沖縄の酔雲庵

沖縄二高女看護隊・チーコの青春

井野酔雲





第三部




9.雑居壕




 高森伍長に連れられて行った壕は、病院壕と糸洲部落の間にある小高い山の中にあった。樹木が生い茂っている中に小さな入口があり、簡単に見つけられる壕ではなかった。

 入口まで連れて来ると高森伍長は、「気をつけてな。決して死ぬんじゃないよ」と言って帰ろうとしたが、急に振り返った。

「陸軍記念日の演芸会の時、君たちは『新雪』を歌ったんだっけな。もう一度聞きたかったよ」高森伍長は軽く笑って、手を振ると帰って行った。

 千恵子たちは入口を擬装している枝葉をずらして壕の中を覗いた。真っ暗で何も見えず、中に誰がいるのかもわからず、少し怖かった。まず、トヨ子が勇気を出して入って行き、次々に入って行った。足を負傷している美代子を朋美と由美が助けながら入れた。千恵子は最後に入って、入口を枝葉で隠した。足元に気をつけながら下り坂を降りて行くと明かりが見え、人々が固まっているのがわかった。中は思っていたよりも広く、上からは鍾乳石がいくつも垂れ下がっていた。

「お前たちは誰だ」と誰かが言った。声のした方を見ると兵隊がいた。

「山部隊の看護婦です」とトヨ子が言った。「野戦病院が解散になりましたので、ここに入れて下さい」

「山部隊の野戦病院はすぐそこにあるが、それが解散になったのか」と兵隊は聞いた。

「そこにあるのは第二野戦病院で、わたしたちがいたのは第一野戦病院です。第一野戦病院は八重瀬岳で解散になりました」

「何人いるんだ」と別の兵隊が聞いた。

「十人です」

「十人とは随分、多いな」

「衛生材料は持っているのか」と最初に声を掛けた兵隊が聞いた。

「消毒液と包帯、ガーゼ、脱脂綿ならあります」

「俺たちは皆、負傷している。治療をしてくれるなら、ここにいてもいいぞ。ただし、食料は自分持ちだ」

 兵隊は六人いて、皆、負傷していた。千恵子たちは治療をした。

 杉本伍長と前田上等兵の二人が石部隊の同じ小隊にいただけで、後の四人は皆、違う部隊に属していた。南部撤退中に出会って行動を共にし、六月の初めに、この壕にたどり着いたのだという。杉本伍長は腹部貫通の重傷を負って、傷口からは蛆虫がわいていた。前田上等兵は右足のふくら(はぎ)を破片でやられていたが、傷口もふさがり回復に向かっていた。岡田一等兵は左足ももを負傷して蛆虫がわいていた。今井兵長は左腕を軽傷、小野上等兵は背中を軽傷、寺内一等兵は右肩の軽傷だった。

 兵隊たちの治療が終わった後、千恵子たちは奥の方に行った。ランプの薄明かりの中、年寄り、女の人、子供たちが岩壁に寄り添っていた。ざっと見渡した所、三十人近くはいるようだった。さらに奥の方に細い川が流れていた。川の向こう側の岩壁にも十人位の人たちがいた。

「怪我をしてる人はいませんか」と初江が聞いた。

 じっと黙り込んでいた人たちがしゃべり始めた。二、三日前に足を怪我したお爺さんがいた。千恵子たちは治療をした。その手並みを見て安心したのか、次々に負傷者が現れた。千恵子たちは手分けして治療に当たった。幼い子供たちも多く、病気になっている子もいたが、薬はないので、ブドウ糖液を薬だと言って飲ませた。親たちは感謝してくれた。

 ここに避難している人たちは皆、近所の住民たちだった。五月の半ば頃までは、敵の攻撃もそれ程ひどくはなく、昼は家に帰って食事の支度などをして、夜になるとここに避難していた。梅雨時は壕内を流れている川が氾濫して大変だったという。壕内は水浸しで、流されてしまった人もいたらしい。その時に濡れたのが、まだ乾かないのか、壕内は濡れていてジメジメしていた。住民たちは戸板や(むしろ)を敷いたりして、その上で休んでいた。

 五月の下旬になると兵隊や避難民が北の方から続々やって来た。今までいた壕を兵隊に追い出されて、ここに入って来た人もいたけど、その頃は水浸しだったので、ほとんどの者が別の所へと移って行った。行く当てのない者たちが残り、水が引くのを待っていた。泥水が引いて、飲めるようになったのは五日位前だという。その頃から、敵の攻撃も激しくなり、家に帰っていて負傷したり亡くなった者もいた。どこの家も遠くから来た避難民たちが大勢、避難していて、その家も今月の十日前後に艦砲弾にやられてしまい、もう帰る家もないと嘆いていた。

 住民たちは千恵子たちが入って来た時、もしかしたら追い出されるのかもしれないと脅えていた。兵隊の治療をしていたので看護婦らしいとわかったが、看護婦だけが来るはずはない。後から軍医や兵隊が来て、自分たちは無理やり追い出されるのかもしれないと心配していた。でも、治療をしてもらいながら話を聞いて、やっと安心したらしい。看護婦さんがいてくれるのは心強いと歓迎してくれた。

 千恵子たちは住民たちと一緒に炊事をして、ご飯を食べた。兵隊たちからお米を預かっているからと言って、兵隊たちの分まで一緒に炊いていた。千恵子たちは自分の持っているお米を炊いた。病院壕でも食べていたので、残りも少なくなっていた。何とかしなければならないが、今の状況では食糧を調達するのは難しかった。お米がなくなったら、後は乾パンで過ごさなければならなかった。

 千恵子たちは入口近くのあいている場所にローソクを灯して座り込み、おにぎりを食べた。下は濡れていたので、高森伍長からもらった毛布を敷いた。

「水があってよかったね」と朋美が言った。

「髪が洗えるわね」と聡子が言った。「もう、かゆくてしょうがないわ」

 病院壕にも水はあったけど、髪を洗える状況ではなく、また髪にシラミがわいていた。千恵子も髪はかゆかったけど、置いて来た小百合の事が心配だった。今頃、目が覚めて、誰もいない事を知ったら、どんなに寂しい思いをするだろう。

「ねえ、これから先、誰かが重傷を負ったら、その場に置き去りにするって事に決めましょうよ」とトヨ子が突然、言い出した。

「そうね、それがいいわよ。小百合のためにも」と初江が同意した。「一人が怪我をしたら、他の人たちも危険になるわ。お互いに恨みっこなしで靖国神社で再会するのよ」

「そんな‥‥‥小百合みたいに病院壕に置いて行かれるならいいけど、怪我した所に置いて行かれたら死んじゃうわよ」と朋美が反対した。

「そうよ。友達としてそんな情け知らずな事なんてできないわよ」と鈴代も反対した。

「でも、みんなの足手まといになるんなら仕方ないと思うわ」と千恵子は言った。「小百合だって本当はみんなと一緒にいたかったのよ。でも、自分が一緒だとみんなに迷惑が掛かるから、置いて行ってくれって言ったのよ。もし、自分が小百合の立場になったらどうなるか考えてみて。きっと、小百合と同じ事を言うと思うわ」

 知らずに涙声になっていた。千恵子の言葉を継ぐようにトヨ子が続けた。

「今まで、みんな無事だったけど、これから先はどうなるかわからない。突然、留美が亡くなって、小百合は重傷を負ってしまった。明日は我が身なのよ。情け知らずかもしれないけど、生き延びるためには怪我人は置いて行くしかないのよ」

 結局、結論は出なかったけど、皆、怪我をしたら置いて行かれても仕方がないと思っているようだった。

 食事の後、千恵子が飯盒を洗っていると、二十五、六歳の女の人が話しかけて来た。病気で寝ているハルちゃんという女の子の母親だった。

「さっきはありがとう。あなたたち、随分若いようだけど女学生じゃないの」

「はい。二高女なんです。本当はもう卒業してるはずなんですけど、卒業式もできなくて」

「そうだったの。あたしの妹も一高女の四年生なのよ。卒業式はやったらしいんだけど、そのまま看護婦になって、今、伊原の方にいるわ」

「そうだったんですか。お会いになったんですね」

「ええ、元気だったので安心したわ。あの頃はまだおうちも無事だったので、おうちに会いに来てくれたの。照屋さんちの娘さんが師範学校に行っていて、しばらく、女学生たちが大勢、お世話になっていたのよ。そう、あなたたちは二高女の生徒さんだったの。噂で聞いたけど、那覇の街はひどいそうね」

「はい。あたしたちの学校もおうちも、もう何もないんです」

「そう‥‥‥いつになったら、この戦争は終わるのかしらねえ」

 千恵子には答えられなかった。何も言わず、入口の方を見ると初江や悦子が子供たちと遊んでいた。突然、赤ん坊が泣き出した。暗くてよくわからないが、赤ん坊は川の近くの岩陰に寝ているようだった。

「おい、静かにさせろ」と兵隊が怒鳴った。

 母親が慌てて赤ん坊をあやした。赤ん坊はなかなか泣きやまなかった。

「出て行け。さもなくば殺すぞ」

 母親は何度も兵隊たちに謝っていた。千恵子たちも冷や冷やしながら見守っていた。赤ん坊はようやく泣きやんだ。初江たちと遊んでいた子供たちは兵隊を恐れて親のもとへ帰って行った。

「追い出された母子(おやこ)もいたのよ」とハルちゃんの母親が小声で行った。「可哀想にどこに行ったのかわからないのよ」

 暗くてよくわからないけど、ハルちゃんの母親は兵隊たちを(にら)んでいるようだった。

 千恵子たちはローソクを消して横になった。住民たちもランプを消した。兵隊たちもランタンを消した。壕内は真っ暗闇になってしまった。水の流れと外で炸裂している艦砲弾の音だけが耳に入って来た。千恵子は留美と小百合の事を思いながら眠りに落ちて行った。

 ここでも、敵の攻撃がやんだ時の仕事は炊事のための(たきぎ)集めだった。最近は攻撃のやむ時間が二十分位しかなく、もたもたしていると帰れなくなってしまう。千恵子たちは必死になって薪を集めて壕に戻った。壕のある山も艦砲にやられて樹木は倒れ、あちこちに大きな穴があいて、こんな低い山はなくなってしまうのではないかと思われた。

 夕方、千恵子たちが薪集めをしていると、トンボが飛んで来た。トンボに見つかるのを恐れ、千恵子たちは壕の側にいたけど、壕には戻らず、木陰に隠れた。トンボは低空飛行で悠々と飛び回りながら、何かをばらまいていた。千恵子たちの側にも落ちて来たので、拾って見るとビラだった。絵と日本語で投降の仕方が書いてあった。

 武器を捨てて軍服を脱ぎ、手を上げて出て来い。恐れる事はない。逆らわなければ親切丁寧な待遇で迎える。直ちに食糧、水を与え、負傷者は治療する。戦争が終わるまで安全な場所で保護をすると書いてあった。

「こんなの嘘よ。敵の出まかせよ」とトヨ子が言って破り捨てた。

「そうよ。捕まったら殺されるに決まってるわよ」と初江も丸めて投げ捨てた。

「こんなのに騙される人がいると思ってるのかしら。まったく、馬鹿にしてるわ」と千恵子も丸めて投げ捨てた。

「でも、この紙、薪を燃やすのに役に立つわよ」と悦子が言った。

 そう言えばそうだった。古新聞がある訳ではないので、火を起こすのにいつも苦労をしていた。千恵子たちはビラを広い集めた。

 壕内に戻ると、皆、ビラを拾ったと見えて、投降の話で持ち切りだった。全員、ビラの言う事を信じていなかったが、子供たちだけでも助けられないものだろうかと語り合っていた。

「甘いな。皆殺しにされるに決まってるぞ」と兵隊が言うと、皆、黙り込んでしまった。

 千恵子たちがここに移ってから三日が過ぎた。昼夜を問わず、敵の攻撃は物凄く、朝夕のほんの一時以外は外には出られなかった。湿気の多い穴蔵暮らしが続き、具合の悪くなる者が増えて行った。幼い子供や年寄りは熱を出して衰弱してしまい、ぐったりとしていた。時々、泣いては兵隊に怒鳴られていた赤ん坊もすでに泣く元気もなくなっていた。何とかしてやりたいと思っても、薬がないので額を冷やす位しかできなかった。

 その夜、誰かが壕に入って来た。真っ暗闇だったので、「マサちゃん、いる?」と小声で声を掛けていた。「フミちゃんなの」と住民たちの方から返事がして、ランプに火が灯った。入って来たのは赤ん坊を連れた若い女だった。目が覚めたので、千恵子は横になったまま話を聞いていた。

 フミちゃんという人は、近くにあるカーブヤーガマ((とどろき)の壕)という壕を追い出されて逃げて来たらしい。そこは大きな自然壕で住民たちが五百人余りも避難していて、今月の初めには県知事さんも北の方から避難して来たという。

 県知事と聞いて、千恵子は起き上がって住民たちの側へ行った。

「県知事さんが、その壕にいたのですか」と千恵子は聞いた。

「いたけど、もう出て行ったのよ」とフミちゃんという人は言った。

「知事さんと一緒に県庁の人はいませんでしたか」

「何人かいたみたいだけどよくわからないわ。知事さんたちが来て、しばらくしてから今度は兵隊さんが十五、六人入って来たの。知事さんがいた頃はおとなしかったんだけど、知事さんが十五日の夜に出て行ったら、急に態度が大きくなって、一番いい場所を占領して、子供が泣くと殺すと言い出したのよ。住民が出入りすると敵に見つかると言って、見張りを立てて出入りも禁止したの。子供が泣くたびに、殺すって銃で脅すので、あたし、必死になって逃げて来たのよ。ねえ、ここにいてもいいでしょ」

「いいけど、ここにも兵隊さんがいて、赤ちゃんが泣くと怒鳴るのよ」そう言ったマサちゃんも赤ん坊がいて何度も怒鳴られていた。

 いつの間にか、トヨ子も側に来ていて話を聞いていた。千恵子とトヨ子はフミちゃんから県庁の人たちの事を聞いたけど、詳しくはわからなかった。ただ、県知事と一緒に壕を出て行ったのは七、八人だけで、十数人の県庁関係者が残っているらしいと言った。千恵子の父とトヨ子の姉が、その壕にいるのかどうかはわからなかった。カーブヤーガマはここから五、六百メートル離れた所にあるので行けない事はないが、行ったら戻っては来られなくなるから、やめた方がいいとフミちゃんは言った。

 千恵子とトヨ子はカーブヤーガマまで行って、父や姉がいるか調べようと何度も思った。でも、銃を持った兵隊たちに囲まれて、戻って来られなくなるのが怖かった。父や姉がいればいいけど、いなかった場合、みんなと離れ離れになるのはいやだった。

 フミちゃんの赤ん坊は次の日、泣きやまず、ここでも殺すと言われ、兵隊たちに追い出されてしまった。可哀想だとは思うが、住民たちも、千恵子たちも反対する事はできなかった。赤ん坊の泣き声が敵の電波探知機に見つかり、集中攻撃を掛けられて、入口が塞がったらどうするんだと言われ、何も言えなかった。フミちゃんは泣きわめく赤ん坊を抱きながら、艦砲弾の炸裂している外へ飛び出して行った。

 その日の夕方、食糧調達に出掛けた二人の兵隊が敵の攻撃が始まっても戻って来なかった。やられてしまったかと諦めていた時、ようやく帰って来た。前田上等兵は脇腹を負傷していた。千恵子たちはすぐに治療をしたが、内蔵が飛び出す程の大怪我で、千恵子たちの手には負えなかった。朝になったら陸軍病院に運んだ方がいいと言ったけど、朝が来る前に亡くなってしまった。

 一緒にいた寺内一等兵の話だと、ここから一キロ半程北にある真栄里(まえさと)の部落はすでに米軍に占領されていて、敵の戦車や敵兵がウロウロしているという。国吉まで行くつもりだったが、前田上等兵が負傷して、これ以上は進めないと引き返した。艦砲弾を避けるために岩陰に避難したら、三人の負傷兵がいて、近くに山部隊の二十二連隊の本部壕があったが、敵の馬乗り攻撃にやられ、連隊長を初め全員が討ち死にしたと教えてくれた。三人の負傷兵は何とかして敵陣を突破して国頭(くにがみ)まで行こうとしていた。国頭にはまだ充分な兵力を蓄えた部隊があるので、それと合流して総攻撃を掛けると言っていたらしい。

 寺内一等兵の話を聞いて、今井兵長と小野上等兵は目の色を変えて、「そいつは本当か」と聞いた。野戦病院では誰もが国頭突破の話をしていたが、ここにいた兵隊たちは、その事を知らなかったらしい。千恵子たちは野戦病院で聞いた話を今井兵長たちに話した。

「国頭突破か」と今井兵長はつぶやいたが、杉本伍長と目が合うと口をつぐんだ。負傷して歩けない杉本伍長と岡田一等兵を連れては行けなかった。

 北一キロ半の地点まで敵が迫って来ているという事は、ここまで来るのはもはや時間の問題だった。敵に見つかれば、爆弾を投げ込まれ、入口は塞がれてしまうだろう。敵に見つかる前に逃げ出さなければならなかった。千恵子たちはこっそり国頭突破の相談をした。子連れの住民たちと一緒には逃げられないので、千恵子たちだけで行動しなければならなかった。

 翌日の朝、外に出ると何となく、いつもと様子が違っていた。二十分が過ぎても、三十分が過ぎても艦砲弾も落ちて来ないし、飛行機も飛んで来なかった。どうしたんだろうと薪を抱えて空を見上げていると、前田上等兵の遺体を艦砲の穴の中に埋葬し終わった今井兵長が側に来た。

「俺たちは今晩、決行するつもりだ。君たちはどうする」と聞いて来た。

「あたしたちも行きます。連れて行って下さい」とトヨ子が言った。

「よし。俺たちは国吉の方から南下して来たので、この辺りの地理は知らんのだ。敵はすぐ北にいるから北の方へは行けん。どうしたらいいと思う」

 千恵子たちは今井兵長を囲んで相談した。

「真壁まで行って、真栄平の方に行って、そこから八重瀬岳の方に行ったらいいんじゃないかと思います」とトヨ子が言った。

「八重瀬岳もすでに敵の手に落ちたらしいぞ。敵もあそこには陣地を置くに違いない。八重瀬岳を通るのは危険だ」

「それならもっと東の方に行って具志頭(ぐしちゃん)から北上して、新城(あらぐすく)を抜けて行けばいいんじゃない」と朋美が言った。

「よし、それで行ってみよう。杉本伍長殿と岡田一等兵は置いて行くから内緒にしておいてくれ」今井兵長は口に人差し指を当てると壕内に戻って行った。

 千恵子たちも薪を抱えて戻ろうとしたら、

「大変よ。大変なのよ」と鈴代と由美が糸洲部落の方から血相を変えて駈けて来た。

「アメリカーが部落に入って来たのよ」

「えっ」と皆、驚いて動きを止めた。

「部落の人たちが敵の兵隊が来たって逃げ回ってるのよ。銃声も聞こえて来たわ。早く隠れないと危ないわよ」

 千恵子たちは慌てて壕内に戻った。部落に行っていた住民たちも戻って来て、アメリカーが来たと騒いでいた。

「静かにしろ」と杉本伍長が怒鳴った。「いいか、今後、一切、口を利くな。しゃべった者は殺すぞ。明かりも消せ。その場から動くな。じっとしてるんだ」

 それから長い時間、皆、黙ったまま、じっとしていた。敵に見つかれば、爆弾を投げ込まれて、一巻の終わりだった。外はシーンと静まっていた。艦砲弾の音も聞こえて来たが、それは遠くの方の音だった。時々、近くで爆発音がした。どこかの壕が馬乗り攻撃を受けているのかもしれなかった。

 緊張しながら、じっと黙っているのは苦痛だった。誰かが溜め息を漏らすと、あちこちから溜め息や喉を鳴らす音が聞こえて来た。シッと兵隊が小声で言った。我慢仕切れなくなって子供が(せき)をした。

「静かにしろ」と杉本伍長が声を押さえて叱った。

「すみません」と母親が謝ったが、子供の咳は止まらなかった。

「おい、黙らせろ」と杉本伍長は兵隊たちに言った。いつもなら、杉本伍長の部下だった前田上等兵が銃剣を持って、住民たちを脅すのだったが、前田上等兵が亡くなってしまった今、杉本伍長の命令を聞く者はいなかった。

「おい、今井兵長、何とかさせろ」と言ったが、今井兵長は返事をしなかった。他の兵隊たちも返事をしないので、「貴様ら、上官の命令に逆らうのか」と杉本伍長は怒った。

「おい、俺の(かたな)をどうした」と杉本伍長が言った後、暗くて何があったのかわからないが、杉本伍長はおとなしくなった。この騒ぎの間に子供の咳も治まり、再び、重苦しい静けさとなった。

 長く苦しい時間が過ぎて行った。夕方近く、足音と共に、聞いたこともない言葉が聞こえて来た。英語に間違いないのだが、初めて聞く本物の英語は学校で習った英語と違って、地獄の鬼の言葉のように思えた。千恵子たちは息を殺して、敵が気づかずに去って行く事を必死に祈った。やがて、鬼の言葉も足音と共に去って行き、フーと兵隊が溜め息を漏らすと、皆、ホッと溜め息をついた。

 日が暮れて、すっかり暗くなると再び、艦砲弾の炸裂音が響き渡った。艦砲弾が落ちるという事は敵は一旦、部落から引き上げて行ったに違いなかった。千恵子たちは身軽な行動が取れるように不必要な荷物は皆、捨てて行く事にした。勝利の日までと取っておいた着替えも敵が目前に来ている今、大事に持っていても仕方がなかった。千恵子たちはモンペをはきかえ、軍服の上着を脱いで、制服の上着を来た。ぼろぼろになった地下足袋も履きかえた。トヨ子だけが軍服を着たままだったので、どうしたのと聞くと、八重瀬岳でなくしてしまったという。

「濡れたんで干しておいたんだけど、最後の日、独歩患者さんたちを見送った後、どこに行ったのか消えちゃったのよ。代わりに新しい軍服と軍靴(ぐんか)、それに鉄カブトももらって来たのよ」

 救急袋の中身も必要な物だけをリュックに移して、救急袋も捨てた。千恵子はずっと持っていた愛唱歌集も捨てた。家族の写真と安里先輩から借りている啄木歌集は捨てるわけにはいかなかった。いつの日か、必ず再会して、返さなければならなかった。お米はもうなくなってしまったけど飯盒は持って行く事にした。国頭までの道程は長い。どこかでお米を手に入れる事があるかもしれなかった。乾パンはまだ二袋残っていた。食糧が手に入るまで、大事に食いつなげなければならない。水筒に水を詰め、準備は完了した。

 お世話になった住民たちに別れを告げて、今井兵長、小野上等兵、寺内一等兵と一緒に千恵子たちは照明弾と艦砲弾が落ちている外へと飛び出した。






轟の壕



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