沖縄の酔雲庵

沖縄二高女看護隊・チーコの青春

井野酔雲





第三部




7.榴散弾




 狭い岩穴の中では横になる事もできず、ろくに眠れなかった。

 照明弾があちこちに上がり、艦砲も夜通し轟いていた。八重瀬岳と与座岳、そして、遠く豊見城(とみぐすく)辺りにも艦砲が集中して、真壁から真栄平辺りも凄く、南は山城と摩文仁(まぶに)周辺が凄かった。この辺りはまだ大丈夫かもしれないと入口をふさいでいた二枚の(たたみ)を下に敷いて休む事にした。リュックを枕にして畳の上に体を伸ばして横になった。足は畳からはみ出たけど大分、楽になった。畳一枚に六人づつが並んで、高橋伍長と西村上等兵は岩にもたれたまま、交替で不寝番をした。

 ようやく夜が明け、辺りが静かになった。千恵子たちは起き上がって体を伸ばした。疲れ切っていたのに、狭くてろくに眠れず、体中が痛かった。今日も昨日のような空襲があるかもしれないので、とりあえずは水を確保しなくてはならない。千恵子たちは水筒やバケツを持って、みんなで井戸に向かった。

 波平(はんじゃ)の井戸は混んでいた。第一外科の師範女子と一高女の生徒たちもいて、お互いに無事を喜び合った。井戸の近くにも昨日の被害者が無残に放置されてあった。二人の兵隊で、傷口にはハエが群がっていた。死体が近くにあっても、誰もが無表情だった。皆、自分の事だけが精一杯で、他人の死に関わっている余裕はなかった。千恵子たちも死体を見ても驚く事もなく、ただ、誰か片付けてよと思っただけだった。

 三十分もしない内に敵機が飛んで来た。井戸に集まっていた人たちは、「敵だ!」と騒ぎながらパッと散って行った。千恵子たちも水を汲んで岩山に向かった。

 糸洲辺りに爆弾が落ちて爆発音が轟き渡った。艦砲も始まったらしく、遠くの方から炸裂音も聞こえて来た。上空には敵機が十数機、低空で飛んでいて、千恵子たちは物陰に隠れながら、やっと岩山までたどり着いた。山の下で西村上等兵が待っていて、皆の無事を確認した。

 高橋伍長は山の上から回りを見回していた。

「どうやら、敵の攻撃は南下して来たようだな」と言った。「八重瀬岳、与座岳に集中していた艦砲も南に移動している。すでに銃撃戦が始まっているのかもしれない」

「八重瀬岳で銃撃戦?」とトヨ子が聞いた。

「敵は艦砲で散々に痛めつけてから、戦車を先頭にして歩兵部隊が続くんだ。戦車が出て来た所には艦砲は落ちない。同士討ちになってしまうからな」

「あたしたちが出た後、八重瀬岳の病院壕に戦闘部隊が入ったんですか」と鈴代が聞いた。

「詳しくは知らんが山部隊が入ったんだろう。今、八重瀬岳と与座岳は最前線だ。そこを抜かれたら、敵はあっと言う間に、ここまでなだれ込んで来る」

「ここも危ないんですね」と小百合が言った。

「危ないな。今晩あたり艦砲の集中攻撃を受けるかもしれん。こんな岩陰では危ない。移動した方がいいかもしれんな」

「どこに移動するんですか」と朋美が聞いた。

「そうだな、もはや安全な所はない。どこかの自然壕に潜り混むしかないだろう。とにかく、この人数で移動するのは危険だ。何組かに分かれて行動した方がいい。小人数なら何とか壕に潜り込めるだろう」

 確かに高橋伍長の言う通りだけど、せっかく集まった十二人が、またバラバラになってしまうのはいやだった。

 近くに爆弾が落ちたらしく、岩山がグラッと揺れた。千恵子たちは慌てて岩陰に身を隠した。

「ねえ、どうするの」と千恵子はトヨ子に聞いた。「高橋伍長さんの言うように何組かに分かれて自然壕に潜り込むの」

「自然壕に潜り込むって言っても、大きな自然壕はどこも兵隊さんが入ってるのよ。そんな所に入れてもらえるかしら」

「糸洲の第二野戦病院なら入れるんじゃない」と初江が言った。「高森伍長さんが言ってたじゃない。まだ入る余地があるって」

「でも、あそこには患者さんがいるのよ。あそこに入ったら、また負傷兵の看護をさせられるわ。民間人の治療はできなくなるわよ」千恵子が言うと、

「もう兵隊さんのお世話はいやよ。もう、こりごりだわ」と小百合が首を振った。

「そうよ。兵隊さんより怪我した女の人や子供たちを助けなくちゃ」とトヨ子も言った。

「この状況じゃ、今日は治療に行けそうもないわね」と朋美が留美に言っていた。

「午後になれば大丈夫よ」

 この状況では炊事班の千恵子たちも、食事の用意ができるかどうかわからなかった。

「ねえ、伊原の方に行けば自然壕があるんじゃない」と初江が言った。「まだ兵隊さんに見つかってない自然壕があるわよ、きっと」

「あるかも知れないけど、それを捜すのは大変よ」とトヨ子が横になりながら言った。

「大変だけど捜さなけりゃ生きていけないわね」と小百合も横になった。

 千恵子も何だか眠くなって来た。

「敵の攻撃がやんだら、みんなで捜しに行きましょうよ」と言いながら横になり、爆撃音を聞きながらウトウト眠ってしまった。

 暑苦しくて目が覚めた。木の葉の間から差し込む日差しが強かった。相変わらず、爆発音は鳴り響いていた。腕時計を見たら十時少し前だった。千恵子は首の汗を拭きながら上体を起こした。

 高橋伍長は岩陰から出て、木陰で横になっていた。西村上等兵は岩陰にもたれて眠っていた。隣に寝ていた朋美の姿がなかった。トミもいなかった。左を見ると小百合とトヨ子は気持ちよさそうに眠っている。悦子と聡子も眠っているが、初江の姿はなかった。井戸にでも行ったのだろうかと思っていたら、上の方から笑い声が聞こえて来た。

 千恵子は起き上がると上へと続く細い坂道を登った。初江と朋美とトミの三人が岩に腰掛けて笑っていた。

「なに笑ってるの」と千恵子は声を掛けた。

「あら、チーコも来たの」と朋美が笑った。

「暑いわね」と千恵子は言って、朋美の隣に腰を降ろした。

 目の前に見える波平部落は黒い煙に覆われていた。千恵子たちがいた小屋はまだ無事だったが、その周辺の畑には大きな穴がいくつもあいていた。上空を飛び回っていた敵機の姿はなくなり、艦砲弾が糸洲から波平に掛けて次々に落ちては炸裂していた。海の方を見ると一列に並んだ敵の軍艦が絶え間なく、白い煙を吐いていた。

「初江から『婦系図(おんなけいず)』の替え歌を教わってたのよ」と朋美が言った。「チーコのいい人が、あの安里先輩だったなんて初めて聞いたわ」

「えっ」と千恵子の方がびっくりした。朋美は初めの頃、内科勤務だったので、てっきり澄江から聞いて知っていると思っていた。

「それでね、初江からチーコと安里先輩の馴れ初めを聞いていたのよ」

「もう、あたしの事を笑ってたのね」

「そうじゃないわよ。笑ってたのは初江の事よ。初江が看護教育に来ていた野口少尉さんに憧れていて、その後、南風原まで会いに行ったけど会えなかったって言ったからよ」

「ねえ、初江、もしかしたら野口少尉さんもこの近くにいるんじゃないの」と千恵子は言った。

「あたしもそう思って、第一外科の看護婦さんに聞いてみたの。そしたら、山城の本部壕にいたけど、最近、見ないから前線の方に異動になったんじゃないのっていうのよ。もう縁がないと諦めるしかないさあ」と初江は嘆いた。

 初江には悪いが、千恵子もおかしくなって笑ってしまった。

「でも、あの時はおかしかったわね。澄江は谷口軍曹さんに夢中になって、初江は野口少尉さんでしょ。二人とも絶対に会えるって言ってて結局、会えなかった‥‥‥澄江はどこに行っちゃったんだろ」

「新垣さんと一緒だから大丈夫よ」と朋美が言った。「よく知らないけど、新垣さんのおうちって南の方にあるって聞いてるわ。新垣さんの家族と一緒に防空壕に入ってれば大丈夫なんじゃないの」

「そうよ。澄江は絶対に大丈夫よ」と初江も言った。「もしかしたら、谷口軍曹さんとばったり再会して、喜んでるかもしれないわ」

「そういえば、谷口軍曹さんて陸軍病院の外科に所属してるって言ってなかった」と千恵子は初江に聞いた。

「そうよ。確かに外科だったわよ。もしかしたら第一外科にいたのかしら」

 波平の壕にはいなかったような気がする。第一外科は伊原にもあるらしいので、そっちにいるのかもしれなかった。

「今度、浩おばちゃんに聞いてみよう」

「そうね」と初江はうなづき、朋美を見ると、「ところで、朋美は村田伍長さんなんでしょ」と聞いた。

「勿論よ」と朋美は力強くうなづいた。「村田伍長さんは国吉にいるのかしら」

「そうだと思うけど‥‥‥ねえ、トミは誰なのよ」と初江が聞いた。

「トミは笠島伍長さんなのよ」と朋美が笑いながら言った。

「なに言ってるのよ。違うわよ」とトミは手を振って否定した。

「本当は誰なの」と初江が聞いた時、近くでパーンと何かが炸裂した。

 千恵子の左腕に焼けたような痛みが走り、思わず「痛い」と叫んだ。朋美も「あいた」と叫んでいた。左腕を見ると軍服の(ひじ)の上が五センチ位切れていた。恐る恐る傷を見ると、ほんのかすり傷だったのでホッとした。

「ねえ、今の何だったの」と言いながら隣を見たら、朋美が痛そうな顔して左足を押さえ、トミは頭を押さえ、初江は脇腹を押さえていた。

「足をやられたわ」と朋美が言って、「あたしは頭よ。ねえ、誰か見て」とトミは泣きそうな顔をした。

「よかった。かすり傷だわ」と初江はホッとして、トミの頭を見た。

 千恵子は朋美の左足のすねを見た。朋美は強く手で押さえているけど血は流れていなかった。

「ねえ、あたしの足、もう駄目なの。物凄く痛いのよ」

「ちょっと見せて」と千恵子は朋美の手をどけた。モンペに一センチ位の丸い穴があいていた。まるで、鉄砲の(たま)に撃たれたようだった。その小さな穴から傷を見ようとしたけどよく見えなかった。

「朋美、ちょっとモンペを上げるわよ」と千恵子がモンペを上げようとした時、もう一つの穴に気づいた。同じような穴が六センチ位離れてあいていた。

「ねえ、見て」と千恵子は朋美に二つの穴を見せた。

「何よ、この穴」と朋美は穴を見た。

「こっちから入ってこっちに抜けたのよ。血が付いてないから、かすり傷よ」と千恵子は言って、モンペを上げた。皮膚が少し剥けて血が少しにじんでいた。熱い鉄の棒に触れて軽い火傷をしたようだった。

「よかった」とホッとしてから、「鉄砲の弾がかすったの」と朋美は千恵子に聞いた。

「まさか。そんな近くまで敵が来るわけないじゃない」

 トミの頭の傷も大した事はなかった。防空頭巾が十センチ位も切れていて、髪の毛も切れていたけど、頭皮を少し切っただけのかすり傷だった。皆、かすり傷だったけど、破傷風にならないように消毒はしておきましょと下に降りた。やっぱり痛いというので千恵子は朋美に肩を貸してやった。

「みんな大丈夫だった」と初江の声が聞こえたかと思ったら、トミの悲鳴が聞こえた。

「どうしたの」とやっとの思いで朋美と一緒に下に降りた千恵子は目の前の光景に呆然となった。

 岩陰から出て横になっていた高橋伍長が両足首をもぎ取られて、血まみれになって苦しんでいた。西村上等兵が「しっかりして下さい」と叫び、由美と聡子が高橋伍長の足元にいた。その手前では留美が倒れて唸っていた。鈴代が留美の側にいて、「しっかりするのよ」と叫んでいた。少し奥の方では小百合も倒れていた。美代子も畳の上に倒れていて、その隣でトヨ子と悦子が自分の手にヨーチンを掛けていた。

 千恵子は小百合の側に飛んで行った。

「小百合、やられたの」と聞くと、小百合はうなづいた。モンペの下腹部に三センチ位の穴があいていて血が流れていた。

「大変じゃない。おなかをやられたの」

「あたしは大丈夫よ。それより、留美が大変なのよ」

「なに言ってるの。大丈夫じゃないわよ」

 千恵子はすぐに小百合の背中の方を見た。破片が貫通していれば、背中に大きな穴があいているはずだった。

盲管(もうかん)なのよ。破片が背中の所にあるのがわかるの」と小百合は落ち着いて言った。

 手術をして破片を取らなければ駄目だった。早く、病院に連れて行かなければならない。でも、その前に出血を止めなければならなかった。悦子が消毒液と包帯などを持ってやって来た。千恵子と悦子は痛がる小百合の傷口を消毒して脱脂綿を詰め、ガーゼを当てて包帯を巻いた。爆弾の破片らしいのが小百合の背中の内側に当たって盛り上がっているのがわかった。

 小百合の応急処置が終わると千恵子と悦子は留美の所に行った。鈴代と朋美とトミが留美の手当をしていた。

 留美は苦しそうに唸っていた。呼吸も荒く、顔色は真っ青だった。朋美に聞くと、胸に一センチ位の穴があいて血があふれ出ていて、背中に傷はないので盲管銃創(もうかんじゅうそう)のようだという。

「朋美の傷と同じ弾にやられたのね」

「トミが言うには榴散弾(りゅうさんだん)だっていうのよ」

「榴散弾?」千恵子には初耳だった。

「前線から運ばれて来た患者さんに榴散弾にやられた人がいたのよ」とトミは言った。

「大砲の弾なんだけど、弾の中に小さな鉛の玉がいっぱい詰まっていて、爆発するとそれが四方に飛び散るのよ」

 そんな恐ろしい武器があったのかと千恵子は恐ろしさで震えた。

「すると留美の体の中にその鉛の玉が入ってるのね」

「多分ね。手術して取り出さなくちゃ危ないわ」

 後は包帯を巻くだけなので留美の治療は三人に任せて、千恵子と悦子は高橋伍長の側に行った。西村上等兵と初江、由美、聡子の三人が治療に当たっていた。両足の付け根を縛り、足の下にリュックを置き、傷口を高くしても出血が止まらないらしく、三角巾で縛ってある足首は真っ赤に染まっていた。足の近くにある木の枝に飛び散った肉片がいくつも引っ掛かっていて悲惨さを物語っていた。

「大丈夫なの」と千恵子は初江に聞いた。

「難しいわ」と小声で言った。「早く、手術しないと助からないわ」

 千恵子は樹木の間から波平部落を見下ろした。あちこちで艦砲弾が炸裂していて、移動できる状況ではなかった。トヨ子が美代子の足の治療をしていたので行ってみた。

「大丈夫」と聞くと、

「大腿部貫通よ」とトヨ子は言った。「榴散弾にやられたのよ」

 美代子の足に包帯を巻いているトヨ子の右手の甲も怪我をして腫れ上がっていた。

「トヨ子、あんたも怪我してるじゃない。あたしがやるわ」

 千恵子はトヨ子に代わって包帯を巻き、巻き終わったらトヨ子の右手の治療をした。悦子も右手の甲と左手の中指を怪我していた。千恵子は悦子の治療をしてやり、自分の左腕の軽傷の治療をしてもらった。

 朋美もトミも初江も傷口を消毒して包帯を巻いた。無傷だったのは由美と聡子の二人だけで、高橋伍長、留美、小百合、美代子の四人が重傷で、他の者たちはかすり傷程度の軽傷だった。

 重傷者を岩陰に寝かせて、二枚の畳を立てて破片避けにした。やるべき事はやり、後は敵の攻撃がやむのを待つだけだった。四人の重傷者を運ぶには戸板が必要だったし、人手も必要だった。攻撃がやんだら村に行って、戸板と助っ人を集めなければならなかった。そして、運ぶ先は同じ山部隊の第二野戦病院と決めた。

 留美は荒い息づかいで、時々、苦しそうに咳をしては真っ赤な(たん)を吐いていた。小百合は汗をかきながら、じっと痛みに耐えていた。高橋伍長は苦しそうに唸っていた。美代子はおとなしく横になっていた。敵の攻撃はいつまで経ってもやまなかった。艦砲弾の炸裂する音を聞きながら、ゆっくりと時間が流れて行った。

「チーコ、あたし、もう駄目よ」と隣で寝ていた小百合が言った。

「なに言ってるのよ。大した傷じゃないわ。破片を取れば大丈夫よ」

「駄目よ。おなかを怪我したら、もう駄目なのよ。みんな、死んじゃったじゃない」

「そんな事ないわよ。小百合は絶対に助かるわ。ね、そう信じて頑張ってちょうだい」

 小百合はかすかにうなづいた。

「ねえ、チーコ、あたし、さっき、いい夢を見てたのよ」

「なあに、どんないい夢だったの」

「あたしたち東風平にいて、外出許可をもらって、チーコと佳代と三人で首里に行ったのよ。そしてね、安里先輩と会って、お友達を紹介してもらったのよ。その人、野球部のキャッチャーでね、あまり格好よくないのよ。あたし、ちょっとがっかりしたんだけど、安里先輩が、こいつは小百合さんにずっと憧れていたんだって言ったら、真っ赤な顔して照れてたわ。ほんのちょっとお話して別れたんだけど、お手紙をもらったの。首里城に行って、お手紙を読もうとしたら、おなかを刺されたような痛みが走って目が覚めたのよ」

「そう。安里先輩のお友達に会ったんだ」

 小百合はかすかに笑って目を閉じた。小百合は次の外出許可が出るのを楽しみにしていた。でも、敵の攻撃が激しくなって、二度目の外出許可はなく、八重瀬岳に移動になってしまった。敵の攻撃があと二、三日遅かったら、小百合の夢は実現したかもしれなかった。千恵子も安里先輩に会えたし、佳代も憧れている師範学校の先輩に会えたかもしれなかった。

 昨日までうまく行っていたのに、こんな所で四人も重傷を負うなんて、敵のアメリカが憎らしかった。いつまで経っても反撃に出ない日本軍にも腹が立っていた。一体、いつになったら、この悲惨な戦争は終わるのだろう。何人の犠牲者を出せば気が済むのだろう。早く、総攻撃を掛けて敵を追い払ってくれと大声で叫びたい心境だった。

 午後になったら艦砲もやむだろうと思っていたのに、やむ気配はまったくなかった。お昼ご飯の用意もできず、乾パンですませるしかなかった。食事もできずに苦しんでいる小百合たちを思うと気が引けたが、食べられる時に食べておかないと自分たちも危なかった。千恵子たちは岩陰に丸くなって乾パンをかじった。

 狭い岩陰に十四人もが詰まっていて、暑くて仕方なかったが、誰も外に出ようとはしなかった。たとえ、千恵子たちのようにかすり傷であっても、一度負傷してしまうと、どこから飛んで来るかわからない砲弾の中に飛び出す勇気はなくなってしまった。

 後もう少しで五時になるという時、高橋伍長が亡くなった。

 側にいた初江の話だと、「こんな目に会わせて申し訳ない」と謝り、「夕方になったら必ず、ここから出て行きなさい」と言って息を引き取ったという。

 千恵子たちは高橋伍長の両手を組ませて冥福を祈った。共に行動したのは、たったの四日だったけど、頼りがいのある分隊長だった。突然、亡くなってしまうなんて信じられなかった。聡子が泣いていた。由美も泣いていた。千恵子も悲しくなって来た。皆がシクシク泣いていると、

「みんな、しっかりするんだ」と西村上等兵が言って、畳を倒して外に出た。

 いつの間にか、辺りはシーンと静まり返っていた。

「攻撃がやんだ。メソメソしている暇なんかないぞ」

 両手を怪我した悦子と足を怪我した朋美を看護に残して、千恵子たちは西村上等兵に従って岩山を降りた。

 波平部落はひどい有り様だった。民家はほとんどが破壊され、燃えているのもあった。道には崩れた石垣が散らばり、石垣の下には血だらけの死体がいくつもあった。民家の中はおびただしい死体が折り重なっていて、あちこちに肉片が飛び散り、血の海になっていた。阿鼻叫喚(あびきょうかん)というのはこういう場面なんだろうかと千恵子はふと思った。

 西村上等兵に言われるまま、千恵子たちは三枚の戸板を持って岩山に戻った。お米や乾パンを分配し、各自、荷物を背負い、留美の荷物は初江が、小百合の荷物は千恵子が、美代子の荷物は由美が背負った。重かったけど、残して置く訳にはいかなかった。

 亡くなった高橋伍長の遺体を岩陰に隠して、毛布を掛け、皆で両手を合わせた。重傷の三人を戸板に乗せたが、担ぎ手が足りなかった。

「あたしは肩を借りれば大丈夫よ」美代子が言ったので、無傷だった聡子と由美に任せ、留美と小百合を戸板に乗せて、四人づつで担いで岩山から降りた。千恵子は朋美、鈴代、トミと組んで小百合を運んだ。

 急な坂道を降ろすのは一苦労だった。みんな、必死になって頑張り、何とか無事に降ろす事ができた。千恵子は怪我をした左手が(しび)れるように痛かったけど、小百合の事を思えば、そんな事は言っていられなかった。一刻でも早く、病院に連れて行って手術をしてもらわなければならなかった。

 敵の攻撃が始まらないようにと祈りながら、千恵子たちは山部隊の第二野戦病院を目指した。







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