古見のクミ姫
古見(小湊)に着いたサスカサ(島添大里ヌル)たちは驚かされた。 サスカサたちを迎えた古見ヌルはマキという七歳の娘を連れていて、マキの父親は本部のテーラー(瀬底大主)だと言った。 七年前に奄美大島平定のために湧川大主(攀安知の弟)と一緒に来たテーラーと結ばれて、ようやく跡継ぎに恵まれたのだという。 「あたしに妹がいたのね」と瀬底若ヌルはマキの手を取って喜んだ。 「テーラー様は山北王(攀安知)の重臣でしたが、中山王(思紹)に寝返ったのですか」と古見ヌルは瀬底若ヌルを見ながらサスカサに聞いた。 「寝返らす予定だったのですが、間に合わなくて、戦死してしまいました」 「そうだったのですか‥‥‥生きて戻って来るに違いないと信じて待っていたのです」と言って古見ヌルは海の方を見つめた。 「テーラーはわたしと一緒に武当拳の修行を積みました。中山王のために働いて欲しかったのですが残念です」 古見ヌルは涙を拭いてサスカサを見ると、 「あなたも武当拳を使うのですか」と聞いた。 「中山王を初めとしてサムレーたちもヌルたちも武当拳を身に付けています。みんな、武当拳を編み出したヂャンサンフォン(張三豊)様の弟子なのです」 「ヂャンサンフォン様‥‥‥テーラー様から聞いています。わたしもテーラー様から武当拳の指導を受けました」 湧川大主と一緒に古見に来た時、テーラーはまだ武当拳を知らなかったが、翌年、山北王の娘マサキが山南王(汪応祖)の三男に嫁ぎ、護衛のために南部に行ったテーラーはンマムイ(兼グスク按司)がいた新グスクのガマ(洞窟)で、サスカサたちと一緒にヂャンサンフォンの指導を受けた。そして翌年、新しい奄美按司を連れて奄美大島平定に来たテーラーは古見ヌルと再会して、『香島の剣』を身に付けている古見ヌルに武当拳を教えたのだった。 古見は大川の河口に開けた村で、思っていたよりも家々が建ち並んでいて、かつては交易で栄えていた港だという面影が残っていた。冬になればヤマトゥ(日本)から来た船が何隻も立ち寄るのだろうが、今は閑散としていて按司の船がぽつんと一隻浮かんでいるだけだった。 サスカサたちは集落の手前にある砂浜から上陸して古見ヌル母娘と会っていた。 「『クミ姫様』から皆様方がいらっしゃる事を伺いました。娘のマキの父親がテーラー様である事を告げるようにと言われて驚きました。わたしは隠しておこうと思っていたのですが、テーラー様の娘だとわかればマキは皆様から歓迎されるとおっしゃるので、クミ姫様の言う通りに告げたのです。まさか、マキの姉がこの村に来るなんて思ってもいませんでした」 「瀬底若ヌルの事を知っていたのですか」とサスカサは聞いた。 「テーラー様から聞きました。本部の近くに瀬底島があって、そこに九つ違いの姉がいる。やがて瀬底島のヌルになるだろうと言っていました」 古見ヌルは浜辺で仲良く遊んでいる瀬底若ヌルとマキを見ながらまた目を潤ませていた。 サスカサたちは古見ヌルに従って左右に家々が建ち並ぶ大通りを進んだ。宿屋らしい大きな建物もあって、冬にはヤマトゥンチュ(日本人)たちで賑わうようだ。集落の裏まで尾根を伸ばしている山があって、尾根続きの小高い丘の上に土塁に囲まれた小さなグスクがあった。 「按司のグスクです」と古見ヌルが説明して、グスクの後ろに続いている山を示して、 「『クミ姫様』の神山です」と言った。 「ここの按司は古いのですか」とナナがグスクを見ながら聞いた。 「三百年余り前に、『トゥクカーミー(カムィ焼)』が始まって徳之島と鬼界島(喜界島)の中継地として、ここが栄え始めた頃、古見ヌルの弟がグスクを築いて按司になったようです」 「三百年も絶える事なく続いているのですね」 「そうです。按司は三百年、ヌルは一千年以上続いています。わたしの代で絶やす事はできません。テーラー様に出会えて本当によかったと思っています」 「『香島の剣』も一千年以上続いているのですね」 古見ヌルはうなづいて、桑畑の先に見える山を示した。 「あのお山の裾野に『鹿島神社』があります。武芸の神様が祀られています」 「『クミ姫様』が祀ったのですか」 古見ヌルは首を振った。 「『クミ姫様』の頃はまだ神社というものはありません。『トゥクカーミー』で栄えていた頃、鹿島のサムレーがここに来ました。当時の古見ヌルと結ばれて、古見ヌルから『香島の剣』を伝授されたようです。鹿島ではすでに失われてしまった古流を知る事ができて感激したサムレーが『鹿島神社』を建てたのです」 「『鹿島神社』に祀られている神様はどなたなのですか」 「『タケミカヅチ』の神様です」 「タケミカヅチ? 『スサノオ様』と関係あるのかしら?」 「『クミ姫様』からお聞きしたのですが、『タケミカヅチ』の神様はヤマトゥの『鹿島神宮』の神様だそうです。でも、本当の鹿島の神様は『フツ姫様』だとおっしゃいました」 「フツ姫様?」 「『瀬織津姫様』のお孫さんのようです。『クミ姫様』はヤマトゥから帰って来て、あのお山の山頂に『フツ姫様』をお祀りしました。神様の声は聞こえませんが古いウタキ(御嶽)になっています。後で御案内します」 グスクを右上に見ながら山裾の道を進み、途中から山の中へと入って行った。曲がりくねった細い山道を登って行くと、まもなく景色のいい場所に着いた。 古見の集落が見渡せ、海の向こうに鬼界島が見えた。サスカサの弟子たちが景色を眺めながらキャーキャー騒いだ。そこから少し登った所が山頂で、こんもりとした樹木に囲まれた中に古いウタキがあった。 サスカサたちはウタキの前に並んで跪き、お祈りを捧げた。 「『瀬織津姫様』を連れて来てくれてありがとう」と神様の声が聞こえた。 「久米島から来られた『クミ姫様』ですね」とナナが聞いた。 「そうよ。わたしが『浅間の国』に行った時、『瀬織津姫様』の事を知らなかったの。瀬織津姫様は『浅間大神様』と呼ばれていたのよ」 「瀬織津姫様の国は『アスマヌクニ』と呼ばれていたのですか」 「『豊姫様』は『アズマノクニ』って言ったけど、実際に行ってみると『アスマヌクニ』だったの。『貝ぬ国(甲斐の国)』とも呼ばれていたわ」 「『貝ぬ国』ですか」 「南の島でしか採れない貴重な貝殻が手に入るのでそう呼ばれたらしいわ。『浅間の国』で歓迎されたわたしは、浅間大神様の孫娘の『フツ姫様』が『香島』という所に行って、そこの神様になっていると聞いたので、『香島の国』に行ってみたのよ。思っていたよりもずっと遠い所で、複雑な入り江の中にいくつも島がある凄い所だったわ。『香島大神様』と呼ばれていた『フツ姫様』は武芸と航海の神様で、船乗りたちが『香島の剣』の修行に励んでいたわ。『香島の海』を挟んで対岸にある『香取』は賑やかな港で、遠い所から来たお船がいっぱい泊まっていたのよ」 「『香島の剣』を編み出したのは『フツ姫様』だったのですか」 「そうなのよ。『瀬織津姫様』がこの島にいらした時にお話を聞いたら、『フツ姫様』は浅間の国の近くにあった『秦』という国からやって来た人たちの国に行って剣術を習っていたらしいわ。その剣術を香島に行ってみんなに教えたら、凄いって言われて『香島の剣』と呼ばれるようになったようだわ」 「『徐福の国』ね」とシンシンが言った。 「そうよ、『シュフー』って言っていたわ。わたしも香島の国で『香島の剣』を習って帰って来たのよ」 「『イーチュ(絹)』の作り方も学んできたのですね」とサスカサが聞いた。 「イーチュは浅間の国で学んだのよ。香島の国で新年を迎えて香島の人たちを連れて浅間の国に戻って、イーチュの作り方を学んでから奈良の都に帰ったの。そしたら、『ウパルズ』が来ていたのよ」 「えっ、『ウパルズ様』が奈良にいたのですか」 ナナとシンシンは驚いて、ミャーク(宮古島)の高腰グスクに姿を現した威厳のある美しい『ウパルズ』を思い出していた。ウパルズのお陰で、玉依姫(卑弥呼)の跡を継いだ『豊姫』の事を知り、奈良に行った時に豊姫に会う事ができたのだった。 「驚いたわ。『ウパルズ』はわたしと同い年なの。ウパルズは十八の時に久米島に来て琉球に行って、その帰りに、わたしはウパルズと一緒に池間島に行ったのよ。その時、長女を西島(伊良部島)に連れて行く『イラフ姫様』も一緒だったのよ。ウパルズと別れてイラフ姫様と一緒に帰って来たわたしは永良部島まで行って、さらに徳之島、奄美大島に渡って、ここに落ち着いたのよ」 「どうして、ここに来たのですか」とサスカサが聞いた。 「成り行きよ」とクミ姫は笑った。 「『イラフ姫様』と一緒にヤマトゥに行った『リュウ』という船乗りがいたの。池間島に行く時も一緒で、永良部島に帰ってきた時、リュウが久し振りに故郷に帰るって言ったの。わたしはリュウの里帰りに付いて行ったのよ。そしたら、ここに着いたってわけ。リュウのお陰でわたしは歓迎されて、居心地がよかったので住み着いちゃったのよ」 「もしかして、リュウさんは『マレビト神』だったのですか」 「そうだったのよ。でも、その頃のわたしは気づかなかったわ。だって、リュウはわたしよりも十も年上だったのよ。腕のいい船乗りだったから、わたしはリュウと一緒にヤマトゥに行って、苦労を共にして、帰って来てから『マレビト神』だって気づいて結ばれたわ。翌年、わたしは娘を産んで、『アスマ』って名付けたのよ」 「クミ姫様がここに来る前にリュウさんの一族がここで暮らしていたのですか」 「そうなのよ。リュウの御先祖様は前山に祀られているんだけど、わたしには声が聞こえないし詳しい事はわからなかったの。でも、『瀬織津姫様』がいらしてから声が聞こえるようになって、伊平屋島から来た『フー姫様』だとわかったのよ」 「えっ、伊平屋島から来たのですか」とナナは驚いた。 「瀬織津姫様の妹の『知念姫様』の孫の孫が伊平屋島に行って神様になって、その娘の『フー姫様』がここに来て村を造ったらしいわ」 伊平屋島はヤマトゥ旅の行き帰りに寄っていたが神様の声を聞いた事はなかった。改めて伊平屋島に行って神様に挨拶しなければならないとナナは思った。 サスカサも伊平屋島の神様がこの村を造ったと聞いて驚いていた。伊平屋島は曽祖父(サミガー大主)の故郷なのに詳しい事は何も知らない。琉球に帰ったら伊平屋島の神様に挨拶しなければならないと思った。 「クミ姫様がいらっしゃる前、ここは『フー』と呼ばれていたのですか」とナナが聞いた。 「『フーゴー』って呼ばれていたわ」 「川の名前ですね」 「そうだったのよ。でも、わたしが来た時は『フー姫様』の子孫のヌルは絶えてしまっていて、『フー姫様』の事を知っている人はいなかったわ」 「『フー姫様』のウタキは前山にあるのですね」 「そうよ。わたしと古見ヌルが『フー姫様』の声が聞こえるようになって喜んでいたわ。あなたたちが行けば歓迎してくれるわよ」 「『フー姫様』に御挨拶に参ります。わたしたちが瀬織津姫様を探しにヤマトゥに行った時、瀬織津姫様が造った『浅間の国』は樹海の下に埋まってしまっていました。『浅間の国』はどんな国だったのですか」 「『セヌウミ(剗海)』と呼ばれる大きな湖の畔にあって、春になると桃の花が満開に咲き誇って、とても綺麗な国だったのよ。お舟に乗って『セヌウミ』から満開の桃の花の向こうに見える『浅間のお山(富士山)』の景色はこの世のものとは思えないほど素敵だったわ。浅間のお山の山頂に『浅間大神様』が祀られていて、浅間大神様の子孫のヌルが国を統治していて、人々は平等で、争う事もなく、平和で素晴らしい国だったのよ。わたしが行った時も浅間のお山は煙を上げていたけど、大噴火して『浅間の国』が埋まってしまうなんて考えも及ばなかったわ。大噴火が起こった時には、すでに『浅間の国』は解体していて、多くの人たちは『国府(笛吹市)』に移っていたようだけど、『浅間大神様』を祀る人たちは残っていたらしいわ」 「えっ、大噴火の時、『浅間の国』はなくなっていたのですか」 ナナは驚いてシンシンと顔を見合わせた。 「時の流れで仕方がないのよ。『ヤマトゥ(大和)の国』の勢力が東国にもやって来て、『浅間の国』はヤマトゥに従って、『甲斐の国』としてヤマトゥの支配下に入ったらしいわ」 「『スサノオ様』が造った『ヤマトゥの国』の支配下になったのですね」 「スサノオ様は瀬織津姫様の子孫だから浅間大神様だった瀬織津姫様は『ヤマトゥの国』に従うようにと当時のヌルに告げたんだと思うわ。わたしが浅間の国から奈良に戻って『豊姫様』に浅間の国と香島の国の話をしたら、豊姫様は『浅間の国』と『香島の国』に使者を送るって言っていたわ。浅間の国の人たちは豊姫様に従って、東国平定を助けたけど、香島の国は従わすに滅ぼされてまったのよ」 「えっ、『香島の国』は滅ぼされたのですか」 「そうなのよ。わたしが香島の人たちをこの島に連れて来てからずっと『香島の国』と貝殻の交易を続けていたんだけど、交易も終わってしまったのよ」 「『フツ姫様』が従うなと言ったのでしょうか」 「香島の神様が変えられてしまったのだから、何か深い事情があったんだと思うわ」 「この村の鹿島神社の神様も『タケミカヅチ様』だと聞きましたが、『フツ姫様』は消されてしまったのですか」 「わたしもその事にずっと疑問を持っていたの。『スサノオ様』が琉球に来られた後、ヤマトゥに行く道ができたので、わたしはヤマトゥに行って調べたのよ。『鹿島神宮』ができたのはわたしが『香島』に行った時から四百年近く経った頃だったの。その頃になるとヤマトゥの国が東国を平定していたようだけど、香島の国には『香島の剣』を身に付けた気の強い船乗りたちが多いから反発して戦になったようね。そして、滅ぼされてしまったのよ。『香島の国』を倒したヤマトゥの国は北に進出するのよ。北の方にはヤマトゥの国に従わない『蝦夷の国』があって、『鹿島神宮』は蝦夷征伐の拠点として建てられて、どこの神様だか知らないけど『タケミカヅチ』の神様が祀られるのよ。香島の海を挟んで鹿島神宮の対岸に『香取神宮』があって、香取神宮は『フツ姫様』を拝んでいた『木の国』から来たお姫様を祀っていたんだけど、『フツ姫様』の祟りを恐れて、香取神宮に『フツ姫様』も祀られるようになるのよ。生き残った『フツ姫様』の子孫たちも香取に移って、『香島の剣』を『香取の剣』と改めて修行に励むわ。鹿島神宮と香取神宮ができてから八百年近くが経ったけど、今でも鹿島と香取では武芸が盛んなのよ」 「『木の国』って熊野から来たお姫様ですか」 「違うわ。東国の木の国よ。今は『上野の国』って呼ばれているけど、古くは『木の国』って呼ばれて、『毛の国』になって、二つに分かれて『上津毛(上野)』と『下津野(下野)』になるのよ。『豊姫様』の孫の『イリヒコ』が『木の国』に来て国を治めたらしいわ。イリヒコの娘の『キヌ姫』は交易で賑わっていた『香取』に馬に乗ってやって来て、対岸にある『香島』を見ながら『フツ姫様』を拝んでいたのよ。弓矢が得意だったキヌ姫は『香島の剣』を身に付けて、港に集まるならず者たちをやっつけて香取の人気者になったようだわ。キヌ姫は亡くなった後、『斎主の神様』として祀られて、後に『香取神宮』の神様になるのよ」 「『キヌ姫様』にも会いたいけど、『フツ姫様』に会うにはどちらに行ったらいいのですか」 「鹿島神宮の森の中に『フツ姫様』のウタキはあるわ。香取神宮にある古いウタキが『キヌ姫』のウタキよ。キヌ姫は跡継ぎを産まずに亡くなってしまったけど、フツ姫様には娘が二人いて、長女はフツ姫様の跡を継いで二代目の『香島大神』になって、次女は信濃の国(長野県)に行って『諏訪姫』になるのよ。諏訪は『黒石(黒曜石)』の産地で浅間の国の貝殻と交易していたの」 「その『黒石』は琉球にも行ったのですね」 「そうよ。琉球にも行ったし、ここにも来たのよ」 「もしかしたら、池間島にも行ったのですか」 「池間島にも行ったわ。池間島で思い出したけど、ウパルズの娘の『イキャマ姫』がウパルズの跡を継ぐまで加計呂麻島にいたのよ」 「えっ、『イキャマ姫様』が加計呂麻島に?」 「『イキャマ姫』はわたしの娘の『アスマ』と同い年で、一緒に池間島に行ったりしていたのよ。加計呂麻島で『マレビト神』と出会って住み着いたのよ。イキャマ姫が造った村は『イキャマ』って呼ばれていたけど、今はなまって『イキンマ(生間)』って呼ばれているわ。イキャマ姫はウパルズが亡くなると跡を継ぐために池間島に帰るけど、次女は残ってイキャマ姫を継いで、次女の子孫の生間ヌルが『平家』と結ばれて、平家が『諸鈍』の村を造ったのよ」 「今の生間ヌルは『ウパルズ様』の子孫なのですか」 「そうなのよ。滅びる事なく続いているわ」 ウパルズの子孫なら絶対に会わなければならないとナナは思った。 「初代の『イキャマ姫様』のウタキは加計呂麻島にはないのですね」 「あるわよ」とクミ姫が言ったのでナナもシンシンも驚いた。 『イキャマ姫』のウタキは池間島の『ナナムイウタキ』にあったのをナナもシンシンも覚えていた。 「生間の村の後ろにある神山の山頂にあるわ」 「『イキャマ姫様』のウタキは池間島にありましたけど、加計呂麻島にもあるのですか」 「ウパルズを継ぐために池間島に帰ったんだけど、一人前になった長女にウパルズを継がせて生間に帰って来たのよ。一緒に『浅間の国』や『香島の国』まで行ってきた仲だからアスマに会いたくなって帰って来たの。帰って来て十年くらい経って亡くなって生間の後ろの山に祀られたわ。分骨が池間島に送られて『ナナムイウタキ』に祀られたのよ」 「『イキャマ姫様』は加計呂麻島にいらっしゃいますか」 「いると思うわよ。ウパルズの命日には池間島に帰るけど、今ならいるはずよ」 「もしかしたらウパルズ様の命日は九月ですか」とシンシンが聞いた。 「そうよ。よく知っているわね」 「ミャークに行った時、イキャマ姫様にお会いしました。その時が九月だったのです。加計呂麻島でイキャマ姫様にお会いできるなんて思ってもいませんでした」 「きっと、アスマも一緒にいると思うわ」 サスカサたちはクミ姫にお礼を言って別れ、神山を下りた。 「『イキャマ姫様』が加計呂麻島にいらっしゃるなんて驚いたわね」とナナがシンシンに言った。 「池間島は『ウパルズ様』が守っているからイキャマ姫様は加計呂麻島に行ったのね。そして、イキャマ姫様の娘さんはターカウ(台湾の高雄)にいるわ」とシンシンは言った。 「そうだったわね。娘さんの三代目ウパルズ様はターカウにいらしたわ。三代目ウパルズ様は加計呂麻島で生まれたのかしら? ねえ、サスカサ、加計呂麻島に行きましょう」とナナが言うと、サスカサは笑ってうなづいた。 「『ウパルズ様』がいらっしゃる池間島ってどこにあるのですか」とタマ(東松田の若ヌル)がナナに聞いた。 「ミャークの近くにある島なのよ。ウパルズ様はイシャナギ島(石垣島)の『ウムトゥ姫様』の娘なの。ウムトゥ姫様は久米島の『クミ姫様』のお姉様で、首里のビンダキ(弁ヶ岳)にいらっしゃる『ビンダキ姫様』の娘なの。ビンダキ姫様は『真玉添姫様』の娘で、真玉添姫様は『ユンヌ姫様』のお姉様なのよ」 「ミャークに行った時にお会いしたのですね」 「そうよ。一緒にお酒を飲んだのよ。娘さんの『イキャマ姫様』もいらして、加計呂麻島の話を聞いたような気がするんだけど思い出せないのよ」 「あたしも聞いたような気がするけど思い出せないわ」とシンシンが言った。 神山を下りて桑畑の中を通って前山に登って『フー姫様』のウタキに行ったがフー姫様は留守だった。 「フー(帆)姫様はお名前の通り、風に吹かれてどこにでも行かれるのです。なかなかお会いできません」と古見ヌルが言った。 フー姫様から伊平屋島の事を聞きたかったが、サスカサたちは諦めて山を下りた。集落に戻って浜辺に出ると人々が集まっていて賑やかだった。 「『まるずや』が来たのよ」と志慶真ヌルが言って、人混みの中に入って行った。 「えっ、まるずや?」と古見ヌルが驚いて、「ごめんなさい。鹿島神社は後にしてね」と言うと娘を連れてどこかに消えて行った。 海の方を見ると『まるずや』の船が浮かんでいた。サスカサたちも人混みの中に入って、サンダラたちとの再会を喜んだ。 |
古見(小湊)
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