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都会の夜。ネオンサインと車のライトが交差しては流れる。 ネオンサインの光の中でうごめく人間の波。 狭い路地に小さな飲み屋が並んでいる。 氾濫した音の中をさまよう酔っ払いたち。 チンピラ風の男が勢いよく走って来る。 「火事だぞ。おい、火事だ! 火事だ!」とわめきながら走り去った。 酔っ払いたちはわめきながら男の後を追う。「どこだ? おい、どこだ?」 「火事だ! 火事だ!」
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小さな食堂から火と煙が立ち昇っている。やじ馬たちが現場を囲むように面白そうに見物している。 家の中では店の者たちが真剣な顔をして火を消そうとしている。 「おい、早く消せよ!」と片手に持った包丁を振り上げながら、真っ赤な顔をした男が怒鳴った。「俺の店に燃え移ったら、ただじゃおかねえぞ!」 「何だ、おめえ、隣の肉屋じゃねえか」と缶ビールを飲んでいた男が言った。「こんなとこで見てねえで手伝ったらどうだい」 「馬鹿野郎! 俺が火を出したわけじゃねえや。何やってんだ。早く消せ!」 肉屋は包丁を振り回しながら、食堂の前で怒り狂っている。やじ馬たちは思い思いに目の前で起こっているドラマを批判しながら観賞していた。 「ちぇっ、つまらねえ。大した事ねえじゃねえか。うちでテレビを見てた方がよかったぜ。もっと景気よく燃えねえのか」 「二階にまだ子供がいるんだってよ」 「へえ、そういや、このうちには可愛い女の子がいたっけな。まだ、殺しちまうには可哀想だな」 「今のうちに死んだ方が、あの子のためさ」 「消防車はどうしたんだい? まだ来ねえじゃねえか」 「馬鹿め、そう早く来てもらっちゃあ、つまらねえよ。途中で酒でも買ってくりゃよかったな。火事見酒なんて乙なもんだぜ」 煙に包まれた二階から、女の子の悲鳴が聞こえて来る。 「助けて! だってよ」若い巡査が中年の巡査に言った。「泣いてますよ。先輩、助けてやった方がいいんじゃないですか」 「おめえこそ、助けてやったらどうだい。有名になりてえって、いつも言ってるじゃねえか。今、火の中に飛び込んだら、明日の新聞にでかでかと載るぜ」 「よして下さいよ。こんなちっぽけな火事くらいで新聞なんか載りませんよ」 「いい匂いがするわ」と買い物袋をさげた若い奥さんが隣の奥さんに言った。 「そうね、勿体ないわね。食べ物、みんな焼けちゃったのよ」 「うち、まだ、お夕食前なのよ。今日は久し振りにお肉でも焼こうかしら」 火はだんだんと消えてくる。肉屋の親爺も安心して自分の店に帰って行った。 水浸しの食堂の中では従業員の女の子が汗と水でびっしょりになりながら、バケツを持って階段を行ったり来たりしていた。親爺は疲れ切って、唯一、焼け残った椅子に腰を下ろし、燃えて穴の空いた天井をボケッと見ている。おかみさんは泣いている娘を抱きながら一緒に泣いていた。 「そろそろ終わりらしいな」 「畜生、石油でもぶっかけてやりてえな」 火はほとんど消えた。遠くの方からサイレンの音が近づいて来た。二人の巡査は高みの見物から、急にお巡りの顔に戻り、しかめっ面をしながら現場の中に入って行った。やじ馬たちはブツブツ言いながら散って行った。 |