酔雲庵


酔中花

井野酔雲








 五郎右衛門は木剣を振っていた。


 新陰流、猿飛之太刀

猿飛‥‥‥

猿猴(えんこう)の身の軽き事を言う。千丈の(いわ)にも飛び、木末(こずえ)を走るに翼あるよりも自由自在なり。この妙をうるは一身二心満ちて、一と止まる事なきゆえなり。しかと言えども、その限りあらん千尋(せんじん)の谷を越えんとするに、彼の岸に生いたる柳あって、吹き来る風のなびける枝に飛びつきて、その拍子に向こうへたやすく渡る。これ、遠き境に近き道なり。このかしこきを太刀に名付けて猿飛(えんぴ)という。


燕廻‥‥‥

つばめ巡ると言う事なり。燕はいたって羽の軽き事、何の鳥より勝れたり。たとえて言えば、猛鳥一文字に来て、燕をつかむ一拍子に、飛び違えてやりすごすに、またたくよりも早し、これを業にたとえ、燕廻(えんかい)という。


月陰‥‥‥

日月陰陽とつづき、二字とも極陰なり。月は形あって闇夜を照らし、陰は形なくして闇夜の如し。月の光に陰を見ると言う事と成るべし。たとえば、闇夜に戦はば、敵の形見えず、我が影も見るべからず。然らば、何を以って相手にせんや。暗き所に物を尋ねるが如く、太刀を持ってみん。その探る太刀の光を目当てにして戦うべし。


山陰‥‥‥

月陰より移って陰陽表裏なり。山は現れて陽なり。陰は隠れて裏なり。山に向かって後ろを巡れば、前は後ろになりて、後ろはまた前に成るなり。此の心持ちを業にたとえて山陰(やまかげ)という。


浦波‥‥‥

漫々たる海上、大風に波のさかまき、打てば返し、返しては打つが如く、波の揉み合う景色を業にたとえて浦波(うらなみ)という。


浮舟‥‥‥

浦波より移って、波の懸け引きによく舟の浮く心持ちを業にたとえて浮舟(うきぶね)という。


 五郎右衛門は『猿飛六箇之太刀(えんぴろっかのたち)』を鋭い太刀さばきで空気を相手に稽古している。


 座禅‥‥‥


 そして、抜刀(ばっとう)

 腰を落とし、刀を抜いては気合をかけ、空を水平に切り、素早く(さや)に戻す。

 それを何度も繰り返している。


 座禅‥‥‥


 次は立ち木を相手に木剣を振り始める。気合を入れて、思い切り、立ち木を叩いている。

 木剣が木を打つ音と五郎右衛門の掛け声が山の中に響き渡る。




正伝・新陰流







 岩屋の中、焚き火の光の中で、五郎右衛門は小刀で木を彫っている。

 観音像である。彼の剣に似て、切口が鋭い。

 五郎右衛門がこの山に来て、すでに七日が経っていた。昼は一日中、剣を振り、夜はこの観音像を彫っていた。

 最後に目を彫り入れると観音像は完成した。その顔はどことなく悲しい顔をしていた。

 五郎右衛門は彫り上げた観音像を石の上に置き、しばらく見つめてから、足を組み直して目を閉じた。





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