酔雲庵


酔中花

井野酔雲





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 ‥‥‥というわけで、あたしはしばらく人間に化けて、お姉さんと一緒に暮らしていたのよ。

 あたしが何してたと思う? 体を売ってたんじゃないのよ。

 人間の世界って不思議な所ねえ。あたしね、初めの頃はお姉さんの所で絵の勉強してたの。とにかく、何でもかんでも、お姉さんの真似をしてたのよ。

 ある日ね、お姉さんの友達たちと一緒にディスコってとこに行ったの。調子のいい音楽が流れててね、みんなが踊ってるのよ。踊りなんていったら、あたしの一番得意なもんじゃない。あたし、思いっきり踊ったわ。

 リズムに乗ってステージ狭しと踊りまくってやったの‥‥‥そしたら、知らないうちに誰もいなくなっちゃったのよ。あたし、戸惑っちゃったわ。人間の習慣なんて知らないから、もう踊っちゃ駄目なのかなって思って、あたしもやめて、みんなの所に行こうとしたの。そしたら、みんなが、「踊れ、踊れ」って言うのよ。

 あたし、どうしたらいいかわからないから、お姉さんに聞いたら、「すごくいいから、踊って」って言うじゃない。

 人間たちが何を考えてるんだかわからなかったけど、あたし、一人でまた踊っちゃった。みんな、あたしの踊りを見て、拍手したりしてくれたわ。それからはもう大変よ。みんながあたしに踊りを教えてって次々に来たわ。そして、みんな、あたしの真似して踊るのよ。

 人間て面白いのね。何で、あたしの真似なんかするんだろ。みんな、踊りたいように踊ればいいのにね‥‥‥あたし、いつの間にか、踊りの先生になってたわ。

 最初はああいうディスコみたいなの教えてたの。でも、ある時、日本舞踊っていうのを知ったのよ。あたしって、ああいう着物姿って好きなのよね。やっぱり綺麗だもん。それで、日本舞踊を始めたわ。あれはほんと、うまくできてるわ。無理な動きが全然ないのね。まったく、自然な動きだわ。あたしの得意とする所よ。でも、あたしは人の真似するのは嫌いだから、自己流にどんどん踊りを作っちゃったわ。そしたら、新しい日本舞踊だって、また、お弟子さんが増えちゃった。

 そんな風にして毎日、踊りをしてたんだけどね、やっぱり飽きちゃった。お姉さんは浩二さんと一緒になっちゃって、あたしとあまり遊んでくれなくなるし、つまらなくなっちゃったから、あたし、外国に行って踊りの勉強して来るって言ってね、ここに帰って来ちゃったのよ。久し振りにのんびりできるって感じだわ。

 どうして人間て、毎日ああやって動き回ってるんだろ?

 でも不思議ね。ああいう世界に入っちゃうと、あたしまで何だかんだって動き回ってたわ。みんな、狭い自分だけの世界に閉じこもって、他の世界は見ようともしない。たとえ、見ようとしても暇がないから、そんな事できないのね。ほんとは、それじゃあいけないんだけど、でも、それはそれでいいのかもしれないわ。たとえ、世界が小さくても、その中で精一杯やって、幸せなら、それでもいいんだわって、あたし、思ったの。でも、みんな、幸せだっていう事に気づいてないみたい。何で、みんな、用のない物を欲しがるのかしら? 何で、自分の物っていうのを増やしたがるのかしら? そこの所はまだ、あたしにはわからないわ‥‥‥

 何か、あたし、変だわ。どうしちゃったんだろ。人間の世界にしばらくいたら、あたしまで変になっちゃった。もうやめよう。人間の事なんて考えたって馬鹿らしいわ。

 あたしはラーラよ。

 そうよ、あたしはラーラなのよ。

 そうだわ、フェラたち、どうしてるかしら?

 ちょっと会いに行って来よう。




真夏の夜の夢




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