10.七人の山伏
川の上を 朝早く、糟屋の城下のはずれの河原に七つの死体が並んでいた。皆、山伏だった。一晩、放って置いただけで異臭を放ち、傷口には虫が群がっていた。 竜仙坊と風輪坊が 「どうじゃ、知っている奴はおるか」と竜仙坊は風輪坊に聞いた。 「一人おる」 「ほう、どいつじゃ」 「こいつだ」と風輪坊が言ったのは竜仙坊が追いかけて行って、最後に大山の裾野で見つけた死体だった。 「どこの奴じゃ」 「駿河の 「というと 「間違いない。確か、東智坊とかいう奴だ」 「小鹿の山伏が最後に死んでいたという事は、首を持って逃げたが何者かに襲われ、殺されたという事かのう」 「多分‥‥‥」 「よし、まず、こいつらを組分けしよう。おぬしが最初に追った奴はどいつじゃ」 「こいつだが」 「わしが最初に追ったのはこいつじゃ。こいつとそいつは共に湯殿に隠れておった仲間じゃ。殿を殺した下手人じゃ」 七人の死体のうち、小鹿の配下と湯殿の二人が河原者によって分けられた。 「残るは四人だな」と風輪坊は言った。 「こいつとこいつも仲間じゃ」と竜仙坊は二つの死体を示した。「この二人は殿を殺し、湯殿から逃げた男を襲った。一人はわしが倒し、もう一人は首を持って逃げたが何者かに殺された」 「残る二人だが」と風輪坊が言った。「一人はわしが斬った。もう一人は首を持って逃げた男が斬った。この二人は仲間かもしれんが確信はない」 七つの死体は五つに分けられた。 「五組か‥‥‥」と竜仙坊は 風輪坊はかたわらの石に腰を下ろすと、 「竜仙坊殿、わしには分からん事があるんだが」と言った。 「何じゃ」 「わしは湯殿から出て来た下手人をすぐに追って行った。わしの他に追っている者はいなかった。しかし、わしが林の中まで追って行くと、すでに下手人は殺されていた。誰が殺したのか知らんが、殺した奴はそこで下手人を待ち伏せしていたという事か」 「多分な。わしらは殿を追ってここに来た。すでに、その時には下手人らは湯殿に潜んでいた。わしら以外の者たちは皆、その事を知っていたんじゃ。奴らは皆、殿の生命を狙って、ここに集まって来た。その中の誰かが湯殿に潜んだ。そこで、他の奴らは殿を殺す事をその二人に任せ、二人が殿の首を持って逃げて来たら、それを横取りしようと網を張って待っていたに違いない」 「成程‥‥‥網を張っていた奴らは湯殿の二人の正体を知っていたんだろうか」 「さあな‥‥‥もしかしたら、湯殿の二人はお屋形様の配下ではないかもしれんのう」 「どうして」 「お屋形様の配下なら、わざわざ、首を持って逃げるか」 「しかし、いつまでも湯殿にいる訳にも行くまい」 「いや。首はお屋形内に隠した方が安全じゃ。奴らもお屋形内から出れば敵が襲って来る事は充分、承知じゃろう。首を持っていたお陰で、こいつらは殺されたんじゃ。首を持っていなければ逃げる事もできたじゃろう」 「うむ。となると下手人はお屋形様ではないという事か‥‥‥」 「かもしれん」 竜仙坊も石の上に腰を下ろした。 川の上の靄は消えていた。今日も暑くなりそうだった。 「ところで、今、お屋形様の配下の山伏はここにおるのか」と風輪坊が聞いた。 「いや、おらんようじゃな。殿の首を追って、どこかに行っているらしい。わしは昨日の夜、曽我 「中道坊と言えば、お屋形様の配下の頭だな」 「そうじゃ。お屋形様が兵庫頭に命じ、兵庫頭が中道坊に命じるという訳じゃ」 「中道坊はどこに行ったんだろう」 「古河か駿河か鉢形か‥‥‥駿河の事はおぬしに任せる」 「ええ。古河と鉢形は?」 「わしの配下が今、向かっている」 「手回しがいいですね。竜仙坊殿はこれからどうするのです」 「わしは中道坊が戻って来るまで、ここで待つ。奴を吐かせれば何かが分かるはずじゃ」 「そうですか‥‥‥」 「おぬし、ここにいるつもりなら兵庫頭の 「豊後守を?」 「ああ。兵庫頭はお屋形様が 「分かりました。もう少し確かな事が分からんと動きが取れませんからね。さっそく、豊後守を調べましょう」 「いや、もう少し待ってくれ。今、大山の山伏がこっちに向かっているはずじゃ。奴にこの死体を見せれば知っている奴がいるかもしれん」 「大山の山伏というと、ここのお屋形様の?」 「いや。大山の山伏だからといって、すべてがお屋形様の配下という訳ではない。現に、わしも大山の山伏じゃが殿のもとで働いていた。奴は大山の 「成程‥‥‥この中に自分が鍛えた者がいれば、すぐに分かるという訳ですね」 「そういう事だ」 日差しが強くなって来た。近くの森でセミが鳴き始めていた。 「どうしたんじゃ、こんな所に呼び出して」と懐かしそうに竜仙坊に声を掛けて来た。 「久し振りじゃのう。どうじゃ、お山の方は忙しいか」 「ああ、結構な。長かった戦も終わったんでのう、信者たちも続々、お山に登って来るわ」 「そいつは良かった」 「何じゃ、こいつらは」 「分からん。この辺りで殺されていたんじゃ。皆、身元が分からんのでのう。おぬし、この中に知ってる奴はおらんか」 南真坊は竜仙坊の後ろにいる風輪坊をチラッと見てから、死体を眺めた。 「おぬし、どうして、こんな所にいるんじゃ」と死体を一人一人確認しながら、南真坊は竜仙坊に聞いた。 「殿のお供じゃ」 「ほう。道灌殿は今、ここに来ておるのか」 「ああ。お茶会に招待されてのう」 「お茶会か‥‥‥のんきなもんじゃのう」 「知ってる奴はおらんか」 「いる」 「本当か」 「ああ。こいつとこいつじゃ。この二人、ここのお屋形様のもとで働いていたはずじゃが」 南真坊が言った二人とは、竜仙坊が追っていた下手人を殺した二人だった。 「妙智坊と常泉坊じゃ」 「こいつらが、ここのお屋形様の配下じゃったのか‥‥‥」 「一体、何があったんじゃ」 「それをこれから調べるところよ。山伏同士の争いらしいが、どこの山伏とどこの山伏が争ったのか分からなかったんじゃ」 「若い奴らばかりじゃな‥‥‥」 「ああ」 「この辺りで殺されたのなら、ここのお屋形様を探っていたに違いあるまい。そこで、ここの山伏と斬り合いになった。そんな所じゃろう」 「まあ、そうじゃろうな」 「中道坊の奴に聞けば分かるじゃろう」 「奴もどこに行ったのか見当たらんのじゃ」 「ほう。奴もおらんのか‥‥‥」 「こいつらを殺った奴らを追って行ったのかもしれん」 「戦も治まったというのに忙しい事じゃな」 「また、戦を始めたいと思ってる奴がいるんじゃろう。裏でコソコソやっているのさ」 「何も山伏同士で斬り合う事もあるまいに‥‥‥こいつらはわしの教え子じゃ。何をやってたのかは知らんが情けない死に様じゃな」 南真坊は妙智坊と常泉坊の二人に 「わざわざ、すまなかったのう」と竜仙坊は南真坊に言った。 「今度、江戸に遊びに来いよ。歓迎するぞ」 「ああ、そのうちな」 南真坊は錫杖を鳴らしながら帰って行った。 竜仙坊は河原者たちに命じ、死体を片付けさせた。河原者たちは竜仙坊の言葉を待っていたかのように死体に飛び付くと、身ぐるみを剥がし始めた。 「下手人は、ここのお屋形様ではなかったんですね」と風輪坊は言った。 「そういう事になるのう。しかし、下手人が殿を殺すのを知っていて見逃し、その下手人を待ち伏せしていたという事は、お屋形様から殿を殺せとの命を受けていた事も事実じゃ」 「そうか‥‥‥知っていながら、それを止めなかったんですからね。そして、人にやらせておいて手柄を横取りしようとした。しかし、失敗して何者かに殺されてしまった。下手人の仲間に殺されたのかもしれませんね。下手人もたった二人だけではなかったでしょう。どこかで待ち合わせをしていたに違いない。ところが、待ち合わせの場所に行く前に殺された。そこで、仲間は下手人を殺したお屋形様の配下を殺し、首を取り戻した」 「うむ。そして、中道坊らはそいつらを追って、どこかに行った。小鹿の配下もそこに絡んで来る」 「竜仙坊殿の方はそうなるでしょう。わしの方はどうなんです」 「そっちの方は分からんな。下手人を斬ったのが、お屋形様の配下ではない事は確かじゃ。お屋形様の配下が首を手に入れたのなら、昨日のうちに曽我兵庫頭あるいは豊後守のもとに自慢気に持って来るじゃろう。しかし、そんな事はなかった」 「そうなると、そっちの方の首を狙ったのは管領殿か長尾伊玄かという事になりますね」 「多分な」 「どうじゃ、もう一度、現場に行ってみんか。何か分かるかもしれん。どうせ、曽我の親子も洞昌院の方に行っていて屋敷にはおらんじゃろう」 「そうですね」 風輪坊は大山を見上げた。 太田道灌ともあろう人がこんな所で、しかも、風呂場であっさりと殺されてしまうとは、今でも信じられない事だった。 道灌を殺した下手人も挙げたいが、駿河の事も心配だった。風摩小太郎がいる限り、竜王丸の事は大丈夫だと思うが、なるべく早く、駿河に帰ろうと思った。 風輪坊は竜仙坊の後を追って城下の方に向かった。 余談になるが、道灌の暗殺にかかわって死んだ七人の山伏たちは洞昌院のはずれに埋められ、後に『七人塚』と呼ばれ、道灌に殉死した者たちとして祀られている。
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