◎奈良朝の賤民5種 | |||
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◎古代史 | |||
◇天ノ朝 | ◆大和朝 | ||
初代 | 伊邪那伎=伊邪那美 | ||
2代 | 須佐ノ男ノ命=天照大神(異母兄弟) | ||
3代 | 忍穂耳ノ命 | ||
4代 | 天の火明ノ命(長男) | 邇々伎ノ命(次男) | |
1世紀中 | 7代 | 天の忍人ノ命(後漢の光武帝より金印を授与される) | 初代、磯城ツの神ヤマト根子ノ命 |
2世紀後 | 天の日桙ノ命 | ||
3世紀 | 日彌子女王 | ||
女王止由気皇太神 | 10代、崇神天皇 | ||
合一 | |||
14代 | 仲哀帝(大和朝)=神功皇后(天の朝) | ||
6世紀 | 29代 | 欣明天皇 | |
◎芸能 | |||
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男性的な合戦や武勇を題材とした独自な芸。 | ||
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年始や木造り(斧初め)、酒醸の初めなどに行う祝い事。 | ||
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手鞠、品玉、輪鼓、こきりこ、などの芸を小唄を謡ながら演じた。 | ||
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男は狩りをこととして、弄剣、弄玉、人形廻し、女は遊女。 | ||
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三味線が普及するまで活躍した。 | ||
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祈祷や死霊の語り、鼓に合わせて語り物をした。 | ||
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歌舞伎以前に演じた曲名と唱歌 ・ややこ踊り(念仏踊り) ・木原木 ・両儀の舞(天地和合の舞) ・烏舞(頭に鳥居、左右に鳥の羽根を付け舞う) ・溶接の舞(妹背語らいの舞) ・天冠の舞 ・夏神楽の舞(五節の舞より転化、洗い髪にて舞う) ・倶舎論の舞(僧尼姿を略して舞う) |
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◎戦や天災、悪政により、浮浪民となり、行き着いた先 | |||
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もともとは古墳の守戸。それが、分家して増え、特定の場所に住み、郷戸に貫附されず、編戸外のまま、中世に入り、農耕の民とはならず、行商、手芸、陰陽師、修験、遊芸稼人になって行った。河内、山城、近江、丹波、摂津、備前に多い。 | ||
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荘園の片隅に住み、領主から、地代を収める事を免除されているが、領主のために、清掃、井戸掘り、庭作りなどの力役や、猿楽、曲舞、などの雑芸、警護、運送、行列の供などの雑役に拘わっていた者たち。荘園制が崩れると供に、隷属から独立し、百姓になったり、商人、職人、芸人になったりした。 《日雇、行商、露店商、掃除、手工業、芸能、勧進、祈祷、陰陽師、車借、馬借、川狩など》 |
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道端に住んでいる者。古くは、鎌倉時代に置かれた関守や渡守。頭を長吏と言う。 鎌倉の関、湯本、酒匂、極楽寺、釜利谷、東光寺、小山田、練馬、石戸、畦吉、原の市。 ・関八州の長吏頭、鎌倉時代、 由井九郎右衛門 大永8年頃より、小田原太郎左衛門 江戸時代 浅草弾左衛門 |
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河原に住んでいる者。古くからいる者は、革屋、紺屋となる。 | ||
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京都東山清水坂(犬神人)や奈良坂(声聞師)に住み着いた者。 | ||
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もともとは俘囚で、施薬院(悲田院)に仕えていた者たち。あるいは、そこに収容させられていた者たち。施薬院は平安末期に形骸化するが、仕えていた者や収容されていた者たちは、そのまま、残り、農耕の民とならずに、唱門師、祈祷師、陰陽師、巫女などになって行った。摂津、山城、近江、丹波、尾張、三河、駿河に多い。京では印地(院地)と呼ぶ。礫投げの名人。 ・施薬院‥‥‥730年、光明皇后が設置した、貧窮の病人に施薬、施療する施設。 |
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祇園社に隷属し、雑役の奉仕をした集団、京都市内の掃除や葬送を一手に引き受けていた。また、ツルメソとも言い、弓や矢、靴の生産にも当たっていた。祇園社の神宮寺、感神院は叡山の末寺で、叡山の送兵たちの武器の製造し、供給していた。そして、余った物を京の町に売り歩き『つる(鉉)召そう』と売り声を掛けた事からツルメソと呼ばれた。後にに、犬神人のいる所を宿(夙)と呼ぶようになる。 | ||
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奈良興福寺に所属し、非人を統括していた。一般の座と同様に、門跡に奉仕する代わりに、独占権を認められていた。大乗院門跡の支配下に五ケ所、十座あり、一乗院門跡支配下に北宿が三党あった。春日社鳥居通りを境に北側に居住する者を十座、南側に居住する者が五ケ所を構成していた。人夫、掃除、門跡の供、築地や石垣の修繕、庭園の造成などの雑役に使われ、その代償として、『声聞道』の独占権と七道者の支配権を与えられていた。声聞道とは、陰陽師、金口打ち、暦星宮、曲舞、盆や彼岸に家々を訪れ、経を誦したり摺仏や経巻を配ったりする職業で、七道者とは、猿楽、歩き巫女、歩き白拍子、金叩き、鉢叩き、歩き横行、猿飼いの七種を言う。応仁の乱の頃より、大乗院支配より逃れる。 | ||
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出雲地方にいる賤民。空也上人門流の念仏者で、警察事務や、竹細工などを行う。 | ||
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備後地方。空也上人門流の末流。 | ||
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河魚を漁し、竹細工を作り、売る。 | ||
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炭焼き。 | ||
◎穢多(エタ、エッタ) | 元は穢手。キヨメと呼ばれていた掃除人夫が、穢れを清める者として、穢手と呼ばれ、後に穢多と変わって行った。その掃除人夫が河原に住んでいたため、同じ河原に住む、革作りの者や染め物職人たちも、エタ、エッタと呼ばれるようになり、やがて、賤民全般の事を呼ぶようになった。エタ頭を長吏(関東)と呼び、武士と結び、皮革業を独占するようになる。戦国乱世の頃は、所属している村落都邑を警護し、報酬を得ていた。ほとんどの者が一向宗に属す。 | ||
◎長吏支配下の流れ職人 | |||
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琵琶法師。検校、別当、勾当、座頭の階級あり。 地神経を詠んで、竈祓いをして歩く徒もいた。 |
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大工 | ||
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乞食、癩患者 | ||
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陰陽師または医師 | ||
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鷹取り | ||
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鋳物師 | ||
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漆かき、漆取り | ||
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木地師 | ||
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壁塗り | ||
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弓師 | ||
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石切り、および石細工師 | ||
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紅、白粉、笄類を行商 | ||
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空也の流れをくむ、鉢叩き、金叩き | ||
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時宗の門徒、磐叩き | ||
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廐の祈祷。猿芸。 | ||
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口寄せ巫女 | ||
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瀬戸物売り、または、素焼きの土器売り | ||
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渡守り | ||
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墨売り | ||
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大道芸人 | ||
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庭師 | ||
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名主の長屋門の門番 | ||
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立君、辻君 | ||
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遊女屋 | ||
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矢作り | ||
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梵鐘作り | ||
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味噌の麹売り | ||
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紺屋(関東では賤視はない) | ||
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博労 | ||
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湯屋 | ||
◎三昧所 | 京都 佐比の河原(桂川と賀茂川の合流点) 賀茂河原 五条荒木田西の里(西院) |
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奈良 白毫寺 奈良坂下 |
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