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酔雲は山小屋にいた。 ラーラはお鶴の格好をして入って行った。 「爺さん、久し振りね」 「何が久し振りだ。 「あれ? あれは昨夜だったの? なんか変だな」 「何言ってんだ。おっ、お前、随分、綺麗じゃないか」 「わかる?」 「ああ。お転婆娘から急に色っぽくなったぞ」 「あたしね、恋をしちゃった」 「ほう‥‥‥お前でも恋をすると綺麗になるのか」 「ねえ、聞いて。あれから、色々あったのよ」 「あれからって、昨夜からか?」 「そう。あれから、あたし、人間界に行って踊りの先生になったのよ。帰って来たら、爺さん、死んでるんだもん。まったく、ずるいんだから。そして、その後、あたし、恋をしたの。それが、あたし、人間に恋をしちゃったの。いい男よ」 「ほう、そいつはきっと、わしの若い頃じゃろ」 「何を言ってんのよ。爺さんに若い頃なんてあるわけないじゃない」 「馬鹿もん。わしだって、ちゃんと若い頃があったんじゃ。わしの若い頃をお前が見たら、お前は間違いなく惚れるよ」 「冗談ばっかし。あたしは爺さんなんかに惚れないわよ」 「そうか。まあ、わしの事はいい。お前が惚れた奴ってのは、どんな男じゃ?」 「剣術使いなの。強いんだから。ねえ、爺さん、五エ門さん、知ってるでしょ?」 「五エ門? 石川五右衛門か?」 「違うわよ。針ケ谷五郎右衛門よ。知ってるでしょ?」 「ああ、知っておる。お前、針ケ谷 「せきうん?」 「ああ、針ケ谷五郎右衛門夕雲ていうんじゃよ。お前も大した男に惚れたもんじゃな」 「当たり前じゃない。あたしが惚れたくらいだもん。大した人よ。やっぱり、爺さん、あたしの五エ門さん、知ってたのね。さすがよ、話がわかるわ。いい男でしょ?」 「ああ、いい男じゃ。お前が夕雲に惚れたか‥‥‥お前もいい女じゃな」 「そんな事、決まってるじゃない。ね、お酒飲もう、お酒飲もう。今のあたしの気持ち、わかるでしょ。切ないのよ。この小さな胸が張り裂けそうに苦しいの。もう、あたし、二度と、あの人にと会えないのよ。わかる? このあたしの気持ち‥‥‥」 「わかる、わかる」 「だから、あたし、爺さん、好きよ」 ラーラは切ない胸の内を酔雲に打ち明けながら酒を飲んだ。 飲んで、飲んで‥‥‥ 泣いて、泣いて‥‥‥ 自分の涙だけで足りなくなると雨まで降らせて、 朝まで泣き続けた。
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思い切り泣いたら、何だか、すっきりしたわ。 あたしね、しばらく、旅に出る事にしたの。恋の痛手を癒すには旅が一番ですものね。 酔雲爺さんがまた、インドに行くって言うんで、あたしも一緒に行く事に決めたの。 インドにはクリシュナっていういい男がいるらしいし、あたしの五エ門ちゃんにはかなわないだろうけど、ちょっと彼と遊ぶのも面白そうだしね。 でも、ここでちょっと問題があるのよ。あの爺さん、もう、いい年じゃない。どうやったって、あたしとは釣り合わないのよね。若くて綺麗なあたしとあんな爺さんが一緒に旅してるなんて、何か変じゃない。かと言って、あたしの方が爺さんに合わせて、お婆ちゃんに化けるわけにもいかないもんね。そんな事したら、誰も相手にしてくれないし、どう見てもマンガよね。お爺さんとお婆さんが杖ついて旅してるなんて、昔話にも出てきやしないわ。 だから、ここでちょっといたずらをするの。あの爺さんを若返らせちゃうのよ。 これは内緒よ。あの爺さん、わしの若い頃を見たら、あたしが惚れちゃうだろうなんて言ってたけど、どんなもんだか見ものだわ。 あたしにはとても想像もできない。面白いでしょうね。 悔しいけど、今の爺さんには、あたし、かなわないわ。でも、若い頃なら何とかなりそうよ。 あたし、若き日の酔雲爺さんを思いっきり、からかっていじめてやるわ。今に見てらっしゃい‥‥‥ と言うわけで、皆さん、しばらく、さよならね‥‥‥ あっ、それと、皆さん、あたしの遊びに付き合ってくれてありがとう。 そして、遊んで下さった葛飾北斎さん、針ケ谷夕雲さん、その他の色々な人たち、色々な自然の方々、ありがとうございました。 また、いつか、会いましょうね。 バイバイ。
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