六月二十日
灰の混じった雨が降り続いた。 惣八の騒ぎがあった次の日も五つ(午後八時)頃、浅間山が焼けて、物凄い音と共に地面が大揺れした。その時、市太は珍しく家にいて、祖父の離れで、市左衛門から 突然、家が大揺れしたと思ったら、 大揺れの後、小揺れが何度もあり、小石は 翌日、村は大騒ぎ、田畑の作物はすべて、石にやられて全滅してしまった。惣八の 雨が小降りになった昼過ぎから、村総出で小石掃きが始まった。積もった石をどけなければ、馬がまともに歩けない。用水の中に溜まった石も さらに、悪い事が重なった。 「惣八の奴、土蔵に閉じ込められちまったらしいな」と安治が棒で灰を被った草をかき分けながら言う。 「そいつアしょうがねえだんべ。金で片を付けるにしろ、世間体ってもんがあるからな。それより、おまんの方はお頭んちにいるようじゃねえか。八兵衛と別れるんかな」 「八兵衛の方は中居にいる親父が 「まったく、惣八の奴もとんだ事をしてくれたぜ」 市太は「いてて」と言いながら腰を伸ばす。安治も腰を伸ばすと傍らにある石に腰掛ける。 「結局んとこ、奴はうまくやったんかなア」 「わからんな」と市太も倒れている木の幹に腰掛ける。 「お頭がおまんから聞いた話によると、おまんは縫い上がった路考の衣装を試しに着ようとしただけだそうだ。惣八に頼まれて、おまんとしても十二単衣が着てみたかったんだんべ。帯を解いた時、大揺れが来て、表に出ようとアタフタしてたら路考が来たそうだ」 「何でえ。それじゃア、惣八は何もしてねえんじゃねえか」 「おまんの話によるとそうなるけど、真相は 「それにしたってよう、亭主の親父が危篤だってえのに間男なんかするか」 「それがよう、八兵衛の親父の危篤は初めてじゃねえらしい。親父の危篤をだしにして、何度も追分の女郎と会ってたらしいんだ」 「そういやア、馴染みの女郎がいたっけ」市太は腰をたたきながら、「確か、甲州屋だっけかな」と思い出す。 「それで、今回も女郎のとこに泊まりに行ったに違えねえとしゃくになって、惣八を追い返さねえで一緒に酒を飲んでたそうだ」 「それじゃア、お山が焼けなけりゃア、うまくやってたかもしれねえってわけだな」 「多分な」 「まったく、ついてねえ野郎だ」 「これで、惣八の負けだな。奴が蔵に入ってる隙に、おろくをものにすりゃア、おめえの勝ちだ」 「ふん。奴が土蔵に押し込められたんじゃ、賭けはやめだ」 「そんな‥‥‥ 「何を調子のいい事を言ってやがる。おめえの 「そいつはうまくねえや」 「おい、おめえら、何やってる。もっと真剣に捜せ」 お頭の杢兵衛に怒鳴られて、市太と安治は深い山の中へと入って行った。 「それにしてもよう、山守のとっつぁんはどうして、お山が焼けてんのに、お山ん中に 「そいつは違うぜ。とっつぁんがお山に入った時は何ともなかったんだ。その晩、突然、焼けたんだんべえ」 「そうか。それにしたって世話を焼かせやがる。どうせ、怪我でもして、どっかの炭焼き小屋にいるんじゃアねえのか」 「炭焼き小屋にはいねえそうだ」と言ったのは勘治だった。いつの間にか、市太たちの側で草をかき分けていた。 「丑に聞いたんだが、お山ん中の炭焼き小屋はみんな捜したそうだ」 「勘治、おめえ、あの後、草津に行ったのか」と市太は聞く。 「ああ、行って来たよ」 「どうだ、おゆうは」 「相変わらずさ」と言って、勘治はニヤニヤ笑う。「 「なに、のろけてやがるんでえ。親の方は説得したのか」 「ああ、大丈夫だ。草津で客商売に慣れてくれりゃア、丁度いいと言ってらア」 「家柄の方はどうなんでえ」 「そんなの平気さ。おゆうがいる 「ほう。そういう手があったか」と市太は勘治の顔を眺めながら、一人うなづく。「成程なア、おめえも色々と考えてんだな」 「おゆうと一緒になれなけりゃ、俺も草津に行くって親を脅したんさ」 「そうか」 「おめえは最近、おろくに夢中になってるようだが、おろくと一緒になるつもりなのか」 市太は勘治の質問に驚くが、そんな素振りは見せずに、「そんな事ア考えちゃいねえよ」とさりげなく答える。 「 「どうして」 「おめえは遊びでも、向こうは真剣になるからさ。ああいう女は思い詰めると恐ろしいぜ」 「それは言えるかもしれねえな」と安治も言う。 「おめえんちは金持ちだ。おろくの家族を抱えたって、女中を雇えば何とかなる。いっそ、身を固めちまえよ」 「そうは行かねえ。所帯を持っても俺にゃアやる事がねえ」 「問屋は継げねえし、つれえとこだな。いっその事、おろくを連れて村を出たらどうでえ。おろくの家族は女中に任せてよ」 「おろくが承知しねえだんべ」 「まあな。おめえも 市太、勘治、安治の三人はのんきに女の話をしながら山守を捜していた。三人が腹減ったなアと一休みしている時、「おーい、見つかったぞ」と誰かが怒鳴った。 山守の長太はすでに冷たくなっていた。頭や顔にひどい傷があり、顔には乾いた灰がこびり付いていた。三日間の雨で、血はすっかり流れてしまったようだ。長太の側にお山から飛んで来たらしい五、六寸もある石がゴロゴロ転がっている。その石が長太の頭に当たって亡くなってしまったようだ。 長太の遺体が村に運ばれると、また大騒ぎとなった。お山が荒れ狂うのは、 村人たちの先頭になっていたのは長太の伜、八蔵だった。八蔵の祖父、長兵衛がやめさせようとしても八蔵は聞かなかった。狂ったように村人たちを 八蔵は父親の跡を継ぐため、父親と共に山の中にいる事が多かった。普段は物静かな、おとなしい男だった。村芝居でも表に出る役者ではなく、ツケ
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鎌原村大変日記の創作ノート
1主要登場人物 2追分宿の図 3鎌原村の図 4江戸の図 5吉原の図 6年表 7浅間山噴火史 8浅間山噴火史料集 9群馬県史 10軽井沢三宿と食売女 11田沼意次の時代 12平賀源内 13歌舞伎役者 14狂言作者と脚本 15鎌原村の出来事 16鎌原村の家族構成