にワタツミ神社に行ったが、ヌルではなかったので、船越で娘たちに剣術の指導をしていたのだった。

「タマもシジマも交易船に乗ってヤマトゥに行ってきたらいいわ。『スサノオ様』が歓迎してくれるわよ」とシンシンが言った。

「タマにも『クーイ姫様』の声が聞こえたのね?」とナナが聞いた。

 タマは驚いた顔をしてから、「聞こえたわ」と言って喜んだ。

「よかったわね。ササが聞いたら喜ぶわ」

「皆さん、凄いヌルなのですね。わたしには何も聞こえませんでした」とクーイヌルは悲しそうな顔で言った。

「わたしもまだ修行が足りないわ」と若ヌルが言った。

「そなたはクーイヌルとして、この島のために尽くしてくれた。感謝しておるよ。だが、跡を継ぐべき人が来た今、身を引いてくれ」とお婆がクーイヌルに言った。

「わかっております」とクーイヌルはうなづいた。

 港に戻ると長老の息子が待っていて、サタルーとシラーは長老の案内で、兵を率いてクーイの若ヌルの御殿(うどぅん)に向かったと教えてくれた。

「山北王の兵たちは誰もいないと思います」と長老の息子は言った。

「みんな、逃げたのですか」と志慶真ヌルが聞いた。

中山王(ちゅうざんおう)の兵が攻めて来ると言いながら、今朝早くに逃げて行きました」

「どこに逃げたのかしら?」とシンシンが言った。

「みんな、家族の心配をしていましたから生まれ故郷(うまりじま)に帰ったと思いますよ」

「去る者は追わずよ」とナナが言って、お婆の案内で島で一番古いウタキに向かった。

 港の近くにある集落を抜けて坂道を登って行くと深い森が見えた。森の中の細い道を行くと途中で道はなくなり、お婆は草をかき分けて進んで行った。しばらく行くと霊気がみなぎっている岩場に出た。クバ(ビロウ)の木に囲まれた大きな岩の中に小さなガマがあって石が積んであり、祭壇らしい石はないが、ウタキの前は綺麗に草が刈られてあった。

「先代のクーイヌルが亡くなってから、ここのウタキに来る者はいない」とお婆は言った後、笑って、

「馬天ヌルを知っているかね」と聞いた。

「馬天ヌルはわたしの大叔母です」とサスカサが言った。

「ほう。そうじゃったのか」とお婆は改めてサスカサを見て、成程というようにうなづいた。

「十五、六年前、馬天ヌルはここに来たんじゃよ。ウタキ巡りの旅をしていると言っていた。神様の声は聞こえなかったようじゃが、神様に導かれてここに来たようじゃ。ここが重要なウタキだという事を知っていて、守り通してくれとわしに言った。南部にも凄いヌルがいるものじゃと感心したんじゃ。去年の七月、馬天ヌルがヌルたちを連れて安須森参詣をする事を知って、天底ヌルと若ヌル、クーイの若ヌルも一緒に行かせたんじゃよ。安須森参詣から帰って来た娘も孫も、行って来てよかったと感激しておった。それから二月(ふたつき)ほどして、見慣れないヌルがここに来たので驚いた。もしかしたら、クーイヌルを継ぐべきヌルかと思ったが違ったんじゃよ」

 シズ(ウニタキの配下)だわとシンシンとナナは顔を見合わせたが口には出さなかった。

「お婆がここを守っているのですか」とナナが聞いた。

「先代のクーイヌルからわしの母の天底ヌルが頼まれたんじゃよ。ここは『マーハグチぬウタキ』と呼ばれている」

 先ほどと同じようにナナを中心に並んでお祈りを捧げた。ガマの中に三つの頭蓋骨が並んでいるのが見えた。

(ひい)祖母様(ばあさま)からあなたたちの活躍は聞いたわ。ササは来なかったの?」と神様の声が聞こえた。

「ササはお腹に赤ちゃんがいるので来ませんでした」とナナが答えた。

「あら、そうなの。跡継ぎが産まれるのね。おめでとう」

「ササに代わってお礼を申します。曽お祖母様ってどなたですか」

「瀬織津姫様の妹の『知念姫(ちにんひめ)』よ」

「えっ、神様は知念姫様の曽孫(ひまご)さんだったのですか」

「そうよ。知念姫の長女は『垣花姫(かきぬはなひめ)』を継いだわ。垣花姫の次女が安須森に来て『安須森姫』になったの。安須森姫の三女のわたしがこの島に来て『クーイ姫』になったのよ。わたしがこの島に来た時、この島は無人島だったわ。わたしの不注意で、乗って来た丸木舟(くいふに)を流されてしまって、とても困ったのよ。でも、素敵な男子(いきが)がやって来て、わたしたちは結ばれて、この島に貝殻の工房を作ったわ。ウミンチュ(漁師)たちが集まって来て、この島も栄えたんだけど百年も続かなくて、わたしの孫の代で絶えてしまったのよ」

「どうして、百年で絶えてしまったのですか」とシンシンが聞いた。

筑紫(つくし)の島(九州)で戦が始まったようだわ。貝殻を積んで行った人たちが帰って来なくなってしまったのよ。筑紫の島との交易が終わって、貝殻の工房も不要になって、この島も寂れてしまうんだけど、三百年余りが経って、『スサノオ』がやって来て、貝殻の交易が再開するのよ。わたしの子孫は絶えてしまったけど、『垣花姫』の子孫がこの島に来て、『クーイ姫』を継いでくれたわ」

「神様は中森のクーイ姫様と親戚だったのですか」とナナが聞いた。

「そうだったのよ。驚いたわ」

「親戚だったらお互いに声が聞こえるんじゃないのですか」

「あの()もわたしも曽お祖母様の子孫なんだけど、三百年の間にいくつも枝分かれしたのでわからなくなってしまったのよ。中森のクーイ姫がこの島に来た時、親戚だったなんて、わたしは知らなかったわ。わたしはあの娘の声が聞こえたけど、あの娘にはわたしの声は聞こえなかったの。あの娘の話から『クボーヌムイ姫』の娘だってわかったわ。クボーヌムイ姫はわたしの姉だったから、わたしの声は聞こえるはずなのにおかしいって、ずっと不思議に思っていたの。『瀬織津姫様』が帰っていらして、大勢の子孫たちが集まったわ。その人たちの話から色々な事がわかって、姉の子孫に跡継ぎに恵まれなかった姫がいて、垣花姫の娘を養子に迎えたってわかったのよ。垣花姫は曽お祖母様の長女の血筋なのよ。あの娘には垣花姫の子孫の声は聞こえるけど、曽お祖母様の次女の安須森姫、安須森姫の三女のわたしの声は聞こえなかったのよ」

「今はお話ができるのですね」

「あなたたちが『瀬織津姫様』を琉球にお連れしたお陰ね。曽お祖母様がとても喜んでいたわ。今帰仁の戦も終わったわね。サハチが山北王を倒して琉球は統一されたわ。これからは戦のない平和な世の中にしてね」

「父の事を御存じなのですか」とサスカサが聞いた。

「『豊玉姫』から聞いたわ。『スサノオ』がサハチと一緒にお酒を飲んできたと言ったので、何者だろうって豊玉姫がサハチの母親をたどって調べたら、『アマン姫』の子孫だってわかったらしいわ。アマン姫は豊玉姫とスサノオの娘で、豊玉姫は曽お祖母様の子孫よ。サハチの妻のマチルギは『アキシノ』の子孫で、アキシノは『安芸津姫(あきつひめ)様』の子孫で、安芸津姫様は瀬織津姫様の曽孫よ。あなたは曽お祖母様の子孫と瀬織津姫様の子孫が結ばれて生まれたのよ」

「ええっ!」とサスカサは驚いた。

 シンシンとナナも志慶真ヌルもタマもポカンとした顔をしてサスカサを見ていた。

「ガマの中のお(こつ)はクーイ姫様と娘さんとお孫さんですか」とナナが聞いた。

「そうよ。わたしたちのお骨を洗う儀式があるのよ。クーイヌルが絶えた後、天底ヌルが代わりにやってくれたけど、次はあなたがやってくれるわね」

「勿論、わたしがやります。次はいつなのですか」

「四月の十五日。三日後だわね」

「わかりました。三日後に儀式を行ないます」

 ナナたちはクーイ姫にお礼を言って別れた。

「あなた、ササと一緒じゃない」とシンシンがサスカサに言った。

「ササのお母さんは『知念姫様』の子孫で、お父さんは『瀬織津姫様』の子孫だったわ。知念姫様の子孫と瀬織津姫様の子孫が結ばれてササが生まれたわ。あなたも同じだったのよ。凄い事だわ」

「あたしはササ姉みたいに凄いヌルじゃないわ」

「いいえ。あなたも凄いヌルになるに違いないわ」とナナが言って、シンシンもうなづいた。

「お父さんが『スサノオ様』とお酒を飲んだって本当なの?」とサスカサが二人に聞いた。

久米島(くみじま)に行った時よ。一番高い山の頂上で、『スサノオ様』と『クミ姫様』と一緒に飲んだらしいわ」とナナが言った。

「お酒を飲んだって、『スサノオ様』がお姿を現したの?」

「そうなのよ。その時はあたしたちも『スサノオ様』のお姿を見ていなかったので、ササが悔しがっていたわ。その後、南の島(ふぇーぬしま)で、あたしたちも『スサノオ様』と一緒にお酒を飲んだのよ」

「一緒に行った若ヌルたちも『スサノオ様』のお姿を見たのですか」

「若ヌルたちは眠っていたわ。でも、南の島から帰って、ヤマトゥに行って『瀬織津姫様』に会った後、大三島で若ヌルたちも『スサノオ様』と『瀬織津姫様』のお姿を見て、一緒にお酒を飲んだのよ」

「羨ましいわ」

「ササの赤ちゃんが生まれたら、『スサノオ様』を呼んで、一緒にお祝いのお酒を飲みましょう」とシンシンが言った。

 ウタキから出て、クーイヌルの案内で集落の北側にある道を通って、クーイの若ヌルの御殿(うどぅん)に向かった。

 島の西側の海に面した小高い丘の上に建てられた御殿は高い石垣に囲まれていて、まるで小さなグスクだった。

「凄いわ」とタマが目を丸くした。

 入口の所でシラーが待っていて、「侍女(じじょ)たちはいるが、兵たちは逃げてしまったようだ」と言った。

 シラーと一緒に石段を登って行くと海が見える眺めのいい庭に出た。庭には所々に縁台が置いてあって、兵たちが休んでいたが、サスカサたちが来たので、立ち上がって整列した。

 海と反対側を見ると二階建ての豪華な御殿が建っていた。今帰仁グスクの一の曲輪(くるわ)にあった御殿を真似て作ったのかもしれないとサスカサたちは思った。御殿の前に八人の侍女たちが並んでいて、サスカサたちに頭を下げた。

「初めて入ったが、凄い御殿じゃのう」とお婆が御殿を見上げながら言った。

 御殿の中に入ると広い部屋があって、明国(みんこく)風の円卓や長卓が置いてあり、ヤマトゥの屏風(びょうぶ)南蛮(なんばん)(東南アジア)の大きな(つぼ)などが飾ってあった。サスカサたちは円卓を囲んで一休みした。

 志慶真ヌルがクーイヌルに、クーイヌルの母親が今帰仁若ヌルだった事を教え、山北王は母親の(かたき)だった事を告げた。羽地按司(はにじあじ)(帕尼芝)が反乱を起こして、今帰仁按司だった父と若按司だった兄は戦死して、若ヌルはこの島に流された。二人の弟は生き延びて、伊波按司(いーふぁあじ)と山田按司になり、それぞれの息子が今回の戦に参加して活躍した事を知らせるとクーイヌルは驚き、「そんな事は何も知りませんでした」と言った。

「伊波按司の娘が、今回の戦で総大将を務めた島添大里按司に嫁ぎました。島添大里按司は中山王の長男で、中山王の跡継ぎなのです」

「えっ、わたしの従妹(いとこ)は中山王の跡継ぎの奥様なのですか」

 志慶真ヌルはうなづいて、「伊波按司、山田按司、安慶名按司(あぎなーあじ)勝連按司(かちりんあじ)、中グスク按司、皆、あなたの従兄弟(いとこ)です」

 クーイヌルは信じられないと言った顔で志慶真ヌルを見ていた。今まで身内なんて誰もいないと思っていた。娘を失い、たった独りになってしまったと悲しんでいたのに、そんなにも従兄弟がいたなんて思いもよらない事だった。しかも皆、按司だという。豪華な御殿の中で夢でも見ているような心境だった。

 ナナは天底のお婆が先代のクーイヌルから預かっていたガーラダマを贈られた。ナナはそのガーラダマも身に着ける事ができたので、お婆は喜んだ。

「生きているうちにそなたと会えてよかった。先代との約束を果たせる事ができた」

 お婆はホッとした顔付きで、ナナを見てうなづき、「今宵はお祝いをしなくてはならんのう」と嬉しそうに言った。

 どこにいたのかサタルーが顔を出して、「地下蔵が荒らされている」と言った。

「何が置いてあったのかわからんが、金目の物は皆、兵たちが盗んでいったようだ」

 ナナとシンシンがサタルーと一緒に地下蔵を見に行った。

 サスカサはぼんやりと海を眺めていた。『瀬織津姫様』の子孫と『知念姫様』の子孫が結ばれて自分が生まれたのなら、その血筋を絶やすわけにはいかない。『マレビト神』を見つけて、何としても跡継ぎを産まなければならないと思っていた。

 タマは天底若ヌルと一緒に、侍女に案内させて御殿の中を見て歩いてはキャーキャー騒いでいた。

 島の長老たちを御殿に呼んで、ナナのクーイヌル就任の祝いの(うたげ)が開かれた。ナナが島の人たちはみんな、いらっしゃいと言ったので、大勢の人たちが酒や御馳走を持ってやって来て、御殿は人で埋まり、飲めや、歌えと夜遅くまで、楽しい宴が続いた。





沖の郡島(古宇利島)



沖の郡島(古宇利島)の若ヌル御殿




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