伊江島と瀬底島
瀬底の若ヌルが今帰仁に来た翌日、雨がやんで、久し振りに日が出たので、サスカサ(島添大里ヌル)、シンシン(今帰仁ヌル)、ナナ(クーイヌル)、タマ(東松田の若ヌル)、志慶真ヌルがサグルー(山グスク大親)とマウシ(山田之子)を連れて、ヒューガ(日向大親)の配下、ウムンの船に乗って伊江島に向かった。サグルーとマウシは五十人の兵を引き連れ、伊江ヌルと屋部ヌル(先代名護ヌル)、瀬底の若ヌルと本部ヌルと娘の若ヌルも一緒に行った。 親泊(今泊)を西に向かって備瀬崎を過ぎると伊江島の目印の『タッチュー』と呼ばれる岩山が見えてきた。大きな船に初めて乗った瀬底の若ヌルと本部の若ヌルはキャーキャー騒いでいた。そんな二人を眺めながらシンシンとナナはササ(運玉森ヌル)の弟子たちを思い出していた。騒がしい娘たちだったが、いつも一緒にいたので、しばらく会えないのは淋しくもあった。 伊江島の南側の港にはヤマトゥンチュ(日本人)の船が数隻泊まっていた。戦が終わり、ほとんどのヤマトゥンチュは親泊か運天泊に移っていた。親泊はヒューガが守り、運天泊はヒューガの配下のシマブクが守っていた。 港に着くと先代の伊江ヌルが伊江按司と一緒に待っていて、迎えの小舟を送って来た。港から『タッチュー』がよく見えた。按司のグスクは『タッチュー』の中腹にあり、グスクより上はウタキ(御嶽)になっていると伊江ヌルが説明した。 小舟に乗って上陸し、按司の事はサグルーに任せて、サスカサたちは伊江ヌルと一緒に『佐辺のお婆』に会いに行った。佐辺のお婆は伊江島の神様、『イシムイ姫』の子孫で、先代の伊江ヌルも今の伊江ヌルもイシムイ姫の声は聞こえないが、佐辺のお婆とお婆の娘の佐辺ヌルはイシムイ姫の声が聞こえ、イシムイ姫の指示によって、伊江ヌルは屋部ヌルと一緒に今帰仁に行ったという。 『タッチュー』の裾野にあるお婆の屋敷に行くと、お婆は佐辺ヌルと孫の若ヌルと一緒に待っていた。 「中山王(思紹)のお孫さんのサスカサ様と新しい今帰仁ヌル様とクーイヌル様と志慶真ヌル様と東松田の若ヌル様ですね。伊江島にいらしていただき歓迎いたします」とお婆は言ってから、「本部ヌルと若ヌル、瀬底の若ヌルも久し振りじゃな」と言って笑い、「一緒に行ってくれてありがとう」と屋部ヌルにお礼を言った。 「そなたたちの事は神様から聞いたんじゃ。みんな、サムレーの格好をしてやって来ると聞いたので信じられなかったが、刀を腰に差したヌルたちがやって来たとは驚いた」とお婆は楽しそうに笑った。 一行はお婆の屋敷に上がって、お婆から伊江島の歴史を聞いた。 一千年以上も前に、『アマン姫』の娘の『真玉添姫』の孫娘が伊江島にやって来て『イシムイ姫』を名乗った。イシムイ姫の子孫が代々、女首長として伊江ヌルを名乗り、島の人たちをまとめてきた。百四十年ほど前、浦添按司の英祖の次男の湧川按司が今帰仁按司になると、湧川按司の三女が伊江ヌルの弟に嫁いできて、弟は初代の伊江按司になった。 湧川按司が亡くなると本部大主が反乱を起こして今帰仁按司になり、伊江島にも攻めて来て、初代伊江按司は殺され、本部大主の三男が伊江按司になった。 湧川按司の息子の千代松が本部大主を倒して今帰仁按司になると、本部大主の三男は滅ぼされ、千代松の三男の千代梅が伊江ヌルの娘の若ヌルを妻に迎えて伊江按司になった。お婆は千代梅の娘だった。 千代松が亡くなると千代松の娘婿の帕尼芝が反乱を起こして今帰仁按司になり、お婆の弟の若按司は帕尼芝の娘を妻に迎えた。帕尼芝の娘が産んだ娘が伊江ヌルを継ぐ事になって、伊江ヌルだったお婆は『佐辺ヌル』を名乗る事になる。お婆は先代の伊江ヌルと自分の娘を指導してヌルに育て、自分の娘に佐辺ヌルを継がせた。 「今帰仁按司が変わる度に、伊江島もその争いに巻き込まれてきた。もう戦は懲り懲りじゃ。若按司を按司として認めて下され」 お婆はそう言って両手を合わせた。 「大丈夫です」とサスカサは言った。 「按司を助けて、この島を守って下さい」 お婆はお礼を言った後、急に思い出したかのように、「馬天ヌル様を御存じですか」と聞いた。 「馬天ヌルはわたしの大叔母です」とサスカサが言った。 「なに、馬天ヌル様は中山王の親戚なのか」 「馬天ヌルは中山王の妹です」とサスカサが言うと、 「何じゃと‥‥‥」と言ったまま、お婆は呆然としていた。 「馬天ヌル様が中山王の妹だったとは知らなかった」 「馬天ヌル様がこの島にも来たのですか」とナナが聞いた。 お婆はうなづいて、「もう十五、六年も前だったと思うが、ウタキ巡りの旅をしていると言って、この島にも来て『タッチュー』に登ったんじゃよ」 「当時はまだ中山王の妹ではありません。佐敷按司の叔母だったと思います」とサスカサが言った。 「おう、佐敷按司というのは聞いた事がある。凄いヌルじゃと思ったが、中山王の妹になったとはのう。大したもんじゃのう」とお婆は感心していた。 馬天ヌルがウタキ巡りの旅をしていた時、サスカサはまだ幼くて、自分がヌルになる事さえ知らなかったが、遠いヤンバル(琉球北部)の地でも馬天ヌルの名が知れ渡っているのを知って、改めて大叔母の凄さを感じていた。 サスカサたちはお婆の案内で、『タッチュー』に登った。按司のグスクまでは石段があり、グスクから先は細い岩の道だった。途中にあるいくつかのウタキで拝みながら山頂に着くと、そこからの眺めは最高だった。島の全貌が見渡せ、誰もが思わず歓声を上げて、素晴らしい景色を眺めた。本部半島が見え、伊是名島も見え、西の方の草原に何頭も馬がいるのが見えた。 「あれは牧場なの?」とタマがお婆に聞いた。 「そうじゃよ。今帰仁按司(帕尼芝)が山北王になって、明国(中国)に使者を送るようになってから、島で馬を育てる事になって、わしの父親が按司を引退して牧場を始めたんじゃよ」 「伊江島で馬の飼育をしていたなんて知らなかったわ」とサスカサが言った。 山頂にある古いウタキでお祈りをすると『イシムイ姫』の声が聞こえた。 「昔はこの島にも立派な御宮があって、真玉添(首里)から『安須森参詣』に行くヌルたちが立ち寄って栄えていたのよ。ヤマトゥ(日本)との交易に使う貝殻の工房もあって、腕輪や貝匙を作っていたのよ。安須森参詣が再開されたのに、この島に寄らないのは淋しいわ」 「安須森ヌル(サスカサの叔母)にこの島に寄るように伝えます」とサスカサが言った。 「大勢のヌルたちに、ここからの眺めを楽しんでもらいたいわ。そうすれば、この島ももっと栄えていくでしょう」 「イシムイ(石の山)というのはこの山の事ですか」とナナが聞いた。 「そうよ。『タッチュー』と呼ばれるようになったのは、熊野水軍のお船に乗ってやって来た山伏がここに登ってからなのよ。ヤマトゥのお寺にある高い塔(塔頭)に似ているので、そう名付けたようだわ。本部にも御宮があって、そこから見るとこの島の方向に日が沈むので、この島は『入り日島』と呼ばれていたのよ。『入り日島』がいつしか『イー島』になって、今帰仁按司だった千代松が『伊江島』という漢字を当てたのよ」 「入り日島が伊江島になったのですか」とナナが言うと、 「入り日島?」と本部ヌルが言った。 本部ヌルにはイシムイ姫の声が聞こえないので、ナナが説明すると、いつも夕陽に染まる伊江島を見ている本部ヌルは納得したように、若ヌルと一緒にうなづき合っていた。 サスカサたちはイシムイ姫にお礼を言って別れ、山から下りると伊江ヌルの案内で牧場に向かった。牧場をやっているのは伊江按司の大叔父の西伊江大主で、牧場を始めてから三十年以上が経っているという。サスカサが中山王の孫娘だと聞いて驚いたが、よく来てくれたと歓迎してくれた。 「初代の山北王(帕尼芝)が最初の進貢をする前に、伊江按司だった親父に馬の飼育をしろって命じたんじゃよ。親父は山北王の義弟だったので断る事もできずに引き受けたんじゃ。突然、馬の飼育をしろと言ったってできるわけがない。親父はわしを読谷山の宇座の牧場に送って、わしは宇座按司(泰期)から指導を受けたんじゃよ。わしは次男だったので、この島から出て、今帰仁のサムレー大将になるのが夢だったんじゃ。そのために武芸の稽古に励み、乗馬も得意じゃった。何で、わしが馬を育てなけりゃならないんだと腹を立てたが、逆らう事はできず、宇座に行って、一年半、馬と共に暮らしたんじゃよ。初めのうちはみんな同じに見えた馬たちも、一緒に暮らしているうちに違いがわかるようになって、だんだんと楽しくなってきて、牧場をやるのも悪くないと思い始めたんじゃ。宇座按司と一緒に明国の酒を飲んで、若い頃の話や明国の話を聞いて何度も驚き、凄い人じゃと心の底から尊敬したんじゃよ。宇座按司を慕って、あの牧場には色々な人が訪ねて来た。勝連按司の息子が来て、わしが乗馬を教えてやった事もあったのう」 「勝連按司の息子って若按司が来たのですか」とシンシンが聞いた。 「いや、若按司じゃない。母親は高麗人の側室で、去年、亡くなってしまったと言っていた。強くならなければならないと言って剣術の稽古にも励んでいた」 「やっぱり、ウニタキ(三星大親)さんだわ。子供の頃、宇座の牧場で乗馬を習ったって聞いた事があったのよ」 「そうじゃ。ウニタキという名じゃった。知っているのかね?」 「兄の勝連按司に殺されそうになって、わたしの父を頼って佐敷に逃げて来たのです。今は中山王の重臣になっています」とサスカサが言った。 「ほう。そうじゃったのか。あの小僧がのう。ウニタキは一月近く滞在していた。ウニタキが帰ったと思ったら、今度はヤマトゥンチュの山伏が訪ねて来て、しばらく滞在しておった。あっと言う間に一年半が過ぎて、帰る時には宇座按司から十頭の馬を贈られたんじゃ。伊江島に帰ったわしは、按司を兄貴に譲って引退した親父と一緒に牧場を始めたんじゃよ」 「按司様も宇座の御隠居様とは仲良くしていたようです」とタマが言った。 「按司様とはどこの按司様じゃ?」 「わたしの父です」とサスカサが言った。 「ほう、今回の総大将だった島添大里按司が宇座の牧場に出入りしていたとはのう。今も宇座の馬は中山王が交易に使っているのかね」 「はい。使っています。今回の戦にも出陣しています」 「そうか。ここの馬も使ってくれると、わしらも励みになる」 「この島で馬の飼育をしていた事は知らなかったので、そうしてもらえると中山王も喜ぶと思います」 頼むぞというようにうなづいて、西伊江大主は話を続けた。 「牧場を始めた頃は毎年、明国に進貢していたので忙しかったんじゃが、山北王(攀安知)が進貢をやめてしまって、暇になってしまったんじゃよ。山北王が取り引きしている明国の海賊たちは琉球の馬を欲しがらないんじゃ。去年、山北王が十年振りに進貢して、新しい進貢船を賜わったので、また忙しくなりそうだと思ったんじゃが、山北王が滅んでしまうなんて思ってもいない事じゃった。山北王がまだ本部にいた頃、この島に来た事があった。楽しそうに馬を乗り回しておったよ。そういえば、娘を連れて来た事もあったのう。娘のくせに見事に馬を乗りこなしていた」 「マナビーですね」とサスカサが言った。 「そうじゃ。マナビー様じゃ」 「島添大里に嫁いできて、娘たちに乗馬の指導をしています」 「なに、今も馬に乗っているのかね」 「馬に乗って弓矢の稽古にも励んでいます」 「そうか」と言って、西伊江大主は楽しそうに笑った。 「マナビーは今帰仁按司の奥方として今帰仁に帰ってきます」とサスカサが言うと西伊江大主は驚いた顔をした。 「マナビーはわたしの弟に嫁いだのですが、その弟が今帰仁按司になる事に決まりました。城下の再建が終わりましたら帰って来ます」 「噂では島添大里按司の奥方が今帰仁按司になると聞いたが、マナビー様の夫が今帰仁按司になるのかね」 「母は今帰仁再建の責任者で、再建が終われば首里に帰ります」 「そうじゃったのか。マナビー様が戻って来るのか。マナビー様が戻って来れば、城下の人たちも喜ぶじゃろう」 その夜は牧場で歓迎の宴が催され、サスカサたちは島の人たちと一緒に酒盛りを楽しんだ。
翌日も雨は降っていなかった。島の人たちに見送られて、サスカサたちは瀬底島に向かった。瀬底島の西側にクンリ浜があったが、東側のアンチ浜で瀬底ヌルが待っていると『ユンヌ姫』が言ったので、アンチ浜に向かった。 瀬底ヌルが送ってくれた小舟に乗ってサスカサたちは上陸した。若ヌルが刀を差していたのと同じように、瀬底ヌルも腰に刀を差していた。サスカサたちは同類のヌルだと親近感が持てた。 「瀬底のヌルは代々、武芸をやっているのですか」とサスカサは瀬底ヌルに聞いた。 「曽祖母からのようです」と言って瀬底ヌルは笑い、「中山王のヌルも武芸をしているようですね」と言った。 「みんな、武当拳の名人なのよ」と瀬底の若ヌルが母に言った。 「えっ、武当拳?」と瀬底ヌルは驚いて、サスカサたちを見た。 「みんな、仲間なのよ」と若ヌルが言って、 「中山王(思紹)もヂャンサンフォン様(張三豊)のお弟子さんで、お父さんは中山王を師兄と呼んで敬っていたらしいわ。そして、サスカサさんはお父さんと一緒に南部のガマ(洞窟)で修行を積んだのよ」と説明した。 「そうだったのですか。あの人が南部に行って、グスクを築いた事は聞きましたが、中山王と親しくしていたなんて知りませんでした。最後に会った時、あの人は死ぬ覚悟をしていましたが、本当は中山王と戦いたくはなかったのですね」 若ヌルが、父親の戦死の様子を母に知らせた。誤解されて味方のサムレー大将に殺されたと聞いて瀬底ヌルは驚き、対岸の本部に向かって両手を合わせた。 アンチ浜にあるウタキでお祈りをしてから、坂道を登って島の中央にある集落に向かった。サグルーとマウシだけが従い、兵たちは浜辺に待機してもらった。 瀬底ヌルに従って刀を差した女たちがゾロゾロと行くのを見て、島の人たちが驚いた顔して一行を見送った。 集落を抜けて南の方にヌルの屋敷があり、サスカサたちはそこで一休みして、瀬底ヌルからテーラー(瀬底大主)の事を聞いた。 話は百年近く前、千代松によって今帰仁按司だった本部大主が滅ぼされた時から始まった。本部大主と長男の若按司は殺されたが、十四歳だった若按司の長男は家臣に守られて逃げ、瀬底島に隠れた。瀬底ヌルに匿われて、若按司の長男は若ヌルと結ばれた。その若ヌルは今の瀬底ヌルの曽祖母だった。 若按司の長男は敵討ちのために武芸の修行に励み、若ヌルも夫を守るために武芸を身に付けた。 若ヌルは瀬底ヌルの祖母とテーラーの祖父を産んだ。テーラーの祖父は幼い頃より武芸の修行に励み、本部の山中に籠もって修行を積んだ。曽祖父は敵討ちができずに亡くなるが、曽祖父が亡くなって四年後、帕尼芝(羽地按司)が千代松の息子を倒して今帰仁按司になった。祖父は今帰仁に行って素性を話し、武芸の実力を認められてサムレー大将になり、瀬底大主を名乗った。 帕尼芝の次男の珉が本部大主になった時、瀬底大主は珉の後見人となって家族を連れて本部に移った。 テーラーは本部で生まれ、珉の息子のハーン(攀安知)とジルータ(湧川大主)と一緒に育った。三人は瀬底島に来て、若ヌルだった瀬底ヌルと一緒に遊んだり、共に武芸の稽古にも励んだ。 瀬底ヌルが十六歳の時、今帰仁合戦が起こり、帕尼芝が戦死して珉が山北王になるとテーラーもハーンたちも今帰仁に行ってしまう。今帰仁城下の再建で忙しく、テーラーもハーンも妻を迎え、珉が病死してハーンが山北王になり、テーラーは護衛兵として明国に行くようになり、瀬底島には来なくなってしまう。 十六年前の三月、テーラーがふらっと瀬底島にやって来て、昔話などをしているうちに、頭の中が急に真っ白になって、気が付いたら『ミンナのウタキ(水納島)』にいた。テーラーはウタキに入ってしまった事にうろたえたが、神様のお許しがあって、二人はそこで結ばれ、翌年、若ヌルが生まれたという。 「テーラーが『マレビト神』だって、いつ、わかったのですか」とサスカサが聞いた。 「頭の中が真っ白になった時よ。テーラーとは又従兄妹の間柄だったからマレビト神だなんて思った事はないわ。ハーンが『マレビト神』かしらって思った事はあるけど、違ったみたいね。ハーンにはクーイの若ヌルが現れたものね」 瀬底ヌルの案内で、テーラーの曽祖父が隠れていた屋敷を見てから丘の上にある古いウタキに行った。こんもりとした森の中に岩場があり、その手前に祭壇らしき岩もあった。 サスカサたちはお祈りをした。 「あなたたちの事は祖母の『真玉添姫』から聞いているわ」と神様の声が聞こえた。 「『イシムイ姫様』のお姉さんの『シーク姫様』ですね」とサスカサが聞いた。 「そうよ。『安須森参詣』が始まって、本部と瀬底島の間を通るようになって、航海の安全を祈るために、わたしがここに来たのよ。あそこは潮の流れが速くて、潮の流れも変わるので危険だったのよ」 「アンチ浜のウタキには誰もいらっしゃいませんでした」とシンシンが言うと、シーク姫は笑った。 「また遊びに行ったようね。あなたたちが南の島に行って、『スサノオ様』を呼んだお陰で、南の島への道ができて、娘も仲間を連れて遊びに行くようになったのよ。ウミンチュ(漁師)たちも潮の流れをよく知っていて、昔ほど危険はないから娘も暇を持て余しているみたいね」 「テーラーを『ミンナのウタキ』に呼んだのはシーク姫様なのですか」とサスカサが聞いた。 「よくわかったわね」とシーク姫は笑った。 「わたしの長女はわたしの跡を継いだけど、次女はちょっと変わっていてね、ミンナのウタキと呼ばれている無人島で暮らすと言って、一人で行ってしまったのよ。娘は『ミンナ姫』と呼ばれて、死ぬまで、あの島で暮らしていたわ。亡くなった後、あの島に祀られて、島全体がウタキになったのよ。幸いに『マレビト神』に出会って跡継ぎの娘は生まれたけど、その娘はミンナ姫が亡くなった後、あの島には戻らずに、この島で暮らしたわ。その娘の子孫がテーラーの母親だったのよ。あの島がウタキになってから、ヌルしかあの島には行けなくなって、あの娘の子孫たちもあの島に行った事はないのよ。それでマシュー(瀬底ヌル)の『マレビト神』になったテーラーをあの島に送ったのよ。『ミンナ姫』も子孫が来てくれたので喜んでくれたわ」 「『マレビト神』は神様が決めるのですか」 「そうよ。でも、わたしたちじゃないわ。神様には『地の神様』と『天の神様』がいるのよ。地の神様は御先祖様の事で、天の神様は天と地を作り、人間を作った偉大なる神様よ。人間の運命を決めるのは『天の神様』なのよ」 「『天の神様』って、『太陽の神様』や『月の神様』や『星の神様』の事ですか」 「そうよ」 「島添大里グスクには『月の神様』を祀ったウタキがあります。でも、わたしは『月の神様』の声を聞いた事はありません」 「それは当然よ。『天の神様』は人間を作った古い神様なのよ。人間の言葉なんて、まだない頃の神様なの。感じるしかないのよ。あなたならできるわ。『月の神様』の気持ちを感じるのよ」 サスカサは『ギリムイ姫』が『月の神様』だと思っていた。でも、屋賀ヌルが島添大里グスクに来た時、ギリムイ姫は満月の日に『月の神様』が降りてくると言った。サスカサは満月の日には必ずお祈りしているのに『月の神様』の声を聞いた事はなかった。安須森ヌルやササ、久高島の大里ヌルには聞こえるのだろうと思い、自分はまだ修行が足りないのだと思っていた。『月の神様』は言葉というものがない頃の神様だと知ったサスカサは、五感を研ぎ澄ませて神様の気持ちを感じ取らなければならないと思った。 「この島はどうして、『シークジマ』って呼ばれているのですか」とナナが聞いた。 「わたしがこの島に来た時は『シークジマ』って呼ばれていたわ。言い伝えでは、ヤマシシ(猪)が泳いでこの島に渡って来ていたので、『シシクイシマ(猪が超える島)』って呼ばれて、それが『シークジマ』になったらしいわよ」 「ヤマシシが泳ぐのですか」 「昔は人間よりもヤマシシの方が多かったのよ。わたしも何度も見た事あるわ」 サスカサたちはシーク姫にお礼を言って別れた。 瀬底ヌルと別れる時、馬天ヌルの事を聞いたら、やはり、この島にも来ていて、瀬底ヌルがウタキを案内したという。馬天ヌルが『安須森参詣』を始めたのは知っていたが、山北王をはばかって行かなかった。後で聞いたら今帰仁ヌルも勢理客ヌルも参加したと聞いて驚き、今年は是非とも参加したいと言った。 テーラーの叔父が『サミガー親方』を名乗って鮫皮を作っていると聞いて、サスカサたちは瀬底の若ヌルの案内で会いに行った。 サミガー親方の作業場は西側のクンリ浜にあった。浜辺から伊江島の『タッチュー』が見え、親方は孫たちと遊んでいた。瀬底の若ヌルがサスカサとサグルーを中山王の孫だと紹介したのでサミガー親方は驚いて、急にかしこまって頭を下げた。 「かしこまらなくてもいいですよ。中山王の孫としてではなく、ヌルとして来たのですから」とサスカサは言った。 瀬底の若ヌルがテーラーの最期を親方に教えた。 「そうじゃったのか」と若ヌルにうなづいてから、サスカサたちを見て、「テーラーの死をわざわざ伝えに来てくれたのですか」と聞いた。 「惜しい人を亡くしたと父も言っていました。それで、テーラーの事をもっと知りたいと思って、この島に来ました。そしたら、テーラーの叔父さんが鮫皮を作っていると聞いて驚き、会いに来たのです。わたしの曽祖父は馬天浜で鮫皮作りを始めて、今は大叔父がやっています」 「もしかして、曽祖父というのはサミガー大主様の事ですか」 「そうです。御存じでしたか」 「わしは若い頃、馬天浜で修行して、この島で鮫皮作りを始めたのです」 「えっ、馬天浜にいたのですか」とサスカサは驚いた。 「それはいつの事ですか」とサグルーが聞いた。 「もう三十年も前の事です。わしが馬天浜にいた頃、島添大里と大グスクの戦があって、大グスク按司が滅ぼされてしまったんじゃ。ちょっと待って下さいよ。その頃、佐敷の若按司がよく遊びに来ていましたが、もしかしたら‥‥‥」 「わたしも兄も佐敷の若按司だった父の子供です」とサスカサが言った。 親方はサグルーとサスカサを交互に見て、「そうじゃったのか」と何度もうなづいていた。 「サミガー大主様の曽孫さんなら大歓迎じゃ。よく来て下さった」 サスカサたちは親方の屋敷に上がり込んで、鮫皮作りを始めた経緯を聞いた。 今帰仁按司が山北王になって、明国への進貢を始める事になり、正使に任命された兼久大主(松堂)は交易担当奉行の仲尾大主と一緒に宇座の牧場に行き、宇座按司(泰期)から指導を受けた。 中山王の進貢船に乗って明国に行った兼次大主を見送った仲尾大主は今帰仁に帰り、宇座按司から聞いた馬天浜の鮫皮作りの事を山北王に話した。交易に来るヤマトゥンチュが鮫皮を欲しがっている事を知っていた山北王は、瀬底大主に瀬底島で鮫皮を作るように命じた。瀬底大主は次男に馬天浜に行けと命じたのだった。 「サムレー大将の息子なのにサムレーになりたいとは思わなかったのですか」とサグルーが聞いた。 「サムレー大将といっても本部大主(珉)のサムレー大将ですからね。兄貴がサムレー大将を継ぐので、わしはウミンチュでいいと思っていたのです。幼い頃から母と一緒に小舟に乗って海に出ていましたからね。刀を振るよりトゥジャ(モリ)を突く方が性に合っているんです。でも、親父から鮫皮を作れと言われた時は驚きましたよ。刀の柄に巻いてある鮫皮は知っていましたが、どうやって作るのかまったく知りませんでした。それでも知らない土地に行くのが嬉しくて、小舟に乗って馬天浜に向かいました。名護に寄って大兼久の浜で遊んで、浦添に寄って中山王のグスクを見て、浮島(那覇)に寄って若狭町(日本人町)や久米村(唐人町)を見て、糸満に寄って山南王のグスクを見て、琉球の最南端を回って馬天浜に着きました。急ぐ旅でもなかったので、あちこちに寄って楽しい旅でした。馬天浜には二年間いました。初めの頃はあの臭いに悩ませられましたがすぐに慣れて、カマンタ(エイ)捕りに熱中しましたよ。夏はカマンタ捕りをして、冬は鮫皮作りを学びました。今、思えば馬天浜にいた二年は楽しい想い出ですよ」 「曽祖父が亡くなった時、大勢のウミンチュが集まりました。その中にいたのですね」 親方は首を振った。 「サミガー大主様が亡くなったのを知ったのは半月も過ぎた後だったのです。わしは十一月に馬天浜に行って、奥さんにお悔やみの挨拶をしましたよ。最後にサミガー大主様と会ったのは、サミガー大主様がお坊さんになってこの島に来た時でした。わしは驚きましたよ。わざわざ会いに来てくれて感激しました。そういえば、あの時、サミガー大主様は島の娘を連れて行ったが、あの娘はどうなったんじゃろう」 「きっと、女子サムレーになっていますよ」とサスカサが言った。 「女子サムレー?」 「南部には女子サムレーがいて、グスクを守っているのです」 「女子がか?」 「そうです。こんな格好をしてグスクを守っているのです」 「その娘はハナといって、海で両親を亡くして、わしが預かっていたんです。サミガー大主様はこの娘は武芸の才能があると言って連れて行ったんですよ。娘に武芸なんて必要ないだろうと思ったんですが、わしはサミガー大主様に任せる事にしたんですよ」 「ウフハナだわ」とシンシンが言って、ナナとうなづき合った。 「その娘は背が高くなかったですか」 「背が高いと言っても、まだ十歳だったからのう。だが、確かにひょろっとした娘でした」 「間違いないわ。その娘はウフハナと呼ばれて、首里の女子サムレーを勤めています」 「なに、あの娘が首里グスクにいるのですか」 「祖父に頼んで、ウフハナに里帰りさせますよ」とサスカサは言った。 その夜は浜辺で歓迎の宴が催され、サスカサたちは島の人たちに囲まれて楽しい夜を過ごした。 |
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