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縁日である。 露店を冷やかしながら楽しそうに歩いているお辰と久美子と鉄蔵。 軽業師が面白おかしく講釈をしながら芸をやっている。 笑いながら見ているお辰と久美子。 笑いもせずにじっと観察している鉄蔵。 「父ちゃんたら、また悪い癖出して、今日は絵の事は忘れるんでしょ」 「ああ」と言いながらも鉄蔵は熱心に芸人を見ている。 真剣な顔の鉄蔵を見ている久美子。 お辰は楽しそうに笑っている。
浮世絵を売っている店。 歌麿の大首絵を見ている久美子。 鳥文斎栄之の絵を見ているお辰。 鉄蔵はつまらなそうにそっぽを向いている。 「いつまで、そんなもんを見てんだ。もう行くぞ」 「父ちゃん、写楽の絵があったよ」 「何、どれ」と鉄蔵はお辰が持っている写楽の役者絵を奪い取り、唸りながら見つめる。 |
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料亭の座敷で芸者を大勢呼んで酒を飲んでいる鉄蔵と久美子。 お辰は楽しそうな父を見ながら料理を食べている。 「先生、憎いわね」とお仙という芸者が言った。「最近、ちっとも顔を見せないと思ったら、いつの間にか、こんな綺麗なおかみさんを貰って、わざわざ見せに来るなんて、まったく憎いったらないわ」 「いいのよ、先生」と梅吉という芸者が言った。「おかみさん、まるで、先生の絵から抜け出て来たような人じゃない。先生が惚れるのも無理ないわ」 「違うったら‥‥‥」と鉄蔵は慌てる。 「おかみさん、お一つ」と梅吉は久美子に酌をしようとする。 「ありがとう」と久美子は喜んで受ける。 「お辰ちゃん、いいお母さんができたわね」とお仙は言う。 「ええ、とってもいいお母さんよ」とお辰は笑った。 「お辰! おめえまで何を言ってんだ」 「そうだわ。ねえ、お姉さん、この場で二人の祝言を挙げましょうよ」お辰は梅吉に提案する。 「そりゃ面白いわ。ねえ、みんな、先生の祝言、やりましょう」と梅吉は大賛成。 「馬鹿言うな。何を言ってんだ、お前たち」 「面白そうじゃない、やりましょ」とお仙も言う。 「そうよ、やりましょう」と他の芸者たちも賛成した。
正面にきちんと座って、かしこまっている鉄蔵と久美子。 鉄蔵は紋付き袴。 久美子は白無垢に角隠し。 芸者たちは着飾って左右に並んでいる。 三三九度の盃を交わす鉄蔵と久美子。 おめでとうの声と拍手。 高砂を唄う太鼓持ち。 三味線と芸者の踊り。 楽しそうに酒を飲む鉄蔵。 しとやかにしている久美子。 二人の間に座って酒の酌をしているお辰、嬉しそうに二人の顔を見比べている。
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秩序よく散らかっている部屋の中。 壁には写楽の役者絵が貼ってある。 鉄蔵と久美子の新所帯である。 文机に向かって内職の春画を描いている久美子。隣の部屋から赤ん坊の泣き声。 久美子は立ち上がって隣の部屋に行く。 「お栄ちゃん、どうしたの?」と久美子は赤ん坊を抱く。 すぐに泣きやみ、お栄は何かを言っている。 |
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