永良部島騒動
武装船を先頭に中山王(思紹)の船は永良部島(沖永良部島)に向かっていた。 永良部島には『アキシノ様(初代今帰仁ヌル)』の子孫のヌルがいるという。母(マチルギ)から聞いた話では初代の永良部ヌルはアキシノ様の孫で、代々続いて来たが、永良部按司の娘が永良部ヌルになる事になって、今は『瀬利覚ヌル』を名乗っているらしい。 瀬利覚ヌルは母のような人なのだろうか‥‥‥早く会いたいと遠くに見える永良部島を眺めながらサスカサ(島添大里ヌル)は思っていた。 島内の様子を調べるために与論島には十日間、滞在した。麦屋ヌル(先代与論ヌル)とクン(与論按司の姉)とクミ(与論按司の妹)、シラー(久良波之子)の副大将を務めているユーザが五十人の兵を率いて与論島に残り、人質として与論按司の娘の若ヌル(マユイ)を連れて来た。マユイは幼い頃から弓矢の名人の父から武芸を習っていて、中山王のヌルたちが皆、武芸の達人だと知ると、武芸を学ぶために喜んで付いてきた。 与論島に滞在中、ヤマトゥ(日本)に帰って行く船が次々に北へと向かって行った。中山王の船がアガサ泊(茶花)に泊まっていたので、与論島に立ち寄る船はなく、皆、素通りして行った。 『赤名姫』と『メイヤ姫』が現れて、ミャーク(宮古島)の船が今年も琉球に来た事を教えてくれた。シンシンとナナは誰が来たのか聞いていて、会えない事を残念がった。今年も来たというミッチェとサユイは、サスカサも仲良くなっていたので会いたかったと思った。 五月十六日、与論島を船出した中山王の船団は風に恵まれて、正午頃に永良部島の南部、知名の浜に着いた。浜辺に娘を連れた『瀬利覚ヌル』の姿が見えた。数人のウミンチュ(漁師)たちもいて小舟に乗り込むと、こちらに向かって漕ぎ出した。兵たちの姿は見当たらなかった。 永良部按司のグスクは越山の中腹にあるので与和の浜の方が近いのだが、知名の浜で瀬利覚ヌルが待っていると『ユンヌ姫』が言うので、按司よりも先に神様に挨拶をしようと知名の浜から上陸する事にした。 小舟に乗って上陸したのはヌルたちとサグルー(山グスク大親)、ジルムイ(島添大里之子)、マウシ(山田之子)、シラー、ヤールー(ウニタキの配下)で、兵たちは船の上で待機した。 瀬利覚ヌルは三十代半ばの年頃で、雰囲気はちょっと母に似ているかなとサスカサは思った。でも、母のように武芸の達人ではなさそうだ。 「アキシノ様の子孫のサスカサ様ですね。神様からお聞きしました。サムレーの格好をして来ると聞いて驚きましたが、本当だったのですね」 「サスカサです」と言って、サスカサは今帰仁ヌル(シンシン)、クーイヌル(ナナ)、志慶真ヌル(ミナ)、東松田の若ヌル(タマ)、瀬底の若ヌル(マナミー)、与論の若ヌルを紹介して、「志慶真ヌルもアキシノ様の子孫です」と言った。 瀬利覚ヌルは志慶真ヌルを見て、「神様から伺いました」と言って、うなづいた。 「神様とは『ワー姫様』の事ですか」とサスカサは聞いた。 「ワー姫様ではございません。ワー姫様は恐れ多いというか、つい最近になって知ったばかりの古い神様ですので、気軽に相談はできません。『イラフ姫様』から聞いたのです」 「イラフ姫様?」 「あたしの孫娘なのよ」とユンヌ姫の声がした。 「あら、ユンヌ姫様、お久し振りですね」と瀬利覚ヌルが言った。 「ここには来ていないけど、ササっていう面白いヌルがいてね。一緒にあっちこっち行っていたのよ」 「ササ様の事はイラフ姫様から聞いております。『玉依姫様』に『スサノオ様』、それに『瀬織津姫様』を琉球にお連れしてきた偉大なるヌルだと聞いております」 「大したヌルよ。今、お腹が大きくてね、ここには来られなかったのよ」 「ユンヌ姫様、この島の名前はイラフ姫様の名前から取ったのですか」とナナが聞いた。 「イラフがイラブになったけどね。ミャークの近くに伊良部島があったでしょ。あれもそうなのよ」 「えっ!」とナナとシンシンが驚いた。 「あたしも知らなくて南の島から帰って来て、イラフ姫に聞いたら、伊良部島にしばらく住んでいたって言ったわ。旅好きな娘でね、あっちこっちに行っていたのよ。美人で人柄もいいから、みんなから好かれて、島の名前に残ったみたいね。大山の山頂で待っているから、詳しい事は本人から聞いて」 瀬利覚ヌルの案内でサスカサたちは大山に向かった。 ヤールーは先に来ている配下たちに会いに行った。 グスクがある越山の方を見ながら、「永良部按司の使者が来るかもしれないから、俺はここに残る」とジルムイが兄のサグルーに言った。 サグルーもグスクの方を見てうなづき、「使者が来たら、うまい酒でも飲ませて待たせておけ」と言ってヌルたちの後を追った。 大山は永良部島で一番高い山だが、大して高い山ではないので、森の中の細い道を歩いて半時(一時間)ほどで着いた。 山頂は樹木に覆われていて眺めはよくなかった。大きな岩の所に古いウタキ(御嶽)があった。 サスカサたちは瀬利覚ヌルと一緒にお祈りをした。サグルーたちは回りに気を配りながらウタキの外で見守った。 「また、戦が始まりそうね」と神様の声が聞こえた。 「イラフ姫様ですか」とサスカサが聞いた。 「ユンヌ姫の孫のイラフ姫よ。この島は今帰仁の按司が変わる度に戦が起こって大勢の人が亡くなっているのよ」 「この島の事を教えて下さい」 「平和だったこの島に按司が最初に来たのは二百年前頃だったわ。ヤマトゥから来た『平家』が今帰仁按司になって、ヤマトゥからの追っ手を見張るために、今帰仁按司の次男が永良部按司としてやって来たのよ。それから二十年くらい経って、初代今帰仁ヌルの『アキシノ』の孫娘が永良部ヌルとしてやって来たわ。弓矢の名人で弓矢を持って山の中を走り回っていたのよ。面白い娘だったわ。馬の飼育も始めて牧場も作ったわ」 「この島に牧場があるのですか」とサスカサは驚いて聞いた。 「初代永良部ヌルの息子が跡を継いで、今でも続いているわよ。三代目の永良部按司の時、義本(舜天の孫)を滅ぼして浦添按司になった『英祖』の兵が攻めて来たわ。三代目の永良部按司は殺されて、英祖の弟が四代目の永良部按司になったのよ。二代目の永良部ヌルは英祖の弟と結ばれて、三代目永良部ヌルを産むわ。英祖の弟が亡くなって五代目の時、今帰仁按司になった『本部大主』が攻めて来て、五代目も若按司も殺されて、本部大主の次男が六代目の永良部按司になるのよ。三代目の永良部ヌルは殺されずに、本部大主の娘を永良部ヌルに育てて、瀬利覚に隠棲して『瀬利覚ヌル』を名乗ったの。二十年後、本部大主を倒して今帰仁按司になった『千代松(英祖の孫)』の兵が攻めて来て、六代目の永良部按司と若按司は殺され、娘の永良部ヌルは国頭に追放されて、瀬利覚ヌルは永良部ヌルに復帰するのよ。千代松にはまだ男の子がいなかったので、千代松の武将が島に残って按司の代理を務めたの。それから十五年くらい経って、まだ十二歳だった千代松の次男の『千代竹』が来て、七代目の永良部按司になったのよ。千代竹は五年後に六代目の永良部ヌルを妻に迎えたわ。六代目の永良部ヌルは今の瀬利覚ヌルのお祖母ちゃんなのよ。千代松が亡くなって、羽地按司だった『帕尼芝』が今帰仁按司になると、帕尼芝の弟が兵を率いて攻めてきて、千代竹を殺して、五歳だった帕尼芝の息子の『真松千代』を八代目の永良部按司にするわ。真松千代の母親は六代目永良部ヌルの妹の『北目ヌル』だったの。その時より六年前に北目ヌルは今帰仁に行って、帕尼芝と出会って結ばれたのよ。北目ヌルは一年半、今帰仁で暮らして、大きなお腹で帰って来たわ。帕尼芝の奥さんは千代松の娘だったから、帕尼芝は奥さんに知られる前に島に帰したのよ。北目ヌルは無事に男の子を産んで、姉の永良部ヌルも祝福したわ。その時は誰も、帕尼芝が今帰仁按司になるなんて思ってもいなかったわ。でも、帕尼芝は義兄だった二代目千代松を殺して、今帰仁按司になったのよ。そして、実弟に永良部島を攻めさせて、義兄だった千代竹も殺して、真松千代を永良部按司にしたのよ。六代目永良部ヌルは遠ざけられて、三代目と同じように瀬利覚に隠棲して瀬利覚ヌルになって、真松千代の母親の北目ヌルが永良部ヌルになったのよ。今までずっと姉に頭が上がらなかった北目ヌルは大喜びしたわ。帕尼芝の弟が永良部按司の代理を務めて島に残り、永良部ヌルは息子の真松千代を連れて今帰仁に行って、翌年、娘を産んだのよ。永良部ヌルと真松千代は十年間、今帰仁にいて、真松千代は按司としての教育を受け、武芸も身に付けて戻って来たわ。本当はもう一年いるはずだったけど、按司の代理だった帕尼芝の弟が病死してしまったのよ。真松千代は十五歳だったけど、島の人たちのためになる事は何でもやったわ。いいお嫁さんももらって、真松千代とマティルマ(察度の娘)は島の人たちに慕われて理想の按司だったのよ。真松千代が亡くなるとマティルマは島を離れてしまったわ。若按司はもう一人前だし、若按司の奥さんも頑張っていたので、身を引いたのよ。そしたら、真松千代の妹が按司の叔母として権力を握って、好き勝手な事をし出したのよ。母親もそうだけど、ヌルとしては半人前で、わたしの声は聞こえないのよ。今は『大城ヌル』を名乗って立派な御殿で暮らしているわ。あんなのは追い出して、瀬利覚ヌルを永良部ヌルに戻してやってね」 「按司を倒せという事ですか」とサスカサは聞いた。 「按司を倒すために攻めて来たんでしょう?」 「違います。按司が中山王に従うと誓えば無理に攻めません。戦になれば、島の人たちが迷惑しますから」 「あら、そうだったの。でも、山北王(攀安知)の一族を生かしておくのは危険だわよ。いつの日か、今帰仁グスクを奪い返そうとする者が現れるわ」 そう言われてサスカサは考えた。祖父がキラマ(慶良間)の島でやったように、この島で兵を鍛えて、今帰仁に攻めて来る事も考えられるとサスカサは思った。 「イラフ姫様は南の島のミャークの近くにある伊良部島に行ったとユンヌ姫様から聞きましたけど本当なのですか」とシンシンが聞いた。 「わたしは二代目ユンヌ姫の長女に生まれて、三代目を継ぐように育てられたの。与論島は綺麗な島だし、それでいいと思っていたのよ。十九歳の時だったわ。祖母と一緒に久米島に行ったの。『ウムトゥ姫』と『クミ姫』の姉妹を連れて行ったのよ。クミ姫はわたしと同い年で、すぐに仲良しになったわ。それから二年後、クミ姫に会いたくなって久米島に行ったの。そしたら、ウムトゥ姫が南の島に行ったと聞いて驚いたわ。その時、ウムトゥ姫が送ったお舟がシビグァー(タカラガイ)を満載にして久米島に来ていたの。わたしは迷わず、そのお舟に乗り込んで南の島に行ったのよ。池間島でウムトゥ姫と一緒にシビグァー捕りをして、ミャークに行ったり、西島(伊良部島)に行ったりして、西島で『マレビト神』と出会ったのよ。西島で娘を産んで、五年余り暮らしていたわ。娘を連れて与論島に帰ったんだけど、すぐに旅に出たくなってヤマトゥに行ったのよ。六歳の娘を連れていたので奈良の都までは行けなかったけど、九州はあちこち行って来たわ。そして、帰りに屋久島の西にある火山島に寄った時、二人目の『マレビト神』と出会ったのよ。火山島で次女を産んで、火山を鎮めるお祈りもしたわ。その島には三年いて、与論島に帰る途中、『ワーヌ島』と呼ばれていたこの島に寄って、三人目の『マレビト神』と出会ったのよ」 「えっ、三人目ですか」と思わずサスカサは言っていた。 「そうなのよ。わたしも信じられなかったけど、マレビト神だったのよ。この島で三女を産んだわたしは、この島で暮らす事に決めて、三代目ユンヌ姫は妹に継がせたわ。長女が十八歳になった時、わたしは娘たちを連れて、夫のお舟に乗って西島に行ったのよ。そしたら、島の名前が『伊良部島』になっていたので驚いたわ。島の人たちに大歓迎されて、わたしは長女を残して帰って来たのよ」 「屋久島の近くの火山島は永良部島(口永良部島)の事ですね」とナナが聞いた。 「そうなのよ。わたしが去ってから火山が治まったらしくて、わたしの名前を付けたようだわ」 「この島も『ワーヌ島』から『イラフ島』になったのですか」 「それはわたしが亡くなってからなのよ」 「イラフ姫様がこの島に落ち着いた理由は何だったのですか」とサスカサが聞いた。 「何だったのかしら? この島は妹が来る予定だったのよ。若い頃、妹と一緒にこの島に来て、わたしはこの島のよさがわからなくて、あなたに合っているわって妹に言ったのよ。でも、あちこち行ってみて、わたしが永住の地に選んだのはこの島だったの。近すぎて、よさがわかるのに時間が掛かったのね」 サスカサたちはイラフ姫にお礼を言って別れた。 ウタキから離れて山を下りようとした時、「ちょっと待って」とナナが言った。 「今、気が付いたんだけど、瀬利覚ヌルはアキシノ様の子孫でしょ。アキシノ様は瀬織津姫様の子孫よね。どうして、知念姫様の子孫のイラフ姫様の声が聞こえるのかしら?」 サスカサもシンシンも首を傾げていると、 「アキシノが『クボーヌムイヌル』を継いでいるからよ」とユンヌ姫の声がした 「『クボーヌムイ姫』はあたしの姉の『安須森姫』の娘だから、アキシノの子孫はあたしの孫のイラフ姫の声も聞こえるのよ。ただし、それなりの修行を積んだヌルに限るけどね」 「ユンヌ姫様、イラフ姫様とお話ししたのですか」とナナが聞いた。 「あの娘とはお話しなくても大丈夫なのよ。元気そうね、元気でやってるわ、それで終わりよ。何となく、ササに似ている子だわ」 「三つの島の名前に残るなんて、凄い美人だったのでしょうね」 「凄い美人とは言えないわね。あの娘自身、自分が美人だなんて思っていないわ。ただ、あの娘の笑顔は美しいと言えるわね。興味がある事には周りの事なんて考えずにズカズカと入って行って、島の人たちを驚かせるわ。でも、自分が正しいと思った事は必ず実行するから、島の人たちもあの子を慕うんだと思うわ。あの子の笑顔が忘れられなくて、島の名前にして残したのよ」 昼食の用意がしてあるので『サミガー親方』の屋敷に連れて行くと瀬利覚ヌルが言った。この島にもサミガー親方がいた事にサスカサたちは驚いた。 山道を下りながらイラフ姫から聞いた永良部島の歴史をサスカサたちはサグルーたちに話した。今帰仁按司が代わる度に、この島で戦が起こって永良部按司が何人も殺されたと聞いてサグルーたちは驚いていた。 大山から下りて浜辺に行くと、大勢のウミンチュたちが集まっていて、中山王の船を見ていた。娘を連れた瀬利覚ヌルが見慣れないサムレーや刀を腰に差した女たちを連れて現れたので、ウミンチュたちは一斉に振り返った。 「ヌル様、戦が始まるのですか」とウミンチュの一人が心配そうに聞いた。 「大丈夫よ。話し合いで何とかなるわ」と瀬利覚ヌルは言った。 「みんなが騒ぐと大げさな事になるから静かに見守っていて」 ヌル様に任せようと言って、ウミンチュたちは引き上げて行った。 ヤールーが待っていて、永良部按司の使者が来て、ジルムイと一緒にサミガー親方の屋敷で待っているとサグルーに告げた。 「やはり、使者が来たか」 「もう一時(二時間)近く経ちますから、いい気分になっている頃でしょう。マティルマ様(先代永良部按司の妻)も船から降りてきて、トゥイ様(先代山南王妃)たちも一緒にいます」 「なに、マティルマ様も一緒にいるのか」 「使者は『北見国内兵衛佐』と『後蘭孫八』で、マティルマ様との再会を喜んでいました。そしたら、サミガー親方がやって来て、みんなを屋敷に連れて行ったのです」 「使者たちは兵を連れては来なかったのだな」 「従者のサムレーを一人づつ連れて来ただけです」 「わかった」とうなづいて、サグルーたちは瀬利覚ヌルの案内でサミガー親方の屋敷に向かった。 作業場は浜辺の西の方にあって、ウミンチュたちが働いていた。屋敷は浜辺から少し離れた所にあり、思っていたよりも立派で大きな屋敷だったので、サグルーたちは驚いた。 庭に四頭の馬がいて、使者の従者のサムレー二人が木陰の縁台に腰掛けていた。三人の子供が遊んでいて、縁側にマティルマの娘のマハマドゥがいた。縁側に面した部屋から話し声が聞こえ、マティルマたちの姿が見えた。 マハマドゥはマティルマの三女で、先代の与論若按司に嫁いだが、若按司が鬼界島(喜界島)で戦死したので、三人の子供を連れてマティルマと一緒に生まれ島に帰って来ていた。 ジルムイが四十代半ばの日に焼けた男と一緒に縁側に現れ、庭に降りてきて、サミガー親方を紹介した。 瀬利覚ヌルがサミガー親方に、サグルーとサスカサを中山王の孫だと紹介した。 「えっ?」とサミガー親方は驚き、「サチがどうして、中山王のお孫さんを知っているんだ?」と聞いた。 「神様が呼んでくれたのよ」と瀬利覚ヌルは言ったが、サミガー親方はわけがわからないと言った顔をしてから、「島へようこそ」とサグルーたちに言った。 「世の主様(永良部按司)の使者たちが待っていますが、すぐに会いますか」とサミガー親方がサグルーに聞いた。 「使者たちは昼食を食べたの?」と瀬利覚ヌルがサミガー親方に聞いた。 「お酒を飲んで、昼食も食べて、先代の奥方様(マティルマ)たちと一緒に楽しそうに話をしています」 「わたしたちもお腹が減ったわ。昼食を食べてから会えばいいんじゃないの」と瀬利覚ヌルがサグルーに言った。 サグルーはサスカサを見て、さっきから腹が減ったと言っていたマウシを見て笑うと、「そうしよう」と言った。 サグルーたちはサミガー親方に連れられて、使者たちとは別の部屋に入った。ジルムイは使者たちの所に戻った。 ウミンチュのおかみさんたちが用意してくれた昼食を食べながら、「親方も馬天浜で修行したのですか」とサスカサがサミガー親方に聞いた。 「馬天浜を御存じなのですか」 「馬天浜で鮫皮作りを始めたのは、わたしたちの曽祖父なのです」 「サミガー大主様が曽祖父?」 「中山王の父親がサミガー大主なのです」 「えっ!」とサミガー親方は口をポカンと開けたままサスカサを見ていたが、「馬天浜で修行したのは父なのです」と言って話を始めた。 サミガー親方の父親は十四歳の時に馬天浜に行き、十年間も馬天浜で暮らしていたという。父親は馬天浜のウミンチュの娘を嫁にもらって島に帰ってきて、親方はこの島で生まれた。 親方の父親は中山王の思紹よりも四つ年上で、サグルーと呼ばれていた思紹が弓矢の稽古や剣術の稽古に励み、ヤマトゥ旅に行った事や、サグルーの長男が生まれて神人から祝福された事を親方は父親から聞いていた。 「兄と同じ名前のサグルーが祖父の中山王で、神人に祝福された赤ん坊がわたしたちの父親の島添大里按司(サハチ)です」とサスカサが言うと親方は驚いていた。 「この島から馬天浜に行った人がいたなんて驚きました」とサグルーが言った。 「この島からも馬天浜に稼ぎに行っていたウミンチュがいたようです。父はカマンタ(エイ)捕りだけでなく、鮫皮作りのすべて身に付けて帰って来ました。初めのうちは作った鮫皮は馬天浜に運んでいましたが、先代の奥方様が鮫皮の事を先代の世の主様に話して、世の主様が今帰仁按司様(帕尼芝)に話したら、今帰仁按司様は大層喜んで、鮫皮を買い取ってくれました。それだけでなく、この立派な屋敷も建ててくれたのです。先代の奥方様は中山王(察度)の娘なのに気さくな人で、ウミンチュたちの面倒をよく見てくれました。女たちを集めて、読み書きも教えていたのです。今帰仁に行ったまま帰って来なかったので、みんなが寂しがっておりました。今帰仁の城下は全焼して、グスクも鉄炮(大砲)でやられて、ひどい有様だと聞きました。奥方様は今帰仁グスクで暮らしていると聞いておりましたので、亡くなってしまったに違いないと思っていたのです。中山王の船に乗って来られたので驚きましたが、無事のお姿が見られて、皆、喜んでおります」 「今、焼け野原になってしまった今帰仁の城下の再建が始まっています。城下が再建されたら、新しい今帰仁按司が首里からやって来ます。この島も中山王の領内となり、中山王に従う事になります。親方の鮫皮は中山王が買い取る事になるでしょう」とサスカサは言った。 「よかったわね」と瀬利覚ヌルが笑って、「でも、あなたの跡継ぎがいないのが残念ね」と言った。 「跡継ぎがいないのですか」とサスカサが聞いた。 「奥さんが出産に失敗して亡くなった後、奥さんの事が忘れられないって言って、後妻をもらわないんですよ。奥さんが亡くなったのはもう二十年も前なのに」 「縁がないんですよ」と親方は笑った。 屋敷の中に広間があるので、そこで使者たちと会う事にして、瀬利覚ヌルの案内で、サグルー、マウシ、シラー、サスカサ、シンシン、ナナが広間に移って使者たちを待った。 瀬利覚ヌルは、中山王が攻めて来たら味方となり、後蘭孫八と兄の北目国内兵衛佐と一緒に世の主を倒そうと思っていた。中山王が世の主を倒す気がない事を知って、神様も敵討ちを望んでいないに違いないと諦めていた。 アキシノ様から代々続いていた永良部ヌルを大叔母の北目ヌルに奪われてから五十年余りが経っていた。七年前、母は無念の思いのまま亡くなった。永良部ヌルに戻れなかっただけでなく、瀬利覚ヌルに跡継ぎがいなかった事を嘆いていた。瀬利覚ヌルとしてもアキシノ様の血を絶やしたくはなかったが、『マレビト神』に出会えなかった。 母が亡くなった翌年、跡継ぎの事を半ば諦めていた瀬利覚ヌルの前に孫八が現れた。出会った途端に『マレビト神』だとわかり、孫八と結ばれた瀬利覚ヌルは翌年、跡継ぎの娘を産んだ。孫八も家族を連れて奄美大島から移ってきた。 孫八はグスク造りの名人で、後蘭にグスクを築き、世の主のグスクも築いた。そのグスクには『抜け穴』もあり、中山王の兵が攻めれば、簡単に落とす事ができるのに、今回は諦めなければならなかった。山北王はいなくなったし、いつか必ず永良部ヌルに戻れる日が来る事を信じて待とうと瀬利覚ヌル思った。 ジルムイが連れて来た使者の後蘭孫八と北見国内兵衛佐は、二人とも体格のいい大男だった。酒を飲んでいた部屋に置いてきたのか二人とも刀を腰に差していなかった。 「兄のサグルーと妹のサスカサです」とジルムイが孫八と国内兵衛佐に紹介して、サグルーたちに孫八と国内兵衛佐を紹介した。 孫八と国内兵衛佐はかしこまって座り、サグルーたちと対面した。 「うまいお酒を御馳走になりました。あんなにうまいお酒を飲んだのは初めてです」と国内兵衛佐が言った。 「奥方様を連れて来ていただき、ありがとうございます。世の主も大層、喜ばれる事でしょう」と孫八が言った。 二人ともほろ酔い気分で、いい機嫌のようだった。 「中山王のヌルたちはサムレーの格好をしていると奥方様から聞いて驚きましたが、本当にサムレーの格好をしているので驚きました」と国内兵衛佐がサスカサたちを見ながら言った。 「わたしの母は女子サムレーの総大将を務めています。今、女子サムレーは二百人余りいますが、琉球の北部にも配置する予定なので、さらに増える事でしょう」とサスカサは言った。 「なに、女子のサムレーが二百人もいるのか」と国内兵衛佐が唸ってから、「会ってみたいものじゃ」と嬉しそうに言った。 「北目殿」と孫八が言って促した。 「わかっておる」と国内兵衛佐が孫八にうなづいて、 「中山王の意向を聞いて参れと世の主から命じられてやって参りました」とサグルーに言った。 「『世の主』とは、この島の主の事ですか」とサグルーが聞いた。 「この島では、按司の事を『世の主』と呼んでおります。わしの父親は中山王のサムレー大将でしたが、先代の奥方様の護衛役としてこの島に来ました。按司の事を『世の主』と呼ぶのを聞いて驚いたと生前、言っておりました。外から来た人は驚くかも知れませんが、この島では昔から、そう呼んでいるようです」 「ほう。そなたの父親は察度(先々代中山王)のサムレー大将だったのか」 「察度様が亡くなった時、父は浦添に帰りました。向こうにも家族がいると聞いていましたので、もう帰って来ないかもしれないと心配しましたが、翌年の夏に帰って来て、その六年後、この島で亡くなりました」 そう言って国内兵衛佐は顔を上げてサグルーを見ると、「中山王の御意向をお聞かせ下さい」と言った。 「中山王の意向は永良部按司が中山王に忠誠を誓えば、この島の事は任せるという事です」 「えっ!」と国内兵衛佐と後蘭孫八が同時に言った。 「それは誠でございますか」 「戦をすれば、島の人たちにも犠牲者が出ます。今帰仁の合戦で大勢の人が亡くなり、これ以上、犠牲者は出すなと中山王は言っております」 国内兵衛佐と後蘭孫八は顔を見合わせて、ホッと溜め息をついた。 「ただ、人質として若按司を預かる事になります。何事もなければ一年後にはお返しします」 「若按司をですか」と国内兵衛佐が言った。 「その事は与論按司も承知しました」 「世の主は一族もろとも殺されるものと思っておりました。若按司を人質にして許されるのなら喜んで承知するでしょう」と孫八が言った。 「世の主は戦の準備をして待ち構えているのですか」とサグルーは聞いた。 「戦の準備をして待っておりましたが、八隻の船を見て、戦をするのは諦めたようです。この島の兵は百人余りしかいません。しかも皆、実戦の経験はありません。中山王が鉄炮を持っていると知って、皆、怯えてしまって戦ができるような状況ではありません」と国内兵衛佐が答えた。 サグルーはうなづいて、「世の主に会いに行こう。案内を頼むぞ」と言った。 船から百人の兵を降ろし、マティルマたちは船に戻して与和の浜に向かわせた。 船から降ろした馬に乗り、サグルーたちとサスカサたちは兵を率いて、国内兵衛佐と孫八の案内で世の主のグスクに向かった。瀬利覚ヌルも娘をサミガー親方に預けて付いてきた。 「旗を揚げるのを忘れていた」と孫八が国内兵衛佐に言った。 「あっ、わしもすっかり安心して、忘れていた」 「戻って上げるか」と孫八が言ったが、「早馬を送ったから大丈夫じゃろう。先代の奥方様も帰って来たし、世の主も一安心じゃ」と国内兵衛佐は笑った。 兵たちを連れているので馬を走らせるわけにもいかず、のんびりと景色を眺めながら一時(二時間)も掛かって世の主のグスクに着いた。途中、イラフ姫が言っていた牧場があり、何頭もの馬がのんびりと草を食べていた。 越山の中腹にある世の主のグスクは思っていたよりも立派なグスクだった。今帰仁グスクを小さくしたようなグスクで、高い石垣に囲まれていた。サグルーたちもサスカサたちも石垣を見上げて驚いた。来る途中で後蘭孫八が築いたと聞いていたので、大したグスクではないだろうと思っていたが、大きな間違いだった。こんな凄いグスクを築く男がこの島にいたなんて思いもよらない事だった。 大御門(正門)の上に櫓があり、五人の兵がいたが弓矢を構えてはいなかった。先に来ていた国内兵衛佐の従者のサムレーが大御門の前で待っていて、国内兵衛佐に耳打ちすると、国内兵衛佐は驚いた顔をした後、孫八を呼んで何やら相談をした。 「思わぬ事態になってしまいました」と孫八がサグルーに言った。 「何か起きたのですか」とサグルーは聞いた。 孫八は国内兵衛佐を見てから、「世の主が自害してしまわれました」と言った。 「何だって? どうして自害など‥‥‥」 「詳しい事はまだわかりませんが、世の主は先代が祀られている『ウファチジ』という山の上で、奥方様と若按司と一緒に自害されたようです」 「何という事だ‥‥‥」とサグルーはサスカサを見て首を振った。 「按司が亡くなったのなら確認しなければならないわ」とサスカサは言った。 サグルーはうなづいて、「その山に案内してもらおう」と孫八に言った。 マウシがサグルーの袖を引いて、「罠かもしれんぞ」と小声で言った。 サグルーは孫八を見て、国内兵衛佐を見た。櫓の上と石垣の上も見たが、先ほどと変化はなかった。 「大丈夫よ」とユンヌ姫の声がした。 「罠ではないのね」とサスカサが聞いた。 「山の上には三人の遺体とサムレーが三人とヌルが一人いるだけよ」 サスカサはユンヌ姫にお礼を言った。 マウシとジルムイを兵たちと共に残して、サグルーとシラーとヤールー、サスカサ、シンシン、ナナ、瀬利覚ヌルが孫八と国内兵衛佐の後に従った。 ウファチジはグスクの東側にあるこんもりとした山で、細い山道を登って行くとすぐに山頂に着いた。大きな松の木が何本もあって、二人のサムレーが見張りをしていたが、孫八と国内兵衛佐の姿を見ると頭を下げて道を開けた。そこは広場になっていて、大きな石の近くに三つの遺体が並び、一人のサムレーが遺体の前に跪いていた。 「マサバルー、これは一体、どうした事なんじゃ?」と国内兵衛佐がサムレーに聞いた。 「わしにもわからんのじゃ。大城ヌル様から話を聞いて、ここに来た時は三人とも血まみれになって倒れていたんじゃ」 「自害した事に間違いはないのか」 「間違いない。世の主が奥方様と若按司を斬って、自分の首を斬ったんじゃ」 「何という事じゃ‥‥‥」 孫八と国内兵衛佐は遺体の前に跪いて両手を合わせた。サグルーたちも遺体に両手を合わせてから、大城ヌルから事情を聞いた。 大城ヌルは世の主の叔母で、グスク内の世の主の御殿で、世の主と奥方、子供たちと一緒に今後の事を相談していたらしい。知名の浜に泊まっていた中山王の船が与和の浜に向かってきて、陸からも中山王の兵が攻めて来るとの知らせを聞くと、もう終わりじゃと言って、抜け穴を通ってグスクから抜け出し、ここに来て自害してしまったという。 「マティルマ様とマジルー様はグスクにいるのか」と孫八が聞いた。 「お二人はヤタルーがお連れしました」と大城ヌルが言った。 「どこにお連れしたんだ?」 大城ヌルは首を振った。 「グスクから出ると世の主がヤタルーに何かを言って、ヤタルーはお二人を連れてどこかに行きました。わたしは世の主と一緒にここに来たので、どこに行ったのかわかりません」 日が暮れてきたので、真相を調べて後で知らせるとマサバルーが言って、サグルーたちは以前に世の主が使用していた玉グスクに案内された。 |
永良部島(沖永良部島)
伊良部島
口永良部島