酔雲庵


蒼ざめた微笑

井野酔雲







21.闇の中から夢の中へ




 十一時半を過ぎていた。

 上原和雄のアパートの管理人室は静かだった。明かりはついているが物音は聞こえない。窓から、くたびれた目も覗いていなかった。

 私は静かにドアの取っ手を回した。ひろみの言った通り、鍵は掛かっていなかった。中に入って、ドアを閉めた。

 そこは台所兼食堂兼物置という所だった。隣の部屋から(いびき)が聞こえて来た。酔っ払い特有の唸るような鼾だ。私のいる所からはこたつしか見えない。足音を立てずに隣の部屋のそばまで行ってみた。管理人の親爺はこたつの中に足を突込み、重そうな布団をかぶって寝ていた。後ろを向けた白髪頭だけが、わずかに見えた。こたつの上には後わずかしか残っていない安いウィスキーの瓶がちゃんと(ふた)をして置いてある。汚れたコップは瓶のそばに転がっている。テレビのスイッチはちゃんと切ってあった。

 鍵は入口のそばの壁に番号順に並んでいた。なかなか几帳面(きちょうめん)で神経質な酔っ払いだ。部屋の中を見ても綺麗に片付けてある。もっとも、散らかしておく程、物を持っているわけではなかった。

 私は三十二号室の鍵を借りて、外の物音に耳を澄ました。人の気配はない。そおっとドアを開け、静かに外に出た。

 階段の軋む音を気にしながら、三階まで上がった。薄暗い廊下には人影はなく、テレビの音がどこかの部屋から聞こえて来る。昨日と同じだったが麻雀の音はしなかった。表通りを走って行く車の音が聞こえて来た。

 『現代写真研究所』と書いてあるドアをノックした。反応はない。研究所の所長さんは、ただ今、北欧の金髪美人の研究に忙しいのだ。

 私は手袋をはめたまま鍵を開けて、中に入った。背中越しにドアを閉め、手探りで電気のスイッチを捜した。スイッチは右側のあるべき所にあった。

「何だ? こいつは一体、どうなってんだ‥‥‥」と私は思わず呟いた。

 部屋の中は足場がない程、メチャメチャに荒らされていた。東山の部屋と同じだった。これも、奴らの仕業なのか‥‥‥東山と上原がつながっているというのか? 確かに、上原も裏で何かをやっているような気がしないでもないが、まったく予想外な事だった。

 台所には食い物や食器類が散らかり、次の部屋には写真や本や書類やらが散らかり、パソコンがひっくり返っていた。

 ひろみが言っていたキャビネットの中には何も入っていなかった。床に散らかっている写真が入っていたに違いない。ざっと見渡して見たが風景写真ばかりで、ヌード写真は見当たらなかった。人物の写真も何枚かあったが、単なるポートレートばかりだった。

 寝室には部屋中、服が散らかっていた。雅彦が言っていたようにキザな服ばかりだった。キザな服は皆、メチャクチャに切られてあった。ベッドも切られてボロボロになっている。暗室に使っていたらしい部屋もあったが、印画紙やら薬品やらが散らかっているだけで、ひろみの写真はどこにもなかった。

 私はもう一度、散らかっている写真を調べた。車のキーが見つかった。BMWのキーに違いない。私はそのキーをポケットにしまった。上原が出したというヌード写真集も見つかった。モデルは皆、素人っぽい女でヘアーは勿論、写っているが、それ程、きわどいものではなかった。ひろみが言っていたように、上原がナンパした女たちだろうか? これだけの女をナンパして脱がせたとしたら、確かに凄腕だった。女を喜ばせる手管(てくだ)を知り尽くしているに違いない。男から見れば、雅彦が言っていたように、キザなクソ野郎だ。

 ふと、後ろに人の気配を感じて、振り返ったが遅かった。後頭部に激痛が走った。私は暗闇の中に真っ逆さまに落ちて行った。

 気がつくと両手を後ろに縛られ、写真の中に転がっていた。見覚えのある靴が見えた。白と茶色のコンビの大きな靴だった。

 私は無理やり起こされた。二人のチンピラが私の肩を押えた。後頭部と腹部に激痛が走ったが、さわる事もできなかった。

 革の手袋をはめた大男のでかい手が私の顎を上げた。

「面白えとこで会うじゃねえか」と大男は酒臭い息を吹きつけた。

「やはり、お前らの仕業か?」と私は言った。

「ずっと、見張ってたんだ」と私の右側にいるチンピラが言った。

「野郎が帰って来たと思ったら、おめえがいやがったというわけよ」と大男の後ろにいるチンピラが言った。

 そのチンピラはガムをクチャクチャかみながら、三十センチ程の黒い棒を持って自分の肩をたたいていた。

「おめえの事務所も見張ってたんだぜ」と私の左側のチンピラが言った。

「事務所に帰って来ねえから怖じけづいて逃げたと思ったら、こんな所に来やがった」

「やるじゃねえか、見直したぜ」と大男が顎を強くつかんだ。

「やはり、上原と東山はつながってたのか?」と私は聞いた。

「おめえがここに来たってえ事はそうなんだろうが。おい、おめえは何を捜してんだ?」

「依頼人に頼まれた物だ」

「そいつは何だ、と聞いてんだよ」

「それは言えん」

 右からパンチが飛んで来た。唇が切れて、血が飛んだ。私は殴ったチンピラを睨んだが、大男の手で無理やり正面に向けられた。

「おい、何を捜してたんだ?」

「知らん」

 右側のチンピラがもう一度、殴ろうとしたが大男が止めた。

「隠す事もあるめえ。写真だろ。わしらが捜してんのも写真だ」

「この部屋にはなかったんだな?」

「ねえ」

「上原は写真を持って海外に逃げたようだな」

「海外だと?」と左側のチンピラが私の肩をつかんだ。

「そうだ。お前らを怖がって、ずらかったのさ」

「本当か、そいつは?」と大男は聞いた。

「ここにもねえ。東山のとこにもねえとなれば、それしか考えられねえだろう」

「上原が海外に飛んだってえのは本当かと聞いてんだ」

「逃げるとすれば海外だろう。車を置いてったんだからな」

「成程‥‥‥上原の野郎はそれでもいいだろうが、東山の野郎はどこにいるんだ?」

「知らん」

 私はまた、殴られた。右目の中が真っ赤になった。

「東山はどこにいるんだよ?」とチンピラが私の腹を蹴り上げた。

 私は血の混ざった唾を吐いた。大男がまた、私の顔を上げた。

「おめえの依頼人は確か、東山に大金を渡すと言ってたな。それはいつなんだ?」

「知らん」

「痛え目に会いてえのか?」

「本当に知らんのだ。依頼人からその事については依頼されてない」

 私はまた痛い目に会わされた。唇は切れて、まくれ上がり、(まぶた)は腫れ、顔が倍以上に膨れ上がったように感じられた。

 大男は私のネクタイで私の顔の血を拭くと、「いつだ?」と優しく聞いた。

「知らん」

「ふん。いい根性してるじゃねえか。安い金で雇われて、命を張る程の価値があるのか?」

「たとえ、殺されても、依頼人の秘密は守らなければならんのだ。お前らがモデルをスキャンダルから守るようにな」

「チンピラ探偵が生意気言うんじゃねえ」

 大男のパンチが飛んで来た。チンピラのパンチとは桁違いだった。私の顔は潰れ、体から離れて闇の中に飛んで行った。

 私はまだ生きていた。顔の上に冷たいタオルが乗っていた。両手も縛られていなかった。堅い床の上ではなく、柔らかいベッドの上に寝かされていた。誰かが私を助けてくれたのだ。ひろみが心配して来てくれたのかもしれない。私は重い腕を動かして、顔の上のタオルをどかした。

 私は現実に引き戻された。大男とチンピラたちがいた。私はソファーに寝かされ、大男は椅子にふんぞり返って、私を見ながらタバコをふかしていた。

「どうやら、やり方を間違えたようだ」と大男は薄笑いを浮かべながら言った。

「おめえを見直したぜ。仕事の話をしようじゃねえか」

 私は濡れたタオルで顔を押さえながら体を起こした。頭がガンガンした。体中がガタガタだった。やっとの思いで、ソファーに腰をかけ、大男を見た。

 大男はタバコを灰皿で消すと、「すまなかったな」と謝った。

 私は頭を振った。耳の錯覚かと思った。

「東山の同類だと思ってたんだ。だが、おめえは一本、筋が通ってるようだな。今時、珍しい野郎だぜ。わしは東山を捜してる。おめえも東山を捜してる。どうだ、手を打たねえか?」

「手を打ったとしても、依頼人の秘密は教えられない」

「わしが依頼人になったらどうだ?」

 私は大男を見た。真剣な顔付きをしていた。今まで、見たことないような真面目な顔付きだった。三人のチンピラたちも大男の後ろで、神妙な顔をして私を見ていた。

「俺に東山捜しを頼むというのか?」

「そういう事だ。だが、おめえ一人だけじゃ難しいだろう。わしらが手伝うってえのはどうだ?」

「随分、物分かりがよくなったじゃないか」

「痛めつけられて白状する奴は信用できねえ。おめえを信用する事にしたのさ」

「成程。信用するには、まず、痛めつけなければならないのか」

「そう言うな。今まで、おめえのような探偵に会った事がなかったんだ。下らねえクズ野郎ばかりだった」

「分かったよ。で、俺の依頼人になるのか?」

 大男はうなづいた。

 私はタオルで右目を押さえた。かなり、腫れていた。大男がチンピラの方を振り向くと、一人のチンピラがうなづいて、どこかに行った。大男がタバコをくわえると素早く、チンピラが火を点けた。大男は私に茶色いタバコを勧めたが私は断った。タバコを吸える状態ではなかった。出て行ったチンピラが濡れたタオルを持って戻って来た。黙って私にタオルを差し出した。私も黙って受け取った。冷たいタオルで顔を冷やしながら、

「詳しい話を聞かなければならない」と私は言った。

「分かってる。モデルの名は吉野ゆかりだ。東山に(だま)されて、卑猥(ひわい)な写真を撮られてゆすられている。馬鹿な女だが金になる。守らなけりゃならんのだ。絶対に写真を奪い返さなけりゃならんのだ。どんな手段を使ってもな」

「依頼するからには俺のやり方でやる」

「いいだろう」

「東山と上原のつながりはどうして分かったんだ?」

「おめえがさっき見ていた上原のヌード写真集が東山の部屋にあったんだ。そこで、ここに来てみた。上原は留守だったが、からんでるに違いねえと睨み、家捜しをしたってわけだ。そこのキャビネットを見てみろ。東山がゆすってた奴らの名前がずらりと並んでるぜ。こっちの手の内は見せた。今度はおめえの番だ」

 大男は手袋をはめたままの両手を広げて、私の顔を見つめた。

「俺の依頼人が東山と会うのは明日だ」

「場所は?」

 私は首を振った。

「場所はまだ聞いていない。明日の十一時、その依頼人が事務所に来る。俺は依頼人と一緒に、その場所に行くつもりだ」

「よし。わしらも十一時におめえの事務所に行こうじゃねえか。いいな?」

「いいだろう。東山と会う時、付いて来てもいいが、東山に気づかれんようにしてくれ。奴はお前らから逃げている。お前らがいると分かれば、金は諦めて逃げてしまうだろう」

「ああ、分かってるよ」

 大男は手を振るとチンピラを引き連れて去って行った。

 彼らの後ろ姿を見送ると私は溜め息をついた。大男と仲直りできたのはよかったが、私の体はボロボロだった。気合を入れて立ち上がると、そこらに落ちている物を蹴飛ばしながらバスルームに行って顔を洗った。考えるべき事がいっぱいあるはずなのに何も考えられなかった。恐る恐る鏡を覗くとひどい顔をしていた。ろくに目も開けられなかった。

「くそったれ」と私はバスルームの壁を思い切りたたいた。

 傷口に響いただけだった。しばらく、冷たい水で顔を冷した。

 三十分位経ったろうか、ようやく正気に戻った。私は大男の浜田が言ったキャビネットを調べた。そこにはアイウエオ順に名前が並んでいた。吉野ゆかりは吉野Yと赤い字で書いてあった。中崎H(ひろみ)もあった。歯医者の高橋Sは青い字で書かれてあった。どうやら、赤が女で青が男のようだ。藤沢N(紀子)も赤い字であった。紀子も上原にヌードを撮られたのだろうか? モデルの中川M(美喜)もあった。竹中F(冬子)はなかった。古山H(浩子)もなかった。

 森村N‥‥‥思い出せなかった名前もあった。三年前に自殺した藤沢淳一と関係のあった女優、森村奈穂子だった。どうして、その名がここにあるのか分からなかった。

 私は、そこに並んでいる名前をすべて、手帳に写した。女が三十五人、男が九人、しめて四十四人だった。これらの者たちが皆、上原と東山にゆすられているのだろうか?

 上原と東山をつないだヘアヌード写真集をもう一度、眺めた。ここに写っている娘たちの名前もあるかもしれない。私は参考資料として借りて行く事にした。

 上原の部屋を出ようとして電気のスイッチを消した時、私には浜田たちがやって来た理由が分かった。奴らはこの部屋の明かりを見て、上原が帰って来たものと思ったに違いない。私は電気を消したまま窓まで行って外を眺めた。

 細い路地が見えた。酔っ払いが歌を歌いながら千鳥足で歩いていた。浜田の黒いベンツはどこにも見えなかった。今はいないようだが、奴らはずっと、あの道からこの部屋を見ていたに違いなかった。

 私は静かにドアを開けて外に出た。誰もいなかった。部屋の鍵を掛け、しばらく、ドアの前でノックをしている振りをして、首を傾げながら、ゆっくりと階段の方に向かった。

 階段で女と擦れ違った。管理人が言っていた白雪姫に違いない。疲れた顔をして私を見て、なぜか、ほほ笑んだ。笑うと魅力的な顔になった。彼女は階段を上がって行った。私は階段を降りて行った。

 管理人は鼾をかいて安らかに眠っていた。夢の中で、もっと上等なウィスキーを飲んで、もっと高級なマンションの管理人をしているのだろう。今度、来る時はスコッチでも持って来てやろう。

 私は鍵を元に戻して外に出た。

 裏の駐車場にスキーを積んだままの上原のBMWはあった。スタッドレスタイヤをはいて、泥だらけに汚れている。鍵は掛かっていない。ドアを開けると車内燈がついた。車内燈で照らされた車内はメチャクチャに散らかっていた。

 奴らの仕業に違いなかった。トランクを開けてみると、その中もグチャグチャだった。カメラが三台、転がっていたがフィルムは抜き取られていた。勿論、トランクの中にも問題の写真とネガはなかった。車のキーを差すべき所に差して、ドアを閉めた。

 私はジープに乗って、上原のアパートから離れた。誰も後を追っては来なかった。

 真っすぐ、家に帰るつもりだった。信号待ちをしていて、ふと、ひろみが待っている事を思い出した。ひろみの笑顔を見ながら上等のコニャックを飲めば、傷の痛みも治まるだろうと思った。この惨めな顔を見られたくはなかったが、もしかしたら、という誘惑に負け、私は静斎の屋敷に向かった。

 屋敷の外にジープを止めると開けっ放しの門から広い庭に入った。一階の明かりはすべて消えていた。二階の右側の部屋だけが明かるかった。

 私は静斎夫人に見つからないように屋敷の裏に回った。客間のベランダに上って、非常ばしごを登った。ひろみが言っていた通り、二階への扉は開いていた。二階のベランダに靴を脱ぎ、足音を忍ばせて、ひろみの部屋に向かった。ノックしようと思ったが、やめて、部屋に入った。

 洋間の隅にある洒落たランプが部屋の中をほのかに照らしていた。ステレオから低く、シャンソンが流れている。エディット・ピアフのようだった。ひろみの姿はなかった。もう、寝てしまったのだろうか。私は寝室の方を覗いた。真っ暗で何も見えなかった。

「あなたなの?」と暗闇から声が聞こえた。

「日向です」と私は声のした方に答えた。

「随分、遅かったのね」

「ハプニングが置きまして‥‥‥」

「ハプニング? それで、写真は手に入れたの?」

 私は首を振った。

「あの部屋に入れなかったの?」

 目がようやく慣れてきて、ベッドの中のひろみが見えてきた。

 私はベッドのそばまで行った。ひろみは顔だけ出して、ベッドの中にもぐっていた。

「何があったの?」

「部屋には入りました。しかし、あの部屋にはありませんでした」

「そんなはずはないわ。絶対にあるはずよ」

 私はベッドに腰を下ろした。

「東山という名前を聞いた事がありますか?」

「東山? 知らないわよ」

「上原はどうも、東山という奴と組んで恐喝していたらしい」

「彼が恐喝を? まさか‥‥‥」

「東山がへまをして、ある芸能プロのモデルを恐喝したんです。ところが逆に、東山は芸能プロの怖いお兄さんに脅されたというわけです。東山はその怖いお兄さんから逃げるために、ある男に五百万を要求して来ました。明日の昼、その男は東山に五百万を渡すそうです。弱みを握られていた写真と引き換えに。東山の方は金がないので、どこかに隠れて恐喝している。上原の方は東山なんか置いて、先に海外にずらかったというわけです」

「本当なの、今の話?」

「本当です。東山のアパートも上原のアパートも部屋の中はメチャメチャに荒らされていました」

「上原君が、そんな事を‥‥‥」

「あなたは本当にゆすられてなかったんですか?」

「あたしはゆすられてなかったわ。だって、今のあたしは昔のようにアイドルじゃないもの。あたしのヌードなんか持ってったって、どこも扱ってなんかくれないわ。でも、今度の映画が成功すれば、あの写真は高く売れるでしょう。上原君が勝手にあの写真を発表しないように取り戻したかったのよ」

「そうですか‥‥‥あなたは森村奈穂子を知ってますね?」

「えっ? 何、言ってるの? 奈穂子さんはもういないわ」

「ええ、三年前に自殺しました。上原君は森村奈穂子の写真を撮った事がありますか?」

「それはあるでしょ。あの頃、上原君はうちの人のお芝居を取材してたもの」

「成程‥‥‥森村奈穂子が誰かにゆすられてたって事はありませんか?」

「さあ、知らないわ。うちの人に聞けば分かるかもね」

「もしかしたら、上原君にゆすられて自殺したのかもしれませんね」

「まさか、上原君がそんな恐ろしい事をするなんて考えられないわ」

「あなたは淳一さんと森村奈穂子の事は知ってたんですか?」

「知ってたわ。上原君から聞いてね。でも、そんな昔の事が何の関係があるの?」

「もし、上原君が三年前からゆすりをやってたとしたら、その頃から、東山と組んでたのかもしれません」

「その東山っていう人は何者なの?」

「分かりません。雑誌記者らしいんですけど、探偵とも名乗ってます。明日、奴を捕まえれば上原君の居場所も分かるでしょう」

「あなた、海外までも追って行くつもり?」

「あなたが望めば」

「いいわ。海外まで追ってって」

「分かりました。報告は終わりです。俺は帰りますよ」

 ひろみは何も言わなかった。

 私はドアの方に向かった。

「忘れてたわ」とひろみは言った。

「紀子さんから電話があったの」

「えっ!」と私は振り返った。

「あなたが出て行ってから‥‥‥どうしたのよ、その顔‥‥‥」

「ハプニングですよ」

「待って」とひろみはベッドから出た。

 何も身に付けていなかった。ベッドの上にあったガウンをはおると私のそばに来て、顔をよく見た。

「ひどい顔、手当しなくっちゃ」

 ひろみは寝室の明かりを点けた。ピンク色のガウンを着ていた。ひろみは棚から救急箱を取ると私をベッドに座らせて、真剣な顔をして傷の消毒を始めた。消毒は傷にしみたが、ガウンから覗いて見える、ひろみの乳房は最高の眺めだった。私はひろみの言うがままに従った。ひろみは私の服を脱がせ、体中の治療をした。体中に青あざや擦り傷が付いていた。

「なかなか、うまいもんですね」と私は感心した。

「あたし、デビューが遅かったのよ。スカウトされる前、あたし、看護学校に通ってたの。看護婦になるのが夢だったのよ」

「白衣の天使ですか?」

「そう‥‥‥」

「寝る時はいつも裸なんですか?」

「見えたの?」

「少し」

 ひろみは私の視線に気付いて、ガウンの胸を押えた。

「今度の映画では濡れ場もあるのよ。平安時代の話なのに下着の線が見えるなんて不自然でしょ。映画が終わるまで下着を付けない事にしてるのよ」

「熱心ですね」

「賭けてるのよ」

 私はひろみの腰を抱き寄せた。

 ひろみは私の顔を両手で包んで、腫れている唇に優しくキスをした。

 私はガウンの紐をほどいた。

「電気を消して」とひろみは囁いた。

 私はドアを閉めると明かりを消した。

 ひろみはガウンを床に落とした。




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