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草むらの中で抱き合っている英雄と涼子が、五百年前の兄と妹に変わる。二人共、粗末だが武家姿をしている。 兄は小太郎、妹は小菊という。抱き合っている二人のそばを一人の農夫がカゴを背負って通る。二人に気づき、そっと近づいて二人を見る。二人は見られているのに気づかない。 「妹が綺麗すぎたのね」とラーラは言った。「こっそり、二人で逢い引きを重ねたの。ところが、それを村の人に見られてしまったの」
夜中。小太郎と小菊、侍姿の父親と母親、小さな荷物を持って村を出て行く。 それを見ているラーラと昭雄。 「そして、村中に二人の仲が知れ渡って、村にいられなくなったのよ。あの兄妹の父親は浪人していたの。以前、仕えていたお殿様が戦争で隣の国のお殿様に殺されてしまったの。そして、その村に隠れて時機を待っていたのよ。でも、そんな事になったので、仕方なく家族揃って夜逃げよ」
戦場跡。人間や馬の死体がゴロゴロ転がっている。 旅を続けている家族四人。 遠くから馬のひづめの音が近づいて来る。 耳をすます父親。 物陰に隠れる四人。 鎧姿の武士が数人、馬に乗って、隠れている四人のそばを横切って走り去る。 四人、物陰から出て来て、去って行った馬を見送る。 四人、また歩き始める。
荒れ果てた土地。それでも所々に春の小さな花が咲いている。 旅を続けている家族四人。 小菊の腹は大きくなっている。
小太郎と父親が村外れの祠の側に座っている。 小太郎は地面に何かを描いたり、祠の方をチラチラ見たり落ち着かない。 父親は腕を組んで夜空を睨んでいる。 静寂。 遠くで犬の遠吠え。 祠の中から、赤ん坊の泣き声が聞こえて来る。 祠の方を振り向く小太郎と父親。 「妹は男の子を生んだわ」 赤ん坊の元気な泣き声‥‥‥
人影もなく静まり返っている神社の境内。 父親が赤ん坊を抱いて来る。 大きな木の根元に赤ん坊を捨てる。 泣き出す赤ん坊。 逃げるように走り去る父親。 「父親は人間の子供じゃないと言って、捨ててしまったわ」 「殺さなかったのか?」 「母親が反対したのよ」 泣いている赤ん坊‥‥‥
雪におおわれた峠道。 家族四人、歩いている。 雪の上に倒れる母親。 介抱する小菊。 旅の商人が通りかかり、弱っている母親を自分の馬に乗せてやる。 一同、峠道を歩き去る。 「あの家族は金持ちの商人に助けられたの。妹の小菊は、その商人の世話で、ある侍の所にお嫁に行ったわ。兄の小太郎の方はある大名の家来になったの」
草むらの中で抱き合っている小太郎と小菊。二人共、立派な着物を着ている。 「それでも、二人は隠れて会っていたのね」 若い侍が現れ、兄妹をしばらく見ている。そして、ゆっくりと刀を抜く。 静かに兄妹に近づき、刀を振りかぶると小太郎の背中を袈裟斬りにする。 飛び散る血。 絶命する小太郎。 驚いて悲鳴をあげる小菊。 逃げようとするが、体が言う事をきかない。 「よくも俺をだましてくれたな」若い侍は刀を振り上げ、小菊を睨んだ。 小菊は何かを言おうとするが声が出ない。 両手を合わせて、若侍に哀願する。 若侍、気合と共に小菊の首を斬る。 飛び去る小菊の頭。 首からあふれ出る血。 頭のない小菊の体、前に倒れる。 若い侍は刀についた血糊を脱ぎ散らかしてある小菊の着物で綺麗に拭うと去って行った。 血を流している小太郎と小菊の死体。 それを呆然と見ている昭雄。 優しく微笑みながら昭雄を見ているラーラ。 「すげえな‥‥‥」 昭雄はラーラからとっくりを奪うと、一口酒を飲んだ。 「ほんとにすげえや‥‥‥あんた、あれをよく平気な顔して見てられるな。やっぱり、人間じゃないな」 「何言ってるのよ。あんたたち人間は毎晩、茶の間であんなのを見ているじゃない。お茶なんか飲みながら喜んでさ」 「あれは作りもんだよ」 「同じよ。テレビは人間が作った芝居。今、あなたが見たのは五百年前に自然が作った芝居。人間が作った芝居では、まさか、人間を殺したりはしないわね。でも、その芝居のために人間以外の生き物は殺されているのよ。たかが、人間の暇つぶしのためにね」 小太郎と小菊の死体は消える。 「あの二人の子供は死んじゃったのか?」 「ちゃんと生きてるわよ」
神社の境内、早朝。 武家姿の娘がやって来る。 泣き疲れて一睡もしていない顔。 神社の前にひざまづいて祈る。 「神様、わたしはどうしたらいいのでしょう。昨日、夫の戦死の知らせが参りました。夫とはまだ連れ添ったばかりです。わたしは商人の娘で、お侍の人と一緒になるなんてできない話でした。でも、あの人が御両親を説得して下さって、やっと、一緒になる事ができました‥‥‥それなのに‥‥‥これから幸せになれると思っていたのに‥‥‥もう生きて行く力もありません‥‥‥わたしは死にます‥‥‥神様、どうぞ、あの世であの人に会わせて下さい。お願いします」 祈っている娘。 突然、赤ん坊の泣き声がする。 娘は泣き声の方に泣き濡れた顔を向けた。 赤ん坊の方に行く。 「どうしたの?」と娘は赤ん坊を抱く。 赤ん坊をあやす娘。 泣きやむ赤ん坊。 「お前も独りぼっちなんだね」 赤ん坊はニッコリと笑う。 娘は泣き濡れた顔で笑おうとする。 「きっと、神様がわたしに授けて下さったのね。何だか、お前を見ていたら、わたしも生きて行く力が出てきたみたい」 娘は赤ん坊を抱いて、神社の前まで行く。 「神様、わたし、もう一度、生きてみます。この子と一緒に‥‥‥ありがとうございました」 娘は頭を深く下げて、赤ん坊を抱いて帰る。 「あの娘が来なかったら赤ん坊は死んでいたかもしれない。そしたら、あなたは存在しないわ」
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流れる電子音楽。 草むらの中で英雄と涼子が抱き合っている。 「兄と妹との間にできた、あの赤ん坊が俺の先祖なのか?」 「そうよ。あの子は立派に成長して素晴らしい武将になったのよ」 「近親相姦の血が俺の中に流れているのか?」 「あなただけじゃないのよ。今、この地上にいる連中、ほとんどがそうよ。たとえ兄と妹でも男と女にすぎないの。人間は男と女によって肉体は作る事ができるわ。でも、それはただ肉のかたまりにすぎないわ。魂がその肉体に入らなければ成長する事もできない。魂というのは人間に作る事はできないの。そして、魂というのは親も兄弟もない、まったく孤立したものなのよ」 「近親相姦‥‥‥そして、俺の子供たちがまた同じ事を繰り返している‥‥‥」 英雄と涼子、寄り添いながら山を下りて行く。 「あの二人はお互いに兄妹だと知っているのか?」 「まだ知らないはずよ。あなたも二人の事に気づいてないはずだわ」 「いつ、二人の関係がわかるんだ?」 「子供が生まれてからよ」 「俺は子供が生まれるまで、二人の事を知らないでいるのか?」 「そうよ。あの二人は大学で知り合って、いつの間にか、一緒に暮らすようになるのよ」 「子供の事も知らずに俺は一体、何をしてるんだ?」 「あなたはあなたの決められた道を歩いている。子供は子供で決められた通りに生きているのよ。たとえ、親でも子供の事を決める事はできないわ」 「一体、俺はどうしたらいいんだ?」 「心配しなくても、あなたのやるべき事はすべて、もう決まっているのよ」 「頼む、教えてくれ」 「それはわたしにもわからないわ」 「嘘だ! ちゃんと知ってるんだろ」 「わたしにも未来の事はわからないのよ」 「未来の事?」 一人の男が赤ん坊を抱いて山に登って来る。 辺りを見回してから、男は赤ん坊を草むらの中に置いた。 しばらく、男は赤ん坊を見ている。 「二十五年後のあなたよ‥‥‥そして、わたし」 赤ん坊が泣き出す。 男は慌てて逃げるように山を下りる。 草むらの中でポツンと泣いている赤ん坊。
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