龍山の歌
♪春雨の眠ればそよと起こされて 「おっ、 桐屋の 「あの人はほんとにうまいですねえ」と新三郎が都八の唄に感心しながら言う。 「 「 「ほう、若旦那は何でもやるんだな」 「いえ、まあ、唄がうまけりゃ 「いや、あれは 大きな池の側に建つ 都八はもういい気分になっていて、三味線を弾きながら顔を上気させている。豊吉と麻吉の他に、昨夜、湯安に来たお夏とお糸も顔を揃えていた。 「まるで、 「先生の浮気者」と麻吉が 「いや、そんなんじゃアねえんだよ」と一九は手を振った。 「おい、月麿、夢吉ねえさんはどうした」 津の国屋が聞くと月麿は情けない顔をして首を振った。 「また、謎を掛けられたらしい」 一九がニヤニヤと笑う。 「ついさっき、 「ほう、相模屋が来たのか」 「 「もしかしたら、夢吉は相模屋から逃げてるのかな」と都八が三味線の手を止めて言う。 「一人になりたくて草津に来たのに、おめえたちが追いかけて来たから、夢吉はどっかに隠れちまったんだろ」 「相模屋から逃げるのはかまわねえが、俺から逃げる事アねえだろうに」 「そいつはおめえの言い分だ。相模屋の方じゃアおめえが来たから逃げたと思ってるぜ」 「でも、ねえさん、ほんとにどこに隠れてんだろう。わたいらにはちゃんと知らせてくれたっていいのにさ」 豊吉と麻吉は、ねえとうなづき合った。 「なアに、月麿に謎をかけて来るんだ。 「そんな馬鹿な。でも、矢場の女に手紙を渡した若え男ってえのは 「この 「それはありえるな」と一九も言った。 「初手の謎の時、夢吉はおめえが中善にいるのを知っていた。今度もおめえが金毘羅さんに行くのをどっかで見てたのかもしれねえ」 「そうか、奴は俺の後をつけていやがったのか。畜生め、野郎、取っ捕めえてやる」 「ところで、今度はどんな謎なんだ」 「今度のは難しいんですよ」と月麿は持っている手紙をみんなに見せた。
「ほう、夢吉も相模屋の 「いや、どうも、その歌は、若旦那が言うには薬師堂にある歌らしい」 一九が言うと、新三郎はうなづいた。 「戦国の頃、 「そいつを夢吉が写したのか‥‥‥この歌のどこに謎があるんだ」 「旦那、そいつがわからねえんです。夢吉は金毘羅さんで 「成程、そいつは理屈だな。しかし、夢吉が 「それが、旦那、そう簡単な 「俺も今、そいつをやってみたとこだ。頭の字を読むと『しふいくしやわになむ』となる。渋い 「薬師さんにある本当の歌は頭の字を結ぶと『なむやくししうにしむ』ってなるんですよ」と新三郎が言う。 「 「そうです。ところがこの歌は『しふいくしやわになむ』です。一体、何の事やら」 「夢吉が渋い櫛を持っていて、そいつがやわになっちまったんですかね」と都八が首をひねった。 「そういえば、ねえさん、柳に 「なに、柳に燕だと」 月麿が急に大声を出す。 「そいつは昔、俺がやった櫛だぜ」 「ほう、おめえがやった櫛を夢吉が持ってるのか」 「そうか、夢吉は俺がやった櫛を 月麿は感激して、そうか、そうかと独りでうなづいている。 「その櫛が壊れちまったに違えねえぞ」と都八が言って、三味線をチャチャンと鳴らした。 「何だと」と月麿は都八を睨む。 「いや、その櫛がやわになったってえ事は、二人の仲はもう切れた。会いたくねえってえ事じゃアねえのか」 「何だと、この野郎、もう一度、言ってみろ」 月麿は本気になって怒り、都八の襟をつかみ掛かった。 「まあ、待て」と一九が月麿をなだめる。 「おめえから貰った大事な櫛が壊れちまったから、新しいのを買ってほしいって謎をかけてるんかもしれねえぜ」 「それじゃア、夢吉はどこかの櫛屋で待ってるのか。若旦那、草津に有名な櫛屋はありませんかね」 月麿が意気込んで聞いたが、若旦那の顔は冴えない。 「さあ、小間物屋はいくつかあるけど、大した櫛なんか売ってやしませんよ。時折、高崎辺りから来る小間物屋なら、ましなのを持ってると思いますけど」 「その小間物屋ってえのは今、草津にいるのか」 「まだ、来ねえでしょう。来れば、ここに顔を出しますよ」 月麿がお夏とお糸を見ると二人とも首を振った。 「どうも、そんな簡単に解けるもんじゃアなさそうだぜ」と一九はもう一度、手紙を睨んだ。 「 「やはり、本物と比べてみた方がいいかもしれませんね」 新三郎がそう言うと月麿はうなづいた。 「それしかねえな。俺はちょっくら行ってくらア」 「おい、昼飯ぐれえ食って行け」と一九が言っても、 「もたもたしてたら相模屋に先越されちまう。奴より先に会わなきゃなんねえ」と月麿は飛び出して行った。 「あいつ、朝飯も食ってねえんじゃねえのか」と都八はあきれた。 「夢吉ねえさん、 「ほう、おめえは月麿が好きなのか」と津の国屋が冷やかすと、 「あたしさ、ああいう苦み走ったのが好きなんですよ」とけろりとして言う。 「そして、あの人、絵かきさんなんでしょ。あたしも美人絵に描いてほしい」 「おう、そうだ。すっかり忘れてたぜ。奴にわ 「あの、わ印って 「そうさ。おめえも描いてもらえばいい」 「やだア。そんなの恥ずかしくって」 お夏が身をくねらせると新三郎と一九がクスクスと笑った。 「そんなのに描かれたら、お夏ねえさんはすぐにわかっちゃうもんね」とお糸も笑う。 「なに言ってんのよ。変な事言わないでよ」 「ほう、もしかして、お夏は立派な 「そんなんじゃないですよ、ホッホッホ」 「言ったら、おまえのもばらすからね」とお夏はお糸を睨んだ。 「わかった、言わないよ」と言いながらも、お糸は笑っている。 「いいわよ、もう。あたし、絵なんか描いて貰わないから」 お夏はツンとしてしまった。豊吉と麻吉も噂を知っているらしく笑っているが、津の国屋と都八は意味がわからないという顔をしていた。 昼間から豪勢な料理で一杯やった後、一九は新三郎を連れて ようやく、雨も上がり、久し振りにお
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一九の膝栗毛より「桐屋」
1.草津温泉の年表 2.十返舎一九の年表 3.文化五年、六年の出版状況 4.文化五年、草津温泉の図 5.文化五年の草津温泉の様子 6.湯本安兵衛の湯宿 7.喜多川歌麿の略歴 8.喜多川月麿の略歴 9.山東京伝の略歴 10.艶本一覧 11.「草津温泉膝栗毛 冗談しっこなし」のあらすじ、主要登場人物