沖縄の酔雲庵

沖縄二高女看護隊・チーコの青春

井野酔雲





第三部




4.伊原




 波平(はんじゃ)の小屋に帰ると小屋の中は洗濯物だらけだった。

「何よ、あんたたち、洗濯してたの」とトヨ子が文句を言った。

「洗濯はついでよ。お昼ご飯もちゃんとできてるわよ」と朋美が言って、飯盒(はんごう)の中の野菜入りの炊き込みご飯を見せた。

「まあ、ジューシーじゃない」と初江が叫んだ。

 千恵子たちも歓声をあげて喜んだ。

「カマドもあるし、ここで炊こうと思ったのよ。でも、敵の飛行機が飛んで来てね、攻撃して来なかったんだけど、煙を出したら危ないと思って、井戸の側で洗濯しながら炊いたのよ」

「一石二鳥でいい考えだけど、敵に井戸の場所を教えてるようなもんじゃない」

「そのくらいわかってるわ。井戸の側といっても少し離れた所でやったのよ」

「髪も洗ったのよ」と美代子が嬉しそうに言った。

「いいわねえ」千恵子たちは羨ましそうに美代子たちの髪を見た。皆、三つ編みを解いて、サラサラしていた。由美と鈴代は短く切ったようだった。

「明日はあたしたちの番よ」と千恵子たちは言ったけど、戦利品はどうしたのと聞かれて、錆び付いたナベ一つを差し出しただけだった。千恵子が浩子おばさんと話し込んでいた時、トヨ子が民家の裏に落ちていたのを拾って来た物だった。

 ジューシーを食べながら、千恵子たちが陸軍病院で先輩や友達に会った話をしたら、炊事班だった朋美たちは目を輝かせて話を聞き、「明日はあたしたちの番よ」と言った。皆、先輩や友達の名前を出して、会えるかしらと楽しみにしていた。

「ねえ、佳代はどこに行っちゃったんだろ」と千恵子は小百合に聞いた。

「佳代は東風平(こちんだ)分院の五人と一緒に出たんでしょ。東風平は米田軍曹も一緒だったから国吉に行ったんじゃないかしら」

「そうよね。由紀子と幸江の二人も一緒だし、晴美たちと一緒になったのね」

 八重瀬岳にいた時はずっと佳代と一緒だったのに、東風平から帰って来てからは、あまり話をしなかった。お互いに疲れ切っていて自分の仕事をするだけで精一杯だった。真栄平で会おうと言って別れたけど、もう会えないのではないかと不安になった。和美の事も気になった。由美と鈴代と一緒だったのにはぐれてしまった。今頃、たった一人でどこかをさまよっているのだろうか。和美の事を考えていたら、弟の事を思い出した。康栄も今頃、たった一人で、しかも怪我をした体でどこかをさまよっている。すばしっこい康栄の事だから生き抜いてくれるとは思うが心配だった。浩子おばさん、姉、弟の消息はわかったけど、父親の事は何もわからなかった。きっと、父親もこの辺りにいるような気がする。もしかしたら、ばったり会えるかもしれないと淡い期待を(いだ)いた。

 久し振りの御馳走を食べたら眠くなって来た。昨夜、ろくに眠っていなかったので無理もなかった。トヨ子と悦子が、古波蔵看護婦の事を話していた。さっき見た浩子おばさんたちみたいに真栄平辺りで負傷者の治療をしてるんじゃないかしらと言っていた。そうかもしれないと思いながら、知らないうちにウトウトしてしまった。

「チーコ、仕事よ」とトヨ子に揺り起こされた。「商売道具をもらいに第三外科に行くのよ」

 そうだった。姉に会いに行くんだった。のんびり寝てなんていられなかった。

「でも、もらえるかしら」

「行ってみなけりゃわからないわよ」

「そうね」と千恵子とトヨ子は眠っている治療班の皆を起こして小屋を出た。

 いい天気だった。北の方では相変わらず激しい爆撃音が鳴り響いていたが、この辺りは別天地だった。波平部落を抜けて南へと向かった。浩子おばさんのいる第一外科があるという松の生い茂った丘が見えた。浩子おばさんは夕方にいらっしゃいと言っていた。帰りに寄ってみようと相談して切割(きりわり)を抜けた。

 ゆるやかな坂を下りて行くと部落があった。伊礼(いれい)という部落だと浩子おばさんから聞いていた。竹林の中に井戸があった。綺麗な清水が溢れ出ていた。

 千恵子たちは吸い寄せられるように井戸へと向かった。うまい水だった。水筒を持っている四人は古い水を捨てて新しい水を入れた。水筒を持っていないのは千恵子と初江だけだった。何とかして手に入れなくちゃと思った。ついでに髪も洗いたかったけど、明日まで我慢しましょとその場を離れた。

 伊礼部落を抜けたら大通りに出た。荷物を担いだ避難民たちがぞろぞろ歩いていた。他人の事は言えないが、皆、青白い顔して汚れた着物を着ていて哀れな姿だった。右から左の方に行く者もいるし、反対方向に行く者もいた。皆、当てもなくさまよっているようだった。

「こっちね」と左の方へ曲がった。右に行けば糸洲の方に戻ってしまうような気がした。しばらく行くと、また三差路にぶつかった。どっちだろうと立ち止まった。

 右の方はサトウキビ畑の向こうに部落があって、その向こうには山があった。サトウキビ畑は焼け焦げているし、山の方では時々、艦砲弾が落ちていた。左の方はサツマイモやキャベツ畑の向こうに部落が見え、さらに、ずっと向こうの方に小高い山というか丘が見えた。

「こっちよ」と初江が左の方を指さした。

「あたしもこっちだと思う」と小百合も言った。

 皆、艦砲弾が落ちている所には行きたくなかった。左の方が道が広いし、避難民たちも歩いているので左に進んだ。

 部落に入ると、ここの民家も被害を受けていた。被害を受けていない家には負傷兵や避難民が大勢入っていた。負傷兵に聞いたら、ここは伊原だという。間違っていなかったと千恵子たちは喜んだ。でも、第三外科の場所を知っている負傷兵はいなかった。

「ねえ、井戸に行ったら、誰かがいるんじゃないかしら」と聡子が言った。

「聡子、いい事、言うじゃない」

 近くの民家にいた避難民に聞いたら井戸の場所はすぐにわかった。すぐに飛んで行くと、井戸端には避難民が大勢いた。師範生か一高女の生徒がいないかと捜したけどいなかった。伊原部落の東の外れだと聞いていたので、とにかく東の方へ向かった。

 トンボが飛んで来た。慌てて木陰に身を隠した。避難民たちも一斉に道路から散って行った。千恵子たちの所に子連れの母親と若い女の人が四人、飛び込んで来た。トンボはすぐに飛び去って行った。大きな目をした五歳位の可愛い女の子がじっと千恵子を見つめていた。母親は三十歳位か、汚れていて、やつれているけど気品があった。お金持ちの奥さんかもしれないと千恵子は思った。

「あんたたち、二高女の生徒なの」と四人の若い女の人たちが聞いた。

「はい、そうです」と初江が答えた。

「あたしたち県立病院にいたのよ」と若い女の人は言った。県立病院は二高女の近くにあったので懐かしくて声を掛けて来たようだった。

「あの、看護婦さんなんですか」と初江が聞いた。

「そうよ。あの頃はまだ、養成所にいたんだけどね。今はもう看護婦よ」

 養成所と聞いて千恵子は身を乗り出した。

「すみません。美里奈津子って知ってます?」

「ええ。奈津子なら一緒にいるわよ。もしかして、あなた、妹さん?」

 千恵子はうなづいた。

「奈津子から聞いてるわ。山部隊の野戦病院に入ったんでしょ」

 四人とも奈津子と同期で、南風原からずっと一緒だったという。

「いつもなら、奈津子も一緒に水汲みに来るんだけど、今日は糸満の方に食糧を調達に行っちゃったのよ」と胸の名札に安谷屋(あだにや)と書いてある看護婦は言った。

「えっ、お姉ちゃん、今、出掛けてるんですか」

「お昼頃出掛けたから、帰って来るのは夕方になっちゃうでしょうね」

「そうなんですか‥‥‥」千恵子はがっかりした。絶対に会えると期待して来たのに、すれ違いになるなんて思ってもいなかった。

 トヨ子は一高女の友達の事を聞いていた。いるわよと言われて喜んでいた。千恵子たちが話し込んでいるうちに母子はどこかに行ってしまった。千恵子たちは看護婦たちと一緒に井戸に戻り、水汲みを手伝って第三外科壕へ向かった。

 第三外科壕は伊原部落からかなり離れていて、しかも、松林の中にあった。看護婦たちと一緒に行かなければわからなかったに違いない。

「ちょっと待っててね」と看護婦たちは自然壕の中に入って行った。

 ぽっかりとあいた大きな入口はアダンやソテツ、ガジュマルに囲まれていて、遠くから見ただけでは全然わからなかった。かなり深いようで、ハシゴが掛かっていた。ハシゴの下に見張りの衛生兵がいて、千恵子たちを見たけど何も言わなかった。

「凄いわね」と言いながら中を覗いていたけど、「こんな所でウロウロしてたら怒られるわよ」と入口から離れて木陰に隠れた。

「残念だったわね」とトヨ子が千恵子を慰めた。

「うん。でも無事だってわかっただけでもよかったわ」

「そうよね。あたしのお姉ちゃんなんて、どこにいるのかわからないもの」

 トヨ子の姉は千恵子の父親と同じ県庁職員だった。職場が違うので一緒にいるとは思えないけど、県庁の職員なら、ここみたいに安全な壕にいるような気がした。

「チーコはいいわよ」と悦子が言った。「あたしなんてお姉ちゃんたち、どこに行ったのか全然わからないのよ」

 穴の中から生徒たちが五人出て来た。

「ツルちゃん」とトヨ子が声を出した。悦子も「あっ、儀間(ぎま)先輩だ」と叫んだ。残念ながら千恵子の知っている娘はいなかった。

 しばらく、木陰で懐かしそうに話し合った。話をしているうちに、小百合の同郷の後輩が亡くなってしまった事がわかって、小百合は悲しんだ。

 小百合の後輩は南風原の近くの一日橋分室に勤務していて、五月の初めに毒ガス弾にやられて即死だったという。その時、一高女の三年生二人が即死、同じく三年生二人と一高女の先生が二人、毒ガスを吸って脳症になってしまった。二人の先生は南風原で亡くなってしまったが、生徒二人は先生が何とか連れて来て、ここにいる。頭がおかしくなって自分の事もわからないし、食事もおしっこも一人ではできないという。同じ年頃の子が戦死したり、毒ガスにやられたと聞いて、千恵子たちはしんみりしてしまった。

 そろそろ戻らなくちゃと言うので、「お互いに頑張りましょうね」と励まし合って彼女たちと別れた。穴の中に入って行く姿を眺めながら(うらや)ましく思った。千恵子たちが今いる小屋は心細かった。艦砲が落ちて来たら、一遍に吹き飛んでしまうだろう。どこか安全な壕を捜さなければならなかった。

 大通りに出ると相変わらず、行く場所のない避難民たちが右往左往していた。自分たちの家族もああやって、どこかをさまよっているのだろうかと千恵子たちはぼんやりと眺めていた。

「あっ、衛生材料の事を聞くのを忘れた」とトヨ子が言って、壕の方を振り返った。

「無理よ」と小百合が言った。「看護婦さんたちなら何とかなるだろうけど、生徒じゃ無理なんじゃない」

「チーコのお姉さんがいればよかったのにね」と初江が言った。

「お姉ちゃんも無理かもしれないわ。まだ看護婦になったばかりだもの」

「波平にいる上原婦長さんが頼みの綱ね」と悦子が言った。「あの人いい人みたいだし」

「確かにね。立派な婦長さんだわ」とトヨ子も同意して、波平に帰る事にした。

 千恵子は途中で姉に会えるかもしれないと期待したけど会えなかった。明日は炊事班だけど、暇を見つけて、もう一度、来ようと心に決めた。

 浩子おばさんたちがいる第一外科壕は(みじ)めな所だった。立派な第三外科壕を見て来たばかりだったので、余計にひどく思えた。壕というよりは岩陰といった方が正しかった。

 部落に行って負傷兵たちの治療をしていた浩子おばさんも上原婦長も帰っていた。

「あら、お姉ちゃんと会って来たの」と浩子おばさんは聞いた。

 千恵子は会えなかった事を告げた。トヨ子が一高女の友達と再会して喜んでいた。ここには衛生兵と看護婦、一高女の生徒が入っていて、二、三十メートル離れた壕に先生と師範女子の生徒がいるというので、小百合たちはそちらに出掛けて行った。

「そう。ナッちゃん、糸満に行ったの」

「会えると思ったんだけど」

「そのうち会えるわよ、近くにいるんだから。あなたたちの小屋、わかったから、ナッちゃんが来たら、そっちに行くように伝えておくわ」

「よくここに来るんですか」

「一度、来た事あるわ。ここにお友達もいるのよ」

「いらっしゃい」と上原婦長が出て来て笑った。「ここにはこれしかないんだけどね」と麻袋を差し出した。「包帯、ガーゼ、脱脂綿とリゾール液も一瓶入ってるから気をつけてね」

「ありがとうございます」と千恵子は深く頭を下げた。「でも、いいんですか。ここのがなくなっちゃうんじゃないんですか」

「いいのよ。本部の方にまだあるの。苦労して南風原から運んで来たんだもの、使わなくちゃ勿体ないわ。陸軍病院とは名ばかりで、こっちに来てからはほとんど活動してないのよ。患者さんを収容する場所もないし、薬品もないから仕方ないんだけど、恥ずかしいわ。わたしたちもやれるだけの事をやるつもりだけど、あなたたちも頑張ってね。それと、あの小屋は危険よ。早いうちに移動した方がいいわ」

「はい、わかりました」

 上原婦長は千恵子にうなづくと三人の看護婦を連れてどこかに行った。

「今から治療に行くの」と千恵子は上原婦長たちを見送りながら浩子おばさんに聞いた。

「治療じゃないわ。飯上げよ」

「えっ、まだ、飯上げがあるの」と千恵子は驚いた。

「ここじゃあ狭くて自炊はできないでしょ。本部壕に頼んであるのよ。第三外科壕のように広い自然壕だと自炊できるんだけどね」

「あそこは随分、深そうだったわ」と千恵子が言うと、

「あそこは絶対安全よ」と浩子おばさんは言った。

「浩おばちゃん、あそこに入った事あるの」

「一度だけね。ハシゴで降りるんだけど、十メートル位降りたような気がするわ。下は広くてね、迷路のようにあちこちに横穴があったわよ」

「へえ、凄いのね」

「凄いわ。でも、あそこにも大勢の地元の人たちが隠れてたのよ。それを追い出して陸軍病院が入ったのよ。人を助けるべき病院のする事じゃないわ。戦争とはいえ、してはならない事だと思うわ」

「真栄平でも真壁でも、友軍に追い出されたという人たちが大勢いました」と千恵子は言った。

「そうね。どこも皆、そうらしいわね、悲しい事だけど」

 浩子おばさんはしばらく黙っていたけど、麻袋を見て、「明日から活動できるわね」と笑った。

「波平は街道から少し外れてるから避難民たちもまだ少ないけど、これからどんどん増えて来るでしょうね。避難民や兵隊さんが増えて来ると敵の攻撃も激しくなるわ。あまり、無理しないでね」

「わかってる。無理しないわ。浩おばちゃんこそ、気をつけてよ」

「チーちゃん、随分、強くなったのね。お父さんが見たらびっくりするわよ」

「ねえ、浩おばちゃん、お父さんの事、何か知らない?」

 浩子おばさんは首を振った。

「あたしたちが南風原にいた時、県庁の人たちが繁多川(はんたがわ)の壕にいるって聞いたけど、兄さんがいるかどうかわからなかったの。もう、あの辺りには敵が来てるから、こっちに下がって来てるとは思うけど、どこにいるのやら。でも、兄さんは昔から慎重だから、きっと無事よ」

 千恵子と浩子おばさんはお互いにうなづき合った。

「チーちゃん」と誰かが呼んだ。

 振り返ると従姉の陽子がいた。名前を呼び合った後はお互いに何を言っているのかわからなかった。首里の坂道で、再来週の日曜日にまた会おうねと別れて以来だった。

 陽子は先生になるはずだった。二月の半ばから始まった看護教育も受けず、先生になるための教育実習をしていたのに、卒業式間近の三月二十四日、陸軍病院に動員された。すでに、空襲で国民学校も焼かれ、児童は疎開してしまい、先生としての職場もなくなっていた。三月三十日の夜、艦砲弾の炸裂する中、南風原の三角兵舎で卒業式が行なわれたが、師範学校の卒業生は教育要員として学徒扱いのまま陸軍病院で働く事となった。初めの頃はまだ負傷兵も多くなく、陽子たち卒業生は炊事班や作業班として働いていたが、四月の半ばを過ぎ、負傷兵が溢れて来ると陽子たちも看護婦として働かなくてはならなくなった。

 南風原の陸軍病院の壕は八重瀬岳の壕と違って、山の中に小さな壕がいくつもあって、壕から壕への移動も大変だった。首里に近いので早いうちから艦砲弾の集中攻撃を浴び、被害者も数多く出ていた。陽子のいる第一外科では四人の生徒が南風原で亡くなり、南へ移動中にも一人が亡くなっていた。

「康ちゃんの事なんだけどね」と陽子は急に暗い顔付きになった。

「浩おばちゃんから聞いたわ」と千恵子は言った。

「そう‥‥‥あの夜はひどい雨降りで、道は泥んこだし、艦砲は落ちて来るし、何人もはぐれちゃった人がいるのよ。途中で亡くなってしまった生徒もいるし、重傷を負って南風原に置いて行かなければならない生徒もいたの。康ちゃんがはぐれてしまったのも仕方ない状況だったのよ。南風原にいた患者さんたちも不自由な体で、こっちにやって来たわ。康ちゃんも必ず来るって信じてるんだけど、未だに来ないのよ。何かあったに違いないけど、康ちゃんの事だから、どこかに潜り込んでると思うわ。もしかしたら、途中で安里さんたちと出会ったのかもしれないわよ」

「安里先輩に」と千恵子は驚いて聞いた。陽子の口から安里先輩の事が出て来るとは思わなかった。

 陽子はうなづいた。「今、どこにいるのかわからないけど、お見舞いに来た時、首里から豊見城村の保栄茂(びん)に移動する事になったって言ってたわ」

「陽子ちゃん、安里先輩に会ったの」

「康ちゃんを運んで来たのが安里さんたちなのよ。手術が終わってからも、しばらく付き添っていたし、その後も一度、お見舞いに来たのよ。だからね、あたしが思うには、きっと、その頃、安里さんたちも南部へ移動になったと思うの。そして、どこかで出会って、一緒に行動してるんだと思うわ。きっと、そうよ」

「そうね」と千恵子は言った。突然、安里先輩の消息を知る事ができて嬉しいと思う反面、心配になって来た。陽子の言う通り、康栄が安里先輩と一緒だったらいいけど、さらに怪我をして苦しんでいるかもしれなかった。最悪の場合は‥‥‥と考えて、首を振った。悪い事は考えたくはなかった。

「チーちゃん、知ってた。幸子も近くにいるのよ」と陽子は話題を変えた。

「えっ、幸ちゃんが」

 幸子のいる首里高女は首里にあった石部隊の野戦病院に勤務していると聞いていた。

「伊原と米須(こめす)の中間あたりの壕にいるのよ」

「第三外科壕の近くなの」

「うん、もう少し先かな。第三外科にいる友達が教えてくれてね、二、三日前に会ったのよ。元気だったんで安心したわ」

 幸子にも会いたかった。幸子だけでなく首里高女のみんなとも会いたかった。十・十空襲の後、首里高女のみんなと一緒に小禄飛行場の復旧作業をした時の事が鮮明に思い出された。あの時は佳代も一緒で、このまま、首里高女に転校しようかと言って笑った。佳代はどこにいるんだろうと、また佳代の事を思っていると、東の方から歌が聞こえて来た。

 八重の汐路(しおじ)に朝虹たちて
      (うる)わしの琉球、ああ、憧れ遠く
   残波(ざんぱ)岬のアダン葉に、旅の心、若き心
      南風(はえ)はそよぐよ、琉球〜 (美わしの琉球 佐藤惣之助作詩、竹岡信幸作曲)

 懐かしい歌だった。まだ二高女があった頃、千恵子たちも音楽室で歌ったり演奏したりしたものだった。

「あたしたちも歌いましょ」と千恵子は陽子の手を引いて、東の壕へと向かった。






陸軍病院第三外科壕(ひめゆりの塔)



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